贋作でなく   作:なし崩し

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自分の行動の結末を知り、心が折れかける聖女さま

ちょっとここは走り気味でいきまする


3

 ジャンヌ・ダルクは混乱していた。

 滅ぼされようとしているフランスの現状に、目の前に現れた竜種、複数のサーヴァントもそうだが、それ以上に竜の魔女と呼ばれる――自分に似た姿、いや同じ姿をした少女が目の前に立っていたのだから。ジャンヌ・ダルクは記憶があいまいだった。何せ呼び出された時代は彼女が死んでから数日程度しか経っていないのだから。

 つまるところ、ジャンヌ・ダルクという英霊はこの時代においてはサーヴァントとして新人に過ぎたのだ。おまけに不完全な召喚なのかルーラーとしての機能、その大半を失っている。この記憶の混乱も、恐らくはそれが原因だ。

 そんなジャンヌ・ダルクは自分と同じ姿をしたサーヴァントと出会った。加えて、彼女と出会ってから頭痛が止まらない。知っている、私は確かに彼女を知っている。とても、とても大切な人だったはずなのに――そんな思いが胸を占める。

 

「流石の私も、こうしてもう一人の『私』と出会うことになるとは思ってもいませんでした」

 

 そう言いながら、黒い彼女は嗤う。嬉しくて嬉しくてしょうがない、といったその様子にどこか嬉しさを感じながらも違和感を覚える。彼女はこんな笑い方はしなかった、そんな気がしてならなかったのだ。

 すると黒い彼女はどこか不思議そうにしながら首をかしげる。そして納得したのか、成程、と呟いた。

 

「覚えていないなら好都合です。貴方はここで消えておきなさい。後は私が責任をもって焼き尽くしますから」

 

 彼女はそう言って、ファヴニールの背へと戻ってしまう。待って、そんな声が出かけるがここで彼女をここに留まらせるのは危険が伴う。できるのならばこのまま去ってもらうのがベストなのだ。

 忘れてしまった。

 ジャンヌ・ダルクは自分の状態を把握する。一時的なものではあるとわかってはいるが、それでも罪悪感が締め付ける。それほどに大切な人だったのだと、そのことを思い出しながら戦闘に突入した。

 

 

 次に再会したのは戦場でだった。数多のサーヴァントを従え、街を襲うその姿に改めて愕然とした。違う、そんなはずはない、彼女はそんなことをしない、そうあの時は思っていた。しかし今は頭のどこかで、その可能性も十分にあり得ると判断している自分がいる。

 ファヴニールから降りた彼女は、崩れた塀へと腰を掛ける。足を組んで此方を見下ろすそのしぐさに、わずかながら既視感を覚えた。やはり私は彼女を知っている、最早覆りようのない事実であった。

 彼女は複数のサーヴァントに命令を出すが、ジャンヌはそれどころではなかった。あと一歩、もう少しで黒い彼女の真実に近づいているという確信があった。

 ネックなのは、同じ姿ということ。同じ人間が同時に存在することなど、本来ならありえない。だから可能性としては、ジャンヌの姿を借りた誰かなのか。もしくは、本当に同じ姿をした他人なのか。

 同じ姿をした他人、ということであれば英霊は当てはまる。違う可能性の自分、クラスの違う自分などだ。それこそ、ドッペルゲンガーのようなものになる。

 

「…………幻霊?」

 

 何かがかすった。

 同時に、身に降り注ぐ殺意に背筋が震える。突き出される槍を回避し距離を取れば、そこには串刺し公と名高いヴラドがいた。

 

「余所見とは余裕だな、聖女よ。その様子ではまだ魔女の正体が掴めていないと見える」

 

「っ、では貴方は理解しているのですか! 彼女が何者であるのか!」

 

「無論だ。だからこそこうして、召喚に応じたのだからな。一つ忠告しておこう。確かに考えることは戦いにおいて必須だが――気を取られすぎれば何も成せぬまま消えることになるぞ?」

 

 槍を旗で受け止めるが、わずかに押される。おまけに体の至る所から杭が射出され、それが体を傷つける。

 

「ふむ、これでは魔女も報われん。仕方あるまい、もう一つばかり忠告だ。余の槍にかすりでもしてみろ。その時点で貴様の敗北は決定づけられる。幸い、余はスキルの使用を禁じられているが、それでも行動を不能にするくらいの一撃を見舞えるということだ」

 

 ジャンヌはそんなヒントを訝しげにしながらも素直に受け取り、ヴラドとの距離を取る。元々、ジャンヌは戦闘能力がそこまで高いというわけではない。ルーラーとしての補正を受けることでようやく裁定者として立つことができるのであり、ジャンヌの本領は指揮にある。

 そしてここで、また一つピースが埋まる。

 

「そ、う、そうです。私は戦うことが苦手です。でも、でも確かに私は武勇でも名をはせたことがある――?」

 

 するとヴラドはほう、と呟くと満足げにうなずいた。

 

「どうやら余も、魔女の役に立ったらしい。ところで良いのか? どうやら乱入者が現れ、皆離脱していくようだが?」

 

「え、え!? い、いつの間に!?」

 

「ここは追撃したいところだが、余も追撃は禁じられている。行くならばさっさと行くがいい。カルデア一行は撤退した。ならばその一行である聖女を、余は追撃できんのでな」

 

 そう言ってヴラドは背を見せて離れていった。どうにも黒い彼女が起こす惨劇に似合わない高潔なサーヴァントである。それが不自然に思えたが気にしている場合ではないとカルデアの一行に急いで合流した。

 そこで乱入者の二人組と出会う。マリー・アントワネットとヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの二人である。彼女たちと合流を果たしたジャンヌは、黒い彼女に向き直る。動揺の一つも見せないその様子に、この乱入者さえ想定内であったかのように思える。

 

「ふむ、ここから逃げ出しますか? どうぞご自由に。今回はまぁ見逃してあげましょう。貴方たちでは私たちの障害にはなりえないことが分かりました。とはいえ、飛び交う虫を野放しにもしておけません。だって不快でしょう、あの羽音が、存在が」

 

 ト、と地面に降り立つ彼女。その足元がゆらり、と揺らぐ。パチリ、パチリ、と木が燃えるような音が聞こえ、気づけば彼女の持つ旗が業火をまとっていた。禍々しく、荒く、見ていると凍り付きそうになる冷たい焔。

 

「ですので、これ以上は邪魔をしないことです。次に見つければ殺します。惨たらしく、その屍をさらしていただきます」

 

 彼女が旗をふるえば、炎はなかったかのように消え失せる。

 

「なんです? あぁ、私が旗を使っていることに違和感が? これは私が好きで使っているわけではありませんよ。必要だから、使っているにすぎません――」

 

 カチリ、とジャンヌの中で当てはまった。

 そうだ、そうだった、何故忘れていたのか!

 彼女はいつだって、私の傍にいたではないか!

 まるで幽霊のような存在で、自分と同じ姿をしたもう一人の自分。気絶した私の代わりに戦い、驚く戦果をあげて武勇をとどろかせたのは彼女であった。

 武器もそうだ。私は旗を使い、彼女は剣を使っていた。私が旗を使い始めたころ、もうやだコイツと呟いて拗ねていた彼女をよく覚えている。

 そしてもし、もし、復讐者としての適性をもつジャンヌ・ダルクがいるとすれば!

 

「思い出しました、思い出したんです! まさか貴方は私なんですか……!?」

 

 そう問えば、彼女は嗤う。

 どこまでも見下した様子で。

 

「さて、言っている意味が分かりませんね。私は、ジャンヌ・ダルクですよ」

 

「っ、恨んでいるのですか、あの結末を! 誓いを破ったこの私を!」

 

 確信がある。恨んでいるから、憎んでいるからこそ、彼女は復讐者としてそこにいるのだ。もしかしたら自分が死んだ後も、黒い彼女はそこに縛られていたのかもしれない。自分が炭になり、灰になるその瞬間までそこにいたのかもしれない。体を焼く痛みと、自身の内から湧き出る憎悪の炎に燃やされながら。

 なんということだろう。ここに至って、ジャンヌは自身が犯した過ちに気づいてしまった。誓いを破り、多くを悲しませ、彼女を死なせてしまった。

 いつの夜だったか、彼女は言った。誓いを守らなければ大切な人が悲しむだろうと。その悲しみは人を狂わせることだってあるかもしれない、そう彼女は最後に静かに付け加えた。

 それが、コレだ。

 黒い彼女を狂わせたのは、他ならぬ自分自身だ!

 

「どうだと思いますか。元々なかったような誓いを破られたとして……何を思うと?」

 

「――――――――――ッ!!」

 

 言葉にならない。かける言葉が見つからない。面白おかしそうに笑う彼女の姿に、自分の愚かさを自覚する。当たり前の可能性を除外していた。自分のうかつさが呪わしかった。何より、大切な半身に憎まれていることに心が軋む。挙句の果てに多くを巻き込むこの惨状だ。その原因は、自分にあったのだ。

 ならば、ならば皆の代わりに気が済むまで私を、そう言いかけたところでマシュに手を取られ走り出す。何事かと後ろを見ればアマデウスが宝具を発動しており、逃げ出すには絶好の機会となっていた。

 

「ま、待ってください! 私は、私は彼女と話さなければ――――っ!」

 

 ジャンヌはあの場に戻り、もう一度彼女と話をしたいと思いながらも、周りを巻き込むわけにはいかないと意識を切り替えて走り出す。

 しかし、彼女の瞳には迷いが生まれる。旗を持つ彼女の手は震えている。そこには既に、救国の為に戦った聖女の姿はない。自分の行動の果て、誓いを破った果てにある惨状に絶望を抱き、目的を見失った少女が一人いるだけだった。

 

 

 

 

 藤丸立花(男)とリツカ(女)はこの惨状に嘆いていた。

 人々は下を向き、空を見上げればそこには怯えが見える。眩い日差しが差し込む晴れ間でも、彼らは誰一人として顔を上げようとはしなかった。

 この時代にレイシフトしてきてから数日。初日に現地人との接触に失敗して戦闘になってしまった。撤退する彼らの後をつけて向かった先の砦で、驚くべき話を耳にした。

 

 シャルル王が死亡した。

 殺したのは竜の魔女として蘇った、ジャンヌ・ダルクであると。

 すでにイングランドは撤退し、いるのは空飛ぶ化け物。

 ボロボロの、砦とも言い切れないほどに朽ちたソレに襲い掛かる翼竜の姿を見た。地を這う骸骨の兵士たちを見た。彼らは人々に襲い掛かり、傷つけ、攫っていく。攫われた人々がどうなるのかを知る人はおらず、それが恐怖を根強くしていく。

 そして、戦いの途中で参戦してくれたもう一人のジャンヌ・ダルク。この時代にはジャンヌ・ダルクは二人いて、一人は聖女として語られる本物のジャンヌ。もう一人こそが憎悪を胸に蘇った竜の魔女たるジャンヌ。

 おまけに此方の白いジャンヌはサーヴァント歴が浅く弱体化に加え、ルーラー権限の大部分も失っているのだという。

 

「で、向こうは竜を操る術を持ち、召喚するすべも持ち、かぁ……」

 

 立花はマシュがリツカへと飲み物を手渡しに行くのを眺めながら空を見上げる。光の帯が目立つ、何とも言えない晴れ模様だ。空に影はなく、ワイバーン襲来の予兆もない。かと言って、気を緩めることも彼にはできなかった。

 先の戦いで遭遇した、もう一人のジャンヌ。

 彼女は白いジャンヌと対照的に黒く、その瞳は暗い光を宿していた。そこに慈悲など欠片も見えず、全ては平等にゴミであるとばかりに、絶望をまき散らした。

 何せ相手は竜の魔女。

 そして彼女が従え、絶望をまき散らす邪竜ファヴニール。

 加えて彼女に付き従うサーヴァントたち。

 白ジャンヌが言うには黒ジャンヌもルーラーの可能性が高いらしい。黒ジャンヌを見る限り、白ジャンヌのように弱体化は見られない。それどころか聖杯により強化されている恐れもある。

 そしてルーラーにはサーヴァントの感知能力があるというのだから、常に警戒してしまうのは仕方がないことだ。

 それこそ先日の遭遇戦では、マリー・アントワネットとヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの両サーヴァントが救援に来てくれなければ危ないところだった。

 こちらも戦力は増えたものの、個としての能力が圧倒的に不足している。敵のサーヴァントに対して一対一で戦えば拮抗するものの、ファヴニールが乱入すればそれまでだ。それ程までにあの竜種の力は強大だった。

 

「そして、白ジャンヌが言うもう一人の私かぁ……」

 

 脳裏を過るのは、白と黒の相対。

 頭を抱えて何かを思い出そうとする白ジャンヌに、どこか納得した表情の黒ジャンヌ。

 

『覚えていないなら好都合です。貴方はここで消えておきなさい。後は私が責任をもって焼き尽くしますから』

 

 そう言いながら彼女はファヴニールの元へと戻っていった。

 その際にちらりと彼女と目が合ったのだが――あまりにも暗い、見つめていると自分まで落ちていくような、そんな恐ろしさを感じた。一歩後ずされば、黒ジャンヌはきょとんとした表情を浮かべてヤレヤレと去っていく。

 自分の無様さに、嫌気がさした。

 その後日の遭遇戦ではまた違う一面を目にする。

 呆然とするジャンヌをよそに、黒い彼女が指示をする。

 

『後は任せます、ランサー、アサシン』

 

『ふむ、任されるとしよう。それにしても、中々に様になっているではないか、竜の魔女よ』

 

『うむ、知己の前で健気に演じるその姿は感じ入るものがある。どれ、拙者も一働きするとしようか』

 

『アサシン、戻ってきたら石畳の上で正座を強制してあげましょう。貴方が教えてくれたのですから、実践も貴方で行いましょう』

 

 どこか軽い雰囲気を纏うアサシンとの会話は、どこか人間じみていたのを感じた。それを見てヤレヤレと首を振るランサーは、どこか見守るような保護者のような雰囲気であった。

 そんな光景を見ていると、どうもこの惨状を作り出した側とは思えない。何より戦闘の中で見えた、高潔なあり方を良しとするランサーが、彼方についていることに違和感を覚えたのである。

 

『仕留めきれないとは、手加減でもしましたか。まぁいいです、残りのサーヴァントを投入します――――おや、新手ですか』

 

 そして現れたマリー・アントワネット達。

 その後急いでその場を離脱したが、最後の最後に白ジャンヌが投げかけた言葉と、それに対する黒ジャンヌの答えが今も頭の中をぐるぐる回る。

 なんだかもう、ずっとジャンヌのことを考えている有様であった。

 

『思い出しました、思い出したんです! まさか貴方は私なんですか……!?』

 

『さて、言っている意味が分かりませんね。私は、ジャンヌ・ダルクですよ』

 

『っ、恨んでいるのですか、あの結末を! 誓いを破ったこの私を!』

 

『どうだと思いますか。元々なかったような誓いを破られたとして……何を思うと?』

 

『――――――――――ッ!!』

 

 後から話を聞けば、ジャンヌは二人でジャンヌ・ダルクという存在だったらしい。体の主導権を握っていたのは白であるが、黒は元々、白より先に存在していたのだという。

 その話を聞くに、白ジャンヌはあの竜の魔女が共に過ごしたもう一人の自分であると確信しているようだった。

 

「ジャンヌより前から自我を持っていて、体は動かなくて、何もできなくて、そんな時間を一人で数年も過ごしてたのか……おまけに言うことを聞いてくれない同居人。誓いを立てても、守るか守らないかは相手次第……」

 

 想像するだけで恐ろしい。

 自身のすべてを相手に委ね切る、それも本人の意思とは関係なく、そうするしかほかに方法がないから。選択肢なんてないから。

 そして迎えた最期がアレなのだ。

 

「あはは、話してみたいだなんて言ったら、怒られるかな」

 

 恐ろしいのに、最後に彼女が見せたきょとんとした顔が忘れられない。仲間のサーヴァントと言葉を交わす彼女の様子が脳裏から離れない。あの最初に見た、底の見えない闇を孕んだ瞳と正反対の瞳が気になってしょうがない。

 

「うーん、話をするにも先ず、最初みたいにかっこ悪いところ見せたら呆れられちゃうしなぁ。まぁ、あの様子を見た後だと案外平気そうだけど」

 

 何にせよ、彼女に会話するに値すると認められなければ話もできなそうだ。ならば認められるだけの行動を起こさなければならない。そしてそれを、自分たちにとって必然的にやらなければならないことと結び付ける。

 

「と、なるとやっぱりアレしかないか……」

 

 打倒、ファヴニール。

 

「必ず倒さないといけない存在だし、みんなと要相談かな」

 

 立花は頬をかきながら立ち上がった。

 その後、立花たちはファヴニールを倒すために竜殺しのサーヴァントを探すこととなる。しかし手掛かりは得られず途方に暮れているところに敵のライダー、マルタの襲撃を受けて交戦。どうにか討ち勝つことでマルタから竜殺しのサーヴァントの情報を得ることができたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………あぁ、ライダーが破れましたか」

 

 召喚者としての感覚が、マルタの敗北を伝えてくる。

 彼女は良いサーヴァントだった。穏やかであり激しくもあり、何よりも真っすぐな女性だった。だからこそ彼らの試金石として、追撃を頼んだのだ。

 

「残念です。同時に嬉しくもあります。これほどまでに力をつけていましたか」

 

「ジャンヌ、しかしそれは危険では?」

 

「ジル、万が一などあり得ません。此方には私がいて、ファヴニールがいる。念には念を入れて、竜殺しのサーヴァントはすでに消しました。なら慌てる必要なんてないでしょう? 私が完璧だとは、誰が言ったのでしたか」

 

「おぉ、それはもちろん私ですとも!」

 

 ジルはそう言って奥へと姿を消す。

 さて、ここまでの流れは順調である。多くの民を絶望に浸し、かの司祭様方も地獄へと叩き落した。多くの民は空を恐れ、日のもとを歩けない。

 そしてあろうことか、私が呼ぶまでもなく召喚された白いジャンヌ。あれは間違いなく『私』であり、私の片割れともいえる存在だ。

 この機会を逃してはいけない。復讐の場は完璧に整った。フランスに、彼女に、この世に存在するかもわからない神様とやらに復讐するための準備ができたのだ。後はこのまま予定通りに事を進めれば、私の願いは成就する。

 

「そのためには、ジルをどうにかしないといけませんね」

 

 頼もしい味方ではある。

 しかしその目的は私と少々異なっている。

 それをジルが知れば、狂っている彼がどういう行動に出るかが分からない。素直に私の目的のために動いてくれるか、それとも彼は彼で自分の目的のために動くのか。あの海魔とやらを使えば彼一人でも軍団と化すため、フランスを滅ぼすのはそう難しい話じゃない。

 あのカルデアのマスターたちがいなければ、だが。

 

「念のため、初の顔合わせでファヴニールは見せている。『私』の心も折っておいた。まぁあの図太い『私』が、それで終わるはずもないのですが。何にせよ、あえてマルタに伝えるよう頼んだ竜殺しの件も併せて、彼らの動きは読みやすい……」

 

 派遣したアサシンとバーサーカーがどの程度働いてくれるか。

 小次郎、サンソン、そしてランスロット。恐らくはランスロットがここで討たれるだろう。何せ彼は喋ればアーサーしか言わない。物語通りの王様であるなら、きっと魂の在り方は『私』と酷似している。魂の在り方が似ているなら彼女に迷うことなく喰らいつく。劣勢に陥っても彼が撤退することはないだろう。

 

「問題はあの小次郎とサンソンですか。サンソンがもう一度マリー・アントワネットを討てるかと言えば、まぁ無理でしょうね。そして小次郎……あれは完全に私のミスです」

 

 あの適当さは予想していなかった。

 のらりくらりと此方の追求をかわし煽ってくる。

 本当に私が手を下したほうがいい気がしてきた。

 

「まぁどうせ討たれて終わるでしょう。その時こそ、私たちの出番です。この手ですべてを薙ぎ払い、この世界に、フランスに思い知らせる。ジャンヌ・ダルクとは何なのかを。そしてその前に、一つ確認しておかなくては」

 

 そうして私はファヴニールに乗り込み、かの王妃がいるだろう西へと進路をとった。サンソンの消滅を感じ取り、敗北を悟る。それでも最後、どんな表情だったのかは知らないが、まぁ愛した女に敗れたのなら悪くはなかっただろう。

 空を駆け、景色は飛ぶ。

 途中、彼女に似た姿を眼下に確認するが――用があるのは彼女(『私』)にではない。ましてや彼女と共に走る聖人でもない。彼らに守られ進んでいく民草でもない。憎まれ首を飛ばされたあの王妃ただ一人。どうやらサンソンたちは上手くやったらしく、かの王妃は孤立して後方に残されている。大方、私がやってくることを彼らが伝え、その足止めを王妃は買って出たのだろう。

 

「間に合いましたか。まさかサンソンまで敗れるとは意外でした。思いのほか、武も達者なようですね」

 

「いいえ、間に合わなかったの間違いではなくて?」

 

「……ええ、確かにその通りかもしれませんね。ですが彼も満足して消えたのでしょう? なら契約はしかと果たされたということ。この場合、間に合わないほうが正解なのでしょう。満足して消える彼を引き留めるわけにもいきませんからね」

 

「あら? なんだか、先日会った竜の魔女さんとは少し雰囲気が違うようだけど……。いえ、まずは挨拶をしなくてはね! ごきげんよう、竜の魔女さん」

 

「ええ、ごきげんよう。マリー・アントワネット。長いのでマリーと呼ばせていただきます。許可はいりません。勝手にそう呼びますので」

 

「うーん、少し前の貴方ならお断りさせていただいたのだけど、今の貴方にならばそう呼んでほしいと思ってしまうわ」

 

 そう言いながら彼女は微笑みかけてくる。

 その姿の可憐さと言ったら、彼女(『私』)とは比べ物にならないほどに美しい。

 

「……どうやら、ここの住人は避難しましたか。彼女も聖人と逃げたようですね。空を飛びながら見えました、あの無様な姿が」

 

「あら、その言い方だと、まるで私に用事があるように聞こえるのだけど……」

 

「その通りです。マリー、貴方に幾つか問いたいことがあって来ました。まず一つ。あの拗らせたアサシンは満足して逝きましたか?」

 

 これは彼と私の契約だった。

 マリーがいるならば、彼女に会わせてほしい。

 どんな形でもいい、ただ言葉が交わせるならば構わない。

 代わりにどんなことだってやって見せる、と。

 

「そう、そういうことね。ええ、彼は最後、泣きながら、それでも笑ってここを去りました」

 

「……ならば良しとしましょう。貴女の口から聞けて良かった。所詮、私の予想は予想でしかありませんから。では二つめ――」

 

「ああ、ちょっと待ってくださらない、竜の魔女さん」

 

 マリーはそう言いながら、少しづつ此方へ歩み寄る。

 

「やっぱり、一方的では不公平だと思うの。だから私にも一つだけ質問させてくださらない?」

 

「……では一つだけ許します。交互になどとくだらないことを口にしないように。生殺与奪はこちらが握っているのですから、最大の譲歩だと知りなさい」

 

「ええ、ありがとう。では一つ聞かせてくださらない。――もう私の前では演技をしなくてもいいのかしら」

 

 きっと、そんな質問が飛んでくるのだろうとは思っていた。

 それにしてもストレートすぎて、さすがに笑ってしまう。

 今だけなのだ、ジルが東を監視している今だけ。

 

「どうせ貴女はここで終わりです。演技なんて必要ないでしょう? 通信もできないようにジャミング済みですからね。でも、貴女が聞きたいのはそういうことではないのでしょう。……必要なのですよ、竜の魔女が。ただ、それだけです」

 

「――待って、ねぇ待って。それでは貴方はもしかして」

 

「さぁ、こちらの番です。答えていただきます――民に殺された貴女に。ギロチンに掛けられ、嘲笑を身に浴びて首をはねられた、貴女に。出会い、そしてこの時とこれまでの話から、貴女が国のために生きているから、自分の死が後の笑顔につながるから受け入れたのは理解しました」

 

「……ええ。いつだってフランス万歳(ヴィヴ・ラ・フランス)!。私は輝きそれを与えることを良しとします。勿論、子供が殺されてしまったことに、私は醜いものを抱きもしました」

 

「なら、なぜ今もこうして守る側に立てるのです?」

 

「だって私は、望まれたからこそ王妃になったんですもの。すべてを覚悟のうえで、承知の上で、いずれ悲惨な末路をたどるとわかっていて、それでも私は選びました。その上で謳歌しました。ええ、今でも思い返せます、素晴らしきフランスを!」

 

「……わかっていて、子を巻き込むと知っていて? それは正気の沙汰じゃない。民のために子すら殺すのか、貴女は」

 

「それ以上は私だって怒ります。勿論、私だって悲しみました、嘆きました。それでも絶望はしなかった。これはフランスに必要なことだったんだって、共に信じていたから」

 

「だから、今も諦めないと?」

 

「ええ、諦めてなんていませんでした。今も昔も。悲惨な末路をたどる可能性を知っていた。それでも辿らない可能性だって知っていた。ならば諦める理由なんてないでしょう? ……その結果が私なのは否定できないのだけれど。それでも、今こうして私がいることがフランスのためになるのなら、やっぱり諦める理由なんてどこにもないでしょう?」

 

「ッ、ではその身を焦がす憎悪は! やり場のない怒りは!?」

 

「勿論、私だって持っています。それでも私は微笑みを忘れない。愛を忘れない。どれだけ傷つこうと、憎まれようと、微笑みを絶やしてはいけない。それが私の選んだ、王妃の務め。その最期がどうであろうと、お母さまの元を離れ、白百合として生きると決めた私でありつづける!」

 

 なんとも強い女性だろう。

 なんとも眩い在り方だろう。

 こうなりたいと願っても、そうなれるものは少ない。彼女はそう在りたいと願い、諦めず微笑み続けた結果に生まれたのだ。全てを包み込み、世界に微笑み続ける、マリー・アントワネットは、決して諦めることはしない。……私のように、諦めたりはしない。

 

「あぁ、理解しました――私とは相容れない。もしかしたら、と思った時期もありましたが、やはり貴女は違います。貴女は、『私』に近い在り方を持つ。ならばこそ、今の彼女の近くに貴女がいるのは不都合です」

 

「それは、私にジャンヌへ近づくなってこと? あら、これはもしかしてそう、嫉妬というやつなのかしら!」

 

「焼き殺しますよ? そうではなく、単に彼女が目立たなくなるという話です。ことが済んだのならばどれだけ仲を深めてくれようと結構」

 

 そう告げれば、彼女は悲しそうに目を伏せる。

 

「……やっぱり、そういうことなのね。私は純粋に貴方は偽物なのかと思ったけれど、本物なのね。貴方も、間違いなくジャンヌだわ……」

 

「失望でもしましたか? 救国の聖女の醜い一面を見て。まぁ、私と彼女では抱く感情も違います。彼女が綺麗だと感じても私がそうは思わないように。正直、黒と白という分け方は非常に適している」

 

「いいえ、失望なんてしていないわ。それも確かにジャンヌ・ダルクの一面なのでしょう……だからこそ、貴方は復讐と称して残虐を行うのね」

 

「はい。彼女がしないのなら、私がするまで。こうして肉体を得たことで、ようやく行動の自由を得ました。私の望むがまま、思うが儘に、行きたいところへ行ける。その手始めに、このフランスへの復讐を行います」

 

「……その成否は関係なく、ね」

 

「はい。……やはり、貴女を帰すわけにはいきませんね。そろそろおしゃべりも終わりにしましょう。聞きたいことは聞けましたし、もう十分です」

 

 右手を上げればファヴニールが動き出す。

 この距離ならば宝具を使われる前に仕留められる。

 

「さようなら王妃、またいつかここではない場所でお会いしましょう」

 

 何か口を開きかけるマリーを他所に、ファヴニールは動き出す。

 その最後を見届けることなく、私は再びファヴニールの背へと飛び乗った。

 

 


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