振り下ろされる旗を正面から受け止める。ズン、と腕に重みが加わるが耐えきれないものでもない。体重も乗せられた一撃でこれならば、他の攻撃も対応圏内だ。
突き、横薙ぎ、様々な旗の攻撃を受け止めて考える。例えこれが全力の一撃でなくとも、剣を持った私ならば制圧できる。ただし今回の目的は旗でジャンヌ・ダルクを倒すこと。故にお得意の剣は封印である。
「ふむ、とは言えやはり旗では後手に回りますね」
長年使ってきた『私』の練度は中々のものである。私の場合、旗を使ったのは『私』が気絶して使い物にならないとき、その序盤くらいのものである。中盤に差し掛かると旗では対応できない相手が来るため剣で撃退していた。
おかげで旗を使うこの戦いでは『私』が優勢だ。
「――はぁっ!」
「目で追えないものでもないので、対応は可能ですが」
気迫の籠った一撃を旗で受け流す。馬鹿正直に受け止める必要もなくなった。大まかな力量は量れたはずだ。私が知っている『私』とそう大差ない。故に対応は可能だし、反撃の隙すら見つけられる。
「避けてください? でないともう、終わりますよ――」
一撃を流し、少し力を入れれば『私』はバランスを崩す。がら空きの胴体に向かって、加減無しに旗の一撃を叩き込む。しかしそれは咄嗟に動いた『私』に回避されてしまう。ごろごろと体裁など考えず避けに徹し地面を転がる彼女を見下ろす。
「おや、随分と砂にまみれていますね。砂遊びでもしていましたか」
『私』は悔しそうな表情で立ち上がる。力量差は分かっただろう。確かに旗の扱い方は『私』の方が上だが、戦い方ならば私の方が上だ。旗の振るい方なぞ分からなくとも、旗を立てて向こうの攻撃を流して転用してやればいい。後は勝手に消耗するだろう。
「相変わらずですね、私。ただ普通に戦っていては、勝てそうにありません。ですので、ちょっとだけズルをします――!」
キィン、と音がする。
見ればそれは『私』の方から聞こえてきており、彼女の体に魔力が満ちていくのが分かる。何事かと周囲を見れば、少し離れたところに黒髪の少年――マスターが腕を出していた。
「成程、そういうことですか。令呪によるバックアップ……ルーラーとしては使う側の貴方が、マスターの補助を受けましたか」
「はい。元々、私一人の能力では勝てないと思っていました。ですので手段は選びません。貴方を止めるためならば私は――何だってして見せます」
その覚悟が嬉しくもある。
まるで私の為ならば、何だってして見せると言っているようで。とはいえ『私』は私との誓いを破った。その言葉に私は信を置くことなどできはしない。そもそもそれはもう必要ないもので、この特異点で全てが終わるのだから無意味にすぎない。
強化されたらしい『私』の一撃を流す――が、そこから旗は軌道変更する。舌打ちを一つして、軌道変更された旗を弾き、私自身も距離を取る。同時に私を追ってくる『私』の姿に、令呪による強化の脅威度のランクを一つ上げる。
「チ、厄介ですね――――!」
憎悪の炎の顕現。
突っ込んでくる『私』と私の間に差し込む。爆発的に広がる炎を前に、彼女は怯むことなく走り出す。彼女の対魔力は恐ろしい数値だが、あの炎は私の宝具から漏れ出したものだ。特にルーラーには特攻ともいえる一撃だが――止まらない。
「確かに痛いですが――炎の壁程度ならどうということはありません!」
「なら、今度は直接狙ってあげましょうか――――!」
ポイントを絞って解放。
憎悪の炎が爆発を引き起こすが、彼女は止まらない。発動している私だからこそ分かるが、どうも直撃していないらしい。流石は『私』といったところか。どうやら私の攻撃が読まれているらしい。
「やりづらいですね……まぁ読まれるならば視界全てを焼き払うまでです」
広範囲を設定。
視界に映る範囲内へ、うちに宿る憎悪を開放する。威力は減少するが、ルーラー相手ならば十二分な威力となる。爆音とともに視界が火の海に包まれるなか、一際輝く旗が見える。見れば彼女を中心に炎が避けたような跡があった。
「宝具……成程、それが『私』の宝具でしたか。絶対的な防御か、まぁ詳細は後にしましょう。アレが防がれた、防ぐことができると分かっただけで良しとします」
今度はこちらが地を蹴り走り出す。『私』の宝具がどれだけ持続するのかは分からないが、結界型で旗を上に掲げている様子を見るに――発動中は攻撃ができないと見える。おまけにいくら宝具と言えど、何かしらの欠点があるはずだ。特に、絶対的な防御などは防御を完璧に行えるからこその穴があるはず。
持続時間や回数制限、魔力の消費量、欠点が何かは分からないがそう何度も使えるものでもないだろう。故に宝具の回数を引き出せばいずれ限界がやってくる。
「――――――――っ!」
接近する私に『私』が目を見開く。
恐らく今、『私』は宝具を解除するか継続するか迷っている。その証拠にまだ宝具が解除されていない。こちらが遠慮することはないため、全力で旗の一撃を叩き込む。ガキン、とあまりに固い手ごたえが返ってくるが、手を休める理由にはならない。
何度も何度も結界に旗を叩きつける。大振りもあるため隙はあるはずなのに、彼女はついてこない。これで宝具の発動中は攻撃ができない、というのは確定だろう。
「成程、宝具の発動中は攻撃できない、と。おまけに絶対的な防御ではあるものの大技、宝具以外には滅法弱いと見ました。そうでしょう? こうして接近され攻撃され続けては宝具が解けなくなるんですから」
「流石ですね、そこまで読まれてしまいましたか……!」
そういいながら彼女が魔力を込める。
すると結界の範囲が拡大され、振り下ろしていた旗ごと私は結界によって弾き飛ばされる。大したダメージではないが距離を取らされてしまい、『私』に宝具の解除時間を与えてしまうこととなった。
「そういう使い方もありましたか。敵の進行方向を制限するのにも使えそうですね。まぁ結界内に、近接に対応できる味方が必要になりそうですが」
『私』は答えない。
返ってくるのは旗による一撃だ。回避しながら、そろそろ頃合いかと、他のサーヴァントの状態を召喚者として確認する。アーチャーは健在、ファヴニールとセイバーは傷を負いながらも竜殺し二人に対して健闘しているらしい。他のサーヴァントもそれぞれ役割を果たしている。
「どうやら大詰めですね。そろそろ貴方を倒して、他の所へと救援に向かわなくては」
「こちらのセリフです。貴方をここで倒して、皆さんの助力に向かいます」
旗を振るう。攻勢にでた此方に対し、奇しくも先ほどの私のように防御からのカウンターを狙う『私』との攻防。やはり旗の扱いにはあちらに一日の長がある。上手く捌かれ、此方に傷を負わせてくる。
此方もやられてばかりではいられない為、炎をまき散らし傷を負わせる。苦痛に表情がゆがむ『私』を見ながら蹴り飛ばして距離を取る。勢いよく地面を転がる『私』はすぐさま体勢を整え、旗を振るう。
攻防が逆転し、時に怪我など気にせず互いに攻勢に出て、互いにカウンターを狙い隙を待つ。終わらない戦いに嫌気がさし、腰の剣を使ってしまいたい気持ちに襲われる。しかし
『すまない、こちらは撤退する。ワイバーンでは抑えきれない。見るに、ファヴニールとセイバーも限界が近い。寧ろ竜殺したち相手によくやったと見ていいだろう』
『了解しました。ご苦労様です、アーチャー。では予定通り、貴方は移動を。ファヴニールには此方と合流、セイバーには移動を指示します』
『ふむ、それでは汝の所に竜殺しがなだれ込むことになる。時間経過と共に、カルデアの戦力も同様だ。援護は必要ないか?』
『構いません。貴方は予定通りに移動してください。事前に説明した通り、このままいけば私の願いは成就します』
『ならば私は予定通りに動くとしよう。ここまで我らが協力したのだ、上手くやれよ竜の魔女』
勿論だ。ここまできて失敗はあり得ない。ここまでは私の計画通りに進んでいる。不確定要素のジルも東に釘付けのままだ。余程が無ければ彼はこちらへは来られない。
バサリ、と聞きなれた翼の音がする。
「なっ、ファヴニール!? まさかジークフリートたちが!?」
「安心してください。彼らは健在です。隙を見て振り切らせただけの事。どうも『私』はしぶといらしいので、こうして助っ人を呼んだ次第です」
背に乗れば頼もしい咆哮があがる。私は聖杯を掲げ、ファヴニールに更なる強化を施していく。この最後のブレスの為に、彼の負担など考えず込められる限りを込めていく。ごめんなさい、と声に出して言いたい。それでも止めるわけにはいかないのだ。
すると私の逡巡を察したのか、彼は更に咆哮を上げる。これしきで根を上げる我じゃない、と言わんばかりの咆哮だ。体の芯まで響くその咆哮は、私の決意をより強固な物へと変えていく。
「確かに、謝罪は失礼でしたね。ですので感謝を。ありがとうございます、ファヴニール。貴方のおかげでここまで至ることができました」
膨大な魔力により、空間が歪んで見える。ファヴニール最大のブレスの準備が整った。至る所に竜殺しによってつけられた傷が見える彼は、それでも怯むことなく倒れることなく、体の内から響く痛みにも耐えてソレを放つ。
「終わりです、ジャンヌ・ダルク。勝つためには何でもする、間違いではありません。故に私は、仲間の力を借りるとしましょう――――!」
膨大な光が彼女を含め一帯を覆いつくす。視界が光に覆われ、音が消える。一帯を更地に変えるほどの威力を持ったそのブレスは間違いなく『私』とその後ろにいたマスターを飲み込んだ。
さてこれで終わるか、視力が回復してすぐ彼女がいたはずの場所を見れば、そこには巨大なクレーターが出来上がっていた。地面は熱せられ溶解しており地獄のような光景だ。しかしその中心に丸く切り取られたような場所がある。
「――あれを防ぎ切りますか、あの宝具は」
そこには確かに、『私』とそのマスターが立っていた。いつの間にマスターが移動したのかはどうでもいい。まさか正面から堂々と防ぎに来るとは驚きだ。精々、令呪による転移での回避くらいかと思っていたが……
「流石に私の旗も、令呪による強化がなければ耐えられなかったでしょう。貴方がファヴニールに頼ったように、私もマスターに頼ります」
成程、と納得がいく。あの宝具は攻撃を完全に防ぐが旗にダメージが蓄積されるのか。その旗に壊れる心配がなければ、どんな攻撃にだって耐えられるということか。何とも、人を守ろうとした『私』らしい宝具である。
「そして、私は貴方に何をしてでも貴方に勝つと言いました。やはり私一人では貴方を倒せそうにありません。故に、マスターの力を、そして仲間の力を頼ります。情けなくはありますが――それはそれ、これはこれ!」
「ふざけ――――!?」
瞬間、まばゆい光が私とファヴニールを包み込む。ダメージを負ったようなファヴニールに声を聴き、これが宝具による攻撃だと見当づける。瞬時に聖杯による強化をファヴニールに施し、回復力を増大させる。
しかし受けた傷の治りは遅い。恐らくは竜殺しの概念をもった一撃だろう。となればアレは間違いなくジークフリートによる一撃だ。追いついてきたには早すぎるが――いや、これこそが令呪による転移か。
まさかもう三画目を使うとは思いもしなかった。それ故の油断といったところか。情けないにもほどがある。光が収まればファヴニールはその巨体を地面へと沈める。しかし直ぐに立ち上がり、目の前に立つジークフリートを睨み返した。
「不意打ちの一撃、策の一部だ。許せ、ファヴニール」
弱り切ったファヴニール。整いつつある向こうの戦力。状況は全て向こう側が優勢と言っていい。この状態から私に負けることがあるとすれば、向こうがあまりに馬鹿なあり得ない行動をとらない限りないだろう。
詰みだ。
私はファヴニールから降り、彼らの正面へと立つ。すると取り囲むように彼らのサーヴァントが円を描く。そう警戒せずとも抵抗の意志はないというのに大げさだ。ファヴニールに大人しくするよう指示を出し、旗を捨てる。この時点で私は『私』に負けたも同然だ。もういいだろうと私は
「まさか、ここまでとは思いもしませんでした」
「言ったはずです。私は、私を止めるためならば何だってして見せると。かつて誓いを破ってしまった私だからこそ、今度は全てを捨ててでも貴方を正します」
その発言には流石に驚く。確かに何だってして見せるとは言った。かつての戦争でも彼女は勝つために凄惨な策を取り指揮をする場面だって知っている。だが、全てを捨ててでも、などと言ったことは今までに一度もない。
「その発言、まるで貴方の主すら捨てると言っているように聞こえますね」
「概ね間違っていません。生前の私は主の御心のままに、啓示に従い生を終えました。その人生を間違っていると否定するのは、これまで死んでいった仲間に失礼です。しかし生を終えた時点で私の役割は本来終わっているはずです。ですので、今回の私は主の為でなく、貴方のために全てを使うと、そう決めました。全て間違っていたと否定はできません。それでも確かに、間違いを含んでいた人生だったからこそ!」
この単純馬鹿め! そう素で言いかける。冷静になれ私、と言い聞かせて嘲笑を浮かべるが、『私』は揺らぐことなく私を見て笑っている。どこか吹っ切れたような『私』の姿に呆れてしまう。あれだけ私が説得しても治らなかった主狂いが、死んだら治るとかふざけてやがる。馬鹿は死んでも治らないというが、少しは治るらしい。
それが、それがどうしようもなく嬉しい。全てを間違っていたと否定できないけど、確かに間違いはあったのだと理解しているという事実が喜ばしい。ようやく、自分だけの意志で道を決めた『私』の姿に胸が張り裂けそうだった。
「兎に角、これで私の勝ちです。降参してください、私」
零れそうな笑みを隠す。
「降参したとしてどうします? 私に罪を償わせると言っていましたが、いったいどのように? 申し訳ありませんが、奴らに謝罪するくらいならこの場で自害した方がましです」
そういって腰の剣を取る。サーヴァントたちが警戒するが心配はいらない。この剣を使うことはない。私の目的の大半は達成できた、後のことは後の者に任せてある。これは最後の仕上げの為に必要なことだ。これで全てが終わる。
ファヴニールへと背を預け、剣を自身へと向ける。
「なっ、ま、待ってください! まさか自害するつもりですか!?」
「まさか、自害なんて無益なことはしませんよ。ですがほら、よくある話でしょう? 真のラスボスは化け物だった。それを倒してこそ、勇者の名声を得ることができると」
ジークフリートを見れば、彼は気づいたかのように目を見開いた。そのまま走りこんでくるがファヴニールの妨害で思うように進めない。『私』は必死の形相で走ってくるが、これもまた進めない。
その後ろでは黒髪のマスターがサーヴァントに取り押さえられている。まさか生身で私の元まで来ようとしたのだろうか。ほとほと呆れる、人のいいマスターだ。
「さぁ、これが最終ステージです。精々頑張ってくださいね、『私』」
聖杯を掲げる。
聖杯による改変に加え、自分の持つ自己改造スキルと、本来あるはずであり得ない私だからこそ持つ特殊なスキルを使って、ファヴニールと霊基を一つにすれば完成だ。これを以て、邪悪な竜は誕生する。
「――――いけません、いけませんぞジャンヌ!」
「――――――なっ!?」
いるはずのない、聞こえるはずのないその声に動揺をあらわにしてしまう。それもそうだろう、何故ならば私の前にはジルがいるのだから。彼は東にいるはずだというのに、何故ここにいる!?
「驚きなされるな、ジャンヌ。貴方の危機とあらばこのジル・ド・レェはどこにでも参上いたしましょう! それに――――どうやら貴方は優しすぎたようだ」
瞬間、地面から生えた海魔。
聖杯を掲げ自身に剣を向けていた私では反応できず、その足に囚われる。四肢を拘束され、剣に巻き付いた海魔は離れない。いっそのこと炎で焼き払おうとすれば、体に巻き付いた触手がギリギリと体を締め付けてくる。
「ん、ぐっ、ジル、貴方は…………!」
「おお、その強調された姿もまたンン! そう、私は見てしまったのですよ、海魔を通して! ワイバーンや怪物で攫った人間たちの様子を!」
いつの間に、という疑問が湧き上がる。彼は東におり、
しかし海魔を通しての言葉通りなら、地面でも潜らせたのかどこかに潜入させてその様子をうかがうことに成功してしまったのだろう。一応、各街には監視と称してサーヴァントを配置していたが、どうやら見落としがあったらしい。どこの街だ、後でそのサーヴァントは焼いてやる。
「ジャンヌ、貴方は言いました。死など甘えであると。ええ、同感ですとも! しかし、しかし――――
ざわり、とカルデア一行から聞こえてくる。余計なことを、と思わざるを得ない。しかし仕掛けを切ったのは正解であった。これならばまだ修正が効くはずだ。
「いけません、いけませんぞジャンヌ! あれでは何も変わりはしない! 復讐になどなりはしない! フランスの滅びへはつながらない!」
そういってジルは私の持つ聖杯を奪い取る。これは不味い流れである。念のためサーヴァント達は聖杯で召喚はしたが、魔力は別途用意して存在を維持させている。その為、聖杯とのつながりはなく、操られることはない。とはいえ緊急時用であり、とあるキャスターの力を借りて龍脈を活用しているだけだ。そのキャスターがやられれば、単独行動持ち以外は戦力にならない。
「ジル、貴方は何をするつもりです。まさか今からフランスを滅ぼすつもりですか?」
「えぇ、勿論ですとも! 新たにサーヴァントを召喚することは難しい。おまけにジャンヌが召喚したサーヴァントはほぼ独立しており、此方から手が出せない! しかし、ここには強大な力がある!」
間違いなくそれは、ファヴニールのことだ。おまけに周囲にはいつの間にか召喚された海魔がうごめいている。海魔は徐々にファヴニールへと取りついていき、やがてその姿を埋め尽くす。ファヴニールは聖杯により生まれ、維持されるものだ。所有者には逆らえない。
「カルデアのマスター! 今すぐ焼き払いなさい! でないと――んむ?!」
そこまで言いかけて海魔が口をふさぐ。生臭いソレが不快だがそれどころではない。海魔+ファヴニール+ジルとかとてつもなく恐ろしいものが出来上がるに違いない。今すぐ私ごと焼き払って間に合うかどうかだ。
カルデアのマスターも良くないものが現れようとしていることに気づいたのか指示を出し始めるがもう遅い。既にファヴニールは取り込まれ、ジルは悠々とその中へと溶け込んでいく。姿を現すのはおぞましいほどに巨大な竜。あちこちに触手をうねらせ奇声を響かせる、真性の怪物だ。
すると私を拘束する触手が動き出す。まるで私すら飲み込もうとしているその様子は嫌悪感を抱かせる。不味いなと思いながらも、此方の手駒は既に各地に移動させ緊急時に備えさせているため使えない。
「黒いジャンヌを救出! ジークフリート、道を開いて! エリザベート、清姫、その道を維持! ジャンヌはその先にいる黒いジャンヌを救助!」
そんな声が聞こえた。それは恐らくは黒髪のマスターの声だ。悠長すぎると怒鳴りたいが声は出せない。助ける暇があるならそれごと全部薙ぎ払えというのに。まぁ、結局のところ私も同じようなものだったのだが。
指示通り、ジークフリートは道を作り、そこを他の二体がサポートする。遂には『私』へ到達し、周囲の海魔を駆逐して私を引っ張り出した。瞬時に周囲を確認、サーヴァントの位置を確認して宝具の限定開放を行う。
ぶわり、と私を中心に炎が広がり海魔のみを焼き尽くす。
「感謝はしません。まったく、さっさと宝具で全て薙ぎ払えばいいものを!」
近くに落ちていた旗を拾いなおし、『私』と共に駆ける。海魔を薙ぎ払い、取りあえずはカルデアのマスターと合流するのが一番だろう。隣を走る『私』はどこか嬉しそうに私を見て、張り切って旗を振るっている。子供か、と言いたくなるが飲み込むことにした。
「そこのマスター! 宝具の解放は可能ですか!?」
「ごめん! 今はすっからかんなんだ!」
「ならば撤退します、北に監視用の砦があるのでそちらに合流を。他のサーヴァントもいるので戦力の補充になるでしょう!」
分かった、という声が聞こえる。恐らくは通信で情報の共有を行っているのだろう。元々敵である私の言葉を素直に受け取るのを見ると不安になるが、信じられないよりはマシだろう。彼は連絡を終えたらしく私たちと合流する。
「まったく、予想外もいいところです。まさかポカをするとは……どこのサーヴァントか!」
「あははは、やっぱり予想外の状況なんだねコレ。取りあえずこの件に関しては協力できるってことでいいのかな」
そう問うてくるマスターに頷いて返す。最早私が一人でどうにかできる範囲を超えているといってもいいだろう。すべてのサーヴァントを集結させれば問題ないのだが、そうすると各地の防衛が困難になる。
あの海魔は大量に存在している。あれに対処するにはサーヴァントの防衛能力が必須になってくる。となると戦力的に考えて撃退するにはカルデアの手を借りるしかない。全くもって忌々しい状況だ。
「マスター、波が来るぞ!」
ジークフリートの声に何を言っているのかと振り向けば、確かにソレは波だった。ただし水によるものではなく、海魔によるものであったが。ゾッとするような光景に生理的嫌悪を抱きながら焼き払う。
しかしいかんせん数が多すぎて捌き切れない。私一人ならば兎も角、このマスターの事も考えると困難だ。宝具が使えないこの状況ではジークフリートも自分の身で精一杯だろう。エリザベートと清姫も気持ち悪いと叫びながら必死に対応するが両手がふさがっている状態だ。
「くっ、他のマスターはどうなっていますか!?」
「アッチはゲオル先生とアマデウス、マシュたちが頑張ってくれてる! でも向こうも厳しいって!」
「では清姫を向かわせましょう。此方は私と『私』、ジークフリートさんにエリザベートがいれば何とかなるでしょう!」
広範囲攻撃も可能な私とジークフリートにエリザベート、そして防御の『私』、この状況下ならこれだけいれば贅沢な方だ。向こうは恐らく広範囲に攻撃できるものが少ないはず。ならばまだ向こうを見失っていない今のうちに派遣した方がいいだろう。
マスターの少年は宙に向かって何度か話した後頷き、二人に指示を出した。不満そうなエリザベートと嬉しそうな清姫。どうやら女のマスターは厄介な蛇に見初められたらしい。私の知ったことではないが。
「さて、それでは私たちも北へ向かいましょう――――む?」
それではいざ北へ、と口にしたところで寒気が背を撫でる。その嫌な気配がする方に振り返れば、そこにはおぞましい竜となったジルがいた。彼は口と思わしき場所を開き、そこからボトボトと海魔を零す。しかし恐ろしいのはそこではなく、その奥に集められていく魔力の密度だ。
『ジャアアアァァァァンヌゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!』
どっちだ!と叫ぶが返事はない。しかし狙いを見ればその照準は『私』の方を向いていた。近くにはジークフリートもおり、海魔を切り捨てているがあのブレスに対応できそうにない。令呪もないため、後は『私』次第だが……。
「っ、先にマスターを連れて移動してください! 私は後一度くらいなら宝具を発動できます! ジークフリートさんか私がいてくれれば、解除後の対応も十分可能です!」
その言葉を聞いて考える。あの宝具は発動の面積に対して魔力の消費量が増大するのかもしれない。となると少人数のほうが面積を最小で抑えられる。あのブレスは見た限り、周りの海魔も巻き込むだろうから凌ぎ切れば勝手に道はできるだろう。
ならば――――
「分かりました。ジークフリート、エリザベート、マスターを頼みます」
「……了解した。無事に合流できることを祈る」
「私たちユニットドラゴンでマスターを守れっていうのね! いいじゃない!」
「ユニットドラゴン……いや、間違いではないのだが」
「何よ! この私とのユニットが気に入らないっていうの!?」
きぃー!という声が聞こえるが知らんぷり。直後に物凄い轟音がしてブレスが放たれる。今度はきゃー!?という悲鳴が聞こえるがブレスの照準は此方を向いているので大丈夫だろう。チラリと見れば『私』はいつになく真剣な表情でジルを見ていた。次に私を見ると笑みを浮かべ旗へと力を込めた。
「
私たちを中心に、結界が展開される。次いで物凄い魔力の暴流が押し寄せ視界が白く染まる。しかしそのブレスが『私』の宝具を破ることはない。『私』の旗に傷がついて。『私』自身も魔力を消費しており膝をつきそうだ。仕方なく、本当に仕方なく立たせてやれば『私』は目を見開いた後、泣きそうな顔で笑った。
「……ブサイクな表情ですね、『私』」
「何でしょう、今ならどんな暴言も許せる気分です。こうして肩を並べられる日が来るなんて思ってもいませんでした」
「本来ならあり得ない話です。予定外の状況に陥りさえしなければ、もう全て片が付いていたのですが……まったく」
次第に視界が晴れる。
ジルのブレスは、『私』の宝具によって完全に防がれたのだ。今がチャンスである。よろめく『私』を抱え、その場を全力で離脱する。すでにルートは選択済みゆえに進む方向に迷いはない。
「そのまま北に行くのは危険ですので、迂回して向かいます」
「分かりました。……ところでその、これ……何とかなりませんか?」
そういいながら『私』は自分自身を指さした。まるで俵のように担がれた、完全にお荷物状態の自分自身を。
「なりませんね。両手をふさぐのは愚策でしょう? お荷物は荷物らしく黙っていてください」
「なぁ!? お、お荷物ってなんですかお荷物って!」
肩から聞こえてくる騒がしい声。
肩に感じる『私』の温かさ。
憎悪の炎が弱まっていく。
やはりだめだと私は再度自覚した。『私』といると私は、どうも自分自身の役割を忘れてしまいそうになる。このまま流されてしまいたいと思ってしまう。しかしそれでは今までの労力が無駄になる。協力してくれたサーヴァントたちの厚意を無駄にする。
気を引き締めろ。まだ、倒すべき相手が残っているのだから。そう自分自身に言い聞かせながら、薄暗い森の中を「枝、枝が!」と非難の声を上げる『私』と共に駆け抜けた。
お休み終了につき次の投稿は遅くなります。
感想返しは時間があれば。