人の手の入らない森を走り続ける。幸いなことにして私たちはサーヴァントであり、尚且つ戦場を駆けまわっていた過去があるゆえに体力は十二分だ。ここにあのマスターがいたら、今頃少し前の『私』のようにお荷物として担ぐ羽目になっただろう。
「どうやら追手は撒けたみたいですね。とはいえ海魔がどこに潜んでいるのかもわかりません。十分に注意してください」
「分かりました……あの、ところで――」
「ふむ、まだ支配下にあるワイバーンを使ってジルを監視していますが、どうやら彼も北の監視所に向かっているようですね。幸いなことに、あの図体と海魔との融合で空が飛べない様子。これなら私たちの方が早く到着できるでしょう」
何か聞きたそうな『私』の声を遮って、現状を伝える。『私』は一人しょんぼりとした表情を浮かべて隣を走る。どう見ても警戒心ゼロである。ジルめ、本当に余計なことを言ってくれたものだ。
「…………チラっ……」
「……その奇妙な目でこちらを見ないでもらえますか?」
口で言うな、と突っ込みかける。誰だろうか、あんなことを『私』に教えてしまったのは。どうせカルデア関係なのだろうが、『私』が余計にアホの子に近づいてしまうではないか。
「まったく、聞きたいことがあるというのは理解しています。ただ、私がそれに答えて何かメリットがありますか?」
「恐らく、私の士気が向上します。天元を突破して」
「……私のメリットを聞いたのですが。そもそも、貴方の求める答えでない可能性だってあるでしょう?」
そういうと『私』はそうなんですけどね、と笑う。
「でもきっと、私の求める答えが返ってくると思うんです」
言いながら私を見るその目には、かつての迷いと懐疑の色はなくなっていた。あれだけ計画的に事を進めて完成させた「竜の魔女」が、『私』にとっては「私」へと変わってしまっている。
馬鹿なんじゃないだろうか。あれだけやってようやく私を「竜の魔女」だと認識して覚悟を決めた癖に、「竜の魔女」ではなく「私」と認めるのにはほんの少しの言葉と状況だけで足りてしまった。呆れてものも言えない。これでは詐欺師の格好の的……いや、そういう悪意には敏感であったか。なんだ、では私に対するセンサーの感度がおかしいのか。
「…………愛されている、と思ってしまった自分に吐き気がしますね」
「愛していますよ、他の誰よりも。あっ、も、勿論、家族としてですけど!」
「最後の付け足しがなければ、貴方の事を燃やしていました。割と本気で」
私だってノーマルですよ!と『私』が叫ぶ。私だってそのはずだ。はずだ、というのも今までは体なんてなかったものだから『私』や家族に対して以外、ほとんど好きかなんて考えたこともなかったからである。男女の関係なんてそれこそ。まぁそもそもの話、最早死後の亡霊であり復讐者である私とは縁遠い感情だ。
と、ここで視界が開ける。そこにはワイバーンの見た光景が同じものが広がっている。海魔が密集し数は具体的には分からないが、一体一体はただの雑魚だ。
「会敵します。捕まっても助けないので、そのつもりで」
「大丈夫です。私が捕まったら、私が助けますから」
……何が大丈夫なのだろうか。
海魔の群れを抜けてしばらく、私は走りながら思考にふける。後ろでは『私』が聞きたいことがあるアピールをしているがそれどころではない。何せ計画の修正が急務なのだから。これで予定通りに目的を果たせなかったらジルは地獄に叩き落とす。死なせてはやらない、爪をはぎ、皮を剥ぎ、指を切り落としてやろう。簡単には死なせてやらない。
取りあえず変更点としては、最終目標か。もう恐らく、『私』もカルデアも気づいているだろう。私の最終目標が、フランスを崩壊させることではないということに。そもそも崩壊させたいなら、あのままジルと協力すれば良かったのだから。
幸いなことに、私の目的は既に九割
となれば私がすることは単純だ。やはりあのジルを早期に倒して終わらせること。本来ならば最後の強敵として私とファヴニールが行う予定だったが、それをジルにやってもらうこととしよう。その為にも、人はいない北の監視所までおびき寄せて決戦に持ち込むのが有効だ。
既に手は打ってあるし、サーヴァントも集結させた。あとはカルデアの戦力も含めれば打倒できない相手ではない。厄介な海魔による物量も、広範囲を殲滅できる者たちが対応できる。
「となれば、残るは――『私』ですか」
視線を向ければ、ジっと此方を見てくる『私』が映る。先ほどからこうである。聞きたいことがありますアピールが止まらない。生前から頑固な『私』のことである。絶対に諦めないことは知っている。ならば妥協案が必要だ。家畜だって、餌が無ければ役割を果たせないのだから。それにしても、視線が痛い。
「その視線、鬱陶しいので止めてもらえますか?」
「私が答えてくれれば止めましょう。こればかりは譲れません」
「こればかりは、ね。私の記憶では、『私』には譲れないものばかりだったと思いますが」
「それはそれ、これはこれ、で」
「……貴方にその言葉を教えたのは誰です? 正直に言いなさい、私が直々に灰に変えてあげますから。『私』の教育に悪すぎますからね。これ以上馬鹿にしてどうするつもりですか……」
「今のは心配してくれたのですか? あれ、でもそれ以上に馬鹿にされた気が……? でも、貴方に心配されるというのは、やはり嬉しいものですね」
満足したような笑み。此方をみる『私』に耳と尻尾が生えているような気がした。無論、悦びでパタパタと動いているのである。犬か、犬だったか。確かに生前から『私』は犬のような一面もあったような、なかったような。人懐っこく、干し草の上で昼寝をし泥まみれになって駆けまわる。……何も言うまい。
「はぁ、『私』と話していると本題を見失ってしまいますね」
「本題、ですか?」
「ええ、貴方が知りたくて知りたくて、しょうがないことについてです」
「……! 答えてくれるんですか!?」
「ええ、答えましょう。ただし、ジルを倒した後にですが。今この状況ではゆっくり話している時間もありません。どうせなら、倒した報酬があった方がやる気が出るでしょう?」
そう伝えれば、『私』は少し考えた後に頷いた。恐らくは今すぐ聞きたいという思いとの葛藤があったのだろう。それでも理性が上回ったということか。これで今すぐ聞きたいとか抜かしていれば子供かと吐き捨てていたところだった。
実際、飴につられる様子は子供のようだ。ふと、生前の記憶が蘇り笑みがこぼれる。その一瞬だけは、理性で抑え込むこの憎悪も何も言わない。私にとって幸せだったと断言できるあの時間だけが、この憎悪を上回る。だからこそ、あの時間を奪った全てが憎い。どうしようもなく醜いループだ。
『あら、こんなところにいたの? カルデアは到着したわよ。あまり時間もないのだから、早くしてくれないかしら』
どこからともなく女性の声が響く。『私』が咄嗟に旗を持ち戦闘態勢を整えるが、私は彼女を知っている。というか、私が召喚したサーヴァントなのだから知っていて当然だ。
「キャスター、状況はどうなっていますか?」
『あの怪物の速度が少し上がったわ。どうやら余計な海魔を他の街に向けて出したみたいね。あの怪物自体は少し小さくなったけれど、街一つは簡単に滅ぼせるでしょうし弱ったとは言えないわね』
すると『私』が驚愕の声を上げる。
「なっ、他の街が襲撃を受けているのですか!? 海魔は一体一体に力はありませんが、アレは精神を汚染します! 急いで救援に向かわなくては街が……!」
『あら、ご立派な考えね聖女様。別に構わないけど、カルデアのマスターたちはどうなるかしら。あのブレスを防げる宝具は一つでは足りないのではなくて?』
「しかし、罪のない民草が犠牲になるのを見逃すわけにはいきません。主も関係なく、私自身が見逃せません」
『……本当に真っすぐね。眩しくてしょうがないわ。貴方が苦労したのも分かる気がします』
「でしょう? 罪がない民草といいますが、私からすれば彼らも罪人なのですがね。価値観の違いという奴です」
呆れたようにため息をつけば、キャスターが渇いた声で笑う。
『さて、聖女様の意向は理解したけれど……この様子だと
どこか責めるような口調でキャスターが私に問う。別に意図して伝えなかったわけではないのだ。ただタイミングがなかったことと、別に『私』が知る必要もないだろうと思っていたのだ。それこそ、他の街が攻撃を受けているなんて情報が『私』の耳に入らなければ、対応策など伝える必要はない。別に街の住人が海魔に襲われようが、知ったことではない。
「ええ、伝えていません。貴方が、他の街が襲撃されている、という情報を彼女に伝えなければ、必要のない情報でしたから」
『……分かってはいたけど、相当に捻くれてるのね貴方は。そして随分と照れ屋さんだこと』
「貴方には言われたくありませんね、キャスター。怪しいフードを被りながらその実美しい姿を持ち、その趣味は可愛らしい少女を着飾るという乙女思考の持ち主。夢は主婦で幸せな家庭を旦那と持ち過ごしたいという――」
『分かりました、ここまでにしましょう! 人の痛いところばかりつくのだからもう! 貴方たち、足して二で割れば丁度いいのではないかしら!?』
「あの、取りあえず私を置いてけぼりにしないでもらえませんか!?」
あら、拗ねてるのかしら、とキャスターが呟けば『私』は声を運んでくる鳥の使い魔を睨みつける。あら怖い怖い、と言いながらキャスターは口を閉じた。
「どういうことですか? 私は、街が襲撃されるリスクのことを知っていましたね?」
「ええ、予測はしていました。何せ相手は物量がお得意のジルです。時間の経過と共にいくらでも増やせる海魔を、本体にくっつけるだけでは能がないでしょう? なら、その内他の街にも差し向けるだろうとは」
「っ、それを知っていて――」
「確信はないでしょう? その為だけに戦力を割いては、私たちがジルに敗れるかもしれない。そうなればフランスは崩壊し、人理が焼却されることでしょう」
そう伝えれば、使い魔からあちゃー、という声が聞こえる。
「――――じゃあ、そういう……あ、あの! 街の方はどうするのですか? まさかそのままなんてことは」
「分かっています。そちらに気を取られては集中力を欠く。伝えてはいませんでしたが、対抗策としてサーヴァントをそれぞれ防衛戦力として街に配置しています。元々配置していたサーヴァントをそのまま再利用しているだけですし、最終決戦時の戦力として計算はしていない為、此方の戦力が低下するわけでもありません」
「では私はもともと、街を守るつもりで……?」
「違います。ただそのままでは先ほど言った通り、貴方たちの集中力が欠ける。故に、元々配置していたサーヴァントを防衛に当てているだけです。住人が襲われようと、本来なら私には関係ないのですから」
『ええー? ほんとにござるかぁ?』
キャスターにしては随分と俗物じみた言葉だな、と思っていると、唐突に横から強い衝撃が加わった。何事!?と素で動揺すれば、見慣れた金色の髪が視界に映る。
見れば『私』が全力で抱き着いてきていた。そこでまた、『私』の温かさを知る。その鼓動の音が心地よく、どうしようもなく――と考えて頭を振る。ない、それはないと自分に言い聞かせる。
というかどういった状況かと『私』を見れば、満面の笑みで迎えられた。嬉しさのあまり頭をぎゅっと押し付けてくるその様子が、近所で懐いていた犬にそっくりだった。というか何がそんなに嬉しかったのかと考え、
「――――――なん、だと」
取り返しのつかないことを口走っていたことに気づく。
『そうよ。貴方今――自分の目的はフランスの崩壊ではないって、はっきり言っちゃったんだから』
戦力割いたらジルに負けるかも。そしたら人理崩壊。それを防ぐためには、と私は言った。すなわち、フランスを守るためにそういう行動を取ったのだと明言してしまった。ガッデム。ふざけろ。
「やっぱり、やっぱり貴方は――ああ、この喜びをどう表現すればいいのかが分かりません! 取りあえず生前は出来なかったので精いっぱい抱き着きますね!?」
「いや、貴方、行動が私に対してやたらアクティブすぎませんか? 少し落ち着きというのを覚えるべきで……ああもう! うっとうしい! 子供ですか貴方は!?」
ぺいっと剥がせば、それすらも嬉しそうな『私』がいる。
やってられない。本当にやってられない。ここに来て私がやらかすとか。これもポカしたサーヴァントから始まり、ジルが悪いのだ。本当にポカしたサーヴァントは草の根分けてでも探しだし、憎悪の炎で焼いてくれる。串刺しだ。
『お取込み中悪いのだけど、早いところ戻ってきてくれないかしら。
「おい」
ワシッと使い魔を握りつぶす。
「どういうことだ。私は
「あ、懐かしいですねその口調――」
『私』のことはこの際無視だ。
対応している余裕はない。
『まぁ諦めなさいな。随分と我慢した方でしょう。ちなみに宝具を使用して向かったから、直ぐにそちらに到着するわ。使い魔で確認したけれど、もう目と鼻の先ね。後のことはそちらに任せて、私は準備をしておくとします。諦めて二回目をくらうことね』
そういってキャスターの使い魔は飛び去って行った。彼女のいうことが本当ならば、もうすぐ彼女は到着するのだろう。耳をすませば蹄の音が聞こえてくる。次いで車輪の音が聞こえればもう確定だ。どうせ護衛としてセイバーがついてきているのだろう。彼女?の望みがそうだったのだから。
『私』も気づいたのか、音のする方を見る。するとそこから、日光を取り込み光り輝くガラスの馬車が走りこんでくる。正確には後ろの車は普通のもので、恐らくは後付けだろう。ああ、遂にやってきてしまったと、額に手を当てれば『私』は口に手を当てて驚いている。
「まさか、そんな――でも、あのガラスの馬は確かに……!」
「ええ、まさかそんなその通りよ! お久しぶりね、ジャンヌ! そして照れ屋な竜の魔女さん!」
そういって、
同時に『私』とマリーによる二回目が私を襲うのだった。
「そして何より驚いたのが、倒されたはずのマリーが今も元気にしているってとこだよね」
「はい。まさかご無事だったとは。別れは辛いものでしたが、再会とはいいものですね」
追手から逃れて北の監視所が見えた時、私を迎えに来たのはガラスの馬だった。おまけに大量の海魔を空から大量に降り注いだ矢が殲滅した。それでも後ろからぞろぞろと来る海魔も、監視所を中心に一定範囲内に入った瞬間、地面から突き出された杭で串刺しだ。
ほへぇ、とその様子を眺めていると聞き覚えのある声がした。おまけにアマデウスが驚きの声を上げてその方向を向けば、忘れもしない白百合の王妃がいたのだ。会いたかったわと抱き着かれた時は同じ女でありながらときめいたものである。
どうやらマリーはあの時、オルタと話をしていたらしい。その内容については口外できないとのことだったが、有意義な時間だったとか。その後、確かにマリーはオルタによってその場から排除された。ジャンヌの傍にいられると邪魔だから、と。
ここでマリーは文字通り、ファヴニールに食べられたらしい。ただし口の中に放り込まれただけであり危害を加えられることはなかったという。つまり、邪魔だからと誘拐されジャンヌや私たちと隔離されていたということらしい。
その間は街の中を回ったり、その街で暮らす人々と共に暮らしていたとのことで、オルタが支配している街の治安は大丈夫だったのか不安になった。しかしマリー曰くオルタは直接的に街の住人を傷つけたりはしなかったらしい。街の至る所にはフランスの惨劇を映し出す魔術的なモニターが設置されていたが、それ以外は好きに過ごせたのだという。ちなみに某王様や司教様はとあるサーヴァントのブートキャンプに一日中強制参加させられているが、実は生きているらしい。
稀にワイバーンに運ばれてやってくる人もいたが、ワイバーンは人を捕まえて運ぶだけで餌として人間を捕えていたわけではなかった。彼らはオルタにより魔力が提供されており、空腹とは無縁だったらしい。現在は海魔を主食にしているとか。
「おまけに街には暴徒とか盗賊対策に、サーヴァントを置いてたっていうし……」
「はい。マリーさんが言うには、その街では緑色の外套をまとったアーチャーさんを見たとのことでした。他にも褐色のバーサーカーさんもいたそうです」
加えて、この監視所には様々なサーヴァントが集結していた。以前に戦ったことのあるランサーやアサシン、アーチャーにセイバー、初めて出会ったキャスターなどなど、名高い英雄たちが集っていた。
皆が皆というわけではないが、気高い英霊たちだ。そんな彼らが何故オルタに力貸していたのか疑問に思った。見た限り彼らは比較的自由に過ごしており、何かに縛られている様子もない。つまり、自分の意思で協力しているということなのだろう。
そこでサーヴァントに話を聞いてみれば、
『力を貸す理由、か。なに、あの魔女が余と似ていたからだ。国を救い聖女と呼ばれながら、魔女と貶められたその最期がな』
『拙者はただ、まだ斬ったことのないものを斬る機会を得られるが故に。強者との試合にも臨めるとあらば、断る理由はあるまい。それに、あの魔女殿は面白い。うら若き少女でありながら、その在り方は――おっと、これ以上言っては炭火焼きにされるのでな』
『ふむ、協力する理由か。復讐と言いながらも、一人の為に人を殺めず目的を果たそうとするその一途さに惹かれた、というのもある。他に? これは誰にも言うなと口止めされている故、具体的には言えないが……あれは存外、子供には優しいのだ』
『私はただ、自身の望みが叶う機会を得られるという理由のみだ。まさか本当に、私の望みが叶うとは思ってもいなかったが。サンソンも満足して逝ったと聞いている。あの男も不器用だったからな』
『私の場合、最初はランサーに近かったかしら。経緯は少し違うけど、魔女と呼ばれたのは同じだもの。ただその後、自分に似たジャンヌ・ダルクを好きに着せ替えて遊んでもらって結構って言うし、やたら私の事に詳しくて弱み握られちゃったし……何なのかしらね』
などなど様々だった。触媒のない召喚だからこそ相性のいいサーヴァントが召喚されたのか、それともこの英霊たちを意図的に呼び出したのかは定かではない。それでも多くの悪逆を見てきた英雄たちが、オルタに協力しているということは、そういうことなのだろう。
「兄さんたちが着いた後には、オルタの目的が人理焼却じゃないっていう確定情報もでてるし間違いないね」
「はい。マリーさんからの情報だと、あの魔術的なモニターからは、我々とオルタさんの戦いまで映し出されていたようです。同時に――ジャンヌさんを支持する人々が現れ始めた、と」
「聞いて、ちょっと思っちゃったよね。この時代に来た時も魔女だーっていって逃げてった人たちが、聖女様―って手のひらを反すのって何だか自分勝手だなって。まぁ、この時代に来た時の魔女だー、はオルタの仕業だったからしょうがないにしてもさ」
「はい……恥ずかしながら、その、私も、そのように感じたところがありました」
恥じるようなマシュの姿が尊く見える。
このままの純粋な少女であっておくれと願わずにはいられない。
「さて、それであのモニターの映像だけど……マリーの話通りなら、オルタが負けたところで終わったんだよね?」
「そのようですね。それ以降、モニターは沈黙していたとのことです。その後、各地に海魔が現れ、魔女の呪いだと住民たちは騒いでいたと」
うーん、と考える。監視所についた兄たちは疲れている様子だったため、情報の共有を行った後は仮眠中だ。可能ならば意見交換をとも思ったが、兄は直感派なのであまりアテにならない。まぁ意外と当たるので最終手段としておこう。ここにはマシュもいるし問題はない。
「オルタの目的は固まって来たね。彼女はむしろ、人理を守る側でもあった。人々に恐怖こそ与えているけど、殺傷は一切してないらしいし。集めた情報によると、彼女が現れる前までは行方不明者が多発してたり、どこかのお城の兵士たちが皆殺しにされてた事件はあったみたい」
「はい。恐らくは、オルタさんが召喚される前の話でしょう。オルタさんが召喚されてから、大きく方針が変わったということではないでしょうか」
「となると怪しいのは、フランスの崩壊にお熱のジル・ド・レェだね。彼に召喚されたオルタは、彼の目的を知って利用しようとしたのかな? 上手く彼を説得して、今の形を作り上げた。なんでジル・ド・レェをそのまま残しておいたのかわからないけど」
「生前、彼とは友人であったと聞きます。もしくは、全てが終わった後に……その」
「始末しようと考えてたのか、かぁ。まぁどこかの英霊がポカして予定が狂っちゃったみたいだけど。というか凄いよね。ジル・ド・レェを東に縛り付けるためにサーヴァントを使ってレジスタンスまで作っちゃうんだから」
「はい。そのポカがなければ、私たちは何の疑いもなくオルタさんを人理焼却側と考えていたと思います。そして、何も知らずに人理を修復しこの時代から退去していたかと」
「それがオルタの目的だったってことだよね。それを果たした結果、オルタが得られるものってなにかな」
考えれば単純な話だ。復讐は成されず、オルタが得られるものなんて、魔女という不名誉な称号だけ。であれば別の誰かが何かを得ることができる。そして彼女が執着を見せたのは、ジャンヌ・ダルクただ一人だけだ。
そこで一つ思いつく。魔女を倒したジャンヌは人々にどう映るのか。
「――ジャンヌ・ダルクの、名誉回復?」
「恐らくはそうなるかと。サーヴァントの方も言っていました、一人の為に人を殺めず目的を果たそうと……と。恐らくはジャンヌさんのことだと思います。現に、例の映像を見ていた住人は、ジャンヌさんを聖女だと呼び始めたそうです」
恐らくはそういうことなのだ。悪を成す自分を倒させることで、ジャンヌ・ダルクを聖女として復活させようとしていた。これこそが彼女の目的だった。だからこそあの映像を流し恐怖を煽り、その中で希望となるジャンヌ・ダルクを見せつけてきたのだ。
しかし、と疑問に思う。初めて会った時のオルタの目に宿る憎悪の炎は本物だった。そんな彼女が王や司教を生かし、復讐を成さないでいる。もし、その憎悪を理性で押さえつけているのならば、それは理性の化け物だ。それとも、彼女にとってジャンヌ・ダルクとはそれ程にまで大きい存在なのか。
「オルタはジャンヌを城塞が如き心を持つ、って言ってるらしいけど、私たちからすればオルタも十分に鋼の理性を持ってると思うんだよ」
「はい、私も同感です先輩」
マシュも私と同じことを考えていたらしい。それにしてもオルタ、策士である。ジャンヌ曰く、オルタは戦闘能力に長けているというのだからなおさら驚きだ。ジャンヌは戦闘能力よりも指揮が得意でカリスマがある。オルタは策士で戦闘能力が高い。
オルタが計画し、ジャンヌが指揮を執る。オルタがその元で戦い、ジャンヌのカリスマと合わせて兵士たちの士気を上げる。もし二人が同じ時代にそれぞれ存在していたのなら、そんな鉄壁の組み合わせができていただろう。
それが味方だと考えると心強い。
「――おや、門の方が少し騒がしいような。あ、あれはマリーさんの宝具ですね。ということはマリーさんにセイバーさん、ジャンヌさんとオルタさんが戻って来たようです」
「無事に戻ってこれたんだね。よし、それじゃあお出迎えといこうか!」
「はい、先輩。あ、立花先輩は起こさなくてもいいでしょうか」
「あぁ、戻ってきたら起こしてって言われたんだっけ。まぁ寝かせておいていいよ。兄さんは勘だけで動くから、慣れるまでは謎の物体に見えるときもあるし。あれでいて本質をつかんでるから質が悪いんだよね。人からすれば、中身を覗かれてるんじゃないかって感じるらしいし」
そういいながらマシュの背中を押してお出迎えに向かう。私たちが通ればサーヴァントたちが道をあけてくれ、その先にいる彼女たちの元へとたどり着く。するとそこでは少々予想外の光景が広がっていた。
「…………重い」
「あら、いくら女性同士でも、女性に対して重いは失礼ではなくて?」
「…………訂正しましょう。甲冑を纏う『私』も合わさり、重い」
「それ、余計に酷くなってませんか!? 私に対して!」
両腕にマリー、ジャンヌとしがみつかれ、どこか遠い目をしているオルタがそこに立っていた。彼女は疲れた表情をしており、傍に立つセイバーもマリーを見ながら額に手を当てていた。どうやら馬車の中からずっとこうらしい。原因は、マリーを消さずに残していたことが判明し、更にそのマリーから街の現状などなどの情報を得たことによるらしい。
嬉しさのあまりオルタに抱き着いたジャンヌ。そしてそれを見てずるいわ、と追加で飛び込んだのがマリー。気づけば馬車の席は片側のみが埋まり、オルタは両手に花状態だったそうな。セイバー? セイバーは御者をやってたって。流石にあの中には入れなかったらしい。
でも何気にマリーの幸せそうな笑顔を見てご満悦な様子。
つまりくたびれているのはオルタだけ。
そして両手に花の彼女を見て一つ思った。
「――――美少女ハーレム?」
「ぶっ殺しますよ、そこのマスター」