時間ががががが
ここに来て、驚きの連続だった。
もう一人の私の目的について、攫われた人々の処遇について、そして、ファヴニールによってやられてしまったと思っていたマリーの生還について。
北の監視所に向かう私たちの目の前に現れたマリーは、最後に見たあの時と変わりない姿でそこにいたのだ。もう一人の私が頭を押さえ、昔の荒い言葉遣いに戻った。同時に本当に予定外のことなんだと理解した。
最終的に私とマリーでもう一人の私の両脇を固め、マリーの宝具で移動する。御者をやってくれたセイバーは微笑ましそうにマリーを見て笑っていた。
北の監視所に着けばカルデアの面々が無事到着しているのが見えた。無事だったんだねと駆け付けてくれたカルデアのメンバー。もう一人の私は重い、といって私たちを追い払い自分の召喚したサーヴァントの元へと戻っていった。
その様子を見て、ふと考えてしまう。確かに私は嬉しかった。もう一人の私の目的がフランスの崩壊ではなかったことが嬉しかった。恐らく私を気にして、出来る限り殺生を行わずにいてくれた。
しかし、もう一人の私が今回の事件を引き起こしたのは私の為なのだ。今回の事件で傷を負った人々がそうなる原因をつくったのは私だ。もう一人の私を追いつめたのは私なのだから。
私は、もう一人の私がどれだけ情に厚いのかを忘れていたのだ。彼女は他人、敵には辛辣である。しかし一転、身内の話となれば愚痴を言いつつも手を出さずにはいられない。特に、私たち家族に関しては顕著だった。体のない彼女の代わりに、彼女の提案を私が実行することになるのが毎回のお約束。私はそれが、とてつもなく嬉しかった。
「……ここに来て、また追い打ちとは。私の計画通りなんでしょうか。まぁ私には甘んじて受ける以外にないのですが」
それにしても、と思う。もしあのままジルの介入がなければ、私たちは竜の魔女たる私を倒し、何も知らずに平和を取り戻したと満足していただろう。そして真実を知ることなく、私は座に、カルデアのメンバーはカルデアへと帰還する。
考えただけでもゾッとする。何も知らないことの恐ろしさを身に染みて味わった。家族同然の人が、自分を悪役にし、犠牲にし、自分の死を以てジャンヌ・ダルクの汚名を覆そうとしていた。私はそれに気づかず、フランスを守るため仕方ないと言って、最愛の家族を殺してしまうのだ。
「自己犠牲の果てに……貴方はきっと満足してしまうんでしょうね」
そうさせたのは私だ。世界を恨みフランスを崩壊させようとしていた私を見た時、そうさせたのは私だと後悔を抱いた。生前の私の過ちを自覚した。自分の愚かさを呪い、必ず私が止めるのだと息巻いた。主も関係なく、私自身の意思で蛮行を止めるのだと!
しかし実際はどうだ。もう一人の私は、民草を惨たらしく殺してなんかいなかった。かの王や司祭でさえ彼女は生かしていたのだ。おまけにサーヴァントを暴徒鎮圧用に配備するなど、むしろ彼女がいたからこそ最小限の被害で済んでいたのだろう。でなければきっと、ジルが暴走してフランスは滅亡の危機にあったはずだ。誰よりも早く、彼女はフランスを守っていた。
「こんな形で、思い知ることになるとは……」
残される者の悲しみ。
想像するだけで気が狂いそうになる。思えば生前も、一時的にもう一人の私がいなくなってしまった時の苦しさと似ている。無論、今回のはそれ以上の苦しさが胸を襲う。これがもう一人の私が抱いた感情なのだ。
もう一人の私の立場になって考えれば、言葉を失う。たったこの世で一人、言葉を交わせる者を失うのだ。私が言うのもなんではあるが、誰よりも絆を深めたたった一人が自分を置いて行ってしまう。言葉も聞いてくれず、自分勝手に生きて満足して死の結末を受け入れる。
自分の愚かさを改めて知る。あの時私は理解した気でいたが、甘すぎたのだ。これだからもう一人の私に馬鹿だと言われてしまうのだろう。
もう一人の私は、憎悪にその身を燃やされていた。その瞳の奥には常に薄暗い炎が見える。それでも彼女は衝動のままに動きはしない。全てを理性で抑えて、復讐者でありながら破壊を最小限として私の為に全てを捧げた。
私の為に。
そう呟くたびに、頬に熱がこもる。愛されている、そんな気がしてしまうのだ。随分と歪んだものだと苦笑しながらも、この喜びは隠せなかった。自分も負けないほどにあなたを愛していると態度で示せば、もう一人の私はげんなりとしながら私を追い払う。素直じゃないのね、とマリーが笑えばもう一人の私の白い肌に色がつく。
そして言うのだ、燃やしますよ、と。
「ふふ、あの時の私は本当に可愛らしかった。あれがツンデレというものなのですね」
わかるとも!という幻聴を聞き流しつつ、この後の展開を考える。
「最悪の事態は避けられました。ジルのおかげ、というのが何とも言えませんが」
彼は狂ってしまっている。言ってしまえば、彼こそ復讐者に相応しい執念を持っている。そんな彼に理性はなく、赴くがままに破壊を始めた。それを止めるのが私の使命だ。幸い、カルデアの戦力は整っているし、何よりもう一人の私がいる。
彼女が集めたサーヴァントは一騎当千の猛者ばかり。もう一人の私自身、広範囲高威力の炎が使える。それに近接戦闘すら極めた英雄だ。旗でなく剣を使うならば、生前のように多大なる戦果を挙げることだろう。残念ながら私はその剣捌きを見たことがないが。
「きっと、これが最後の戦い。悔いを残さないようにしなければ」
できるなら、その前にもう一度私と話をしたい。そんな事を想いながらカルデアのメンバーの元へと合流するのだった。
時間だ。
集めたかった戦力は整い、ジルも肉眼で目視できるほど近くまでやってきた。こちら側の疲労を取るための休息も終わり準備は万端と言えるだろう。
「さて、ポカをやらかしたクズへの罰も終えたことですし、始めるとしましょう」
「いやぁ熱かった。生前は色々な目にあってきたしプレイをしてきたけど、一方的に燃やされるのは初めてだったなぁ。うん、また今度どうだい? 僕は少し癖になってしまったよ」
簀巻きにされて足元に転がるクズ――ダビデを踏みつける。そう、ポカをしたのはこの男であった。召喚してすぐにアビシャグ、アビシャグじゃないかと飛びついてきた変態である。話を聞けば生前の妻に似ていたものだからという。まぁ一度くらいは大目に見ようと、一度叩きのめしたうえで話を聞いた。
すると行動はクズそのものだが、彼の本質的な部分、人間性は信用に値するものだと理解した。そしてビジネスパートナーとして契約する以上、裏切ることはないという宣言もあり、アーチャーで必中の宝具を持つため防衛に回すに至る。
それが間違いであった。どうやら彼は契約通りしっかりと防衛は行っていたらしいが、同時に街の外に牧場を建設していたらしい。嘘だろう、とワイバーンをまわせば、確かにそこには以前はなかった立派な牧場が出来上がっていた。見張りにはワイバーンが使われており、野獣対策はばっちりであった。ファック。
恐らくはこの異様な光景にジルが疑問を感じ、中に海魔を送り込むに至ったのだろう。しかし侵入されてもすぐに排除すればいいのだ。そう思い、その時に何をしていたのか問いただせば、アビシャグのお尻を追いかけていたというではないか。共にその街へと常駐していたライダーが始末してくれなければ、海魔による被害者も出ていたかもしれない。
「まったく、警備網を半分に割ってそれぞれ管理を任せたのが失敗でしたか……」
「申し訳ありません。私がもう少し早く駆け付けることができれば良かったのですが……」
簀巻きにしたクズの隣には、正座したライダーがいる。ちなみにスタイルのいい彼女もまたアビシャグ候補の一員かと思いきや、クズ本人が自分より身長が高いのはちょっと、と言っていたためバディに採用したのだ。たかが一センチ、されど一センチらしい。その後ダビデはライダーにボッコボコにされていた。
「貴方の責任ではありません。この場合は当人と、その上司である私の責任です。むしろ貴方が範囲外のサポートに間に合ったことに驚きです。素直に感謝しておきます」
「……その私好みのスタイルに、冷静でありながら熱い一面も持つ才女。上司としても理想的。……この件に関してなにか報酬をもらえるのであれば、この後、二人でどこかに」
「か、考えておきましょう。何にせよ、ジルを倒してからの話です。申し訳ありませんがライダー。クズを連れて街へ帰還してください。今のところワイバーンだけで対応はできていますが、万が一というのがありますので」
「了解しました。あぁ、血の一滴だけでもと思いましたが、我慢しましょう。お楽しみは最後に、というやつですね。ではこの男を連れて戻ります――ご武運を」
「あはは、いやぁ反省反省。これからは心を入れ替えて頑張るとするよ、アビシャグ!」
「はぁ、もういいのでさっさと戻ってください。仕事をしない羊飼いに、羊は必要ありません。働かないようであれば、ワイバーンの餌となるのでそのつもりで」
「ようし、自慢の石投げを見せてあげようじゃないか! ……僕の動かし方は本当にアビシャグのようだ。うん無慈悲」
宝具によって高速で離脱していく二人を見送り、周囲のサーヴァントへと視線を向ける。彼らも笑いながらあの二人を見送っていた。
「ではカルデアと合流し、接近しつつあるジルを叩きます。キャスター、陣地の作成はできていますか?」
「ええ、問題なく。ヴラド公とのリンクも繋いだわ。護国の将に守られるこの陣地が落とされることはないでしょうね」
「ふむ、貴婦人にそこまで言わせたのだ。余も全力を以て陣地の防衛に当たろう。なに、万が一討ち漏らしても此方には最高の狩人がいるのだ、問題はあるまい」
「煽てられても何も出せんぞ、と言いたいところではあるが期待には応えよう。汝の行く末、最後まで見届けさせてもらうとしよう」
防衛側の心強さと言ったらない。キャスターによる最高峰の陣地作成に、ヴラドの持つ杭による陣地防衛、雨のように降り注ぐ矢を操るアタランテと隙は無い。後はカルデアのデミと一緒にマスターを詰め込めば完成だ。ブレスが来ても、キャスターの援護が入ったデミの盾で止められるだろう。
「さて、セイバーはマリーと行動するとして、残ったのは貴方ですか」
「そのようだな。なに、任されよ竜の魔女。かの燕より遅きまがい物の竜などに後れは取らんさ。何よりあの量、斬りがいがありそうでよいではないか」
そういいながらアサシンが笑う。この前のキャスターとの通信に割り入ってきた挙句、此方を煽るような態度を取った罰を与えても、この人を食ったような飄々とした態度は変わらない。どうにも扱いづらいと思いながらも、能力的には素晴らしいのだから困ったものである。
「まぁ契約内容の通り、この際好きに暴れてください。後ろの事は気にせずとも結構。煩わしいことは考えず、目の前の敵を殲滅してください」
「おうともさ。いやはや、今回はよい主に巡り合えたものだ。なぁ、女狐よ」
「ふん、貴方のような野蛮な男には門番がお似合いじゃなくて?」
キャスターとアサシンがにらみ合う。どうやら彼等には因縁があったらしい。まぁその因縁はまたどこかで決着をつけてもらうとして、今はやるべきことをやってもらわねば。
取りあえずアサシンを連れてカルデアの休憩地を訪れる。一瞬、サーヴァントたちが警戒を見せる。それを無視して進めば、椅子に座って休むカルデアのマスターたちがいた。
「時間なんだね。よっし、頑張ろう!」
「あはは、リツカは元気だね。僕も兄として負けてらんないなあ」
意気込む二人を連れて北の監視所、その外へと移動する。私たちが外に出れば門は閉められる。後ろにはヴラドたちが待機している。カルデアからも防衛にサーヴァントをという話もあったが、既に充実している為残りのサーヴァントは全て火力に回してもらう事となった。
「まさか、キャスターにアサシンはともかく竜の魔女と共闘することになるとはな。すまないが、私は君を信用しているわけではない。怪しい動きを見せれば、後ろから討つと宣言しておこう」
私を一瞥しながらそんな宣言をしたのは赤い外套のアーチャーだ。彼は北の監視所にて、戦力補充要員としてカルデアから呼び出されたサーヴァントの一人。褐色の肌に白い髪、冷たい瞳を持つ男だ。
しかし何だろうか。こう、どこか嫉妬されているような感覚だ。彼は大衆の為に小数を犠牲にしてきた。対し、私は大衆などどうでもよく、たった一人の為に戦う道を選んだ。私の持つ記録では、彼が私と同じ道を選んだのはたった一度だけ。いや、違う可能性の世界も含めば二回だったか。
もしかしたらこの彼は――いや、やめておこう。
「えぇ、精々気を付けておくことです。無駄な苦労になる、とも限りませんからね」
アーチャーはもう一度だけ私を見ると、弓を実体化させて姿を消した。ハラハラと私とアーチャーを見ていた女のマスターは、どこか怒った様子でアーチャーを追いかけていった。
もう一方のマスターは、『私』と話しており私を見つけると嬉しそうに手を振って来た。相変わらず理解できないと思いながら、返すことなくアサシンと共に前へと進む。既にジルは目視可能な距離にいる。
「では全員に通達します。これが最後となります。死力を尽くして、ジルを討ちなさい!」
そして、アーチャーたちによる先制攻撃から戦端は開かれるのだった。
押し寄せる海魔を剣で切り裂く。気味の悪い体液が飛び散るが、私の体に触れる前に燃え尽きる。今の私は憎悪の炎を纏い、体表は高熱を発している。私が持つ剣すらも赤熱化し、切れ味が落ちることなく海魔の命を奪い去る。
「これは驚いた。竜の魔女は旗使いと思っていたが、その剣の腕前には惚れ惚れする。これは惜しいことをした。こやつらの相手をする前、一度剣を交えてもらうべきであったか!」
アサシンはぎらついた目で私に訴えかけてくる。この様子を見るに、剣を使わずに旗を使ったのは正解だったらしい。本来は別の目的があって旗を使っていたが、一石二鳥というやつだろう。
それにしても、このアサシンは恐ろしい。本当にアサシンなのだろうかと言いたくなるほど、この男の剣は冴えわたっている。剣閃がきらめけば、海魔は細切れになって消え失せる。一太刀一太刀が必殺の一撃だ。
これではアサシンというよりはセイバーではないだろうか。楽しそうに斬って回る彼を傍目に、ジルへと真っすぐ進んでいく。他の場所ではカルデアのメンバーがそれぞれ海魔を駆逐しながらジルへと接近していた。
私たちを後ろから挟撃しようとする海魔は、北の監視所に詰めているサーヴァントが弓で射て、杭で磔にして、魔術によって焼き払った。彼らは当初の予定通り、我々が前だけを向いて戦えるように動いてくれている。
「まったく、頼りになる」
すると突然、目の前の海魔がミンチになって消えていく。何事かと見ればエリザベートがよく分からない宝具を用いて広範囲の海魔を一掃していた。それを見たマスターが凄いねと褒めれば、暗い目をした清姫が競うように宝具を発動して更に多くの海魔を葬り去った。
「成程、あれがマスターの役割ですか」
『いや、違うと思うのだけれど』
「分かっています。ただの冗談です」
彼女たちが開いた場所にマリーが宝具を用いてセイバーたちを運び込む。そして降り立った彼らが開いた場所を維持し進んでいく。役割の分担が分かりやすい、良いパーティーである。
此方も負けてはいられないと前面に炎を展開。アサシンの入り込むスペースを強引に作りこむ。するとアサシンは察したのか、口元に笑みを浮かべ駆けだした。
「ふ、やはり負けず嫌いであったか。いやはや、此方も負けてはいられんな……!」
ついには剣閃すら見えなくなる。これが味方であって良かったとつくづく思う。まぁ敵になっていたら直接対決はさけて遠くからネチネチと攻め立てて押しつぶしていただろうけど。
「おっと、何やら不穏な気配が。いやぁ、裏切りなんてしないでござるよ?」
なんだろう。この変な言葉遣いをされると信用できなくなる。まぁ今は味方なのだから、裏切られた時や敵対したときの対応なんて考えるのも失礼か。心の中で謝りつつもアサシンを援護する。
やがて海魔の数は減り、私たちはジルの元へとたどり着く。カルデアのメンバーも到着しており、一部のメンバーが外から我々を囲もうとする海魔をけん制してくれている。見れば『私』が此方を見てうなずいた。
「さて、それではジル。何か申し開きはありますか?」
異形と化したジル。既に彼の姿は完全に竜の中へと取り込まれてしまっている。表面で蠢く海魔に嫌悪を抱きながら、私たちに気が付いたジルが口を開くのを待つ。ガパリ、と開かれた竜の口からは海魔と共に聞き覚えのある声が響いた。
『おぉ、おぉ! ジャンヌ! 我が聖処女! 私に申し開きなどありはしませぬ! これも全て、貴方を否定したフランスを滅ぼすために!』
そういうジルに欺瞞はない。彼は本当にそう思っていて、自分の行動こそが正しいと思っているのだ。正直にいえば、私もジルと同様にフランスを滅ぼしてしまいたい。それでも、私の目的を果たすならばそれではダメだったのだ。
何より、それは決して『私』の願いではない。
「それが例え、『私』の願いではなかったとしても?」
『いいえ、間違いなく貴方の願いですとも! ジャンヌ・ダルクが、あの結末を、裏切りを許すはずがない! 主に尽くし、見捨てられた最期を持つ貴方が! 復讐を望まないはずがない!!』
『私』を見れば、悲痛な面立ちでそこに立っていた。きっと今、彼女の中で様々な葛藤が渦巻いているのだろう。そうだ、もっと迷え、後悔に溺れろと呟く私がいる。この感情は間違いなく本物だ。私の目的がジャンヌ・ダルクの復権であろうと、私が『私』に憎しみを抱いているのも間違いではない。
約束をたがえ、私を置いて逝った『私』が憎い。
それでも溢れ出る憎悪を抑え込めるだけの何かがある。生前の、幸せだった過去があれば私はまだ戦える。復讐に飲まれることなく、『私』の為に戦える。愚かで無知な、世話のかかる妹のような『私』の為に。
「やはり分かり合えませんか。当然ですね。貴方は私のために、私は『私』のために。そもそも対象が違うのだから。そして、『私』の為に戦う私の願いは一つ。貴方の考える復讐ではありません」
『ジャンヌ! ジャンヌゥ!!!!』
悲痛な叫び声が空に響く。やがてジルの声は小さくなり、ポツリポツリと、聞き取れないほど小さな怨嗟の声へと変わっていく。分かってくれないならばそれでいい。それでも自分はフランスを滅ぼすのだと。
『邪魔をするな、邪魔をするならばたとえあなたでも容赦はしませんぞ、ジャンヌゥ!』
竜のアギトに膨大な魔力が収束していく。やがて放たれるであろうそれを前に、私はただ彼を見てそこに立つ。あれは私では防げない。いや、やろうと思えばできるかもしれないが、魔力の消費が大きすぎる。
だからこそ、
「しっかり防ぎなさい、『私』!」
「言われなくとも――――!」
カルデア、そして龍脈のバックアップを受けた盾役が宝具を発動する。ファヴニールのブレスすら防いだソレが、ジルのブレスを防げないはずがない。ブレスの衝撃が収まった瞬間、『私』の宝具の外へと出る。剣に炎を纏わせ、進むべき直線上に炎を走らせて道を作り上げる。
『ジャンヌジャンヌジャンヌジャンヌ! あぁ、その勇ましき姿はまさしくジャンヌ・ダルク! その貴方が何故理解しない、何故行動を起こさない! 偽物ではない、本物である貴方がァ!』
「同じことを何度言わせるつもりです。あんな恥ずかしいこと、もう二度と口にするものですか!」
魔力を回し、宝具に至らない出力で憎悪の炎を爆発させる。それはジルの体を這いずり回り、あらゆるところの海魔を吹き飛ばしていく。続いて虹色の光がジルに直撃し、奥から湧いてきた海魔を再び消し飛ばした。
『竜殺しめがァ!』
続いてライダー、ゲオルギウスの『力屠る祝福の剣』が直撃。竜に特攻を持つ一撃にジルが苦悶の声を上げる。追い打ちとばかりに突き刺さる矢は驚くべきことに全てが宝具。それらが連鎖的に爆発し、海魔に埋もれていたファヴニールの鱗が完全に表出する。
増援として此方に向かってくる海魔に対してはエリザベートと清姫のタッグが無双。その全てを競うように薙ぎ払っている。その傍ではマリーが宝具によって走り回っており、討ち漏らしをことごとくつぶしていく。セイバーはそんなマリーに対し飛び掛かってくる海魔を無慈悲に切り落とす。
『私は、滅ぼす! このフランスをォォォォォ!』
我々を薙ぎ払うためのブレスが飛んでくる。しかしそれを防ぐのは旗を持つ聖女である。
「
『ジャンヌ・ダルク――――!』
「ええ、ここにいますよ。復讐者たる、この私が。守護に重きを置く『私』と違い、私の宝具は甘くない。終わりです、ジル。これは、憎悪によって磨かれた我が魂の咆哮――」
ジルがいると思われる、ファヴニールが剥き出しとなった心臓部。理性で抑え込んでいた怨嗟の炎が燃え盛り、この身を焦がす。もう十分我慢した、後は好きに蹂躙しろと解き放つ。
「『
封じ込めていた炎が、一瞬の内にジルを飲み込む。続いて地より数多の槍がせり出てジルを貫き、纏う炎で焼却していく。『私』とは違い、『私』を殺した炎と内に燃える憎悪を攻撃に用いる攻撃型の宝具。
おまけとばかりに、憎悪の炎を固めた槍を上空に展開し振り落とす。槍は心臓部へと突き刺さり、同時に高火力の炎によって爆発。心臓部をその業火の炎が焼き尽くした。
『あぁ、ジャンヌ。わが身を焦がすこの炎……しかし、ファヴニールを貫きこそすれど、あと一歩足りませんでしたな――』
「勘違いしないでください。私の宝具は本来、一点集中型。それを広範囲に使えば威力も減退します。減退を覚悟してでも範囲を広げたのは、道をつくるためです。海魔はなく、突き刺さった数本の槍。あの剣士には丁度良い足場でしょう。ええ、私は契約を守る魔女ですので」
『何を――――』
ジルの言葉を遮る影が、槍の上に立っていた。数本の槍で足場を作ってはあるものの、不安定なその上で体を揺らすことなく男は立っていた。
「魔女――いや、魔女殿よ。ここまでのお膳立て、感謝する。良い女子にここまでさせたのだ――――一刀のもとに切り捨てて見せよう」
『ただの一刀に何ができると――』
「では確かめてみるとしよう。我が秘剣を以て、斬れるか否かを」
無形の剣から、唯一の決まった型へ。
そこから放たれるのは回避不可能の秘剣。
魔術もなにもなく、ただ純粋な剣技が昇華された神技。
「秘剣――――
その一撃は、三太刀となる。
同時に存在しうる三太刀は多重次元屈折現象により実現する。キャスター曰く、「燕を斬るために開発したらしいけど、ああまでしないと斬れない燕もおかしい。そしてそれだけのために多重次元屈折現象を実現させるアイツが一番おかしい」とのこと。
そしてその秘剣は見事、ファヴニールごとジルを斬り裂いたのだった。
恐らくは次で終わるかなと