贋作でなく   作:なし崩し

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 最終話になります。


8

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 倒れ伏したファヴニールが消え、中から聖杯が現れる。これをカルデアが回収すれば、この特異点は修正される。そうなれば、本来の歴史をたどることになるだろう。フランスは救われて、この時代の人間はのうのうと暮らし始める。

 

「やったー! これで特異点修復だねジャンヌ!」

 

「はい、ありがとうございますマスター。これでフランスは救われました。これもカルデアの皆さんとサーヴァントの皆さんのおかげです」

 

 ワイワイとはしゃいでいるカルデアのマスターと『私』たち。暢気なものである。聖杯はまだ、私の手の中にあるというのに。私にはまだやるべきことが残っている。聖杯を使ってやるべきことが。

 接続することで、体に魔力が満ち溢れる。

 私が以前に用意した、各街へと映像を送り届ける仕掛けを確認。正常に作動していることに安堵しながら聖杯の力を使って『私』を指定し、カルデア一行と分断するため力を行使する。

 それにいち早く気づいたのは、赤いアーチャーだった。

 

「その魔術、貴様何を――」

 

「安心してください。カルデアに手を出す気はありませんよ。私の目的は元より『私』です」

 

 本来ならば、ファヴニールと一体化した私を『私』が倒す。その光景をフランス全土に流して『私』の名誉の回復を目指す予定であった。とはいえ、本音を言えばそれは副産物でしかない。私本来の目的を果たすには、『私』が私を倒す必要がある。

 しかし間違いなく邪魔が入る。ファヴニールと一体化したところで、私にとどめを刺すのが『私』とは限らなかった。だからキャスターと事前の打ち合わせで、『私』を隔離するのに丁度いい魔術を見せてもらい、聖杯によって再現した。

 それがこんな時に役立つとは。えはしておくものである。

 

「外界との隔離完了。外はサーヴァントたちが上手くやってくれるでしょう」

 

「これは……一体、どういうつもりです」

 

 どういうつもりも何もない。本来の目的を果たすのだ。ジルの乱入により実現できなかった、残りの一割を叶える。フランスへの復讐を、何より、『私』への復讐を。

 

「聖杯の力があれば、サーヴァント一騎、その一部()を従わせることなんて訳ありません。ジルが邪魔をしなければ、ここまでする必要はなかったのですが」

 

「体が……!?」

 

 対魔力の高いルーラーとはいえ、能力の低下している『私』ならば従わせることはできる。この方法も最悪の場合を考えての保険であった。

 あぁ、長かった。この数日が、本当に長かった。憎きものを生かし、憎き国の大地を踏み、憎き最愛を目の前にしながらも手を出せない。燃える憎悪が身を焦がす中、殺してしまえと騒めく本能を押し殺し続けた。気を抜けば、きっと私の剣は『私』を殺していた。

 

「待って下さい、貴方は何を……!」

 

「私は復讐者のサーヴァントです。確かに私は、民草を殺さずにおきました。フランスの崩壊を防ぎました。ただ勘違いしないでほしいのは、これらは副産物に過ぎません」

 

「それは……私の名誉復権のために――」

 

「それでは不完全ですね。そもそも私とは考え方が違う。なに、すぐに分かります」

 

 カタカタと『私』の腕が旗を掴んで持ち上がる。信じられないと言わんばかりに目を見開く『私』に近づいていけば、遂には察したのかイヤイヤと首を振る。

 

「いや、待って! まさか、そんな…………」

 

「ええ、待ちます。貴方の旗が私を貫くまでは、この映像は流さない。敵である私を堂々と、『私』が討ち取るその姿を映さなければ意味がない」

 

 今思えば、あの時に私の目的がフランスの崩壊ではないことを悟られたのは都合が良かった。私の目的がフランスの崩壊ではなく、『私』の名誉回復であると思い込んでくれたのだ。それも間違いではないから、簡単にはばれない()になる。

 もっと考え方を捻るべきだ。

 復讐者たる私が、復讐を諦めるはずがないというのに。

 

「なぜ、こんなことを! これではまるで……」

 

「『私』が私を殺すことになる、ですか?」

 

「――――――!」

 

「ふむ、どこかおかしなところがありますか?」

 

 そう言えば、彼女は驚愕の色で染まる。

 そして次の瞬間には全てを察して、白い肌がより白く染まっていく。瞳は揺れて動揺し、旗を持つ手はガタガタと震えている。そんな姿を見て、内から黒い火の粉がちらついた。早くしろと催促されているようだ。

 

「何もおかしなことなどないでしょう。『私』は一度、私を殺している」

 

「――そ、れは…………!」

 

「過程と方法が違うだけです。結論から言えば、私は生前――『私』に殺されたのですから。そうでしょう? 死なないと言いながら私を死地に連れ込み、道連れにしたのは他ならない『私』です」

 

「確かに、確かにそれは事実です……! でも、でもなぜ今こんなことを……!」

 

 聖女らしからぬ焦燥だ。ああ、気分が高揚していく。聖女の中で大きくなる、その黒い感情が愛おしい。絶望やこれから起こることに対しての恐怖と拒絶が垣間見える。もっとその表情を歪ませてしまいたいと、そんな歪んだ欲求が私を支配していく。

 落ち着け、まだ冷静である必要がある。

 魔術のコントロールを失うわけにはいかない。

 理性を働かせろ、憎悪を押し殺せ。

 

「ただ、実感してほしいだけです。私を殺したのは『私』であると。あの時、炎に飲まれ貴方は死にました。ええ、私も一緒に。でもあれでは『私』が私を殺したという実感が少ないでしょう? 実際の死因は焼死なわけですからね。だから今度はその手で私を殺させて、より実感を得てもらおうかと」

 

 『私』は言葉を失って、呆然と私を見る。理解が追い付いていないのだろう。これが復讐者たる私の考え方だ。聖女様が思い至るはずもない。狂った者の考え方なんて、同じく狂った者くらいしか分かるまい。

 

「多くを語る必要はないでしょう。全てが終われば、私の目的なんてすぐに分かる。そうなるように仕組んできたのですから」

 

「待って、待ってください。私は、私は貴方を殺したくなんて――!」

 

「いいえ、殺してもらいます。これが私の復讐です。でなければ私は、今度こそフランスを崩壊させることになる。この特異点において、フランスが無事であったのは優先順位が違ったからにすぎない。もし『私』がここに存在しなければ、私はフランスを滅ぼしていた」

 

 最悪、聖杯で呼び出すつもりだった。実際はその必要もなく、『私』は召喚されフランスを守り続けていた。これで『私』が存在せず、『私』を呼び出すことができなければ、私は再びジルに殺戮を許していただろう。

 

「さて、時間も惜しい。さっさと終わらせてしまいましょう」

 

「いや、いやです……! やめてください!」

 

「これで実感できるでしょう。誰が誰を殺したか。そして今回の特異点を巡り、理解したでしょう。貴方の行動が、どれだけの人々を狂わせたか。あの後の、家族の姿を見せてあげたかった」

 

 あの悲しみに暮れた表情。

 明るかった家族には最早悲壮感しか残されていなかった。食卓は薄暗く、ただ食器の音だけが響く。誰もが口を閉ざし、ふと嗚咽を漏らし、涙を流して顔を伏せるのだ。あれが、あの優しかった家族の結末だった。

 

「苦しむといい。その博愛が、自己犠牲の精神が、貴方を思いやった者たちを傷つけた! 彼らの思いを無駄にした! 狂い果てた男の姿を見ただろう! その果ての殺戮を知っているだろう! その根本には『私』が存在していた!」

 

「………………っ!!」

 

「それを思い知るといい。あぁ、私の考え方が極端で歪んでいるのは理解している。歪であるなど百も承知だ。それでも動かずにはいられない、為さずにはいられない。この機会を失えば、こんなチャンスは二度と来ない。例え一時のまやかしであっても構わない。私は、私の復讐をなさずにはいられない!」

 

 言って、口調が生前に戻っていたことに気づく。まぁいいだろう。この会話を知る者はいないし、もうすぐ私が竜の魔女、ジャンヌ・ダルクである必要もなくなる。これで全てが終わるのだ。

 聖杯を通し、『私』の腕を持ち上げる。

 旗を落としてしまわぬように操作し、腕を引かせる。

 嫌だと叫びながら抵抗する『私』を見て、一瞬、一瞬だけ躊躇いが出る。かつての、あの懐かしい光景が脳裏をよぎる。泣いて叫んで私を探す、かつての『私』の姿が。その光景が、私の復讐心を鎮めてしまう。

 ダメだ、それではダメだ。

 これは私の復讐だ。英霊にまで力を借りた復讐なのだ。他人なんかの復讐に巻き込まれてもなお、力を貸してくれた彼らの思いや時間を無駄にしてしまう。

 

「やめてください! 私は、私は貴方を、家族を殺したくなんてない!」

 

「ええ、『私』はそういうだろう。でもあの時の『私』には、私の言葉なんて聞こえていなかった。誓いなんて存在しなかった。そもそも、私は体がなく生きているかすら曖昧だった。だから、『私』の実感も薄かったんだ」

 

 だから、実際にその手で殺してもらおう。肉を断つ感覚をその手で感じてもらおう。私の命を絶つその感覚を、永遠に忘れないように。『私』の成したことの結果を知らしめるために。

 

「体が、勝手に……! いうことを聞きなさい! 取り返しがつかなくなる! 私を殺したくなんて……!」

 

「気にすることはない。もう既に死んだ身だ」

 

「確かに私たちは英霊です! だからこそ、聖杯戦争や特異点に召喚されることもあるでしょう。そこでまた会える時が来るかもしれない。でも、貴方は私たちとは違う! 今回こうして存在していることが奇跡です! もし、この機会を逃せば貴方は……!」

 

「確かに、私は本来ここにいるはずのない存在だ。この体はジルが作り出した贋作。そこに復讐者としての適性がある私が入り込んだからこそ、今こうして存在できている。ジャンヌ・ダルクという英雄を構成する、ほんの一部分としての存在である私が、本来のジャンヌ・ダルクとして召喚されることはまずありえない」

 

「だから、ここで消滅してしまえば、もう貴方は……!」

 

 だから、どうしたというのか。

 どうせこの身が滅びようと滅びなかろうと、憎悪に狂い続けるのが私の運命だ。座で憎み続けるか、ここで憎み続けるかの違いでしかない。もし私に復讐以外の願いがあるとするならば、こうして肉体を持ち現界するよりも、受肉して生を得るよりも、座に記録された私という存在を消してしまいたい。

 

「さて、これ以上話していても平行線を辿るだけだろう。準備は出来ている。各街につないだ魔術の起動も問題ない。後は映像を転送し、私が『私』に殺されることで復讐は完遂される」

 

 私の終わりを以て、『私』に癒えない後悔の傷を刻み込む。家族を自分の手で殺したという事実を叩きつける。例え『私』が座に帰っても、これは記録として残る。その記録を覗くたびに、きっと『私』は後悔するだろう。

 

「止まって、止まりなさい! あぁ、ダメっ、ぐっ――ああああああああぁぁぁぁ!」

 

 叫んでも無駄だ。

 聖杯の力を一点に集中させているのだ。

 不完全なルーラーごときに耐えられるものではない。

 

「これで私の復讐は果たされる。さようならだ、ジャンヌ・ダルク」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――やめてぇぇぇええええええ!!」

 

 

 

 

 仕掛けを起動。

 旗が私を貫いた。

 ごぽり、と口から温かい血液が流れ出て、目の前の『私』を赤く汚す。また服を汚して、と思ったところで汚したのは私なのだと気づく。

 あぁ、力が抜けていく。立っていられない。随分と見事に霊核を破壊したものだ。これならばすぐにでも消滅するだろう。せっかくの仕掛けも、もうすぐ維持できなくなる。

 体を支える力もなくなり『私』にもたれかかれば、ごめんなさい、という言葉が聞こえてくる。ごめんなさい、ごめんなさい、それだけがただ繰り返され、その間には稀に嗚咽のような間が入る。

 泣いているのかと見上げようとするが、そんな力も入らない。そもそも立ち位置が悪い。旗によって身体が固定されているのも痛い。仕方ないと視界を落とせば、地面に染みができている。赤い血の染みではないのだから、きっと――。

 

「ごめん、なさい……ごめんなさいっ! うぁ、私、は……!」

 

 久しぶりに見た、『私』の涙だ。いや、久しぶりだったか? もう曖昧で分からない。この特異点でも泣かせたような、泣かせていないような、まぁどうでもいいことか。これで全てが終わったのだ。

 旗を抜けば、そこから霊基が零れ落ちていく。

 膝をつこうとするも上手くバランスが取れない。たたらを踏んで、それはもう無様に崩れ落ちる。最早、地面に倒れた衝撃すら感じない。

 ふと、手に持っていたはずの聖杯が輝きを失っていた。どうやら私には、これを使うだけの余力もないらしい。映像を送り出す仕掛けも、先程止まってしまった。あれだけの映像では、見ていたものが正しく理解できたかが不安だ。

 まぁ種は蒔いてきたのだ。きっと大丈夫だろう。

 

「起きて、起きてください! 誰か、治療ができる人は!? 何故この空間は崩れないのですか!」

 

「揺ら、すな。この空間は聖杯だけでなく、キャスターの協力もあって、出来ている。私が維持できなくなった時は、龍脈の魔力を使って少しだけ維持してくれるよう頼んである。代わりに、サーヴァントたちには座へ帰ってもらう必要があるが」

 

 今頃、手を貸してくれたサーヴァントたちは座へと帰還していることだろう。最後に感謝の一つもできないことが歯がゆいが、念のために別れは済ませた。もし奇跡でも起こってまた出会う事があれば、その時にでも伝えればいい。

 

「あぁ、聖杯は使えないぞ? もう――ここには、ない」

 

「ここにはない? まさか、外に!?」

 

 聖杯を地面に置いた瞬間、それは外界へはじき出されていた。これも元々の仕組み通りだ。普段の『私』であれば聖杯を使うなんてことはないだろうが、念には念をというやつである。

 

「さぁ、後は堂々と凱旋してもらわなければ。でないと、みっともない姿を、見せることになる」

 

「堂々となんて、出来るわけ、ないじゃないですか! 私は、今、また……!」

 

 頬に温かい涙が落ちて、伝っていく。

 いつになく泣き虫だな、と空いた手で拭えば赤く汚してしまう。どうやら腕が気づかぬうちに自分の血だまりに浸っていたらしい。

 血に汚れた『私』を見ながら、どこか背徳的だなと感じてしまう。血にまみれて涙する『私』は、戦場で血に濡れていた『私』とは別人に見える。聖女と呼ばれていたあの頃の『私』ではなく、幼いころ、まだ幸せだったあの頃の『私』だ。

 

「待って、待ってください! 行かないで! まだ話したいことも、謝りたいこともいっぱいあるのに! 折角会えたのに、もうお別れなんですか!?」

 

「は、いつぞや、覚悟を決めたと言っておきながら、これとは」

 

「あれは貴方が悪逆を為しているならば止めて見せる、という意味です! どう考えたって状況が違うでしょう!? あぁ、崩壊が止まらない、これではもう……!」

 

 必死に傷口を押さえるが、関係なしに霊基は崩壊していく。もう諦めろというのに、頑固なところは相変わらずだ。あと数分もせずに私は座へと帰るというのに。

 イヤイヤと首を横に振る『私』を見ていると、手のかかる妹を相手にしているようだ。こんなところは生前と変わらない。そんな『私』を、私がなだめるのだ。奇しくもそれがまるで姉のようだと、『私』は結局ふにゃりと笑って……。

 

「あぁ、本当に仕方のない」

 

「黙っていてください! こうなれば、無理やりにでもこの空間から脱出して……!」

 

「脱出して、どうする。特異点は修復され、召喚されたサーヴァントは座へと帰る。結果は変わらない。カルデアと契約を結ぶつもりはないし、あちらもごめんだろう」

 

 伝えてしまえば、『私』は現実を受け入れてしまう。別に嘘をついているわけではなく、これは全て事実だ。私が座へと帰るという結末は変えられない。

 手の感覚が消えた。

 

「さぁ、堂々と凱旋しろ。お前が外を目指せば、自ずと出られる」

 

 足の感覚が消えた。

 

「あぁ、私を連れていては出られないぞ。いい加減おろして、先へ進め」

 

 『私』が叫んでいるが、耳が遠くて聞こえない。

 

「そう大声を出すな。もう何も、聞こえはしない」

 

 気づけば視界は真っ暗だ。

 体の感覚も全てなくなって、五感もまともに働かない。霊基はもう限界を迎えているはずなのに、未だに送還されないのは『私』の執念のなせる業か。それでも限界がやってきている。

 

「あぁ、これが最後か。精々、忘れてくれるなよ。私を殺した感触と、その事実。もし忘れようものなら――――化けて出てやろう、復讐だ」

 

 ちゃんと喋れていたのかも分からない。

 それでも最後、『私』が返事をしたような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

「っぁぁぁぁぁぁああああああああああああアアアアアアア――――ッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第一特異点オルレアン。

 冬木の特異点から数えれば、二つ目の特異点。それは竜の魔女と呼ばれる黒いジャンヌ・ダルクと聖女と呼ばれた本来のジャンヌ・ダルクの戦いだった。いや、正確には戦いという体を取らされていた、というべきか。

 あの特異点に関しては、ほぼ相手の掌の上だった。途中、ジル・ド・レェによって黒いジャンヌ――オルタの計画が歪まされるが、それでも彼女は鮮烈に、冷静に状況を立て直した。その際に偶然ながらオルタの目的がフランスの崩壊ではなく、ジャンヌの復権だったのが判明するが、それも目的の一部でしかなかった。  

 ジル・ド・レェを倒して直ぐ、オルタは計画を修正すべくジャンヌを誘拐した。その時まで私たちはオルタを信じ切っていた。何せ本当にフランスを崩壊させたいなら、ジル・ド・レェに協力すれば良かったのだから。

 ジャンヌの誘拐に気づいたのはアーチャーだった。どうやら彼はオルタこそ知らないが、相手のアサシンとキャスターを知っていたらしい。遠目に見たライダーも既知であるらしい。

 そんな彼はどういう理由からかは知らないが、オルタを警戒していた。まぁ私たちからして見れば、警戒というよりはどこか熱い視線なような気もしなくはなかったが。キャスニキが煽った瞬間、ガチギレしてハチの巣にされかかったから私は何も言わなかったけど。

 それは兎も角、アーチャーが気付くも遅かった。既にジャンヌたちは姿を消していて、残されたのは私たちとオルタ側のサーヴァントのみ。一触即発の雰囲気になるが、兄の「大丈夫だよ。多分、向こうにはカルデア側に手を出す気はないよ。やる気なら初手で決めに来てるだろうし、こっちから攻撃を仕掛けて戦闘になっても、不利なのは僕たちだ」という言葉に矛を収めた。

 向こうのキャスターが説明してくれたが、オルタの目的はジャンヌだけらしい。別にジャンヌを助けに行くのは構わないが、その場合はカルデアも攻撃対象になり全面戦争だと言われては動こうにも動けなくなる。

 実際、遠くからはアーチャーが見ていて、中距離には防衛線で猛威を振るったランサー、近距離には意味の分からない侍アサシンがいる。

 そして暫くすると、空中に映像が映し出される。すると向こうのサーヴァントは全員がその映像へと視線を向ける。今までの警戒を解いてまで視線を奪われる映像とは何か、と自分も注目してみれば、えっ、という声が漏れた。隣では兄も愕然としており、その拳からは血がにじみ出ていた。

 映像の中では、オルタがジャンヌの旗で貫かれていた。オルタの口からは血があふれ出し、立つ力を失ってジャンヌへと倒れ掛かる。そして遂には旗が抜かれ、地面へと倒れ伏した。それから少しして映像は途切れてしまい、状況が分からない時間が続いた。

 うちのアーチャーが「なんだあれは!」とキャスターに詰め寄れば、「敵が倒されたのだから、気にする必要はないのではなくて」と冷たく言い放つ。その時のキャスターはどこか悲しそうに見えた。周りを見れば、どういう訳か何人かのサーヴァントが姿を消しているのも気になった。

 それから暫くして、ジャンヌは戻って来た。顔に笑顔が浮かんでいるが、それが無理やり張り付けられたものだと誰もが理解した。泣きはらした跡までは隠しきれず、顔色は白を通り越して幽霊のようだった。

 話を聞きたかったが聞ける様子でもなく、どこか虚ろな目をしたジャンヌが落ち着くのを待つしかなかった。私たちと同じようにショックを受けていたマリーがジャンヌに寄り添い、話が聴けたのは数時間後だった。

 そこでオルタの目的が判明した。それはジャンヌへの復讐。名誉の回復はそれの副次効果でしかなく、本当の目的は自分を殺させることで、自分が行ったことを思い知らせ絶望に落とすこと。そして罪悪感と後悔を植えつけることだった。その目的は達成され、ジャンヌは焦燥した様子で戻って来たのだ。

 ジャンヌが聞いた話ではもう一つあったらしく、すぐに分かるとのことだった。一体なんのことかと思っていれば、キャスターが各街の中継映像を映し出し始めた。そこに映っていたのは街で暮らす人々の姿だった。そんな彼らは一様に、救われたと安堵しながらも、後悔に満ちた表情をしていた。

 そこで理解した。

 ジャンヌ・ダルクを魔女として売った人々を、ジャンヌ・ダルクが救った。彼女は決して魔女ではなく、間違いなく聖女だったのだと彼らは認識した。自分たちは、聖女を魔女だと糾弾し見捨てたのだと自覚してしまったのだ。

 これから彼らは、神の信徒を糾弾し見捨てたという罪悪感に苛まれ続けるだろう。そして彼らは自分が罪を犯した原因に怒りを募らせていく。貴様らが嘘をついたからだ、貴様らを信じたからだ、王が彼女を見捨てたからだ、と。彼らは後悔と罪の意識を少しでも軽くしようと、責任転嫁を始める。いや、もう始めていた。

 オルタはそれすら予想した上で、司祭と王を生かしていた。彼らはサーヴァントに日々鍛えられ、死ににくい体を作らされていた。死を感じた時、咄嗟に動けるようなそんな訓練を中心とした扱きが、ここで牙をむく。一部の兵すらも向かってくる混沌の中、彼らはギリギリを生き延び続けた。致命傷を避けながらも、痛々しく傷を負いながら。

 このままでは内乱によってフランスが滅んでしまいかねなかった。最後の敵がフランスの民全てとなるとは思わなかった私たちは愕然としてしまう。そもそも誰が敵なのかすらハッキリしないのだ。王と司祭側を助ければ国は救われるのか? 民草と共に王と司祭側を討てば国は救われるのか? 結局は国が国の体をなせなくなるだけだ。

 この非常事態に、オルタの策略に背筋を震わせる中、またもやキャスターが口を開いた。それは予想だにもしなかった、私たちに都合のいい話であった。

 

『元より、あの子はフランスの崩壊なんて望んではいなかった。ただ、自分が成したことで至る可能性は危惧していたの。考えても見ればわかるでしょう? あの子はジャンヌ・ダルクに、フランスの国民に、王に、司祭に、生涯消えない汚点と後悔を刻み付けることを復讐と称したの。だというのに、国が滅びてはなんの意味もないでしょう?』

 

 だからこそ、治める方法を残したというのだ。

 そしてキャスターが取り出したのは、聖杯だった。どんな願いも叶えるという聖遺物。私たちが探してやまなかったもの。それを私たちに渡してきた。これを使って、ジャンヌ・ダルクがフランスを説得すればいい、と。

 オルタってばどこまでドSなのかと恐ろしくなった。

 実際、聖杯には国民の怒り全てを治めるほどの力はない。あったならば、とっくの昔にフランスは滅びている。まぁオルタがその気だったらの話だけど。

 結果、オルタの残した映像を送り出す仕掛けと聖杯の力でフランス全土の説得に成功。ジャンヌはオルタを殺して得た立場を利用してこんな、と大ダメージ。フランスの国民たちも自分たちは見捨てたのに救ってくれた聖女に諭されて大ダメージ。国中がお通夜のような惨憺たる光景であった。

 それから国は何とか持ち直し、一時間後にはすぐさまジャンヌの復権が行われる動きとなった。最初に行われたのは、ジャンヌ像の設立。設計図が出来上がりそれを見た瞬間、ぶち壊しに行こうとしたジャンヌを止めるのが大変だった。

 そして崩壊の兆しが無くなり、聖杯を回収したことで特異点の修復が完了した。それを以て、サーヴァント達が送還されていく。

 そんな中で一人、呆然自失とした様子からある程度立ち直ったジャンヌは、別れを告げて去っていくマリーを笑顔で見送った。やがて自分の番になると、彼女は私と兄さんの元へとやってきた。

 彼女は最後、「本当にお世話になりました。今回の件、元を正せば私が引き起こしたこと。その尻拭いをさせるような形になってしまったこと、申し訳ありません。もし、私の力が必要になったのならば、いつでも呼んでください。必ず、私はあなた方の力になります」とそういって座へと帰っていった。

 そうして戻ったカルデアの自室で、私はずっと考え続ける。隣には様子を見に来たアーチャー、エミヤが立っていた。

 

「調子が出ないようだな、マスター。まぁ分からなくもない。冬木で見たのは崩壊した街並みと、汚染されたサーヴァント。人間の生々しさなんぞとは程遠い、荒廃した世界だったのだろう。何、どうやら私も迷惑をかけていたらしいからな」

 

「あはは、まぁねぇ。こう、人間の恐ろしさってやつを実感したよ。感情の話もそうだけど、ああも人を掌で踊らせる力っていうのが恐ろしいよね。だって私、あの時まで正しい道を進んでいるって思い込んでたもん」

 

「いや、間違った道などではない。まぁ、誘導されてたどり着いた、丁寧に舗装された道であったのは間違いない。いい経験になったと飲み込んでおくべきだ。アレでオルタは武の方が得意だというのだから驚きではあるがね」

 

「ねー。結局、オルタがまともに剣を使ってるのは見れなかったし」

 

「君は後方にいて当然だった。私はアーチャーであるから捉えることはできたが、あれは手癖が悪いぞ、きっとな」

 

 エミヤはそういうと苦笑する。

 と、ふと特異点で感じた疑問が浮かび上がって来た。

 

「あー、ねぇエミヤ。ちょっと聞いてもいい?」

 

「……この流れから察するに、私のオルタに対する態度の事だな? 悪いが黙秘権を行使する。吐かせたいのなら、令呪をきる覚悟をしてもらおう」

 

「よっし、令呪を以て命ずる――――!」

 

「よっしではない、この戯け――――!」

 

 

 

 

 

 結局、令呪をきることはなかった。

 徹底してエミヤに邪魔されたのだ。

 

「まったく、君にはかなわないな。私がオルタに対して、ああいう態度になったのは……そう、情けない話、嫉妬していたのだろう。そして、憧れていた背中を見た。小を切り捨てず大すら救った、その姿に。いや、彼女に救ったなどという自覚はないだろう。彼女にしてみれば、彼らの生存が目的につながるパーツだった」

 

「それを知った今でも、まだ気になってるんでしょ?」

 

「……しつこいぞ、マスター。しいて言うならば、私は人を救うことが目的で、彼女はジャンヌの名誉を回復し、復讐することが目的だった訳だ。オルタはその過程の中で、全てを救った。救ったというのは語弊があるが、それでも人が虐殺される原因を押しとどめ、犠牲をゼロで食い止めた。対し私は、人を救うことを目的としながらも、犠牲を出し続けた。何とも情けない話だろう」

 

 力なく笑うエミヤ。

 そもそも地力が違ったのだ。聖杯を持っていて、力を貸してくれるサーヴァントがいて。オルタ自身の力もあって成し遂げられたことだった。おや、そういうことか?

 

「……エミヤって、ボッチだったの?」

 

「……………………どうやら心配した私が馬鹿だったらしい。私は厨房での仕込みがあるので失礼する」

 

 エミヤは口元をひくつかせて出口へと歩き出す。どうやら図星だったらしい。くくく、これはキャスニキと一緒にエミヤを弄るネタになる。

 さてどうやって弄ろうか、と考えていたからだろう。

 

「何より、私はたった一人の為に戦うことができなかったのだからな」

 

 去り際、エミヤの呟きを聞き逃したのは。

 さぁてと、この後はどうするか。このまま部屋にいても清姫が這いよってきそうで怖いし、マシュは兄のところにいるし、取りあえず移動するべきか。そう思いながら部屋を出れば、ノックをしようとした形で動きを止めているジャンヌがいた。

 そう、彼女は我らがカルデアに召喚されたのだ。オルレアン以降、資材もたまり私たちの成長もあってサーヴァントを追加召喚できるようになった。その結果、応じてくれたのがジャンヌだったというわけだ。

 ただし、彼女はオルレアンの記憶を持ってはいない。記録として知ってはいるものの、自分が体験したものとしての記憶ではないらしい。というかそもそも、オルレアンの記録はロックがかかっており、参照すら出来ないのだという。原因は、自分自身による拒絶らしい。あのオルレアンで別れたジャンヌが、どうやってかその記録にロックをかけたということなのだろう。

 そのせいか、ジャンヌは私たちを知っていながらもほとんど知らない状態だった。特異点の事件に自分が関わっていた、ということしか知らないのだ。それ故にたまに話がかみ合わないなんてこともあり、申し訳なさでいっぱいになる。でもそれで良かったのかもしれない。あの時のジャンヌは消えてしまいそうなほどに儚かった。

 今の彼女は憶えていないがゆえに安定している。いつもの頼りになるルーラーだ。彼女の力は今後も必要だし、そもそも彼女が傷ついて苦しむ姿は見たくない。だからこれでいいのだ。例え彼女が覚えていなくとも、私たちは憶えている。だからどうか許してほしい。

 

 第一特異点、オルレアンはもう終わったのだ。

 何とも言えない、後味を残して。

 

「で、ジャンヌは私に何か用事?」

 

「はい。マスター……立花が呼んでくるように、と。これから次の作戦の会議が始まるそうですよ」

 

「そっかそっか。んじゃあ急がないとね――」

 

 部屋から一歩踏み出してジャンヌの後へと続いていく。

 そんな時、きっと見間違いなのだろうけれど、視界を何かがよぎった気がした。

 

 それはあまりにも鮮烈に記憶に残る、黒い憎悪の炎に見えた。

 

 

 

 

 






 誰がハッピーエンドと言った?
 自分を殺したという事実を、自身の血肉を以てジャンヌに刻み付けたオルタさん。
 フランス国民には罪悪感と後悔、そして汚点を。
 王と司祭には上記に加えて内乱一歩手前でいつ殺されるか分からない恐怖を。

 なまじ理性が強いが為に狂いきれなかったオルタの妥協点。
 狂いきってたらジルと手を組んでたからね! 
 ジャンヌの目の前で家族殺してたね!
 子供の指を一本づつ落として殺してたね!


 本当は女マスターと会話の中で、

「なんで聖杯から未来でジャンヌの復権は成されるって知識を得ているのに、ジャンヌの名誉を回復させようなんて思ったの?」

 というのに対して

「では貴方は、大切な人の汚名をそそぐチャンスが目の前にあるとして、その内勝手に復権されるからと見逃しますか? つまりはそういうことです」
 
 なんてのを入れたかったが諸事情によりカット。


 取りあえずは完結なり。
 多分、今まで書いてきたやつの中で平均文字数が一番多い作品じゃないかなぁ……
 ステとかは考えてたけど、取りあえず保留で。


 ここまで読んでくださりありがとうございました。
 



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