贋作でなく   作:なし崩し

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 終局に手を出すか……と考えて、このオルタって来てくれるん?ってなった。マスターとの縁も薄いしなぁと。
 終局のあのシーンは、マスターとの縁があってこそだと思いどうにかしなければと考え至り、今回のifのような続きのようなお話に。
 まぁ今回のお話を通したところで、オルタが降臨するのはオルレアン組のとこなんですけどね!

 イベント的なナニカはぶっちゃけぐだ子における監獄島的なアレ。
 読まずとも特に不便はなし……の予定。
 


終局特異点
if イベント的なナニカ


 長い旅路だった。

 唐突に始まった、人理を救う戦い。カルデアに兄と共にスカウトされ、そこでマシュと出会った。私たちを先輩と呼ぶ可愛らしい後輩だ。その後もドクターなど様々な人と出会い、カルデアの存在意義を知った。

 世界を救う戦い。その為のカルデア。その為の駒が私たちだった。だが所詮は素人、本職の魔術師と違い戦うすべなど持っていない。だから私たちはあくまでサブ、予備品だった。メインたる選ばれた魔術師――マスターが英霊と共に戦い、私たちはその間に魔術の基礎から学び直す――はずだった。

 事件が起こったのは、その日のことだ。兄が説明会で居眠りをし、巻き込まれる形で自室待機を言い渡された。兄と共に自分たちの部屋へと向かえば、そこにはドクターロマンがいた。彼は自分の部屋のように寛いでおり、そのぽわっとした雰囲気から警戒心などみじんもわいてこなかった。彼と世間話をしていれば、作戦開始に伴いバイタルに異常をきたすマスターたちがいると連絡があり、現場入りを要求された。

 運が良かったのは、ドクターがサボりで私たちの部屋にいたことだ。彼は連絡があった際、医務室にいると嘘をついたが故にその後に起きた事故から逃れることができた。そして私たちも、自室待機を言い渡されていたからこそ生き延びたのだ。

 今思えば、運が良かったのかすらわからない。あの時、生き残ってしまったから苛烈な戦いに巻き込まれてしまったのかもしれない。死が隣り合わせの地獄のような日々。

 冬木では焼ける街並みを見た。生きた人間はおらず、いるのは怪物の群れとシャドウ・サーヴァントたち。滅びゆく街並みを駆け抜け、死と対面し、現地のサーヴァントと協力して初めて敵のサーヴァントを倒した。黒い騎士王の圧倒的な力を前に、兄とマシュは折れずに立ち向かい撃破した。私が表面を取り繕う中、彼らは果敢に立ち向かっていた。

 第一特異点、オルレアンでは人間の心の在り方を見た。ジャンヌと出会い、黒いジャンヌと出会った。当時、オルタは残虐で竜の魔女を名乗る悪そのものだった。人々をワイバーンに襲わせ誘拐し、恐怖を与えた。攫われた人間は餌となり、生き延びても残虐に殺されるというのがもっぱらの噂だ。実際、彼女が召喚されて以降に死亡者はいなかった。オルタはジャンヌの為に人を殺さない道を選び、彼女のために戦った。

 第二特異点では人の栄華を見た。華々しい都と人々。全てに通ずるとされるローマの輝きだった。敵はかつてのローマ皇帝たちだったが、現皇帝のネロと共に立ち向かい、神祖を含む敵を撃破、最後に現れたアルテラを撃破し修正となる。

 第三特異点では人の可能性と出会った。世界を切り開いたドレイクと共に旅をして、アークと呼ばれる箱を巡ってアルゴナウタイと戦った。不可能を可能にする人の輝きを持つ船長と共に大英雄すら破って人理を修復した。

 第四特異点では遂に敵の首領と相対した。叛逆者であるはずのモードレッドと共にロンドンを守り、最後には現れた槍を持つ黒い騎士王を倒した。その後現れたソロモン王を名乗る男の圧倒的な力によりサーヴァントは消滅し、見逃される形で帰還する。

 この時からだろうか。明確に死を感じ始めたのは。勿論、過去の特異点でも一歩間違えれば死んでしまう状況には陥ったことがある。それでも、英霊たる彼等と共に乗り越えてきた。傷を負い、人知れず部屋で涙を流すことはあれど、立ち上がれないほどではなかった。

 それでも、ソロモン王の存在は強大すぎた。これまで共に戦い抜いてきた仲間が一瞬で倒され、見逃された時は恐怖で身がすくんだ。いつでも自分を殺せる存在に出会い、このまま特異点を修復した果てにアレと対立することが恐ろしかった。道中、気まぐれで彼がやってきて自分は殺されるのではないかと眠れない日が続いた。

 そんなある日、兄が目を覚まさなくなった。どうやらソロモン王によって呪いをかけられてしまったらしい。日に日に覚醒時間が短くなり、目を覚まさなくなった兄を目の前にして、とてつもない恐怖に襲われた。自分もいつかこうなるのではないか、兄はこのまま目を覚まさないのではないか、と。

 やがて私たちの心配をよそに兄は目を覚ました。それでも一度私に刻まれた恐怖は消えてはくれない。表面では笑えているものの、笑うことが苦痛になっていく。いっその事逃げ出したいとさえ思う。でも逃げ場なんてどこにもありはしない。兄は今も笑っている。ならば妹であり、残されたマスターである私も笑わなくてはいけない。

 

 死にたくない。

 

 人理を救わなければならない。

 

 もっと生きていたい。

 

 ソロモン王を倒さなければならない。

 

 そしてそんな私にも、遂に順番が回って来た。そう、ソロモン王の呪いである。当然だ、兄だけにかけても意味がない。マスターたる二人を殺してこその呪いだ。兄は事前に警告してくれ、自分にかけられた呪いの話をしてくれていた。監獄島、それが兄の経験した呪い。

 しかし私の場合は違った。私の場合は煉獄とも呼ぶべき地獄そのもの。死者が闊歩し、生命を求めて彷徨っていた。立っているだけで体が焼けてしまいそうな熱に襲われ、煉獄において唯一の生命である私に死者が群がる。

 兄とは違う、手の込まない純粋な死が迫る。逃げ場はなく、周囲は消えない炎で満ちている。誰一人として味方のいない煉獄で一人逃げ続けた。死者の一人がその罪を償うべしと焼かれて消えるが、その後ろから新たな死者が現れる。

 何度と死者の悲鳴を聞きながら、後ろを振り向くことなく走るが限界は来る。兄の話通りならこの体は精神体のようなもので本物ではない。それでも疲れるし、水分は失われていく。喉はカラカラで、耐えがたい苦痛に蝕まれ続けた。

 やがて限界がきて膝をつけば、わらわらと死者たちはやって来る。彼らによって作られた輪はやがて小さくなり、無数の手が私へと伸ばされる。死にたくない、触るな、来るな寄るな、そんな言葉が口から出るも死者は聞く耳なんて持ってはいない。

 死にたくない、それが最後の言葉だった。

 

「ええ、当然でしょう。それが人間というものです。寧ろ私は、自己犠牲を良しとする者の人間性を疑います」

 

 どこかで聞いたような声がした。

 もう目は開かず、喉を震わせることもできない。

 それでも私の耳は、その声だけは拾っていた。

 

「どうやら貴方は、私に似ているのかもしれませんね。死を恐れず立ち向かう天然の兄を持つ貴方と、自己犠牲すら許容する天然物の馬鹿たる妹のような存在を持つ私。まぁ立場の違いはありますが」

 

 カルデアにいる、一人のサーヴァントが脳裏をよぎる。

 

「死にたくないという思いは、生物の根幹にある恐怖です。何も恥じることはありません。まぁ生前の私は少し恥じてしまい、結果的に取り返しのつかない事態に陥りましたが。まぁ早い段階で恥を捨てて私の思いを伝えたところで、無意味だった気がしてなりません。実際、無駄でしたしね」

 

 でも彼女ではない。

 彼女ではないが、かつて出会ったことのあるサーヴァントだ。

 

「まぁ貴方の場合、貴方の意思で行動できる分だけ私よりはマシな結果が得られるでしょう。貴方のお仲間には、随分と過保護なサーヴァントもいたようですし」

 

 その声は、私の思い出の中のものよりもどこか優しい。

 

「さて、ソロモン王が何を考えて貴方を煉獄モドキに送り込んだかは知りませんが、残念でしたね。罪を浄化せんと放り込まれた私がいる時点で、その目的は無為に帰す。私が罪を犯したのは死後、それ故に中途半端な煉獄に放り込まれたのが功を奏するとは」

 

 これが憎しみを一時でも鎮めた、普段の彼女の姿なのだろうか。

 

「恐らく、生者たる貴方を放り込むにあたっては、流石にこの煉獄モドキが限界だったのでしょう。まぁ煉獄モドキであれ一応は煉獄、憎悪の炎と共にある私が存在できない理由はありません」

 

 何故だろう、敵であった彼女の声を聴くだけで安心してしまう。

 

「貴方たちカルデアには、まぁ、借りがありますし、ここで倒れられ人理が崩壊しては私が成したことも無意味になる。それは許容できません。ですので一時だけ、貴方の為に力を振るうとしましょう」

 

 ひんやりとした手が、私の手を握った。

 魔力の通り道が形成され、一方に流れていく。そこにつながりを感じて、生きている実感を感じて涙が流れそうになる。それをなけなしの力で必死にこらえれば、コツンと頭を叩かれた感覚がした。

 

「何を我慢しているんです? 泣きたければ泣いておきなさい。貴方は確かに、そう簡単に弱音を吐けない立場にいる。とはいえ幸い、ここには今後縁がない亡霊しかいない。なら今のうちに吐き出したいものを全てぶちまけていきなさい。それごと全て、この場で私が燃やしてあげましょう」

 

 ひょい、と体が持ち上がる。 

 気づけば背負われていて、彼女に私の表情は見られない。

 ここまでくれば、もうわかっていた。彼女が誰であるのかくらい。

 それでも彼女は今後縁がない、これきりの縁と言ったのだ。自分が何者であるかなど気にする必要はないと。もう会うことはないだろうから、好きなだけぶちまけて行けと。

 かつて、ジャンヌから聞いた姉のようなもう一人のジャンヌ。ぶっきらぼうではあるけれど、いつだって優しさを秘めていたかつての『オルタ』の姿。

 

「あぁ、それと勘違いしないように。私は確かに復讐を成し、その憎悪の一端を晴らしました。とはいえ私はアヴェンジャー、復讐者です。私の根本にはフランスへの憎しみ、そして『私』への憎悪がある。これは永劫消えることなく燃え続けるものです。今の私が貴方を救ったからと言って、妙な縁など結ぼうとしないように。これは一時の夢のようなものですから」

 

 彼女はそう言いながら歩き出す。

 辺りからは既に死者のうめき声は聞こえない。

 聞こえるのは彼女が歩く音だけだ。

 

「――――死にたく、ないよ」

 

「ええ、それは当然です。当然すぎて今更ですね。我々サーヴァントでさえ、生前はそう思っていましたから。偉大な英雄でさえ、そうでした」

 

「――――生きたいよ」

 

「それも当然です。死にたくないのならば、生きたいに決まっています。私がそうでしたからね。とはいえ私に自由はなく、意思の選択など無意味でした。貴方は幸い、ある程度の自由があるのですから上手くやりなさい」

 

「――――もう、戦いたくなんて、ない」

 

「それも当然と言えるでしょう。ただの素人が死と隣り合わせの戦場に立ち続けられるはずがない」

 

「もう、嫌だよ。痛いのは、苦しいのは、怖いのは――――」

 

「では、逃げ出しますか? 楽になりたいというのなら、私が一瞬で送ってあげましょう。痛みも恐怖もなく、自覚すらないままに。でも貴方は生きたいのでしょう?」

 

 そうだ、生きたいのだ。

 どれだけ惨めでも、痛くても、苦しくても、死ぬのは嫌だ。

 生きていればきっと、きっと、いいことはあるはずだから――――。

 

「……あぁ、その考え方は、大変好ましい。私もかつてはそんな思いを抱いていました。生きていればきっと、また家族の元に戻って穏やかな日々が待っているのだと。ただの村娘として『私』が家族と生きていくのを、昔のように眺めていられるのだと」

 

 彼女は歩き続ける。

 

「きっと、その未来は嘘ではなかった。確かにあり得る未来だったのでしょう。そんな理想を砕くのは、やはり、『私』の死だった」

 

 彼女の足音が止まる。

 

「えぇ、そうです。どれだけ幸福な未来が待っていようと、どれだけ多くの人を救い崇められようと、死がそれを無かったことにする。それが大切な人を傷つけて、多くの涙を呼び寄せる」

 

 炎が燃える音がする。

 先ほどよりも近く、体を預ける彼女の体から。

 

「だから私は認められなかった。あの結末を、あの選択を、『私』の終わりを」

 

 生きていてほしいと彼女は願った。

 私は生きたいと心の底から願った。

 

「貴方がどんな選択をするのか、それは自由です。ただ、前言を撤回します。貴方がここで死にたいと願っても、その願いは叶わない。死にたいというのなら、せめてここから抜け出して、現実を見てからにしなさい」

 

 待ち人は多いようですしね、そういうと彼女は私を降ろす。

 旗を掲げるような音がして、続いて彼女の足音が遠ざかる。

 

「生きたい、戦いたくない。これは両立が難しい。生きたいから戦わない、でも他人が戦っている中、のうのうと暮らしていられないという思いがある。これは誠実な人間の証左です。まぁ誇っていいのでは? その葛藤は解決するものではなく、常に迷い、一時的に折り合いをつけていくものです。それが抱けている内はまだ、まともな証拠でしょう」

 

 それが苦しいのは理解できる、と彼女は言う。

 以前の彼女は戦うジャンヌを見ていることしかできなかった。生きたい、戦いたくない、それでも戦っているジャンヌを助けたいという思い。それを叶えることができない現実。それが生前のオルタを苦しめた一因なのだろう。

 そんな彼女が数少ない選択肢を手に入れた時、どうしたのだったか。

 そう、彼女は自身も剣を取って戦った。

 ジャンヌを守るために。

 

「結局のところ、選べるのは自分しかいません。選んだ結果は誰にもわからず、どんな結果であれどのみち後悔は必ず生まれます。それをどれだけ小さくできるか、良いものにできるかです。幸い、貴方の周りには様々な経験をしてきた者たちがいます。おまけにそれらと言葉を交わすこともできるなら、存分に根掘り葉掘り聞いてやりなさい。英雄というのは、そろいもそろってお節介です。貴方が悩みを伝えたうえで真剣に問うたなら、無碍にはしないでしょう」

 

「あはは、なんか、納得しちゃった。お節介、世話焼きかぁ……」

 

 やっぱり、オルタも英雄なのだ。

 一側面と言いながらも、立派な英霊だ。

 

「何だか含みがあるような気がしましたが……まぁいいでしょう。不快な声を出すその口を閉じて寝ていなさい。次に目を覚ました時は、カルデアのベッドの上です」

 

 翻訳すれば、声を出すのが辛いなら口を閉じて安静にしていなさい、といったところか。辛辣と思いきや、優しさいっぱいであった。最後の一言とか、貴方を死なせない、ということだろう。やだ、ときめいた。

 

「む、怪しい視線。いえ、目は開いていませんし気のせいですか。何にせよ、素人の凡人にしてはよく頑張りました。私の成したことが無駄にならぬよう、精々この後の特異点も頑張ることです。この煉獄に落ちてこようものなら、全力でたたき出すので安心しなさい」

 

 彼女は遠ざかっていく。

 せめてその後ろ姿だけでも、と目を開けばぼんやりと彼女の背中が映る。以前と変わらない、堂々とした姿。その背中に少しだけ、未だ乾かない染みがある。泣き顔を見られたくない私に配慮して、背中に負ぶってくれたための、涙の痕だ。

 思わず声をかけたくなった。

 それを必死に飲み込んで、彼女の背中を見送る。

 彼女の向こうには、多くの死者が群がっていた。

 そして最後、彼女は此方を振り返るとニヒルに笑うのだ。

 

 ――――我が憎悪をみよ、と。

 

 

 






 

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