眼に見えぬ裏切り。   作:伊江村 八十千和

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余りにも忙しく、かなり時間が空いてしまいました。
申し訳ありません。


疑惑

 

 

 

五番隊並びに三番隊、九番隊の隊長格三名による謀反により、尸魂界(ソウルソサエティ)は疲労と大きな喪失感に満たされていた。

 

多くの隊士たちは現状の整理をつけることが出来ず、彼等の居ない現実を心の奥底で受け入れられずにいた。

 

本当に、あの隊長達が謀反を起こしたのか。

私たちが好意を寄せていた隊長は偽りだったのだろうか。

謀反という行動には、何か別の真意があるのではないか。

 

今まで彼らと過ごしてきた者達は、どうしてもそんな思考に囚われてしまう。

交流の多かった隊長格や直接的な部下達は尚更に。

 

 

五番隊副隊長、雛森桃。

 

 

藍染惣右介に憧れ、敬愛していた彼女もまた、その一人であろう。

 

__________今なお眠る、彼女が目を覚ましていたのならば。

 

 

 

 

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大逆の罪人、藍染惣右介の凶刃により倒れた雛森桃。

彼女は今、四番隊隊舎に併設された綜合救護詰所の医療ベッドに横たえられていた。

 

重症という訳では無い。

 

藍染により負ったその傷は、回道の達人である四番隊隊長卯ノ花烈により綺麗に治されていた。

 

しかし彼女は淡々と規則的な寝息を立てている。

 

藍染等の謀叛から既に七日が経った。

 

傷跡も消え、体調に問題は無い。

しかし、どれだけ待っても彼女が起きる気配は無かった。

 

彼女が目覚めない理由は、怪我とは別にある。

自ら治療に当たった卯ノ花烈はそう診察した。

 

藍染によって突き刺された傷は背中へと抜け見るに堪えない物ではあったが、幸いにも刃は臓器を傷付けておらず見た目に反して軽傷であった。

 

生命維持に重要な血管も、魂魄における重要な機関も全て無事。

出血も少なく、人体に有害な毒物の使用も見られない。

 

以上の理由から、今回の怪我が直接的な理由となって意識レベルの低下を引き起こしているとは考え難いのだ。

 

「つまり、雛森が目を覚まさない別の原因があるって事か」

 

一通りの診断を述べた卯ノ花に、十番隊隊長 日番谷冬獅郎が疑問を投げかける。

 

場所は四番隊の隊主室。

 

部屋の中心に置かれた木製の机、それを囲む様に卯ノ花烈、虎徹勇音、そして十番隊隊長日番谷冬獅郎の三名が話し合っていた。

 

雛森桃の上官である藍染が居ない今、真っ先に彼女の容態を伝えるべき人物として彼女の幼馴染であり、卯ノ花と同じ隊長格でもある日番谷に行き着いたのだ。

 

「そうですね、そう考えるのが妥当でしょう。個人的な見解ですが鬼道かそれに通ずる独自の術を開発し、彼女に行使したと見ています」

 

「……ッ‼︎」

 

日番谷はギリリと手を握りしめ、その顔を歪めた。

 

彼女を突き刺した藍染への憎しみ、彼女を護れなかった自分への怒り。

その大きな感情が霊圧となって周囲へ影響を及ぼし、隊主室に霜が落ちる。

 

「霊圧を抑えてください日番谷隊長。今回貴方を招いたのは雛森副隊長に掛けられたその術を……解く事が出来ると踏んだからです」

 

冷えきった室温に堪らず身震いした勇音を見ると、卯ノ花はゆっくりと口を開いた。

 

「それは……本当か」

 

「ええ、此方でも可能な限り手は尽くしています。しかし術自体が独自に開発された物であるため最短でも一月は掛かると思って下さい」

 

「こっちは助けて貰う側だ、文句なんて何もねぇ。それに、回復の目処が立っただけでもありがたい事だ」

 

雛森を頼む。

そう言って、日番谷は頭を下げた。

 

「しかし、日番谷隊長。重要なのは此処からなのです。勇音」

 

「はい、私から説明させていただきます」

 

卯ノ花からの合図を待っていた勇音は滑車に乗せて簡素な作りの人形を運んできた。

 

それは義骸と言うには余りにも粗末な、現世で言う所のマネキンに近い模型物だった。

 

「今まで話した事は雛森さんの容態であり、同じ事は雛森さんの所属する五番隊の皆さんにもお伝えしております。……しかし、此処からのお話は隊長格であり、相応のご判断が出来ると信頼した日番谷隊長(・・)へお話をさせて頂きます」

 

そう言うと、勇音は体育座りのように蹲っていた義骸を手際よく立たせていく。

 

そしてマネキンが直立状態で固定されたのを見ると、勇音は日番谷へ向けてその口を開いた。

 

「このマネキンは技術開発局に作って頂いた特殊な人体模型です。説明より実演の方が理解し易いと思いますので、失礼を承知でお願いがあります」

 

 

日番谷隊長、お手元の斬魄刀でこのマネキンの胸を貫いて頂けますか?

 

 

言われた日番谷は理解した。

 

コレはあの時の再現なのだと。

 

「……わかった」

 

腰に下げた氷輪丸を鞘から抜くと、眉を寄せながらマネキンに刃を向ける。

僅かな逡巡の後、銀光輝くその切っ先をその胸へと押し込んだ。

 

それは少しの抵抗も感じさせない鋭い突きであり、隊長格である彼の技量を窺わせた。

 

「御見事です」

「別に大した物じゃねぇ。……それで、これは一体何の実証実験なんだ」

 

そう言いながら、突き刺した氷輪丸をマネキンから引き抜く日番谷。

しかし、その顔は一気に険しい物となる。

 

「……ッ!!」

 

突き刺さった傷口から緑色の液体が大量に溢れ出てきたのだ。

 

ただの人形。

そう思っていた日番谷は目を見開く。

 

「その液体は血液を模しており、精巧に作られた血管や臓器に入れられています。少々無理を言って阿近さんに作っていただきましたので、その精巧さは折り紙付きです」

 

傷跡から滴る液体に目を向けていた卯ノ花は日番谷に向き直る。

 

「……日番谷隊長、貴方は今このマネキンを貫く時こう思われたではないですか“雛森さんが傷を負った時の再現”だと」

 

足元にこぼれ落ちた緑色の液体。

それが床へ広がり日番谷の足袋を濡らした。

 

その瞬間、日番谷はこの再現全てを理解した。

 

「つまり、この再現は……」

 

「はい。胸を貫いた場合、それも殺意を持ったものであれば致命傷になるのは火を見るよりも明らか。しかし、今回の件で雛森さんの傷は不自然なほどに軽傷だったのです。まるで針穴へ糸を通すように、血管や臓器への傷が無かった」

 

まるで細心の注意を払ったようでした。

 

卯ノ花はそこで一旦言葉を止めると、スイッチか何かを操作し外殻のようなマネキンの胸を開けた。

 

コミカルな内臓と細かく張り巡らされた血管が露わになると同時に、氷輪丸が貫通した痕跡がハッキリと眼に入った。

 

心臓の横の太い血管が僅かに損傷し、そこから緑色の液体が止め処なく溢れ出ている。

 

一目で重症だと分かった。

 

「日番谷隊長は……このマネキンに氷輪丸を突き刺す事に抵抗があったと思います。結果、致命傷を避けるように心臓を外した。しかし、結果は見ての通り直ぐにでも治療が必要な状態です」

 

マネキンの蓋を閉め、卯ノ花が日番谷の瞳を真っ直ぐ見つめる。

 

確かに、殺意の乗った刃であったら心臓を一突きすればいい。

一体なぜ、藍染はこんなにも彼女を想って彼女を刺したのだ。

 

「……藍染に、雛森を殺す意思は無かった。そう言いたいのか?」

 

藍染等の謀叛から一週間。

やっとの思いで拭いきった疑念と困惑が再発し、日番谷の思考は纏まらない。

 

「その可能性も捨て切れませんが、後々雛森さんを利用した何かしらの計画や、こうして藍染隊……藍染の真意が分からず疑念持たせる事自体が思惑なのかもしれません」

 

「結局のところ、何も分からねぇって事か」

 

「しかし、これは貴重な情報です。そして同時に猛毒でもあります。これが一般隊士に広がれば、その情報は個人が抱く理想へと変化し、その戦意を著しく低くするでしょう」

 

乱暴に髪を掻き毟る日番谷に、卯ノ花は目を伏せ言葉を続ける。

 

これが藍染の思惑なのか。

様々な憶測が頭の中を飛び交うが、何を信じていいのか全く分からない。

 

「本日、この話は隊首会で総隊長並びに各隊長格にもお伝えする予定です」

 

「隊首会前に俺に伝えたのは……態々時間をくれたって訳か」

 

隊長格の中でも藍染に一際強い怒りを抱いている日番谷だ。

この情報を噛み砕く時間は皆より長い方がいい。

 

「こんな事聞くのは間違っているとは思うのですが。………日番谷隊長は今回の件、どう思われますか」

 

意を決したように、今まで口を閉ざしていた勇音はそう尋ねる。

 

「……分からねぇ。今の俺は何かしらの答えを出せる程冷静じゃねぇ。ただ、変わらねぇのは彼奴らが雛森に血を流させたって事だけだ」

 

そう言うと日番谷は手に持っていた抜き身の氷輪丸を鞘へと納め深い息を吐いた。

 

「今回は貴重な情報に提供感謝する。俺は……俺なりに考えてみるが、結果はどうであれ藍染と殺り合うのは変わらねぇ。だから、理想や甘えは捨てる。お前もそうしろ勇音。そうしねぇと、いざって時に藍染へ刃を向けられなくなる」

 

まるで自らに言い聞かせるような日番谷の言葉を、勇音は重く受け止めた。

 

しかし彼女の胸に芽生えた一抹の希望は、雛森の傷跡の様に綺麗に消える事は無かった。

 

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