ファンタジー世界を現代兵器チートが行く。   作:トマホーク

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「あの男も間が悪いというか、運が悪いというか……。ま、自分の国の新たな指導者の顔を知らない事が一番悪いのだけれど」

 

「俺としては、あんなテンプレ通りの悪さをする奴が未だに居たことに驚いているよ」

 

憲兵が到着する前に騒動の中心から外へ逃れていたカズヤとカレンは、到着した憲兵に被害者たる母子が手厚く保護され加害者のガゼルが連行されて行くのを離れた所から眺めていた。

 

「しかし楽しみだな。あ、そうだ。カメラも用意しとかないと」

 

「なぁ、あの賭け……本当にやらないとダメか?」

 

「賭けは賭けだからねぇ。ま、当たって砕けてこい」

 

騒動の概要を知る目撃者として、また騒動に関与した参考人として憲兵に出頭を要請されたジーク軍曹とルーフェ軍曹は憲兵の後に続きながら以前の賭けについて話し合っていた。

 

「バカな事を言うんじゃなかった……」

 

軽い気持ちで行った賭けに負け、意気消沈したジーク軍曹の足取りが重くふらついているように見えるのは決して見間違いではなかった。

 

「さて、騒ぎも収まった事だし。とりあえず買い物の荷物を今日の宿へ置きに行こうか」

 

騒ぎが完全に解決した事を見届けたカズヤがカレンの手を取り、そう言った。

 

「……宿?どういう事、カズヤ?この後は本土に帰るんじゃなかったの?」

 

予想外の予定を唐突に聞かされたカレンは少しだけ困惑した様子だったが、それもカズヤの次の言葉を聞くまでの事だった。

 

「いや、な?せっかく2人っきりになれたんだし、どうせなら……その、夜も2人だけで過ごしたいというか……ほら、本土に帰ると護衛やらメイドやら他の奴らが居るだろ?」

 

そう言いつつカズヤは恥ずかしそうに頬を掻き、チラリとカレンに視線を送る。

 

「…………………………ッッ!?」

 

多少の時間が掛かったが、カズヤが言わんとする事を理解した瞬間にカレンはその白い肌を真っ赤に染め上げ、バッと下を向く。

 

「あ、貴方がそんなことととを言うなんて、め、珍しいわねッ!!」

 

「最近一緒にいる時間が、あんまり無かったしさ……カレンと一緒に居たいんだよ」

 

「ッッ!!で、でもカズヤ!?私達は仕事があるから明日の昼までに本土へ帰らないといけないのよ!?そうなると今日の夕方には帰路に着かないと時間に間に合わないんじゃないかしら!?

 

沸き上がる喜びと恥ずかしさのあまり、頭が真っ白になってしまったカレンは自分から帰らないといけない理由を口走ってしまう。

 

し、しまった!?私は何を!!

 

これじゃあ、まるで私がカズヤより仕事を優先してるみたいじゃない!!

 

その事に気が付いたカレンは、カズヤが自身の言葉に頷いてしまわないかと気が気ではなかった。

 

最も、その心配は杞憂なのだが。

 

「あぁ、その点なら大丈夫。超音速輸送機のコンコルドを手配してあるから明日の朝にこっちを出発すれば十二分に間に合う」

 

「そ、そう。そうなの?」

 

「そうなんだ」

 

ふぅ、サプライズは成功みたいだな。

 

カレンが密かに胸を撫で下ろしている事には気が付かず、カズヤは自身のサプライズが上手くいった感触を得て内心でほくそ笑んでいた。

 

書類の作成が手間ではあったが、地球上では定期国際運航路線に就航した唯一の超音速民間旅客機であり、通常の旅客機が飛行する高度より2倍も高い高度をマッハ2で飛行するコンコルドをわざわざ手配してまでカズヤはカレンとより長く一緒に過ごすつもりだったのである。

 

「ま、そういう事で。明日の朝までは2人っきり――」

 

「〜〜〜〜〜ッ、宿はどこ!!」

 

「え?あ、あっちだけど……いや、カレンさん?」

 

「搾り取るッ!!」

 

「何をッ!?ねぇ、俺は何を搾り取られるの!?」

 

いきなりグイッと手を引いて早歩きで歩き出したかと思えば不穏な言葉を口にしたカレンに、カズヤはビビっていた。

 

そして、熱に浮かされ歯止めが効かなくなったカレンにカズヤが引き摺られるようにして連行されている時だった。

 

「さ、先程は失礼しましたクマー!!長門和也様!!」

 

「まさか、パラベラムの総統たる貴方様にこんな所でお会い出来るとは思ってもみなかったクマ!!」

 

カズヤ達を足止めするかのように熊人族の女性兵士2人が行く手に立ち塞がり、興奮気味に声を上げる。

 

2人の頬は赤く上気し鼻息は荒く、キラキラと輝くような眼差しをカズヤに送っていた。

 

しかし、自身の存在を隠匿しておきたかったカズヤからしてみれば2人の行動は堪ったものではなかった。

 

「ばッ!?隠し事を大声でバラすな!!余計な騒ぎをもう1つ起こすつもりか!?」

 

「し、失礼しましたクマー!!」

 

「つい興奮してしまったクマ!!お許し下さいクマ!!」

 

声を潜めて怒鳴るという器用な真似をするカズヤに、2人はハッと口を押さえつつ頭を下げる。

 

「全く……で、一体何の用なんだ?いや、その前にお前達の名は?」

 

「あっ、重ねて失礼しましたクマー。私はツキノ・ワグマー伍長ですクマー」

 

「クマはベア・グリズリー伍長ですクマ。宜しくお願いしますクマ」

 

ショートヘアーの黒髪に八重歯が特徴的で穏和そうなツキノ・ワグマー伍長とセミロングの茶髪に母性溢れる胸、そしてきつめの視線を飛ばす糸目がそっち系の男に喜ばれそうなベア・グリズリー伍長はカズヤの問いに背筋を伸ばして答えた。

 

「ふむ。ワグマー伍長にッ、グリズリー伍長かッ」

 

「「クマ?」」

 

平静を装いながらも時折、悲鳴染みた呻き声を漏らしプルプルと体を震わせながら喋るカズヤにワグマー伍長とグリズリー伍長は怪訝な顔で首を傾げる。

 

どうしたのだろうかと疑念を抱く2人の死角では、早く宿へ行きたいという思惑と自分だけを見ていろという要求を無言で伝えるためカズヤの尻を思いっきり抓っているカレンがいた。

 

「す、少し気になるんだがっ?その語尾とかに付けているクマーは何なんだッ?方言か何かか?」

 

「そうですクマー。お恥ずかしながらまだ故郷の方言が抜けないクマー」

 

「気に障ってしまったクマ?」

 

「いや、こんな事で目くじらを立てたりはしないから安心してくれ。ふぅ……それで、本題に戻るんだが俺に一体何の用なんだ?ガッ!!」

 

カレンの抓り攻撃が止んで一安心したカズヤだったが今度は足をグリグリと踏みにじられ、ついにはっきりと呻き声を漏らす。

 

チラリとカレンを見やれば、いっそ恐ろしいまでの満面の笑みに青筋を浮かべながら黒いオーラを放っていた。

 

マ、マズイ……早く会話を打ち切らないとしばかれる!!

 

カレンの嫉妬ゲージが急上昇していくのが分かったカズヤは早急にこの場から立ち去る必要性に駆られた。

 

「クマ。閣下にはお礼が言いたかったんですクマー」

 

「お礼?何のだ?」

 

「クマー。私達の故郷――カナリア王国にあった寒村が凶作に見舞われて私やワグマー、他の若い娘達が身売りを余儀なくされた時に閣下がカナリア王国を併合して税を3分の1にまで引き下げてくれたお陰で身売りせずに済みましたクマ」

「そのお礼が言いたかったんですクマー」

 

「それだったら礼を言われるまでもない。あれは政策の一環だったんだから」

 

以前自分が行った政策に助けられたというワグマー伍長とグリズリー伍長の話にカズヤは苦笑で答えた。

 

「例えそうだとしてもお礼が言いたかったんですクマー」

 

「そうか。まぁ、だったら礼の言葉はありがたく受け取っておくよ」

 

話の流れ的にこれで会話が終わるとカズヤは確信し、カレンと共に立ち去ろうとしたのだが。

 

「しかし、言葉だけでは大恩人の閣下に申し訳ないですクマー」

 

「だから……閣下さえ良かったら、私達2人を好きにしてもらっていいクマ」

 

ワグマー伍長とグリズリー伍長の爆弾発言に退路を吹き飛ばされてしまった。

 

「カズヤ?」

 

「イギッ!?」

 

いやんいやんと体をくねらせながらカズヤに妖しい流し目を送っている2人を目の当たりにして、額の青筋を増やしたカレンがカズヤの足の甲を踏み抜く。

 

「そ、そういう事は好きな相手とするモンダヨ!!じゃ、そういうことで!!」

 

「あっ、閣下!!待って欲しいクマー!!」

 

「逃げる相手は追い掛けないといけないクマ!!熊人族の女は狙った獲物(男)を逃したりしないクマ!!」

 

「「狩りの始まりクマー!!」」

 

頷くつもりなど毛頭無かったカズヤだが、頷いたら殺すとばかりに睨むカレンに脅された事もあり、カズヤは痛みで裏返った声を発しつつ強引に戦略的撤退に移った。

 

本能に突き動かされノリノリで追い掛けてくる2人の肉食系女子を背に。

 

「貴方が……パラベラムの……総統というのは本当ですか?」

 

ところがカレンの手を引いて逃げ出しかけたカズヤの前に、細い路地からフラフラと出てきた女が立ちはだかる。

 

「ッ!?」

 

今度は何だ!?

 

「もう!!今度は誰よ!?」

 

今日はヤケに厄介事ばかりに見舞われるなぁ。と突然現れた女を前にカズヤは内心で苦笑いを溢しつつ、荒ぶるカレンを宥めていたが女の様子がおかしい事に気が付くと眉をひそめた。

 

裸足に薄汚れた肌着、ボサボサに乱れた長い金髪、そして血走った瞳。

 

何より彼女の右手に握られた小さなナイフ。

 

「……カズヤ」

 

カレンも女の異様さに気が付いたのか、表情を引き締め促すように警戒の色を乗せて小さく呟く。

 

「あぁ、分かってる。カレンは俺の後ろに」

 

現世に未練を残した幽鬼のように怒りと憎しみのオーラを放つ女からカレンを少しでも遠ざけようとカズヤは無意識の内にカレンを背に庇いつつ、腰に隠していたM1911コルト・ガバメントに手を伸ばす。

 

「貴方が……貴方がこの世界に来なけれさえいれば……ロングゲート商会さえ現れなければッ!!私が、私がこんな目にッ!!」

 

警戒を強め不測の事態に備えるカズヤとカレンをよそに、ブツブツと独り言を繰り返す女が徐々にヒートアップしていく。

 

「閣下?どうかしましたクマー?」

 

「もう逃げないんですかクマ?」

 

逃げ出した獲物(カズヤ)がすぐに立ち止まった事で若干不満そうに頬を膨らませたワグマー伍長とグリズリー伍長が状況を理解せぬままカズヤの元に歩み寄る。

 

「来るなッ!!」

 

「「クマッ!?」」

 

背後から歩み寄るワグマー伍長とグリズリー伍長にカズヤが振り返り警告を発した直後であった。

 

「閣下?やっぱり貴方が……あ、ぁぁああああぁあああッ!!」

 

ナイフを握る女がワグマー伍長の発言を切っ掛けに狂ったような奇声を上げながら駆け出す。

 

「カズヤ!!」

 

「チッ!!」

 

腰だめに構えたナイフを両手で握り締め5メートルほど離れた距離から猛然と駆けて来る女にカズヤは腰からM1911を咄嗟に引き抜く。

 

そしてセーフティ(安全装置)を外してハンマー(撃鉄)を起こし、後方のリアサイト(照門)を覗いて前方のフロントサイト(照星)に合致させ、45ACP弾が込められた銃口を女の大腿部に定める。

 

「ッ!?――殺すなッ!!」

 

しかし、いざ引き金を引こうとした時に間近から複数の凄まじい殺気が噴出したため、カズヤは引き金を引く事が出来なかった。

 

というよりも殺気を発する者達に制止の声を飛ばして女を殺さないようにせねばならなかった。

 

「うぐっ!?」

 

カズヤの制止が飛んだのとほぼ同時に、見えないナニかにいきなり首を締め上げられ宙吊り状態に陥った女は苦しみにもがきナイフを地面に落とす。

 

「何が起こっているの?」

 

「何にもないのに女性が宙吊りになっているクマー!?怖いクマー!!」

 

「ホラーだクマ!!」

 

「騒ぐな、2人とも。はぁ……どうやらみんなして出歯亀してたみたいだな」

 

状況を飲み込めていないカレンや伍長コンビにカズヤはため息混じりに答えた。

 

「――マスター、お怪我はありませんか?」

 

「ご無事ですか、カズヤ様」

 

「やっぱりお前達か。千代田にアレクシア――って親衛隊にメイド衆まで……些か騒々し過ぎるな」

 

カズヤ達を取り囲む形で陽炎のような揺らめきが発生したかと思うと、揺らめきの中から大鎌を携えた7聖女と戦闘型の千代田が姿を現す。

 

更に、そこら辺の家屋の中からぞろぞろと重火器で身を固めた親衛隊や直属の武装メイドを引き連れたメイド衆が姿を見せ防御陣形を構築。

 

また空ではUH-60ブラックホークの派生型で非常に高価な特殊部隊作戦用のMH-60KブラックホークがM16A4及びM4A1を狙撃銃として改良した特殊目的ライフルのSPR Mk12 Mod 0で武装した狙撃兵を乗せ、いきなり出現したかと思えば周辺警戒のためか旋回を繰り返していた。

 

加えて人通りの多いグローリアの街中をアメリカ海兵隊御用達の水陸両用型8輪式歩兵戦闘車(IFV)であるLAV-25A2や車体上面ハッチ周辺にブラストパネルと呼ばれる装甲板を追加したり、格子状の増加装甲であるスラットアーマーを追加したストライカー装甲車等からなる車列が2ブロック先の曲がり角から現れカズヤに向かって激走していた。

 

つまる所、不測の事態に備えて大規模な兵力がカズヤとカレンのお忍びデートの為だけに待機していたのである。

 

「あのお方に刃を、刃を向けたな!!女!!」

 

「あぐっ、かはっ!!」

 

「ハギリ、手を離せ。言ったはずだぞ、殺すなと」

 

過剰な兵力が展開された事に少しだけ戦きながらカズヤは襲ってきた女を今にも絞め殺そうとしていた7聖女のティルダ・ハギリを止める。

 

「ハッ、申し訳ありません!!カズヤ様!!」

 

何よりも優先すべき相手に声を掛けられたハギリは悪鬼も裸足で逃げ出しそうな形相から一転、朗らかで人好きのする顔へと瞬時に切り替えカズヤに笑みで答える。

 

「ゲホッ、ゲホッ」

 

首に手の痕がくっきりと……下手したら、あのまま首をへし折るつもりだったなハギリめ。

 

これはハギリ以外にも言えるが……忠誠心?が高すぎて制御しきれない所がたまに傷だよ、全く。

 

ハギリの足元で踞りながら咽せている女の姿を視界に入れつつ、カズヤがそんな事を考えているとポケットの中に入れていた携帯に着信が入る。

 

「もしもし?」

 

『千歳です、ご主人様。お怪我はありませんか!?』

 

「あぁ、大丈夫だ」

 

電話に出たカズヤの鼓膜を叩いたのは、少し焦っているような千歳の声だった。

 

『良かった……。ゴホン、このような事態が発生した以上、そこは危険です。迎えを送りましたので直ちに本土へお戻り下さい』

 

カズヤの無事を確認した千歳は平静を取り戻し、毅然とした口調でそう言った。

 

「分かってる。状況から見て組織的な犯行――前みたいに帝国が差し向けた刺客ではないだろうが、万が一という事もあるからな」

 

一刻も早く帰って来て欲しいという願いが透けて見えるような千歳の要請にカズヤは肯定の返事を返す。

 

『はい。ではお帰りをお待ちしております』

 

「あぁ、また後で」

 

今現在、周囲に展開している部隊の指揮を遠く離れた本土から取っているであろう千歳との電話を切るとカズヤは背後にいるカレンに向き直る。

 

「という訳でカレン。スマンがこれ以後の予定は別の日に」

 

「……分かったわよ」

 

「本当にスマン。って、カレン?」

 

「先に帰るッ!!」

 

期待が裏切られたせいもあって、憤慨しつつカズヤの側を離れたカレンは親衛隊の兵士達に紛れて待っていた直属の部下――幼少期からの付き合いがあるマリア・ブロードに案内され停車した一台のLAV-L――輸送任務に従事するために改造された輸送車型のLAV-25に乗り込むとさっさと帰ってしまった。

 

あちゃーやっぱりご機嫌斜めか……。

 

まぁ、元はと言えば俺が余計な事に首を突っ込まなかったらこうはならなかったんだよな。

 

後で謝りに行かないと。

 

自身の軽率な行動の結果が、カレンとの約束を台無しにしてしまったことにカズヤは強い罪悪感を感じていた。

 

「……はぁ、帰るか」

 

「――フォルテお嬢様!?」

 

「またか?」

 

罪悪感に苛まれながら帰ろうとした途端、聞こえてきた大声にカズヤは思わず頭を抱えたくなった。

 

背後を見れば周辺を封鎖している親衛隊と揉み合いになりながらもこちらに来ようとしている青年の姿があった。

「通してやれ」

 

必死さが感じられる青年の視線がさっき襲ってきた女に注がれているのを確認したカズヤは諦めた様にそう言って、青年を自由にさせる。

 

「あ、あの!!フォルテお嬢様が何かしたのでしょうか?」

 

一目散に女の元へ駆け寄った青年は、女の無事を確かめるとカズヤ達の顔を見渡しながら、そう伺いを立てた。

 

「その前に名を名乗れ、貴様」

 

「ヒッ!!し、失礼しました。僕の名はスティーブ・ジョーンズです。かつてはマーケティング商会で雑用係をしておりました」

 

千代田のドスの利いた言葉に青年は竦み上がりながら答える。

 

「そっちの女は何者だ」

 

「マーケティング商会のご令嬢であるフォルテ・マーケティング様です……正確には“元”ですけど」

 

気弱そうな顔立ちに似合わず、千代田の問いにしっかりと答える青年。

 

しかし千代田のドスの利いた声が余程恐ろしかったのか、寄り添いながら女を支える手が未だに震えていた。

 

「(千代田、マーケティング商会って?)」

 

「(グローリアを中心に流通・販売を行っていた商会の事です。ここらでは最大規模の商会でしたが、我々の諜報機関でもあるロングゲート商会との競争に負け倒産しました)」

 

「(つまり、倒産したマーケティング商会のご令嬢が逆恨みで俺を襲ったという事か)」

 

「(恐らくは。最もロングゲート商会と我々の関係は表沙汰にはしていませんので、マスターを狙ったのは逆恨みというより八つ当たり的な犯行でしょう)」

 

「(それが妥当か)」

 

しかし、ロングゲート商会――直訳して読みを変えれば長門商会。

 

安易だよなぁ……。

 

千代田と小声で言葉を交わして自身が襲われた経緯の推論を立てつつ、どうでもいい事を考えるカズヤ。

 

その脇ではアレクシアから状況説明を、フォルテがカズヤに襲い掛かったと聞かされて狼狽えるスティーブの姿があった。

 

「そ、そんな……!!で、では、フォルテお嬢様はどうなるのですか!?」

 

「もちろん、斬首刑になるだろう」

 

「いいや、絞首刑だね」

 

「違うわ、銃殺刑よ」

 

「何を言っている、火刑だ」

 

「待て、罪人には十字架刑と相場が決まっている」

 

「いんや、石打ち刑さね」

 

「ここは凌遅刑だと思います」

 

「つ、つまり……」

 

口々に残忍な刑罰を声に出す7聖女の面々に、泣きそうになりながらもスティーブは確認を取る。

 

「「「「「「「その女は死ぬ。我らが殺す。神罰の代行者である我々が」」」」」」」

 

スティーブの言葉に対し、口角を吊り上げ狂気的な笑みを浮かべる7聖女達。

 

声を合わせてその口から朗々と紡がれるのは死を告げる言葉。

 

大鎌を持っている事もあって彼女達は、まるで死をもたらす死神を連想させた。

 

「ッ!!フォルテお嬢様はお家が潰れた事で気を病んでしまっているのです!!ですから――」

 

「ですから?」

 

「だからどうした?」

 

「気を病んでいようがいまいが」

 

「関係ない」

 

「重要なのは、あのお方に刃を向けた事」

 

「その事実はありとあらゆる罪より重いのさ」

 

「だから、減刑を求めようなどとは考えないで下さいね」

 

「あ、う……」

 

「貴様に出来る唯一の事は」

 

「ただ伏して許しを請い」

 

「あの女の罪が」

 

「生の剥奪によって」

 

「そそがれる事を祈り」

 

「慈悲の一撃によって」

 

「死する事を眺めるのみ」

 

フォルテの状態を伝えて刑罰の軽減を求めようとしたスティーブだが、狂信者と成り果てた7聖女からは如何なる理由があっても同情を引き出せる余地は無かった。

 

「さて、状況も理解したようだしそろそろよかろう。その女から離れろ」

 

「ま、待ってください!!」

 

「何だ?」

 

「僕が、僕がフォルテお嬢様代わりに……僕が刑を受けます!!」

 

7聖女達のまるで深淵のように光彩の消えた昏い瞳に睨まれ、失禁寸前になっていたスティーブ。

 

しかし、連れていかれる運命にあったフォルテの顔を見て拳を握り締めると意を決しそう言い放った。

 

「身代わり?ハッ、そんな――カズヤ様?」

 

スティーブの決意を鼻で笑い扱き下ろそうとしたアレクシアだったが、自身とスティーブの間にカズヤが割り込んだため、続く言葉を発する事は無かった。

 

「話は大体分かった。俺は無傷だし、このまま見逃してやりたい所だがそれをすれば示しがつかん。しかし、情状酌量の余地もあるようだし……お前が身代わりになる事で手打ちとしようじゃないか。最も刑の執行はこの場になるが」

 

更なる追い打ちを掛けようとしていたアレクシアの言葉を遮り、スティーブの完全に立ったカズヤはM1911コルト・ガバメントの銃口をスティーブの額に突き付けながらそう告げた。

 

真っ直ぐにスティーブを見詰めるその瞳に浮かぶのは何かを確かめ見極めようとする真剣なモノだった。

 

「ッ、ありがとうございます」

 

「だが、殺す前に少し聞きたい事がある。マーケティング商会が没落してご令嬢でも無くなったその女に何故そうまでして尽くす?恩でもあるのか?」

 

「正直に言いますと、フォルテお嬢様には恩はありません。というよりマーケティング商会で雑用係をしていた時にはよくいびられていました」

 

「なら、どうして?」

 

「その……放っておけなかったと言いましょうか、ハハハ……」

 

「底抜けのお人好しか。いや……お前、その女に惚れてるな?」

 

「ギクッ!!そ、そ、そ、そんな僕がフォルテお嬢様の事を好いているだなんて恐れ多い事は!?」

 

「図星か……しかし、好きな相手を庇おうとするのは大層な事だが、お前は死ぬのが怖くないのか?」

 

図星を突かれ、無様な程にキョドるスティーブにカズヤは呆れ顔で問うた。

 

「……怖いです」

 

深い深呼吸をしてから、真顔に戻ったスティーブはカズヤの目を真っ直ぐに見詰めながら言った。

 

「だったら何故?その女しかこの世にいない訳でもあるまい。その女を諦めて違う相手を探すという選択肢もあるだろ?」

 

「それじゃあダメなんです。死ぬのは怖いですが……怖いですが……自分の命欲しさに何よりも大切な人を守れず生きていく事の方が、僕は死ぬよりも何倍も怖いんです!!」

 

腹の底から発せられたスティーブの熱い想いが籠った言葉は驚くほど周囲に響き渡った後、辺りに静寂をもたらす。

 

「……くっ、くくっ、くふっ、くはははははっ!!」

 

思った通りの大バカ野郎だ、こいつは。

 

少しの間を置いて静寂を破ったのはカズヤの笑い声であった。

 

「あ、あの?」

 

「いやいや、ぶふっ、スマン。あまりにもお前の言葉がツボに入ったものだからな」

 

「はぁ……」

 

困惑するスティーブをよそにカズヤの腹は決まっていた。

 

「千代田!!」

 

「お側に、マスター」

 

「俺の鑑定眼によると、こいつはどうやら商才に長けているようだ。商業関連の部門に送って使え」

 

「イエス、マスター」

 

「あと、あっちの病人は精神病院に搬送し、念のため背後関係を洗え“丁寧にな”」

 

「イエス、マスター」

 

カズヤの意を汲んだ千代田は余計な事を何も言わずに、ただ唯々諾々と返事を返す。

 

「え、あの、何を……」

 

状況が理解出来ていないスティーブはカズヤの言葉を聞きながら混乱の極みにあった。

 

縋るような視線でカズヤに問い掛けても、返ってくるのは含み笑いだけであった。

 

「さて、帰ろうか」

 

他人の色恋沙汰ほど面白い物はないし、何よりあんな言葉を聞かされちゃあ、殺せないな。

 

スティーブの熱い言葉で多少の無理を押し通す気になったカズヤはスティーブを処刑せず、2人を生かす事にしたのだった。

 

しかし、この判断が後に吉と出る事などカズヤはまだこの時知るよしも無かった。

 


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