ファンタジー世界を現代兵器チートが行く。   作:トマホーク

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投稿したとばかり思っていたら、投稿していませんでした。
(;´д`)

思いっきり時期がずれましたが、とりあえず。



凄惨なバレンタインデー

事の始まりはフィーネと廊下を歩いていた時の事だった。

 

威圧感を与えるようなキリッとした黒い軍服に身を包んだ親衛隊の女将校が行く手に立ち塞がる。

 

彼女は頬を赤らめ両手を後ろに隠しながら、チラチラと意味ありげな視線を送っている。

 

「か、閣下!!」

 

「ん?クリスティか。どうした?」

 

よく知る相手を前に気楽な態度で応じるカズヤ。

 

その隣では事の成り行きを見守るフィーネが、何かを思い詰めたようにも見える女将校の一挙手一投足に目を配っていた。

 

「あ、あの!!もし宜しかったらなのですが……」

 

いつもとは違い強気なクールビューティーが鳴りを潜め、どこか弱々しく見えるクリスティは躊躇い気味に“それ”をカズヤに差し出す。

 

「これは……」

 

クリスティが後ろ手に隠していたモノ。

 

それはピンク色の包装紙と赤いリボンで綺麗にラッピングされたハート型の箱だった。

 

「その、今日はちょうどバレンタインデーでしたので……」

 

「そうだったのか……いや、嬉しいよ。ありがとう」

 

これまでは自分に全くもって由縁が無かった日であったため意識していなかったが、バレンタインデーにチョコレートを貰うという事実にカズヤは照れくさそうに箱を受け取る。

 

「で、では、私はこれで失礼します!!」

 

「あっ……行っちゃったよ」

 

チョコレートを手渡す事に成功したクリスティは、やり遂げた表情を浮かべながら走ってどこかへ行ってしまった。

 

「カズヤ、バレンタインデーってなんなの?」

 

「あぁ、俺の居た世界での風習みたいなもんだ。簡単に言えば女性が気になる男性に想いを伝えたり、親しい人に親愛を示すためにチョコレートを渡したりするんだよ。確か……」

 

「そうなの、ふーん。想いを……」

 

カズヤの言葉に、手を口に当てて深く考え込むフィーネ。

 

「カズヤ。ごめんなさい、少し急用を思い出したの。これで失礼するわ」

 

「あ、あぁ、そうなのか。じゃあ――って、速ッ!?」

 

そして、急用を思い出したと言ってフィーネは凄まじい速さでカズヤの側から消えたのだった。

 

 

「お疲れ様です、カズヤ様」

 

「あぁ、伊吹」

 

フィーネが居なくなった後、所用を済ませたカズヤが自室に帰ろうと歩いていると伊吹と“偶然”にも廊下で遭遇した。

 

「そう言えば……今日が何の日かご存知ですか?」

 

少しの雑談の後、伊吹がそう切り出す。

 

「あぁ、クリスティに言われて初めて思い出したんだがバレンタインデーだろ」

 

「…………………………クリスティに言われて?初めて思い出した?」

 

ということは、出遅れた!?

 

もう少し早ければ自分がいの一番にチョコレートを手渡す事が出来たと知って伊吹はガクッと肩を落とす。

 

こうなるのであれば、渡すタイミングなど見計うのでは無かったと内心で嘆くも、後の祭りである。

 

「どうかしたのか、伊吹?」

 

「い、いえ。何でもありません。その、私もチョコレートを作ってきましたので宜しければ」

 

そう言って伊吹はシンプルな細長い箱を差し出す。

 

「おぉ、ありがとう。伊吹」

 

「喜んで頂けたようでよかったです」

 

どこか影を背負いつつだが、カズヤにチョコレートを手渡せた伊吹はニコニコと笑っていた。

 

 

「あれ、カレン?どうしたんだ、そんな所で?」

 

伊吹と別れたカズヤは自室の部屋の前をうろうろするカレンを見つけた。

 

「ッ!!い、いつからそこに!?」

 

赤くなって身悶えたり、青くなって蹲ったりと奇行を繰り返していたカレンはカズヤの声を耳にした途端ピキッと硬直し、ギギギッと首を声の方に向けると羞恥心を誤魔化すように叫んだ。

 

「いつからって……今さっきだけど……」

 

「ゴホンッ、ならいいわ」

 

カズヤの答えに安心したように咳払いをするカレンだが、奇行をバッチリ見られていた事には変わりない事に気が付いているのかどうか。

 

恐らくは、そこまで頭が回っていないというのが正解であろう。

 

「実は貴方に渡したいモノがあってね、はい。これ」

 

素っ気なくそう言ってカレンは押し付けるようにカズヤへ四角い箱を手渡す。

 

「なんでも?バレンタインデーという日があると聞いて?ちょうど手元に良さげなチョコレートがあった事だし、貴方にも裾分けして上げようと思って?」

 

何でもない風を装いながら、その慎ましやかな胸の前で人差し指をモジモジと突き合わせるカレン。

 

言葉とは裏腹に頭部のツインドリル――縦ロールの巻き髪が不安気に揺れている。

 

「でも、カレン。これどう見ても手作り――」

 

しかし、気合いと愛情が込められた中身を確認したカズヤによって建前を崩されてしまった。

 

「ここで蓋を開けるんじゃないわよ!!」

 

「ゲフッ!?」

 

「い、いいわね!?それは決して貴方のために私が丹精込めて作ったとかいうんじゃないんだからねッ!!た、たまたまあったモノを渡しただけなんだからッ!!」

 

羞恥心のあまり、カズヤの腹に拳を叩き込んだカレンは箱を死守しつつ崩れ落ちるカズヤにそう言い放った。

 

そして、床に踞るカズヤを放置し真っ赤になりながら逃げ去ったのだった。

 

ナ、ナイスツンデレ。

 

バカな事を考えるカズヤにカレンの一撃はちょうどいいモノだったのかもしれない。

 

 

「カ、カズヤ。少しいいかしら」

 

自室にいたカズヤの元を訪れたのは、急用を思い出したと言ってどこかへ去って行ったはずのフィーネだった。

 

「フィーネ?いいけど、急用はもういいのか?」

 

「えぇ、もう片付けたから大丈夫。それで、その、渡したいモノがあるから私の部屋まで来てくれない?」

 

「分かった」

 

頬を赤らめるフィーネの姿に、ビビッと来たカズヤは期待に胸を膨らませながらフィーネの後に続く。

 

片や恥ずかしそうに俯き、片や嬉しそうに胸を張りながら。

 

桃色の緊張感を漂わせ廊下を移動する2人の姿は端から見て、砂糖を口から吐き出すに事足りるモノであった。

 

「それじゃあ、カズヤは先にリビングに行って待っててくれるかしら」

 

部屋にカズヤをまんまと招き入れたフィーネは冷蔵庫の中にしまってあるチョコレートを取りに行くべくカズヤにそう告げた。

 

「ん、分かった」

 

フィーネに言われるがまま、カズヤはリビングへと繋がる廊下を歩く。

 

そして、リビングへ繋がるドアを開け――

 

「お、ようやく来たね。もう少しでチョコレートが溶け落ちる所だったよ」

 

「カーズーヤ♪早く私を食・べ・て♪」

 

――無かった。

 

そう、決してドアの向こう――リビングの中でチョコレートまみれになっているアミラとリーネの姿など目の当たりになどしていない。

 

「あら?カズヤ、何かあったの?

 

「……」

 

「なに?部屋の中に何か居た――」

 

後からやって来たフィーネに無言で道を譲るカズヤ。

 

カズヤの行動に小首を傾げながらドアを開いたフィーネは室内の光景を見た瞬間、ドアを力強く閉める。

 

「ごめんなさい、カズヤ。また急用が出来ちゃったみたい」

 

フィーネはフゥー、フゥーと荒い息を吐き、わなわなと震えながらそう言った。

 

「それとこれ、バレンタインデーのチョコレート作ったの。急いで作ったからあんまり自信が無いのだけれど、良かったら後で食べてね」

 

「あぁ、ありがとな。嬉しいよ」

「喜んでもらえて嬉しいわ。じゃあ、またね」

 

ぎこちない笑み浮かべるフィーネとカズヤが別れた直後、建物を揺らすようなフィーネの怒声が響き渡ったのは言うまでもない。

 

 

「〜〜♪」

 

ご機嫌な様子で紅茶の準備を進める彼女を眺めつつ、カズヤは生まれたての小鹿のように震えていた。

 

フィーネの部屋を後にし、真っ直ぐ自室へ帰ったはずなのに気がつけば彼女――イリスの部屋に居たのだから。

 

あ、ありのまま今起こった事を話す。

 

俺は自分の部屋へ帰ろうとしていたんだ。

 

だが、自分の部屋の扉を開いたと思ったら、いつの間にかイリスの部屋にいた。

 

な、何を言っているのか分からないと思うが、俺も何が起きたのか分からない。

 

催眠術だとか超スピードだとか、そんなチャチなもんじゃない。

 

もっと恐ろしいものの片鱗を味あわされたんだ……。

 

「お兄さん?どうしたんですか、顔色が悪いですけど……」

 

「い、いや、アハハハッ。何でもないよ」

 

「そうですか?ならいいんですけど」

 

カズヤの内心をよそに準備が整ったのか、イリスが皿に盛られたチョコレートや紅茶が入ったティーカップを机の上に並べていく。

 

「バレンタインデーという風習があると聞いてからお兄さんに私の手作りを食べて欲しくて、前々から準備していたんです。たくさん食べて下さいね♪」

 

「ありがとう。頂くよ」

 

イリスの“手作り”のチョコレート。

 

何がとは言わないが危険度を増したソレ。

 

以前の凄惨な出来事を彷彿とさせるようなチョコレートを食べるべくカズヤは手を伸ばすが(生存)本能が邪魔する。

 

プルプルと震え、空中をさ迷うカズヤの手。

 

「フフッ、お兄さん。大丈夫ですよ?今回は薬なんて入れていないですから」

 

そんなカズヤを見かねたのか、イリスが妖艶な表情を浮かべながら呟いた。

 

「ギクッ!?……い、いや、そんな事は考えてもいない……よ?で、でもまぁ、そうか、そうか。……い、頂きます」

 

イリスの言葉に胸を撫で下ろしたカズヤは、少しだけ安心してチョコレートを口に運ぶ。

 

「うん、おいしい。うん、うん、うまい」

 

チョコレートに異常が無いことを自身の舌で確認したカズヤは、あらぬ疑いを掛けてしまったイリスに謝罪するかのように、3つほど続けざまにチョコレートを口に放り込んだ。

 

「良かった。あ、紅茶も飲んでみて下さい。おいしく淹れられるように練習もしたんですよ」

 

「ズズッ、うん。うまい。紅茶の……紅茶……こう……こ……」

 

得意気に話すイリスに従って紅茶を口にするカズヤ。

 

一口飲んでみれば素直に美味しいと感じる紅茶に頬を綻ばせ、イリスに賛辞の声を送ろうとする。

 

しかし、体を襲った突然の痺れと意識の混濁にカズヤは座っていたソファーの上に倒れてしまう。

 

「イ、イリス?く、く、薬は……入っていないって……」

 

カズヤの霞む視界に映るのは対面のソファーから移動し、自身の眼前でしゃがみ込み、頬に手を当ててワラうイリスの姿。

 

「……フフッ。お兄さんって素直で凄く優しいですよね?」

 

カズヤの問い詰める言葉にイリスは嬉しそうに答える。

 

その顔に浮かぶのは年不相応のゾッとするような色香。

 

見るものを全て魅了するような恐ろしくも美しいモノだった。

 

「今回は(チョコレートに)薬“なんて”入れていないって言ったら、私を信用してすぐに食べてくれるんですから」

 

「知ってますか?お兄さん。お兄さんが最初に食べたチョコレートには私の(ズキューン)が。2つ目には(ドキューン)が。3つ目には(バキューン)が。そして4つ目には(ピー)がタップリ入れてあったんですよ?」

 

「お兄さんがチョコレートを一口食べる度に、お兄さんが私色に染まっていく気がして……興奮のあまり、もう、もう私のここが、こんな風にドロドロになっちゃいました」

 

「あ、紅茶に入っていたのは弱い痺れ薬と強い催淫薬なので安心して下さいね?え、痺れ薬を入れた理由?それは、その、滅茶苦茶にされる前に私もお兄さんの体を感じたいというか……だ、だから、体が痺れている間は私にお任せ下さい。痺れが消えた後は悪戯をしたイケナイ娘をたっぷりと思うがままじっくり折檻して下さい」

 

朧気な意識の中、イリスの言葉が右から左へと通り抜けていく。

 

「なん……で、こ…んな事……を?」

 

虫の息となっているカズヤの口からこぼれ出た最後の言葉にイリスは愉しそうに答える。

 

「お兄さん、こんな格言を知っていますか?『戦争と恋は勝った者が正義』だと」

 

「お兄さんを手に入れられるなら、どんな手段だって合法なんです」

 

「それでなくともお兄さんの周りにはお邪魔虫が多いんですから。並み居る強敵を打ち負かすなら容赦をしてはいけません。取るべき手段が非道だからって悩むなんてもっての他です」

 

「というか、お兄さんも悪いんですよ?使える姉の予備としてしか存在意義の無かった出来損ないに、子を孕むための肉としての利用価値しか見出だされていなかった女に、薬物のように依存性のある愛情を与え、しかも暗く閉ざされた世界から全てが光輝く素敵な世界へと連れ出してしまったんですから。責任はしっかり取ってもらいます」

 

「それにほら、常識や外聞を捨てたからこそ、こうして私はお兄さんを手に入れられているんです」

 

「ッ、ちょっと我慢が出来なくなってきました。そろそろ始めましょうか、お・に・い・さ・ん♪」

 

真っ白な肌が視界一杯に広がるのを認識したのが、カズヤにとって最後となる視覚情報であった。

 

 

 

「た、大変な目にあった……」

 

ヨロヨロと廊下を歩くカズヤの頬は痩せ痩け、まるで生気を抜き取られたミイラのようだった。

 

「ご、ご主人様!?一体どうしたのですか!?まるで重病人ですよ!?」

 

「千歳……か?」

 

廊下を歩くミイラモドキに千歳が慌てて駆け寄る。

 

「さ、私の肩に掴まって下さい」

 

「す、済まない……」

 

「とりあえず、ご主人様の部屋へ」

 

偶然にも衰弱したカズヤを発見した千歳は慌てつつも的確に対処を行い、カズヤに肩を貸しながら安静に出来る場所を目指す。

 

「さ、こちらに横になって下さい」

 

目的地へと到着した千歳はカズヤを寝室へ運び、ひょいとカズヤを抱き上げベッドに横たえる。

 

「ご主人様、何があったのかは後でお聞きします。ですから今はこれを食べ、お休み下さい」

 

そう告げ、千歳がカズヤの口に放り込んだのはバレンタインデー用に自分で用意した手作りのチョコレートだった。

 

「……甘い」

 

「こういう時にこそ、甘い物がよく効きます。準備しておいて良かったです」

 

「悪いな……」

 

「いえ、今はゆっくりとお休み下さい。私はご主人様のお側に居りますから」

 

ずっと。そう続いた慈愛の籠った千歳の言葉にカズヤの意識はすぐに闇に落ちていった。

 

自身の手を優しく握ってくれている千歳の存在――献身的な唯一無二の女性に全てを委ねつつ。

 

―――

――

 

フッとカズヤの視界が開ける。

 

「〜〜ッ!!はち……回め……ふぅ……はぁ、はぁ、んんっ、あ、気が付きましたか?お兄さん。さっき気を失ってしまったようでしたけど。んふっ、意識があるなら一緒に愉しみましょう?」

 

悪夢は続く。

 

どこまでも。

 


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