ファンタジー世界を現代兵器チートが行く。   作:トマホーク

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千歳がミカエルの首を斬り飛ばし、帝都攻略戦の初日に一先ずの区切りが付けられたのと同時刻。

 

「あーあ、やられちゃったよ。結構いい出来だと思ってたんだけどな〜……ま、言ってもアンヘルの素体はローウェン教教会から口減らしに入手した役立たずの信徒や帝都で投げ売りされていた醜女の奴隷とかだったし、元々の能力値が低い事を考えればこんなもんかな……いや、貴重なデータが取れた事を考えれば上出来か」

 

隣接しているローウェン教教会の大聖堂と共に常時展開されている強力な魔力障壁のお陰で砲撃や空爆の被害を受ずにすみ、建造物としての形を保つ事が出来ている宮殿の一室――豪華絢爛な客室から陰気極まる実験室へと変貌したそこで自作した鏡台型の魔導具を通して千歳とミカエル達の戦いを椅子の上でふんぞり返りながら眺めていたレンヤはアンヘルの全滅という事実を前にあっけらかんとした様子でそう呟いた。

 

「今後の課題としては再生能力の再生速度だな。再生能力があっても瞬時に再生出来ないと意味が無い事が今回はっきりしたし……となると俺の理想を実現するには仮初めの肉体と核となる魂を固定しておく器――それも絶対に破られない器がいるな。太田の奴に聞いた限りじゃ現代兵器における最大威力の爆弾が50メガトンらしいから余裕を見て70〜80メガトンの爆発に耐えられる器を作ればいいか。素体はこのチートボディを使用するから問題なしとして」

 

開いていた魔導書の頁からミカエルの項目がスゥーっと消え失せていくのを見届け、パタンと魔導書を閉じたレンヤは思案顔でブツブツと独り言を漏らし、今後の方針を頭の中で組み立てていく。

 

「そうだ。素体と言えば……千歳とか言ったかこの女。バカみたいに強いこの女を元にしたらいいモノが作れ――」

 

「あら、また悪巧み?」

 

「ッ!?」

 

「フフフッ、おバカさん♪」

 

鏡台型の魔導具に映る千歳の姿を上から下まで舐め回すように眺めていたレンヤの背後にいつの間にか忍び寄っていたマリーがクスクスと恐ろしげな笑いを溢しながらバッと振り返ったレンヤの頬に人差し指を突き刺す。

 

「……だから、こういう悪ふざけは止めろって言っているだろう」

 

恒例と化したマリーの悪ふざけにレンヤはガックリと肩を落とし、疲れたようにそう言った。

 

「そんな事より、この娘に手を出すのはダメよ?」

 

「何で?」

 

そんな事という一言で抗議をスルーされてしまった事については最早諦観しつつ、マリーの真剣味を帯びた忠告に問いを返すレンヤ。

 

「私の獲物だもの。それにこの娘は生け捕りにしてカズヤの目の前で汚ならしい男達に穢させるの」

 

「……」

 

「愛する者が目の前で穢される様を目の当たりにして絶望に打ちひしがれるカズヤの顔……あぁ……想像するだけでゾクゾクしちゃう」

 

「……相変わらず悪趣味だな」

 

興奮を抑えきれぬとばかりに自分の体をギュッと抱き締め、光悦とした表情で身震いするマリーの姿にレンヤはドン引きしていた。

 

「何よ。魂を弄くり回して人でも妖魔でも獣人でもない気持ちの悪い“人形”を作った上に、その人形相手に散々腰を振っていた貴方には言われたくないわ」

 

「ッ!?う、うるさい!!」

 

「あら、適当に言ったのだけれど図星だったの?」

 

「グッ……無駄話はここまでだ。もうすぐ出発だが、準備は出来ているんだろうな」

 

思わぬ反撃を食らい言葉に詰まってしまったレンヤは取って付けたように話を強引にすり替える。

 

「えぇ、もちろん。でも本当に帝国を捨てるつもり?貴方が居なくなったら今の帝国は終わりよ?北方の辺境を除いて国土の大半はパラベラムによって悉く灰にされているのだし」

 

「あぁ、分かってる。だがこの国は使えるだけ使ったし、もう使い道がないからな。……なんだ帝国に愛着でもあったのか?」

 

「愛着なんてあるわけがないでしょう。ただ帝国と人ならざる者達の長きに渡る戦争がまさか帝国の敗北で終わるなんてね……と思っただけよ」

 

「フン。パラベラムのやつらがこの世界に来なければ勝っていたのは俺達だ。……だが、まぁ神の言葉を書き記した神聖な聖書とやらの文言を時の権力者の都合で書き換えて生存圏の拡大を図った愚か者の子孫共には相応しい末路だろうさ」

 

「フフッ、それもそうね」

 

身の丈に合わない野望を抱き、結果として帝国を滅亡へと導いた現皇帝やその下地を作ってしまった歴代の皇帝の事を嘲笑いながらレンヤとマリーは宮殿の奥へと姿を消したのであった。

 

 

「「「「……」」」」

 

妖精の里での戦闘を経た事でめっきりとその数を減らし、もはや小隊規模の数しか残っていないロスト・スコードロンの敗残兵達――人間との混血として生を受け凄惨な人生を歩んできた妖魔や獣人の面々が詰めるその寂れた部屋の中は痛いまでの静寂に包まれていた。

 

「戦わずに……むざむざ敵に投降せよと?そんな……そんな命令納得出来ません!!」

 

隊長と慕う者の口から発せられた驚きの命令を耳にした事で、下を向きブルブルと肩を震わせていた獣人の負傷兵がバッと顔を上げ、感情の赴くまま振り上げた拳でバンッと木製の机を叩き割り静寂を破る。

 

「そうだそうだ!!」

 

「我々も隊長と共に最後まで戦い抜きます!!」

 

「ここで投降するなど獣人の名折れです!!」

 

「帝国の為などでは無く、貴方の為に死なせて下さい!!」

 

「……」

 

それを合図にしたように次々と噴出する抗議の声に仮面の男は沈黙を守っていた。

 

だが、興奮した面持ちで獣耳や尻尾等を動かしながら口々に騒ぎ立てる兵達の勢いが僅かに衰えた隙を見計らい仮面の男は重々しく口を開く。

 

「もう一度だけ言う。貴様らはパラベラム軍に投降しろ」

 

「何故ですか!!我々はまだ戦――」

 

「片腕を失ったお前のまだ戦えるなんていう妄言は聞かんぞ。それに周りを見ろ、動くのもやっとな負傷兵だらけだ」

 

最初に静寂を破った兵士の言葉を途中で遮り、幼子に言い聞かせるような口調で、しかしバッサリと無慈悲に切り捨てる仮面の男。

 

「ぐっ……で、ですが――」

 

「加えて言えばロスト・スコードロンは最早100にも満たない数しかいないんだ。これでどうやって戦うつもりなんだ」

 

図星を突かれて一瞬口ごもる兵士が何とか言い縋ろうとするが、再びバッサリと切り捨てられ口惜しそうに歯を食い縛る。

 

周りにいた仲間達も仮面の男の正論に反論出来ず萎れた花のように頭を垂れるが、諦めきれないのか時折顔を上げてはチラチラと仮面の男の事をいじらしげに伺い見ていた。

 

「……それでも、それでも私は死に怯え徐々に朽ちていくしかなかったあのゴミの掃き溜めの中から拾い上げてくれた貴方と最後まで在りたいのです!!」

 

「……」

 

だから置いていかないで。と最後に震える声でそう漏らし嗚咽を堪える兵士の姿を見て、仮面の男はおぼろげな記憶の中に残る人物の姿と兵士の姿を無意識の内に重ね合わせ、人知れず拳を硬く握り締めていた。

 

「「「「……」」」」

 

「……分かった」

 

嗚咽を堪える声だけが響く部屋の中で、揃いも揃って捨てられた子犬のような眼差しで見詰めてくる部下達の視線から逃れるように背を向けた仮面の男はそう言った。

「で、では!!」

 

「本音を話そう。お前達はもう用済みだ」

 

垂れていた耳と尻尾をピンッと伸ばし、パァっと顔を輝かせた部下の期待を仮面の男は残酷なまでに打ち砕く。

 

「「「「……」」」」

 

背後で部下達が凍り付いているのを感じながら、仮面の男は淡々と言葉を続けた。

 

「人間の奴隷よりは使えるかと思って使ってみたが、結果はこの有り様。しかも処分を兼ねて敵の手間を増やしてやろうと投降を命じれば自分本意な願望を優先して命令に従わない上、役立たずの分際で戦場に付いて来て足を引っ張ろうとする。ちょっと優しくしたら簡単に忠誠心を抱いてくれるのは助かったが、全く……バカな人モドキなんか部下にするもんじゃない」

 

「そん……な……嘘……ですよね?隊長」

 

「何故わざわざ貴様らに嘘をつかないといけないんだ?使えない駒に用は無い。さっさとここから出ていけ」

 

最後まで部下達の方を見る事なく仮面の男は感情の無い冷たい声でそう言い放った。

 

「「「「……」」」」

 

数瞬の間の後、引き摺るような足音だけが響く。

 

そして、部屋の扉が閉まる音が聞こえた直後、部屋の外から元部下達の悲嘆に満ちた慟哭が仮面の男の耳に届いた。

 

「……はぁ……」

 

「隊長、不器用にも程があります」

 

「ッ!?」

 

1人っきりなったと思い込み、ため息を吐きながら仮面を外そうとしていた仮面の男は突然掛けられた言葉に驚き、ピースメーカー――M1873回転式拳銃を召喚し、それを構えつつバッと後ろを振り返る。

 

「何故ここに残っている、モンタナ」

 

仮面の男は部屋の中に残っていた人物――ダークエルフのハーフであり、ロスト・スコードロンでは副官であったモンタナにピースメーカーの銃口と剣呑な視線を向けながら問い掛けた。

 

「貴方の傍が私の居場所ですから」

 

その問い掛けに対しモンタナは笑みを浮かべながら想いを込めた言葉を――まるでプロポーズの言葉を臆面もなく吐き出した。

 

「……ふざけた事を言ってないで早く出ていけ」

 

モンタナの返答に毒気を抜かれた仮面の男は構えていたピースメーカーを消しながら端的にそう告げると、しっしっと手を振りモンタナから視線を外す。

 

「ふざけた事を言っているのは隊長の方ですよ?」

 

「何を――ッ!?

 

だが、先程のプロポーズ染みた返答から一転し明らかに怒りの感情を含んだモンタナの返答に眉をひそめた仮面の男が視線を戻すとそこに彼女の姿は無く。

 

再び仮面の男がモンタナの姿を捉えた時には固い床の上に押し倒されマウントポジションを取られた後であった。

 

「最初に言っておきますが、何を言われようと私は隊長の傍を離れるつもりは毛頭ありません」

 

「……勝手な事を」

 

モンタナの宣言に仮面の男は嫌悪感たっぷりの言葉をポツリと漏らし、拘束から逃れようと身を捩る。

 

「次に。皆を無駄死にさせたく無いのは分かりますが、もう少し言い方というモノがあると思います」

 

「……無駄死に?お前は何を聞いていた。俺は役立たずのお前達を最大限に利用して――」

 

「隊長が本心からあんな事を言う様な方でない事など、とうに分かっています」

 

「……お前に俺の何が分かる」

 

自分の意見が絶対であると信じて疑わないモンタナの言葉に対し、仮面の男は小馬鹿にするようにそう吐き捨てた。

 

「正直に言いますと何も分かりません。……でもずっと貴方を見てきました。出会ってからずっと今の今まで。そのお陰で分かった事があります」

 

そう言いながらモンタナは仮面の男に顔を近付け、仮面の下に潜む男の瞳を至近距離から覗き込む。

 

「……」

 

「隊長、貴方は何を恐れているんですか?私を通して一体誰を見ているんですか?

 

「……」

 

「答えてくれなくてもいいです。でも……私は貴方に救ってもらったんです!!他の誰でもない貴方に!!この穢れきった体と魂を!!」

 

ばつが悪そうに沈黙する男の瞳を自身の鋭い視線で貫きながらモンタナは自身の思いの丈を叫ぶ。

 

「そんな貴方の傍を離れるなんてありえない!!私は何があろうと貴方に付いていきます!!」

 

「――ふざけるな!!ここからは俺の戦いだ……“俺の”戦争だ!!誰にも邪魔はさせん!!」

 

モンタナが語った熱い想いが部屋の中に浸透した直後。

 

一瞬で体勢を入れ替え、今度は上になった仮面の男がモンタナの襟首を掴み上げながら自身の内に潜む激情のままに叫んだ。

 

「……あぁ、そうだったんですね……」

 

そのあまりの気迫に一瞬息を飲んだモンタナだったが、すぐに小さく息を吐くと悲しげな表情で苦笑し仮面の男の背に腕を回す。

 

「貴方はずっと……ずっと1人で戦ってきたんですね」

 

「……ッ」

 

モンタナに抱き締められた仮面の男は怯えたようにビクッと体を跳ねさせるが、それ以上の抵抗はせずモンタナの抱擁から逃れる事はなかった。

 

「大丈夫です。これからは私が貴方と共に在ります。例え死が私達を分かとうとも。永遠に」

 

「……地獄行きの道だぞ。それでも付いてくるのか?」

 

長い沈黙の後、観念したように仮面の男の口から力なく溢れ出た言葉を耳にしたモンタナは輝くような満面の笑みを見せる。

 

「えぇ!!貴方と共に居られるのであれば例えそこが地獄であろうと、私にとっては天国ですから」

 

「……あぁ、そうだ。お前は“毎回”そうだったな」

 

「?」

 

僅かな間をおいて、古い記憶を突然思い出したかのようにナニかを懐かしむ仮面の男の様子にモンタナは置いてきぼりを食らい困惑していた。

 

「そこまで言うのなら分かった。連れて行ってやる。だが、俺の命令には必ず従え。例えそれがどんな命令であったとしても」

 

「勿論です。私が隊長の命令に逆らう事なんてありえません」

 

「……」

 

「何か?」

 

「……何でもない」

 

お前の舌はどんな二枚舌だ。と言いたげ表情でモンタナにジト目を向けた仮面の男は立ち上がるとモンタナに手を差し出す。

 

そして、モンタナが差し出された手をしっかりと取り、立ち上がると男は仮面の下で人知れず笑みを浮かべるのであった。


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