降りしきる雨の中をカズヤがミーシャの肩を支え、二人三脚でゆっくりと歩いていた。
「よっこら……せっと。ふぅ……」
「っ……申し訳ありません……カズヤ様もお怪我をなされているというのにお手を煩わせてしまい」
「あぁ、そんな事は気にしなくていい。さてと、ヘリから使える物を持ってくるか」
右足を辛そうに引き摺るミーシャを支え岩影に連れて行きソッと優しく地面に腰掛けさせるとカズヤはすぐに踵を返しプレジデントホークから使える物を取ってこようとする。
「えっ!?わ、私が行きますか――っう!!」
カズヤの言葉に驚いたようにバッと顔を上げ立ち上がろうとしたミーシャだったが右足に走った激痛のせいで立ち上がる事が出来ずに座り込んでしまった。
「ミーシャ……いいから大人しく待っていろ、分かったな?」
「はい……申し訳ありません……」
カズヤの諭すような、それでいて強制力を持つ声にミーシャは落ち込んだように肩を落とし硬い地面に座り直した。
「じゃあ行って――」
「待って…カズヤ……さむ…いの…早く、こっちに来て……」
プレジデントホークから何か使える物を取ってこようとしたカズヤをフィーネが呼び止めた。
「えっ、あぁ、分かった。すぐに戻って来るから少しだけ我慢してくれ」
どこかぼんやりとした表情で寒さを訴え、何かを求めるようにこちらに向けて手を伸ばしているフィーネ。
そんなフィーネの姿にカズヤは雨に濡れたせいで凍えているのだと思い痛む体に鞭を打ち岩影から出て雨に打たれながら急ぎ足でプレジデントホークの元に向かった。
……また、行っちゃった……早く……早く、カズヤ……貴方の――。
雨に濡れたせいで凍えていたのではなく、ただ単にカズヤの温もりを欲していたフィーネはまた遠ざかっていくカズヤの後ろ姿に深い絶望を感じていた。
「っと、イテテ……畜生」
激しさを増す豪雨の中を進みプレジデントホークの元に辿り着いたカズヤは横倒しになっているプレジデントホークによじ登り吹き飛んでどこかへ行ってしまった側面ドアのあった場所から機内に侵入した。
「確か座席の下に緊急用のサバイバルキットかなんかがあったはずだよな……おっ、ビンゴ!!」
特別に頑丈に作られていたにも関わらず墜落時の衝撃でめちゃくちゃになっている機内でカズヤは各座席の下に常備されているサバイバルキットを次々と引っ張り出した。
「うん?なんだこれ……」
蓋代わりの座席のシートをパカッと開きサバイバルキットを取り出していたカズヤは自身が座っていた座席の下にあったサバイバルキットの更に下にまるで隠すように入れられていた緑色の液体が入った小瓶を見つけた。
……誰が入れたんだこれ?というよりなんだこれ?
小瓶を揺らしチャプチャプと音を立てる緑色の液体をまじまじと眺め、首を捻っていたカズヤの疑問は瓶に張り付けられていた小さい紙によって解かれた。
「うん?なになに……どんな怪我にも良く効く(カズヤ様専用の)魔法薬です。万が一の事があればこれをお使い下さい。カズヤ様の忠実なる雌奴隷セリシアより……使用上の注意。カズヤ様専用の魔法薬のためカズヤ様以外の人が使っても効果はありません」
………………あいつ、これをどうやってここに入れたんだ?まぁいい何にせよありがたい。
セリシアの手によって、いつの間にかこっそりと機内に忍び込ませられていた魔法薬に頭を悩ませながらもカズヤは好都合だとばかりに魔法薬を使うことにした。
「ふぅ……やるか……。――グッ!!イデデッ!!クッソ痛ェ!!」
用法を確かめ魔法薬を使う前にカズヤはまず脇腹に刺さっていた細長い鉄片を両手でしっかりと握り一思いに一気に引き抜く。
グジュリという音と共に引き抜かれた鉄片を投げ捨てたカズヤは魔法薬の半分程を傷口に直接ぶちまけた。
「ぐうっ……はぁはぁ、んむっ、ゴクッゴクッ……ぷはぁー……にげぇ」
そして残りの魔法薬を全て飲み干し魔法薬の余りの苦さに顔を思いっきりしかめた。
「あぁクソ、痛かった……」
手荒な処置を終えて一息ついたカズヤは改めて傷口を見てみた。
効果抜群だな……。これだったら激しく動いたりしない限り大丈夫そうだ。
魔法薬の効果が早速表れたのか脇腹の傷は完全にではないものの既に塞がり始めていた。
っと、早く戻らないとな。
傷の応急処置を終えカズヤはサバイバルキットの他にも武器や使い物になりそうな物をかき集めるとそれらを抱えフィーネとミーシャの待つ岩影に急いで戻った。
――――――――――――
荒れてきたな……。
鳴りやまない雷やザァザァと叩き付けるような激しい雨、それにくわえて吹き荒れる冷たい暴風をカズヤ達3人は寄り添いながら岩影の下で小さな焚き火を囲み暖を取っていた。
3人はびしょびしょになっていた濡れた服を全て脱ぎ焚き火で乾かしている間、カズヤがプレジデントホークから取ってきたサバイバルキットの中に入っていた銀色の保温シートを被り嵐が止むのをただじっと待っていた。
この嵐だ。敵もすぐにはやって来ないだろうが……早いとこ移動しないとな魔物共のこともあるし。
先のことを考えながらカズヤは視線を下に向けた。
「ん……カズヤぁ……」
カズヤの膝の上には安心しきった顔でスヤスヤと寝息をたてゴニョゴニョと寝言を洩らすフィーネがいた。
なんだか……子猫みたいだな。
以前のフィーネからは到底考えられない無防備な姿を晒しカズヤに体を預けるようにして寝ているフィーネ。
その寝顔を見て苦笑しながらカズヤはフィーネのサラサラとした手触りのいい長い赤毛の髪を撫でていた。
……急に態度が変わったのはやっぱり完全治癒能力の副作用なんだろうか?
名前もローザングルは止めてフィーネって呼べって言ってたし。
ずっと素っ気なかった猫が急にすりよって来たようなそんなフィーネの様子にカズヤが完全治癒能力の使用について制限をつけるか否か。と悩んでいた時だった。
「……カズヤ様、これからいかがいたしましょう?」
保温シート越しにピッタリと体をくっ付けカズヤの肩に頭を乗せ、まるで恋人のように寄り添うミーシャが暗い顔で言った。
「とりあえず雨が止んだら移動だな。で、どこか安全な場所を見つけて救助を待つ。幸いにして水も食料も確保出来ているし武器の類も大量にあるから帝国軍や魔物が来ても多少は大丈夫だろう」
そう言ってカズヤは自身がプレジデントホークから取ってきた武器に視線を送った。
まず俺の軍刀が1本、フィーネの直刀――片刃のロングソードが1本、サバイバルナイフ5本、コンバットナイフ2本。
それにM320グレネードランチャーが1丁。弾は高性能炸薬弾、多目的榴弾、空中炸裂弾、散弾、照明弾、催涙弾、発煙弾(煙幕展開用)が各3発の計21発。
MP7が2丁の予備マガジンが4つ。Five-seveNが2丁と予備マガジンが4つ。ブローニング・ハイパワーが1丁の予備マガジンが3つ。
これだけ回収出来たら御の字だな。
プレジデントホークに常備されていた武器やカズヤ達が所持していた武器の半分以下でしかないが、ある程度の武器装備品を回収出来たことにカズヤは安堵の息を吐いていた。
「敵より早く味方が来てくれますでしょうか」
「敵より先に味方が来てくれるよう願うしかないな。……そろそろミーシャも寝ておけ」
「いえ、私が起きていますからカズヤ様こそ――」
「いいから先に寝ろ」
「……分かりました」
カズヤの命令に渋々といった様子で従ったミーシャはカズヤの肩に頭を乗せたまま大人しく瞼を閉じると疲れていたせいかすぐに規則正しい寝息をたてはじめた。
「……しまった……動けん」
フィーネとミーシャに挟まれて座っていたカズヤはミーシャが寝た後に身動きがとれなくなってしまったことに気が付き途方に暮れていた。
――――――――――――
まだ曇ってはいるが昨日の嵐とは比べ物にならないほど穏やかな空が広がっている。
「ん……朝?っ!!朝!?」
ピチャッ……ピチャッ……という滴の滴り落ちる水音でミーシャは目を覚ました。
「も、申し訳ありません!!カズヤ……様?あれ……?――っ!?カズヤ様!?」
あろうことかカズヤと寝ずの番を代わることを忘れ朝までぐっすりと眠っていてしまったミーシャは眠る前には確かに隣にいたはずのカズヤの姿が無いことに顔を青くした。
「そんなまさかっ!?」
カズヤがどこかに行ってしまったのではないかと思ったミーシャは保温シートをバサッと脱ぎ捨て慌てて立ち上がった。
「っう!!忘れてた……!!――でも!!」
右足が折れていたことを忘れていたミーシャは立ち上がる途中に走った激痛のせいで崩れ落ちるように地面に倒れてしまう。
「カズヤ様を――」
だがミーシャはすぐに起き上がり岩に手を掛けて支えにすると右足を引き摺りつつもカズヤを探しに行こうと前に進み始めた。
「呼んだか?」
「えっ?」
しかしミーシャの必死の思いを嘲笑うかのように土埃にまみれたカズヤがミーシャの前に姿を現した。
「よ、良かった……。まさか、カズヤ様がどこかへ行ってしまったのかと。……どちらへ行かれていたのですか?」
「ちょっとな……」
墜落時に死亡した3人の埋葬を1人でしていたとは言わずにカズヤは言葉を濁した。
「それより……ミーシャ何か着てくれ……その……なんだ……目に毒だ」
カズヤの無事な姿を見て安心して胸を撫で下ろすミーシャを前にカズヤは気まずそうにそっぽを向きつつ頬を掻きながら言った。
「えっ?――――キャア!!す、すいません!!」
保温シートを脱ぎ捨ててしまい全裸になっていたことを忘れていたミーシャは顔を真っ赤に染め上げ胸や秘部を手で隠した。
だが慌てて豊満な胸を手で隠したためか手に押さえ込まれた柔らかそうな胸がいやらしくムニュムニュと形を変える。
そのことに羞恥心を刺激され更にミーシャが顔を赤くしている時だった。
「うぅん……。なんだ騒がしい」
ミーシャの悲鳴で目覚めたフィーネが目を擦りながら起きてきた。
「あぁーっと、フィーネも何か着てくれ」
「? ―――ッ!!」
こちらも寝惚けているせいなのか自身が何も着ていないことを忘れ、保温シートを脱ぎ捨てていたため張りのある突き出した挑発的な美乳と何も生えていない秘部を露にしたままカズヤの前に出てきた。
「……………………き、記憶を失えええぇぇぇーー!!」
カズヤに言われて自分が全裸だということにようやく気が付いたフィーネは沸騰したヤカンのように顔を赤く染め拳を握り締めプルプルと全身を震わせた後カズヤに襲い掛かった。
「アイタタタ……。怪我が悪化したらどうするんだ」
移動するために持てる限りの武器装備品を背負い頬っぺたに真っ赤な紅葉を付けたカズヤは未だに耳まで真っ赤にしているフィーネに抗議の声をあげた。
「フンッ!!私の裸を見たのにそれだけで済ませてやったんだありがたく思え!!」
カズヤの方を一切見ずにフィーネは恥ずかしさを誤魔化すように強い口調で言った。
「だから見たのは悪かったって」
「フンッ!!」
カズヤの謝罪に耳を貸すこともなくフィーネはソッポを向いたままだった。
はぁ〜こりゃしばらくの間、機嫌は直りそうにないな。というか以前の態度に戻ってるな昨日の甘え具合がまるで嘘のようだ。
……完全治癒能力の副作用が消えたのかな?考えても分からんが。
「カズヤ様、そろそろ」
「ふぅ……そうだな出発するぞ」
ミーシャに言われてフィーネの機嫌を直すことを諦めたカズヤはそう言うと歩き始めた。
……必ず戻って来るからな。
歩けないミーシャを背負うフィーネの隣を歩きつつカズヤは墜落したプレジデントホークの側に埋葬した3人にそう誓いその場を後にした。