グローリアの城に乗り込んだデルタフォースが最重要目標の渡り人を失い、しかも退路を断たれ孤立したという最悪の知らせは瞬く間に全軍を駆け巡った。
「デルタより緊急入電!!至急、回収部隊を寄越して欲しいと言ってます!!」
「司令部より入電。直ちに部隊を城に向かわせデルタを回収せよとのことです」
「そうか……。よし第1大隊をデルタの回収に向かわせろ。第2、第3大隊は引き続き橋頭堡の確保に専念だ」
「「「了解!!」」」
デルタからの要請と司令部からの指示を受けた連隊本部から命令が下ると第75レンジャー連隊の兵士達が一斉に動き出す。
「ジーク、やっぱりマズイ事になったな」
「ルーフェか……あぁ、お前の予想が当たったようだ」
出撃命令が下り慌ただしく動き出した第1大隊の中で、上陸前に話していたことが現実となってしまったことにジーク・ブレッド軍曹と同期のルーフェ・ワックス軍曹が暗い顔で話し合っていた。
「そこの2人、早く乗れ!!」
「「ハッ!!」」
「それじゃまた後でな、ジーク。死ぬなよ」
「分かってる。お前もな」
「あぁ」
上官に急かされたジークとルーフェ軍曹は会話を打ち切り最後に拳を突き合わせると笑顔で別れ、別々のM1151装甲強化型ハンヴィーに乗り込んだ。
「全員、乗ったか?」
「ハッ、第1大隊全員乗車完了しました」
「よし……出発!!」
第1大隊の兵士達がハンヴィーやM939カーゴトラック――荷台の骨組みに幌ではなく厚さ5ミリの鉄板とセラミックプレートを重ね合わせて作られたガンポート(銃眼)付き装甲板を取り付け、更に運転席の屋根に銃架を設置しM2重機関銃を二挺搭載したガントラックに乗り込むと、敵地の真っ只中に孤立したデルタを回収するために車輌の群れが動き出す。
「総員気を付け、敬礼っ!!」
「「「「ッ!!」」」」
まっすぐ一列に車列を組んでグローリアの市街地に続々と侵入していく第1大隊を砂浜に残された第2、第3大隊の兵士達が敬礼で見送った。
「……敵だらけだな」
ジーク達が白亜の市街地に入り込むとそこかしこの曲がり角や路地から帝国軍兵士とおぼしき怪しい影が第1大隊の車列を監視していた。
「軍曹!!あいつら撃ってもいいですか!?」
追加装甲の防弾ガラスと分厚い装甲板に守られた上部銃座でM2重機関銃を構えるグラマン上等兵がジークに射撃許可を求めた。
「駄目だ、敵だと思うがここの住人という可能性が捨てきれない」
「しかし!!」
「諦めろ。何かしてこない限り民間人への発砲はご法度だぞ」
「……了解」
口惜しそうに返事を返し黙り込んだグラマン上等兵を他所にジークは視線を空に向けた。
このまますんなりと城まで行ければいいが。
……無理だろうな。
制空権を奪回するべく上空で起きている空中戦――F/A-18E/FスーパーホーネットやF-35CライトニングII、F-14トムキャットによる竜騎士の蹂躙劇を眺めながら自身の楽観的な思考を否定したジークは助手席の窓からSCAR-Hを突き出し、いつでも撃てるように構えた。
そして、いつまでも付き纏う怪しい影や嵐の前のような不気味な静けさに第1大隊の兵士達が神経を磨り減らしながら、城まで約20キロの道のりを半分程進み大きな十字路に入った時だった。
「うおっ!?」
ジークの乗るハンヴィーの進路を阻むように突然、分厚く大きな壁が出現した。
「ッ!?危ないっ!!」
ハンドルを握るリッツ・カールトン二等兵が咄嗟に急ブレーキを掛けて停車した事でジーク達のハンヴィーは壁への激突を寸前の所で免れた。
「な、何だこれはっ!!」
「てっ、敵襲ーッ!!そこらじゅう敵だらけです!」
激突は免れたものの、まるで意思を持った生物のように地面からせり上がってきた壁により車列が真っ二つに分断されてしまった事にジークが慌てているとグラマン上等兵の鋭い声が響き、次いでダダダダダッとM2重機関銃の銃声がこだました。
「クソッタレ、待ち伏せかっ!!――左折、左折しろ!!左折だ!!」
十字路に面した建物の窓という窓から敵が顔を出し銃弾や魔法、矢を放ってくる危険な状況にジークはSCAR-Hで反撃しながら咄嗟に判断を下す。
「えっ!?し、しかし軍曹!!壁の向こうの味方は助けなくていいのですか!?」
だが、ジークの命令を聞いたカールトン二等兵は壁の向こうで集中砲火を浴び窮地に陥っている仲間を見捨ててしまっていいのかと悩み動こうとしない。
「前の奴等はもう手遅れだ!!いいから行け!!このままここにいたら俺達も蜂の巣にされるぞ!!さっさと行け!!出せ!!」
壁の向こうから連続して聞こえる爆発音や断末魔、そして魔導兵器が動く際に発生するガシャン、ガシャンという特徴的な足音にジークは仲間の、すぐ目の前のハンヴィーに乗っていたルーフェ軍曹の救出を断腸の思いで諦め、この場から離れて態勢を立て直す事を選んだ。
「りょ、了解!!」
鬼の形相で敵に向かって6.8×43mm SPC弾をばらまくジークに怒鳴られ、そして防弾仕様のフロントガラスに敵の銃弾がめり込んだ瞬間、運転手は何度も頷きハンドルを大きく切ってアクセルを思い切り強く踏み込む。
「こちらブレッド軍曹!!後ろの車輌は付いて来い!!このクソッタレな場所から離れるぞ!!」
『『『『了解!!』』』』
ジークの乗るハンヴィーの後輪がギュルギュルと高速で回りだし、砂埃を巻き上げながら脱兎の如く動き出すと、その後ろに続いていた車輌が必死に追随する。
「うわっ!?間一髪!!」
ジークの先導によって車列が十字路から脱出した瞬間、獲物を蹂躙し喰らい尽くした数体の魔導兵器が破壊した車輌の残骸を押し退け壁を突き破り十字路に出てきた。
「あっぶねぇ!!あのままあそこに居たら俺達も死んでたぞ!?」
「ブレッド軍曹さまさまだな!!」
車列の最後尾を走るハンヴィーの車内では兵士達がジークの咄嗟の判断に感謝していたのだった。
「軍曹!!どっちに行けば!?」
「とりあえず次の曲がり角を右折して直進しろ!!」
パラベラムへの亡命を希望していた渡り人が設計から製造まで携わり帝国軍に新たに配備された2種類の新式銃――以前から使用されていたマスケット銃よりも威力や射程距離、命中精度、連射能力で優れミニエー弾と呼ばれる独特の弾薬を使用するミニエー銃と使用者の魔力を圧縮しエネルギー弾として撃ち出す魔銃――の弾が雨あられと降り注ぐ中、ジーク達は手当たり次第に撃ちまくり必死に前へ前へと進んでいた。
「りょ、了解!!――うわっ!?」
「くっ!?またかっ!!」
だが、走り出したハンヴィーの先で待ち構えていた帝国軍の魔法使い達が、キルゾーンから逃げ出したジーク達の足を止め仕留めるべく再び壁を作り出す。
「止まるな!!突っ込め!!」
「軍曹!?う、うわああああぁぁぁぁーー!!」
止まれば死。
それが分かっているジークは壁の出現と同時に思わずブレーキを踏もうとしたカールトン二等兵の足を蹴り退け、自身の足でアクセルを踏み込み猛スピードで形成途中の壁に突っ込んだ。
「グオッ!!」
「ぬわっ!?」
ゴゴゴゴッと地面からせりあがってきていた壁にぶつかった瞬間、ハンヴィーに凄まじい衝撃が走る。
「――離すぞ!!走り続けろよ!!」
「りょ、了解ぃぃーー!!」
強引に壁を突き破り抜けた先にも相変わらず敵がウジャウジャと待ち伏せていたため、ジークは自身の足をアクセルペダルから退けつつカールトン二等兵に指示を飛ばし反撃に専念する。
チィ、最悪の状況だな!!
ジークが疾走するハンヴィーの車内から反撃しつつ敵の姿を確認すると、あろうことか帝国軍の兵士以外にもグローリアの住人達や冒険者といった不正規兵達が車列に向かって攻撃を加えていた。
「街から出ていけ!!」
「くたばれ、侵略者共!!」
「亜人と手を組む蛮族に死を!!」
「神の教えに背く愚か者共に正義の鉄槌を!!」
「異教徒は殺せ!!」
帝国の副都市なだけあってグローリアにはローウェン教の敬虔な信徒が多かった。
そのため、ローウェン教の教えに従わない異教徒――パラベラムの兵に対して容赦の無い攻撃が信徒によって行われていた。
「神よ、我に力を。神よ、我に敵を打ち払う力を。異教徒に正義の鉄槌を下す力を与えたまえ」
車列の進行方向にある建物の二階で、そんな言葉を口走りながら冒険者見習いの少年が窓の影に潜み車列がやって来るのをジッと待っていた。
「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ」
聞き慣れないエンジン音と共に車列が近付いて来たのを感じ取ると少年は手に握る弓に矢をつがえ一定のリズムで息を吐きながら集中力を極限まで高める。
そして車列がすぐそこまでやって来た瞬間、呼吸を止め窓から身をのりだし弓の弦を最大限まで引き絞った少年は一瞬で狙いを定め、矢と弦を握る手をパッと離す。
「クソがッ!!そこらじゅう敵だらけだ!!軍曹!!早く安――グエッ」
少年が放った矢は上部銃座でM2重機関銃を撃っていたグラマン上等兵の首を貫いた。
「うわっ!?――なっ、グラマン!?軍曹、軍曹!!グラマンが!!」
「どうした!?――嘘だろ……っ!!」
上部銃座から車内に崩れ落ちてきたグラマン上等兵の姿を視界に捉えたジークは唖然とした。
体はグッタリと弛緩し目は白目を剥き、矢が突き刺さった首からは血がドクドクと溢れている。
「即死……即死です。軍曹!!」
グラマン上等兵が戦死しているのは明白だった。
「チクショウ……チクショウ!!よくも殺りやがったな!!クソッタレ!!」
部下を殺られた怒りに燃えるジークがお返しとばかりにエネミー銃を構え撃とうとしていた帝国軍兵士を撃ち殺す。
「誰か銃座につけ!!」
「了解っ、俺が行きます!!さぁ〜クタバレ、クソ野郎共!!うおおおぉぉぉらあああぁぁぁ!!」
後部座席に座っていた兵士がジークの命令に答え、素早く銃座につきM2重機関銃の機関部の右側に付いているコッキングレバーを力強く2回、ガチャンガチャンと引き新たな弾を薬室に押し込み、木製グリップの握把を握り締め『ハの字』の押し金(トリガー)を両親指でグッと押し込み射撃を開始。
味方を安心させ、敵を戦慄させる銃声が轟き放たれた12.7x99mm NATO弾が敵を撃ち倒す。
そうしてジーク達が無我夢中で必死に走り続けていると徐々に飛んでくる弾の数が減り、そして遂には完全に弾が飛んで来なくなり敵兵の姿も見えなくなった。
「攻撃が止んだ?」
攻撃を止め急に居なくなった敵兵をジークが訝しんでいると大きな広場に出た。
「抜け……たのか?」
包囲網を突破したから敵兵が居ないのか?
……考えても分からんな。
広場とその周辺には敵兵がおらず、ただ静寂が広がっていた。
「まぁ、とりあえず……脱出成功……だな」
「た、助かった……。死ぬかと思った……」
停車したハンヴィーの中でジーク達は皆、ホッと胸を撫で下ろしていた。
『ブレッド軍曹、よくやった。以後の指揮は私が取る』
「了解です、カービィ大尉」
成り行きで指揮を取っていたジークだったが、今この場にいる中で一番階級の高いクラウツ・カービィ大尉に指揮権を戻した。
「ふぅ……。お前もよくやってくれた。次も頼むぞ」
ジークはカールトン二等兵の肩を労うように叩く。
「あ、ありがとうございます。軍曹」
肩を叩かれたカールトン二等兵は照れ臭そうに笑っていた。
「さて……今のうちにグラマンの遺体をトラックに移すぞ。……ん?」
なんとか窮地を切り抜けたジーク達が広場で態勢を立て直していると車載の無線機に誰かの声が入って来ているのに気が付いた。
『――ザッ、ザー。誰か!!誰か応答してくれ!!こちらワックス、ザッ、敵――にげ――ザッ、救出――たの、ザッ、早く!!ザッ、ザーザー、負傷兵が――ザーザー』
嘘だろ!?
雑音が酷く聞き取れない部分が多かったが、無線機の向こうで助けを求めているのがルーフェ・ワックス軍曹だとジークは確信した。
「こちらブレッド軍曹!!ルーフェか!?応答しろ!!」
『ザーザー、頼む!!誰か応答を!!ザッ』
「クソッ!!」
咄嗟に無線機のマイクを握りジークがルーフェ軍曹に呼び掛けたが空中の電波状況が悪いのかルーフェ軍曹の声は聞こえるもののジークの声は向こうに届いて居なかった。
「大尉!!カービィ大尉!!」
ルーフェ軍曹が生きている事を知ったジークはハンヴィーを飛び出し、司令部と無線のやり取りをしているカービィ大尉の元に駆け寄った。
「どうした?軍曹」
「ルーフェが!!いえ、ワックス軍曹が生きています!!」
「あぁ。私も今、司令部経由で知った。それと正確にはワックス軍曹を含め50人程の兵が生きているそうだ」
「だったら早く救出に!!」
「……残念だが、司令部からの命令は孤立したデルタとの合流だ」
「では他に救出部隊が向かっているのですか?」
「いや、向かっていない」
「なっ……そんな……」
カービィ大尉の口から飛び出した残酷な知らせにジークは絶句した。
「空の敵はほとんど排除したが、今度は地上の敵が本格的な反撃に出ているらしい。うちの連隊も砂浜で敵部隊と交戦中で救出部隊を出せないそうだ」
「じゃあ、なおさら我々が救出に向かわねば!!」
「ブレッド軍曹、お前の気持ちは分かるが……ワックス軍曹がいるのはここから2キロ離れた敵地の中だぞ、我々が行けると思うか?」
カービィ大尉はそう言って残存している兵達の惨状に目をやった。
「……」
「ここからまた敵の集中砲火を浴びながらワックス軍曹を助けに行くのは無理だ。今の我々では城に辿り着く事で精一杯だろう。仮にワックス軍曹を助けに行ったとして、そこから城に向かう余力は無い」
第1大隊の生き残りは負傷兵が多くもはや戦闘単位としては機能せず、軍事的用語で言えば全滅しているのと同じだった。
「……分か……りました」
カービィ大尉の言葉にジークは顔を伏せ項垂れながら踵を返した。
「……むぅ」
「――敵襲!!」
「っ!!総員、撃ち方用意!!敵が撃って来るまで撃つなよ、十分に引き付けてから撃て!!」
仲間を助けに行けない悔しさと2度も仲間を見捨てねばならない悲壮感を漂わせながら去っていくジークの後ろ姿をカービィ大尉が眺めていると見張りの兵士が声を上げた。
「……なんだあいつら?」
「薄気味悪ぃな」
カービィ大尉の命令で一斉にSCARを構えた兵士達は敵の異様な行動に首を捻る。
広場に通じる6つの道からゾロゾロと姿を現した無数の帝国軍兵士は皆、ゆっくりとした足取りで剣や銃などの武器を引き摺りながらフラフラとジーク達に近付く。
「……撃て」
不気味な沈黙を保ち近付いて来る敵兵に嫌なモノを感じたカービィ大尉は、敵を引き付けるのを止め攻撃命令を下した。
そして一斉に鳴り響いた銃声が広場を満たす。
「「「「ッ!?」」」」
だが、銃弾を浴びたはずの敵が歩き続けているという異常な状況に兵士達は思わず撃つのを止めてしまう。
「……まさか」
「……嘘だろ」
「……奴らは」
「「「ゾンビ!?」」」
銃弾を浴びてなお、イカれた笑いを浮かべながら歩き続ける帝国軍兵士に第1大隊の兵士達は震え上がる。
「ムジャーヒディーン……あの時のジハードの聖戦士と同じか」
しかし、中東である経験を経ていたジークは敵がゾンビ等ではない事を知っていた。
「ムジャ……そりゃ何ですか軍曹?」
「ムジャーヒディーン、イスラム教の大義にのっとったジハード(聖戦)に参加している戦士の事だ」
「……で、そのムジャ何とかと奴等が一緒ってのは何なんですか?」
「なに、簡単に言えば――クスリでぶっ飛んでいるんだよ、あいつらは!!」
そう吐き捨てたジークは薬物でハイになり死の恐怖を忘れている敵兵の頭をSCAR-Hの6.8×43mm SPC弾で破壊する。
「チィ、威力が足りない!!7.62mm弾じゃないと奴等を殺すのは骨が折れるぞ!!」
ジークに頭を撃たれた帝国軍の兵士は脳みそが弾けた後も2〜3歩、歩き続けていたが唐突にバタリと倒れた。
「頭だ!!とにかく敵兵の頭を破壊しろ!!奴等はクスリでラリってるんだ!!体に銃弾を当てても効果が薄い!!それとM2の射手は弾をばらまけ!!12.7mmなら体だろうが頭だろうが関係ない!!問答無用で敵をミンチに出来るからな!!」
「「「「了解!!」」」」
ジークの助言を耳にして第1大隊の兵士達は攻撃を再開、SCARで敵兵の足を止めM2重機関銃で敵兵を“破壊”することになった。
しかし朝方に行われた砲撃によって砲弾神経症(シェルショック)を患い、故にクスリ漬けにされて戦場に送り出された兵士の数は多く第1大隊は苦戦を強いられる。
「全員車に乗れ!!今すぐ城に向かいデルタと合流するぞ!!」
倒しても倒しても沸いてくる敵に身の危険を感じたカービィ大尉が命令を飛ばす。
「――こちらカービィ大尉!!なに?了解した。ブレッド軍曹!!」
「何ですか!?」
ハンヴィーに飛び乗ったカービィ大尉が司令部と無線機でやり取りを交わした後、ジークを呼びつけた。
「喜べ、戦況が変わった!!我々はワックス軍曹達の救出に向かうぞ!!」
「――……了解っ!!」
カービィ大尉の言葉に2〜3回瞬きを繰り返した後、ジークはニヤリと口を歪め大声で返事を返した。
「行くぞ!!野郎共!!お仲間を助けるんだ!!」
「……あの軍曹?なぜ急に救出に向かえる事に?」
ハンヴィーに乗り、無線機のマイクに向かって威勢良く吼えたジークにカールトン二等兵が問い掛けた。
「なに、航空隊が制空権を完全に取り戻したお陰でナイトストーカーズがデルタを迎えに行けるようになったからだ。あぁ、それとカービィ大尉が近接航空支援を要請してたからなAC-130も出て来るぞ」
「はっ?AC-130?ここらに陸上基地は無いですよ?どこから飛んでくるんです?」
「……お前、事前に配布された作戦計画書を読まなかったな?はぁ〜。何のためにフォレスタル級の正規空母4隻を潰してまでアレを運んで来たと思ってるんだ」
「……えっ?まさか?」
「そうだ、AC-130は空母から発艦するんだよ」
「嘘ぉ!?」
ジークは愉しげに笑いカールトン二等兵は顎が外れてしまったように口を大きく開き驚いていた。
――――――――――――
グローリアから50キロ離れた海域を回遊しているフォレスタル級航空母艦の4隻――CVA-59『フォレスタル』CVA-60『サラトガ』CVA-61『レンジャー』CVA-62『インディペンデンス』の飛行甲板には巨大な機体が1機ずつ駐機していた。
「まさかグローリア上陸戦の初日から俺達が投入される事になるとはな……」
「まぁ、いいんじゃないですか?見せ場が全く無いよりは」
「それもそうか」
特別な改造が加えられたAC-130UスプーキーIIの機内では機長と副機長が軽口を叩き合いながら機器の点検を行い発艦準備を進めていた。
「油圧システム、OK。補助ロケットシステム、OK。全システムオールグリーン、発艦準備完了」
「よし、こちらウイッチバード01。発艦準備が完了した。発艦許可を求む」
そして機体の発艦準備が整うとAC-130Uは4基のエンジンをゴウゴウと唸らせながら、その時をただ静かに待っていた。
『フォレスタル艦橋より、ウイッチバード01。発艦を許可する。……グッドラック』
「ウイッチバード01了解。これより発艦する」
最大速力の34ノットで風上に向かって全速航行する『フォレスタル』の艦橋から発艦許可が下りると機長は短く返事を返しスロットルレバーをゆっくりと押し込む。
するとエンジン出力が上がり、エンジンの唸りが一段と大きくなる。
だが、車輪止めを噛まされ機体を固定されているためAC-130Uは発艦が出来ない。
しかし、それも予定通りの事である。
「エンジン出力最大!!」
「さぁ行くぞ!!」
エンジンの出力が最大になると機長はコックピットの小窓から甲板員に手信号を送り、車輪止めを外すように指示を送った。
「車輪止め解除!!」
指示を受けた甲板員が掲げていた腕を振り下ろすと、AC-130Uの機体の下に身を縮こませて待機していた甲板員達が一斉に車輪止めを取り払った。
すると機体はゆっくりと『フォレスタル』の飛行甲板を走り始め、徐々に加速していく。
「……まだだ……まだ……」
ガタガタと揺れるコックピットでは機長がタイミングを図っていた。
「……今だっ!!」
「補助ロケットシステム起動!!」
『フォレスタル』の艦橋の真横を通過した瞬間、機長が叫び副機長が補助ロケットシステムの起動スイッチを押した。
「っつ!!」
「グッ!!」
補助ロケットシステムが起動すると機体後部に取り付けられた補助ロケットがゴォーっと火を噴き機体を一気に加速させ、凄まじいGが機長と副機長を襲い2人の体を操縦席に押し付ける。
「「あぁぁがぁぁれぇぇーーっ!!」」
襲いくるGに抗いながら『フォレスタル』の飛行甲板が残り5メートルを切った時、機長と副機長は操縦桿を思い切り引いた。
「「ウオオオオォォォォーー!!」」
高い短距離離着陸性能を持つC-130ハーキュリーズが元になっているだけあって一度はフワリと浮かんだものの、GAU-12 25mmガトリング砲を1門、40mm機関砲を1門、そして105mm榴弾砲を1門搭載した上に弾薬、燃料を満載した機体は重く海に向かって墜ちていく。
「墜ちて……堪るかああぁぁ!!第二補助ロケット点火ァ!!」
「点火!!」
機体が海に着水する寸前、予備として取り付けられていた第二補助ロケットを点火。
それにより機体は強引に空へと舞い上がる。
「離艦……成功ッ!!成功です機長!!」
「ふぅ。ちょっと危なかったが……やったな」
高度を取り、安堵の息を吐くことが出来た機長はホッと胸を撫で下ろしていた。
『『『『ウオオオオォォォォーー!!』』』』
『俺達飛んでる、飛んでるぞ!!』
『……漏らすかと思った』
『あぁ、俺もだ。スリルたっぷりだったからな』
『……………………スマン、俺漏らした』
『『『『ウエエエェェェーー!?』』』』
「何をやってるんだ後ろの奴らは……。いや、それより他の奴らはどうなった?」
機内のバカ騒ぎに呆れていた機長は、ハッと我に返り副機長に問い掛けた。
「えぇっと……ウイッチバード02も離艦に成功した模様……あっ!?……機長、ウイッチバード03が離艦に失敗し着水しました……04は成功」
「そうか……」
後から空に上がってくる手筈になっている僚機をウイッチバード01が待っていると不幸な事にCVA-61『レンジャー』から離艦を試みたウイッチバード03が離艦に失敗し墜落してしまった。
「……まぁ4機中3機が無事に離艦に出来ただけでも上等か」
墜落した機体に小型ボートが群がりウイッチバード03の乗員を救出するべく必死の救助活動を行っているのを眺めた後、3機のAC-130Uは編隊を組んでグローリアに向かって飛んで行った。