激しい戦闘が続き、絶え間ない銃声が響く城塞都市バラードの最前線から程近い市街地。
「このっ、離しなさいよ!!は〜な〜せ〜ッ!!ぬぅぅ〜〜は〜な〜せ〜ッ!!」
「ぬっ、ぐぅ……す、少しは大人しくしていてほしいであります!!」
ティナ・フェルメール一等兵は小脇に抱き抱えた少女の激しい抵抗に苦慮していた。
何故なら赤い鎧を纏う少女が抵抗を繰り返す度に鎧がガチャガチャと音をたて体に当たり、また腰に帯びた剣がガツンガツンとフェルメール一等兵の腕に激しくぶつかるからである。
「アンタが手を離したら暴れないわよ!!」
ジタバタと手足を振るい、まるでお菓子を買って貰えなかった子供の様に暴れる少女はフェルメール一等兵に対しありとあらゆる抵抗を試み逃走を図るも、全て無駄な抵抗と成り果てていた。
「おっとっと……ふぅ、何を言っているでありますか、私がこの手を離したら貴女は教会に向かうに決まっているのであります。そうなれば今戦っている味方に迷惑が掛かるのは明白。ですから、この手を離す訳にはいかないのであります」
パラベラムにある新兵教育機関で悪夢のような日々を送り、地獄の調練に耐え抜き晴れて一端の兵士として送り出されたフェルメール一等兵は少女の抵抗に眉をひそめながらも飄々と対処しつつ、少しだけ本気を出して少女の腰に回した腕にグッと力を込める。
すると人間よりも発達した犬人族の筋力が唸り、少女を思いっきり締め上げ抵抗を――身動きを強制的に封じた。
「っ!?……――あ〜もう!!……お願いだから…グスッ…行かせてよ。みんなが……みんなが死んじゃう……ズズッ、お願い……だから……ッ!!」
警告の意味を含めてフェルメール一等兵に締め上げられた直後、いくら暴れようとも逃げ出す事が不可能だと悟り全身を弛緩させ、なすがままになった少女はポロポロと大粒の涙を流す。
「うぬぅ……そ、そう言われても隊長の命令には逆らえないでありますよ」
「グスッ、お願い……教会に居るみんなは私に残された最後の家族なの、もう10年前のように……家族を……大切な人達を失うのは絶対にイヤなのよ……」
「……」
元々カナリア王国の地方都市にあるスラム街の出身で幼い妹や弟のいる実家の家族を養うために給金が良く公益福祉が充実したパラベラム軍に入隊した経緯を持つフェルメール一等兵の歩みは少女の身の上話を耳にしているうちに徐々に遅くなり、遂には完全に止まってしまっていた。
そしてフェルメール一等兵の歩みが止まり彼女の心が揺れている事に気が付いた少女はここぞとばかりに畳み掛けた。
「お願い、貴女達に迷惑はかけないわ。……実はすぐそこの曲がり角を曲がった先に枯れた古井戸があるのだけれど、その古井戸は教会に繋がる秘密通路の出入口になっているの。ね?そこを通れば貴女達に迷惑はかからないでしょ?」
「っ!?な、なんでそれを黙っていたでありますか!!それを教えれば隊長だって……ッ!!」
「無理よ、秘密通路はとても狭くてね。人が2人並ぶのでギリギリ、それに迷路みたいに入り組んだ作りになってるの。大人数じゃ通れない」
「じゃあ、じゃあ……行ってどうするのでありますか?」
「出来るならみんなを助けてあげたかったけど……貴女達の助けが得られないとなると助けるのは不可能。けど私は1人だけ生き延びるなんて真っ平ごめん。……だから私はみんなの所で魔物と戦ってみんなと一緒に運命を共にするわ」
「ぬぅぅぅぅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜はぁ……隊長になんて言い訳をすればいいでありますか……」
体を捻ってこちらを見上げている少女の瞳に灯る覚悟の光を見てフェルメール一等兵がボソリと呟いた。
「古井戸から秘密通路を通って教会まで、往復でどれくらいかかるでありますか?」
「えっ?往復で30分ぐらいだけど……」
30分……かなりギリギリでありますな。
「教会にいる人数は?」
「たぶん30〜40人」
「なら、急ぐであります!!」
「キャ!!えっ、ちょ、何を言って……」
猛然と駆け出したフェルメール一等兵に少女は困惑する。
「急げばみんなを助ける事が出来るであります。だから早く行くであります」
「あ、貴女はいいの!?命令違反になっちゃうんじゃ……」
「私を鍛えてくれた教官が――と言っても1日だけ特別なんとかかんとかで来た教官の事でありますが、言っていたであります。えーと、ナ、ナガ、ナガートゥー?教官曰く『問題はバレなきゃ問題なし、というか問題となる前に対処すべし』」
「そ、そう……」
「それにこうも言っていたであります。『情けは人の為ならず――困っている人がいたら助けてやれ。いつか自分に返って来るから』そして『軍人として人間(獣人)として誇れる行動を心掛けろ』と」
どこぞの軍事国家の総統が気紛れに説いた教えが、思いもよらない場面で開花した瞬間であった。
――――――――――――
撤収間際になってその問題は発覚した。
「ティアがまだ戻って来ていない!?それに、そのティアを探しに行った涼宮も戻って来ていないだと!?」
「は、はい!!我々がフェルメール一等兵を最後に見たのは隊長と一緒に前線に向かった時です。それで……隊長より一足先に戻ってきた副隊長はフェルメール一等兵が戻って来ていないことを知るとGPS端末を持って私が連れ戻す。と言って……」
「なんてこった……あのバカ……あの少女と一緒に教会に向かいやがったな、クソ!!」
バラードを放棄するタイムリミットが迫るなか、いざ回収出来た民間人と共に後方に下がろうとした遥斗だったが部下2名の行方が知れず後方へ下がる事が出来なくなった。
「それで、涼宮とティナに無線は繋がらないのか!?」
「ダメです。ずっと呼び掛けてはいますが、どちらも全く応答がありません」
「現在位置は!?」
「発信器から出ているシグナルが微弱のため居る方向は分かりますが、正確な位置を捕捉するまでもう少し掛かります」
「クソッタレ!!時間がないってのに!!」
苛立つ遥斗がバンッと73式大型トラックの荷台を殴り付けた時だった。
『こちらは第7機械化歩兵大隊、古鷹中佐。第五小隊どうした?早く後退しろ』
麾下の部隊の後退を指揮していた古鷹中佐が一向に後退完了を言ってこない遥斗の第五小隊に業を煮やし直接連絡を取って来た。
「こちら第五小隊。問題が発生。部下2名が行方不明、捜索及び回収許可を願います」
『なっ!?…………残念だが霧島中尉、捜索許可は出せない直ちに後退し味方部隊と合流せよ』
「古鷹中佐!!15分……いや10分でいいんです、GPSで2人の位置を割り出してすぐに回収しますから捜索許可をお願いします!!」
『……許可は出来ない。直ちに後退しろ』
「中佐!!」
ヘッドセットから伸びたマイクをひっ掴み、遥斗は大声で懇願する。
『遥斗!!いくらお前でも、いやお前だからこそ私の命令に従え!!これは古鷹中佐として、軍人としての命令だ!!直ちに後退しろ!!復唱!!』
しかし遥斗の願いが古鷹中佐に通じる事は無かった。
「ぐっ…………〜〜〜〜ッ!!第五小隊……っは直ちに後退し味方部隊と合流します!!」
『……よろしい。直ちに行動に移れ、以上』
「……」
「隊長……」
通信が切られた無線機のPTTスイッチを握り締めたまま歯を食い縛り俯く遥斗に部下達は思い思いの視線を送る。
「第五小隊……後退するぞ」
「そんな!?隊長は2人を見捨てるつもりですか!!」
「おい!!止めないか、隊長だって……」
「っ……そうでした」
遥斗に食って掛かろうとした若い兵士を中年の兵士が諌める。
諌められた若い兵士はハッとして忸怩たる思いで黙り込む。
そして第五小隊の兵士達が遥斗の命令に従い動きだそうとした時であった。
「……小林、第五小隊の指揮を任せた」
「「「へっ!?」」」
遥斗から出た追加の指示に部下達は面を食らった一方で、やはり。という思いを抱きそして、それでこそ我らが隊長だと内心でこそっり笑っていた。
「俺は2人を連れ戻す。お前達は先に――」
「隊長」
「……なんだ?」
「またまた、分かってるクセに」
「……?」
「「「「お供します!!」」」」
民間人を後方に送り届けなければならない役目がある者を除いた10名の兵士がニヤニヤと不敵に笑いつつ晴れ晴れとした声で、そう言ってのけた。
「……」
「さぁ、早く2人を迎えに行きましょう隊長!!」
「急がないと間に合いませんよ!!」
「ちなみに武器弾薬は揃ってますから!!これだけあれば有象無象の魔物なんか屁でもありません!!」
「……一応聞いておくぞ、俺がやろうとしているのは命令違反だ。これが終われば軍法会議ものなんだが?」
「そんなこと分かってますよ」
「俺達もそこまでバカじゃありません」
ある意味底抜けのバカだろうが……。
「……分かった。手が空いていて来たい奴だけ来い。だが、これから先どうなっても責任は取れんぞ」
「「「「了解!!」」」」
「まったく……うちの隊はバカの集まりだ」
最初は呆れていた遥斗だったが、部下達の決意が揺るがない事を理解すると同行の許可を出し余っていた73式大型トラックの助手席に乗り込んだ。
チッ、まだ捕捉出来ないのか。
助手席に座った遥斗は涼宮少尉とフェルメール一等兵の現在位置が未だに割り出せていない事にやきもきしていた。
ちなみに涼宮少尉とフェルメール一等兵が発信器を持っている理由は、当時軍曹だった舩坂准尉の行方不明事件――一時的に捕虜だった事を受けて今では全兵員に発信器の所持が義務付けられているためである。
加えて言えば行方不明になる確率が高い戦闘要員のうなじには極小の発信器が埋め込まれている。
「武器弾薬の積み込み完了!!」
「全員乗りました!!」
GPS端末を遥斗が睨んでいると同行を志願した部下達が荷台に必要な装備品を積み込む。
そして最後に自分達が荷台に乗り込むと73式大型トラックの運転席の屋根をバンバンと2回叩く。
「出せ」
「了解」
それを合図に73式大型トラックは動き出す。
こうして遥斗の独断で涼宮少尉とフェルメール一等兵の捜索が始まった。
――――――――――――
聞こえてくる銃声が大きくなるにつれて遥斗達の緊張感は増していた。
「隊長、前方に味方部隊です。どうしますか?」
「事情を説明している暇はない。というか事情を説明したら確実に引き留められる。だから――突っ切れ」
何故なら2人を助ける前に、魔物と戦う前に前線で必死に戦っている味方部隊を突破しなければならないからである。
「了解、ちょっと荒っぽく行きますよ!!」
前方で大きく手を振って止まれ!!と叫んでいる兵士を視界にいれつつもハンドルを握る遥斗の部下はアクセルを限界まで踏み込む。
するとブオオォォーーとエンジン音が高まり73式大型トラックの速度が増す。
「と、止まれぇぇーー!!止まれぇぇーー!!うわっ!!――……な、なんなんだあいつら!?」
味方の制止を振り切り73式大型トラックは更に進む。
「よし、後退命令が出た。後退するぞ」
「「了解」」
「うん?なんだ、この音は――って!?」
「あ、あぶねぇ!!避けろ!!」
遥斗達の乗る73式大型トラックが凄まじい勢いで突っ込んで来ることに気が付いた前線の兵士達がギョッとした顔で慌てて道の脇に飛び退く。
「あ、ありゃあどこの隊だ?」
「さぁ……?」
「というかあいつら何処へ行くつもりだ?この先はもう魔物しかいないぞ?」
「だよな」
「って、そんな事よりもこの事を司令部に報告しないと!!」
「そ、そうだな」
遥斗達の突破を許した兵達が司令部に報告を上げた事により、すぐに遥斗の独断専行は古鷹中佐の知るところになった。
『――ザーザー、ザッ、――と!!遥斗!!応答しろ!!コラ、遥斗!!早く応答しないか!!聞こえているのは分かっているんだからな!!』
……予想よりも早くかかってきたな。
おっと!!
車載の無線機から聞こえる古鷹中佐の怒鳴り声をよそに遥斗は73式大型トラックに飛び掛かって来た6本足のトラのような魔物の腹部に89式小銃の5.56x45mm NATO弾を一連射分叩き込む。
そして、襲い来る脅威を排除し弾の無くなった弾倉を交換すると73式大型トラックに取り付こうとしている魔物にまた5.56x45mm NATO弾をお見舞いしつつ喧しい声を吐き出し続ける無線機を恐る恐る手に取った。
「……こちら霧島」
『こんの……大バカ者がッッッ!!』
古鷹中佐の第一声は遥斗の鼓膜を破壊しかねない声量で捻り出された罵声だった。
「ッ……」
『何故命令に従わなかった!?』
「……自分には……どうしても部下を見捨てることが出来ません」
助手席の窓から手当たり次第に弾をばらまきながら遥斗は淡々と答える。
『部下を思いやる気持ちは痛いほど分かるが、今の状況を理解しているのか!?お前の身勝手な行動で他の部隊にどれだけの迷惑を掛けるつもりだ!それにもう防衛部隊は引き上げ始めているんだぞ!!……悪い事は言わん、今すぐ戻れ。今ならまだ私が庇える範囲だ』
「お気遣い感謝します。ですが全て理解した上での行動ですので我々の事はお気になさらず。自分で選んだ道です、自分で何とかします」
『そういうことを言っているんじゃ――』
「ッ!?申し訳ありません古鷹中佐、通信を切ります」
『ま、まて!!遥斗!!話はまだ――』
進路方向に大量の魔物が待ち構えているのを視界に捉えた遥斗は古鷹中佐の返答を待たぬまま通信を切った。
「前方に火力を集中!!敵を排除しろ!!」
遥斗はそう言いながら助手席の窓から身をのりだし89式小銃を両手で構えセレクターレバーをタ(単射)からレ(連射)に切り替えフルオートで撃ちまくる。
「「「了解!!」」」
遥斗の命令に荷台にいる部下が3人応じ進行方向へ火力を集中させる。
ミニミ軽機関銃とM249軽機関銃の断続的な弾幕が進路方向に立ち塞がる魔物を撃ち据え凪ぎ払い、止めに放たれた06式小銃擲弾が魔物をまとめて吹き飛ばし血路を開いた。
「隊長!!2人の現在位置が判明しました!!ここから北に500メートルです!!」
「よし、急ぐぞ!!」
「了解!!」
遥斗が車内に戻ると運転の傍らGPS端末を横目でチラチラと伺っていた運転手が遥斗に朗報をもたらす。
そうしてワラワラと集ってくる魔物の群れを排除しつつ、また仕留めた魔物の死骸を引き潰し撥ね飛ばしながら遥斗達は涼宮少尉とフェルメール一等兵の居場所に急いだ。
「2人がいるのはこの路地の先です!!」
「分かった!!4人俺についてこい、残りはカーゴを守れ」
「「「「了解」」」」
発信器のシグナルが指し示すポイントのすぐ近くで73式大型トラックは停車。
降車した遥斗は部下を4人連れて2人の元へ向かう。
「……」
「「「……」」」
73式大型トラックに残してきた部下が集まってくる魔物と戦っている銃声を聞きながら、遥斗は細い路地を慎重に進む。
「気を抜くなよ、どこから敵が出てくるか分からんからな」
「了解――ブッ!?」
「前川ァァ!?」
89式小銃を構え先頭を歩く遥斗が後に続く部下に注意を促した瞬間であった。
遥斗の背後でブスッブスッ!!と2回、肉を刺し貫く嫌な音がしたかと思うと、間髪入れずに絶叫が上がった。
ギョッとして遥斗が振り返ると、そこには防弾チョッキ3型ごと毒々しい紫色の触手に腹を貫かれ空中に持ち上げられた前川兵長の姿があった。
「い、家の中に居るぞ!!」
「壁越しで構わん、撃て!!」
前川兵長の体を貫いている触手が、路地に面した家の壁越しに伸びているのを見てとった遥斗達は前川兵長の腹から噴き出している血を浴びつつも咄嗟に反撃を開始した。
「くたばれ!!」
「クソッ、クソッ、クソォォォォ!!」
「うわああああぁぁぁぁーーーー!!」
狙いもクソもない手当たり次第の銃撃であったがまぐれ当たりが出たのか、触手が痛みに悶えるように暴れ終いにはプッツリと力が抜け、前川兵長を貫いたまま力なく地面に横たわる。
「ブヘッ…ぁ……ぅ…っぁ……ぁ…………」
力尽きた触手が腹に刺さったままの前川兵長は口からおびただしい量の血を吐き痙攣を繰り返し、地面には前川兵長の腹から流れ出た血がみるみるうちに広がる。
「前川の容態は!?」
弾倉を交換しつつ遥斗は前川兵長に駆け寄り容態を確認している部下に問い掛けた。
「……ダメです、死にました」
「……先を急ぐぞ。回収は後だ」
「「「了解」」」
腹部を貫通している触手を切り前川兵長の遺体を横たえ見開いていた目を手でソッと閉じてやると遥斗達は無言で先を急いだ。
「これは一体……どういう事だ?」
涼宮少尉とフェルメール一等兵の発信器から出ているシグナルの“真上”に到着した遥斗達はまさかの事態に狼狽えていた。
誰も……いない。
周りを見渡した所で2人の姿はなく、また路地を抜けた先はT字路になっており2人が隠れる場所もない。
「機器の……故障?」
「いや、そんなまさか……」
「だが……シグナルが出ているのは此処だ。とにかく探せ!!探すんだ!!」
血眼になって部下が周りを探っているのを尻目に遥斗は自分の独断の行動で部下を失った上に2人の救出にも失敗したという事実に打ちのめされ動く事が出来ずにいた。
「俺は、俺は……一体なんのためにッ!!部下を死なせてまでここに!!」
失意のあまり立っていられなくなり崩れ落ちるようにへたり込んだ遥斗が踞り慟哭する。
そして何度も何度も地面に叩きつけられている拳からはジワリと血が滲む。
「隊長……」
「「……」」
周囲の捜索を終え遥斗の姿を目にした部下が撤退を進言しようと歩み寄った時だった。
「隊長、残念ですが――」
「っ!?黙れ!!」
「隊長……お気持ちは分かります。ですがこれ以上ここにいるのは」
「違う、そうじゃない!!」
先程まで踞って慟哭していた筈の遥斗がいつの間にか地面に耳を当てて何かの音を聞いていた。
「?隊長、何を……」
「STTW(AN/PPS-26)を寄越せ!!早く!!」
「……ッ!?隊長、まさか!!」
「そのまさかだ!!2人はこの“下”にいる!!」
AN/PPS-26 STTWとはアメリカ軍で採用されている壁透過型レーダーのことでドップラーレーダーを使い壁の向こう側にいる人間の心臓の鼓動を検知することで人の存在を識別出来る装置である。
なおAN/PPS-26は厚さ20センチの壁までなら透過可能で壁から8メートル以内に対象が居れば対象を捕捉出来る性能を誇る。
「見つけた!!3人いるぞ!!」
投げ渡されたAN/PPS-26を使い自分の真下に3人分の鼓動を確認した遥斗は自分の行動が無意味にならなかった事や2人が生存している事実を喜んだ。
しかし、そんな喜びも束の間。
「隊長!!副隊長達、魔物に包囲されてます!!」
「なに!?」
遥斗と同じようにAN/PPS-26を使って地下の状況を伺っていた部下が最悪の状況であることを知らせて来た。
「副隊長達は袋小路に追い詰められている模様!!複数体の魔物が接近中です!!」
「入り口はどこだ!?」
「さっき周りを探した時にそれらしいモノはありませんでした!!」
嘘だろ!?
「ま、まずいですよ!?隊長!!」
「入り口!!入り口は何処なんだよ!!」
部下達が右往左往しながら地下への入り口を探している横で遥斗は静かに覚悟を決めていた。
「C-4を寄越せ!!」
「えっ、ま、まさか隊長そこから突入する気ですか!?」
「それ以外に方法が無いだろうが!!」
「いくら何でも危険過ぎます!!」
「いいから早く寄越せ!!さっきまで聞こえていた銃声が途切れているんだ!!」
「っ!?えぇい、しょうがない!!」
部下の1人がやけくそ気味に遥斗へC-4爆薬を手渡した。
早く、早く!!
涼宮少尉達がいる場所から少し離れた位置にC-4爆薬を細かく千切り円を描くようにセットし手早く信管を突き刺し起爆準備を整えると遥斗は部下に声を掛けた。
「援護を頼んだぞ!!」
「えっ……!?」
「嘘でしょ!!」
「隊長!?」
部下が引き留める間も無く、遥斗はセットしたC-4爆薬に囲まれた状態で起爆装置のスイッチを押し込んだ。
「涼宮ァァァァーーー!!」
大切な部下の名を叫びながら遥斗は爆発と同時に爆煙に包まれ地下の秘密通路に突入した。