ファンタジー世界を現代兵器チートが行く。   作:トマホーク

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城塞都市バラードの地下には、まるで迷路のように張り巡らされた薄暗く狭い秘密通路があった。

 

この秘密通路は都市が作られた際に平行して整備されたものであったが、今では管理する者もおらず、また知っている者も極僅かに限られていたためクモやネズミの絶好の棲みかとなっていた。

 

しかし、今現在そんな秘密通路の袋小路に3人の女性が追い詰められ絶体絶命のピンチを迎えている。

 

「ッ、弾切れ!?弾、弾、弾が……ない!?」

 

9mm機関拳銃の薬室に収まっていた最後の9x19mmパラベラム弾が銃口から発射され迫り来る魔物の額を穿つ。

 

そして額に小さな穴が開いた動物型の魔物が崩れ落ち排莢された空薬莢がカラン。と乾いた音を立てて地面に転がると同時に涼宮明里少尉は弾が切れた事に気が付き慌てて体をまさぐり予備の弾倉を探すものの、これまでの戦闘で全て使いきっている事実を思い出し悔しげに歯をギリリと食い縛った。

 

隊長……申し訳ありません、貴方の所に戻れそうにありません。

 

「も、もうお仕舞いであります!!」

 

「ごめんなさい……私のせいで……っ、ごめんなさい」

 

死の恐怖から半泣きになっているティナ・フェルメール一等兵と罪悪感に苛まれブツブツと謝罪の言葉を繰り返す少女を背後に庇いつつ9mm機関拳銃から手を離し負傷している右腕を左手でキツく押さえた涼宮少尉は自分の判断ミスを悔いていた。

 

事の始まりは部隊の撤収準備を整えておいてくれ。と遥斗に命じられ一足先に第五小隊の合流ポイントに戻った時である。

 

自分よりも先に合流ポイントに戻っているはずのフェルメール一等兵と赤い鎧を着込んだ少女が来ていない事を知った涼宮少尉は咄嗟にGPS端末を手に取りフェルメール一等兵の現在位置を割り出した。

 

そしてフェルメール一等兵との距離がまだ近いことを知った途端、今ならまだ連れ戻せると安易な判断を下したのが最初のミス。

 

ここで遥斗に連絡を取り部隊全体でフェルメール一等兵を連れ戻していれば、話はそれで済んだのだが……。

 

事態を大きくすることを嫌い、自分の手で収集をつけようとしてしまったのが運の尽き。

 

その後、フェルメール一等兵の発信器から出ているシグナルを頼りに追いかけていると崩れ落ちた道から地下の秘密通路に入ることが叶い、また偶然にも教会を目指し秘密通路を迷走していた2人と合流出来たものの涼宮少尉と同じように崩れた道から入ってきた魔物に襲われ、袋小路に追い詰められてしまったのであった。

 

「ひぅ!?来たであります!!」

 

死んだ魔物の死骸を乗り越え口からヨダレを溢す醜悪な魔物が3人を胃の腑に収めようと迫る。

 

「……っ」

 

最期まで戦い抜くという意思の現れなのだろうか、涼宮少尉は自らの血で汚れた無傷の左手でしっかりとコンバットナイフを構えた。

 

「わ、私だって……」

 

涼宮少尉がコンバットナイフを構えたのを見て赤い鎧姿の少女が私もとばかりに腰に帯びた剣を抜こうとする。

 

「待ちなさい、この狭い場所でそんな剣が振るえると思うの?」

 

「あっ……で、でも!!」

 

「やるなら刺突にしなさい」

 

「……分かった」

 

涼宮少尉に助言を貰った少女は腰だめに剣を構えた。

 

「あれ?いつの間にか私がお荷物になっているであります……」

 

「ッ!!来る!!」

 

フェルメール一等兵の場違いな言葉を合図に魔物が涼宮少尉に飛び掛かった瞬間だった。

 

『涼宮ァァァァーーー!!』

 

天井が突然、崩落し涼宮少尉に飛び掛かかっていた魔物を押し潰す。

 

そして天井が崩落する轟音に紛れて3人に聞き覚えのある声が響いた。

 

「っ!?」

 

「な、何よ!?」

 

「な、なんでありますか!?」

 

盛大に舞い上がった砂埃で視界を奪われた3人はゴホゴホと咳き込みながら一体何が起きているのか分からず、ただひたすらに困惑していた。

 

だが困惑している3人をよそに砂埃の向こうではダダダダダッと89式小銃の銃声が響き、魔物の悲痛なうめき声が上がり続ける。

 

「そんな……まさか……」

 

「嘘であります……」

 

「あっ」

 

銃声が鳴り終わると砂埃の中から1人の男が姿を現した。

 

3人の前に颯爽と現れた男の姿は全身傷だらけで、お世辞にも見れたものでは無かったが絶体絶命のピンチに現れ命を救ってもらった3人の男を見る眼差しはとても熱かった。

 

「イテテテ、ゴホッゴホッ、あ〜無茶しすぎたな。ん?――帰るぞ」

 

突入の際に負った全身の傷に顔をしかめていた男――遥斗が自分を熱を帯びた視線で見つめている3人に気が付き声を掛ける。

 

「た、たい、たいちょぉぉ!!」

 

「うわっ!!イテ、イテテテ、痛い、涼宮!!痛い!!」

 

遥斗に声を掛けられた瞬間、堰をきったように涼宮少尉が駆け出し遥斗に飛び付いた。

 

「あー、これは……卑怯でありますな。こんな事をされたら惚れ――うん?くふ、くふふ。ここに仲間が一人いたでありますな」

 

「……」

 

泣きじゃくる涼宮少尉に抱き付かれ困った表情を浮かべている遥斗に熱い視線を送っていたフェルメール一等兵は心を埋め尽くしている感情に苦笑しつつ、目の前にいる“同胞”に声を掛けた。

 

「何はともあれ、助かったでありますな」

 

「……」

 

「あちゃー……これは重症であります」

 

声を掛けられ肩を叩かれても少女の視線が片時も遥斗から外れないのを見たフェルメール一等兵は苦笑するしか無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

遥斗がC-4爆薬で強引に抉じ開けた大穴から引き上げてもらう準備が整うまでの間、涼宮少尉とフェルメール一等兵は遥斗の説教を受けしょんぼりとした顔になっていた。

 

しかし説教の後、遥斗に無事で良かったと抱き締められると2人の表情はだらしない程にやけていた。

 

「「エヘヘ」」

 

「……」

 

「準備完了です!!」

 

「分かった、引き上げてくれ!!」

 

ニヤニヤとにやける2人を怨めしそうに見つめる少女はさておき、遥斗達は地下からの脱出に移る。

 

「「「よいしょっと!!」」」

 

「よっ!!……ふぅ、すまん。助かった」

 

「全く……無茶をしすぎです、隊長は」

 

「こっちの事も少しは考えて下さい……心臓が止まるかと思いましたよ」

 

一番最後に地下から引き上げてもらった遥斗は部下の苦言に迎えられた。

 

「あ〜らら、3機同時撃墜とはさすが隊長。……いや1人は既に撃墜済みか」

 

涼宮少尉とフェルメール一等兵、そして鎧の少女を見た部下がボソリと呟く。

 

「? 何を言っているんだ、お前は」

 

「いや、隊長は知らなくていいんですよ?」

 

何故に疑問系?

 

不穏な言葉を呟いた部下に気が付いた遥斗が問うも、問いの答えは帰って来なかった。

 

「まぁいい。それよりも早くここから撤退するぞ」

 

「「「「了解」」」」

 

部下の救出に成功した遥斗は、もうここに用はない。とばかりにさっさとその場を後にしようとしたのだが。

「ちょ、ちょっと待って!!私は教会に――」

 

未だに教会へ向かう事に固執している少女から待ったの声が上がった。

 

「……残念だが、完全に手遅れだ」

 

「え、嘘でしょ……ねぇ……うそ……嘘……嘘嘘嘘嘘ッ!!そんな、そんなッ!!ウアアアアアアァァァァーーーー!!」

 

遥斗が指を指した方には業火に包まれている教会の鐘楼が小さく見えた。

 

教会を包み燃え盛る炎を視界に捉えた少女は慟哭を上げながらヘナヘナと座り込み、赤子のように泣きじゃくる。

 

「……」

 

泣きじゃくり動こうとしない少女を遥斗はお姫様抱っこで抱え無言のまま歩き出した。

 

そして帰り道の道中に冷たい遺体となった前川兵長を回収した後、73式大型トラックの元で帰りを待っている部下達の所に急ぎ合流を果たしのであった。

 

 

 

「ひでぇ……」

 

「なんじゃこりゃあ……」

 

「……どうなってやがる」

 

「……」

 

これは……一体……。

 

73式大型トラックを守っていた部下と合流した遥斗は先程まで腐るほどいた魔物の姿がまるっきり見えなくなっていることに首を傾げつつも撤退を開始したのだが司令部の近くを通りかかった途端、辺りの建物が無惨に破壊され夥しい数の魔物の骸が転がっているのを目撃した。

 

「部隊の撤退する時間を稼ぐ……にしては激しい戦闘が行われていたようですね」

 

右腕に包帯を巻いた涼宮少尉が外の光景を見てそう言った。

 

「……あぁ、そうだな」

 

なんだ、この感じ……。

 

遥斗は涼宮少尉の言葉に引っ掛かる物を感じながらも相づちをうち、穴だらけになっていたりバラバラの肉片と化した魔物の死骸を眺めていた。

 

いやな胸騒ぎがするな。勘違いであればいいんだが……。

 

硝煙と焼け焦げた匂い、そして血の匂いが盛んに鼻を刺激してくる中で、遥斗は言い知れぬ胸騒ぎを感じながらも城塞都市バラードを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

涼宮少尉とフェルメール一等兵、そして鎧姿の少女を救出し城塞都市バラードから脱出した遥斗は夕闇が迫った頃にようやく第2防衛線を構築しているパラベラム軍の基地に辿り着いた。

 

そこで負傷者である涼宮少尉と知己の者を失ったショックから憔悴し生気が消え失せ抜け殻のようになってしまった少女をフェルメール一等兵の付き添い付きで衛生兵に引き渡し、残りの部下達を次の戦いが始まるまで休ませようとしたのだが。

 

ある知らせが事態を一変させる。

 

「古鷹中佐が……敵の捕虜になっただと!?どういうことだ!!」

 

「うげっ、た、たいちょ、く、苦し……」

 

蛇人族の一族の移送に従事し先に基地にいた部下――知らせを持ってきた館林曹長に遥斗は掴み掛かった。

 

「た、隊長、冷静に!!押さえて押さえて!!」

 

「曹長の首絞まってますよ!?落ちる、落ちる!!」

 

「〜〜〜〜ッ!!――すまん、取り乱した」

 

他の小隊メンバーに羽交い締めにされて、ようやく遥斗は落ち着きを取り戻す。

 

「悪かった、続きを頼む」

 

「ゲホッ、い、いえ構いません……では続けます。――隊長に言われた通り“例の紙”を“例の人”に渡し蛇人族の皆を引き渡した時に小耳に挟んだのですが、何でも後退命令に背いたどっかのバカの帰りを待つために古鷹中佐が私兵――ロ○コン野郎共と共にバラードに残り……結果、敵の捕虜になったらしいです。とは言え情報が錯綜していて正確な情報ではないかも知れません。また詳しい事も分かっていません。ですが古鷹中佐とロ○コン野郎共の一部が敵の支配下にある城に連れ去られたのだけは確実だそうです」

 

「ッ!!」

 

俺のせいかッ!!

 

「「「「……」」」」

 

「あれ……どうかしました………………か、ってまさか!?嘘でしょ、バカをやらかしたのって!!」

 

報告を終えた途端、一部の小隊メンバーと遥斗の顔から血の気が引いたのを見て館林曹長は全てを悟った。

 

「……お前らはどっかで体を休めていろ」

 

「へっ!?隊長はどこへ?」

 

「司令部に行って古鷹中佐の救出について聞いてくる」

 

あの時感じた胸騒ぎはこういう事か!!

 

焦燥感に苛まれた遥斗は部下達にそう言うなり駆け出し司令部に向かった。

 

「……行っちまった」

 

「どうするよ?」

 

「どうするったって……言われた通りにどっかで体を休めて待ってるしかないだろ」

 

その場に残された小隊の面々は皆、顔を見合せ居場所無さげに佇んでいた。

 

「…………なぁ、みんな聞いてくれ。俺、考えたんだがこの状況で古鷹中佐達の救出作戦て行われると思うか?」

 

残された小隊メンバーの中で一番階級が高い小林准尉が疑問を口にした。

 

「……多分、無理ですよね。ベヒモスが迫ってますし、また魔物の襲撃が無いとも限りませんし」

 

「帝国に進軍した部隊は今、ベヒモスの撃滅に全力を注いでいますから……余力は……」

 

「じゃあ……救出作戦が行われないと知った隊長が取る行動は?」

 

「「「「……。あっ!!」」」」

 

小林准尉の問い掛けに第5小隊の兵士達はハッとしてから顔を見合せ頷いた。

 

「そういうことだ。……準備を急げ」

 

「「「「応」」」」

 

隊長不在の第5小隊が怪しく動き始めた。

 

 

 

思い詰めた顔をした遥斗はふらふら、よたよたと夢遊病患者のように覚束無い足取りで部下達が貸し与えられたという部屋に向かっていた。

 

――……こうなったら単身で敵地に乗り込むしかない。

 

場所は分かってるんだ。移動手段を手に入れて城を強襲すれば。

 

だが……陸路だと時間が掛かりすぎる。何とかして空の移動手段を手に入れないと。

 

こうしている間にも古鷹中佐の身に危険が……あぁ、クソッ、思考が纏まらん!!

 

基地の司令部に駆け込み古鷹中佐達の救出作戦について問い質した遥斗だったが基地の司令から救出作戦は行わない、行えないと告げられてしまったため単身で囚われの身となった古鷹中佐や他の兵士を助けに行く覚悟を決めていた。

 

とにかく飛行機を手に入れて古鷹中佐達を助ける。

 

これは決定として、皆(部下)には……黙っておくか。俺の勝手に付き合わせる訳にもいかんし、言ったらついて来そうだからな。

 

あいつらまで巻き込む訳にはいかん。

 

しかし……2度の命令違反に独断専行か。ハハハッ、これは事が終わったら銃殺刑コースだな。

 

自分の末路を予想した遥斗はやさぐれた苦笑いを浮かべる。

 

「さてと、まぁ最後ぐらいは笑顔で別れるか」

 

これが部下達と最後の別れになるだろうと考えた遥斗は部下達が待つ部屋の前で気合いを入れるように頬を両手でパンパンッと叩き、何事も無かったような表情を浮かべ部屋の扉を開いた。

 

――ガシャガシャガシャッ!!

 

「……はっ?」

 

部屋に入った遥斗を迎えたのは9mm機関拳銃と89式小銃の銃口だった。

 

「動くなっ!!――って、何だ隊長ですか……驚かさないで下さいよ。全く」

 

「銃を下ろせ〜〜〜隊長だった」

 

「はぁ〜了解、作業に戻ります」

 

「憲兵にバレたかと思ったぜ……ふぅ……」

 

「な……な、何をしているんだお前ら!!」

 

遥斗が入った部屋の中は魔窟と化していた。

 

壁際に並んだパソコンでは基地のセキュリティシステムに対しハッキングが行われており、また部屋の至るところには様々な銃火器、弾薬が積まれ、部屋の中央にある大きなテーブルには基地の詳細な地図が置いてあり、それには幾つかの×印が付けられていた。

 

「何って……ねぇ?」

 

「反乱準備?」

 

「……」

 

部下の答えに遥斗は絶句して何も言えなかった。

 

「というか隊長。行くんでしょ?助けに」

 

「っ!?」

 

バレてる!?

 

「無言は肯定と取りますよ」

 

「あぁ、そうそう。止めても無駄です。だってもう、ここまで手を貸してるんですから最早俺達も同罪ですし」

 

「水くさい事は言いっこ無しって事で」

 

「隊長が嫌と言おうが何だろうが、俺達は地獄の底までついて行きますから」

 

「一蓮托生です!!」

 

「あぁもう……本当に……底抜けのバカばっかりかよ」

 

部下達の言葉を耳にして、他人には見せられない顔になってしまった遥斗は、顔を見られないように俯き小さな声で言った。

 

「「「「お褒めに頂き恐悦至極!!」」」」

 

目の辺りを腕でごしごしと擦り顔を上げた遥斗は胸を張って笑っている部下達の顔を見て吹っ切れた。

 

「……ったくもう、好きにしやがれ。で、作戦はもう練ってあるんだろ?」

 

「えぇ、もちろん」

 

遥斗に問い掛けられた小林准尉は満面の笑みで頷いた。

 

「作戦は簡単です。まず、隊を分隊規模で3つに分けます。第1分隊は新兵を基本とし陽動担当。基地の端で騒ぎを起こします。次に第2分隊は第1分隊の陽動に乗じ管制塔及び対空システムの制圧担当。そして隊長を含む第3分隊が古鷹中佐達の救出を担当します」

 

「足はどうする?」

 

「1時間後に第11技術試験小隊のC-130Jが離陸予定となっていますので、そいつを頂戴します」

 

「……分かった。それで行こう」

 

小林准尉が立案した作戦内容を聞いて遥斗が頷いた時だった。

 

「――そうはさせん!!」

 

「っ!?」

 

ドゴン!!と強引に扉が開かれ親衛隊の隊員達が部屋の中へと雪崩れ込んで来た。

 

「動くな、銃を捨てろ!!」

 

「黙れ!!そっちが銃を捨てやがれ!!」

 

一触即発の空気の中、互いに銃口を向けあう兵士達が口々に怒鳴る。

 

「アドルフ……よりにもよってお前かよ……」

 

遥斗達の企みを阻止するべく、部屋に突入してきたのは遥斗の同期であるアドルフ・エーデルトラウト大佐と大佐が率いる親衛隊であった。

 

「ん?何やら不満げなご様子。俺では役不足だったかな?」

 

ルガーP08の銃口を遥斗に向けたまま、ニヒルな笑みを浮かべエーデルトラウト大佐は言った。

 

「館林、紙を渡した親衛隊ってまさかコイツか?」

 

「……はい。不味かったですか?」

 

「ワーストチョイスだ」

 

「あらら〜〜……すいません」

 

やれやれと言わんばかりに額に手を当てて首を横に振る遥斗を前に館林曹長は謝罪の言葉を口にする。

 

「おい、俺を無視するとはいい度胸だな」

 

無視された形になったエーデルトラウト大佐が額に青筋を浮かべた。

 

「あぁ、悪い。で話はなんだ?」

 

この場を凌ぐため遥斗は分かりきっていることをわざと聞き時間を稼ごうとしていた。

 

「フン、まぁいいさ。貴様と貴様の小隊には抗命罪及び国家反逆罪の容疑がかけられ拘束命令が出ている。大人しく従って貰おうか」

 

「ッ、残念だが……それは聞けないな」

 

「こちらとしては強引な手を使いたくはないんだが?」

 

「嘘つけ、顔に使いたくてたまらないって書いてあるぞ?」

 

「……ククッ、そうか。それは済まないな。どうも俺は顔に出やすいタイプのようだ。ククッ」

 

犬猿の仲である遥斗の命運を自分が握っているという優越感からエーデルトラウト大佐は酷くご機嫌な様子でそう言った。

 

……不味いな。

 

隙がない、流石は親衛隊といった所か。

 

小物感丸出しで笑っているエーデルトラウト大佐をよそに遥斗は焦っていた。

 

G36K――G36の派生モデルで機動性の向上と特殊任務での使用を目的として銃身を切り詰めたカービン型を構えている親衛隊に一部の隙も出来ないからだ。

 

このままではここで親衛隊に捕まり、古鷹中佐達を助けに行けなくなる。

 

何か、何かこの状況を逆転出来る策はないのかっ!!

 

起死回生の策を脳内で模索する遥斗だったが、そう都合よく起死回生の策が浮かぶ筈もなかった。

 

「さて、そろそろ貴様の無駄な時間稼ぎにも飽きてきた。大人しく降伏しろ」

「ッ!!」

 

この野郎、わざと!!

 

エーデルトラウト大佐の最後通告に遥斗がもう駄目だ。と諦めかけた時だった。

 

救世主が思わぬ所からやって来た。

 

「あらら、何だか大変な時に来ちゃったみたいね」

 

チャキッと音を立ててエーデルトラウト大佐の首筋に剣が突き付けられる。

 

「なっ、誰だ貴様は!?」

 

「動かないで、死ぬわよ?」

 

背後から忍び寄りエーデルトラウト大佐の首筋に剣を突き付け、遥斗の窮地を救ったのは城塞都市バラードから遥斗達が連れてきたあの少女だった。

 

「お前……」

 

「ティナから話は大体聞いたわ。時間が無いんでしょう?手を貸すわ。――ほら、さっさと武器を捨てなさい。あぁ、アンタ達もよ」

 

「クソッ!!……総員武器を捨てろ」

 

少女に促されたエーデルトラウト大佐が悔しげに武装解除に応じる。

 

大佐がルガーP08を床に捨てると親衛隊の隊員達も、それに続いた。

 

そして丸腰になったエーデルトラウト大佐と親衛隊を第5小隊の兵士が素早く縛り上げていく。

 

「お前がどうしてここに」

 

無害化されていく親衛隊を横目に遥斗は少女に問い掛けた。

 

「べ、別に……命の恩人が困っているって聞いたから手を貸しに来ただけよ」

 

頬を赤らめチラチラと伺うように遥斗の顔を見ながら少女は言った。

 

「そうか……何はともあれ助かった。後はこちらでやる」

 

「……へぇ〜〜〜じゃあ道案内は要らないの?」

 

「道案内?」

 

少女の意味深な言葉に遥斗は眉をひそめて聞き返す。

 

「貴方の上官が囚われているコルサコフ城の内部構造を私は熟知しているの」

 

「何だと?何故そんな事を知っている?」

 

「何故かって?だってコルサコフ城は私が幼少期を過ごした城だもん。あぁ、そう言えばまだ自己紹介がまだだったわ。私の名はレミナス・コルトレーン・ジェライアス。今は亡きコルトレーン王国の第1王女よ。レミナスって呼んで頂戴」

 

衝撃の事実がレミナスの口から語られた。

 

「「「「なっ!?」」」」

 

レミナスの言葉に、その場にいた全員が絶句する

 

「ほ、本当なのか?それは」

 

「さぁ?私の出自を知るものはもうこの世に居ないから……確かめようがないわ」

 

驚きに染まった遥斗の言葉にレミナスは一瞬だけ深い悲しみの色を顔に浮かばせながらも、あっけらかんとした口調で答えた。

 

「で、そんな事よりも!!道案内はいるの、いらないの!?どっち!!」

 

うっ……正直に言えば城の内部構造を知っている協力者は欲しいが……民間人を、亡国のお姫様を危険な場所に連れて行くのは……。

 

「隊長、中佐達を救う為には彼女の手を借りたほうが……」

 

遥斗の迷いを見透かしたように小林准尉が声を掛ける。

 

「そう……だな。四の五の言ってられる状況じゃないか。――レミナス、悪いが手を貸してくれ」

 

悩んだ末に遥斗はレミナスの提案を受け入れた。

 

「えぇ、もちろん。未来の夫の為だもの是非は無いわ」

 

「「「「……」」」」

 

ここで再び皆が絶句した。

 

「……夫?」

 

何やらすごい事を言い出したレミナスに遥斗は恐る恐る問い掛ける。

 

「えぇ、だって貴方、私に求婚したでしょ?」

 

……求婚?いつ?

 

「……」

 

話の雲行きが怪しくなってきた事に遥斗は顔をしかめ、第5小隊や親衛隊の兵士達は野次馬根性丸出しでニヤニヤと愉しそうに笑い出す。

 

「もう、忘れたとは言わせないんだから!!バラードから逃げる時、私を抱いたでしょ!!」

 

「うわっ……隊長……影でそんなことを……」

 

「変態」

 

「最低」

 

「鬼畜野郎」

 

「地獄に落ちろ」

 

「死ね、氏ねじゃなくて死ね」

 

一瞬で態度を翻した第5小隊の兵士達が遥斗に向かって暴言を吐きまくる。

 

「ちょ、ちょっと待て!!俺はレミナスを抱いてなんか――抱いて……まさかお姫様抱っこのことか?」

 

「そうよ、思い出した?あれはコルトレーン王国の王族に古くから伝わる求婚の儀よ。でも、まさかあんな場面で求婚されるとは思っても見なかったけどね」

 

レミナスの言葉が皆の耳に届いた瞬間、第5小隊の兵士達が再び態度を翻す。

 

「俺はずっと信じてましたよ、隊長」

 

「隊長がそんなことするはずないですよね」

 

「やっぱりな」

 

「そんなことだと思ったよ」

 

コイツら。

 

あまりにも露骨な変わり身に遥斗は額に青筋を浮かべて部下達を睨み付ける。

 

「?」

 

そして1人状況が分かっていないレミナスは小さく首を傾げていた。

 

ちなみに遥斗は古鷹中佐達の救出作戦の前にレミナスの誤解を解こうと奮戦したが、恋心を抱く乙女には叶わず婚約者のままにされた。


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