△月3日
……なんてことなの。
お忍びで街中を視察中に見知らぬ男とぶつかって唇を奪われてしまった。
無礼打ちですぐに首をはねようとしたのだけれど、真摯に謝罪された事と前をしっかり見ていなかった私にも非があると思って無礼打ちは止めたわ。
けれど私の唇を奪った男を無罪放免で帰すのも癪に触ったから3〜4時間、タップリと私の従僕として働いてもらったの。
……案外楽しかったのが悔しい気もするのだけれど。
また会え――
いいえ、何でもないわ。
△月10日
今日は人生で一番最悪な日になったわ。
エルザス魔法帝国の軍勢が何の前触れもなしに攻め寄せて来たのよ。
その数、60万。
勝てる訳がない。
すぐに援軍要請の早馬を王都へ出したけれど援軍が来るまで持ちこたえられるかは分からない。
……というか援軍は来るのかしら?
最も、援軍が間に合った所で勝ち目はなさそうだけれど。
まぁいいわ。やれるだけやるだけよ。
……弱気になったからなのかしら。
つい先日、私の唇を奪った男の顔が脳裏にちらつくのよ。
その事を不快と思わない自分が忌々しい。
私は自分が思っていた以上に乙女チックだったようね。
△月11日
最悪な日の幕開けは60万の軍勢に私の城塞都市が包囲されたという報告だったわ。
戦闘が始まる前に帝国から降伏の使者がやって来た。
降伏すれば危害は加えない?
だったらまず、その色欲にまみれた目で私を見るのを止めなさい。
使者は首だけで帰ってもらうことにしたわ。
△月12日
激しい戦闘が続く。
気が抜けない。
△月13日
兵士の士気が落ちてきた。
それも当然かしら、だって60万対2万の戦いなのだから。
絶望的な戦力比。
今、持ちこたえているだけでも奇跡よ。
……まぁ、本当の所はあちらが本気を出していないだけなのだけれど。
△月14日
帝国が本気を出した途端、今まで何とか持ちこたえてきた外縁の城門が陥落。
今日が人生最後の日になるかも、と覚悟を決めていたら……信じられない事が起きた。
私の唇を奪った男が僅かな手勢を率いて私を助けに来たのよ。
信じられる!?
自分から死地に飛び込んで来たのよ!?
最初、あの男の顔を私が見た時どれだけ驚いたか。
そのあと、ささやかな戦勝会でカズヤ(私の唇を奪った男)と2人だけで会話する機会があった――邪魔な副官が居ない間――のだけれど、そこでまたカズヤには驚かされたわ。
だって……私の唇を奪った償いに、私を助けに来たって言うのだもの。
……私を死なせたくなくてここまで来てくれるなんて。
この瞬間、私は完全に堕ちたわ。
だけど、だけどよ!?
あのバカは私を口説いているつもりじゃ無かったの!!
あまりにも頭に来たから思いっきり殴ってやったわ。
フン、いい気味だわ
△月15日
城塞都市を長きに渡って守って来た城壁と城門が帝国によって吹き飛ばされてしまう。
もう終わりだ。と私達が絶望していると、またカズヤ達が帝国軍を撃退してくれた。
けれど、カズヤは戦闘で数人の部下を失い、少し気落ちしていたわ。
優しすぎるのよ、カズヤは。
……これは私が公私に渡って支えてあげないといけないわね。
△月16日
王国の援軍が向かっているという報告を受けて、喜んだのも束の間。
敵の空中艦隊と空中要塞が私達の前に姿を現した。
これ以上持ちこたえられないのは明白。
だからこそ、我が身を囮にして民を救おうとしたのだけど。
ここでもまたカズヤに驚かされたわ。
カズヤが箱状の物に向かって呟いた途端、敵が業火に包まれたの。
更に、帝国に対し攻撃を仕掛ける見たこともない軍勢が出現。
どんな手を使ったのかとカズヤを問い詰めようとしたのだけど。
うまくかわされてしまったわ。
まぁいいわ。だけど次は逃がさない。
しっかりと事情を説明してもらうから。
最もカズヤの言動をみる限り、カズヤがあの謎の軍勢を率いている、もしくは指揮官なのは確実ね。
……身分の差をどうやって埋めさせようかと悩んでいたけれど、手間が省けたわ。
これで早く一緒になれるわね。
その時が待ち遠しいわ。
……日記はここで途切れている。