ファンタジー世界を現代兵器チートが行く。   作:トマホーク

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後に数百万人の命運を決定付ける切っ掛けとなるその日、パラベラムの復興作業に一通りの目処がついたことで時間が取れたカズヤは旧カナリア王国領の都バーランスに置かれた総督府に出向き、以前カレンとの間で交わされた1つ目の約束を履行していた。

 

そして自らが直接迎えに行くという約束を果たした後、カレンを連れパラベラムに帰還したカズヤは司令本部にある私室でカレンと共に昼食を取っていた。

 

「――それにしても、これだけの被害を受けたというのに立ち直るのが早いわね。流石は渡り人の国と言うべきかしら?」

 

約束が守られ、また最近あまり無かった2人っきりの時間が出来た事で上機嫌のカレンが復興の進むパラベラムの街並みに目をやると、そう呟く。

 

「ん?そうか?これでも復興計画は少し遅れ気味なんだが……まぁ、この世界の基準と比べたら格段に早いのは間違いないな」

 

「……これでも遅いなんて本当に底が知れないわね、貴方の国は」

 

「まぁな」

 

カレンの言葉にカズヤが誇らしげな笑みを浮かべる。

 

「そ、それはそうとカズヤ?この前約束した遠出の件――」

 

「失礼します、ご主人様。お食事中申し訳ありませんが、緊急事態です」

 

自分から2つ目の約束――遠出(デート)の件を切り出してしまうと楽しみにしている事がバレ、恥ずかしいがカズヤの方から遠出の件を言い出さないためカレンが意を決して切り出した途端、完全武装の親衛隊やメイド衆、千代田を連れた千歳がやって来て2人の会話を遮る。

 

「……」

 

あまりにも間の悪いタイミングで邪魔者達が現れてしまったせいで目的を果たせなくなりワナワナと無言で怒りに震えるカレン。

 

そんなカレンの姿に目敏く気が付いていたカズヤは、後でフォローを入れようと思いつつ険しい顔をしている千歳の話を優先した。

 

「緊急事態?何が起きた?」

 

「ハッ、我が本土に敵部隊が侵入し各所で破壊活動を開始。また港湾エリアの数ヶ所にて生物剤警報器が異常を感知、生物兵器の類いが使用された可能性があります」

 

「なん……だとッ!?敵襲!?どこから入ってきた!!いや、それよりも生物兵器だと!?」

 

自分が予想した緊急事態よりも遥かに重大な緊急事態にカズヤは目を剥き慌てふためく。

 

「面目次第もございません。侵入経路は未だ不明ですが、ジズとの戦闘により生じた哨戒網の穴を突かれ侵入を許してしまったものと思われます。また同様の理由で敵が本土に侵入してからに気が付くまで時間が掛かりました。……全ては私の責任、いかような処罰でもお受け致します、マスター」

 

パラベラムの監視・防衛システムの全てを掌握し、責任者となっている千代田がカズヤに頭を下げる。

 

「謝るのは後でいい、侵入した敵部隊と生物兵器への対応はどうなっている!?」

 

「ハッ、既に第1種戦闘配置を発令し各軍の即応部隊とCBIRF(化学生物事態対処部隊、通称シーバーン)を各所に展開、敵部隊との戦闘や非戦闘員の避難誘導、汚染された区域の除染活動を行っています」

 

「現在の被害状況と侵入した敵の規模は?」

 

「敵との戦闘で発生した死傷者は現在までに169名、後は確認が取れていませんが生物兵器がばらまかれたエリアにいた兵士や一般市民、約800名の安否が不明です。次に敵部隊の規模についてですが、およそ一個大隊程度と推定。奇襲を成功させるために少数精鋭で挑んできたものと思われます。しかし、そのお陰でさほど時間を掛けずに排除出来るかと。ですが念のため、ご主人様にはここの地下司令部への移動をお願いしたく」

 

何よりも優先されるべきカズヤの身の安全を確保すべく、千歳が核攻撃にも耐えうるよう設計されている地下司令部への移動を進言する。

 

「……分かった。だが、その前に家にいる明日香やクレイス達を安全な場所に――」

 

「ご心配なく。既に護衛を送ってあります。今頃はご主人様の私邸の地下シェルターに皆収用されたかと。またA〜C級までのVIPには例外なく部隊を送って手近なシェルターへの避難を行っています」

 

「そうか……じゃあ地下司令部に急ごう。カレン、行くぞ」

 

「えぇ、分かったわ」

 

子供達や妻達の安全が確保されている事を知ったカズヤはカレンの手を取ると千歳に促されるまま、私室を後にする。

 

「これよりご主人様が地下司令部に向かわれる。各員、警戒を厳とし移動経路の安全を確保せよ」

 

『3階東通路、了解』

 

『中央階段、了解』

 

『エントランスホール、了解』

 

『第2連絡通路、了解』

 

『地下司令部前通路、了解』

 

私室を後にし地下シェルターに向かう途中、最重要人物であるカズヤを安全に地下シェルターへ送り届けるために千歳が各所各員に無線を飛ばす。

 

そうして厳重な警戒をしつつカズヤ達が廊下を進んでいると、皆を先導する千代田が不意に足を止めた。

 

「ッ、止まってください。マスター」

 

「どうした、千代田?」

 

「敵歩兵30名が司令本部の敷地内に侵入しました。――これは……移動速度が異様に速い、侵入してきた敵は人間ではない?敵の予想進路を計算……。ッ、このままだと地下シェルターに到るまでの全移動経路が3分以内に遮断され……ッ!?駄目です、私室にお戻り下さいマスター!!」

 

リンクしている監視カメラから得た映像データやその他の情報を加味し敵の予想進路を割り出した千代田が警告の声を上げたと同時に司令本部内の各所で銃声や悲鳴が響き渡る。

 

「くっ……分かった」

 

地下シェルターへの避難が不可能となったカズヤ達は踵を返し、先程の部屋に戻る。

 

「ご主人様は先に部屋の中へ!!――大尉。半分預ける。部屋の前を固めておけ、誰も入れるな」

 

「了解」

 

カズヤの私室に入る直前、千歳は連れてきていた親衛隊の半数、10名を部屋の前の廊下に残し敵襲に備える。

 

「千代田、増援を要請しろ」

 

「既に要請済みです、姉様。GIGNと元GRU所属下のスペツナズ、各一個小隊が10分以内に到着、更にSASとNAVY SEALs、グリーンベレーの各一個分隊が15分後に到着予定です」

 

「そうか……ならば、増援が到着するまでが勝負になるな」

 

元いた部屋へと逆戻りしたカズヤ達は部屋の中で防御を固め、大人しく増援の到着を待つことになった。

 

「おい、お前達。その机を引っくり返してバリケードを作れ、そっちの本棚とソファーもだ」

 

「よ、よろしいのですか?閣下」

 

私室を破壊してバリケードを作れと言うカズヤに親衛隊の隊員達は躊躇いを見せる。

 

「緊急事態だぞ?構わん、やれ。――えっと……これだ」

 

躊躇う隊員の問い掛けに苦笑し免罪符を与えたカズヤは改めて親衛隊の隊員に命令を下し私室の家具で急造のバリケードを構築させると壁の中に隠されていたスイッチを押す。

 

するとスイッチのすぐ脇にある壁一面がゴゴゴゴッと動き出し、次いで大量の銃火器が姿を現す。

 

更に天井の一部がウィーンと動き、防弾チョッキ等の装備品一式が降りてくる。

 

「「「「……」」」」

 

まるでアクション映画のように、いきなり壁や天井から現れた大量の銃火器、装備品を前にしてカズヤを除く全員が唖然とする。

 

「カレン、一応これを持っておいてくれ」

 

「え、えぇ……分かったわ」

 

整然と並べられた大量の銃火器の中から超コンパクトモデルのグロック30を手に取ったカズヤは、突然の事に唖然としていたカレンにグロック30を手渡す。

 

「……ご主人様?いつの間にこんなモノを?」

 

「ん?最初からあったが……言ってなかったか?」

 

「聞いていません」

 

「あれ?そうだったか?……まぁ、なんだ。趣味の延長みたいなものだから気にするな」

 

「……はぁ、分かりました」

 

呆れたような、困ったような表情を浮かべる千歳の問い掛けに苦笑いで返すカズヤ。

 

「お話の途中ですが、マスター。敵が来ます。90秒後に廊下の兵士達が接敵!!」

 

カズヤの小さな秘密が露呈し妙に穏やかな空気が流れたかと思いきや一転、千代田の言葉に緊張が走る。

 

「総員配置につけ」

 

千歳の命令でメイド衆のレイナとライナ、エル、親衛隊の隊員10名が部屋の中央に築いた家具のバリケードに陣取る。

 

そしてレイナ達の後ろには千歳と千代田がカズヤを挟むようにして布陣し得物を構えていた。

 

ちなみにカレンはメイド衆のルミナスとウィルヘルムを護衛に付けられ部屋の片隅に避難済みである。

 

「戦闘開始、敵は左右2方向から接近中。曲がり角の影に陣取り弾幕の隙を突いてこちらを伺っています。ッ、敵が突撃してきます!!味方兵士に肉薄っ!!――チッ、流れ弾が監視カメラに当たり外の様子が分からなくなりました」

 

廊下に設置されている監視カメラを介して外の様子を見ることの出来る千代田が戦闘の状況を実況していたが、それも監視カメラが流れ弾で破壊された事で出来なくなってしまう。

 

『なんとしてもここで敵を殺せ!!閣下に近付けさせるな!!』

 

『奴ら速いぞ!!弾が当たらないっ!!……グッ、クソッ、クソッタレエエェェッ!!』

 

『クソッ、ダメだ――ギァアアアアァァァァ!!』

 

そのため、廊下で何が起きているのかは聞こえてくる不吉な声や音で想像するしかなかった。

 

「……静かになった?」

 

断末魔のような声が上がったのを最後にシーンと静まり返り、廊下からは音がしなくなった。

 

「お前とお前、外を確認しろ」

 

不気味な静寂が辺りを包み緊張感が張り詰める中、千歳は親衛隊の隊員に廊下の様子を確認するよう命じる。

 

「「了解」」

 

命令を受けた親衛隊の隊員2名が家具のバリケードから離れ、恐る恐るゆっくりと扉のドアノブに手を掛けた時だった。

 

突如、ドゴンッという音と共に部屋の両側の壁が爆ぜ、大穴が穿たれたかと思うとフード付きの真っ黒な外套に身を包んだ敵、計6名が部屋の中に侵入しカズヤの命を奪わんと凶刃を振りかざす。

 

「「「「か、閣下!!」」」」

 

「「「ご主人様っ!!」」」

 

不意を突かれた親衛隊やメイド衆が奇襲に対応出来ず後手に回っているのを感じ取り、またターゲットであるカズヤの側に2人しか護衛がいないのを確認した侵入者達が勝利を確信しフードの下でほくそ笑むがそれは些か早とちりが過ぎた。

何故ならカズヤの側に居た2人とは誰であろう千歳と千代田であるからだ。

 

「「ゴミクズ共が」」

 

シンクロした侮蔑の言葉と共に振るわれた2人の斬撃。

 

千歳の日本刀と千代田の薙刀による神速の一閃は6人の首を同時に切り裂き、部屋の中を鮮血で染める結果となった。

 

「……ふぅ、何とかなったか」

 

千歳と千代田の活躍のお陰でホルスターから抜いていたM1911コルト・ガバメンやFive-seveNを使うことなく事を終えたカズヤがホッとし安堵の声を漏らす。

 

だが、実際はまだ何も終わっていなかった。

 

いや、それどころかこれからが本当の始まりであった。

 

「まだ気を抜くことは出来ません、ご主人様。今の敵で最後だとは限りませんし、何より初めから敵がご主人様の事を狙って――ご主人様っ!!」

 

念のため殺した敵の心臓を日本刀で抉っていた千歳はカズヤの方に顔を向けた瞬間、真っ青になり凍りつく。

 

「マスター!!後ろです!!」

 

「カズヤッ!!後ろよ!!」

 

「えっ?――なっ!?」

 

千代田とカレンの一言でカズヤがようやく背後にいる存在に気が付く。

 

いつの間にッ!?気配なんか無かったぞ!?

 

「フフッ、最後まで気を抜いちゃダメよ?坊や」

 

ついさっき千歳と千代田が殲滅した敵と同じ外套を纏う人物がカズヤの首に手を掛けたまま不敵に笑っていた。

 

「ご主人様からその薄汚い手を離せッ!!」

 

「マスターから離れろッ!!」

 

「動くな!!」

 

「「「「ッ!?」」」」

 

「そうそう、いい子達ね。そのまま動いちゃだめよ?一歩でも動けば貴女達の大事な男の首が飛んじゃうから、私の部下と同じ様に……ね?」

 

不用意にカズヤの側から離れてしまった事を後悔しつつ、カズヤの首に手を掛けている敵を殺そうと千歳や千代田が攻撃態勢に入るが敵の一言で身動きを封じられてしまう。

 

また千歳と千代田以上にカズヤとの距離が離れているメイド衆や親衛隊は尚更手出しが出来なくなっていた。

 

「「ッッッ!!」」

 

カズヤを人質に取られてしまったため身動きが取れなくなり、得物を構えたまま敵の要求を飲むしかない状況に、ただ犬歯を剥き出しにして鬼の形相を浮かべる事しか出来ない千歳と千代田。

 

「フフッ。貴女達のその顔とっても素敵よ?」

 

カズヤという最強の切り札を手に入れた敵は、そんな2人の表情を見ると目深に被ったフードから唯一覗く口元をニヤリと愉しそうに歪めた。

 

「……何者だ、貴様」

 

「うん?坊やは私の事が気になるのかしら?」

 

「……坊やという歳でもないんだが」

 

人質に取られてしまったカズヤが敵の隙を誘い、また時間を稼ごうと質問をした時だった。

 

「――カズヤ!!無事かい!?」

 

「「カズヤ!!」」

 

「お兄さん!!」

 

バタバタという荒々しい足音と共に息絶えた敵の頭を鷲掴みにしているアミラが部屋の中に乱入。

 

続いてフィーネやリーネ、イリスが部屋に入って来てしまう。

 

更にその後から増援として呼んでいたGIGNやスペツナズの兵士達が現れた。

 

「……」

 

……なんでみんな来ちゃうんだよ。

 

カレンとの昼食後に会う約束をしていたため司令本部に居たことは知っていたが、何故か避難しておらず危険な場に勢揃いしてしまった妻達にカズヤは内心でため息をついていた。

 

「あらあら、増援が来る前に終わらせる予定だったのだけれど……予定が狂っちゃったみたいね」

 

「ッ、なんだいアンタ!!カズヤを離しな!!って……その声まさか、アンタはッ!!」

 

頭がへしゃげている死体から手を離し、改めて拳を構えたアミラが聞き覚えのある声に反応する。

 

「あらら、バレちゃったみたいね。じゃあこの外套は意味無いし邪魔だから脱いじゃいましょ」

 

千歳と千代田の禍々しい殺気が込められた視線を一身に浴びている人物は正体がバレた事を悟ると、そう言って外套を脱ぎ捨てる。

 

「ふぅ……やっぱり、この慣れた格好の方が楽でいいわね」

 

「「女?」」

 

「こ……ども?」

 

フィーネやリーネ、イリスが驚いたように溢した言葉の通り、外套を脱ぎ捨て現れたのは黒と赤を基調とし鎧とボンテージが融合したような、防御力があるのかどうか疑いたくなる際どい衣装を纏う少女。

 

すべてを見通すような深紅の瞳にド派手なピンク色の長髪、幼さの残る風貌ながら、あり得ない程の威圧感を放つ異質な存在であった。

 

「さて、まずは久しぶりとでも言えば良いかしら?アミラ」

 

「そうだね、ずいぶんと久しぶりだね……まぁ、あたしはアンタの面なんか2度と拝みたくはなかったけどさ」

 

「あら、残念。つれないわね」

 

「……アミラ、コイツは何者だ?」

 

人質のまま成り行きを窺っていたカズヤが2人の会話を遮り、苦虫を噛み潰したような顔をしているアミラに問う。

 

「そいつの名はマリー・メイデン。想像も出来ないような遥か昔から生きる正真正銘の化物さね。しばらく前にあたしと一戦交えた後、表の世界からは姿をくらましてたんだけどね、まさかこんな場所でこんな形で再開するとは……」

 

「マリー・メイデン?……データ照会――該当データあり。分類は妖魔。種族は吸血鬼の上位種にあたる吸魂鬼(ソウルイーター)。真祖の吸血鬼、解体姫、鮮血の悦楽者などの二つ名多数。現在は暗殺者ギルドに所属しブラッディーファングという最近名を上げ始めている暗殺者集団を率いている模様。注意点――……っ、こいつは不死です」

 

これまでにパラベラムが収集した膨大な情報が詰まっているデータバンクでアミラが口に出した名前を検索にかけた千代田が敵の詳細な情報を割り出した。

 

「あら、私の今の事まで知ってるなんて随分と詳しいのね。なんだか照れちゃうわ」

 

千代田が語った情報に少し驚いたように笑い、空いている左手でうっすらと赤く染まった頬を押さえるマリー。

 

その姿はまるで、人畜無害の少女が初恋の相手に心を踊らさせているような様相だったが、カズヤの首をいつでも握り潰せるようにしているせいで見る者には違和感を感じさせるだけであった。

 

「暗殺者か……それで貴様の目的は?すぐに俺を殺さなかったということは何か目的があるんだろ?」

 

「えぇ、あるわよ。でも、目的を成す前に……全員武器を捨てなさい。目的を達成する途中で邪魔をされても困るから」

 

「うぐっ!?」

 

カズヤの首を締め付けている手の力を強め、更にナイフのように鋭い爪をカズヤの首に食い込ませ、わざとらしく一滴の血を流させるとマリーは千歳達に武装解除を要求した。

 

「ぐっ、俺を、俺達をあまり舐めるなよ。クソ野郎!!誰が貴様の思い通りに動くものか!!――現刻をもって長門和也が所有する全権を千歳に移譲!!以後のパラベラムの全指揮は千歳が取り、敵の殲滅を最優先せよ!!」

 

だが、カズヤはそれをただ見過ごすつもりは毛頭無く。

 

万力のような力で首を絞められながらも必死に言葉を紡ぎ、千歳達に全てを託す。

 

「……それはなんのつもりかしら?」

 

「ぐぉっ!?くっ……こ、言葉の通りだ。これで俺に人質の価値は無くなった!!殺すならさっさと殺せ!!人を初めて殺した時に殺される覚悟は決めてあるんでな!!ざまあみろ!!バァーカ!!カハッ!?」

 

「……フフッ。勇ましい事ね。でも貴方はもう少し自分の人望や価値というものを理解した方がいいわよ?ほら」

 

顔を僅かに反らし、背後にいるマリーを睨みながら敵の思い通りになるぐらいなら死んだほうがマシだと、ヤケクソ気味にそう言い放ったカズヤに対しマリーは助言を与える。

 

「ゲホッ、な、何を……ッ!?なんで……」

 

万が一、今のような状況が発生した場合どう対応するのかを事前の取り決めによってマニュアルにしてあったためカズヤはそれに従ったのだが。

 

「申し訳ありません……ご主人様……どうか、どうかご命令に逆らう事をお許し下さい……」

 

「マニュアルには従えません、マスター」

 

千歳達は事前に取り決めたマニュアル――カズヤが人質に取られた場合、千歳が全指揮権を受け継ぎカズヤの救出ではなく、あくまで敵の殲滅を優先する――には従わず。

 

それどころか、この場にいる全員がマリーの要求を飲み武器を床に捨てていた。

 

「中々に愛されているようね、貴方。妬けちゃうわ」

 

「……千歳……」

 

この時ばかりは絶対服従を貫いてきた命令にさえ従わず、また武器を捨てる事で我が身を危険に晒してまでもカズヤの命を優先した千歳。

 

そんな彼女に嬉しいような、悲しいような複雑な視線を向けるカズヤだった。

 

「さて、じゃあ次はどうしようかしら?」

 

うーん。困ったわね。私の目的というか依頼人からの指示はナガトカズヤにこれ以上ない恥辱を味あわせた後、苦しませながら殺せというモノなんだけれど。

 

ここでこの男を殺すと……私も色々と危ないかも知れないわね。

 

要求を飲ませた事で圧倒的有利な立場に立ったマリーだったが、千歳達の力量を感じ取っていたため下手を打てば自分が最悪の状況に追いやられるかもしれないという確信にも似た予感にカズヤをこの場で殺すべきか否か内心で悩んでいた。

 

どうしようかしら、この場から連れ出すのも大変そうだし――……それにしてもこの男、随分と美味しそうな匂いが――って、あら?

 

「アハッ、アハハハハハハハハハッ!!イヒヒヒヒヒヒヒヒヒッ!!アヒャヒャヒャヒャヒャッ!!」

 

依頼人の意向をどう達成しようかと悩むマリーだったが、ふとあることに気が付くと突然大声で狂ったように笑い出した。

 

「……気でも狂ったか?」

 

「前から気色悪いとは思ってたけど……ここまでおかしな奴だとはね」

 

マリーの奇行にその場にいる全員が引き、カズヤとアミラが毒を吐く。

 

「――けた。ようやく見つけたわ。ヒヒヒッ、ようやく……ようやくよ。イヒヒッ、どれだけこの時を待ち望んだのかしら――」

 

しかし、笑う事を止めたマリーは周りにいる者達の事など知らぬとばかりにブツブツと独り言を漏らし1人で悦に浸っていた。

 

「――私の愛しき者よ」

 

「は?――グッ!?」

 

カズヤが耳元で囁かれた言葉の意味を理解する前に、マリーの鋭く尖った犬歯がカズヤの首に深々と突き立てられる。

 

「ご主人様ッ!!」

 

「マスターッ!!」

 

「あがっ、ぎっ、ぉ!?」

 

メイド衆の吸血鬼姉妹、レイナやライナにご褒美として時折許している吸血行為で感じる穏やかな感覚とは違い、自分の全てを吸い尽くすようなおぞましい感覚に襲われたカズヤは血を吸われている間、陸に打ち上げられた魚のようにビクビクと体を痙攣させ、事が終わるのをただ待っている事しか出来なかった。

 

「「「「カズヤ!!」」」」

 

「お兄さん!!」

 

「殺してやるッ!!殺してやるぞ貴様アアァァ!!」

 

「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すっ!!」

 

一方で、下手に手を出せばカズヤの命が今以上に危うくなってしまうため、カズヤが血を吸われている姿を傍観しているしかないアミラ達は悲痛な声を上げカズヤの無事を祈るしか無く。

 

またカズヤの為に存在していると言っても過言ではない千歳と千代田の2人は発狂寸前の精神状態の中で、正気を保つために怨嗟の声を張り上げつつ、目を限界まで見開き血走った瞳で穢されていくカズヤの姿を見詰めながら怒りと憎しみのあまりミシミシと軋みを上げる拳を更に軋ませる。

 

「ジュル……あぁ……甘いわ。とっても、あまぁい。フフッ、やはり貴方は私の愛しき者なのね」

 

ゴクゴクと喉を鳴らしながらカズヤの血を啜っていたマリーが首から口を離し、唇に付いた最後の1滴を真っ赤な舌で舐め取ると顔を蕩けさせてそう言った。

「ぁ、あ、ぁぐ、あ……」

 

「カズヤ!!大丈夫かい!?」

 

「しっかりなさい!!カズヤ!!」

 

いきなり大量の血を吸われ、失ったため意識が朦朧としているカズヤはアミラとカレンの呼び掛けに答える事が出来ず、弱々しく呻き声を漏らすだけだった。

 

「貴様っ!!カズヤに何て真似を!!許さんぞ!!」

 

「うるさい小娘ね……愛しき者の血を楽しんだ余韻ぐらい味あわせなさいな」

 

そんなカズヤの姿を目の当たりにして怒りを露にするフィーネに対しマリーは煩わしげに少し眉をひそめる。

 

「愛しき者?何よ、それ!!カズヤは私達の夫なんだから!!」

 

「あらそう。でも、この男は私が貰うわ。殺すように依頼されていたけど、殺すのなんてやめよ、やめ」

 

フィーネに続いてリーネがマリーに突っかかったかと思うと、マリーが信じられない事を言い出した。

 

「貰うだって!?何をふざけた事を!!あんた昔、男には興味ないとか言ってただろうに!!」

 

「えぇ、昔そんな事を言ったわね。でも“ただの男には”という意味で言ったの。この男――カズヤは別よ」

 

「別だって?それはどういう意味だい?」

 

「フフッ、カズヤはね……私が今までずっと追い求めて来た理想の魂を持っているのよ。この形、色、光、この理想の魂をどれだけの間、探していたか……」

 

「知ったこっちゃないんだよ!!そんな事!!カズヤはあたしらのもんだ!!」

 

「――ッ……その、通りっ!!ッ、俺はお前のモノになんか……ならないッ!!」

 

朦朧とする意識を気力でなんとか繋いでいるカズヤがアミラの言葉に呼応し、そう言い放った。

 

「……ふぅ〜ん。じゃあ無理矢理にでも私のモノにして貰っていくわ――ねっ!!」

 

血を吸っている時に眷属化したはずなのに私を拒絶するなんて……。

 

いいっ!!すごくいいわよ、カズヤ!!ますます貴方の事が欲しくなったわ!!

 

アミラの断固たる宣言や、カズヤは渡さないと言わんばかりの確固たる意志が宿るカレン達の視線。

 

そしてカズヤの拒絶と千歳、千代田の狂気染みた殺気を前にマリーは強硬手段に出る。

 

「ぁ?――ガアアアアアアアァァァァァァァァァッ!!」

 

突然、聞いたことも無いような壮絶な絶叫を上げるカズヤ。

 

「カズヤ!?マリー!!あんた何を!!」

 

「黙ってなさいッ!!今、集中してるんだから、下手に邪魔するとカズヤが死ぬわよ!!」

 

カズヤの絶叫に驚いたアミラが諸悪の根源であろうマリーに問い掛けるが、真剣な面持ちで何かに集中しているマリーは答えを返さない。

 

もう少し、もう少しよ……。

 

アミラ達の方からではカズヤが壁となりマリーが何をしているのかは窺い知る事は出来なかったが、もしその光景を横から見る者がいたらカズヤの“体内”にマリーの左腕がずっぽりと嵌まり侵入しているのがハッキリと見え驚愕したはずである。

 

「ガッ、ッ、ギッ……」

 

「……ッ、捕まえたわ」

 

真っ青な顔で白目を剥き口から泡を吹いているという、まるで死人染みた姿に成り果てたカズヤとは対照的に目的のモノを手に入れたマリーが興奮した面持ちでニンマリと笑う。

 

「これよ、私はまさにこれを求めていたのよ!!」

 

マリーの手に握られたモノ、それは蒼白く光るカズヤの魂だった。

 

「素晴らしい……素晴らしいわよ、カズヤ!!」

 

「「「「……」」」」

 

取り出したカズヤの魂をまるで死神のように弄ぶマリーから発せられる異様なオーラに誰もが呑まれてしまい言葉を発する事が出来ない。

 

しかし、この場には条件さえ揃えば神にさえ弓引く事を躊躇わない修羅が2人いた。

 

「ご主人様の魂を元に戻せ……解体するぞ、貴様」

 

「地獄のような苦しみを与えてから貴様は殺す」

 

怒りの限界を突破し頭がどうにかなってしまいそうな中、そう呟く2人。

 

「ウフフ。負け犬の遠吠えなんてちっとも怖くないわね」

 

心臓が弱い者であれば心停止を引き起こし卒倒してしまいそうな程、禍々しい威圧感が込められた千歳と千代田の言葉だったが、マリーは堪えた様子を見せない。

 

「貴女達はそこで大人しく指を咥えてカズヤが私のモノになる様を見ていなさい」

それどころか、千歳と千代田を更に挑発する始末であった。

 

「さて、アーン♪」

 

「「「「ッ!?」」」」

 

皆に見せ付けるように顔を上げ口を大きく開いたかと思いきや、カズヤの魂を口に放り込みあめ玉を舐めるように舌で転がすマリー。

 

「んふふ……美味しい……美味しいわぁ……このまま食べてしまいたい気もするけれど、それじゃあつまらないものね」

 

散々カズヤの魂を舐め回した後、マリーがそう言って口の中からカズヤの魂を取り出した。

 

するとマリーの口に入る前とは違い、カズヤの魂に何か文字のようなモノが刻まれていた。

 

「ッ、ちょっと待ちな!!その文字、まさか隷属魔法の刻印じゃ!!」

 

「目敏いわねアミラ。その通りよ。口の中で私の唾液と共にタップリと刻み込んであげたわ。これでカズヤは私のモノ」

 

「なんて事を!!人間の魂にそんな事をしたら魔法の効果に耐えきれず精神が崩壊する可能性だってあるんだよ!?」

 

「フフッ、大丈夫よ、なにしろ私のお眼鏡に叶う魂を持っているカズヤだもの。きっと耐えてみせるわ。それに万が一カズヤの精神が壊れてしまっていたとしても私は構わないわ。だって私は欲しいモノを必ず手に入れる主義なのだから。そう、例えどんな形に壊れてしまっていようとも。――さぁ、カズヤ。私のモノになった証として目の前にいる邪魔者達を殺しなさい。そうすれば私が900年間守ってきた純潔を散らす名誉を与えてあげるわ!!」

 

散々口内で弄んだカズヤの魂を肉体に戻したマリーが臆面もなく処女宣言をぶちまけながらカズヤに命じる。

 

するとマリーの言葉に反応し、操り人形のようなカクカクとした動きでカズヤが動き出す。

 

「……」

 

「ご主人様?」

 

「マスター?」

 

ようやく首を掴んでいたマリーの右手から解放されたカズヤだったが、虚ろな瞳で千歳達の姿を捉えると無言のまま、両手にあるM1911コルト・ガバメンやFive-seveNの銃口をゆっくりと正面――すなわち千歳達に向ける。

 

「……どうしたの?カズヤ、早く邪魔者達を殺しなさい」

 

しかし、いつまで経ってもカズヤが引き金を引くことは無かった。

 

その事を不審に思ったマリーがカズヤに早くしろと命じるが状況は変わらない。

 

「魔法が効いていない?いえ、そんなはずは……隷属魔法は魂にしっかりと刻み込んだ――」

 

何かに抗うように動きを止めてしまったカズヤにマリーが近付いた時だった。

 

パンッ、と1発の銃声が響き鮮血が迸る。

 

「なっ!?」

 

「ぐうぅぅッ!!千歳ッ!!千代ッ!!」

 

隷属魔法の呪縛に抗うために自らの右肩を撃ち抜き、自我を取り戻したカズヤが万感の思いで自らの忠臣の名を叫ぶ。

 

「「はいッ!!」」

 

たった一言、主に名を呼ばれただけで2人は主の意思を正確に汲み取り行動を開始。

 

「死にさらせッ!!」

 

「消え失せろッ!!」

 

床に捨てていた得物を蹴り上げ、刹那の間に手に取ると溜まりに溜まった鬱憤を晴らすべく2人同時に怨敵へ斬りかかる。

 

「はや――ギャッ!!」

 

そして、まさかの事態に油断していたマリーの体を十字に両断した。

 

「ご無事ですか!!ご主人様!!」

 

「申し訳ありません、マスター!!私達が不甲斐ないばかりにッ!!」

 

マリーの体を八つ裂きにとはいかぬとも四つ裂きにした千歳と千代田がカズヤの元に駆け寄る。

 

「はぁ……はぁ……気を、抜くな……2人とも、ッ、まだ……来るぞ」

 

血の気が引いた重病人のような顔色のカズヤに言われ、2人が振り返ると四つに分断されたマリーの肉体が再生を始めていた。

 

「フヒヒヒッ……いいわ……とてもいい……カズヤ、貴方は私の理想を越えた存在だわ。私の眷属になった上に隷属魔法――それも魂に直接刻み込んだ隷属魔法に抗うなんてなんて……その強さ、その気高さ、すべていいわ。イヒヒヒッ、欲しい、貴方のすべてが……魂はもちろん、足の指先から髪の毛の先まで全部、全部が欲しい……あぁ、カズヤ、カズヤ、私の愛しき者よ……私の恋焦がれた運命の相手……」

 

「ハァハァ、黙れ……誰が貴様のモノになるか!!」

 

「ッ!?……エヘッ、エヘヘヘッ、今の状態でそんな口が聞けるなんてますますいいわ。ウヒッ、ウヒヒヒッ、2人っきりの場所でたっぷり調教してあ・げ・る♪」

 

肉体を再生させ終わり、見るに耐えない幸悦とした表情で妄言を吐き続けるマリーに千歳達がキレた。

 

「「ブチコロスッ!!」」

 

カズヤの事をメイド衆に任せると得物を手に再びマリーに斬りかかる。

 

「ご主人様には!!」

 

「マスターには!!」

 

「「これ以上、指一本触れさせん!!」」

 

「ッ、邪魔をするなっ!!私のカズヤ、カズヤ、カズヤアアァァ!!」

 

防御や攻撃を一切行わず、ただ夢遊病者のような足取りでカズヤに近寄ろうとするマリーは一瞬のうちに千歳の刀によって顔の左半分を切り落とされ、更に千代田の薙刀によって右半身を切断されるという、見るも無惨な姿に変わり果てる。

 

ところが、そんな姿に成り果てても数秒後には肉体の再生が始まりマリーはすぐに元通りになって、再びカズヤに近付こうとする。

 

だが、その度にまた2人の得物が煌めき、マリーの肉や骨を血飛沫と一瞬に斬り飛ばす。

 

「キリがないッ!!」

 

「鬱陶しい不死め!!」

 

その後も千歳と千代田による攻撃が続けられ、幾度となく閲覧禁止な姿になるマリーだったが、数秒もすれば元の可憐な姿に戻ってしまうため千歳達の攻撃は意味を成していなかった。

 

「いい加減クタバレ!!」

 

いつまで経っても死なないマリーに焦れた千歳がヤケクソ気味になってマリーの首を刎ね、体を蹴り飛ばした時だった。

 

「――ふぅ……あら、服がボロボロね」

 

また、それまでと同じように肉体を再生させたマリーだったが、先程までとは明らかに目付きが違っていた。

 

「ここは邪魔者が多すぎるわね……仕込みもしてあるし……とりあえず引くとするわ」

 

「逃がすと思うか?」

 

「逃げられると思うか?」

 

何百回という死を経て、ようやく落ち着きを取り戻したマリーの言葉に千歳と千代田が食ってかかる。

 

「引くのに貴女達の許しなんていらないわ」

 

「「戯れ言を!!」」

 

その言葉を合図に双方が弾丸のように飛び出す。

 

「フンッ!!っ!?」

 

「セイッ!!ッ!?」

 

丸腰のマリーを再び切り刻むために振るわれた2人の一閃は空を切る。

 

「「どこに……ッ!?」」

 

「――しばしの別れよ、カズヤ。チュッ、唇はもっとムードのある所で奪ってあげる」

 

「な……に?」

 

確かに間合いに捉えていたはずのマリーを見失った千歳と千代田が驚きながらキョロキョロと辺りを見渡していると自分達の背後でマリーを見付けた。

 

だが、あろうことかマリーはメイド衆に支えられ、手当てを受けているカズヤの頬に口付けをしていた。

 

「こいつッ!?」

 

「いつの間に!?」

 

カズヤの手を取って支えになっているレイナとライナはマリーがカズヤに口付けを行うまで、その存在が間近に来たことすら感知出来ず驚きの言葉を口に出す。

 

「しねぇぇぇ!!」

 

「じゃあ、っと、またね。カズヤ」

 

鉄骨を簡単にへし折る事が出来るエルが放った蹴りをかわしたマリーは最後にカズヤに微笑むと、踵を返しドアに向かって突き進む。

 

「来るぞ、何としても討ち取れ!!」

 

「「「「了解ッ!!」」」」

 

「逃がさないよ!!」

 

だが、ドアの前には大勢の特殊部隊員とアミラが待ち構えていた。

 

「残念、目的はドアじゃないのよ」

 

しかし、マリーがドアに向かったのはアミラ達の注意をドアに向けるためのフェイントに過ぎず。

 

マリーはアミラ達の目の前で突如転進し、比較的部屋の隅にいたイリスの元に向かって行く。

 

「えっ?」

 

「ッ、イリスーー!!」

 

イリスに近付くマリーの姿を視界に捉えたカズヤは頭の中で鳴り響く警鐘に促されるようにイリスの名を叫ぶ。

 

だが、全ては手遅れだった。

「私が逃げるためにちょっと犠牲になってね、お嬢さん?」

 

咄嗟にイリスを守るべく盾になった兵士2人の首を姿に似合わぬ怪力で瞬く間にネジ切ったマリーが、不気味に笑いながら人差し指をイリスに伸ばす。

 

そして恐怖に震えるイリスの額にマリーの人差し指が触れた瞬間、カズヤの私室は真紫の毒々しい閃光で埋め尽くされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

ズルズル、ズルズルと重たい物を引きずっているような音や背中を盛んに刺激するゴツゴツとした痛みでカズヤは意識を取り戻す。

 

「……ぁ?……っ、いっつ!!何が……どうなって?なっ!?」

 

「気がツキましたカ?マスター」

 

意識を取り戻したカズヤの視界にまず入ってきたのは壁や天井が跡形もなく吹き飛び瓦礫が散乱しているという、まさに空爆を受けたような有り様の無惨な私室の様子。

 

次いで、どこか違和感を感じる千代田の声に導かれ振り返った先では全身に傷を負い、更に両足を失い残る2本の腕だけでカズヤの体を引きずっている千代田の凄惨な姿。

 

肉と機械で構成された足が千切れた断面からは血と白いオイルが漏れ地面を濡らし、また火傷のような傷を負った腹部の皮膚が全て焼け落ちたことで、隠れていた金属パーツが露出してしまい、さらに痛々しさを増す。

 

「大丈夫……なのか?千代田」

 

「“本体”は無事デスから問題はありません。しかし、コの生体端末は約70パーセントの機能ヲ喪失。修理より処分するのが妥当カト」

 

「そうか……だが一体、何が起きたんだ?……敵は……どうなった?いや、それより皆は無事なのか?」

 

「……まず、本土に侵入していタ敵の反応は全てロスト。手段は分かりませんが敵は一瞬で撤退した模様です。次にマスターの私室にいた者で死亡したのはマリー・メイデンに殺害された兵士2名のみ。他の人的被害は私とマスターが重傷。姉様やカレン、アミラ、フィーネ、リーネ、メイド衆のレイナ、ライナ、エル、ルミナス、ウィルヘルム、それに他の兵士達は皆気絶していますが軽傷で命に別状はありません。またイリスも“現時点では”生存しております。そして……最初のご質問ですが……メイデンによりイリスの魔力暴走が引き起こさレました。この惨状はその結果です」

 

千代田の意味深な言い回しに眉をひそめたのも束の間、千代田が言わんとする事をカズヤは理解した。

 

「ッ、イリスはどこだ!?」

 

「マスターの前にアル瓦礫の向こうです」

 

「グッ!!痛っ!!チクショウめ……」

 

立ち上がった際に全身に走った激痛――特に自ら撃ち抜いた右肩の痛みを堪えながら、カズヤはヨロヨロと前に進む。

 

「そんな……クソっ……」

 

「マスター、それ以上イリスに近付かナイで下さい。命に関わります」

 

目の前に立ちはだかっていた瓦礫に寄り掛かりながら、その先を覗いたカズヤは絶句し悪態を吐く。

 

「……」

 

カズヤの視線の先、そこには禍々しい紫色の薄い膜のようなものに包まれたイリスが空を見つめ静かに佇んでいた。

 

「千代田、イリスの状態は?」

 

「メイデンに精神操作の魔法をかけられている模様、また魔力暴走の最終段階の一歩手前に突入しているため、もう救うのハ不可能です。このまま手を出さずイリスが自壊するのを待つのが最善かと」

 

「俺にそんな事が出来ると思うか?イリスは何としても助ける!!」

 

「マスター!!ダメです!!イリスの魔力暴走の源にある感情は憎悪と拒絶!!そしてあの薄い膜はイリスの感情を具現化した一種の呪いのようなモノ!!触れた物を例外無く腐蝕させる恐ろしいものなんです!!」

 

「っ!!じゃあ、このままイリスが死ぬのをただ見ていろと――」

 

「お兄……さん?」

 

ゾクリと背筋を凍らせるような声がカズヤに絡み付く。

 

「ッ……イリス」

 

「お兄さんは……他の人と違いますよね?私を……受け入れてくれますよね?」

 

マリーによって記憶と精神操作を受けたイリスはこれまでに受けてきた精神的苦痛を再びフラッシュバックのように脳内で幾度となく繰り返し体験させられたせいで感情と魔力の制御が出来なくなり魔力暴走を発生させてしまっていた。

 

だが光が消えた昏い瞳で瓦礫の影にいたカズヤを見つけると、藁にもすがる思いで自分に唯一残された心の拠り所であるカズヤに向かう。

 

「マスター!!危険です!!下がって!!」

 

「うわっ!?」

 

カズヤにゆっくりと近付いてくるイリスが進路上にある邪魔な瓦礫を膜で“消滅”させる光景を目の当たりにした千代田がカズヤの腰を掴み強引に後ろに引っ張る。

 

だがその行為が、カズヤの身を案じた千代田の行為が最悪の結果をもたらす事となる。

 

「ッツ!!……お兄さんも……私を拒絶するんですか?お兄さんが……私を……捨てる?……アハッ、アハヒハヒハヒヒャヒャ!!」

 

千代田に引っ張られ後ろに倒れたカズヤの姿が、自分を拒絶し後退ったように見えてしまったイリスは心と精神の均衡を何とか保っていた最後の支えを失い壊れる。

 

「イリス!!待てッ!!今のは違う!!」

 

「もう……もう……いい、どうせ私は一人ぼっち……」

 

そして脆くも崩れ去ったイリスの心にはカズヤの呼び止める声さえも最早届かず。

 

目を伏せ、そう悲しげに呟いたのを最後にイリスは膜のようなモノの中に完全に隠れ閉じ籠ってしまった。

 

「クソっ!!どうすれば!!」

 

「マスター!!もう手遅れです!!今は小康状態ですが、このままここに留まればイリスの自壊が始まった際の最後の魔力暴走に巻き込まれます!!至急避難を!!」

 

「黙れ!!まだ何か手が――」

 

感情的になったカズヤが八つ当たり気味に千代田へ言葉をぶつけようとしたが、それは突然目の前に現れた“あるモノ”によって遮られる。

 

「……」

 

「マスター?」

 

突然黙り込んだカズヤに千代田が心配そうに声を掛けるが、当の本人は返事を返す余裕を失っていた。

 

「クソッタレ……クソッタレが!!」

 

ふざけるな!!また、また俺に失えというのかっ!!

 

 

[神の試練・第三]

愛しき者の死を乗り越えろ!!

 

なお、イリス・ヴェルヘルムを救った場合。

 

試練の不達成によるペナルティとして敵対勢力の戦力増強が行われます。

 

 

目の前に突然現れたウインドウの意味する事にカズヤは怒りを露にする。

 

だが、その怒りはカズヤの反骨心に烈火の如き大火を灯す結果となった。

 

……あれを……まただと?ハハッ、笑える。

 

体と心を交わした相手が段々と冷たくなっていく様を、死ぬのをまた指を咥わえて見ていろと?

 

自分の力の無さを呪いながら、自分の愛した女を死なせろと?

 

ハハッ、アハハッ、答えは――クソ食らえだ!!

 

「……俺にだってなぁ、意地があるんだよ!!体が腐蝕する?敵の戦力が増強される?それがどうした!!あのクソみたいな絶望を味わうぐらいなら!!どんな事にだって抗ってやる!!もうこれ以上テメェ(神)に大事な人を奪われてたまるか!!失ってたまるか!!」

 

「マスター!!お止め下さい!!」

 

「イリス!!お前もお前だ!!さっさと――そこから出てこいっつーのッ!!」

 

ウインドウを殴るように消したカズヤは確固たる意思を宿しイリスの前まで進むと、魔力を出来る限り集めた左手を振りかぶり千代田の制止を振り切ってイリスを包む膜に左手を突き立てた。

 

その瞬間、グジュグジュと嫌な音を立ててカズヤの左手が、その指先から腐り始める。

 

まず指先の爪が消失し、次いで肉が焼け爛れたように腐り無っていく。

 

それに続いて血が吹き出すが、その血すら嫌な匂いを出しながら沸騰したように気化する。

 

最後には真っ白な骨が露出するが、それも徐々に鉛筆削りで削られていくように短くなった。

 

「ウギギギギギギギギギギギギッ!!」

 

肉体が凄まじい速度で腐っていくという、気の狂いそうな痛みを堪えながらカズヤは渾身の力を込めて膜の中に左手を押し込んでいく。

 

「捕まえ――たッ!!」

 

わずか十秒足らずで手首まで腐り落ち最早原型を保っていない左手ではイリスを捕まえる事が出来なくなっていたカズヤは左手に纏わせていた魔力で無意識の内に擬似的な手を作り上げ、辛うじてイリスを捕まえる事に成功し魔力の手で一気にイリスを膜の中から引き摺り出しにかかる。

 

「よく聞けよ、イリス!!お前は――一生俺のモノだアアァァッ!!」

 

素面であれば絶対言わないであろうカズヤの宣言と同時に眩い閃光が走り、イリスを包む膜が消え失せる。

 

「お兄さん……今の言葉は……本当……ですか?」

 

強引に膜の中から引っ張りだされたイリスがカズヤの体にしがみつき、捨てられた子猫のように震えながら小さくそう呟く。

 

「男に二言はない」

 

「私は、いっぱい……我が儘を言いますよ?」

 

「俺に出来る範囲なら聞いてやる」

 

「嫌いと言われても離れませんよ?」

 

「そんな事は言わん」

 

「私は……嫉妬深いですよ?」

 

「何を今さら。当の昔から知っている」

 

「じゃあ、じゃあ……私はお兄さんの側に居ていいんですね?お兄さんは私とずっと一緒に居るんですね?私の事を捨てたり拒絶したりしないんですよね!?」

「もう結婚してるんだ、それが当然だろ」

 

「う……」

 

「う?」

 

「うわああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」

 

カズヤの言葉にようやく安心したのかイリスは大声で泣き始める。

 

まったく……ヤンデレ姫の相手は命掛けだよ。

 

わんわんと泣きわめくイリスに優しげな視線を送りながらカズヤはようやく安堵の息を漏らしたのだった。

 

「ご主人……様……ご無事――その左腕は!?」

 

「ッ、全身が痛いわね……」

 

「うぅ……頭がガンガンするよ……」

 

「最悪の気分だ、まったく……」

 

「足が痛くて、立てないよぉ〜」

 

しばらくして泣き付かれたイリスが気絶するように眠りについた後、ようやく意識を取り戻したのか皆が自分の無事を知らせるように声を上げ始める。

 

その中で、いの一番にカズヤの元へ駆け寄った千歳はカズヤの異様な姿に息を飲む。

 

「ハハッ、あまり無事じゃないな。この通り左腕が――」

 

姿を見て、また声を聞き全員の無事を喜んだカズヤが、左手を失った自分の姿に驚き目を見開く千歳に返事を返そうと口を開いた瞬間、自分の左腕から嫌なモノを感じる。

 

「千歳ッ!!叩っ切れ!!」

 

イリスを救う際に左手の肘までを失っていたカズヤだったが膜に触れていない今なお、左手の腐蝕が続いているのを確認すると瞬時に切断を決意。

 

しかし自らの右手は使えないため左腕を真横に突き出し、一番近くにいる千歳に全てを委ねるほか無かった。

 

「っ、あああああああああああああ!!」

 

意識を取り戻したばかりだというのに瞬時に状況と意味を理解した千歳だが、命を救うためとはいえカズヤの腕を切り落とすという行動に体が拒否反応を示す。

 

だが、体の拒否反応を鋼の精神で捩じ伏せると千歳は今までの中で一番だと断言出来るような速度で、しかも正確無比な一閃を繰り出した。

 

「グッッ!!」

 

カズヤの肩から先のまだ腐蝕が進行していない部分が千歳の振るった日本刀によってザンッと両断される。

 

肉と骨を断ち斬り見事に両断されたカズヤの左腕はクルクルと空を舞い、そして地面に落下。

 

それと同時に切り落とされた左腕は腐り果て黒い染みとなった。

 

「ご主人様!!」

 

「お見事!!と、言うべきか?ッ!?」

 

「もう喋らないで下さいご主人様!!傷に響きます!!」

 

千歳と同じ様に起きてきたメイド衆のルミナスと衛生兵が慌ててカズヤに駆け寄り治癒魔法と応急処置を施す中、千歳が悲痛な顔で瞳に涙を浮かべながらそう叫ぶ。

 

「分かってる!!だが、これだけは言わせてくれ」

 

「なん……でしょうか?」

 

「俺達は戦争をやってるんだ、殺し殺されるのは当たり前だし、それについてどうこう言うつもりはない。だがな……あれは、あれはないだろうッ!!」

 

「…………――ッ!?」

 

カズヤの言わんとする意味が最初分からなかった千歳だが、悔し涙を流すカズヤの視線の先にあるもの見て全てを理解した。

 

「何て事を……ッ!!」

 

カズヤが嘆き、千歳が憤慨した光景。

 

それは本土に侵入した敵により、ばらまかれた生物兵器で異形の化物と化し暴れまわる元兵士、元市民の姿であった。

 

「いくら戦争でも、越えちゃいけない最後の一線ぐらいあるだろう!!――奴らはそれを簡単に跨いで俺達の仲間をあんな化物にしやがった!!それに何よりお前達を傷付けた!!」

 

大切な者達を、守るべき者達を卑劣な行為により踏みにじられ、汚されたカズヤの怒りは最高潮に達していた。

 

「こうなった以上、もう手加減は無用だ……というより手加減をする余裕もない」

 

「……それは、どういう意味でしょうか?」

 

「これを…ッ…見てくれ」

 

 

[神の試練・第三]

愛しき者の死を乗り越えろ!!

 

イリス・ヴェルヘルムを救ったため試練不達成!!

 

試練の不達成により、敵対勢力の戦力増強が行われます。

 

増強開始まで残り239時間50分。

 

 

「……」

 

カズヤが呼び出したウインドウ画面を見て、神が再びカズヤを窮地に追いやった事を悟り千歳は無言で歯を食い縛る。

 

その内心では神に対する怒りと殺意が荒れ狂う反面、またカズヤを守れなかった――しかも前回とは違い今回は側に居たにも関わらず何も出来なかった自分に対する憎悪が生じていた。

 

「この戦争にケリをつけるぞ……千歳!!」

 

「ハッ!!」

 

「“敵”を……焼け。俺達が守るべき者達を傷付ける敵を!!一切の情けをかけず……敵を殲滅しろ!!」

 

「ご命令……確かに承りました」

 

良く言えば心優しい、悪く言えば甘いカズヤに非情な決断をさせてしまった事を悔やみながら千歳は深々と頭を下げる。

 

「ッ、じゃあ……悪いが、後は……頼む」

 

その言葉を最後にカズヤは昏睡状態に陥り、直後に到着した部隊により病院に搬送された。

 

「敵は――殺す。皆殺しだ」

 

そして、千歳を除く負傷者達が全員病院に搬送された後、その場に残されていた兵士達の耳を打ったのはドゴンッというコンクリート壁が陥没する音と確かな殺意を秘めた呟きだった。

 


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