ファンタジー世界を現代兵器チートが行く。   作:トマホーク

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伊吹から手渡された第33機甲師団の戦闘経過報告書を読みながら、カズヤは自分が眠っていた間に起きた戦闘を脳裏に描いていた。

 

――エルザス魔法帝国の帝都フェニックスからおよそ400キロ離れた地点。

 

砂に比べて岩石の割合が多い砂漠地帯のそこにあるのは帝国に繁栄をもたらしている要因の1つであるナウル川を支えている支流の1つ。

 

名をマイナス川といい全長25キロ、川幅は最大で150メートル、最大深度が3メートル程の中規模な河川である。

 

そして、そのマイナス川の中流域にある場所――マイナス川の中で最も川幅が狭く深度が浅いポイントから3キロ程離れた場所には10万人規模の人々が暮らすポンペイという街があった。

 

街は岩山から切り出してきた岩と日干して固めた土を併用して建てられた商店や住居がズラリと並び、平時は帝都に到る中継地として栄えていたのだが、この街も例に漏れずパラベラムの報復攻撃の標的となっていたため、全半壊している家屋が多数見受けられ以前の街並みは損なわれていた。

 

そんなポンペイの街は今現在、パラベラム軍の中で最も帝国の奥深くに侵攻を果たした部隊――4つあった部隊の統廃合と増員により師団規模にまで膨れ上がり第33機甲師団と名を変えた外人部隊が占領中であった。

 

「異常はないか?ロンメル中佐」

 

「ハッ、異常ありません。また川の向こう側に偵察に出した10個分隊や監視警戒線に配置した5個小隊のいずれからも異常は見受けられないとの報告が入っています」

 

ポンペイとマイナス川の間にあるなだらかな丘の上に射撃壕や支援壕、連絡壕等からなる対戦車防御陣地(パックフロント)を構築して帝国軍の反撃を警戒しているのは第33機甲師団第1旅団戦闘団の指揮官であるバール大佐とその副官である狐人族のロンメル中佐であった。

 

「……そうか。しかし、警戒は怠るなよ」

 

「重々承知しております」

 

時間は深夜。

 

辺りは闇に覆われ昼間の灼熱地獄とは180度変わって極度の寒さが辺りを包んでいたために2人は対戦車防御陣地の後方にある半地下の前線指揮所の中で白い息を吐きながら言葉を交わす。

 

「総司令部からの情報によれば、邪神による敵の戦力増強は既に行われているはずなんだ。いつ何時敵の総反撃が来るか分かったものじゃないからな」

 

カズヤがイリスを助けたことで発生した神の試練の不達成による敵戦力の増強。

 

それにより、どんな形で敵の戦力が増強されたのかは分からないが増強された戦力を使っての反撃を警戒し、第33機甲師団は指揮下の全部隊に対して進軍中止を命令。

 

そのため第1旅団戦闘団は行動を共にしていた第4旅団戦闘団と一緒に一先ずポンペイの街に腰を据え防御を固めていたのであった。

 

ちなみに他の戦線でも敵の反撃を警戒して進軍中止が発令されていたため、パラベラム軍は全戦域で防御の構えを取って反撃に備えていた。

 

「確かに。我々がアルバム公国を発ってから今日でちょうど2週間。閣下の暗殺未遂が15日前ですから……既に敵戦力の増強から5日が経過しています。敵の移動時間等を考えるとそろそろ会敵してもおかしくありませんね。……というか大佐、邪神というのは何ですか?」

 

「そのままの意味だ。自分の妻を見殺しにしろ、見殺しにしなかったらペナルティなんてふざけた事を抜かす神なんざ邪神扱いでいいんだよ。……それにしても、出来るだけ防御を固めたとはいえ戦闘となると若干の不安があるな。途中300キロは何もない砂漠を突っ切っただけだが合計で1000キロ近くも進軍してるから補給線は伸びきっているしアルバム公国の防衛に残した部隊や進軍途中で落伍した部隊を含めると戦力不足も洒落にならん」

 

顔の表情を引き締め、そう呟いたバール大佐の懸念は最もなものであった。

 

全軍を上げての報復攻撃が開始されたのとほぼ同時にアルバム公国に建設されたオーガスタ基地を出撃した第33機甲師団であったが、その前途は多難と言うしか無かった。

 

何故なら、第33機甲師団を構成している約半数――アメリカ軍装備の第2旅団戦闘団や日本軍装備の第3旅団戦闘団はアルバム公国の防衛及び兵站の維持、攻め落とした街の占領支配等の後方任務に当たるため戦力としては数える事が出来なくなっていたし、また先陣をきり戦闘任務に当たる第1、第4旅団戦闘団に主戦力として配備はされていたが十分な数の戦車運搬車が無かったため、長距離移動に不安が残る重戦車――ティーガーI、ティーガーII、マウス、IS-2、IS-3等はアルバム公国の防衛に残すことになってしまい両旅団戦闘団の機甲戦力は著しく低下していた。

 

そんな訳で実質的に戦力が低下した(抜けた機甲戦力の代わりに第2、第3旅団戦闘団からは多少なりとも歩兵や砲兵達を借り受けてはいるが)ドイツ軍装備の第1旅団戦闘団とソ連軍装備の第4旅団戦闘団の計2個旅団戦闘団規模で進軍を続けていた第33機甲師団だったが、進軍ルート上に存在した帝国軍や砂漠に住まう魔物達との数十回に渡る戦闘により燃料弾薬の欠乏が目立ち始めていた。

 

何しろパラベラム本土から、かなりの距離があるアルバム公国に物資を届けるだけでも一苦労なのである。

 

膨大な量の物資の輸送に一番優れる海路は陸地故に使えず、陸路はカズヤが能力を使用して短期間の内に敷設・整備しまくった線路や道路が旧カナリア王国領を通って旧妖魔連合国領まで網の目のように走り高度な交通網を構築していたが、当のアルバム公国にはカズヤの赴く時間が無かったため、輸送に使える移動経路はパラベラム軍が敷設した2本の線路と二車線の道路が1本だけしか無く輸送量が限られていた。

 

そして消去法で最後に残った空路もオーガスタ基地に配備されている輸送機の機数や飛行場にある駐機場の数により陸路同様、輸送量が限られていた。

 

それでもカズヤが召喚し備蓄していた無尽蔵の物資や、この世界で採掘された資源で作製され本土の工廠群から吐き出された物資をパラベラム軍の縁の下の力持ちである輸送軍がありとあらゆる手段を講じて途切れることなく運んでくれていたからこそ、第33機甲師団は本土から遠く離れた地でも十分な活動が出来ていたのだが、今度の進軍でその状況が変わった。

 

手間隙かけてやっとアルバム公国に運んだ物資を更に進軍中の第1、第4旅団戦闘団の元にまで届ける手間が増えたのである。

 

しかも、元々はアルバム公国の防衛だけのつもりで配備され攻勢に出ることなど端から配慮されていなかった第33機甲師団なだけに、長距離遠征を行う部隊へ物資を届ける事が出来るような能力を保有する後方支援用の輸送部隊を持っていなかった。

 

それに加えて第1、第4旅団戦闘団の予想を大きく上回る破竹の進撃や両旅団戦闘団の保有する兵器の多様性と共通性の無さである。

 

主に歩兵が使う銃弾1つを取って見ても、拳銃、短機関銃、小銃、狙撃銃、自動小銃、汎用機関銃、軽機関銃、重機関銃等の豊富な種類がある上に、それぞれの旅団戦闘団が数十種類以上の多岐に渡る弾薬類を必要とした為、運ばねばならない弾薬だけでも膨大な量になるのは必然的だった。

 

更に言えば両旅団戦闘団にはガソリンエンジン式とディーゼルエンジン式の車輌が混在していたため、燃料面でもガソリンと軽油の2種類を運ばねばならなかった。

 

また第33機甲師団、引いてはパラベラム軍も予期していなかった問題が発生していた。

 

それは帝国軍による焦土作戦の実施である。

 

幸いパラベラム軍の報復攻撃で帝国は組織的な軍の運用に支障を来していたため、焦土作戦自体が大規模なモノでは無かったものの帝都近辺の街や村からは家畜や食糧が悉く持ち去られ、数少ない井戸や水源には毒や汚物が放り込まれていたせいで浄水器等を使わない限り使用が出来なくなっていた。

 

そして、嫌らしいことに帝国軍は街や村から男達を悉く徴兵して連れ去っていたのだが、戦いに使えない女子供、老人は置き去りにした上、パラベラムから食糧や水を分けてもらうように言いくるめていたため、各地で食糧や水を求める難民達がパラベラム軍に押し寄せることとなった。

つまり、本土から遠く離れた地で通常の数倍以上の補給物資が必要とされたため、輸送任務に重大な問題が発生するのは当然の成り行きと言えた。

 

最も事態を重く見たパラベラム軍の総司令部が何の手も打たなかった訳ではない。

 

深刻な物資不足や輸送問題が露呈するや否や、物資を陸路で運搬するための輸送トラック等の支援車輌を大隊単位で幾つも空輸で送り込んだ上に、鹵獲及び改装した空船(そらふね・通称スカイシップ)――魔導炉を搭載し空中を飛行する空中艦艇群を物資の輸送に投入したのだ。

 

空路を行きながら海路並みの積載量を誇るその存在――これまでの戦闘で帝国軍より鹵獲された帆船型のスカイシップは移動速度が遅く積載量が比較的少ないため、物資を満載し目的地に到着した後は移動式備蓄庫として補給線の要所に展開しつつ簡易の補給拠点を構築。

 

そして第二次世界大戦時にアメリカが大量生産した戦時標準型輸送船であるリバティ船に魔導炉を搭載しパラベラム軍が独自に造り上げたスカイシップは旧妖魔連合国に存在している補給基地とオーガスタ基地との間を幾度となく往復し輸送任務に多大なる貢献を果たした。

 

そんなスカイシップの活躍もあり物資の充足率にはかなりの改善が見られたが、それでも総延長1000キロに及ぶ補給線を維持するには足りず、結果として最前線にいる第1、第4旅団戦闘団は物資不足に喘いでいたのだった。

 

「大佐。その件でしたら明日の朝にはまた補給や増援がやって来るとの報告が」

 

しかめっ面で補給や戦力不足の危惧を抱くバール大佐に、柔らかい笑みを浮かべたロンメル中佐が吉報をもたらした。

 

「おっ、それはありがたいな」

 

吉報を聞きバール大佐が頬を緩める。

 

そんな風に指揮官らが緊張の糸を緩め、前線指揮所の中に張り詰めている堅苦しい空気を意図的に緩和していた時だった。

 

「――ッ!?偵察に出ていた第7分隊より至急電!!座標D−5−5、A−2−6にて敵大部隊を確認しました!!」

 

2人の思惑を無に帰す報告が前線指揮所にもたらされた。

 

「来やがったか、敵の規模と進路はどうなっている?」

 

一瞬で騒然とした空気に包まれた前線指揮所の中で、付近の詳細な地形が書かれた地図を睨みながらバール大佐は核心的な情報の有無を無線手に問い質す。

 

「ハッ、夜間のため敵軍の正確な規模は不明ですが、およそ10〜20万の規模で進路はこちらに真っ直ぐ向かって来ていると。また敵軍は複数の魔導兵器や自動人形を擁し、部隊の先頭には魔物の大群がおり露払いを務めているそうです」

 

「またか。相変わらず物量作戦でごり押しするのが好きな奴等だな。戦術というモノを考える頭が無いのか?……――まぁいい、少しばかり脅してやるか。おい、野戦砲兵大隊に火力支援を要請しろ」

 

敵が好んで使用している『数で押す』という数的優位を生かした単純明快な戦術に呆れつつもバール大佐は会敵前に幾らかでも敵の数を減らすべく指揮下にある野戦砲兵大隊に火力支援を要請しアウトレンジで敵を叩く事にした。

 

「了解、火力支援を要請します」

 

バール大佐の命を受けた無線手の兵士はポンペイの近くに展開している第1旅団戦闘団の野戦砲兵大隊へ連絡を取る。

 

「前線指揮所より砲兵指揮所。偵察部隊が座標D−5−5、A−2−6にて敵の大部隊を確認した。火力支援を要請する」

 

『こちら砲兵指揮所。了解した、直ちに火力支援を開始する。オーバー』

 

砲兵指揮所に火力支援要請が伝えられてから3分後。前線指揮所の後方でけたたましい砲声が轟いたかと思うと次の瞬間にはシュンッ!!と鋭い風切り音が頭上を通り過ぎていく。

 

それは15cm榴弾砲 sFH18 L/30を搭載したフンメル自走砲による死を告げる演奏会の開幕を告げる調べであった。

 

「――……だんちゃ〜く、今!!」

 

弾着を告げる砲兵の声と同時に夜空を流星の如く駆けた砲弾達が起伏の激しい地平線の彼方で着弾、閃光が煌めいた後にぼんやりとした赤い光源が揺らめき辺りを照らしていた。

 

しかし、暗闇に唯一あるその幻想的な光源をよく見て見れば、連続して立ち上る紅蓮の火柱が生きとし生けるものを一切の分別なく焼き払う凄惨な光景が垣間見えた。

 

『第7偵察分隊より射撃指揮所へ。弾着を確認。弾着修正、右80、上60。効力射開始!!』

 

「弾着修正了解。――各車に通達、照準を修正せよ。右80、上60。撃ち方用意!!てぇー!!」

 

偵察部隊から弾着修正の指示を受けた射撃指揮所はすぐさま揮下の部隊に弾着修正の旨を伝達。

 

その弾着修正の指示に従い合計で50輌近いフンメル自走砲は照準を微調整し次弾として装填した軟目標用の榴弾や遠距離砲戦用のロケット補助推進弾を一斉に発射。

 

予期せぬ砲撃により、今まさに混沌の坩堝に陥っている敵の頭上に更なる砲弾を送り込む。

 

また第1旅団戦闘団付きの野戦砲兵大隊が砲撃を開始したのに続いて第4旅団戦闘団の野戦砲兵大隊も砲撃を開始。

 

自走式では無いため車両で牽引してきたML-20 152mm榴弾砲やM1931/37 122mmカノン砲、対戦車防御陣地に置かれた対戦車砲兼用の野砲であるBS-3 100mm野砲が火を噴く。

 

ちなみに余談ではあるが、第4旅団戦闘団の野戦砲兵大隊にはIS-2(重戦車)のシャーシを利用しML-20 152mm榴弾砲をケースメート式に装備した自走砲であるISU-152が配備されていたが、過酷な環境が原因で移動途中に半数以上が行軍から脱落したため全車両が後方への移動を命じられていたりする。

 

そのため、第4旅団戦闘団の野戦砲兵大隊は予備兵器である牽引式の大砲が主力となっていた。

 

『第7偵察分隊より前線指揮所へ。敵部隊、雪崩を打って後退していきます』

 

そんな余談はさておき、アウトレンジから恐るべき精度で降り注ぐ砲弾の雨に耐えかねたのかポンペイに接近していた帝国軍が壊走を開始したとの報告がバール大佐の元に舞い込む。

 

「やったか。……野戦砲兵大隊に砲撃中止を伝えろ」

 

「ハッ」

 

逃げ行く帝国軍に更なる痛打を与えるため、もっと徹底的に叩いておきたかったバール大佐であったが、砲弾の備蓄量が気になり砲撃中止を決定した。

 

「また勝ちましたね、大佐。最早我らの行く手に敵なしかと」

 

「あぁ、流れはこちらが掴んだ。だが……油断は禁物だ。勝負は終わるまで何が起こるか分からんからな」

 

「ハッ!!肝に命じておきます」

 

連戦連勝に浮かれるロンメル中佐を諌めながら、バール大佐は胸のの内で蠢く嫌な予感を押し殺していたのだった。

 




[お知らせ]

なんと!!ガルウィング様に千歳の絵を描いて頂きました。

http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=51439838

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