ファンタジー世界を現代兵器チートが行く。   作:トマホーク

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ポンペイの街を中心に防御を固める第1、第4旅団戦闘団が夜間砲撃で帝国軍を撃退してから数時間後、太陽が顔を出し辺りは眩いばかりの朝日に包まれていた。

 

吸い込まれそうなほど真っ青に透き通る青空や、煌々と光輝く太陽、どこまでも続く広大な砂漠。

 

大自然が作り出した自然そのものの絶景が広がり、見る者の心に感動を与える。

 

しかし残念なことに、あと1〜2時間もすれば気温が急激に上昇し殺人的な気温に苛まれる事が分かっているため、パラベラム軍の兵士達は眼前に広がる絶景を一瞥することも無く比較的涼しい時間帯である今の内にやるべき事を終わらせようと奔走していた。

 

「失礼します。バール大佐、補給部隊が到着しました。こちらが受領確認の書類です」

 

「あぁ、ありがとう。……ん?予定より……少し早く来たな。珍しい」

 

対戦車防御陣地に作られている半地下式の前線指揮所からポンペイの街の中心にあった領主の館を徴発し設営された旅団本部へと移動して書類を片付けていたバール大佐は補給部隊が到着したとの報告をロンメル中佐から聞き手渡された書類を受け取ると、思わず腕時計に視線を落とす。

 

今までの経験から言えば補給部隊が予定より前に到着するなどあった試しがなく、ごく稀に予定通りに到着する事があっても殆どの場合予定を過ぎてから到着するのが常であったからである。

 

それが予定よりも早く到着したとなればバール大佐が驚きながら、何かあったのかと訝しむのも無理は無かった。

 

「そのことでしたら、この一帯が10時から正午にかけて猛烈な砂嵐に見舞われるとの気象予報が発表されたせいでしょう」

 

「……あぁ、そう言えばそんな予報が出てたな。通りで到着が早い訳だ。――っと、それなら早く作業を終わらせないとな。作業の様子を見てくる」

 

補給部隊が予定より早く到着した理由が分かり、納得したように何度も頷くバール大佐。

 

「お供致します、大佐」

 

だが今回、運ばれて来た物資が武器弾薬、燃料といった取り扱いに注意が必要な物と兵士達の士気に関わる食糧品だったため、砂嵐に襲われる前に物資の積み降ろしや補給作業を終え、余計な損失や事故の発生を未然に防ぎたいと考えたバール大佐は現場を視察するべく供を名乗り出たロンメル中佐を従え、旅団本部を後にした。

 

「しかし……本当に男がいないな、この街は」

 

「それはこの街に限ったことではありませんが、大佐」

 

「あぁ、そうだったな……。帝都近辺は全てだったか」

 

「はい、帝都近辺の街や村からは16歳以上の男が1人残さず全員帝国軍に連れて行かれています」

 

旅団本部を出たバール大佐らは準備された車両――第二次世界大戦中にドイツ軍が使用した小型軍用車両であるキューベルワーゲンに乗り込む。

 

そして、軽やかなエンジン音と共に走り出したキューベルワーゲンの車内で男が消えたポンペイの街等の事について話始めた。

 

「まぁ、帝国軍が男達を連れていってくれたお陰で便衣兵みたいなゲリラ共の事には頭を悩まさずに済んでいるが、どうせ連れていくなら全員連れていってもらったほうが楽だったんだがな……」

 

「全くです。女子供、老人が残っていますから必然的に占領地は統治する必要がありますし、加えて焦土作戦のせいで難民と化した民間人の食糧の事まで面倒を見なければなくなりましたし、何より帝都に近付けば近付くほどローウェン教の信仰深い信徒が多くて我々はやりにくいです」

 

「それが問題なんだよなぁ……」

 

実感がありありと込められたロンメル中佐の言葉にバール大佐が相槌を打つ。

 

「帝国の国民はローウェン教の信者だらけだから、妖魔や獣人を中心に編成されているウチの師団を毛嫌いしているし……俺達は俺達で閣下を殺されかけたから怒髪天を衝いて激怒しているし。……この状態で、よくもまぁ不幸な事故が起こらないものだ」

 

「私もつくづくそう思います。本音を言わせて頂ければ責任ある立場の私でさえ今すぐにでも敵を帝国のやつらを皆殺しにしてやりたいぐらいですから。……しかし、総統閣下に大恩のある我々が閣下のご意向を――無駄な殺戮や乱暴、狼藉を働く事は有り得ませんから心配はないかと」

 

「まぁ、そうだろうな。それに関しては心配していないさ」

 

第33機甲師団にいる妖魔や獣人は、そのほとんどが奴隷としてこの世の辛苦を味わっていた所をカズヤに救い上げられた事からカズヤに対する忠誠心が募兵で集まって来た一般の志願兵よりも、一層強い傾向にあった。

 

故に今回の報復攻撃の際、進攻を開始した第33機甲師団が望外の戦果を上げることになり、またそれが第33師団の兵員達の怒りに満ちた理性に枷をつけ無駄な殺戮――戦場では日常茶飯事の惨劇が防がれる結果となっていた。

 

「だが、それはそれとして――ん?もう着いたな。この話はまた今度だ」

 

「ハッ、了解です」

 

更に込み入った話をしようとした2人だがキューベルワーゲンが目的地に到着して停車した事から会話を切り上げ、補給作業の現場を視察するべく車外へと出ていった。

 

「うん、この分だと問題は無さそうだな」

 

「はい、手際もよいです」

 

補給作業の邪魔にならぬよう、少し離れた場所からバール大佐とロンメル中佐は目を光らせていた。

 

2人の視線の先では整然と列を成す大量の最新式大型軍用トラック――HEMTT A4が搭載している昇降機(アームロール)を使って積んできたコンテナを自動で地面に下ろしていた。

 

そして、下ろされたコンテナには待機していた兵士達がすぐさま取り付き、中に収められている物資の運び出しにかかる。

 

兵士達はパレットに乗せられ一塊になっている砲弾をフォークリフトで運び出したり、飲料水が入ったペットボトルや戦闘糧食、生鮮食品が入った段ボールをバケツリレーのように手渡しで次々と取りだしていく。

 

また別の場所では妖魔や獣人の兵士が魔法を使って鉄製の弾薬箱や木箱に納められた爆薬を宙に浮かばせながら運搬し臨時の集積場へ運んで行く。

 

「「っ!?」」

 

「……」

 

「……」

 

「……なぁ、ロンメル中佐?」

 

「……なんでしょうか、バール大佐」

 

そんな物資の積み降ろし作業や補給作業の進捗具合を眺めていたバール大佐とロンメル中佐だったが、砂埃を巻き上げながらポンペイへとやって来た3台の戦車運搬車を前に唖然とする事となった。

 

「“コイツ”が昨日言ってた増援なのか?というか、なんで“コイツ”が送られて来たんだ?」

 

「それは……私にも分かりません」

 

何故なら、その3台の戦車運搬車が荷台に乗せて運んで来た戦車があまりにも予想外のモノであったからだ。

 

「……なんで、なんでこの局面で……“巨人”が送られて来るんだ?」

 

砂漠のような場所では有効とされているピンク色の迷彩が施され、20口径152mm榴弾砲M10を半ば無理矢理乗せたせいで車体には不釣り合いな程に巨大な砲搭を装備したその戦車の名はKV-2。

その巨体ゆえにギガント(巨人)とも呼ばれた重戦車である。

 

第二次世界大戦中にソビエト連邦により開発された本車は見た目通りに強力な火力を誇るものの、分離装薬式を採用していたため2名の装填手を必要としたばかりか発射速度が遅く、また砲塔自体が人の背丈ほどもあったせいで前面投影面積が大きかった。

 

加えて砲塔が大幅に大型化しているにも関わらずターレットリング径は元になったKV-1と同じで、数トンもある砲塔を支えることにかなりの支障が出ていた。

 

更に重い砲塔は、車体が傾いた状態では満足に回転させることもできず、戦闘に支障が生じる程であった。

 

つまり、KV-2という戦車は火力という面では優れるが使い所が限られる固定砲台のようなモノであったのだ。

 

「――失礼ながら、大佐殿。このギガントは大佐殿が知っているそんじょそこらのギガントとは訳が違います」

 

「なに?」

 

困ったというより呆れた顔で3輌の使い所に難儀するKV-2を眺めていたバール大佐の呟きに反論するような声が突如上がった。

 

「……貴官は?」

 

バール大佐が声の聞こえた方に顔を向けると、そこには戦車兵用の戦闘服を着た壮年の兵士が立っていた。

 

「あぁ、これは失礼しました。私はこの度、第4旅団戦闘団への配属を命じられたこのギガントの小隊を預かるヨハン・アブロシモフ大尉であります」

 

そう言って堂に入った敬礼を見せたアブロシモフ大尉にバール大佐は答礼を返す。

 

「そうか、ご苦労。私は第1旅団戦闘団指揮官のバール・アーダルベルト大佐だ。こっちは副長のエルヴィン・ロンメル中佐。で、アブロシモフ大尉?このギガントがそんじょそこらのギガントとは違うというのは?」

 

「よくぞ聞いて下さいました。コイツはですね、敵の物量作戦に対抗するために近代化改装が施された、言わばKV-2“改”!!」

 

誇らしげに目を輝かせながら語りだしたアブロシモフ大尉の姿を見て余計な藪を突っついてしまったとバール大佐が後悔した時には既に遅かった。

 

「元々あった問題点が1つ残らず改善されたのはもちろん。近代化改装によって空いたスペースに自動装填装置を搭載した事で発射速度も向上していますし、エンジンもより馬力のあるものに換装してあります。また力のある牛人族やオーガの連中を搭乗員に採用した事で万が一自動装填装置が故障した場合でも発射速度は落ちない上、人員削減にも成功しています。しかも、対人用砲弾であるキャニスター弾を大量に搭載した事でコイツは物量作戦キラー、人海戦術キラーとして生まれ変わっているのです!!つまり、ハード面もソフト面も完璧!!更に更に――」

 

徐々に熱を増し怒涛の如く展開されるKV-2談義にバール大佐の眉が段々とつり上がっていく。

 

「ストップ!!もういい、もう分かったからさっさと第4旅団戦闘団の司令部にでも行って指示を仰いで来い」

 

「ハッ……了解しました」

 

これ以上終わりの見えない話を聞かされていては堪らないと、バール大佐が半ば強引に話を中断させると若干残念そうな表情を浮かべたアブロシモフ大尉は素直に第4旅団戦闘団の司令部へ向かって歩いて行った。

 

「全く何だったんだ……あいつは」

 

「さぁ?」

 

KV-2について熱く語っていたアブロシモフ大尉が去った後、バール大佐とロンメル中佐はお互いに顔を見合わせていた。

 

「とりあえず視察を続け――ぶわっ!?ゲホッ、ペッペッ!!ッ!?クソ、予報より早く来たな!!」

 

2人が気を取り直して補給現場の視察を続けようとした時、突如突風が吹き荒れる。

 

飛んできた砂が口に入り思わず嘔吐いたバール大佐が風上の空を見上げると、空は風によって巻き上げられた砂によって一面茶色一色に染め上げられていた。

 

「大佐、砂嵐が来る前に旅団本部へ避難しましょう!!」

 

「あぁ、そうしよう。だが――ここからだとポンペイの街中を走って旅団本部に戻るより対戦車防御陣地にある前線指揮所へ向かった方が早いはずだ。前線指揮所へ行くぞ」

 

「了解です」

 

次第に近付いて来る砂嵐を避けるため、バール大佐とロンメル中佐は補給作業の中断と一時避難を兵士達に命じた後、キューベルワーゲンに乗り込み前線指揮所へと急いだ。

 

「何も見えないな、まるで夜みたいだ」

 

前線指揮所にある小さな覗き穴から外の様子を眺めていたバール大佐が呟く。

 

外ではビュウビュウと猛烈な風が吹き荒び、それと同時に空を舞っている砂粒のせいで日光が遮られ、昼前だというのに辺りは日が暮れた後のような暗さに包まれていた。

 

しかも、猛烈な砂嵐のお陰で辺りに張り巡らせた各種センサーや監視カメラといった警戒装置が軒並み使えなくなっていたためにバール大佐達は一時的にとはいえ完全なる盲目状態に陥っていた。

 

「このような激しい砂嵐ですから致し方ありません。正午過ぎ――もう少しすれば収まるようですが……それまでは待機しているしかないかと」

 

「待機ねぇ……まぁドンパチするよりマシだが、補給作業を終える前に砂嵐が来たのは痛手だな。この分だと兵士諸君にはクソ暑い中で補給作業を再開してもらわないとダメだな。……そう言えば偵察に出ているやつらは大丈夫なのか?」

 

「砂嵐が収まるまでは一時避難するように命じてありますが、この砂嵐のせいで電波状態が悪く今現在連絡が取れていません。どうぞ」

 

「ん?あぁ、すまん。ズズッ、ふぅ。やはり中佐が淹れてくれるモノは旨いな」

 

ロンメル中佐が淹れてくれた飲み物――中佐が魔法で生成した氷が入れられキンキンに冷えたアイスコーヒーを口にしたバール大佐は本心から漏れた言葉と共に微笑んだ。

 

「フフッ、ありがとうございます」

 

バール大佐の素直な誉め言葉にロンメル中佐は頬を赤らめると狐耳をパタパタとしきりに動かしながらフサフサの尻尾を左右に大きく振り最後には照れ隠しのように小さく頭を下げた。

 

「「「「……」」」」

 

そんな2人のやり取りを間近で見聞きしていた他の兵士達は何とも言えない顔で口を閉ざし、視線だけで会話をしていた。

 

何故なら、言うに言えない事情があったからだ。

 

「(なぁ、大佐ってまだ中佐が女だって事に気が付いていないのか?)」

 

「(全く気が付いて無い。昨日なんか戦闘配置が解かれてから『水が勿体ないから一緒に風呂に入ろう。男同士なんだから別に構わんだろ』とかナチュラルにセクハラ発言かましてたし)」

 

「(うーん、そうか。中佐が女だと分かっていたとしたら……大佐の性格的にそんなセクハラ発言するわけないしな)」

 

「(まぁ、いろいろな意味でお堅い人だからな大佐は……面倒くさがり屋でもあるが)」

「(なんにせよ……もう暫くの間は大人しく観察するか。決して2人の関係をおもしろがっているわけじゃないが)」

 

「(あぁ、そうしよう。決して2人のすれ違いを楽しんでいるわけじゃないが)」

 

中性的な顔立ちで声が低く、胸も小さかったことから発生してしまったバール大佐の勘違いを知る兵士達はいつになったら事実を――ロンメル中佐が女で大佐に惚れている事を知るのだろうかと興味津々で見守っていたのだった。

 

 

 

「おっ、風が弱まってきたな」

 

部下達から観察対象兼賭けの対象にされている事など知らないバール大佐が、耳障りだった風切り音が少しずつ収まってきたことに目敏く気が付くと、そう言って再び覗き穴の元へと近付く。

 

『――せよ!!…ザー………だっ!!……きこ……目の……応答を……敵…ザッ…大変……』

 

『――こちら…ザザッ…分隊!!……凄まじい…ッ…たい……早く……応答……くれ!!』

 

『――ザッ、……許可を……む!!直ちに……必要…ザッ…ザー……返事を……ザー』

 

「バール大佐、偵察部隊から通信が入りました!!しかし、電波状態が悪く内容が聞き取れません」

 

覗き穴から外の様子を見ようとバール大佐が目を凝らしていると前線指揮所に設置されている全ての無線機に通信が入る。

 

その通信は音声が不明瞭のために内容を知る事は出来なかったが、何か緊急事態を知らせるような緊迫感を孕んでいた。

 

「無線機の出力を最大に上げろ。それと念の為、全部隊を戦闘配置に」

 

「「「了解!!」」」

 

「……何が起きている?」

 

準警戒態勢から戦闘態勢に移行し空気が張り詰めた前線指揮所の中でバール大佐が、そう呟いた時だった。

 

砂嵐が過ぎ去り辺りに日の光が射し始める。同時に監視カメラの映像や無線機が従来の性能を発揮し出す。

 

『こちら第3分隊!!CP聞こえるか!!敵襲だ!!帝国軍が目の前に!!』

 

『第7分隊よりCPへ!!帝国軍がマイナス川の対岸に布陣しているぞ!!注意せよ!!繰り返す帝国軍がマイナス川の対岸に布陣している!!』

 

『こちら第9分隊!!帝国軍と接敵!!撤退許可を!!』

 

「……何てこった」

 

無線機からは帝国軍接近の知らせを告げる明瞭な声が次々と上がり、半ば砂に埋もれている監視カメラが前線指揮所に置かれたモニターに送ってくる映像には整然と布陣を整えた帝国軍の姿があったのだった。


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