〜鬼太郎視点〜
ある日、僕がいつものように人間界を散歩していると、何処からか鼻がもげそうな程の異臭が漂ってきた。
『鬼太郎! 気を付けろ、とんでもなく強い妖気じゃ!』
「はい、父さん!」
僕は咄嗟に鼻をつまみ、足音を消して異臭のする方向へと向かった。薄暗い路地の奥に見えたのは、一人の子どもの背中。何やら見慣れない模様の着物を着ている。まさか、この異臭の原因はあの子どもなのか?
「父さん、あれは……?」
僕は頭上にいる父さんに聞いてみる。すると、父さんは小さく唸って言った。
『残念じゃが……ワシにも分からんのぅ……。妖気の強さから考えるに、相当の強者じゃろうが……』
父さんでも分からない妖怪がいるなんて……。ここは様子を見た方がいいのかも知れないな……。
その時、運悪く猫娘が僕らに声を掛けてきた。同じように鼻をつまんで、しかめ面をしている。
「鬼太郎! 何なの?このひどい匂い」
「シーッ! 向こうに気付かれる!」
僕が彼女を止めた時には既に遅く、子どもは身体をこちらに向けて僕らに襲いかかってきた。
「シャアアァァァァッ!!」
「危ないっ!」
「きゃあっ!?」
僕は猫娘を突き飛ばして、そのまま子どもの体当たりをまともに食らってしまった。暫く地面を転がり、何とか止まったものの、全身の痛みが僕を襲う。
「く……っ」
「鬼太郎!」
猫娘は僕に駆け寄ろうとしたけれど、子どもは猫娘に向かって牙を剥いた。けれど、その姿は既に子どもではなく、巨大な大蛇だった。
ギラギラと不穏な光を宿す赤く縁取られた金色の目は、見る者の背筋を凍らせる。歪に口角を上げて笑う口から覗く鋭い牙は、鈍く光って不気味さを醸し出し、薄墨色の身体を持っている。こいつは一体、何なんだ……!?
『鬼太郎、しっかりせい! 猫娘がやられてしまうぞ!』
「分かって、ます……!」
立ち上がろうとして足に力を入れる。けれど、立ち上がれなかった。まるで全身の力が抜けたみたいに、動けなくなった。猫娘は必死に応戦しているけれど、既に傷だらけだ。強すぎる……。
その時、異変を察知した八咫烏の群れが、僕らを包んで妖怪横丁へと運んでくれた。そいつは、その後をしつこく追いかけてくる。遂に妖怪横丁へと侵入し、どんどん僕らとの距離を詰めてくる。
『いかん! このままでは、じきに追いつかれるぞ』
父さんの焦った声を聞いて、僕は必死に頭を動かす。あいつの弱点は何だ? それさえ掴めれば、弱らせることだってできるだろう。考えろ、鬼太郎!
すると、下からおばばの声が聞こえてきた。
「侵入者め、この砂でも食らうが良い!」
『があぁぁぁぁ!? 砂、だと……!?』
壺をひっくり返す音と砂が流れ出る音がほぼ同時に聞こえ、大蛇の苦しむ気配がする。何か特製の砂でも使っているのだろう。みるみる大蛇の気配が離れていき、僕らは間一髪のところで難を免れた。
何とか家に辿り着き、一羽の八咫烏が妖怪横丁の妖怪達に治療を頼みに行ってくれた。すぐに一旦木綿や烏天狗などの妖怪達がやって来てくれて、僕らの傷を見てくれた。
「こりゃあ、ひどいな。相当な力で体当たりされたんだな、鬼太郎」
「ハハ、まぁね。ありがとう、烏天狗」
「いいってことよ。それよりも、さっきおばばが誰ぞに砂をかけていたが……あやつは何者だ?」
「それが……」
言いかけたところで、僕の家の戸口に立った影があった。そちらを見ると。
「鬼太郎。入って良いかえ?」
「おばば? ……って、えぇ!?」
綱を持ったおばばと、人間界で見た子どもだった。