〜オヤウ視点〜
俺は気付いたら砂まみれで地面に倒れていて、そこから婆さんに問答無用で縄で縛られて、ある家の前へと連れて来られた。その中にいたのは、左目を前髪で隠している茶髪の少年と、猫のように縦長の瞳孔を開いて警戒している少女だった。その他は、俺の知らない奴らばかり。
「鬼太郎。入っても良いかえ?」
「おばば? ……って、えぇ!?」
茶髪の奴は俺を見て、驚いた様子で目を丸くしている。そうか、こいつは鬼太郎って言うのか……。
「こいつ、さっき人間界で見た奴よ! 今度こそ、ギタギタにしてやるんだから!」
『まぁまぁ落ち着け、猫娘。今は争わず、話す方が良い』
俺は、鬼太郎の頭からひょっこり覗いた目玉を見て、思わず後ずさった。
「な、何だよ、こいつ……! 目玉が喋りやがったぞ!?」
何がどうなってる? 俺の知ってる世界とは、まるっきり違う……。まさかこいつらも、違う場所にいる
そんなことをグルグルと考えていると、婆さんは俺を卓の前に座らせて、何故ここに来たのかと問うた。
俺は、上手く説明できるかどうか分からない、と前置きを入れてから、説明を始めた。
俺は、元はここから遥か北の地に住んでいた。
悪臭を出して
遂に、それを見かねたある英雄神二人が、俺を退治しにやって来た。
初めは俺は歯牙にもかけていなかった。どうせこいつらも、すぐに俺の悪臭に触れれば皮膚が焼け
「どうだ? オヤウカムイ。これに懲りたら、二度と悪さをするんじゃないぞ」
「……この……クソッタレがあぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
俺は最後の力を振り絞って牙を剥き、そいつの腕を噛みちぎろうとした。だが、その時には既に、俺の魂は天へと昇る為に身体を離れていた。
「離せっ! せめてあいつの腕だけでも喰いちぎらせろ!! そうでもしねぇと収まらねぇんだよぉっ!!」
そんな俺の叫びも虚しく、遂に
「償え。罪深き我らが同胞よ」
詳しい方法も聞かされないまま、俺はあてもなく
「……で、あんたらがたまたま見えたもんだから、八つ当たりっつーか、何つーか……。とにかく、悪かった。この通りだ」
俺は一通りの説明を終えて、鬼太郎に向かって深く頭を下げた。
今更謝っても、許しちゃくれないだろうな……。半分諦めかけていた時、鬼太郎が俺の肩を叩いてくれた。
顔を上げると、鬼太郎は笑って頷き、こんな提案をした。
「君の抱えてる事情は分かった。これからは、ここで僕達と一緒に人間達を助けていこう。妖怪に襲われてる人間達を、僕らが助けるんだ」
急に提案された内容が一瞬理解できず、俺は怪訝な顔を鬼太郎に向ける。周りの奴らも、ウンウンと頷いている。どうやら、俺はここでは嫌われてはいないようだ。だが……。
「俺の……この悪臭はどうするんだ?」
何気なく口に出した疑問に、婆さんが俺に小袋を渡してくれた。
「これは……?」
「おばば特製の砂じゃよ。これを腰に下げておけば、お前さんの匂いも軽くなるじゃろうて」
ニヤリと笑った婆さんは、鬼太郎に向かって頷く。
鬼太郎は俺に手を差し出して言った。
「僕はゲゲゲの鬼太郎。幽霊族の唯一の生き残りだよ。そして、ここは妖怪横丁。色んな妖怪達が住んでいる町なんだ。これから宜しくね、オヤウカムイ」
「いい、のか? こんな俺でも……?」
「いいんだよ。妖怪でも人間でも、困ってたら放っておけないんだ」
困ったように笑った鬼太郎を見て、俺はこいつを信用できると判断した。
それでも、あまり
『良かったのぅ、鬼太郎。これでまた、心強い味方が増えた訳じゃ。めでたいから、酒でも出して振る舞ってやれ』
「はい、父さん。今持ってきますね」
この一言で、鬼太郎の家の中がパッと明るくなった。場所は違えど、やはり酒好きは多いらしい。
『なぁ、オヤウ。ワシは目玉オヤジと言うんじゃ。こう見えても、立派に鬼太郎の父親じゃぞ。えっへん! そういうことで、よろしく頼むぞ!』
「あ、あぁ……そうですかい。こりゃまた、奇妙な親で……。まぁ……これから、宜しくお願いします……」
目玉オヤジを皮切りに、猫娘、烏天狗、砂かけ婆、子泣き爺、ヌリカベ、一旦木綿など、たくさんの妖怪達が俺に自己紹介をした。一度に入ってくる情報の量が多すぎるのと、久しぶりに本来の姿に戻ったのと、今まで溜め込んでいた疲労が蓄積していたことが重なり、急激に俺の意識は闇の中へと落ちていったーー。