妖怪横丁の厄介者   作:灰野真央

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鬼太郎との出会い

〜オヤウ視点〜

 

俺は気付いたら砂まみれで地面に倒れていて、そこから婆さんに問答無用で縄で縛られて、ある家の前へと連れて来られた。その中にいたのは、左目を前髪で隠している茶髪の少年と、猫のように縦長の瞳孔を開いて警戒している少女だった。その他は、俺の知らない奴らばかり。

「鬼太郎。入っても良いかえ?」

「おばば? ……って、えぇ!?」

茶髪の奴は俺を見て、驚いた様子で目を丸くしている。そうか、こいつは鬼太郎って言うのか……。

「こいつ、さっき人間界で見た奴よ! 今度こそ、ギタギタにしてやるんだから!」

『まぁまぁ落ち着け、猫娘。今は争わず、話す方が良い』

俺は、鬼太郎の頭からひょっこり覗いた目玉を見て、思わず後ずさった。

「な、何だよ、こいつ……! 目玉が喋りやがったぞ!?」

何がどうなってる? 俺の知ってる世界とは、まるっきり違う……。まさかこいつらも、違う場所にいる精霊(カムイ)なのか……?

そんなことをグルグルと考えていると、婆さんは俺を卓の前に座らせて、何故ここに来たのかと問うた。

俺は、上手く説明できるかどうか分からない、と前置きを入れてから、説明を始めた。

 

俺は、元はここから遥か北の地に住んでいた。人間(アイヌ)達からは『オヤウカムイ』と呼ばれ、古くから恐れられてきた。ある湖の主として長い間君臨し、そこで悪業の限りを尽くした。

悪臭を出して人間(アイヌ)達を追いかけ回す。家畜や動物を殺す。草木や作物を枯らす。(ワッカ)を穢す。精霊(カムイ)を殺したことだって何回かあった。

遂に、それを見かねたある英雄神二人が、俺を退治しにやって来た。

初めは俺は歯牙にもかけていなかった。どうせこいつらも、すぐに俺の悪臭に触れれば皮膚が焼け(ただ)れて重傷を負うか、死んでしまうに決まってる。そう思ってタカを括っていた。しかし、そいつらは俺の予想を遥かに裏切った。最初は俺の優勢だった。悪臭を振り撒き、二人の動きを止めてジワジワと皮膚を侵食させていく。ところが、そこで俺は気を緩めてしまった。途端に反撃に遭い、俺は(よもぎ)の葉を擦り付けた矢を何本も受けて重傷を負い、終いには氷の精霊(カムイ)が助太刀に現れて雹を降らせた。俺の動きが鈍くなったところで、そいつらは肩から提げている(エムシ)を抜いて俺の身体を斬り刻み、再生できないように処理しやがった。

「どうだ? オヤウカムイ。これに懲りたら、二度と悪さをするんじゃないぞ」

「……この……クソッタレがあぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

俺は最後の力を振り絞って牙を剥き、そいつの腕を噛みちぎろうとした。だが、その時には既に、俺の魂は天へと昇る為に身体を離れていた。

「離せっ! せめてあいつの腕だけでも喰いちぎらせろ!! そうでもしねぇと収まらねぇんだよぉっ!!」

そんな俺の叫びも虚しく、遂に天界(カムイモシリ)へと帰ってきた俺は、すぐさま一人の子どもの肉体に魂を移されてそのまま人間界(アイヌモシリ)へと送られた。その時に言われたことは、たった一つ。

「償え。罪深き我らが同胞よ」

詳しい方法も聞かされないまま、俺はあてもなく人間界(アイヌモシリ)をひたすら彷徨(さまよ)い、誰からも相手にされず、何かを手伝おうとしても気味悪がられ、避けられる日々を送っていた。苛立ちが募り、胸の内に溜まった黒い塊を吐き出せないまま、ただ空虚な毎日を過ごしていたのだ。

 

「……で、あんたらがたまたま見えたもんだから、八つ当たりっつーか、何つーか……。とにかく、悪かった。この通りだ」

俺は一通りの説明を終えて、鬼太郎に向かって深く頭を下げた。

今更謝っても、許しちゃくれないだろうな……。半分諦めかけていた時、鬼太郎が俺の肩を叩いてくれた。

顔を上げると、鬼太郎は笑って頷き、こんな提案をした。

「君の抱えてる事情は分かった。これからは、ここで僕達と一緒に人間達を助けていこう。妖怪に襲われてる人間達を、僕らが助けるんだ」

急に提案された内容が一瞬理解できず、俺は怪訝な顔を鬼太郎に向ける。周りの奴らも、ウンウンと頷いている。どうやら、俺はここでは嫌われてはいないようだ。だが……。

「俺の……この悪臭はどうするんだ?」

何気なく口に出した疑問に、婆さんが俺に小袋を渡してくれた。

「これは……?」

「おばば特製の砂じゃよ。これを腰に下げておけば、お前さんの匂いも軽くなるじゃろうて」

ニヤリと笑った婆さんは、鬼太郎に向かって頷く。

鬼太郎は俺に手を差し出して言った。

「僕はゲゲゲの鬼太郎。幽霊族の唯一の生き残りだよ。そして、ここは妖怪横丁。色んな妖怪達が住んでいる町なんだ。これから宜しくね、オヤウカムイ」

「いい、のか? こんな俺でも……?」

「いいんだよ。妖怪でも人間でも、困ってたら放っておけないんだ」

困ったように笑った鬼太郎を見て、俺はこいつを信用できると判断した。

それでも、あまり人間(アイヌ)に触れたことがない俺は、恐る恐る右手を出して鬼太郎と握手を交わした。

『良かったのぅ、鬼太郎。これでまた、心強い味方が増えた訳じゃ。めでたいから、酒でも出して振る舞ってやれ』

「はい、父さん。今持ってきますね」

この一言で、鬼太郎の家の中がパッと明るくなった。場所は違えど、やはり酒好きは多いらしい。

『なぁ、オヤウ。ワシは目玉オヤジと言うんじゃ。こう見えても、立派に鬼太郎の父親じゃぞ。えっへん! そういうことで、よろしく頼むぞ!』

「あ、あぁ……そうですかい。こりゃまた、奇妙な親で……。まぁ……これから、宜しくお願いします……」

目玉オヤジを皮切りに、猫娘、烏天狗、砂かけ婆、子泣き爺、ヌリカベ、一旦木綿など、たくさんの妖怪達が俺に自己紹介をした。一度に入ってくる情報の量が多すぎるのと、久しぶりに本来の姿に戻ったのと、今まで溜め込んでいた疲労が蓄積していたことが重なり、急激に俺の意識は闇の中へと落ちていったーー。


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