妄想わーきんぐ。やちよ   作:つば朗ベル。

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(1)  いつもの光景

「あのねっ! 佐藤くん? 昨日杏子さんがね?」

「おう」

 とある平日の昼下がり。俺はいつも通り、八千代の店長話を聞いていた。

 キャベツの千切りを量産しながら、それが切れるリズミカルな音と共に、八千代のテンションも上がっていく。最近は、話しかけ始めになんだかドギマギしたような印象を受けるが、得意の店長話が波にノッってくると、そんな態度は身を潜めいつもの調子でまくし立てるように話を進める。

「――でね? 京子さんったら、余ったチキンライスも、そのまま食べちゃったのよ、卵買ってきますって言ったのに! ウフフフフ!」

「ふ~ん、店長らしいな」

 人間って慣れると、キャベツの千切りをしながら人の話を聞いて、かつ他の事も考えられるんなんて、ホントスゲーなって思う。大体、昔はこんなに千切りばかりしていたら腕が痛くなったんだ。それが、今じゃあ勝手に腕が動いて、気が付けば全部終わっているもんな、ホント慣れってスゲーわ。

 そんなどうでも良い事を考えながら、八千代の話を聞く。勿論ちゃんと八千代の話も聞いている。たしか、オムライス作ったら、チキンライスのまま食ったとかそんな話……。

 一応、「ちゃんと聞いてるの?」なんて言われた時のために覚えていたりするのだが、八千代の話というのは物凄く断片的で、実際、既に次の話も終わりその次の話になっている。さっきの話は、たしか、パンの耳をカリカリにしたやつをアイスと一緒に食うのが上手いとかなんとか……そんな話だ。今の話は、コンビニのおでんの話か。大方、おでん全部買って、店員が驚いていたとか、そんなオチだろう。

「――それでね? 杏子さん全部くれって、言うものだから店員さんがすっごく驚いていてね!?」

「……店長らしいな」

 当たりだった。まあ、そんな感じで今日も八千代の長話を最後まで聞いていた。

 まあ、こいつが嬉しそうにしていたら俺も不思議と全然苦じゃない。話の内容は正直そんなに面白くはないし、いつも同じような内容なんだが、その会話の中で八千代の気持ちの微妙な変化なんかに気付いた時、何というか……嬉しいような、そんな気持ちに浸れる。そんな感覚が好きだった。

「休憩入る」

「んー」

 気が付けば休憩の時間になっていたので店長といつも通りのやりとりをして、休憩室に入った。

 俺は、いつもの席に腰掛け、テーブルに置いておいたタバコを取り、火を付ける。

「ふぅ~、うめぇ……」

 肺から煙を出して文字通り一息つく。しばらくして落ち着いた後、空きっぱなしだったドアを閉めようと俺は席を立った。ドアを閉めようとした時、フロアの方から八千代の声が聞こえた。チーフらしく他の従業員に仕事の指示をしている。普段、抜けているような所ばかりが目立つ八千代もああやってしっかりしている所もあるのだな、なんて思うと、俺は少し良い気分でドアを閉じた。

 イスに戻り、タバコを再度手に取る。

「八千代……か」

 小声でそう口に出した。そう言えば、今でこそ当たり前のように下の名前で呼んでいるが、轟と苗字で呼んでいた時期の方がはるかに長いんだな……。轟……なんて、今言ってみると、ちょっと変な感じすらする。八千代の事が好きになったのは、ここに入って割とすぐの事だったから、もうだいぶ経つんだな……。そう、4年。4年経つ。まあ、名前で自然と呼べるようになった事なんかは確実な進歩かもしれん。

 イスに寄りかかって天を仰ぎながら、そんな事を思った。

 

 ――しばらくそうしていた時、ふと、ドアの音がしたので無意識にそちらを見ると、「ふぅ」と、一息付きながら八千代が休憩室に入ってきた。休憩だと思うと気が抜けたのだろう。しかし、女の息遣いというのはなぜ、こうも可愛らしいのだろうか。それとも俺が八千代に惚れているからそう感じるだけなのだろうか……。

「あっ? 佐藤くん? 佐藤くんも休憩だったの?」

 俺の存在に気付いた八千代が顔をほころばせてそう言う。

「ああ、まあ、もう少ししたら出るがな……」

 タバコを吸い、顔を逸らして言った。

「そうなの? ……残念!」

 八千代はそう言ってうつむいた。

 ――その後は、会話も途切れた。さっき、今日の分の店長話は言い尽くしたからだろう。室内には俺がタバコを噴かす息の音ばかりがやけに大きく聞こえている。それに対してか、八千代がチラチラとこちらの方を何度も見ていることに気付いた。そこで、さりげなく八千代に目をやると、当たり前だが目が合った。お互いに恥ずかしがって慌てて逸らす。

 

 ……って、中学生じゃあるまいし、何をやっているんだ。だが、俺はともかく八千代がこんな風な態度を俺に取るのは珍しい。前まではこんなことなかったのに最近になって、出始めた行動。どういう訳か、こいつは俺の事を意識している。最もそれが、良い意味でなのか、悪い意味でなのか、全くどうでもいい理由なのかは、毛頭知る由もない。それを知るには結局、八千代本人への確認が必要な訳で、それはつまり俺が告白する事と結果的には余り変わらないだろう。

 

 ――結局、変な詮索なんて、意味が無いんだ。全部ムダ。つまりは俺がけじめを付ける事がいつかって言う話な訳で、それをする勇気が持てないのだったら、考えるべき事ではないんだろう。

 ――考えがそんな結論に達した時だった。ふいに八千代が、

「あのねっ……? 佐藤くん? この前、もらったネックレス……とっても気に入っちゃったの! 本当にありがとね」

 と、言った。ネックレスと言うのは、俺がこの前、誕生日であげた物だ。ちなみにこのお礼を聞くのはもう、三度目だ。よほど嬉しかったのか、他に話題が無いのかなんなのか知らないが、まあ、気に入ってもらえたようで俺もまんざら嬉しくない訳でもない。

「ああ。気に入ったようで何より」

 俺が言うと、八千代は「ウフフ」と、笑みを浮かべながら、はにかんだ。

 ――可愛いやつ……。最近は一段とそう思うことが多くなった。顔がほころび、そんな気持ちが表情に出てしまう。それを悟られまいと、俺は顔を隠すため、席を立ち出口に向った。

 

 ――休憩が終わり仕事中、ハンバーグを焼いている時だった。

「佐藤くーん? 結局、轟さんとはその後、どうなの?」

 相馬がいつも通りのイヤらしい笑顔を浮かべながらそう言って顔を覗かせた。

「なんだよ、またそれか、変わらねーよ何も」

「またまたぁ、そう言うけど、轟さんは最近いつも以上にポワポワして浮かれてる感じするし、君だって、前はこの話題出すと直に怒ったのに、怒ってるフリしてちょっと口元がほころんでるよ?」

 ……こいつは、またそういう細かい所を……。

「あのなぁ、今は仕事中だからそんなこと気にしてらんねぇよ、それにお前、俺に怒って欲しいのかよ?」

「ははは、そういう訳じゃないって、ゴメンゴメン」

 相馬は笑いながらそう言うと、

「それはそうと」

 と、思い出したように手を叩き、

「佐藤くん、今度、君の家に行ってもいい?」

 なにやら、当たり前の事のように変な事を言い出した。

「おい、なんで家に来るんだよ? 俺達はそんな仲じゃないだろうか?」

「さりげなく、ひどっ!? やだなぁ、俺と佐藤くんって友達でしょ? 普通に」

「いや、普通に違うだろ、松本もつい「普通に違います!」って断言するぐらい違うぞ」

「なんで、そこで松本さん出したの!? ……でも、明日って丁度休みだったよね? 俺も明日休みなんだよ! 俺ら同じホールだから休みかぶる事珍しいじゃない、せっかくだからさぁ!」

 まくし立てるように言う相馬。

「そうか……たしかに珍しいな……って、明日かよ……そんな急に嫌だね」

「んな事言って、どうせ予定無いんでしょ?」

「……ねーけど……」

「じゃあ、明日で決まりだね!」

 相馬はそう言って、フロアにいる種島に料理を渡しに行った。

「なんでそうなる……ってか、来る事は決まってるのかよ!」

 フライパンを突きつけて、そう突っ込んだ俺を尻目に相馬はそのまま去って行った。(たぶん休憩だろう)

 なんだか知らないが、明日相馬が家に来る……? の、だろうか。まあ、ああ言っていたのだから来るんだろう。なんというか……面倒なことになっちまったな……。

 

 翌日。今日はバイトが休みだ。別に予定も無いから普段だったら町に出てDVDでも借りに行くか、本屋かどっかで暇を潰すか、家でだらだらしてるかって所なんだが……。

 

 今日は相馬が来る……と、言っていた。あの後、相馬は昼過ぎに適当に行くと言っていた。別にどうでもいい俺は時間などを聞き返さなかったが、あの時、ちゃんと聞いておけば良かった。おかげで、昼前から起きて、なぜか家の掃除――である。まあ、相馬なんだから、そんなに念入りにしてもいないが、なんせ、家に他人を入れるのは割と久々の事なんだからな。

 

 ――そう言えば、もし、八千代と付き合うことになったりしたら……ここに、招く事もあるのか……。

 

 ――そんな事を想像したら、妙に照れ臭くなった。八千代と付き合う……か。もし、俺が告白して、八千代がOKすれば、付き合う事になるのだろうか。女と……付き合う……か。それは、俺にとって……余り望まない未来。八千代の事は好きだが……告白して……もし、OKなら……そうなる訳だが……それは……。

 

 八千代の事を考えると、胸がくすぐったくなる反面、気が重くなる。八千代には直接は関係ないが、俺には『それ』があるから、八千代との関係を進めることが出来ない。踏み出すことが出来ない――。

 ……そうやって部屋の整理をしながら、つい考え込んでいる最中の事だった。

「来たよー! 佐藤くーん!!」

 ピンポーン。インターホンの音と共に騒がしい奴の声が聞こえた。

 ピポピポピポ――連呼していた。

「うるさい! 鳴らしすぎだ!」

 そう言いながら、俺はドタバタと玄関に向かいドアを開ける。

「やぁ!」

 性懲りも無い笑顔で相馬が手をあげていた。俺が呆れたようにしていると、

「コンビニで色々買ってきたからさぁ~何時間でもイケるよ~!」

 などと言いながら、左手に持ったレジ袋を見せ、バタバタと俺の家に勝手に入る相馬。

 ――なんて、勝手な奴なんだ。そう思いつつも、俺は居間に向った。

 相馬は居間の前のテーブルに勝手に自分の買ってきた飲み物やお菓子などを並べ始めた。まあ、一応客だから何か用意しようと思っていたのだが給料前だったので地味にありがたいと思った。

「ハイ! 佐藤くん、どれ飲む? コーラに……オレンジジュースに、スポーツドリンクと……あと、さんぴん茶!」

「……さんぴん茶ってなんだよ?」

「佐藤くんが嫌いなお茶だよ」

 ――なぜ、決め付ける? ……まあ、いい、たしかにあまり俺が好きそうな感じはしない。

「じゃあ、オレンジ……」

 とりあえず、今飲みたかったものを無難に選んだ。

 二人して、テーブル前のソファに座る。ヤロー二人という居心地の悪さについ、テレビを付けようとリモコンを取ると――

「っと、テレビはせっかくなんだからよそう! 何か話でもしようよ!」

 そんな事を言いながら、相馬がリモコンを取り上げて俺の届かない所に置いた。

 まあ、たしかに珍しく家に人を入れておいてテレビじゃあ、いつもと変わらないか。

「話……つっても、何かあるのかよ……?」

 しかたが無いので、そんな風に話を振ってやる。

「……うん、まあ、俺の話じゃないんだけど――ね」

 相馬は片方の足をたたみ膝を腕で抱え込むと、コーラを一口飲んで、静かにそう言った。

 こいつらしくない――いや、ある意味、こいつらしいとも言える様な、ドライな感じ。

「……なんだよ?」俺が、気を使って聞いてやると、

「佐藤くん、またかって怒るかもしれないけど……」そんな前振りして、

「轟さんとの事なんだけど――」

 やけに、俺の表情を気にしつつ聞いてきた。

 ――こいつ、俺がその事を何度も言われる事を嫌がっている事を知りながら……まさか、今日わざわざ俺の家に来て、こうして話をしているのもそれが目的……?

 

「相馬――お前」

「っと、怒らないで!? 佐藤くん? いやぁ、どうしても気になっちゃってさぁ……いやいや、困っちゃうねぇ」

 焦って、そんな風に取り乱す割に、「やっぱいい」と、撤回はしない。そんなに俺と八千代の仲を気にするこいつは……いったいなんなんだ?

「いや、怒ってない――怒ってないが――お前、なんで、そこまで気になるんだ?」

 俺は、その疑問を口にせずにはいられなかった。

「……んー? どうしてだろうね? まあ、俺もさぁ、佐藤くんには幸せになって欲しいんだよ! 轟さんと上手く行ってほしいの。だって、もう俺とも付き合い長いじゃない二人とも。そんな二人を今までずっと見てきたんだよ? そりゃあ、仲良くなってくれたほうが嬉しいって思うよ」

 

 へつらうように言うそんな姿に俺はどこまでが真意であるのか分からなかった。言っている事は最もだし、たしかにもう何年も一緒に働いてきた仲だ。俺はこいつの事をよく知らないから何を考えているのか全然分かんねーけど、こいつなりに俺達に情が芽生えているという事なのだろうか? しかし、俺にはこいつの謎めいた部分というのがいつも不気味でなんとなく心を開けない所があった。最もそんなのは単なるこいつのキャラで、実際にはごく普通の人間だってそう頭では理解してはいるのだが……。

 

 ――なんというか、人間の勘? って奴が、それこそ松本じゃねーけど『こいつは普通じゃない』っていうなんつーか、そんな直感みたいなもんが、俺の中であるんだよなぁ……。

 

「何か、轟さんとの仲を進展させられないような理由でもあるのかい……?」

 しばらく黙っていると、そんな的を射た事を相馬は言い出した。そういう、何でも知ってそうな所が――そう悪態をつきたくなったが、でも、まあ……。

 俺は、ソファから立ち上がり、窓の近くに立ち外を眺め、

「あれは、中学に入ってしばらくした後の事だ……」

 柄にも無く語り出したのだった。

 

 

 

 

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