妄想わーきんぐ。やちよ   作:つば朗ベル。

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(10)  美月の提案

 週初めの昼の事だった。店の事務所でサボっていた杏子だったが、珍しく事務室の電話が鳴り、八千代にパフェを貰おうと出向いた足を引っ込めしかたなく電話を取る。

「はい、もしもし?」

「佐藤だ。悪いが今日からしばらく休む」

「なに? 珍しいな……ってしばらく? いつまでだよ」

 怪訝な表情で杏子が聞く。

「…………わからん、それじゃあ」

「え、おいちょっと! 佐藤!」

 慌てて呼び止める杏子だったが、既に電話は切られていた。その後、佐藤のケータイにかけるも電源が切られており、しかたがなく放って置く事にした。

「八千代、今日、佐藤のやつは休みだそうだ。ていうか、今日からしばらく休むらしい……今週は来ないのかもしれないなぁ」

 パフェを貰いがてら、フロアに出ていた八千代に説明する。八千代に説明したのに他意はなくチーフだからだ。

「ええっ!? 佐藤くん……どこか具合でも悪いんですか?」

 驚きながら訊ねる八千代。

「いや……そうとは言ってなかったな。病気なら病気だと言うだろうし……」

 休んだ理由を少し考えてみる杏子だったが、答えを出すには情報が少なすぎる。直に分からないと判断するや否や、考えるのをやめ、「ま、その内戻るだろう」と楽観的に言って事務室に戻った。

 

「結局、佐藤さん今週は一度も来ませんでしたね……」

 閉店した店の掃除をしながら、小鳥遊が種島に言った。

「そーだね……佐藤さんに何かあったのかなぁ? わたし心配だよっ! かたなしくん、何か知らないの?」

「えっ? いや……俺は……」

 不意を付かれ微妙な顔をした小鳥遊を見て種島がその顔を見上げて、

「あっ! そのかおっ! なにか知ってるでしょ? かたなしくん!」

「いえっ……俺は、知らないですよ。……ただ、やっぱり、チーフの事かなぁ……って思って」

「八千代さん……か、そう言えば、最近あの二人いい感じだったって相馬さんも言ってたのに……どうしたんだろ?」

 悩んだ顔でイスを拭きながら種島が言った。

「……まあ、俺はなんとなく想像できなくは無いんですが……」

「えっ!? やっぱ知ってんじゃん! かたなしくん、なになに? おしえて?」

 そう言われて困り顔の小鳥遊だったが、ふと思いついたようにフッっと笑い、

「ダメですよぉ! せんぱいにはまだ、早すぎますよ! もう少し大人になってからじゃないと!」

「もーー! 子ども扱いしないで! あと、あたま撫でないでっ!!」

 いつも通りの店の光景がそこにはあった。

 

 

 ――それから二週間ほど経った。初めは佐藤の不在で慌しかった厨房も最近になり落ち着いてきた頃だった。相馬は勤務時間が増えた事に嘆いていた。そんな中、事情を知らない真柴美月が、店にやって来た。

 

「やーやーお嬢に姐さん! お久しぶりです!」

「美月か。久しぶりって、二週間位だけどなぁ、まあ、お前にしては最近顔見せてなかったな」

 事務所にいた杏子が、部屋に入ってきた美月の方を見て言った。

「ええ、最近ちょっと、会社の方でめんどくさい書類整理を頼まれてしまって忙しかったもんで……ようやく時間が出来たのでみんなの顔を見に来たんですよ」

「美月さん、しばらくね」

「ええ、お嬢! 調子はどうですか?」

「……うーん……」

 美月の言葉にばつが悪そうに俯いて八千代が言った。

「? どうしたんですか? お嬢、なんだか嫌なことでもあったんですか?」

「実はな、美月。今もちょっと八千代と話してたんだが、ここ最近、佐藤の方が店に来てなんだよ」

 しゅんとする八千代を見て、杏子が代わりに口を開く。

「えっ? 佐藤が!? どの位ですか?」

「二週間……」

「二週間も? それじゃあ、お店の方も大変だったでしょう? ……あっ、じゃあ、私どもを呼べば良かったのに……」

「いや、美月は仕事で忙しいのは知っていたし、佐藤の休み方が休み方でな、その内、急に来るかもしれないし……正式な休みじゃないから様子を見ていたんだよ」

「正式な休みじゃないって……?」

「一応、電話で休むと言われたが、いつまでかは言わなかった。いつ来るのか今でも分からん……ケータイの電源も切っているから連絡も出来ない」

 杏子が言うと、美月は自分の事の様に困惑していた。

「そんな……それじゃあ、自宅には行って見たんですか?」

「……まあ、一応、プライバシーと言うのもがあるんでな。私も店長だからな。余り軽率な行動は出来ないのだ」

「でも……」

「もちろん、そろそろ、そうも言ってられないから、こうして八千代と相談していた訳だ」

「そうですか……じゃあ、お嬢が佐藤の家に行くって事ですか?」

 美月が八千代の方を向いて言った。

「ええ、そうも思ったのだけれど……でも、佐藤くんも何か事情があっての事だと思うし……私が行っても迷惑かもしれないから……」

 八千代がそう言った後、

「……という訳だ」と杏子が続けた。

「……そんな! お嬢! 心配じゃないんですか? 佐藤の事が!?」

 鬼気迫る表情で美月が言う。

「心配だけれど……返って迷惑かもしれないし……」

「……お嬢! 私は、お嬢のそんな控えめでおしとやかな所……嫌いじゃありませんでしたが……今回ばかりは、そんなお嬢の性格、嫌いです! ええい! それなら、私が行きますよ、佐藤の所に! 私は部外者なんですから勝手に家に行っても関係ないですもんね!?」

 そう言って、二人に背を向けドアに手をかける美月。

「待て、美月! お前、佐藤の家知ってるのか?」

 杏子がその背中に言う。

「ええ! 知ってます!」

 そう言い放つと美月はバタンと勢い良くドアを閉めた。

 

 ――しばしの沈黙の後、

「……なんで、あいつ、佐藤の家知ってるんだ?」

「……なんで、でしょうね……?」

 美月の迫力に圧倒され、ポカンとする二人だった。

 

 

 

 ――古本屋で立ち読みをしていた。暇を潰すためだ。仕事に行かなくなってもう、二週間か。やることが無く毎日暇だ。大学もほとんど行っていない。授業数の計算をして、行っておかないとヤバい日だけは行っているが、案外少なく2回しか行ってない。それも途中で帰った。

 今日は昼に起きてその後もダラダラしていたが、家に居るのも飽きて、古本屋まで歩いてきた。歩くと20分位かかるのだが、あえて車を使わなかった。ガソリン代の節約――という理由は建前で、実際は暇だったし歩いていた方が気分も紛れたからだ。地元の景色を歩いて見ながら帰るのも中々心が安らぐ。1時間半位、本を立ち読みしてさすがに飽きてきた所で帰ろうかと、外を見るともう暗くなってきていた。店で働いていればそろそろ帰る時間か。いやもうとっくに帰ってきてるか?

 

 気に入った本を一冊だけ買って、店を出ると地面がぬれている。見上げると小雨が降っていた。俺はすぐさまバッグに入れておいた折り畳み傘を出し、差した。出掛ける前、天気予報でチェックしておいたのだ。3日前は、帰りに雨が降り、途中走って帰るなんて、マヌケな事をしてしまった。あの教訓がある。そんな事を思いながら、雨の音を聞き帰る。雨で、せっかくの景色が見えない。最ももう見慣れてしまった所もあるが。それでも、景色だけでなく、外に出ているその近所に住んでいるだろう人達を見られないのも残念だ。

 何処にでも、家があるからその近くの生活音が聞こえてきたり、近くの住人が居たりと、それらを見ているだけで人間を感じられた。それがなんか良かった。

 しばらく無心で歩き続けている内に、気が付けば自宅の近くまで来ていた。それまでたかだか100メートル位しか離れていない場所でもほとんど見慣れていなかった。車で行動していたからだ。それが、実はこんな近くにこんな場所があったのかなんて、そんなどうでもいい事に気付くのだ。それが面白かった。

 

 そうして、遠巻きにだが自宅が見えてきた。少しずつ近づく自宅の辺りを見ていると、誰かが立っているのが見えた。誰だ、あれ。どうやら女性のようだ。多分若い。赤っぽいスーツのような服を着ている。……まあ、勧誘か何かだろう。そう考え、一旦目を離す。そしてしばらく歩いて何気なく視線を戻した所で俺の足は急に止まった。

「あれっ……あいつ、真柴じゃねーかよっ……何してんだ? 俺ん家の前で……」

 驚いたが、少し考えてみるとそれほど不思議な事じゃないかもしれない。そう言えば俺は今、無断まがいに店を休んでいるんだった。正直考えたくないから忘れていたが……それで、心配しに来たあいつが家まで来たって事だろう……。

 …………心配……か。

 自分で思っておいて、すごく安らぐような気持ちになった。正直嬉しい。……ああ、俺、相当参ってんだな……後、人恋しいってのも。しかし、わざわざ俺のために家まで来てくれるなんて……良い奴だな……あいつ……。

 

「こんな所で何してる……?」

 俺の家の前で寒そうにたたずむ真柴に言った。

「……佐藤。……とりあえず、寒い。中に入れてくれ」

「……ああ」

 そう言うので俺は、自宅に案内した。

 居間に入るとストーブの電源を付けてやる。部屋が暖まるまで時間がかかる。シャワーでも浴びろというほど濡れている訳でもないしそんな間柄でもない。とりあえず、寝室から毛布を持ってきてやり、「よかったら使え」と言って渡した。後は、コーヒーでも入れてやるかとキッチンに移動する。いや、牛乳余っていただろうか。

「そんな気を使わんでも……」

 俺の方を向いて真柴が言う。

「ん? ……ああ、まあ、気にすんな……」

 そう言いながら俺は、牛乳をチンしてカフェオレを作った。

 実際の所、久々の来客で嬉しかったのが本音だ。人に会いたくないなんて思っていた筈だったのだが、こうして実際に知ってる奴に会ってみると不思議とテンションが上がった。

人は誰かと話したい生き物らしい。

「ホレ」

 そう言って、湯気の立つマグカップをテーブルに置いた。

 真柴は渡した毛布を羽織って丸くなって座っていた。

「あちぃ」両手で挟んでマグカップを持ち一口飲んで言った。

「……冷めるまで待ってろ」言うと、コクンと小さく頷く真柴。

「……それで? 今日来たのは、なんだ?」

 まあ、普通に考えて仕事を休んでいた事だろうが――。

「……佐藤……なんで、お前……仕事休んでるんだ?」

 ストレートに聞く所はさすがだが、少しは遠慮しているのか顔は下を向き、目だけ遠慮がちにこちらを向ける。

 

 ……さて、なんて答えようか。考えてみても上手い言い訳は思いつかなかった。仮に思い付いたとしても、嘘をついてはぐらかす事をこいつに対してしたくは無かった。

「八千代との事が上手く行かなくてな……」

 結局、そうストレートに言っていた。まあ、アレコレ考えて言葉を選ぶより、ありのままの事を言ってしまったほうが楽だ。それに真柴には色々応援してもらった事もある。ありのままを伝えたかったし、彼女の正直な意見も聞きたかった。

「お嬢との事か……」

 以外にも冷静そうにマグカップに手を伸ばして言う真柴。

「驚かないようだな」

「……まあ、ここに来るとき、色々考えてたからな。何があったのかって。それで、お嬢の様子も少しおかしかったし……な」

「……どんな感じだったんだ?」

「いや、元気の無さそうな感じって事だよ」

 元気の無さそうな感じか……。俺と会えなかった事に少しでも寂しさを感じていたのだろうか?

「それより、何があったんだ? お譲と。言える範囲でいいから教えてくれないか?」

 思いのほか真剣な表情でそう聞いてくる真柴に少し圧倒される。

「……ああ、簡単に言えば、付き合っている筈の俺との約束より店長との用事を優先させたって事さ」

「はぁ、なるほど。風の噂で聞いたんだが、お嬢は付き合っているっていう意味をよく理解していないんだろ?」

 風の噂って、絶対相馬だろ。

「まあ……」

「だったら、悪いのはお嬢だな。まあでもお嬢も姐さんの事を本気で慕っているからな……佐藤、お前、それでも、お嬢を選ぶのか……?」

「お前……昔は八千代の事が大好きで、あんなに俺を毛嫌いしてたのに……今は、本当に俺の事を良く考えてくれてるんだな……」

 それは自然に出た言葉だったのだが、

「いやっ……わたしは……っ! ……ったく。恥ずかしい事を言うなよ……」

 真柴は目を逸らして慌ててそう言った。

「いや、それが俺の本心だよ」

 更にそんな事を言い出す俺。この時既に俺は少しおかしくなっていた。

「……だからっ!」

 恥ずかしがって、頬を赤らめる真柴。

「今の、お前……スゲー可愛い」

 なんだが、この場の状況に酔っていた。雰囲気に酔っていた。部屋に二人きり。考えてみれば、一応若い女だ。俺より年上だが。それをなぜこんなにも当たり前のように部屋に一緒に居るのだろう。それは、前にも上げたことがあるから? 二回目だと言うことで抵抗が無かったのは事実だが、俺がこいつに対して心を許しているから――?

「えっ……佐藤……?」

 気が付けば、俺は身を乗り出していて、紅くなった顔の真柴を近くで見ようと顔を近づける。

「真柴……」

 真柴が俺を見ている。身を乗り出した俺に少しおびえるように。俺を見ているという事は目が合っているって事だろう。

「佐藤だったら……わたしっ……」

 口元……鼻……呼吸音……全て、感じる。近くにある。俺は真柴のその柔らかそうな唇に親指で触れた。

「んっ……」

 女らしい声を出す。普段の男っぽい声じゃない。可愛らしい声。触った唇も想像以上の柔らかさで指を押し返してくる。そのまま、指で挟んでみた。すぼまった唇は自然と口を開く。それを見ているとつい、親指をそのまま中に入れてみたくなった。入れると歯に当たった。指の周りは温かく柔らかい唇の内側に触れている。ふと、真柴の表情を見ると、先ほどよりも真っ赤な顔をして、上目遣いで指を入れる俺を見る。その表情からは困惑が見て取れる。

 

 少しの間、ぼーっとしていたら、気付くと親指が先ほどよりも深く入っていた。無意識に入れてしまったのか? とも思ったが、それは違った。真柴が艶っぽい表情で俺の親指をなめていたからだ。目をつぶったり、虚ろな目で、俺の親指をしゃぶる真柴は俺のいいなりになったペットのようだった。指を舐めるその行為がおしゃぶりを連想させると、より興奮した。6つも年上の女を征服している快感。その全てに酔っていた。

 調子に乗って、更に身の乗り出した時だった。

 ガタン、と大きな音をし、咄嗟にテーブルに目をやるとマグカップが倒れ、カフェオレがこぼれていた。

「「あっ!」」

 二人、同時に声が出る。そして同時に我に返る。

 とりあえず、ティッシュを持ってきて、こぼれたカフェオレを拭く。大した量ではなかった。拭き終えて、そのティッシュをゴミ箱に捨てに行く。この時点で元の位置に戻るのが気まずかった。が、他の場所に行くのも不自然なので、元の場所に戻る。と言っても、身を乗り出す前の位置だ。真柴とテーブルの向かい側。

「えと……えとえと」

 黙っているのは気まずいのか、言葉にならない言葉を発する真柴。

「あ、あの……さっきの話だが……」

 とにかく、話を戻そうとそう言った。時間は巻き戻せないが、切り替えたい俺の意図は伝わるだろうと思って。

「えっ? ……ああ、さっきの話……か? なんだっけ……??」

 あたふたと、まだ、恥ずかしいのか、落ち着かない様子の真柴。

「だからっ……八千代との事だよ……」

 切り替えるようにはっきりと言った。

「ああ、そうだったな……あはは……」

 多少は落ち着いてきたようだが、まだ何処か、落ち着きが無い。まあ、しかたがないだろうが。

 しばらく、黙っていると、真柴は下を向いて何か考えているようだった。相変わらず、赤い顔だが、少しは落ち着いてきたようだ。

「……なあ、それで……どうすれば、良いと思う? 八千代との事……これから……」

 真面目にそう聞いた。すると真柴は少し微笑んだ後、俺の方を見るとこう言った。

 

「なあ、佐藤…………私は……()()が、幸せになる方法を……知ってるぞ……?」

 

 

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