妄想わーきんぐ。やちよ   作:つば朗ベル。

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 心のぬくもり     (12)

 そうして、なんとなくモヤモヤした気持ちで車に乗っていると、見慣れた細道に車が入りました。そうそう、この道路です。もう一度曲がってしばらくした所に、公園があってそこを更に真っ直ぐ行った辺りに、杏子さんの家があります。しばらく前に来た時と辺りの景色は変わっていないようでした。真っ暗な時に来たのは初めてだったのではっきりとは分かりませんでしたが。

 杏子さんは起用にバックで車を停車させると、「着いたぞ」と私に一声かけます。私は慌てて車から降りると手早く家に入る杏子さんの後ろを付いて行きました。

 居間に入ると、何が飲みたいか聞かたので、温かい紅茶と答えました。ここで遠慮すると、返って杏子さんは怒るのですぐに答えるのが正解です。程なくして、杏子さんが湯気の立つ二つのカップを持ち、私の前のテーブルに置きました。

「覚えてるか? やちよ、このカップ」

 そう言って杏子さんは柄の付いたカップの絵を私に見えるように回しました。

「あっ……はい! このカップ、前に私が来た時、気に入ったものですよね」

 そのカップは可愛らしい星型のスティックを持った妖精のような子が空を飛んでいるイラストが描かれたカップでした。そのやわらかな絵のイメージに私は一目惚れしてしまい、気に入ってしまったのです。杏子さんはそんな私を見てそのカップを私にくれようとしましたが、私はさすがに悪いと思って貰いませんでした。その代わり、杏子さんの家に来た時に私が使うカップとして、私専用のカップとして使わせてくれることになったのです。

「美味しい……」

 私は、そのカップに描かれた絵をゆっくり見た後、杏子さんの淹れてくれた紅茶を一口飲みました。茶葉は私の好きなアールグレイです。柑橘系の香りが口に広がる美味しい紅茶です。私はこのアールグレイの紅茶に少しのお砂糖を入れて飲むのが好きです。カドの無い柔らかい味わいが口いっぱいに広がります。

「ところで、八千代、さっきの話だが」

 一息、付いた所で杏子さんがそう話を振ります。

「あっ……はい。佐藤くんの事ですよね……?」

 コトン、とカップをテーブルに置いて私が言いました。

「うむ。じゃあ、早速話を進めるが、佐藤の事は好きなのか?」

 単刀直入に杏子さんが聞いてきます。

「はい……でも、どの位かは……」

「私と、どっちが好きだ?」

「杏子さんです!」

 私は即答しました。

「う~ん……そう言って貰えるのは私としても嬉しいが……八千代、お前はこれからの人生、どう生きていくつもりなんだ?」

 いつになく真面目な口調で杏子さんが言います。

「えっ……それは、前にも言った通り、杏子さんの世話を一生して行きたいと……」

 私がそう言うと、杏子さんはふぅ、と溜息を漏らし一口紅茶を口に含み、

「あの時は、まだ、八千代も若かったし何も言わなかったが、今はもうハタチだろう? いや、ハタチもまだ十分若いんだが、今回は佐藤の事もある、だから、少しまだ早いかもしれないが言わせてもらうが、八千代は少し、私から離れたほうがいいと思う」

「でも……私は本当に、杏子さんの方が……!」

「本当にそうか? 昔から私が好きだったからよく分からなくなっているんじゃないか? 最近、急激に佐藤の事が気になってきているんだろう? だったらどっちが上かなんて本当は自分でもよく分かってないんじゃないか?」

 そう杏子さんに言われて、私もよく分からなくなってきました。確かに、最近、佐藤くんの事を強く意識することになりましたが、それ以前はずっと杏子さんが大好きだった訳で、その思い出が大きい分、自分でも杏子さんの方が好きだと思い込んでいるのかもしれません。でも……本当にどちらの方が好きかなんて分かりません。杏子さんも佐藤くんも大好きですもの。

「八千代だって、もうハタチなんだ。女として男の佐藤を意識する事だってあるだろう?」

「でも、私は杏子さんが好きになっているから、実は自分は同性愛者かと思っている部分もあるんですけど……」

 誰にも言ったことは無かったですが、心の底で思っていた事でした。

「それは違うな」

 ですが、杏子さんはあっさりと否定しました。

「八千代が私に惹かれているのは私に男性的なかっこよさを感じたからだろう? その時点で八千代は男が好きっていう証拠じゃないか、それに私は昔、八千代以外にも女から好かれていたのは八千代だって知っているだろう? まあ、いつも八千代とばかりいたから次第に居なくなったけど」

 たしかにそうでした。杏子さんが学生時代の頃は特に人気で学生さんと思しき女性の方からもよく声をかけられていました。

「それにな、女が男を好きになる気持ちと、男女関わらず同姓が好きになる気持ちっていうのは本質的に同じなんだよ」

「そう……なんですか?」

「まあ、これは私が勝手に思っていることだけどな……私の舎弟はいっぱいいるけど、その中でも、まだ子供の頃は男女関係なく、仲良くやってるけど、丁度14歳くらいの頃か、理由も無く喧嘩したり、口を利かなくなったりする。言うまでも無く異性間でだ。お互いに意識してしまっている訳だな。だけどそこに性格の違いは無い。男女の性格の違いって言うのは、環境や事実で出来るもんだ。自分が女であるという事実そのものが、女性らしさという性格を作っている訳だ。日本人女性は、奥床しいと言うじゃないか。それは昔から女性とはそういう物という親からの教えがあったからだ。つまり、もし八千代が男に生まれていれば、そんなに奥床しくなっていないという事なんだよ」

 いつになく饒舌な杏子さんです。私はそんな杏子さんのお話を聞いて、色々思いました。自分の杏子さんへの想いはおかしな物じゃないって事。自分は実は男性の方が好き? なんだという事。

「……でも、杏子さん。私まだ、自分の正直な気持ちが分かりません」

「いや、いいんだよ。さっきまで分からなかったのに、いきなり分かる訳無いだろう。そういう事はある時、ふとしたきっかけで気付くものさ、私は急かすつもりは無い、八千代はまだ若いんだから、ゆっくりさ……考えれば良い事だから」

 杏子さんは笑みを浮かべてそう言うと、やさしく私の頭を撫でてくれるのでした。

 

 ――その後、私の自宅に連絡を入れてくれた杏子さんはお風呂を沸かしてくれました。先に入っていいと言われましたが、流石にそこは遠慮して杏子さんに先に入ってもらいました。お風呂場から杏子さんの気持ち良さそうに息を付く声が聞こえてきます。そんな声から杏子さんがお風呂に入っている姿を想像してしまい、少し顔が赤くなってしまうのでした。しばらくして、湯上りのラフな格好をした杏子さんが居間に来ます。頬がほんのり赤く火照り、しっとり濡れた髪の毛がなんとも艶かしいです。コケティッシュです。そんな杏子さんを尻目に私もお風呂に入りました。私が入る事を考えてか、少し熱めにお湯が張られていました。単に熱めのお風呂に入りたかっただけかもしれませんが……。杏子さんの残り香がある気がする浴槽に顔を埋め全身でお湯に浸かりました。体の芯からフニャフニャに溶けるような気持ち良さでした。きっと精神的な疲れも取れたんじゃないかとそんな気がしました。

 

 翌日の昼頃。今日は休日です。休日は杏子さんと一緒に居る事が多いので、このまま杏子さんの家に居ても良かったのかも知れませんが、昨日泊まってしまった手前、あまり長居は良くないと思った私は、昼になる前に帰る支度を始めます。

「何も休みなんだから、ゆっくりして行っていいんだぞ?」

 テレビに顔を向けていた杏子さんが私の方を振り向いて言います。迷惑をかけていると思っている私に気を使うように……いえ、杏子さんだったら、本心でそう言っているのでしょうね。ですが、杏子さんも何度も言う訳ではありません。そういうしつこくない……サバサバした所も、私の杏子さんが好きな所の一つです。台所に置いてあったマグカップやらお皿やらを洗った後、私は帰宅する事を杏子さんに伝えます。杏子さんは、寝転んでいた体をゆっくり起こすと玄関まで私を迎えに来てくれました。

「では、杏子さん、泊めさせてくださって有難うございました」

「なに、私と八千代の仲じゃないか、お礼なんていいよ」

「あはは、そうですね」

「……八千代はこの後、家でゆっくりって感じか?」

「ええ……特に、今日の予定は無いんですけど、一応、お母さんに顔を見せておきたいと思いまして」

 靴を履きながら私が言いました。

「ああ、そうか。ま、どうするかは八千代の自由だが、少し一人で考えてみた方が良いと思う……昨日の事、な」

「……そうですね。私、今まで、自分に自分を誤魔化して考えないようにしていた節がありました……でも、それって良くない事だったなって、気付きました。杏子さんの言うように少し一人で考えてみようと思います……すぐに答えは出ないかもしれないけど、必要な事だと思うから……」

 自分で、口に出して自分ではっきりと確信する。『自分は何をやるべきか』って事を……。

「うん、じゃ、また仕事で」

「はい! じゃあ、杏子さんまた……」

 ――バタン。ドアを閉め、私は帰宅しました。

 

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