「あたし、決まったー! ほら、お嬢ちゃんは? 決まった?」
「あっ、えっと、私はコーヒーにしようかしら」
メニューを見ていた梢さんにそう言いました。
今は、あの後ゆっくり話しでもしようと近くにあった喫茶店(デパート内のです)に二人で入って席に着いた所です。小さめの店内で簡単な軽食もある素朴な雰囲気の喫茶店です。お会計の近くにコーヒー豆が量り売りされていて、店内は多少コーヒーの香りがしている気がしました。
店員さんに注文を言いしばらくすると、店員さんが注文した物を持って来ました。私のコーヒーと……お酒です。やっぱりお酒でした。
「梢さん……お酒はやっぱり……」
注文する時も言ったのですが、目の前のお酒を目にしてもう一度言いました。というか、喫茶店なのによくお酒があったものです。
「ああ、大丈夫よ。私には水みたいな物だから。それにちょっと真面目な話するし、少ししか飲まないから」
梢さんは、おちょこに注いだ日本酒を一口で開けそう言いました。
「そうですか……って、真面目なお話って?」
熱いコーヒーをすすった私が言うと、
「……そうね。早速だけど、話しましょうか」
さっきまでの緩んだ顔とは異なり、真面目な顔で私を見て梢さんはそう言ったのです。
「お嬢ちゃん……いえ、ここは、やちよちゃんと呼ばせてもらうわ、いい? やちよちゃん」
「はいっ」緊張した雰囲気につい、上ずった声で返す私。
「やちよちゃん……実はね、私はあなたと金髪くんの事……いえ、あなたと金髪くんとみっきーの事……少し、みっきーから聞いてるのよ」
「美月さんから……?」
「まあ、半分強引に聞き出したんだけどね……」
えへへ……と、梢さんは笑みを浮かべたかと思えば、
「それでね、やちよちゃん。率直に聞くけど……金髪くんの事……佐藤くんの事、どう思ってるのかな?」
今度は真剣な目で見つめながら聞いてきます。
「それは……実は、最近その事ばかり考えていて……分からないんです……佐藤くんの事は好きなんですけど……どれくらい好きなのか、それが分からないんです」
「なるほど……私もまだ、経験が少なかった頃はそう思う事もあったなー」
「あの……やっぱり、梢さんはその、男性とのお付き合いは豊富なんですか?」
「そうねぇ。多い……と思うわ。それでね? たしかに相手の事が好きかって事って案外本人は分かんないもんなのよ」
意外な言葉に面食らう私。
「えっ、じゃあどうすれば?」
「そうね、まあ、結論から言っちゃうと、あんまり考えない事ね。相手の事が好きか嫌いかなんてどうでもいいじゃない。だってね? 自分が思うがままに行動していれば、勝手に嫌いな人とは会わなくなるもんでしょ? いっぱい会ってるって事は、その人が好きだって事。嫌いだったら会いたくなくなっちゃうわよ!」
それは、当たり前の事と言えばそうだったかもしれませんが、不思議と私には心の奥を突かれた感じがしました。
「なんだか、凄くその通りだなって思います……!」
「でしょ? だから、変に悩む必要なんて無いのよ。どう、やちよちゃん、最近、佐藤くんに会ってない訳だけど……会いたいなって思う?」
「思います……! 凄く!」
「そっか、じゃあ、好きって事でしょ?」
「そう……そう……なんですね! 梢さん、私なんだか少し気持ちが楽になりました、有難うございます!」
単純な事にこそ、真実が隠れているのかもしれない。散々悩んでいた事が少し楽になった気がして私はすっきりした気持ちになりました。
「あっ……でも、杏子さん」
「んっ? どうしたの、やちよちゃん」
「あの、佐藤くんの好きって気持ちの強さはなんとなく分かったんですけど……でも、結局私は、どうすればいいか、悩んでるんです」
「どゆこと?」
「杏子さんと佐藤くんのどっちを優先するかです……あの、佐藤くんと付き合うとなると、杏子さんとの用事とか……」
そこまで言うと、梢さんは手で制して、
「あー分かった。なるほどねぇ……まあ、やちよちゃんがどれくらい杏子さんに入れ込んでるかは、みっきーに聞いてるからねぇ……でもさぁ、杏子さんって、女じゃない? 比べるのがそもそも違う気がするんだけど」
当たり前のような顔をして、梢さんが言いました。
「どういうことですか?」
「……えーそうね。だって、女じゃん、私たち。女が男の事好きなのは当たり前でしょ?」
お酒が回っているのかと思い、梢さんの顔を見ましたが、ほとんど赤くなっていません。シラフではっきりと言うその姿は、素直に凄い……と思ってしまいます。幸い、近くにお客さんが居なかった事もあり私も恥ずかしくありませんでしたが、おそらく居たとしても同じように言われたのではないかと思います。私はそんな梢さんの他人を気にしないオープンさに尊敬のような気持ちを抱いていました。堂々としている所が杏子さんにも似ていたからなのかもしれません。
「でも、梢さん。私、男の人のほうが好きかなんて自分でも良く分からないんです、杏子さんも本当に好きですし……」
今も、目の前の梢さんにときめいていますし……。
「まあ、そりゃ、人によると思うけど……本当に女の子が好きな女の子もいるしねぇ。でも、やちよちゃんは違うと思うな。だって、杏子さんって男っぽいじゃん? だからむしろ、男に付いて行くタイプだよね、やちよちゃんって」
「……ああ、同じ様な事を杏子さんにも言われました」
「そうなんだ。……まあさ、実際、男とは付き合ったほうがいいと思うよ、良い経験になるだろうし。別にそれは佐藤くんと。とは言わないし、誰でもいいから。もちろんいいと思った人とだけどね。」
「あの……基本的な事かもしれませんが、男女が付き合うってどういうもんなんでしょう?」
私がそんな質問を投げかけると、梢さんは腕を組んでう~ん、と考え込む素振りを見せた。難しい質問しちゃったかなぁ~と、私が少し気まずくなり誤魔化すようにコーヒーを口に運ぶと、
「それは……結構……いや、なかなか、ディープな話になっちゃうけど、いい? ……いいか。もう。ハタチだもんね? 早くないか」
返事をしていないのに、勝手に話を進める梢さん。
「男と女が付き合うって言うのはね……そうね、子供を生むため、じゃないかしら」
「そんな所まで、話が飛ぶんですか?」
「ええ、だって、やっぱり女に生まれたからには子供って欲しいじゃない。それには当然、男と付き合う事が必要で……ま、結婚とかって事にもなるわよね? 人って、子供の頃に気が付いたら家族が居て、お父さんとお母さんが居て……まあ、うちは複雑な家庭だったけど、その分、宗太とか兄弟がいっぱいいたから寂しくなかった。もちろん今でも寂しくないし、家族の皆も好きだけど、まあ、いつまでもそのまんまって訳にもならないだろうし、みんな自分の人生を歩んでいく……社会人になったらね。私は元々、寂しがりやで、お母さんにかまって貰えなかったからって言うのもあるんだろうけど、凄い寂しがりやでね。あんまり言うと引かれそうだから、冗談交じりにしか出さないけど、私の唯一のコンプレックス……かもしれない。だからね。怖いんだ。その内、宗太もなずなも自立して私なんかあんまり見てくれなくなった時、その時、私は誰に抱きつけばいいんだろうって。自分がそんなだからね。24時間ずーっと抱きしめてくれるような人を見つけたいし、自分の子供はずっと離れないで、見てあげていたい」
「……ステキですね」
私が言うと「ゴメン、途中から私の話になっちゃったね」と照れながらお酒をあおって誤魔化す梢さん。
「あはは……まあ、私が言いたかったのは、ハタチだったらまだ、そこまで考えなくていいと思うけど、今の内から色んな男見ておかないと、すぐに25とか30になっちゃうって事よ」
「そうですね、その時に付き合いだしても遅いかも知れませんもんね……」
「うん、だから私は、男と付き合うって事に関してはさんせー。だけど、さっきも言ったけど、無理に付き合う必要は無いよ」
梢さんは笑顔でそう言いつつも、
「……でも、佐藤くんが良いなって思うんだったら、悩む必要は無いと思うよ?」
なんて。おちゃらけた感じでそう言ったのでした。
その後、会計を済ませ喫茶店を出ました。外に出た辺りで梢さんが、
「男といっぱい付き合った方がいいってそう言ったけど……中には危ない人に当たる可能性もあるから……私が取って置きの護身術を教えてあげるよ」
ブーツを履き直しながら……そんな事を言い出しました。
「えっ……でも、わざわざ悪いですし、お仕事でやっているんですよね? だったら私が無料で受けるというのも……」
「だいじょーぶ、お金取る授業ほど時間かける訳じゃないし……それに、やちよちゃんが危ない男の人に手を出されたなんて事があったら、護身術の講師としての私の立場が無いからっ」
「そういう事なら……」
実は、護身術というものに少し興味があった私。タダで受けさせてもらうのには少し抵抗がありましたが、次にお店に来た時にでも、私からのおごりという事にして穴埋めしようと思いついたのでした。
「はい、それじゃあ、一応簡単な準備体操しておこうか」
公園の草むらでそう言って仁王立ちする梢さん。ここは、とある大きな公園の隅で、梢さん曰く、割と綺麗な草むらなのでよくお仕事でも利用しているとの事。隅なので人に見られる事もほぼ無いため、こういう事をするには打ってつけのスポットとの事です。
梢さんの真似をして簡単な準備体操を終えると、梢さんが護身術について話し始めました。
「それじゃあ、やちよちゃん。今日は取って置きの技を教えてあげるわ、本当は怖い人に抱きつかれた時の逃げ方とかを教えるんだけど……」
梢さんはそこで、私の腰の刀をチラッと見ると、
「やちよちゃんは必要無さそうだし、逆に相手を片付けちゃう技を教えようと思うわ」
と言って、私を見た。
「なんですか? その技って」
ついワクワクして聞く私。
「うーんとねぇ、それは背負い投げよ」
「背負い投げ……? 柔道の技ですよね?」
「そうよ、相手の懐に入り腕を取って、体全体で投げる。厳密には一本背負い投げという技ね」
「普通のとはどう違うんですか?」
「まあ、実はそんなに変わらないんだけど、柔道と違って相手が掴みやすい服を着てるとは限らないでしょ? だから、服を掴む普通の背負い投げではなく腕を掴んで投げる一本背負い投げを教えようってことね」
「なるほど……」
それから、私はしばらく基本的な動きを梢さんから叩き込まれました。投げる前に相手の重心を崩す方法、素早く相手に背を向ける体さばき、体全体の力を使って相手を投げる方法を学びました。
「そうよ! 腕だけの力で投げようとしない! 女の子は力が弱いんだから、体全体の力を使って! ……そう!」
初めはとても苦戦しました。力の入れ具合や、バランス、スピード、足先まで意識して体を反る動作は慣れるまで中々難しいものでした。ですか、梢さんの丁寧で分かりやすい教え方と、そんな梢さんに悪いという私自身の気持ちから気付けば時間を完全に忘れ、練習に打ち込んでいたのでした。
「はぁ~、さすがに疲れたね。だいぶ出来てきたし、終わりにしよっか?」
「あっ、じゃあ、最後にもう一度投げて見ていいですか? 最後は実践的に」
「そんな、やちよちゃん、私が本気を出して投げられると思ってるの? たしかに、素質あると思うし、もう、実践でも使えると思うけど……」
「いえ、そんな、投げられるだなんて思っていませんよ! ただ、試してみたいんです」
私が言うと、梢さんはクスッと笑って、
「そういう事なら……さあ、おいで!」
そう言って、構えました。
「では……! 行きます!」
私は、梢さんに向って距離を詰めました。梢さんはしっかり重心を下にすえ簡単に動きそうもありません。そうです。梢さんは今から私が背負い投げをすると分かっているのです。簡単に投げられる訳ありません。何度も言われた通り、相手をどう崩すかがポイントになってくる訳です。
梢さんは両足を開き重心を落として私の投げに対策しています。このままでは投げられない。そう思った私は、意表を付き、スライディングで梢さんの股をくぐります。
「えっ!?」
さすがの梢さんも驚いたようです。背負い投げの対策として重心を後ろにやっていただろうという事を利用し、逆に後ろから投げる。というのが私の策でした。
「いまよ!」
私は、素早く立ち上がり梢さんの腕を取って……取って……。
――次の瞬間、私の左足が何かに突っかかったみたいに、弾かれました。そしてそのまま、体制を崩され、気付けば、
「きゃん!!」
草むらにお尻を付いていました。
「大丈夫だった~!? やちよちゃん、ゴメンね~!?」
急に慌てて、そう言って介抱してくれる梢さん。
「いや~、意表を突かれたもんだったから、私も加減が効かなかったよ~ごめんね~?」
ゴメンゴメンと、何度も謝りながら気にする梢さん。
「い、いえ、私……気が付いたらお尻をついていて……凄いです。全然、分からなかった。私もまだまだですね……」
「アハハ、伊達に護身術の講師やってないからね、私も。でも、意表を突かれてつい、本気出しちゃった、やちよちゃんは相手を崩す才能はあると思うよ?」
「そうなんですか? ……でも、今回の敗因は何だったのでしょうか? 単に技術不足ですか?」
梢さんは、まだお尻が痛くて立ち上がれない私の手を取って立ち上がらせると、
「よっと! そうねぇ、技術不足っていうのもあるけど、今回は背負い投げを教えたのにそれを決め技にしなかったって事でしょうね」
「でも、相手が分かっていたら中々難しいかと……」
「まあ、そうなんだけど、それでも上手く崩して、どうにか投げるべきだったわね。だって、背負い投げ以外教えてないんだもの、どうにかそれ一本で行くしかなかったのよ」
「そうですね」
「ああ、そんなに残念そうな顔しないで! 十分凄いって、私だって焦ったんだから。これじゃあ、もっと色々教えたら簡単に私なんか抜かれちゃうわ」
「そんな! 梢さんは凄いですよ」
「ありがと。まあ、これで変なオヤジが迫ってきても大丈夫だね~」
にやつきながら言う梢さん。
「そうですね。お酒に酔ったオジサンとか……でも、安心です!」
私がそう言い、両手でガッツポーズを見せると、
「ん……お酒……?」
急にはっとした表情をする梢さん。
「どうしたんですか?」私が聞くと、
「あっ!! 安売りのお酒! 買うの忘れてたぁ~!!」
頭を抱えながらそう言う梢さんでした。ごめんなさい、梢さん。私のせいで小鳥遊くんに怒られるなんて……。
今度、お店で埋め合わせする時、この分も足してあげようと私は思ったのでした。
――そんな感じで、梢さんに護身術を習ったのです。なんだか、急に今まで全く知らなかった事をやって、不思議な気持ちになったのですが、なんだか新しい自分に会えた気がして嬉しい気持ちでいっぱいのまま、私は帰宅したのでした。