妄想わーきんぐ。やちよ   作:つば朗ベル。

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 白いお花の雪化粧   (15)

「ただいま、お母さん、遅くなっちゃった」

「あら、おかえり、大丈夫よ、メールくれたじゃない」

 急なお泊りだったのですが、お母さんは怒っていなかった様で安心しました。まあ、今日はお休みだからでしょう。

「じゃあ、私、部屋に行ってるわね」

 そう言って、部屋の方に体を向けると、

「あ、ちょっとまって、こんなの来てたわよ」

 と、お母さんに紙を渡されます。それは、不在通知表……で、何かお届け物がきていたようでした。はて? 私は何か、頼んだ覚えはありません。最近はしばらく通販も利用していませんし……不在通知表の品名を見ても、配達員さんの不備でしょうか? 何も書いていません。とりあえず、今日はこの後、家に居るつもりでしたので、書いてあった電話番号にケータイ電話からかけてみます。多少、戸惑いながらもかける事が出来ました。2コールもしない内に相手方が電話に出られると、乗車中でしょうか? エンジン音が聞こえる中、ドライバーさんの声が聞こえます。

「あっ……えーっと、紙が入っていたのでかけたんですけど……」

「あっ、では、お名前と住所お願いしまーす」

 これは、何のお荷物なんでしょうか? と質問する前に、そうドライバーさんに言われてしまいます。しかたなく、お名前と住所を言ってから、質問しようとすると、

「今、近くなんで、すぐに向えますんで!」

 そう、元気よく言われ、質問する間もなく切ってしまわれました。まあ、ドライバーさんは悪くありません。私がすぐに質問しなかったのが悪かったのでしょう。まあ、すぐ来てくださるとの事でしたのでその時に分かるので良いかとも思いました。

「なんのお荷物か分かったの?」

 居間から出てきたお母さんに聞かれました。

「えっと、分からないんだけど、すぐに届けに来るって」

「そう……じゃあ、ちょっと待ってなさい、あ、お茶飲む?」

「あ、うん、飲むわ」

 私がそう言うと、お母さんは台所に行ってお茶の用意をしているようでした。どうやら新しい緑茶の茶葉を急須に入れているようで、こういう時わざわざそこまでするなら、私がやってあげたいといつも思うのですが、それをするのも、お茶を断るのもあまりよくない事らしいです……と、相馬くんが前に言っていました。

 お母さんが入れてくれた緑茶を飲みながら、居間でゆったりとテレビを見ます。休日の夕方にやっている番組と言えば、再放送です。ゴールデンタイムにやっている話題のクイズ番組の再放送か、旅番組ばかりでした。しばらくチャンネルを回しながらお茶と、いつの間にかに置いてあったお茶菓子をつまみながらゆったりと過ごします。こんなひと時も良い物ですね。そんな風に思います。そうして時間が経過していく内に、家の近くから車のエンジン音が聞こえました。来たのかしらと思い、外に注意を向けた頃、案の定家のチャイムがなります。どうやら、配達物が届いたようでした。

 お母さんが、パタパタとスリッパを鳴らして玄関まで行きます。配達物も持ってきたお母さんが、「いいにおい~」と言いながら戻ってきました。手に持っていた白い箱を見た瞬間に香りもしました。これは花の匂いです。花なんて頼んだかしら? と思いながら、箱を開けてみると、そこには色々な花が綺麗に咲き乱れていました。小さなつぼみを付けた白いお花です。モヤモヤした何かがさっきから頭を駆け巡ります。そして、箱に入っていた領収書に書いていたお花の名前――スズラン――という文字を見て……私の中で何かが繋がったような強烈な、

「あっ……!? これは……!」

 衝撃を感じ、完全に思い出しました。……これは、あの日、もうずいぶん前の事ですが、昨日のように覚えています。佐藤くんと一緒に遊びに行った時の……そうです。あの時、花屋さんに寄って……買ったお花を、送ってもらったのでした。配達が遅すぎる、という点に関しては、領収書と一緒に、色々忙しくて発送出来なかったという内容を丁寧に書いた紙が入っていて……まあ、要するに忘れていたのだと思います。ただその事は、今はどうでもよい事でした。

「どうしたの? やちよ? そんな所で立ち尽くしちゃって……」

 お母さんが何か言いましたが私の耳には入りませんでした。

 私は、スズランから目を離せません。姿かたちも、香りも、あの日あの時のままです。佐藤くんと一緒に店内を見回って……一緒に買いあっこしたお花です。一緒にお花をプレゼントし合ったのです。そこから矢継ぎ早に近くの記憶も思い出されます。その後、日本刀展に行った事、その後、クレープを食べた事……全部覚えています。今まで忘れていた訳ではなかったのですが、ここの所、色々ありすぎて、改めて思い出す機会がありませんでした。それを思い出して……あの頃は良かったなぁ……そんな風に思った自分が居ました。もうしばらく……3週間以上は佐藤くんと会っていません。顔を見ていません。声を聞いていません。

 ――会いたいなぁ、佐藤くんと。

 気付けば、自然とそう思っています。やっぱり私は佐藤くんの事、好きなんですね……好きなんです。すごく、すご~く、好きなんです。

 ……その時。私は大事な事に気が付きました。佐藤くんが好き、だなんて事は前からわかっていた事ですが、そうではなく……なんて言うんでしょうか、杏子さんに対する気持ちは……憧れ……です。好きは好きなんですが……なんでしょう、永遠の憧れ……そんな感じです。杏子さんって。

 佐藤くんは……可愛い、なんて思う事があります。同い年ですから、何も遠慮せずに話せます。年下だったら、私の方がお姉さんだから……とか、年上だったら、これは聞いちゃいけないかしら? とか、そんな事を思ってしまいますから。なんというか……対等……良い意味で、対等、そういう事なのだと思います。私も、佐藤くんも、まだ未熟なんです、人間として。だから、一緒に居たい。一緒に居て、お互いを高めあっていく事。それが大事なのかもしれません。

 ああ、私の中で今、答えが出ました。杏子さんと佐藤くんの……どっちの方が好きか? そんな事は関係ないんです。お互いに支え合っていく事、高め合っていく事、それが付き合うって事なのではないのでしょうか? そのためにお互いに時間を共用する……佐藤くんと。

 ……それが叶うなら、私は、佐藤くんと付き合いたい。杏子さんの方が好きかもしれないけど、佐藤くんも私も、お互いにとって、お互いが必要だと思う。私は、そう思う。杏子さんに対して付き合うという概念は無い。杏子さんには私は必要ではない……佐藤くんよりは。

「……お母さん?」

 思い耽っていた私は、我に返ると目の前のスズランを改めて見ながらお母さんに声をかけました。

「えっ? しばらく立ち尽くしたと思ったら、どうしたの?」

「えっと、お母さんに聞きたい事があるんだけど、いい?」

「なあに? 改まって」

「お母さんって、なんでお父さんと結婚したの?」

「えっ? 急に……どうしたの?」

 お母さんはそんな風にテレながらも、

「そうねぇ、お父さんとしばらく付き合って、色んな所行ったりして……この人と一緒に居ると落ち着くなぁ……って、そう思ったから結婚したのよ」

 そう言って恥ずかしそうに顔をほころばせた。

「じゃあ、お母さん、今って幸せ……?」

「そうね、あなたがこうして立派に育ってくれたから……凄く幸せよ」

 そう言ったお母さんの顔は、言葉通り凄く幸せそうな顔をしていて、私も同じように幸せな気持ちになったのでした。

 

 ――自室に入ってベッドに体を倒すと、ベッドが軋む音が聞こえます。そのまま、体の疲れを取るように柔らかいシーツに身を預けていました。付き合う……という事に関して全くと言っていいほど真面目に考えていなかった以前の私。今、物凄く時間をかけてその答えを見つけると、佐藤くんが私と会ってくれていた頃、どれだけ色々考えていたのかが、なんとなく分かる気がします。私は女ですから、佐藤くんとは考えも違うのかもしれませんけど、違ったにしても同じくらい佐藤くんも悩んでいたのではないでしょうか? その上で、私と毎回会っていたり、付き合いたいと言ってくれていたとすると……私は彼に対してどれだけ失礼な事をしてしまったのか。そんな風に思います。それは今では取り返しのつかない事でしょうが、佐藤くんに会って謝りたい。そう思います。……そして、佐藤くんが望むなら……許してくれるなら、今度は私から、付き合って欲しいと、その趣旨を佐藤くんに伝えたいと……思いました。

 

 

 次の日の事です。その日私は早番で昼過ぎに仕事が終わり、徒歩で家路に就いている所でした。今日、初雪が降りました。黒いアスファルトの道路が一面、白い雪で覆われています。今日の朝、慌てて靴入れから出した冬靴を揺らしながら私は雪道を歩いていました。一年ぶりの冬靴はどこか懐かしい反面、少し恥ずかしくもあります。薄い黒の外見でふわふわした茶色の毛の付いたミドルブーツは二年前に買ったもので、たった二年しか経っていないのに、なんとなく古いデザインに見えました。服と同じで靴も年毎に流行が変化するものですね。まあ、私は女にしては疎いほうですが、それ位は分かります。靴入れから出てきたこの靴を久しぶりに見た時、買った時の事を思い出しました。あの時は丁度、地元の高校を卒業して、暇な時だったと思います。ワグナリアで働く事はその時、既に決まっていたのですが、普通は4月から、新しい人生が始まるため、4月までとは言わないまでも、卒業後、少しの間は家で過ごす日々が続きました。その頃は特にやる事も無かったので、家に居る事が多かったです。たまに杏子さんと会って、それ以外は家に居ました。まあ、外には雪が積もっている季節でしたし。

 

 そんなある日、母が就職祝いに、と言って買い物に出かける事がありました。今はもうつぶれてしまった靴屋さんに行ったのです。当時はまだ子供だった私(今も子供だと思っていますが)おしゃれに気を使うのが他の子と比べて遅いほうで、当時18歳にしてようやくキャラクター柄のものは恥ずかしいと思うようになって間もない位です。そんな頃ですから、流行のファッションですとか、そんなのは分からない私は、並べられた靴を見ていてもどれもピンときません。というかいつから服も靴もこんなに地味な色が流行りになったのでしょうか……まるで外国の商品のようです。お母さんは早々に店員さんを呼んできて、どんな靴が今風の売れている靴なのか、そんな事を聞いていました。店員さんは手馴れた様子で、この辺りですとか、これなんかがよく出ていますよ、とお母さんに持たせます。店員さんが居なくなった所でお母さんは、「私も良く分からないけど、どうかしら?」なんて、言って私に渡します。最初はどの靴もピンと来なかった私でしたが、渡された黒いミドルブーツは毛が付いている事も含めて、武将が履いていた靴、貫(つらぬき)と呼ばれるものに似ていたのです! 元々、刀繋がりで戦国武将に興味があった私はその靴がこの腰に差した刀に合うのでは? と思い、すぐに気に入ってしまいました。それが当時、流行っていたミドルブーツだとか言う名前なんて事はその時はもちろん知りませんでした。すっかり、その靴に虜になっている私を見てお母さんは思いのほか嬉しそうにしていました。「ほら、履いてみなさい」と、お母さんが履く事を進めます。合ったサイズの物を見つけると、「お母さん、これがいいわ」と買いに行く前とは裏腹に私のテンションが抑えられないほどに高まっていたのを覚えています。その後、その靴の思った以上に高い値札を見て、買うのをためらった私に、お母さんが、「良いのよ、靴は良い物を買わないと持たないでしょう?」なんて、言っていました。取り分け母は、服とかそういった物は買わずにずっと使う傾向がありましたので、高いお買い物にも躊躇しなかったのでしょう。そんな風に当時は思っていたのですが、今、改めて考えるとあれは気に入った靴を高くても買ってくれるというお母さんの優しさだったのだろう思います。嗚呼、お母さん、ありがとう。

 そんな風に昔の事を思い出しながら、まだ、柔らかい雪を踏みしめます。あの時買ってもらった、このブーツは今も私のお気に入りの冬靴なのでした。

 

 それはそうと今日も、佐藤くんは来ませんでした。いったいいつまで休むつもりなのでしょう。佐藤くんと会わなければ、私から付き合ってくださいと言うのも夢のまた夢です。

 こうなったら、私から佐藤くんの家に……そうするのが良いのかも知れません。今までご迷惑だろうと躊躇していた部分もありましたが、ずっとこのままというのも良くないなとも思うのです。

「そうね……明日、来なかったら……そのまま、佐藤くんの家に……」

 そんな風に呟いている内に、気が付けば自宅の玄関前でした。玄関で靴と裾の雪を払い自宅に入ります。イスに座って郵便受けに入っていたチラシなどの郵便物を一つずつ、確認していた時、不意に電話が鳴りました。ケータイではなく自宅に備え付けの電話です。テーブルに郵便物を置き電話に出ると、

「八千代か?」

 男の人の声が聞こえます。電話だった事と久しぶりだった事もあり始めは誰だか分かりませんでしたが、

「八千代だよな……?」と、もう一度、怪訝そうにそう言った声を聞いて、

「佐藤くん……?」

 確認のためにそう聞くと、「そうだ」と、佐藤くんは静かに答えました。

 私はとても久しぶりの佐藤くんとの会話に言いたい事が多すぎてパニックになりそうになりましたが、「どうして休んでいるの? いつ復帰するの?」など、いくつか聞いている内に、

「まあ、それも含めて八千代と話したいんだ。ちょっと俺の家まで来てくれるか?」

 そんな風に佐藤くんが答えます。その声は少し緊張しているように思えました。そう言われ、私は混乱してしまいました。急に家に来てくれと言われても、困ってしまいます。ですが、私自身、佐藤くんには凄く会いたかったし、なんとなくこの機を逃すと、二度と佐藤くんに会えないのではないかなんて、あり得ない事を考えてしまいます。それに、佐藤くんが来なくなったあの日、私はすぐに佐藤くんの家に行かなかった事が今でも心残りになっています。その気持ちを払拭するためにも、躊躇せずに行こうと、そう思いました。

「30分位で行くわ」

 そう、佐藤くんに告げ電話を切ると、私は急いで身支度をするのでした。

 

 

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