「それまでは……つまり、小学生位までは俺は、背が小さい方でな。写真で見た事あるだろ? 他の男子と比べてもかなり小さい方だった。だが、中学に入った辺りから背が伸び始めた。まあ、成長期だったんだろう。それで、直にクラスの中でも背の高い方になってた。背が小さい事に慣れてたから、自分の中では違和感バリバリだったけどな。それで、ある日の事だよ。女子の連中がまあ、いつも通りの色恋沙汰。最近では恋バナって言うのか? ……まあ、なんでもいーけど、そんなもんを繰り広げてたって訳だ。ただ、正直な所、俺がかっこいいだとか、そう女子から言われてんのは前々から知ってた。そういう話って結構筒抜けだからな。だから、その時、俺の名前が出ているような事は分かっていたし、特に驚きもしなかった」
「なんだか、うらやましい学生時代だったんだねぇ……ああ、続けて」
相馬が、ひねり揚げを食いながら言った。
「それで、初めは驚かなかったんだが、なんだかいつも以上に話題性が出ちまったようでな……どうやら、俺の背が急激に伸びた事も関係していたらしい。」
「まあ、女の子ってやっぱ、背が大きい男の方が好きだもんね」
「……どうやら、上級生とかも含めて学校でそれなりに話題になったらしい、二年の女子なんかがわざわざ休み時間に見に来たり……正直めんどくさかった」
――恋愛とか、色恋沙汰とか、そういうのが本格的にめんどくせーと思った。そんなきっかけの出来事。
「まあ、二年にとっては中学初めての後輩だからね、ある意味新入生より浮かれてたんだろうね。それに、中学生といえば恋愛話には一番興味のあるお年頃だし……」
「……そうなんだろうな。だが、俺は今日もか、今日もか……と、ため息をつく日々だった。その内、飽きるだろうと最初は無視してたんだが、次第にエスカレートしていってた。まあ、他人から見るとそんなに大袈裟なもんじゃなかったのかもしんねーが。当人の俺にとっては、結構苦痛だったんだ」
「ははは……あんまり、気にしない性格の佐藤くんがそう思うって事は結構堪えてたんだね?」
乾いた笑いを浮かべながら相馬が言った。
「そうだな……思えば、生涯あれほど悩んだ事はないかもしれん。それでだ。ある日の事だ。クラスの女子の間でいつも通りの会話……もう、俺が話題の中心でも俺は気にしなくなっていた。だが、その時はさすがに無視できなかった。ある女子の名前が出て、その女と、俺が付き合っちゃいなよー、的な感じの事をある女子が言ったんだな。そしたらそれに便乗するように、他の取り巻きの女子も――それがいい。それがいいと、当人と関係ない所で盛り上がりやがる。後で知ったことだが、その俺と付き合えと言われた女子というのが、先日クラスで人気投票みたいな事をして、女子で一位になった奴らしい。だから、俺とお似合いだ、と。そういう事らしかった。……もちろん、俺はご免だった。なんで、勝手に他人に付き合う女を決められなきゃならんのだ。そんなの嫌に決まってる。だから、その時はいつも通り適当にあしらったんだ」
「いやぁ、イケメンもイケメンの事情があるって事か……」
相馬が、さきいかの袋を開けながら言った。
「その時は、あしらったんだが、変化があったのはそのクラス一位の女子だ。名前は忘れた。便宜上A子としよう」
「名前なんて、忘れてる訳無いのに……思い出したくないんでしょ」
さきいかを食いながらポツリと言う相馬。
「…………それでだ。そのA子が、その日からやたらと、俺に付きまとうようになったんだ。放課後……休み時間……昼休みとな、毎日だ。毎日やたらと話しかけてくる。人目をはばからずな。――そして二週間位経った後の事だったよ。いきなり、帰り道歩いている途中……ああ、そいつが勝手にくっ付いてきたんだからな。俺は一度も一緒に帰ろうとした覚えは無い」
「聞いてないよ」
「……それで、帰り道の事だ。いつも分かれる所の道でだよ。あの日は夕焼けが紅くてよく覚えてる。その夕焼けをバックにして、あいつは俺に「好きです、付き合ってください」と、言った。……まあ、細かい台詞は覚えてないんだがそんな内容だった、そういう女子達の話題には耳にタコができる位うんざりしてた俺だったが、いざ、面と向かって、告白されると、全くそれとは違う変な圧迫感があるような気持ちになったのは覚えてる。ぶっちゃけ、そいつにしてもそうじゃないにしても俺は誰かに付き合いを申し込まれても、付き合うつもりは無かった。その時の俺は、人を好きになるなんて感覚にピンと来なかったし、好きな奴なんていなかった。だから、そいつに告白された時も、当然断るつもりだった。」
そこまで、喋って俺は、テーブルの前のソファに腰を下ろした。オレンジジュースを喉に流し込み、タバコに火を付けその煙を吐き出した所で、続きを喋る。
「だけど、そうやって、相手に気持ちをストレートにぶつけられると簡単に、断る事は出来なかったよ。結局俺は、「考えておく」なんて、曖昧な事を言って誤魔化しちまった。そう言ったら、「良い返事期待してるから!」なんて、言いやがるんだよ。夕日をバックにしてな。……その日、家に帰ってからもそればかりが頭の中を駆け巡ってたよ。一人の人間の気持ちを受け止めるって事が、こんなにも重い事なんだなって、スゲー痛感した。その後、なんでだかな……それまで、勝手に付きまとって、ウゼェ奴だな、としか思ってなかったそいつの事が、肯定的に見えるようなってきてよ。それで思い出すと急にそいつの事が可愛く思えてきたんだよ、柄にもなく……な。多分、女の事をそんな風に思ったのはその時が初めてだった。それまでは、他の男子が言う可愛いだとかそういう感情にピンと来なかったっていう感じだったんだが……」
タバコの灰を灰皿に落とし、目の前の相馬に目をやると珍しく大人しく聞いていた。そう言えば、話に夢中で換気扇を回すのを忘れていた。俺は、立ち上がり、換気扇のスイッチを付けると、ソファに戻った。
「それで、どうなったの?」
笑顔で相馬が聞いてくる。
「それで、数日後、俺達は付き合うことになった。女と付き合うなんて初めてだったから、色々慣れない事の連続だった。まあ、実際の所、町で学校帰りにデートと称して遊んでいたり、昼に一緒に食ったりする事がほとんどだった。俺は女と付き合うという事が良く分かってなかったし、そういうものなんだろうな、なんて、深く考えないでそいつの思い通りにしていた。そうして、付き合ってしばらく経った。クラスでも公認カップルとして、もう、冷やかされない位に浸透してきていた頃。俺はいつしか、そいつの事に少しずつ惹かれ始めていたんだ」
「へ~、佐藤くんが惹かれるなんて、なかなか良い子だったんだね……っていうか、そこまで聞く限りでは、普通に良い話に聞こえるけど……?」
興味津々と言った態度で相馬が続きを諭す。微妙に腑に落ちないが、話し始めたのは俺だ。最後まで語ってやろうじゃねーか。
「俺がそいつに惹かれ始めていたある日。その日もそいつと一緒に帰る日だった。もう思えばあの頃は、ごく当たり前のようにそいつを迎えに行ってたりしたな……。ああ、それで、その日は、そいつが用事で少し遅れるって事で、先に帰っているように言われてたんだが、俺も急に先生にちょっとした事で話をしていてな、それで、気付けば結構な時間が経っていた。俺はこれだけ時間が経ったら、A子の用事も終わっただろうと、教室に戻り、一緒に帰ってやろうと気を利かせたんだよ。まあ、サプライズって奴だな。あの事は若かった。……教室に戻ると、A子と、他の女子の声が聞こえた。多分4、5人だったと思う。なんか、そういう時って、独特な雰囲気で男一人では入りにくいじゃねーか。だから、俺もなんとなく入りにくくて……でも、教室以外行くところも無かったもんだから、立ち往生しちまってな……で、そういう時の女子の声っていうのはやたらデカい。まあ、放課後で廊下が静かだから余計にそう感じるのかもしれないがな。まあ、そこでどうしようかと悩んでいる時だよ。俺の名前が聞こえちまった。……いや、女子の口から俺の名前が出るのは例によって慣れていたから特に驚きもしなかったんだが、その後、A子が口を開いた事でさすがに俺は気になって、聞き耳を立ててしまったんだな」
「それで、それで?」
話が架橋に入ってきたからか、相馬も興奮状態だ。食い物そっちのけで俺の話しを聞いている。その姿がその時の女子グループの雰囲気と妙に似ていて変な嫌悪感を抱いた。俺はそんな気持ちを払拭するように、目を閉じてゆっくりとタバコを吸った所で続きを話す。
「……A子は、俺と付き合っていると自分の株が上がるとか、他人の視線が変わった。とか、そんな事を自慢気に喋っていたんだ。思った通りになった。って言っていた時、俺の中で激しい憤りが駆け巡った」
「……えーっと、つまり、『佐藤くんと付き合っていたのは他人へのアピールのためのポーズ』だったって事?」
「要約すると、そういうことだな。たしかにあいつは俺と付き合う前までは他人をやたら気にしていた素振りが合った。最もその頃は特に興味も無かったから付き合っている時にそんな事を思い出す事も無かった。なにより俺は、俺と向き合っているあいつを見ていた。それを信じてな……!」
そこまで言い終えて俺は、もう短くなったタバコの先端を灰皿に乱暴に押し付けた。あの後、俺はそいつと付き合いをやめた。――当たり前だ。アイツ本人には、本心に気付いていない振りをして少しずつ、だが、露骨に俺は避けた。その内、諦めたのか、ネコをかぶるのをやめて、今度は俺の事なんて見る事はなく終わった。幸い、その後はクラスが変わり、そいつとは疎遠になった。あいつはあいつで俺の事は嫌いになっただろうが、好きになりかけた俺はといえば、言うまでもなくショックはでかかった。元々社交的ではなかったが、女とはより、距離を置くようになった。高校ではほとんど女は寄せ付けなかった。大学に入ると、他の男も色気づいたのか、俺ばかりに注目が集まる事も無くなったので、だいぶ生きやすくなった。さっさと、仕事をして自分の人生を歩みたいという意味や、単に一人暮らしの金銭的な事情もあって、近くにあったレストラン、『ワグナリア』にバイトの面接を受けた。そこで、まもなく出会った同世代の異性……それが、八千代だった。
「佐藤くんにそんな過去がねぇ~、でも、なんでそんなに女性を避けてたのに、轟さんの事はそんなに好きになったの?」
「……それは、……なんていうか、最初、異性として見てなかった。八千代に関わらず、誰もな。だけど、あいつは、これまでに俺があった女とは違うタイプだった。八千代みたいなタイプは初めてだった。あいつは、俺の事なんて見てなかった。店長っていう絶対的な存在がいたからな。だから、なんていうか、俺も自然体の女の……女らしさを見れたのかもしれん」
「……なるほど、ね。自分の事を全然見てない。悪く言えば、眼中に無いって所がかえって、尾を引くような感情を佐藤くんに残したって訳か」
達観したように、細目で言う相馬。そして気付いたように、
「だったら、もう、そこまで轟さんの事を好きってわかってるんだから、告白して付き合っちゃえばいいじゃない? なにか、ためらうことでもあるのかい?」
なんて、他人事だと思って言い出す。
「……ふられたらどうするんだよ?」
「ふられないよ」
「そんなの分かんねーだろ?」
「だって、仮に轟さんが佐藤くんの事好きじゃないにしても、普通、付き合ってみて判断するのが女の子なんだから……それとも、それすら嫌なほど、嫌われているなんてさすがに思ってないでしょ?」
――たしかに。付き合ってほしいと言われて、それに承諾されたとしても、その時点で俺の事が好きだと確定するわけじゃないという事か。考えてみればそうだ。たとえ良く知らないやつに、付き合って欲しいと言われても、特別嫌いじゃなければ、とりあえず付き合ってみる……それが普通なのかもしれない。
「だけど……」
「まだなにか?」
「俺はな……その……『女と付き合う』という事に関して、億劫になっている部分がある。ぶっちゃけ、嫌なんだよ……あの時の思い出が思い起こされるようでな……女と……付き合いたくないんだ……」
はぁ、と溜息をついて、俺はジュースを口に含んだ。
「なるほどねぇ、付き合うっていう事自体に、踏み込みたくないわけだね……まあ、佐藤くん本人にしか分からない感情なんだろうね……そういうのは」
共感するようにうなずく相馬。
「だが、八千代の事は……好きだ。お前に心配されずとも、そろそろどうにか、けじめは付けたいと……思ってる」
それは、相馬に言った言葉だったのか、いつまでも逃げている自分に言った言葉だったのか。
「……そう。そうだね。まあ、俺は佐藤くんの事、応援してるから。きっと上手く行くと思うよ、頑張ってね」
いつになく、素直な物言いに驚いたが、案外、こいつも俺の事を本当に応援してくれているのかもしれん。俺もこいつの事、もう少し信じてやるようにしようかな。
――そんな風に思った。相馬が家にやってきた、この日のこと。