妄想わーきんぐ。やちよ   作:つば朗ベル。

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(4)  高血圧と低血圧

 そこには、三人いた。あの二人と……女……? 誰だ?

「んっ? ……あれは、真柴2号……? なんで、また」

 思わず、口をつく俺。距離があってハッキリは分からないが、どうやらあの二人に対して公園の真ん中で腕を組み何か喋っているようだ。えんじ色のいつものスーツを来て、男を力強く指差す。

 彼らは圧倒されて……とはならなかった。なにやら怒っているようで真柴2号に反論している。二人居るので言い合いになれば都合が良いのだろう。

 

 ――しかし、真柴2号も簡単には折れないようで……。

 その時、とりわけ大声で何か叫んだ真柴2号の声がこちらまで、

「お嬢には……佐藤っていうお似合いの男がいるんだー、お前らなんかに渡すかー!!」

 聞こえてしまった。

 

 それを聞いた俺は、色々な気持ちが頭を駆け巡った。あいつそんなこと考えていたのか、とか、八千代の事が本気で好きなんだな、とか、恥ずかしい奴だなとか……。

 

 が、次の瞬間そんな事を言ってはいられない自体になりつつあった。男達がついに手を出し始めたのである。まだ、その拳を避けやり過ごしている真柴2号だったが、2対1だ。どう考えてもあいつに分が悪い。俺はしかたないと、木の陰から走ってその元へ向った。

「おい! ……真柴2号! にげ……」

 言いながら向い、逃げろと言いかけてそこを見ると、既に真柴2号が彼らに制裁を与えている所だった。男を殴る生々しい音が聞こえる。

 

 俺は驚いた。そう言えばこいつは元ヤンキーで喧嘩慣れしている……という事は、知らなくは無かったが、普通、大の男二人を女一人で相手にして難なく勝ってしまうというのは、そんな話だけでは想像できない事だった。だが、目の前には二人の男が既に地面に横たわっている光景がそこにある。

 と、勝利の余韻を浴びていた真柴2号がふと我に返り、俺を見た。

「なっ! えっ? さ、佐藤!? なんで、ここに?」

 さっきまで、オーラを放っているかのような佇まいを見せていたこいつが、いつものコミカルな感じで驚きながら言う。その雰囲気と、腕に付けたメリケンサックの血の跡が妙なギャップを醸し出していた。

「なんでって、たまたまこの辺歩いてたら、お前が見えたから……」

 俺は、困惑しながらそう言い捨てる。

「そうか……、あっ! まさか、さっき言った事とか聞いちゃいないよな!?」

 焦りながら聞いている真柴2号。さっき言った事って、おそらく俺の名前を出した事だろうな……。

「あ、いや、なんの事だかわかんねーな」

 まあ、他にも何か言っていたのかもしれないし……間違えじゃない。

「そうか……」

 お互い、なんとなく気まずい雰囲気が流れる。倒れた見知らぬ男二人の近くで二人そろって佇む俺ら……というのも傍から見ればシュールな光景だったのかもしれない。

「あのー……佐藤? えーと、このことなんだが……どうか内密に頼む! お嬢とか、姐さんに知られると厄介なんだよっ……」

 両手を合わせ、すがるような上目遣いで言う真柴2号。その弱々しい顔はとても男二人に喧嘩して勝つような女性の顔には見えない。

「……ん? というか、轟は、なんとなく分かるが、姐さんって、なんで店長に知られたらやばいんだ? あいつだって、同じようなことしてるんじゃないのか?」

「いや、姐さんだって、今はほとんどそんなことしてない! それに、姐さんは本当に必要な時しか……喧嘩はしないんだ。わたしがこういう事したら怒るのも、わたしのためを思ってだろう……!」

 どこまでも、店長の事を気遣う真柴2号。あいつのどこにそんな尊敬できる要素があるのか知らんが、相当入れ込んでいるようだ。

「だったら、なんでこんなこと……」

 

 俺はそう言って咎めようとしたが、真柴2号を見るとばつが悪そうな顔をしている。そういえばこいつは、初めはちゃんと話し合いをしようとしていた。まあ、その話し方が適切だったかどうかは分からないが、頭ごなしという訳ではないようだった。

「あーーわかったよ……そうだな。黙っといてやるよ」

 そう言い直すと、

「えっ……? お、おう、そうか。悪いな佐藤。……いやぁ、佐藤は話の分かるやつだなぁ……」

 真柴2号はぎこちない笑みを浮かべながらそう言った。

「おだてても何もでないぞ……」

 少し照れくさい気持ちになった俺はそんなありがちな台詞で誤魔化した。

 

 ――そんなやりとりを続けていた時だった。遠くから何か赤い発光を見た気がしたので慌てて顔を上げ周囲を見ると、遠くからパトカーがこちらに向っていた。咄嗟に嫌な予感がした俺は、真柴2号の手を引っ張り後ろの大木の影に駆ける。

「ちょっと……? どうした、佐藤!?」

 腕を引っ張られた真柴2号が、驚きながらそう叫ぶ。俺は「いいから来い」と、短く言って、木の影に二人の体を滑り込ませた。

「ちょ……なんだよ、さと……」

「黙ってろ」

 そう言って、俺は後ろから真柴2号の口を手で塞ぐ。そして木を背にして、背後に目をやり様子を見ると、予想通りパトカーが停車したのはこの公園だった。公園の脇に停車したパトカーから出てきた警官が、のびた男二人を見ている。おそらく通報があったのだろう。通報したと思しきおばさんと一緒に居る。

「ん~ん~!」

 なにか喋りたい事があるのか、口を塞いだ俺の右手を手で叩く真柴2号。

 しかし、まだ手を離すわけにはいかない。もう少し様子を……。

 ――ぺろっ。そんな擬音しなかったが、ようするに、俺の指になんかぬめっとした感触があったんだ。それで、反射的に「きたねぇ!」なんて叫びそうになったが、なんとか堪え、小声で、「なにすんだよ! お前!」と、耳元で言った。

「ふはっ! お前がいつまでも、手を離さないからだろぉ? それより……どうしたんだよぉ佐藤……何か面白いもんでもあったのか?」

 自分のした事の癖に全く危機感を感じていない調子でそんな事を言う。した事っていうのは、俺の手の平を舐めた事と、男二人をのばした事だ。

「……ていうか、鼻まで押さえるなよぉ……息できないだろぉ……!」

 そんな風に文句まで言っている。顔を見るとほんのり紅くなった頬で涙目にもなっている。こうして見ると、結構かわぃ――――いや、なんでもない。

「すまん、それは悪かった。しかし、そんな悠長な事を言ってられる状況じゃねぇ……ホラ、お前が派手にやりやがるもんだから、警察が来ちまったぞ」

 

 そう言って、親指で後ろを指す。もうこの際、指を舐められた事はどうでもいい。……いや、良くはないが。そして、俺の下で木の影から後ろを見ようとするのを見て、

「そっと見ろよ」

「……うわっ、ほんとにサツが来てんじゃねーかよっ……」

 焦り顔の真柴2号。

「……しばらく、ここで隠れてるしかねーな」

「えっ? なんでだよ?」

「……あの、通報したと思われるおばちゃんが居るって事は俺らの事を見られている可能性が高い。ほれ、今も二人でキョロキョロしてんだろ……俺達を探してんだよ、今ここから出たら、確実にばれるぞ」

 

 今隠れている木の近くには木は無い。出ればまずばれるだろう。こんな所からいきなり出てきた人間を警察が見つければ確実に職質間違えなしだ。こいつはともかく全く関係ない俺が今日の貴重な時間を大幅に削られるのは御免だ。下手すると犯人扱いされかねない。

「ああ、そうだな、そういや私、あの警官に何度か注意されたことあるわ、やべぇ」

 顔を引きつらせながら、そんな事を言い出す真柴2号。ていうか、それやべぇじゃねぇか。

「マジかよ……じゃあ、本格的にあの警官が帰るまでここから動けねーじゃねぇか」

「……あの警官が、ここに来たらどうする?」

「……それは、やばいが、かといって今はここから出られない、まあ、なるようになるしかねーよ」

 

 俺がそう言うと、真柴2号はくぅ……と、苦虫を噛み潰したような顔をして下を向いた。この木にでも苦虫がいたら思わず口に入れてやった所だ。

 

 ――そんな感じで10分は経った。そして何度目かまた様子を見たが、まだ、あの警官は居やがる――っていうか増えてる……!?

 増えていた。パトカーが3台。馬鹿やろう。応援呼びやがったあの警官。

「パトカーが3台に増えてる」

 簡潔に事実を伝えると、

「ええっ!」

 眉毛を八の字にして驚く。

「まいったな……最初に強行的に逃げておくべきだったか? …………真柴?」

「…………いや、パトカーが増えなけりゃ……待っていた方が無難な選択だったし、佐藤は悪くないよ……」

 急に途切れ途切れに話し始めたその様子に不審に思い、反射的に様子を見ると体が少し震えていた。

「……寒いのか?」

 寒いと言うほどの気温ではなかったが、それは俺が厚手のコートを羽織っているからか。段々日も落ちてきていたし、寒いと言えば寒くなってきたかもしれない。

「うん……いや……なんだか……そう……だな……」

 要領を得ない回答。先ほどまでの不審が核心に近づく。俺は真柴の顎を掴みこちらに振り向かせた。

 

 ――顔を見ると、心なしか、顔が白っぽくなっている。また、ハァハァと肩で息をし始めた。

「おいっ! 大丈夫か?」

「……ああ、悪い。……ちょっと、貧血……かな? まあ、よくなるんだ……気にするな……少し休めばよくなる……」

 頭を手で抑えながら、苦笑いして言う。

 俺は男だし、貧血っていうもんが、よく分からんのだが、血が無くなって具合の悪くなるやつだよな?

 その内、真柴は、しゃがみ込み頭を低く下ろした。俺はどうしていいか分からず、ただ見ているだけだ。

「おい……本当に……大丈夫なのか? 真柴」

「…………」

 うずくまって何も言わない。

 どうする……? 後ろには警察。真柴の具合は悪そうだが……かといって、動くのは危険。……しかし、奴らだって、いつ撤退するかも分からない。それが、5分後かもしれないし、1時間後かもしれない……。

 考えた挙句、俺は蹲った真柴の前に座り込み、背中を向けた。

「ほれ」

 そして、後ろの真柴に言う。

「……えっ……なに……?」

「おぶされ。こうなりゃ、一か八かだ。ダッシュで、俺の車まで行く。お前だって今すぐにでも暖かい所で安静にしたほうがいいだろう?」

「……だけど」

 具合の悪さで覇気を失っているのか、決断できずにおろおろしている。

「……ほら、こうしてる間にも、警察がこの木の陰まで来るかもしれないんだぞ?」

 俺がそう言うと真柴は、なし崩し的に俺の背中に体を預けてきた。俺は、体重が自分の背中に乗ったのを確認すると、立ち上がりながら自分の車の停めた所まで一直線に駆けた。

「んっ? なんだ、今のは!」

 声がした方を見ると、運が悪いことに警官の一人が気付き、後を追って来ていた。木の間を抜けたもんだから音でばれるのは予想していた。俺は後ろを振り返らず、前だけ見て走る。

「お、おい、佐藤……後ろから追ってきてるぞ?」

 背中越しに弱々しい声で言う真柴。

「病人は黙ってろ」早口で言うと、俺は先を急いだ。

 

 走っている途中、背中の辺りで体の密着が強くなった。おそらく最初は遠慮して少し浮かせていたのだろう。しかし、それに気付いてしまう俺も俺だ。なんだか、文字通り体を預けられているこの状態は、なんとも互いの心も近くなったような錯覚を受け、恥ずかしい。そりゃあ、こいつも人並みにしっかりした女性的な体つきをしているし、年上だ。年上だなんて思ったことあまり無かったが、実は六歳も年上だなんてな。人間ってのは、大人になると成長が止まるっていうのは本当なんだな。俺も六年後もそんなに変わっていないんだろうかね。――見た目も中身も。

 

 薄暗い視界の中、人一人背負って全速力で駆けているというのに、こんなどうでも良い事考えながら走る俺。なんだ? 俺の脳からなにか、おかしな成分でも出ているのか?

「こらーー! 待ちなさーい!」

 しつこく追いかけて来る警官。今くらいは職務放棄して欲しい。

「……佐藤、あそこの駐車場に停めているんだろう? だったら、そこで、左に行けば近道になる」

 左を指差しながら言う真柴。

「おい、無理するなよ、目つぶって寝てろ」

「……いや、ちょっと、良くなってきたよ……なんていうか……その……ありがとぅ」

 

 小さい声で、そうやって言いづらそうに礼を言う。そんなに言うのを恥ずかしがっている所が返って、そこまでしても言いたいという気持ちが感じられ、こっちが恥ずかしくなるわけだが、まあ、俺もそんな性格だし、同じように恥ずかしがりながら礼を言うんだろうな、なんて思った。真柴の言う通り左の裏道に入る。少し走りにくい道だったが、そこを出ると、だいぶ距離を稼げたようだった。しかも、警察も追い払う事に成功していた。

 ――駐車場に着き自分の車を見つけると、助手席のドアを空け、背中に抱いた真柴を降ろした。

「そら、真柴、着いたぞ、自分で乗れるか?」

 なんとか、俺の手助けもあり助手席に乗せる。さっき、少しは良くなったと言っていたものの、今は喋らなくなりあまり良い具合ではない。本人も大丈夫と言う余裕すらないようで深い息を繰り返している。俺は、とにかく自宅に向かい車を走らせた。

 

 運転中、横目で真柴を見ると、目をつぶって息をしていた。俺は視線を戻し考える。とりあえず車に乗せたものの、何処に向うべきか? 病院とも考えたが、保険証なんておそらく持っていないだろうし、だいたい、赤の他人が付き添っても意味が分からんし……まあ、本当にやばい状況だったら、そんな事も言ってられないだろうが、本人はよくある貧血と言っていたし少し休めば良くなるとも言っていた。それに、病院は実はここからは遠い。車内は揺れるし、早めに暖かい所で寝かせた方が良いとも思える…………。

 

 ――俺の布団で寝る真柴は、汗も引いて体調は良くなっているようだった。

 

 あの後、俺は考えた挙句、近かった俺の家で真柴を寝かせることにした。一人暮らしの男の部屋に曲がりなりにも女である真柴を連れ込むことに躊躇しなかった訳ではないが、こういう体調の問題にそんな事を言っていられないだろう。俺の家に着いたとき、考えてみれば、布団が俺のものしかないことに気付いてさすがにやってしまったと思ったが、今更だったので、そのまま寝かせた。まあ、やましいことがあるわけじゃねーし……後ろめたい事は何も無い。とりあえず、自分にそう言い聞かせることにした。

 

 ――30分位経った。

 俺は真柴の様子を気にしながらソファでコーヒーを飲んでいると、

「……佐藤、ちょっとこっちに来てくれないか……?」

 だいぶ良くなっただろうがまだ紅い顔をした真柴がそう俺を呼んだ。

「どうした?」

「結構、治ってきたが……まだ、ちょっと熱っぽい、顔が熱い」

「……ああ、でも白い顔してたさっきよりかは、よっぽど言い顔色だと思うぜ」

「……そうか。……その、さとう、て」

「は?」

「て! だせ、したに」

 

 て? 手か。俺は言う通りに右手を真柴の寝ている布団の横に開いておく。すると、もそもそと、布団の中で自分の手を出す音……真柴が自分の左手を布団から出し俺の右手に重ねてくる。

 重ねられた瞬間、不覚にも右手をビクッと動かしてしまう。が、その後は冷静を保つ。男の手に自分の手を重ねるなんてこいつは何を考えてるんだ? なんて思ったが、手を重ねた後、安心したように目を閉じた真柴の顔を見ると……そんな品の無い意味は無かったのだと……そう感じた。それは、つまり子供が母親に対して安心感を求める――そんな意味のものだ。火照った真柴の手はまさに赤子の手……とまでは言わないが、その手は男の手のそれとは全く違う、柔らかい手だった。

 

 他人に見られたら厄介な光景……俺はそんなくだらない事は何も考えず、その手を優しく握ってやった。

 

 

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