妄想わーきんぐ。やちよ   作:つば朗ベル。

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(6)  高嶺の花

 いつも通りの日々。朝起きて、タバコ吸って、なんとなくテレビでも見ながら冷蔵庫を見て、簡単な朝飯を作ったり、面倒な日はパンで済ませたりして大学へ行く。最初は高校と比べて開放感の差に驚いたものだが、慣れてしまうとあの気持ちは何だったのだろうという気分だ。良く考えてみると高校だって、割と自由度があったからたいして変わらなかった気もする。そんな事を考えながら大学の講義を聴きノートを取っていく。そう言えば、大学でのノートの取り方も最初は良く分からずに無駄な事まで書いていた気がするが、今はなんとなく勘みたいなもので、どの辺りを書けばいいか分かってきた。その教員によっては重要そうな所で喋り方が変わる等の癖があるのでそれをメモするとかだ。後は自分の良く分からなかった単語なんかを自分の分かるように端に書いておく。後で調べるためだ。まあ、そんな自分なりの講義の受け方というものができる位には慣れてきたという事か。

 

 ノートのページが隅に言ったところで、講義終了の時間となった。筆記用具やノートをカバンにしまい外に出る。やや肌寒い風が体に当たるものの、日の光は大学の窓を明るく照らすほどには明るかった。

 

 時計を見るとバイトに行くにはまだ早い時間だった。しかし家でゆっくり休むほどの時間も無かったため、何処かで時間をつぶそうと大学近くのカフェレストランに入った。その店はわりと有名なチェーン店だ。そういえば最近は、チェーン店とか何処かの子会社だという事が多いな。まあ、飲食店に関わらずだが。店内はアンティーク調のレンガを模した壁紙などをあつらえた洒落た内装で、快適な室温に保たれており外食店ならではの気品を感じた。制服を着た店員に導かれるままに、喫煙席側の窓際の席に座る。お決まりの台詞を残し去っていく店員を横目に、俺はポケットから出したタバコを口にくわえ火をつけた。一息ついたところで、メニューを開く。実はレストランに入ったのはとても久しぶりだったので、結構落ち着かない。やはり自分が働いている職種の店というのは無意識的に避けてしまうものだからだ。かといって自分がレストランという物を利用できないというのもアホらしい。せっかくの近場の有名店を使わないというのも損な気がする。

 

 独りだとモヤモヤと考え事ばかりしてしまう。まあ、かと言っていつも他人と居ればそれはそれで落ち着かない訳だが。

 

 メニューを見ながら全然違う事を考え耽る俺。――馬鹿か。焦点の合っていなかった瞳をメニューに向け、店員を呼ぶ。

「コレと、コレと、あと、コレ」

 メニューに指さしで注文をする。俺も同業者だから分かるが、例えば、この「たっぷりチーズのカルボナーラ」とかをバカ正直に全部言っても、店員に「カルボナーラ」とか、「チーズのカルボナーラ」とか返されるのがオチだ。まあ、それ自体は店員も悪気は無いんだろうが、こっちはメニューにそう書いているから言ったのに間違えたみたいに言い直されると微妙な気分になる。かといって、従業員同士の略称なんて客である俺は知らない。だから、指さし注文をするのである。

 

 先にドリンクバーのエスプレッソを持って来ようとその場所に言った時だった。

「あっ」

 思わず声が出て固まった。そこで先にコーヒー(厳密にはカフェオレだ)を入れて待っていたのは真柴2号だった。えんじ色のいつもの服だ。まだ、俺の存在には気付かれていないときびすを返して戻ろうとしたが、

「あっ……」

 っと、声がして振り返ると気まずい顔でこちらを見ている真柴である。やはりバレるのか。しばらく何を言っていいか分からずたたずんで居ると――ガラガラガラ――コーヒー豆を砕く音がその場に響き渡る。

「……よ、よう。奇遇だな、佐藤、こんな所で……」

「お、おう……何してんだこんな所で……仕事中じゃないのか?」

「……えっと、佐藤……じゃなかった。砂糖入れないと……」

 慌てて、スティックシュガーを取ろうとする真柴、ていうか焦って棚の角に手をぶつけるし……何やってんだ……。服装といいこの様子といいどうやら仕事中らしいな。なるほど、時間を潰す場所としては最適な訳だ。ワグナリアじゃバレるしな。

「……別に、誰にも言わねーよ。ここでサボってても」

「そ、そうか? ……佐藤、やっぱりお前は話の分かるやつだな! ……って、サボってる訳じゃないぞ……? 単にもう、今日の分の契約は取ったから……」

 ――だとしても、サボリには変わらないだろ。とは、言わないでおいた。

「そうか」

 そう言って、俺はカップをセットし、エスプレッソのボタンを押す。――ガラガラガラ……先ほどと同じ、豆の砕ける音。

「佐藤……お前、一人なんだろ? 丁度良いからちょっと話そうぜ」

 言って、カフェオレを一口。こいつ、切り替え早えー。

 

 俺が、自分の席に戻りタバコを吸っていると、バタバタと俺の席まで移動する真柴。なんというか、こう、女を向かい合って座っているっていうのは、やっぱり多少意識しないでもない。相手が6つも年上とは思えないほど子供っぽい奴でも、見てくれだけはまあ、良いし……。

 なんていうか……まあ、綺麗だと思うし……。

「どうした? 佐藤、私の顔になんか付いてんのか?」

「えっ? いや、あっ…………あ、あつっ!」

 面食らっていてぼけっとしていた時、タバコの灰が指に当たっていた。柄にも無く動転しちまって恥ずかしい。

「お、おい! 何してんだ? 火傷したんじゃないのか?」

「大丈夫だよっ!」

 なんて言ってみたものの……困った。そうか、とりあえず、トイレで……。

「あっ……ちょっと待ってろ」

 すると、真柴が何か思いついたようにコップを持ってドリンクコーナーに行った。ってこいつ、このタイミングでジュース入れに行くのかよ!? などと思ってトイレに向おうと立ち上がると、

「ほら、氷水だ。これに指を突っ込め!」

 席に戻ってきた真柴に言われたので指を入れようとしたのだが、真柴のコップ(ドリンクバー用のだ)だったので躊躇していると……勝手に、指を入れられた。

「おま……これ、お前のコップだろ?」

 右手の冷たさを感じながら言うと、

「ああ、大丈夫! 私、もう、温かいのしか飲まないから!」

 本当にそうだったのかは知らないが、俺を気遣って言ってくれているのだろう。

「それに、前に佐藤には助けてもらったしな! これくらいじゃ、お返しには程遠いかもしれねーけど……」

 ……余計な、気ィ使いやがって。でも、そんな所は嫌いじゃないぜ……。

 ――でもさ。俺は気付いちまったんだよ……。

「……ていうか、水用のコップ持ってくれば良かったんじゃね?」

 ――という事にな!

 

 ポカーン、ポカーン、ポカポーン、ポカポカポカーン、ポカポカポカポカーン。

 

 ……その時の真柴の顔を音で現すと、大体そんな感じだ……!

 

 ……そして、しばらくして落ち着いた時、

「佐藤……何度も言うようだが、お譲とはその後、どうだ?」

 カフェオレを飲み、真柴が言った。ていうか、お嬢も何も、最近はお前としか会っていない。

「最近は仕事以外であんまり、会ってないな」

「なに? それは、イカンぞ佐藤。お譲と付き合うためには、まず会わないと!」

「そりゃ、そうだが、そう用事も無いんでな」

 俺が頭を掻きながらそう言うと、

「そこで、だ!」と言い、俺を指さした後、おもむろに自分のカバンに手を入れる。

「なんだ?」

「まあ、待ってろ…………これだ!」

 そう言って、出したのは何かのチケット。

「えーっと、エ○ァンゲリオンと日本刀展……?」

 ああ、最近CMでやっているアレか。場所は札幌ファクトリーか。まあ、割と近い。

「お前とお嬢のために、チケットを取ってやったんだよ。日本刀ならお嬢も興味あると思ってな。日はまだあるから、早い所、休み合わせて一緒に行くといい」

「用意がいいな……ていうか、なんでこんなの持ってたんだ?」

「いやな、この後、ワグナリアの方にも顔を出そうと思ってたもんだから」

 ――ファミレスのはしご……。

「そうか……で、いくらだ?」

「いや、それは私からのおごりだよ、貰ってくれ! あの時のお礼さ」

「そうか。悪いな……そういう事なら」

 そう言ったものの、奢られたんじゃあ、行かない訳にはいかないじゃないか。いや、買い取ったとしても行かない訳じゃないが……。

 

 そのイベントは既に始まっていて期限は二週間後位までだった。こりゃ早いとこ、八千代を誘ってみるか……。

 

「わあ、佐藤くん見て、あのお花きれいよ!」

 花屋の外に並べてあるカラフルな花を指さして八千代が言った。今日は出掛けるには良い日和だった。

 

 ……あの後、店で八千代と会った時、お互いの都合もあったし早めに言ったほうが良いと、その日に八千代を誘ってみた。相変わらず「今度の休み暇か?」の一言を言うのに仕事中ずっと胃がキリキリしっぱなしだったのだが、なんとか約束を取り付けることが出来た。まあ、最近は少しずつだが、平常を保ってそういう事も言えるようになってきた。俺にしては良い兆候だ。デートの前日――昨日だ――変な緊張で、妙に肌寒いような胸騒ぎというか、心拍数が多い気がした。まあ、要するに緊張していたのだ。しかし、逆に吹っ切れたのか、今は割と良好な体の具合。本当に重要な時には調子が良くて良かった。まあ、胃薬などの常備薬は持ってきたが。

 

 ……そうして、今日。例の日本刀展に行くためにこうして八千代と並んで歩いていると言う訳だ。

「……その花、気に入ったなら買ってやるよ」

「えっ……でも、悪いわ……」

「別に遠慮する事はねーよ、なんか買ったほうが記念になるし」

「あっ……そうよね! ……でも、やっぱり悪いわ、佐藤くんが払うなんて」

 結局、花屋の店内に入ったのだが、まだそんな事を気にする八千代。最も払ってもらう立場の方が気を使ってしまうものかもしれない。

 そんな時ふと、正面の花に目が行った。それは、ピンク色の花びらでアサガオのように見えたが、名札を見ると『オシロイバナ』と書かれていた。丁度隣にあったアサガオと見比べると、少し小さくしおれているようにも見えるその花は、どこか儚げで目を奪われた。そんな風にそのオシロイバナを見ていると、

「その花がお気に召したんですか?」

 ニコニコと微笑む店員がこちらを向いていた。二十代位の目鼻立ちが整った若い店員だ。すらっとした体型に花屋のオレンジのエプロンがよく似合っている。

「あ……いえ……」

 男だからだろうか、なんとなく花を気に入って見ていたというのは少し恥ずかしい気分になり素っ気無くそう答えた。

「そのお花はですね、オシロイバナと言って、南アメリカが原産の花なんです。江戸時代に日本に来たそうで、和名はユウゲショウと言うそうですよ。日本では……」

 俺の素っ気無い態度には気にせず、勝手に一人で話し出す店員。勝手にベラベラ喋りだすその姿はどこか、八千代に似ていた。

「……花言葉は、あなたを想う。内気。臆病。等で、彼女さんに送るにはピッタリのお花ですよ!」

 店の商品のアピールも忘れない、抜け目ない所は似ていなかった。

 ――それにしても、内気、臆病、か。たしかにピッタリかもしれない。俺に、だが。

 しかし、それではダメだって事はもう分かっている。だからこうして八千代とデートしているんじゃないか。そう弱気になっちゃダメだ。

 

 そんな風に、変な所で決心を固めていると、

「佐藤くん……? もしかして、そのお花……気に入ったの?」

 八千代が話しかけてくる。

「別に……」

「そうみたいですよ? さっきから興味深そうに眺めてましたし……」

 俺の言葉を遮るように、店員が通る声で言う。

「そうなの? 佐藤くん、あっ、じゃあこうしましょう! 佐藤くんにあのお花を買ってもらう代わりに私が佐藤くんにこのお花をプレゼントしてあげる!」

 

 そう提案をする八千代。それだったら結局、自分で買うとのあんまり変わらないじゃねーか……なんて思うのだが、それじゃ、ダメなんだよな。

 

 結局、その提案通り、二人でお互いの花を買い合った。八千代が俺にオシロイバナを。俺が八千代にスズランを買った。白く小さなつぼみに見えるその花は店内に無数とある派手な花の中でも特に地味な花だった。だが、そのシンプルさが返って、日本人女性にマッチしているようにも思えた。

 

 花は何も語らない。ただ、その身をもって生きているだけ。ゆっくりと。優雅に。

 

 のんびり屋の八千代には合っているかも知れない。嬉しそうに一輪のスズランを自分の顔に近づけて匂いを嗅ぐ八千代の姿を見て、そんな風に思った。

 

 

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