妄想わーきんぐ。やちよ   作:つば朗ベル。

7 / 17
(7)  紳士な猛獣に

 歩きながら、笑顔でスズランの匂いを嗅ぐ八千代。花はある程度を束で買い後日届けてくれるという事だったが、一輪は店でサービスしてくれた。その一厘の花を右手に持ちながら時折匂いを嗅いでいるという訳だ。

「それ、そんなに気に入ったのか?」

 あまりに、嬉しそうに嗅いでいるのでそう聞いてみる。

「ええ、見た目も気に入ったけど……香りも良いのよ、これ……あっ、佐藤くんも嗅いでみる?」

 そう言って、花を俺の顔に差し出す八千代。花を差し出すその姿を見ると、まるでキザな英国人が女に花を差し出すような光景に見える。

 差し出されたスズランを嗅いでみる。良い香りかどうかは、男の俺には良く理解できなかったが、特に強い匂いではなく、優しい花の香りだった。匂いの良い花の香水に近いかもしれない。が、自然の植物ならではの、生命力溢れる、透き通るような感じもした。

 

 しばらく、花の話で盛り上がっていると、目的地の札幌ファクトリーに着いた。デカいスーパーみたいな所とか、ビアガーデンっぽい所があって、そこには出店とかがある。

 俺達は早速、チラシに書かれていた通りに、日本刀展の場所まで行った。

 受付で真柴にもらったチケットを渡し、展示場に入る。中は思ったよりも狭かったが、色々な日本刀がグラスケースに入っている。八千代を見ると、食い入るように日本刀を見ていて、目を輝かせている。自分の家でも良く見ているだろうが、他の場所で見ることが嬉しいのだろうか? まあ、好きなんだから、見ているだけで面白いのかもしれない。

「みてみて! 佐藤くん、こんなに古い日本刀が置いてあるわ!」

「あ、ああ……」

 他にも客も居る事を気にせずに興奮して言う八千代。じれったいのか俺の腕を引っ張りガラスケースの前まで移動させる。細い目を見開いて日本刀を凝視する八千代の表情はあまり見たことの無い表情だった。こいつこんな顔だったのか。八千代の目の先にある貴重そうに展示されている日本刀に俺も目を傾けてみるが、まあ、かっこいいなと思うだけで、特に感動を覚えるほどではなかった。しかし、多少暗めの展示場にライトで照らされ、眩い光を放つ剣先は何処か、神秘的に見えた。奥に進むと、デカい槍が展示されており、作っている姿を説明するビデオが流されていた。赤くなった鉄をカンカンとハンマーで叩いている。まさに、“鉄は熱いうちに打て”だ。このデートで八千代との仲を進展させろという天からのメッセージなのだろうか? いや、考えすぎか。何を言っているんだ俺は。

 

 ズッシリとした日本刀の数々を目の当たりにしている内に、なんとなく落ち着いた気持ちになった。仕事中のような、一分一分を気にするような時間も嫌いではないが、こう、時間の流れを感じさせない時を感じるのもなかなか良かった。

 

 ほどなくして、展示場を出た。出た後も先ほどの光景がまだ頭から離れないのか、嬉しそうな顔の八千代がいた。今日、ここに来たのは正解だったな……。まあ、ここを進めてくれたのは真柴2号の奴か。お礼の一つでも考えなくてはいけないな。

「さて、結構中途半端な時間になっちまったが、昼はどうする?」

「私は、どこでもいいわ? 佐藤くんはどこか考えてるのかしら?」

「一応、そこの出店的な所でとろうかと……いやなら、外で探すか?」

「じゃあ、私そこのクレープ屋さんが入った時から気になっちゃって……」

「……じゃあ、そこにするか」

 そんなやりとりを交わして、クレープ屋の所まで二人で行く。まさか、昼飯をクレープにするとは思っていなかったが、まあ今日は休日だし良いだろう。

「美味しいわ! 私、こんな美味しいクレープ初めて!」

「本当かよ!?」

 思わず突っ込んでしまった。イチゴとか餅とかが入ったなんちゃらイチゴなんちゃらとかいうクレープを食べる八千代。食べているのは出店の前に並べられたテーブルの席だ。上を見上げると日の光が差し込んでいて、開放感がある。

「でも良かったのかしら? お金払ってもらっちゃって……」

「いーよ、そんな高いもんでもねーし」

 それくらい格好つけさせろ。チケット代は真柴持ちだし、ここで出さなかったら出す所が無い。

「あ、ありがとう、佐藤くん……」

 微笑を向けて言う八千代。そして、クレープを食べ始める。俺も自分のクレープを食べながら、今後の事を考えていた。ここまでは順調だ。ここからどうするか。実はこの後は特に予定はない。さっきの日本刀展に行き、こうして昼飯を取った後の事は考えていなかった。

「さっきの大きい槍は凄かったわね! 佐藤くん」

 口の横にクリームを付けた八千代が言う。

「そうだな……八千代、口にクリーム付いてるぞ?」

「えっ!? やっ、やだっ! 取れた?」

 恥ずかしそうに、下を向いて舌で取ろうとする八千代。可愛い。

「違う、逆」

 舌でペロンと、クリームを舐める。俺は、紙ナプキンを手に取り、八千代の口元を拭いてやった。

「ホラ、ちょっと、顔動かすな」

「あっ……は、恥ずかしいっ!」

 本当に恥ずかしそうに顔を紅くして、固まる八千代。おいおい、口を拭いてやっただけだってのに、何を恥ずかしがる事があるんだよ……。

 ていうか。アレか。ここは、指で取ってそれを何食わぬ顔で舐めて、「どうかした?」とか、聞く所か……って、そんな事できるかよ! 脳内で自分に突っ込みを入れて、自分のクレープにかぶりついた。

「あっ……、佐藤くんも、クリーム付いてるわよ、ホラ」

 そう言って、俺と同じように紙ナプキンを取る八千代。

「いやっ、いいって! 自分でするから」

 そう言って、口を隠しながら紙ナプキンを取ろうとすると、手で紙ナプキンの位置をずらす八千代。おいっ……。

「佐藤くん? 私、もう取っちゃったんだから大人しくして!」

 そう言って、テーブルの上に手を伸ばし身を乗り出す八千代。なるほど。これはやられてみると、中々に恥ずかしい光景だった。他にも人が大勢見ている中で(最も実際にはほとんど見てないんだろうが)まるで、子供のように他人に口を拭かせているのは、罰ゲームにしても良い位の恥ずかしさだった。クスクス……。心なしか、さっきよりも黒い笑みを浮かべた八千代が、俺の口元を拭いている。

「おい、もう取れただろっ!」

「ダメよ? 佐藤くん。しっかり拭かないと……残っていたら恥ずかしいじゃない!」

 明らかに、必要以上に俺の口を拭う八千代、よほど、さっきのが恥ずかしかったのだろう。いじわるみたいに丁寧に拭いている。

 そんな、やりとりはとても恥ずかしかったが、後で思うといかにも恋人同士らしいやり取りで、そう思うと、心が温かくなるのだった。

 

 

「……で? そんな中学生みたいなやりとりで恥ずかしかったのは良いけど、その後は? まさか、そのまま帰ったとか言わないよね?」

 突然だが、相馬に冷めた顔でそう言われる俺。ここは、町の喫茶店で、喫茶店にしては広く、古い漫画なんかが多く置かれているような、長居するには割りと穴場スポットの場所。ドリンクバーが無いため、飲み物は余り飲めないが、3杯まで、コーヒーが無料でお代わりできるという所もポイントが高い。

「帰ったよ、その後、特に行く所もなかったし……」

「だから、ヘタレってんだよ! 佐藤くんは!! 小鳥遊くんもそう思うよね?」

 相変わらずむかつく表情で言う相馬。

「ええ、まあ、さすがにそれは相馬さんに同意でしょうか……」

 そして、微妙に俺の顔色をうかがいながら言う小鳥遊。

 

 今は微妙に後悔しているが、相馬を呼んだのは俺だ。そして、相馬の強い推薦からなぜか小鳥遊もこの場に来ることになった。年齢的にも職場的にも後輩に当たる小鳥遊に余り恥ずかしい所を見せたくないという気持ちもあったのだが、人間的にはそれなりに小鳥遊の事は一目置いているし、こいつには普通の男とは全く違う人生経験がある。そういった理由でまあ、拒否しなかった。一人より二人の意見のほうがより真に迫っているという事もある。

「なんでさぁ、もっと、積極的になれないの!? そんなことじゃ、いつまで経っても君の恋は実らないんだよ!?」

「そんな事言っても、他人はそう思うのかもしれないが、当人はそう簡単には行かないんだよ! な、なぁ、小鳥遊は分かるよなぁ?」

 そう言って、小鳥遊を見る俺。

「そうですね……人のことなら客観的に見れても自分の事となると中々踏み出せないものだと思います……でも、俺も佐藤さんはもっと積極的に行った方が上手く行くと感じています……すいません、他人目線で……」

「いや……」

 冷めないうちに、2杯目のコーヒーをすすった。ま、小鳥遊もそう言うんだったら本当にそうなんだろうなぁ……。

「ホラね、小鳥遊くんだって、こう言ってるんだから、だいたいねぇ、佐藤くん。告白しても別にデメリットなんて何も無いんだよ?」

「はぁ? ふられたら終わりじゃねーか」

 俺がそう言うと、相馬はフフン、と笑みを浮かべ、

「そんなこと無いよ。だってふられるってあくまでその時は、好きじゃなかったってだけの話でしょ? でも、人の心って案外簡単に変わるものなんだよ? 誰が誰に思う気持ちにも、好きな部分と嫌いな部分、その両方があるものさ。100%嫌いなんてありえないし、嫌いが大きくても、未来的に逆転して好きが大きくなるって事は十分にありえる事だよ。それにふられるっていうのは必ずしも、嫌いの方が大きかったからとも限らない。そこには他に事情があって付き合えないっていう可能性だってある訳でその場合は、その事情を解決すれば付き合える訳で、結果良かったって事になるじゃない。それに嫌いでふられた場合だって、それがきっかけとなって、相手が好きになってくれる可能性がある」

「そんな都合よく行くかよ」

「いや、それがね。心理学でも人って他人に好きだと言われると好きになってしまうっていう側面があるんだよ。誰だって好きだと言われて普通悪い気がしないじゃない? そして、その人の事を強く意識してしまう。その人の事ばっかり考えてしまって、結果好きになってしまうという訳さ。佐藤くんだって、轟さんの事を最初に、意識してしまったから好きになった訳でしょ? じゃあ、こっちが好きだって事で意識してもらった方が轟さんにも好きになってもらえるって事だよ」

 

 自信満々にそう言って、コーヒーに手をかける相馬。俺はそれでも半信半疑で、小鳥遊の方をチラッと見る。小鳥遊は察したように、

「俺も、そんな話は聞いた事もありますし、梢姉さんの話をよく聞かされますから、まあ、そうだろうと思います。梢姉さんの話で、最初は興味の無い感じだったけど、そのうち振り向いてくれるって言うパターンは一回じゃありません。まあ、最終的には梢姉さんが捨てられるんですけどね」

 ハハハ……と、笑いながら小鳥遊。――いや、笑えねーだろ。

 しかし……そうか。不思議な事に職場の二人にこうハッキリと告白したほうが良いと言われると本当にそうしたほうが良い気がしてくる。いや、実際そうなんだろうな……だが、こう踏み出せない俺……。

「……ああ、でもよく考えてみたら……」

 急に思い出したように、口を開く小鳥遊。

「チーフって、店長の事好きじゃないですか? まあ、どういう意味での好きかは分かりませんが……それはどうします?」

「ああ、気が付いちゃったか小鳥遊くん。そうなんだよね。あの店長がラスボスだからね」

 と、相馬。

「店長の事は……余り考えたくない」

「そうは言っても佐藤くん。現実問題、轟さんと付き合っていくならそれは避けてはいけないじゃない?」

「だが……俺は、あいつに……店長に勝てるのだろうか……?」

 コーヒーカップをいじりながらそう言って二人を見ると微妙な顔をしている小鳥遊。

「まあ……何かしら思い切った事をしないと無理だろうね……」

「そんな、ハッキリと……」

 相馬の言葉に小鳥遊がつっこむ。

「いや、俺はね……小鳥遊くん。今日、こうして話し合うにあたってある程度は事前に考えてきているんだよ」

 相馬が胸を張ってそう言う。丁度、注文していたホットケーキにアイスが乗ったデザートが運ばれてきて、小皿に三等分にし始める。

 

 こいつ、俺のために……色々考えてきてくれたって言うのか? なんとなくウザったいような気もするが、素直に有難く思っておこう。普通は他人の事をここまで気にしたりしない。それとも、何かあるのか?

「なんだよ、相馬」

「これ、ウマー! 佐藤くんも食べなよ」

「いやっ……話をっ! まあいいか…………美味い」

 温かいホットケーキと、冷たいアイスが口の中で独創感あふれる刺激を舌に与える。メープルシロップの温かい甘みと、アイスの冷たい甘みが謎の調律を作り出す。

「ホントに美味しいですね、コレ、今度、姉さん達となずなにも作ってあげますかね……」

 しばらく、デザートタイムを楽しむ俺達。一足先に食い終わった相馬がやっと話し出した。

「で、さっきの続きだけど、佐藤くんが店長に勝つには男らしさを出すしかないと思うんだよね」

「男らしさ……か。しかし、店長も男らしいじゃねーか?」

「だからこそさ。轟さんの店長の好きな所って店長の男らしさがあるでしょ? 少なからず。という事は、佐藤くんも男らしい部分を見せれば、効果的って事じゃない?」

「なるほど……だが、具体的にどうする?」

「おっ? 聞いちゃう? 早くも聞いちゃうのかい、佐藤くん!」

 相馬がいきなり謎のテンションでそんな事を言い始めた。

「大体ね、女の子っていうのは、基本的に男を求めているものなんだよ、本能的に。という事は男らしさを出して、プラスに働かない事はあんまり無いって事になる」

 ……まあ、基本的にはそうだろーが。

「……で? だから、具体的にはどうすればいいんだよ?」

 言って、コーヒーをすする俺。すると相馬は、

「つまり、店長には出来ない事をしちゃえばいいんだよ……えっちしちゃいなよ」

 ――ぶはっ!! 思い切りコーヒーをふいた。やべ。

「つーか、なんつった!? お前!? え、え…………全く、チクチョウ!」

 興奮した自分を抑えて、テーブルを綺麗にして、小鳥遊の方を見ると……冷や汗をかいて引いている。そりゃそうだ。

「そんなに、驚く事かな? 俺らの歳なら普通に考えてることでしょ? これくらいで驚いてたら、女の子の達の方がもっと凄いよ?」

「ホントかよっ」

「……まあ、実際には聞いたこと無いけど……だって、俺が男である以上女の子だけの会話は聞けないからね、盗聴でもしない限り……でも、小鳥遊くんはある程度、分かってるんじゃない?」

「えっ! その流れで俺にふるんですか! まあ、梢姉さんとかは割りとオープンですから中学位の時に初めて意味を知った時には結構、驚いたのを今でも覚えてますけど……分からない内から聞かされてたので、もう慣れましたね。今では、なずなが聞かないように兄貴なりに保護したり、聞き流したりしてますよ。ああ、でも、基本的に梢姉さんしかそういう話はしないので、女性が一般的にそうかっていう意味では俺にも分かりません。まあ、泉姉さんも結構好きそうに聞いているんで、基本的に嫌いじゃないんだなと思いますが……」

 何気に、女と余り縁の無い俺には分からん話だ。

「けど、告白もしてない、付き合ってもいないで、そうなる訳ないだろ……」

「いや、佐藤くんは固いよ。そういう昔ながらの考えは悪くないと思うけど、もっと、積極性も大事だと思うんだよ。轟さん位の歳の女の子はそういう事にとても興味があるんだよ、轟さんもそうかは置いておいても、普通に考えれば少なからず興味があるって事になる」

 マジかよ……。八千代が…………。

「たっ、小鳥遊はどう思う?」

 なんだが、キナ臭い話になってきやがった。動揺を隠そうとタバコを手に取り、火を付ける。と、小鳥遊が何も言わずに目の前の灰皿を俺の前に置いてくれる。気が利く奴だ。

「まあ、俺は正直……相馬さんの話はアリなんじゃないかなって、思ってます。でも、分かってると思いますけど、チーフに対して無理やり迫ったり乱暴したりはして欲しくは無いです。あくまで自然に……というか、なりゆりで。でも、結構強気で行っちゃっても良いかと思いますよ」

 

 以外(?)にも小鳥遊も相馬の意見に賛成ときた。まさか、こいつら裏で話し合わせてんじゃねーだろうな? ――とも、一瞬思ったが、相馬の顔を見ると多少驚いているような感心しているような顔をしているし、小鳥遊も清々しいような、言い過ぎたか不安に感じているようななんとも言えない表情だ。どうやら、話を合わせているような事はしていないようである。……となると、やはり俺は他人から見ると、積極性が大きく欠落しているという事か。そして、女性に対する理解も……か?

「……もし、強引に迫って八千代に完全に嫌われたら、お前らどうする!?」

 ちょっと、ドスを聞かせて言ってみる。もちろん冗談でだが。

 ドスを聞かせて八千代に迫って、逆にドスで刺されたりしてな……。って、笑えねー!

「まあ、俺は強気で行っても良いと言っただけで、嫌われるレベルで迫ったらその責任は取れません……」

 と、小鳥遊。

「俺はねぇ、その強引の具合にもよるけど、気持ち的にはそれ位は持ってた方がいいかなとも思う。もちろん犯罪はダメだよ!? それにさ、轟さんの体を奪う的な方法以外で、あの、店長に勝つ方法ってあると思うかい?」

 相馬の言葉に反論できないのが釈然としなかったが、それが事実なのかもしれない。

「まあ……そうだな……その……頑張ってみる……」

 

 そう、最後にテレながらも宣言すると、心なしか強気に振舞えるような気がした。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。