妄想わーきんぐ。やちよ   作:つば朗ベル。

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(8)  付き合うって、なに?

 夜――独り、家に居た。ベランダの心地良い風に体を預けて、タバコをふかす。今日、喫茶店で相馬と小鳥遊に言われた事を思い出していた。

 頑張ってみる……か。あの時は、あの場の雰囲気であんな事を言っちまったけど、考えて見れば、結構大胆な発言をしたもんだなと思う。八千代とそういう事…………考えたことが無いわけではないけれども、あんまり、深くは考えた事はない。なんだか、付き合ってもいないのに良くない事だと思ってしまうからだ。勿論、八千代の事は好きだからそういうことは、ゆくゆくは……とは思っている。だが、その前に、付き合うって事が先だろう? ああ、そうだ。よく考えてみると、何を考えていたんだ俺は。あいつらが言っていた事はあくまで、その先の話じゃないか……。八千代と付き合ってもいないのに…………何を、出過ぎた事を考えているんだ。

 

 俺は、勢い良く立ち上がるとキッチンに向った。ヤカンに水を入れ火にかける。沸いた所で、ドリップコーヒーをカップに入れお湯を注ぎ、冷蔵庫のクリープを入れる。出来上がったコーヒーをテーブルに置き、一口飲んで落ち着くと、新しいタバコに火を付けた。

「フウーッ」

 肺に入れた煙を天井に向って吐き出す。白い煙が宙に飛散する。なんとなく、コレを見ていると落ち着く。この煙のようにゆっくりと人生歩みたいものだ。多分、そんな俺の願望が関係しているのかもしれない。白い煙は、程なく空気中に溶け込む。まるで、存在しなかったかのように。――とりあえず、八千代に交際を申し込もう。それが、今の俺の次の一歩、行くべき道の次の一歩。……もし、悪い結果になれば、忘れてもらおう。それこそ、今のこの、タバコの煙のように、溶けるように。

 

 

「でも、良かったのかしら? 佐藤くん? 本当に奢ってもらっちゃって?」

「食べ飲み放題の券が当たったんだ。何も気にすることなんて無い」

 居酒屋の席で八千代に向って言う俺。ちなみに、食べ飲み放題の券があるというのはウソだ。何か、誘う口実が欲しかったのだ。ゆるしてほしい。前に二人で出掛けた様子からすると、八千代は奢るなんて言っても、聞かなそうだし、実際こうして、気にして確認を取ってくる位だ。普通に奢ると言っても無理だっただろう。

 

 本当は、洒落たレストランででも、夕食を楽しみたかったのだが、それだと値段を気にされそうだし、変に気を使わせてもアレなので、前に来たことのある居酒屋――だ。個室だし、二人で会話しやすいというのもある。

「……飲みすぎるなよ? 酔いやすいんだから」

 と、釘を刺しておく。今日この場で交際を申し込む気なのだ。ベロンベロンに酔われた相手に言ってもしょうがない。本当はまったく酔っていない状態で言いたかったが、居酒屋に来て酒を飲まないというのもどうかと思うのでそれはしょうがない。

「大丈夫よ! 弱いお酒しか飲んでないんだから!」

 そう言って、八千代はグラスに口を付ける。口ではそう言っているものの、多少顔は紅いし声も大きい。多少アルコールが回り始めているようだ。本格的に酔われる前に言ってしまったほうがいいんだろうか? 今ならまだ、ほとんど酔ってはいない。

「それで、杏子さんがね! ……」

 そしてまた、八千代の話が始まった。今更だが、八千代が話す事と言えば、大体店長の事だ。こいつは、そんなに店長の話ばかりして飽きないのだろうか? とも思うのだが、どうやら俺以外に、話す相手はほとんどいないらしい。(と、本人が言っていた)まあ、考えてみればそうだ。誰が好き好んで店長の話を聞かねばならんのだ。そんなの、喋る相手が好きな女の場合くらいだ――って言うのは、俺自身が証明しているのだが。しかし、黙って相手の話をこんなに聞いているなんて、本当に俺はお人よしだな(笑)まあ、俺ばかり何か話せと言われても、俺はあんまり喋るほうじゃないし、勝手に話してくれる相手の方が気楽だったりするのだが。

「ふぅ……」

 喋り疲れたのか、傾けたグラスをテーブルに下ろし艶っぽい紅い頬を晒して一息付く八千代。丁度2杯目のグラスを空けた所だ。チューハイだし、これ位で酔いはしないとは思うが、なるべく酔っていない状態で話は聞いてもらいたい。

「あの……私、もう一杯、貰おうかと思うんだけど、佐藤くんはどうする?」

 ……よし、そろそろ言う準備をしよう。……言うぞ、言うぞ、言うぞ……。

「……佐藤……くん……?」

 八千代が何か言ったな……? だが、今は悪いがそれ所じゃない。どう切り出そうか……。……って、ダメだ。トーク力のない俺には上手い切り出し方なんて、うかばねぇ! ……じゃあ、どうする? 単刀直入に言うしかねぇか……。「付き合ってください!」か? 普通だな。じゃあ「俺と付き合えっ!」とでも強気で言ってみるか……? いや、ここは弱気に……。

「ちょっと! 佐藤くん!? 聞いてるの!?」

「えっ!?」

 急な八千代の大きな声に、自分でも驚くような変な声で返してしまった。

 その声で我に返り目の前の八千代を見ると、ふてくされたような顔で俺を見る八千代。怒った八千代も可愛いじゃねーか…………って、違う!

 不意を突かれた俺は、珍しく動転した顔を見せてしまう。そんな俺の顔を見て、

「あら、佐藤くん顔が赤いわ! もしかして、酔っちゃったのかしら?」

 ひらいた手を口にやって言う八千代。

 いや、違う。酔ってなんかいない。俺は酔いやすいタイプじゃないし、チューハイ2杯しかまだ飲んでない。おまけに会う前にコンビニで買った牛乳を飲んできた。胃の粘膜が守られ酔いにくくなっているハズだ。こと、胃の管理に至っては俺の右に出る奴はいない。

「酔ってねぇよ……」

「でも、顔が赤いわよ?」

 顔が赤いのは、お前にどう告白するか考えていたからだよ……。

「ねぇ……酔っちゃったのなら、何か胃にやさしいものでも貰いましょう?」

 ダメだ。八千代は俺が酔っていると思い込んでいる。まあ、そりゃ顔が赤けりゃ普通はそう思うのかもしれないけど……しかし、このままではマズい……。

 どうやら、この時の俺は焦ってしまっていて、冷静に考えられなくなっていたらしい。元々、「今日は八千代に告白するために来た」という強い気持ちがあったし、実際その目的を達成しないと何のために誘ったんだか分からないし、次に一緒にこうして会えるのが、休みの都合上いつになるかも分からない。そんな気持ちから、焦りばかりが外に出てしまって、

「な、なあ! 俺は酔っていない! ……それで、お前に話があるんだ!」

 酔った勢いならぬ照れた勢いで、テーブルに両手を付き、背筋を伸ばして言った。

 少し高い位置から見下ろす形になって、圧倒された八千代はきょとん、と少し驚いた様子で俺を見上げる。

「あ……は……はい……なに……? 佐藤くん……」

 数秒の沈黙の末、八千代がそう返事をする。居酒屋なので何処かの席からか、ダッハッハ! と、気の良い笑い声が聞こえてくる。だが俺と八千代のいるこの個室は、独特な静けさが場を支配していた。

「その……なんだ……、俺は、お前のことが……八千代が…………」

 

 その時の俺は、今まで生きてきた中でおそらく一番の緊張。顔も真っ赤になっていただろう。もう既に、俺は酔っていない! などと発言をしても戯言になってしまうだろう。だが、俺は酔ってはいない。むしろ、これ以上に無いほどに神経が高ぶっている。好き……すき……その一言が、言えない。口に出ない。言いたいのに言えない。その理由は多分恥ずかしさだ。八千代の事を好きだと思う気持ちは、自分がよく理解している。間違えようも無い事実だ。疑いようも無い。なのに……いや、だからこそか。口が動かない。声帯が震えない。息が出来ない。感じるのは、気分の高揚から来る、顔の熱気! 額の熱気! そして……バクン、バクンと、高鳴る心臓の鼓動! そればかりだ。

「さっ、佐藤くん! 顔が真っ赤よ! いけないわ、凄く酔ってる、少し楽にしたほうがいいわ!」

 俺の顔が真っ赤になってしまったことで、八千代に決定的な誤解を与えてしまったようだ。俺は咄嗟に、まずいっ! と、反射的に思い、気が付けば、

「好きなんだ! 八千代!」

 思いの丈を口走っていた。

「えっ……」何を言われたのか理解できず驚く八千代に、

「俺は、酔ってないっ! そうじゃなくて……俺が言いたいのは……その……今言った通り……お前が、好きだって……ことで……」

 段々と冷静になってくると、次第に俺の声量は小さくなり、尻つぼみになっていく。だけど、一度言ってしまったことなので、二回目は恥ずかしながらもちゃんと言えた。口に出せた。

「えっと……その……佐藤くんの事は……私も、好きよ……?」

 戸惑いながらも八千代がそう言って俺を見た。

 その、「好き」がどの程度のものかハッキリは分からなかったが、そんな事を冷静に分析している余裕はこの時の俺には無かった。

「えと、あ……じゃあ、付き合ってくれるか……? 俺と……」

 男としてはもっと、強気で言ったほうがカッコよかったのかもしれないが、そう強気になれない俺。言った後、八千代を見ると、少し困ったように落ち着きが無い。

「あの……付き合うって、男女としての……お付き合いってこと?」

 困った末に……だろうか? そう口にする八千代。

「男女としてのって……まあ、そう言うことだ」

 照れながらも俺が言う。

「その……好きな、男の人と、女の人は……付き合う……ものなのかしら……?」

「? ……まあ、普通そうだろう。……実際、俺は……八千代と付き合いたいと……思っている」

 

 この時、俺は緊張と神経の高ぶりから、八千代の言動の不自然さに気が付けずにいた。好きとか、付き合ってくれと、いきなり俺に言われた事で、動転しているから出た言葉……という解釈も俺の中であった。あるいは、付き合ってくれとハッキリと言う俺への恥ずかしさを誤魔化すためにお茶を濁すやりとり……そんな風にも。だから、この時、俺は八千代がOKするような、そんな返事を促すようなそんな言い方を咄嗟にしていた。本当は、八千代の抱いたそのおかしな疑問――男に付き合ってくれと言われ、それを男女としてのなんて聞き返すような――を、この時、ハッキリと問いただしておくべきだったのかもしれない。

 

「分かったわ……じゃあ……わたし、佐藤くんと付き合う……わ」

「……本当か?」

「ええ……だって、それが普通なんでしょう?」

「そうか…………うん……よし、よしよしよし……そうか……そうか……」

 俺の中の興奮はまだ止まっていなくて、フゥゥ、フゥゥと、荒い息を繰り返しながら気持ちを落ち着かせる。しばらく、そうして落ち着いてきた所で、

「そ、それじゃあ、そろそろ帰るか?」

「そうね……あっ……今日は、楽しかったわ、ありがとう佐藤くん」

「お、おう……」

 まだ、二人の中に緊張があるのだろうか、ぎこちない感じでその日はお開きとなった。

 

 帰りのタクシーを待っている間も多少ぎこちない感じはあったが、少し話すといくらかいつもの雰囲気に戻っていて、会話が少し弾んだ所でタクシーの迎えが来た。

「それじゃあ佐藤くん、今日は本当にありがとう、また……誘ってね?」

 タクシーの開いた扉に手をかけ、八千代が言う。

「ああ、またな……」

 そう言って、走るタクシーに手を振って見送った。本当はタクシー代も出してやりたい所だったが、今日の飯代を奢った手前、タクシー代も出そうとしたら本気で怒られかねない。まあ、八千代の家はそれほど遠くなかったはずなので値段は高くない……。

 俺は、そんな事や、今日の出来事なんかを思い出しながら、家に向って歩いていた。

 しかし……ついに、やったんだな。俺は……。八千代と正式に付き合うことに成功した……!!

 

 ついさっきのことを思い出し、顔が赤くなる。通行人に見られたら恥ずかしい所だが、幸いにももう夜で暗く、俺の顔をはっきりと見られない事に感謝した。北海道の夜風は少し肌寒かったが、火照った頬には気持ちいい心地良さだった。

 

 

 

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