──欠けた夢を見ていたようだ。
気を失って倒れたナタクだが、その身が地面に叩きつけられることはなかった。
それよりも先に、王子がナタクを抱き止めたのだ。宝具の応酬が終わった直後に、ナタクの元へ駆け出したからこそ、間に合った。
「王子! 危険です!」
「……………………」
慌ててアンナが声を荒げるが、王子は静かに首を左右に振る。
『先輩、敵サーヴァントの……ナタクさんの反応に、変化があります。瘴気汚染が浄化されています!』
『まさか! 自分の霊基ごと、宝具で汚染を焼却したのか!? なんて無茶苦茶な……!』
「ですが、彼女を狂わせていた禍々しい気配は焼き尽くされたようです。もう危険はないでしょう」
「ああ、大将が言うんなら間違いねえ。なんたって大将は、悪魔だの怪物だのとは嫌になるほどやりあってっからな」
平安最強の怪異殺しの言葉に、金時が太鼓判を押す。
それを聞いて、立花もまたナタクの元へと近付いた。
ナタクが気を失っていたのはほんの短い間のことで、立花が近付く頃にはもう目を開いていたが、どこかぼうっとした夢見心地な表情で王子の顔を見つめている。
あるいは、愛しい男の顔に見惚れていただけかもしれない。
「なんて顔をしてるんだ、王子。折角の男前が台無しじゃないか」
「……………………」
「ああ…… 心配をかけたね。でも、もう魔神の欠片はぼくの中には残っていない。かわりに、残された時間はそう多くない……」
「……!」
「大丈夫さ。王子がぼくを抱きしめてくれる、それだけで……ぼくの千年が報われるほどに、幸福なんだ」
幸せそうに腕の中で微笑むナタクを、王子はそっと抱きしめる。
それを見て、頼光は微笑ましそうに笑って、金時は顔を真っ赤にして目をそらした。立花とマシュとダヴィンチちゃんは、頬を赤らめなからも砂糖を吐きそうな顔をしている。
こほん、とリンネが咳払いをして二人を正気に戻す。
「……ナタクよ。汝に遺された時は、短い。
必要なことを言うが良い。何、細かい説明は吾が承る。故、想いのままに……な」
「ああ。ありがとう、リンネ。
……いいかい、王子。異世界の魔神の智恵を手に入れて、デーモン達はこの偽の王国を作り、七騎のサーヴァントを召喚した。
その目的は、ただひとつ。王子、君の抹殺だ」
「……!」
「奴らは、七騎を召喚する媒介に七柱の魔神の骨片を使った。そのためにぼくらの想いはねじ曲げられている……愛した人と共に死ねば良かった。そんな後悔のために、この手で王子を殺そうとするほどに」
「そんな……ナタクさん、一体どうして、あなたがそんなことを……!?」
アンナは、痛む胸に手をあて、涙を湛えて問うた。
優しい娘だ。そして聡い娘でもある。
長年、王子と共にあった。だからか、彼女の想いは常に王子と同じ方向を向いている。彼女の言葉は、王子の代弁でもあった。
だから、ナタクは王子を見て、答える。
「ぼくは……耐えられなかったんだ。王子のいない世界に。王子が死んで、千年も王子のことだけを考えていた。
だから取り残されてしまったんだ。世界はどんどん変わって、時間はどんどん進んでいくのに、ぼくだけが君のいた過去から進めなかった。
王子と一緒に死ねば良かった。一緒に死にたい。王子のいない世界に、ぼくは生きていたくない」
「……………………」
「……ごめん。こんなことを言えば、王子に悲しい想いをさせてしまう。わかっていたのにね。
でも…… だったら、ぼくはどうしたら良かったんだろう。どうしたら、愛した人のいない世界で前に進めたんだろう?」
『……君の苦しみを、理解できると簡単には言えない。
だけど、その悩みには天才の観点からお答えできるよ』
「……何だって?」
電子音と共にポップアップするダヴィンチちゃんに、ナタクは目を丸くした。
ふふん、と得意気に眼鏡をかけるダヴィンチちゃんに自然と皆の視線が集まる。
『さて、では特別講義をしてあげよう。
私は万能の天才であるがゆえに魔術師の才能もあり、優れたキャスターとして現界した。だけど私は魔術師として英霊になったわけじゃない。あくまで芸術家として歴史に名を残し、英霊になったのさ。
私だけじゃなく、芸術家のサーヴァントは皆、同じ方法で歴史に名を残した。それは何だと思う?』
「時間は少ない、と言っておる…… 早う、言え」
『うわっと!? 君、案外手荒だな!?』
無表情でリンネの振り下ろしたチョップで、ダヴィンチちゃんのホログラフが乱れて揺れた。
当然、カルデアから通信しているダヴィンチちゃんに実害はないが、やれやれとばかりに軽く肩をすくめる。
『答えは、作品さ。歴史に残る作品、歴史を変える作品で、何百年、あるいは何千年の後世にも影響を与え、サーヴァントとしての資格を得た。
偉大な作品は永遠に残る。作品は滅びたとしても概念は残る。過去が、現在に、そして未来に生き続けるんだ』
「……ぼくに、芸術家になれ、とでも?」
『いやいや、別にそんな必要はないさ。君に必要なのは絵や書や音楽じゃないし、芸術家じゃなくても作れるものだ。
まあ、つまり── 彼の子供でも産めばいいと思うよ』
「──は」
半ば投げ遣りと思えるほどにあっさりとそう言ったダヴィンチちゃんに、ナタクは実に味わい深く何とも言えない表情になった。
『人類にとって、己の子孫は最大の作品さ。人の命は短くとも、子孫を残してここまで生き延びてきた。
未来に進むというのは、ただ時間が経つことじゃない。何かを残すこと。彼と君との子供なら、それは彼と君が一緒に未来に進むと言うことだよ』
「ぼくと、王子の子供……」
言われて甘い想像でもしたのか、ナタクは次第に顔が真っ赤になって、王子の胸元に顔を埋めてしまう。まるで見た目通りの初な少女のようだ。
王子の方も、ほんのりと顔が赤くなっていた。
「考えたこと、なかったな…… ぼくは仙人だ。俗世間には関わらない。まして、普通の人のように子供を産むなんて……」
『どうやら、納得してもらえたようだね。まったく、長生きしている手合いというのは、こういう当たり前のことを忘れてしまうものさ』
『流石です、ダヴィンチちゃん。なんだかいたいけな少女をうまく丸め込んだ感はありますが……
……ところでダヴィンチちゃん。子供というのは、ホムンクルスや女性同士でも作れるものでしょうか……?』
『そのあたりは、アイリ君やモードレッドにでも聞いたらどうかな?
……さて、君が現界していられるのもそろそろここまでのようだ。他に、言っておくことはあるかい?』
「……そうだね。じゃあ、ふたつだけ」
王子の腕の中で、黄金色の粒子をこぼすナタクの身体はずいぶん薄くなっていた。まだ現界を保っていられるのも、ナタク自身が仙術で魔力を生み出しているからだろう。
とはいえ、サーヴァントを維持し続けられるほどのものではないし、そもそも既に霊基は大幅に損傷している。消滅までの時間を引き伸ばしているだけに過ぎなかった。
ナタクの残す最後の言葉を聞き逃すまいと、アンナと王子は真剣な表情で顔を寄せる。
「まず、ひとつめ。この時代のぼくは王子と子供を作る気なんてないだろうけど、嫌なわけではないから、無理にでも押し倒して孕ませてくれないか?」
「…………!?」
「待って。ちょっと待ってくださいナタクさん」
「ああ、いっそ鎖にでも繋いで、昼も夜もなく王子に責められ続けるのもいいね、半日もすればきっとメロメロだよ、むしろそうしてくれないかな……!?」
「ダヴィンチちゃん、この子頭の中がまっピンクになってるんだけど、これは詫び石案件では?」
『私のせいか!? いや、それでも私は悪くない!』
「あらあらまあまあ、それ以上は金時が耐えられそうにないので御禁制ですよ」
「ちっげーし! それくらい大したことねーし!?」
「そもそも、王子のお子となると順番とか継承権とか問題が……! 一番はカグヤ様として、二番目以降は下手すると血を見ますよ!?」
頭を抱えるアンナだが、そういう自分がその順番の上位、むしろ二番手か三番手に位置していることには気付いていないのであった。
「おっと、あまり遊んでいる時間はなさそうだ。それじゃあふたつめだけど。
──聖杯はシビラ女王が持っている」
「!」
もう気を抜けば消えてしまいそうなほどに姿の薄れてきたナタクの言葉に、一同はさっと緊張を取り戻した。
「聖杯を取り戻せば、特異点は元に戻る。
彼女達は……残る五騎は、氷の山にいる筈だ」
「氷の山……! なるほど、そんなところに……」
「デーモンなんかに操られるなんて、 まったく情けないことだけれど、どうか皆の目を覚まさせてやってくれ。
……ああ、ぼくも力になれれば良かったのだけれど、どうやらここまでみたいだ」
「……!」
「王子。それに……リンネ。どうか、ぼくのお願いをよろしく頼むよ」
「……吾とて、嫉妬や独占欲が無いではない、が」
「そう言わずに、王子のためと思って」
「仕様の無い事よ……承ろう、ぞ」
小さなため息混じりに言うリンネに、ナタクは小さく笑う。
「──さよなら、王子。愛しているよ」
「……俺もお前を愛している、ナタク」
無口な王子の、返事を期待していたわけではなかった。
だから、王子が口を開いたことに、ナタクは呆けたように口を開けて固まってしまう。
王子がどんな顔でそう言ったのかは、ナタクにしか見えていなかった。
ナタクは華やかな笑顔を浮かべ、最後の力で王子にすがりつき、唇を重ねる。
唇と唇を重ねたまま、ナタクの身体は光の粒子と化し、現世から消え去った。
TIPS
【アイリスフィールやモードレッド】
前者は、ホムンクルスでありながら人間の男性との間に子を設けている。
後者は、女性であったアーサー王と姉のモルガン、すなわち女性同士の子である。
もっとも、実際はモードレッドはアルトリアの因子を用いたホムンクルスである上、そういった方面のノウハウは知らないと思われる。
なお、最新の研究では女性同士でも子供を作ることは現実に可能である(ただし技術的な話であり、実用化には法整備など多くの問題があると思われる)
【詫び石】
人類史が焼却されカルデアの外が消滅していた頃──特に初期──において、様々なトラブルでカルデアの機能が一時停止することがあった。
機能停止といっても、万一を考えて何重もの対策が取られた発電機は止まることなく、余剰魔力を生産し続ける。
その結果、機能回復時には副産物として聖晶石と呼ばれる高度魔力結晶が生み出されることとなり、これをソーシャルゲームのそれになぞらえて「詫び石」と呼ぶようになった。
もっとも、機能停止中はカルデアのほぼ全てのライフラインが停止しており、ゲームができないどころの騒ぎではなかった。そういう様々な苦難を乗り越えて、人理修復の偉業は成されたのである。
【カグヤ】
千年戦争の直前、遥か東方から王子に輿入れした姫。
戦争中は秘剣を振るう剣士として、戦争後は王妃として影に日向に英雄王を支えた。
王子のハーレム設立は王子自身ではなく彼女が主導して行ったとされており、むしろ積極的にメンバーを増やそうとしていたという。
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