野営地は森の中の開けた場所に設営されていた。
ここまで通ってきたほかにも、広場の向かい側と右手側に一本ずつ、あわせて三本の道が伸びている。
広場は雪がかきわけられているが、何故だか二重円を描くように地面が露出していた。
『ここは…… 地脈の溜り場みたいだね。霊地というには些細だけれど、大地の魔力がここで渦を描いている。その痕跡に沿って地熱の差が生まれて、雪が融けているんだ。とても珍しい地形だよ』
「ふむ、みすてりーさーくる、というやつかな」
ダヴィンチちゃんの解説に、ふむふむと小次郎がうなずく。
なるほど、言われてみれば心なしか寒さも和らいでいるように思える。もっとも、それは周囲の木々が風防になっているせいかもしれない。
それに何より──
「──美味しそうなにおい!」
広場の中心では、山賊達の作った料理が大鍋の中でぐつぐつ煮えて、温かな湯気と香りを立てていた。
馬車を止めるのも待ちきれず、ひらりと飛び降りた立花をジークフリートが追う。
小次郎はやれやれとため息をついて、広場の隅の他の馬車が停められている方へと馬車を向けた。
大鍋の近くには椅子とテーブルも置かれてあって、まるで屋台でも出張してきたかのようだ。
おかしらのモーティマが自ら大鍋を前に陣取って、彼から料理を受け取った王子軍の面々は思い思いに席につき、あるいは立ったままで料理に舌鼓を打っていた。
「よう、やっと来たか、
「鱒じゃなくて立花です」
「そうだっけか、まぁとにかくお前らも食ってけ。そろそろ昼時だし、何より体も冷えただろ? お近づきのしるしってやつだ」
そう言うと、モーティマは木のお椀に大鍋からシチューをよそって、木のスプーンをつけて立花に手渡した。
お礼を言ってお椀を受けとると、湯気をたてる熱々のシチューの熱がじんわりとお椀越しに冷えた指先に伝わって、知らず強ばっていた手に血行が戻ってくる。
同じくお椀を受け取ったジークフリートと共に、大鍋の前から離れて席につく。
とろみのついた褐色の、具沢山のシチューだ。スプーンを入れてみると、たまねぎ、人参、じゃがいも、ごぼう、鶏肉といった具材が大きめに切られて入っている。
スプーンでじゃがいもを割ると、ほとんど抵抗なくほろっと崩れて、中からふわっと湯気が立ち上った。煮崩れていないのに、芯まで柔らかく炊けている。
半欠けになったじゃがいもと、くたっとしたたまねぎを一緒にすくって、立花はぱくりと口に入れた。
「──美味しいっ!?」
「ああ、これは美味いな、マスター……!」
熱々のシチューにはふはふ言いながら、手を休めることなくスプーンを口に運ぶ。
山賊料理といえば雑なようにも思えるが、意外なほどに繊細な味付け。それでいて、どこか素朴で食べやすい。
「体が芯から温まるようだ。これは嬉しいな」
「野菜がたっぷり入っているのが良い。農民の拙者にとっては、どこか懐かしい味というか……」
「うん、なんていうか、お母さんの味、みたいな!
エミヤの味付けに似てるかな?」
「ははは、和食と洋食で味が似るとはこれいかに」
いつの間にか同じくお椀を手に席についていた小次郎と、三人並んでシチューをすする。
冷えていた体も、いつの間にか内側から温まって汗をかくくらいだ。羽織っていた毛皮の外套をぱたぱたとはためかせると、内側の熱が解放されて、かわりに入ってくるひんやりした空気が心地いい。
お椀の中身を綺麗に平らげて一息つくが、どうにも一杯では物足りない。大鍋の方を見ると、同じくおかわり希望の兵士や魔法使いがお椀を手に列に並んでいた。
「ほい、マスター。こいつをお望みかい?」
なくなる前に行こう、と席を立ち上がりかけた立花だが、その目の前に美味しそうな湯気をたてるお椀が置かれた。
そのお椀を差し出したのは、浅黒い肌に黒髪の、飄々とした印象の好青年だ。見上げる立花に、ぱちりとウィンクする様が嫌味なく似合っている。
「アーラシュ! お帰りなさい」
「ただいま、マスター。斥候に行ってきたぜ、まあ食べながら聞いてくれや」
普段は革の鎧に腕を晒した姿のアーラシュだが、今はその上から毛皮の外套を羽織っている。今受け取ったにしては寒そうにしていないので、おそらく立花達より一足先にモーティマ達と合流して受け取ったのだろう。
アーラシュはアーチャーの単独行動を活かして、氷の山に近付く前から先行し、斥候を務めてきたのである。
立花の前にシチューの椀を置いたアーラシュは、テーブルの向かい側の席に腰を下ろした。
「ありがとう、いただくよ。アーラシュはもう食べた?」
「ああ、一杯馳走になってきたとも。
しっかし、あのおっさん、あんないかつい顔して美味い飯を作るもんだ。山賊にしておくのは勿体ないな!」
「まったくだ。いやあカルデアに呼ばれてからこっち、美味い飯にありつく機会が多くて良い。前の職場など、日がな一日山門の前に立たされて食事も休憩もなしときた」
「そりゃ災難だったな! サーヴァントは腹が減らないといっても、やっぱり美味い飯を食えばやる気が出るってもんだ」
「すまない、それよりも斥候の結果を聞きたいのだが」
陽気でのんきな二人が話を脱線させかけたのを、すかさずジークフリートが修正する。
立花もこくこくと頷いてアーラシュを促したが、シチューを食べる手は止めなかった。
「事前に聞いていた通り、山頂を囲むように石造りの城壁があったぜ。ただ、あんまり近付くと向こうさんのアーチャーにも気付かれるかもしれないから、遠目に確認しただけだ。
森はその城壁の近くまで続いているが、門になった部分は坂道を登らないといけないから、そこはどうしても無防備になるな」
「それは、山頂の凍った湖を囲う壁ですね」
アンナと王子がやってきて、空いた席に腰を下ろす。
食事はもう済ませたのか、手には何も持っていない。
二人とも事前に用意した防寒具を身に付けていて、寒さは問題なさそうだった。
「かつて、その凍った湖の下に魔物が封印されていました。その封印が解けた折は、その門のところで戦闘になったのです。大変な戦いでしたね、王子」
「なあ、あの門の付近、まるで爆弾でも落ちたようなクレーターがいくつもあったんだが……」
「大変な戦いでしたね、王子!」
「……………………」
懐かしむような表情でこくこくとうなずく王子とアンナに、思わず歴戦のアーラシュもたじろいだ。
「それより、途中に敵の姿はありませんでしたか?」
「いや、デーモンや魔物の姿はとんと見かけなかったな」
「……デーモンの一体もいないのはおかしいですね。本当にここにシビラ様達がいらっしゃるのでしょうか……?」
「……………………」
「そちらの兄さんは、疑ってないようだな。
……実は、俺も同感だ。魔物の姿は見えなかったが、この山自体に何かピリピリしたものが張り詰めてやがる。野生の動物もほとんど見かけなかった。何か異変が起きているのは確かだろうぜ」
「ああ、確かに何か、戦の予感めいたものは俺も感じている」
ナタクの情報を疑っていないのか、それとも何かを感じ取っているのか、王子とアーラシュ、それにジークフリートは難しい顔をしている。
一方、戦争の経験に乏しい小次郎はピンとこないのか、いつもの飄々とした顔を崩さない。立花もそれほどの緊張感を得ていないのか、食べ終わったシチューのスプーンをからんと置いた。
「他に何か、おかしなものを見かけたりはしなかった?」
「見るからに怪しいものはなったが……
……ま、強いて言えば雪だるまぐらいだな」
「……雪だるま?」
「ああ、森の中に沢山あったぜ。ここは一年中雪が降るっていうからな、昔作られたのも溶けずに残ってるんだろう」
「ほう、異世界にもそのようなものが。拙者の生きていた頃も、村の童が冬になると作っていたものよ、いやあ懐かしい」
「もしかしたら、山賊の旦那達が暇潰しに作ったのかもな。この広場の近くだけでも、何十体とあったぞ」
「……すまない、もしかして杞憂なのかもしれないが…… その雪だるまが魔物、ということはないだろうか?」
ジークフリートがぽつりと口にした疑問に、ぴたりと空気が固まった。
何をバカな、とは言えない。立花達も、雪だるまの形をしたゴーレムを相手にしたことがある。主にクリスマス付近に発生する妙な特異点で。
まさか、と思って王子とアンナの顔を見ると、二人は真顔でこくりとうなずいた。
「せ…… 戦闘準備ー!! この広場は、既に魔物に囲まれています!!」
アンナがガタッと立ち上がって叫ぶと共に、にわかに強い風が吹き、不自然なほど急激な吹雪が広場を多い始めた。
TIPS
【大変な戦いでしたね、王子!】
アイギスのイベント『アンナと雪の美女』の終盤ステージ。
強敵を強力なユニットが引き付けて足止めし、周囲にヒーラーやアーチャーを置いて支援するのがこのゲームのセオリーだが、このイベントに登場した『太古の魔物』は炎の玉を降らせて範囲内の全員に攻撃する能力を持っていた。
そのため、敵を引き付けてしまうとまとめて壊滅させられるのである。
範囲外から支援しようにも、同時に吹雪が襲いかかる難所。
なお、イベント名から察しがつくかもしれないが、とある映画が大ヒットした頃に開催されたイベントであった。今でもデイリー復刻としてプレイが可能。
【吹雪】
アイギスでは天候の変化で様々な影響が敵味方にもたらされる。
吹雪の天候は、敵味方共に遠距離の射程が減少してしまう。
ただし、一部の寒さに適応したユニットには無効で、それどころか攻撃力を増してしまう者もいる。
後に、さらに効果の高まった「猛吹雪」という天候も追加された。
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