時は少し遡り、広間が吹雪に覆われた頃に戻る。
王子達は吹雪に紛れて立花と合流し、作戦を立て直していた。
アンナから新たな情報がもたらされたからである。
「氷の城?」
きょとん、と目を丸くする立花に、アンナはこくりとうなづいた。
「山頂には、かつて太古の魔物が封印されていたカルデラ湖があります。山頂の防壁はそれを囲っているのですが…… 封印を守っていた魔女の一族の拠点は、また別のところにあります」
「それが氷の城、ってこと?」
「ええ。外からは山の陰になって見えませんが、氷でできているとは思えないくらい立派なお城ですよ」
テラスからは山頂へ続く道や、防壁の入口がよく見え、この山に住む魔女の一族はそこから封印を見守ることを使命にしていたという。
しかし、魔物の復活により一族の大半が命を落とし、また王子達が封印されていた魔物を退治したため、一族は山を降り、城は放棄された。
「この山を拠点にしているなら、シビラ様達はそこにいる可能性が高いと思います。
それに、シビラ様達は私達がその氷の城のことを知らない、と思っているはずです。うまくすれば、虚を突けるかも……」
『知らないはずのその城のことを、どうしてアンナさんはご存知なのですか?』
「はい、実はその氷の城は、新しい当主が就任する際に作り直すしきたりになっていたんです。
幼い頃、筆頭執政官であった父に連れられてこの山に来た私は、魔女の一族の中で歳の近いエリザという女の子と友達になりました。
そして、歴代でも飛び抜けた魔力を持つ彼女が若くして当主となった時、私と父も王国を代表して招かれたのです」
その時のことを思い出すように、アンナは瞳を閉じ、微笑みを浮かべて手を広げた。
「それはもう、美しく荘厳な光景でした。歌うように呪文を唱え、踊るように身振りをするエリザを中心に、氷の結晶が急激に大きくなって、立派な城を形作るんです。
今でも、目を閉じればあの時の光景とエリザの呪文を思い起こせます。そう、確かこう……ありのままのー……」
『それ以上はいけないッ!!』
歌うように唱え始めたアンナに、立花とダヴィンチちゃんが同時に声を荒げて制止をかけた。
あまりの勢いにアンナも驚いて、思わず目を見開いて固まってしまう。
「ふう……あぶなかった……!」
『ああ、大変なことになるところだった……!』
『……よ、よくわかりませんが、私も何故か、背筋に不気味な寒気を感じたような……』
「そ、そうですね、軽々しく魔法の呪文を唱えてはいけませんね。すみません」
吹雪いているというのに額に浮かぶ冷や汗をぬぐう立花に、アンナは目をぱちくりとさせながらも頭を下げた。
「ともかく、降り注ぐ矢をかいくぐって、ナナリーさんのいると思われる氷の城まで辿り着かなくてはなりません。
ですが、近付くほど矢の精度も上がり、回避も難しくなるでしょう。無策で突っ込めば、王子や立花さんの命に関わります」
『カルデアには飛び道具の防御に向いた英霊もいるけれど、立花ちゃんの魔力回路では安定して同時に運用できるのは三体までだ。誰か戻す必要があるね』
サーヴァントを維持する魔力はカルデアが担っているが、特異点ではそれは全てマスターである立花を介して供給されている。
いわば、水槽と蛇口のような関係だ。カルデアにいくら魔力があっても、立花の出力には限界がある。
先日の戦いで、頼光が四天王を降ろしたのは限界ギリギリの無茶であった。
「いえ、サーヴァントの方々がいかに強力でも、何もかもお任せするつもりはありません。……ここは、避雷針を使いましょう、王子」
「……………………」
アンナの言葉に、こくりと王子がうなづく。
そうして、吹雪の中で作戦が組み立てられ、王子と立花達は馬を駆って広場を飛び出した。
「王子達、大丈夫かな……!」
「心配するな、マスター。小次郎とキャスターがついている」
ジークフリートの背中に抱きつくようにして馬に乗り、立花は山道を駆けていた。
王子達とは別の道だ。王子がナナリーの矢を引き付ける役目を担い、その間に立花とサーヴァントが氷の城へと向かう。
これが避雷針作戦であった。
ただし、流石に近付けば察知されるだろう。
その場合の立花の守りは、ジークフリートに一任された。
「すまない、マスター。俺は何があってもマスターを守り抜くつもりだが、無傷とはいかないかもしれない。
覚悟しておいてくれ、マスター。本当にすまない……」
「大丈夫、ちょっとお腹をかき混ぜられる程度だったら経験済みだから! それより今はお尻が痛いかな……!」
「すまないが我慢してくれ、マスター」
リンネと離れたせいか、吹雪は「猛吹雪」から「吹雪」と表現する程度には弱まっているが、それはナナリーの矢が届くようになったということだ。
それなのに矢が飛んでこないのは、ナナリーの目が王子達に向けられ、そちらに射掛けられているということを意味する。
王子を守るために、死を覆せるリンネに加え、矢を切り払える小次郎がついているとはいえ、時間をかければかけるほど危険度は増していくのだ。馬足を緩めることはできなかった。
せめて太夫黒のような霊馬であれば違ったのだろうが、義経では降り注ぐ矢に対処しきれない。乗り心地のために死ぬわけにはいかなかった。
『先輩、あれを! 氷の城が見えてきました……!』
マシュの声に、立花は顔をあげてジークフリートの肩越しに前を見る。
冷たい風を顔に受けて目を細めながら見ると、麓からでは山の陰になって見えなかった場所にきらめく氷の城が建っていた。
それほど大きな城ではないが、中心に尖塔が延びている。
そして、その頂上のテラスから、無数の矢が途切れることなく放たれていた。
『まるで機関銃か速射砲じゃないか! 小次郎くんの宝具との大きな違いは、この連射性だね。投影しなければ矢が足りないというのも納得だ!』
『あの矢がいつこちらに向かってくるかわかりません。ジークフリートさん、先輩をお願いします……!』
「ああ、任せてくれ」
馬を走らせながら、ジークフリートはすらりと剣を抜く。
その輝きが目に入ったのか、テラスから放たれていた矢が一瞬止まり、そして立花達に向けて放たれた。
『先輩、来ます!』
「しっかり掴まってくれ、マスター!」
ジークフリートの声に、立花はその背の痣に覆い被さるように腕を回してしっかりとしがみつく。
そして、二人に矢の雨が降り注いだ。
TIPS
【ありのままの】
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【避雷針】
防御力・耐久力に優れた者が、脆い魔術師や弓兵を守る陣形、及びそれを用いた戦術のこと。
一種の囮戦術だが、王子軍は死傷者を出すことを望まないため、往々にして避雷針が守るのは避雷針自身を回復させる治癒魔術師であることが多い。
単純ではあるが、的確に敵の攻撃を誘導するには訓練が必要であり、配置についた順番が違うだけで容易く戦線が崩壊することもあるので注意が必要。
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