──神話は語る。
千年の昔、この世は魔王率いる魔物の軍勢に脅かされていた。
無限にも思える数で押し寄せる魔物達に、人間は抵抗虚しく滅亡の運命を辿りつつあった。
だがしかし、神は人間を見捨てなかった。
女神アイギスが地上に降り立ち、一人の英雄に祝福を与えた。
英雄は生き残った人々をまとめあげ、ついには魔王を討ち果たしたのである。
女神は魔王が蘇らぬよう自らを封印として眠りにつき、世界には平和が訪れた。
それは、ただの言い伝えのはずだった。……その日が来るまでは。
千年の月日は、人間から戦争の記憶を……そして女神への信仰を失わせるのに十分だった。
力を失った女神の封印は弱まり、ついには魔王と共に封印されていた魔物達が蘇って、再び人間達へと襲いかかったのである。
多くの涙が流れ、多くの命が奪われた。
だが人間もただ座して滅びを待つわけではなかった。
千年前の英雄王の血を受け継ぐ、彼の王国の最後の王子を旗印として人々は集い、反撃を開始したのである。
千年前から続く神話の戦い──
千年後まで語り継がれる戦い──
──後の世に千年戦争と呼ばれる、最後の神話の幕開けであった。
ひと月ほど前のこと。
突如、王国は外部から切り離された。
北の大国。東方の島国。砂漠の国。魔の密林。魔法都市。そして白の帝国。
諸外国の一切と連絡が取れなくなり、行き来ができなくなった。
国境を越えようとすると、真っ直ぐ道なりに進んだ筈なのに、何故か元の道へと戻ってしまうのだ。
また、王国軍の中核を担う多くの者が行方不明になった。
人がその身に秘めた才覚、七つの輝きで区別されるもののうち、
それは七つの
さらに、国内のあらゆる場所で頻繁に魔界からのゲートが開き、そこから現れた悪魔が人間を襲い始めた。
幸い、そのほとんどは最下級のインプばかりで、デーモン級はほとんどおらず、鉄や赤銅、白銀といった
だが、いつどこから現れるかわからない悪魔から国民を守るため、王国軍の大多数が割かれ、身動きがとれなくなっていた。
そんな中、行方不明となった者の一人が現れた。
ある街に襲いかかってきた悪魔達と共に、北の大国の女王であり魔剣アンサラーを受け継ぐ
悪魔に蹂躙され、炎に包まれる街の惨状を、彼女は黙したまま、何もせずにただ見つめていたのだという。
その報せを聞いた王子は、躊躇うことなく最精鋭の第一軍──
「シビラ様は、デーモンに操られているのでしょうか?」
「……………………」
街へと向かう行軍中の馬車で、筆頭執政官である白銀の髪の少女アンナが王子へとそう問いかける。
魔物への反撃を開始した当初ならいざ知らず、国としての体裁を整えた現在では筆頭執政官ともなれば王城に残っていて然るべきなのだが、王子の出陣の際は副官としてアンナが随伴するのが常であった。
対する王子は黙して語らず、ただ小さく首を横に振る。
わからない、ということだろう。だがシビラは北の大国の女王でもある。人類の守護者の一人でもあるのだ。それが人間を滅ぼそうとするデーモンと共に行動しているのは、普通の状態ではありえないと思えた。
「リンネ様なら、わかるのかもしれませんが……」
「……………………」
「……………………」
ちらり、とアンナの視線が馬車の片隅で瞑想する少女に向けられた。
長い黒髪に、着物のような黒い装束を身にまとった少女だ。顔立ちはあどけなく年端もいかないようだが、ゆったりとした装束の上からでもわかるほど、その胸元はメリハリが利いている。
彼女はリンネ。今の王子軍にただ一人残った
アンナの視線に気付いているのかいないのか、リンネは瞑想したまま沈黙している。
王子も、やはり沈黙したまま何も言わない。
「リンネさんが自分から王子に進言して出陣するのは滅多にないことです。何か、今回のことについてご存じなのでは?」
「……………………」
「いいえ、リンネさんにとっては全てが既知の事柄なのでしたね。それをみだりに語ることを好まないのは分かっていますが……」
「……………………」
リンネという少女は、
だが、彼女がそれを語ることは滅多になく、王子もまた彼女にそれを問うことは無かった。
今回も、リンネは瞑想したまま何も語らない。
アンナは静かにため息をついて、質問を諦めた。
未来がわかれば、戦いに、あるいは政治に、どれだけ役に立つことかわからないが、何故か王子がそれを厭うことも、アンナにはわかっている。
王子もリンネも無口なもので、アンナが口を閉じるとそれきり馬車の揺れる音だけが響くのだった。
沈黙を乗せて、王子一行は件の街へと到着した。
街は防壁に囲われていたが、その一角が崩れ、そこから破壊の跡が広がっている。
その破壊は街の半ばまで広がっており、まさしく半壊と言う言葉の通りだった。
防壁を破壊して侵入したデーモン達は、街をそこまで破壊した後、突然ゲートを開いてその向こうに消え去ったというのである。
その時、シビラらしき魔剣を手にした姫の姿を見たのだという。
半分残っているとはいえ、街としての機能はもはや大きく損なわれている。ましてやいつデーモンが戻ってくるとも知れない状態だ。住民達は既に近隣の街へと避難を開始していた。
「設営班は中央の広場に拠点を設営してください。他の班は住民の避難を最優先にお願いします。
ロイさん、デーモンがどこに行ったか、調べられませんか?」
「そう慌てなさんな。魔法の力は侮れんのだぞ」
お馴染みの決め台詞と共に頼もしい笑みを浮かべるのは、赤いローブの宮廷魔術師ロイだ。
彼自身の
杖をひと振り、呪文を唱えて、待つことしばし。
ふむふむ、と納得したように彼はうなずいた。
「やはりゲートは魔界に通じていたようだ。
再び同じ場所にゲートを開けるように、魔力の道が残っていたが、ちょちょいと細工して外壁の向こうへと出るようにしておいたぞ」
「流石です、ロイさん。では、次のデーモンの攻撃がどこから来るかわかる、ということですね」
「そういうことだ。どうだ、魔法の力は侮れんだろう?」
得意気なロイの説明を受けて、王子はデーモンを迎え撃つように軍を配置していく。
デーモンの襲撃がいつあるかはわからない。今すぐかもしれないし、夜半を回ってからかもしれない。だがロイの見立てでは、ゲートに残された魔力の道はもう半日で消える程度だったという。
すなわち、それまでに次の襲撃がある可能性が高い、というわけだ。
果たして、軍の展開が済み、住民達の避難があらかた終わった夕暮れの頃、それを見計らっていたかのようにデーモン達は現れた。
開かれたゲートを確認した兵士が、高らかに戦闘開始を告げるファンファーレを吹き鳴らす。
最初に姿を見せたのは、シビラだった。
白銀のツインテール、黒を基調としたドレス、血のように赤黒い抜き身の刃を持つ魔剣。
そしてすぐに、彼女の後ろからデーモン達が現れる。
インプではない。
巌のような筋骨隆々の、赤黒い肌に蝙蝠の羽根、角と牙を生やした邪悪な異形。レッサーデーモンと呼ばれるものだ。
名に
それが、十体近く姿を現す。
身長3mはあるそれらと並ぶと、シビラはまるで小さな子供のようにも見えた。
「……………………」
シビラは黙って、手にした魔剣を街へと向けた。
レッサーデーモン達はおぞましい咆哮をあげて、街へと殺到する。
王子達は、予め予定されていた通りに軍を展開し、戦闘を開始した。
この数十分後、この街は跡形もなく消滅することとなる。
TIPS
【太夫黒】
前回入れ忘れていたTIPS。
牛若丸の宝具だが、太夫黒単体で宝具なのではなく、牛若丸の宝具『遮那王流離譚』の一部である『一ノ谷・逆落シ』のこれまた一部。
地上でさえあるならば、沼地・坂道・岸壁など、どんな地形であっても安定して走り抜けることができる。
なお、牛若丸はCM映像で白馬に乗っているが、太夫黒はその名の通り黒毛の馬と伝えられている。あの白馬はカルデア映像班の用意した撮影用の馬だと思われる。
【女神アイギス】
千年戦争の際に人類を守護し、魔王とすべての魔物を封印するために眠りについたとされる女神。
人類の守護者として広く信仰されていたが、千年の月日を経てその信仰は次第に薄れていった。
純白の翼を持った少女像として多くの文献に描かれる。
姉妹である三女神の次女であり、長姉ケラウノス、末妹アダマスを信仰する宗教も存在する。
この世界には、その他にも邪悪なデーモンや、強大な力を持った龍などを神としてあがめるものがある。
【千年戦争】
千年前の人間と魔王の戦争であるが、この魔王とは何者であったのか、という問いにははっきりとした回答は出ていない。
彼がどこから現れ、どこから魔物を連れてきて、なぜ人間を襲うに至ったのかは不明である。
魔王は人間を粛清しようとした神の尖兵であり、真の黒幕は神である、とする説もある。
もしそれが真実であるならば、これは人を滅ぼそうとした神と、人を守ろうとした女神アイギスとの、代理戦争であるという見方もできる。
【
普通の人間は、自分のレアリティを知ることはできない。
レアリティを確認するには、女神、あるいは女神の遣わした聖霊の力を借りる必要がある。
レアリティは、下から
大半の人間は鉄あるいは赤銅、優れた者でも白銀、黄金ともなれば高い能力によってそれなりの地位についていることも多い。
碧玉以上は英雄と呼ぶに相応しく、特に最高峰の黒金は、一つ下の白金と比べても隔絶した力量を持つ勇者である。
ただし、特殊な儀式や鍛錬によってレアリティが上昇する者もいる。浴衣とか水着とか着物とか巫女とかサンタとか。
また、上位神性の加護を受けるなどして、これらのレアリティを超越する者も稀に存在する。
――何故か、「見習い」と称される者が高レアリティであることが多い。
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