中庭を目指して走る最中、城内はナタクが通り過ぎるだけで炎に焼き払われ大きな被害を受けたが、立花達は無事に目的地まで辿り着くことができた。
広い中庭に飛び出た直後、冷たく爽やかな風がさっぱりと熱を奪い去っていく。
たっぷり我慢してからサウナを出た時のような爽快感に、立花は思わずほっと息をついた。
中庭に出た順番は、王子とアンナ、立花、リンネ、最後に牛若丸だ。体力の無いアンナは途中で王子に抱えあげられ、牛若丸はナタクを押し留めて交戦しながら、リンネはその援護をしながらである。
「王子! こちらへ!」
いつの間に手配されていたのか、中庭には武装した兵士達が待ち構えている。
その中心に立つ、青い制服に身を包んだ凛とした眼鏡の女性が手招きした。
「ケイティさん!」
「事情は把握しております。王子達ならば必ずやここに来られるものと考え、既に布陣を済ませておきました。
ナタクさんにどこまで通じるかは不明ですが……」
王子はケイティの横にアンナを下ろし、改めて剣を抜いて出てきた入り口を振り返る。
中庭の入り口の両脇に、白と黒の衣装の魔法使いが布陣していることを確認した直後、炎に包まれた牛若丸が勢いよく吹き飛んできた。
「牛若丸!」
「かはっ……! かすり、傷……です!」
どう見ても全身焼け焦げて大ダメージを負っていたが、すぐさま膝立ちになって刀を構える。彼女にとって、まだ戦えるなら、それは全てかすり傷だ。
それを追いかけるように、足元の輪からジェット炎を噴き上げるナタクが飛び出してくる。
「クロリスさん、ユユさん、今です!」
「それぇっ!」
「くらいなっ!」
ナタクが中庭に飛び出した瞬間、ケイティの合図と共に入り口の両脇に控えていた二人……
二人の
「やった!」
「いや……ああ、こりゃだめだ」
その結果に見せた反応は、白と黒の二人で正反対。喜んで跳びはねる黒の魔女ユユとは逆に、白い魔女クロリスは渋い表情で帽子のつばを引き下げた。
バキ、という音と共に氷に大きなヒビが入り、氷の中が白く濁って、ナタクの姿が覆い隠される。
みるみるうちにヒビは大きくなり、その隙間から蒸気が吹き出した。
「あわわわっ!」
「ユユ、離れなっ! 弾けるよ!」
慌てて二人の魔女がその場を離れると同時に、氷塊は轟音と共に弾けて砕けた。
中から吹き出したのは、真っ白な蒸気と真っ赤な炎。
そして、呼気に混じって炎を吐く、ナタク。
「こんな……! いくらナタクさんでも、これほどの……!」
「今のぼくが、こんな冷気で止められるものか。今のぼくはサーヴァント……それも、魔神アモンの骨片を触媒に投じられた、デモン・ランサーだ。万物一切、焼き尽くす!」
「魔神……! アモン……!?」
『デモン・ランサーだって!?』
アンナとダヴィンチちゃんが驚きの声を上げる中、ナタクは足元の輪から豪炎を噴き上げて、ロケットのように上空へと飛び立つ。
布陣していた弓兵から矢が射かけられたが、そのほとんどはナタクに届く前に燃え尽き、逆にナタクが槍を一閃して放った炎によって爆撃をくらい、倒れ伏す。
瞬く間に、中庭は炎と阿鼻叫喚に包まれた。
『なんて火力だ、どんどん温度が上がってる! 同時に、汚染魔力……瘴気を検知! こんなもの噴き出してたら、サーヴァント自身がもたないぞ!』
「そうとも、この炎はぼく自身をも焼き尽くす!
けれど構うものか。ここが全ての終着点、君もぼくも何もかも、この炎で魂さえも消し去ってしまうことが、ぼくの望みだ!」
上空から、ナタクが続けざまに槍を振るって、濃い紫色を交えた炎を投げ落とす。
地上からも弓矢や魔術で応戦しているが、ナタクの炎を突破することができていない。サーヴァント相手に並の弓と魔術が太刀打ちできるはずもない。
キャスターであるリンネも、戦闘には向いておらず、治癒の魔術をたて続けに行使して被害を抑えるのが精一杯だ。
「あるじ殿、危ない!」
「牛若丸っ!」
立花に向けて降ってきた黒炎を、横合いから牛若丸が割り込んで叩き落とす。
だが刀が触れた途端、炎は炸裂して牛若丸を吹き飛ばし、小柄な牛若丸は地面を数度転がって倒れた。
刀を地に刺して立ち上がる。しかしその体からは黄金色の光がきらきらと散り始めていて、明らかに限界だった。
「令呪を以て──」
「待たれよ、あるじ殿!」
咄嗟に令呪の魔力で牛若丸の霊基を復元しようとした立花を、当の牛若丸が止める。
満身創痍、露な肌は焼け爛れ、あるいは瘴気に黒ずんでいる。だが両足でしっかりと立ち、その目は尽きぬ戦意でぎらぎらと輝いていた。
「どうか、令呪は温存なされよ。今は宝具開帳の許可を」
「っ……!」
サーヴァントの切札である宝具の真名を開帳することは、サーヴァント自身にも大きな負荷がある。霊基に不釣り合いな宝具を持つサーヴァントなら、その身が弾けることもあるほどだ。
まして、霊基が消えかけの牛若丸では耐えられるかどうか危うい。
だが、ここで牛若丸を快復させても、上空から一方的に爆撃され続けては事態は変わらない。
いや、ならば対抗できるサーヴァントを召喚すれば良い。故に牛若丸が一人で抗うのは彼女の武士のプライドをかけたわがままなのだが──
「……わかった」
逡巡は一瞬。立花はうなずいた。
牛若丸のわがままを受け入れたのである。のみならず、交わす瞳には篤い信頼があった。
良きあるじを得た、と牛若丸は菩薩にも似た笑みを浮かべる。
彼女の意志という矢はつがえられ、あるじによって引き絞られ、そして今まさに放たれた。
あとはただ、全力で征くのみ。
「真名開帳『
ザ──
ザザァ───
牛若丸が宝具を展開したその瞬間、そっと静かに潮騒が満ちた。
ツンと鼻につく潮の香り。寄せては返す波。
そして、
「な──!?」
自らの頭上に海が現れ、舟が浮かぶという非現実的な光景に、中庭にいた誰もが言葉を失い立ちすくんだ。
それは、上空からその海を見下ろしているナタクも同様。
これよりここは、檀ノ浦。
源氏と平氏の決戦の海、遥か遠く地球の島国において語り継がれし武勇の舞台。
「はっ!」
八艘の舟のうちひとつに、牛若丸が超人的な跳躍力で飛び乗った。
宙に浮かぶ舟、それらがナタクへと向かうための飛び石のように展開されているのを見て、ナタクは牛若丸へ火炎を放つ。
木造の舟は一瞬にして炎に包まれて沈んでいくが、牛若丸はすんでのところで次の舟へと跳び移っていた。
ナタクの追撃はその舟へ、さらに次へ、次の次の舟へと、牛若丸の動きを予測して立て続けに放たれる。
だが、牛若丸を止められない。
ナタクの攻撃よりも早く、驚異的に加速しながら、牛若丸は舟から舟へと跳び移る。
牛若丸の宝具、遮那王流離譚は義経に語られる五つの逸話を再現する宝具。これこそは檀ノ浦の戦いで、追いすがる平氏の将をひらりひらりと舟を跳んで翻弄したという伝承の再現。
その逸話さながらに、舟を飛ぶごとに牛若丸は加速し、決して捉えられることはない。
そして遂にはナタクの眼前に迫る。
その勇姿を称して曰く。
「──
神速と呼べる程に加速した牛若丸が、その勢いのままに刀を一閃した。
対するナタクも、これを迎撃せんと渾身の炎を放つ。
両者を包み込んで、空の海上に紅蓮の華が咲いた。
TIPS
【ウィッチ】
先天的な才能を要する魔女術を使う魔法使い。
魔物の動きを鈍らせる氷の魔法を得意とする他、透明になる、時間を操る、といった特殊な魔法を使う。
特に時間の操作に長けた魔女はクロノウィッチと呼ばれ、非常に稀少。
名前の通り、女性にしか魔女術の才能は発現しない。
【魔神】
デーモン達を統べる最上位のデーモン。
その力は絶大で、人類の天敵であるはずの彼らを神として崇める者すら存在するほどである。
長い歴史の中で稀に地上に仮初めの姿を見せるが、彼らの本体は魔界の奥深くにあり、たとえ倒したとしてもいずれ復活する。
伝承によれば、何体かの魔神は英雄王に忠誠を誓い人間の味方についたとされている。
【魔神アモン】
最上位のデーモンである魔神の一柱。
鋼鉄の鎧をも融かすほどの高熱を全身から放ち、鳥のような頭部を持つ。
王子達の前に初めて姿を見せた魔神でもある。
【令呪】
サーヴァントを従えるマスターの体の一部(大抵は手の甲)に現れる三画の紋章。
サーヴァントに対する絶対命令権であり、「自害せよ」などといった意に反する命令でもサーヴァントが抗うのは困難。使用するごとに一画ずつ失われる。
単純にサーヴァントの能力を高めたり、物理法則やサーヴァントの限界を超えた現象を起こしたり、重ねて使うことでより高い効果を発揮したりもできる。
本来は使い捨てだが、立花はカルデアのバックアップにより一日に一画のペースで補充可能。