「ナタクさん!」
「牛若丸!」
アンナと立花が悲鳴のような声を上げる。
空に咲いた炎の華に包まれた二人は、地面に向かって真っ逆さまに落ちていった。
とはいえ、サーヴァントにとって単に高所から落下する程度のこと、何の苦にもならない。二人とも小柄な身体で巧みに衝撃を受け止め、華麗に着地する。
「くっ…… 風火輪が……!」
「やはり、それが空を飛ぶ絡繰りでしたか」
ナタクの足元に追従していた、風と炎を吹き出す輪が牛若丸の刀に断ち切られ、煙を噴き上げていた。
サーヴァントがいかに超常の存在であろうと、魔術師の英霊であるキャスターでもなしに、自在に空を飛ぶことはできない。
ナタクの機動力の元は、足元の輪…… 風火輪と彼女が呼んだ、彼女の宝具の力だった。
だが空を飛べなくなったとはいえ、ナタクはほぼ無傷。
対する牛若丸は、立ち上がったとはいえ全身が黄金の光へと変化して、その姿も薄れ始めている。現界はもはや不可能であった。
「だが、ぼくを地上に落としても、君はもう戦えない。君がいなければ、今この場にいる者では誰一人、サーヴァントであるぼくには敵わない」
「……確かに、私はここまでのようです。
ああ。なんと口惜しいことか。
「……何?」
ナタクが訝しげに眉をひそめる。
対して、牛若丸は笑っていた。
足元はふらつき、今にも倒れそうで、消えていく身でありながら、勝利を確信して笑っている。
「私の敗北は、あるじ殿の敗北ではない。百の英霊を従えるあるじ殿と、戦うことの意味を知れ」
ふらり、と牛若丸は倒れそうになる。
倒れまいと足を張り、それでも立っていられずに、後ろへと倒れ込む。
しかし、牛若丸を受け止めたのは土の地面ではなく、柔らかく、しかし張りと弾力があって、暖かく優しい感触だった。
「よく頑張りましたね、流石は源氏の子」
「……!」
牛若丸を受け止めたのは、艶やかな美女だった。
紫色の衣装に身を包み、母性的な笑みを浮かべて胸元に牛若丸をかき抱き、優しく頭を撫でる。
牛若丸は一瞬驚きつつも、安心し切ったように身を委ねた。
「成る程。あるじ殿も粋な計らいをなさる」
「はい。これよりは源氏の戦、得るは源氏の勝利。わたくしとあなた、二人の誉れです」
「いざ、然らば。後はお頼み申します」
「然らば。後はこの、頼光にお任せあれ」
今まで耐えてきたものを放棄したかのように、牛若丸の身体は一気に黄金の光となって散り、空へと融けるように消え去った。
残された美女は、牛若丸の続きとばかりにナタクへと向き直り、腰に下げた刀をすらりと抜き放つ。
「お待たせしました。次は私がお相手しましょう」
「っ……!!」
にこり、と微笑む美女に、ナタクは槍を構えた。
匂い立つような色香を纏う、艶然としたその微笑みに、ナタクの背筋にはぞわりと悪寒が走る。身に纏う炎の熱さとは関係なしに冷たい汗が流れ、炎に炙られて瞬く間に蒸発していった。
「遠からん者は音に聞け、近くば寄って目にも見よ!
我こそは源氏が頭領、源頼光なり! ──いざ、参る!」
高らかな名乗りをあげて、その美女──頼光は地を蹴った。
蹴った地面にパリッと微かな雷光を残し、文字通りの電光石火。一瞬も躊躇うことなく、ナタクの纏う魔神の炎へと飛び込んでいく。
咄嗟の反応で頼光の刀を受け止めたナタクだが、頼光の身体からバリッと紫電が走ると、そのまま純粋な力で後ろへと吹っ飛ばされてしまう。
「なんという力……! まるで鬼のようだ!」
「まあ、なんて失礼な子! 私を蟲にも劣る鬼なんかに例えるなんて! お仕置きが必要ですね……!」
雷光を纏って跳び、大上段に太刀を振るう頼光だが、ナタクもまた吹き出す炎の勢いを増して槍で打ち合う。
互いに同ランクの魔力放出スキルを発揮させ、ナタクも今度は吹き飛ばされることなく拮抗し、二人は激しい雷鳴と豪炎を撒き散らしながら刀と槍を振るった。
戦力は互角のようにも思えたが、頼光の纏う紫電は槍に受け止められているのに対し、ナタクの纏う黒炎は悪意を持つかのように頼光にまとわりつきその身を焼く。
このままでは、頼光の方が先に力尽きるのが立花にはわかった。手持ちの魔術礼装から回復の魔術を飛ばすが、癒えた傷もすぐに炎で焼かれていく。
「あの炎をなんとかできれば……!」
「それは、ナタクを倒す、と同じ意味では……ないかの?」
立花の魔術礼装はサーヴァントにも通用する効果の高いものだが、そのかわり連発ができない。歯噛みする立花に、どこか冷静にリンネが呟いた。
ナタクを倒すために炎を何とかしたいが、炎を何とかするためにはナタクを倒さなければならない、というパラドックス。
リンネも先程から絶えず治癒術式を回し、頼光を回復させると同時に中庭の負傷者達も治療しているが、ナタクと切り結ぶ距離にいる頼光が炎に焼かれる勢いを上回ることが出来ない。
このままでは頼光も、牛若丸のようにナタクに押し切られて倒れされてしまいそうだというのに、リンネに焦りは無かった。
「そう焦らずとも良い。
……炎があれば、あるなりの、戦い方がある。……じゃろう、王子?」
「……!」
王子はこくりとうなずいて、負傷者の治療にあたっている、頼光に負けず劣らずの豊満なスタイルをしたシスターの元へ駆け寄り、手短に指示を出す。
すぐに、そのシスターを筆頭に数名の
残った負傷者の回復は、リンネが頼光への支援の片手間に行う。広範囲への支援は慣れているのか、切れ間なく流れる魔力を中庭一杯に循環させて、不足なく役割をこなしていた。
「みんな、ママに続いて! 一節ずつずらしていくわよ!」
「「「はい、ママ!」」」
ママ、と呼ばれたシスターを筆頭に、治癒魔術師たちが輪唱のように少しずつずれた詠唱を重ねていく。
そして、次々と頼光に向けて治癒魔術を放った。
「あらあら、まあまあ……!」
サーヴァントならぬ、英霊になるには至らぬ、しかし治癒魔術にのみ傾倒した複数の魔術師による治癒の術が断続的に頼光にかけられる。
ナタクが連続で切りつけても、その一撃の合間ごとに治癒がかけられる勢いだ。
炎に炙られて苦しげだった頼光の表情も、刻々次第に楽になっていく。ナタクという強力なサーヴァント一人が頼光に与えるダメージを、多数の治癒魔術の集中砲火が凌駕していた。
『ら、頼光さんのバイタルがすさまじい勢いで乱高下しています、先輩!』
『こりゃすごい、塵も積もればというか……数の暴力だ! マスターが一人しかいないカルデアじゃ真似できない戦い方だよ!』
「あなたの炎、あなた自身をも焼くのでしょう? このままでは、わたくしより先にあなたが燃え尽きます。
勿論、彼らへの攻撃などさせません。このまま餅でも
「はは、参ったよ、この手で倒された魔物もぼくは沢山知っているけれど、自分がやられるとこんなに鬱陶しいとはね……!」
ナタクと頼光の武技は拮抗している。互いに決定的な致命傷を与えることができず、炎によるダメージレースになっていた。
それを治癒魔術によって覆されたというのに、ナタクは苦笑を浮かべつつも焦る様子を見せない。
「だけど、その戦術には単純な欠点がある。
──ぼくの
「ッ!?」
劫、とナタクの全身から強烈な炎が立ち上った。
火山の噴火を思わせる黒煙混じりの火柱に、流石の頼光も踏み留まれずに大きく後ろへ下がる。
「ぐうううぅぅっ!」
炎を噴き上げるナタク自身も苦しそうに呻くが、炎を呼気として吸い、吐き出すのを繰り返す度、黒い炎が純化され、その輝きと熱量が高まっていく。
「身は炉、丹は
今や火柱は太陽の炎のごとくまばゆく輝き、十分に離れている筈の立花達でさえ、ジリジリと肌が焦がされるよう。
その炎の中心たるナタクが槍を構え、ぐるりと大きく振り回すと、凄まじい熱量と光量がその槍に絡めとられて凝縮されていく。
「仙術の神髄を見るがいい──
輝く炎を身にまとうナタクの、頭上に掲げた手のひらの上で槍が仙術の力を以て高速で回転する。
まばゆい炎を丸く絡めとるその槍は、まさに焔玉──いや、太陽さながらであった。
TIPS
【魔力放出】
サーヴァントが保有する莫大な魔力をジェット噴射のように放出して、身体能力を瞬間的かつ大幅に強化するスキル。
通常は魔力そのものを放出するが、サーヴァントによっては炎や雷などの属性に変換して放出される。
頼光は魔力放出(雷)、ナタクは魔力放出(火)をそれぞれAランクで有している。
【ヒーラー】
治療魔術を専門に修めた魔術師。
シスターなど教会所属者が多いが、必ずしも宗教者がヒーラーなわけではない。
基本的に攻撃能力は持たないが、非常に重要なクラス。
【ずらしヒール】
ユニット配置などのタイミングを調節することで、複数のヒーラーが同一の対象に絶え間なくヒールをかけ続ける戦術。
敵の攻撃速度が速い場合など、継続的にダメージを受ける状況に威力を発揮する。
【餅つき】
防御力や耐久力の高いユニットが強敵をブロックし、回復をかけ続けることで持久戦を行う戦術。
多くの場合、ブロック役を務めるのは防御力が高く攻撃力が低いアーマーであり、重厚な鈍器をひたすら叩きつける攻撃の様子からこのように呼ばれる。
【三昧真火】
元々は、西遊記に登場する牛魔王の息子、紅孩児が300年の修行を経て会得した術。
この炎は水で消えることはなく、竜王の降らせた滝のような雨でも全く勢いが衰えずに孫悟空を瀕死にまで追い詰めた。
最終的にこの術を打ち破ることはできず、悟空達は観世音菩薩の力を借りた計略によって決着をつけたのである。
なお、宝具発動の台詞はFGOの概念礼装『三昧真火』の解説文を一部アレンジしたもの。