「よし、完成っと」
前世で得た裁縫スキルを駆使して“くまだもん”の大手術は無事に成功に終わった。
少し縫い目が気になったので、リボン付のシュシュを作り、縫い目が隠れるようにつける。
「俺の女子力高すぎる」
自身が修復したぬいぐるみを見ながら呟く。
このぬいぐるみの持ち主はというと俺の隣で眠っている。
最初は修復作業を見ていたのだが、気付いた時には夢の中へと旅立っていた。
「泣き疲れちゃったかな」
ここ最近ずっと悩んでいた、彼女の今後の事を考える。
物語の中では、どの様な過程を経て彼女という人物を形成していったかは書かれていなかった。
小学校に上がったばかりの彼女には時間があり、物語の中の彼女を少しずつ形成していけば良いんだと考えていた。
しかし、この世界の中には俺というイレギュラーが存在しているのだ。
俺という存在は彼女の成長に間違いなく影響を与えている。
福岡から物語の舞台に来た俺は舞い上がり、お隣のドアから現れた物語のヒロインの1人に夢中になって、無口で恥ずかしがりやな彼女を依存させ、そんな彼女を守っているんだと、自惚れていたのだ。
「ネガティブな思考しか出てこないな」
部屋が闇に包まれている事に気付き、窓の方に顔を向けた。
そこから見える街の光は何時もより暗く感じる。
物語の中の彼女なら、似たような状況でも無難に乗り切れたのであろう。
今の彼女はあんなに強い女の子に成れるのだろうか?
容姿、言葉使い、仕草、すべてを計算して最善の方法で切り抜ける。
彼女のあざとさは武器。
彼女のあざとさは盾。
彼女のあざとさは強さ。
「このままじゃ、いけないよな」
隣で眠る彼女の頭を撫でる。
彼女が弱いのは俺のせい。
彼女の温もりが・・・・・俺を間違えさせる。
俺は動き始める。
まず始めに俺の同級生や彼女の同級生達との遊びや会話に積極的に参加して、彼女の交友関係を広げるために動いた。
最初は戸惑っていた彼女だが、すぐに打ち解けていく様子を見て、嬉しさを感じる反面、寂しさも感じていた。
彼女が同級生達との親交を深めていくのに比例し、俺は彼女と距離をとるようになる。
千葉に来てから辞めていた道場通いを再開したことで、俺の時間と彼女の時間が交わる事は無くなっていった。
ぽっかりと空いた心の隙間をを埋めるように、来る日も来る日も剣道に打ち込んでいたのだが、心が満たされる事は無い。
たった半年間の彼女との思い出は、今の俺という存在の大多数を作り上げていたのだと再確認する事となった。
それからの日々は彼女のことを遠目で見守りつつ、1日1日が瞬きの早さで過ぎ去っていくのを感じ、気づいたら半年という時が流れ、俺達は1学年進級していた。
進級したからといって、俺の生活は変わる事は無い。
早めに家を出て、いつもと変わらない学校生活を送り、学校が終わると道場に行く。
このサイクルを繰り返す毎日だ。
そんな繰り返す日々はある出来事をきっかけに崩れさる事になる。
いつもの様に道場の稽古が終わり家に帰ると、膝を抱え顔を俯かせた女の子が家のドアの前に座り込んでいた。
「・・・・・いろはちゃん?」
かけた言葉に女の子は顔を上げる。
彼女の可愛らしい顔は涙で濡れていた。
「おにいちゃん・・・」
「・・・・・」
「おにいちゃん、いやだよ」
彼女の顔を見た俺は、言葉を発する事が出来なかった。
「おにいちゃん、いやだよ。いろは、つよくなるから。おにいちゃんをまもるから。おにいちゃんといっしょにいたいよ!」
彼女の心からの叫びを聞いた瞬間、自分が間違えていた事に気づかされた。
「おにいちゃんをまもれなかったから。いろは、なにもできなかったから」
今までの人見知りの彼女なら、すぐに友達を作ろうと、馴染もうとする事は無かったはずだ。
何もしなくても彼女は強くなろうとしていた。
何もしなくても彼女は自身の弱さを解っていた。
そんな彼女に俺は何をした?
弱さを知った彼女を突き放し、強くなろうとしていた彼女から逃げ回っていたのだ。
俺は最低だ。
「ごめん、いろはちゃん」
「なんでおにいちゃんが、ごめんなさいするの?ごめんなさいするのは、いろはだよ。」
「違うよ。いろはちゃんは、何も悪くないんだ。自分ではどうにも出来なくて、いろはちゃんから逃げてた、全部俺が悪いんだよ」
そう、すべて俺が悪いんだ。
「だから・・・、ごめんなさい」
俺は頭をさげた。
彼女の顔を見ている事が出来なかった。
彼女の涙を見ている事が出来なかった。
俺はまた逃げたのだ。
(ペタッ)
下げた頭に彼女の手が乗る。
「おにいちゃんは、いろはのことまもってくれたよ」
彼女の手が、俺の頭を優しく撫でる。
「おにいちゃんは、いろはのことギュッてしてくれたよ」
彼女の温もりが、俺の空いた心を満たしてくれる。
「おにいちゃんのては、いろはをあったかくしてくれて、だいすきだよ」
俺の視界に広がるマンションの通路の地面は、自身の涙で濡れていた。
この世界に生まれ、初めて流した涙は、彼女の温もりが熱伝導したみたいに温かかった。
「いろは、つよくなるから。おにいちゃんをまもれるようにつよくなるから」
俺は顔を上げると、彼女の目は真っ直ぐに俺を見ていた。
「いろはちゃん・・・・・」
「おにいちゃんといっしょにいたいよ」
俺は決意した。
彼女から逃げないと決意した。
彼女と共に強くなる事を決意した。
もう間違えないと決意した。
「俺もいろはちゃんと一緒に居たい。いろはちゃんを守れるように強くなりたい。
だから・・・・・、いろはちゃんから逃げてしまって、ごめんなさい」
「おこってないよ。いろはもおにいちゃんをまもれるなくて、ごめんなさい」
下げていた頭を2人同時に上げる。
〈ガチャ〉
開いたドアから、母親が顔を出した。
「二人共、まだ外は寒いんだから風邪をひいちゃうわよ。」
「・・・・・・」
「・・・・はい!」
母親の登場に二人で固まっていると、彼女が先に現実に戻ってきた。
そのまま自分の家に戻って行こうとするが、クルリとこちらに振り向き、
「あしたから、がっこうにいしょにいこうね?」
不安そうにこちらを見る。
「そうだね。明日から、また一緒だね。」
俺がそう言うと、彼女は笑顔になり
「ばいばい」
と言って、家の中に戻っていった。
「ろくくんは、いつも大人びているけど。やっぱり子供なのね♪」
生暖かい目で見てくる母親にジト目を送りながら、
「ママ、ただいま」
「お帰りなさい」
いつも聞いてる母親の言葉が、いつもより暖かく感じた。
~翌朝~
「おにいちゃん、おはよう♪」
「おはよう、いろはちゃん」
マンション前で待っていると、彼女が出て来た。
「それじゃあ、行こうか」
俺がそう言うと、彼女が右手を差し出してくる。
(ギュッ)
少しの躊躇いの後、彼女の手を握り、歩き出す。
左手から感じる彼女の温もりがこの半年間、白と黒に感じられた通学路をカラフルに色付けていく。
〈グイッ〉
彼女が止まった事で、俺の歩みが止められる。
「おにいちゃん、そっちはがっこうじゃないよ」
「えっ、あっ、えっ、アハハ、ぼーっとしてたみたいだ」
「もぉ!」
そう言って、彼女は俺を引っ張り歩き出す。
強く握られたその手は、やっぱり温かかった。
彼女の温もりが・・・・・俺を間違えさせてしまう。