理想の旋律   作:鞠菊

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鉄は熱いうちに打て、作者はノッてる時に書け。そんな気持ちで投稿しています。


02 潜入と協力者

 奇怪な夜を過ごしてから数日後、国木田はあれから何度か同じ道を通ったが、怪物にも女にも出会うことはなかった。あれはいったい何だったのだろうか確かめることも出来ないまま今日の業務をこなしていた。

「国木田さん、社長が呼んでいます。」

 声をかけたのは、探偵社に努めている事務員だ。その言葉に返事をしたあと、すぐに社長室に入る。

 そこにはこの武装探偵社の社長であり、国木田の体術の師である福沢諭吉と見慣れない壮年の男性であった。

 男は白髪交じりの髪を上品に整えており、服装の蝶ネクタイが勤め人ではない別の職業に勤めていることが察せられた。男は国木田を見て「やぁ。」と軽い調子で声をかけてくる。

 そのあいさつに国木田は言葉ではなく礼をする形で返した。そして姿勢を戻し、そのまま社長に尋ねる。

「御歓談中に失礼します。」

「いや、かまわん。」

「それで、御用件は何でしょうか?」

「あぁ、国木田。最近依頼されたK大学の大学生連続殺人事件は知っているか。」

「はい、確か昨日、探偵社に依頼されていましたよね。」

 事件は数日前に遡る。K大学で一人の女子大学生の遺体が発見された。被害者は殺害された前日誰とも連絡を取っておらず、行方不明となっていた。交友関係の多い人物だったので、一日中連絡が取れなかったことを心配した家族は翌日警察に相談しようとしたその翌日に遺体として発見される。死因は失血死だが腹が食い破られておりその破れ方も獣に食いちぎられたような形だったそうだ。

 最初は害獣が横浜に現れたと思ったが、その次の日に男子高校生の遺体が発見された。高校生は胸にぽっかりと大きな穴を開けて死んでいた。それだけなら女子大学生の事件とは無関係に思えたが、発見された場所は二人とも同じK大学構内であった。そしてその男子生徒も殺される前日は行方不明となっていた。

 その後も数日の間、殺され方は違うものの前日に行方不明となり翌日死体としてK大学で発見される手口がさらに二件続いた。警察はこれを連続殺人事件として捜査を進めていた。しかし進展は見込めず、評判がガタ落ちになっているK大学は痺れを切らし探偵社に解決を求め依頼を出してきたのだが昨日のことであった。

 たしか乱歩さんが別件で東北にいるので代わりに、別の調査員が派遣されているはずだと国木田は記憶していた。

「実は断られたのだ。」

「は?断られた?」

「大学側はそのような依頼をしていないと門前払いを食らった。昨日依頼に来た事務員の所在を確認したがそんな人物はいないと言われたのだ。」

「それは…大学事務員を装った差出人不明の依頼ということでしょうか?」

「そうなる。だが前金が既に支払われていた。言外にたちの悪いいたずらとも言い切れないのだ。そしてこれ以上被害者が出ることも見過ごすことはできない。」

「しかし大学構内を調査できないとなると、一体どうやって。」

「そこでだ、国木田君!」

 

 突如、二人の会話を遮る男の声。そういえば、関係のない一般人に話していい内容ではなかったのに何故この男はここで話を聞いているのだろうか。

 

「潜入しないかい?手引きするから。」

「は?」

 

 あまりにも軽い調子で言う男に福沢は呆れながら男の名前を呼んだ。

 

「泉、まずは自己紹介をしろ。国木田がついていけていない。」

「ん?していなかったか。ははは、すまん。」

 

 男は快活に笑う。上品な洋装には似合わない豪快な笑い方だ。すまない、と男は笑みを浮かべたまま自己紹介を始めた。

 

「私は、高槻泉(たかつき いずみ)。音楽芸術家※だ。福沢とは知己でね。昔ダイナマイトとドップラー効果によるシューベルトの研究で世話になった。」

 

 なんだそれは

 

「はぁ…。」

「こうして今は茶を飲む仲だが、今回の事件の話を聞いてね協力できると思いここにいるのだよ。」

「協力…それが、潜入でしょうか。」

 

 高槻は音楽芸術家と名乗った。しかしK大学は総合大学ではあるが音大でも芸大でもない、顔がきいているとは思えなかった。

 そもそも一般人に事件解決の為とはいえ巻き込むことは国木田としては本意ではない。

 

「いやなに、正しくは協力するのは私ではないのだ。」

「では、誰が?」

「私の娘だ。」

 

●◯●◯●◯

 

 国木田は十五時丁度にK大学の校門に立っていた。協力者に会う為だ。正直気は乗っていない。先程の会話の続きを思い出した…。

 

―回想―

 

「つまり、御息女はK大学の生徒で今回の事件に近づくことが可能な人物。その方に入学見学のための手引きをしてもらう事で調査を進める、と?」

「その通り。残念ながら今進めている調査員は少々歳がいっている。潜入には不向きだ。」

「しかし、今K大学はマスコミなどの的になって周囲を警戒しています。そう上手く潜入出来るのでしょうか。」

「それはうちの娘の口次第だな。大丈夫、それなりに上手い方だから。それに君、うちの娘と同じ19歳だろう?浪人生として他の大学を見学に来た、という設定なら問題ないだろう。」

「しかし、一般人を巻き込むのは…。」

「なに、荒事には慣れているよ。槍が降っても死なないような子だ。嘗て福沢には世話になった。その恩に娘を通してだが少しでも返したいのだよ。」

 

 それにね、と高槻は続ける。

 

「恐らく解決に動こうとしなければ被害は増すばかりだろう。さすがに他人を装って静観するほど人間が出来ていないのだ。娘もいる事だしね…。」

「高槻さん…、」

「と、いうわけで!よろしく頼むよ!」

「は、はい!」

「うん、いい返事だ!」

 

 高槻の言葉にいつの間にか素直に返事をしてしまった国木田。それを満足そうにみて高槻は笑った。その姿を見て福沢は大きくため息をついた。

 

「相変わらず貴殿は、人を誑しこめるのが上手だな。」

「なに、語るとみんな“はい”って納得してくれるのはいつもだしな!別に悪いことはしていない。」

「されていたら困る。」

「それじゃあ、早速で悪いが今日の昼過ぎ十五時辺りだな。そこで待ち合わせてくれ、これは私と娘の連絡先だ。」

 

 小さな紙片を渡されると名前と電話番号、メールアドレスが書かれていた。

 

「応援しているよ、国木田くん。」

 

 高槻は再度そう言って笑うのだった。

 

―回想終了―

 

 何故、俺はあの時勢いに任せて返事をしてしまったのだろうか…。

 

 社長はそういう男なのだと言って諦めていた。そして巻き込むのは申し訳ないが、事件解決のことを考えればたとえ藁でもすがるべきなのだろう。

 

「お待たせいたしました。」

 

 女性にしては少し低めな声が聞こえた。振り返るとまず国木田は驚いた。そこにいたのは数日前、国木田が見失ったあの時の女だったからだ。

 

「お前は…!」

「…?

何処かでお会いしましたか?」

 

 女は不思議そうに首を傾げたが、国木田ははっきりと女の顔を覚えていた(…と思う)ので、あぁと肯定した。

 しかし、今追求すべきはあの時のことではない。事件の事だ。

 

「まぁ、今はいい。俺は国木田独歩、武装探偵社勤めている。」

「そうですか…。では、改めて、ここの文芸学部に所属しています。高槻紗呂(たかつき しゃろ)です。話は父から聞いています。詳しい事は中で説明します。とりあえず了承していてほしいこととして貴方は、浪人生で私の友人としてK大学に見学にきた人という設定です。」

「あぁ、分かった。」

 

 提示されたそれは意外と設定が薄いものであった。本当にそれで大丈夫なのだろうか。そんな不安を余所に紗呂は堂々と大学構内に入っていく。国木田はそれについて行くしかなかった。

 

 歩きながら大学構内の説明を受ける。どうやら既に大学案内の演技は始まっているようだった。

 

「パンフレットを読んだと思うけど、ここは総合大学だから色んな学部はあるし、構内は広い。最初はマップを持っていないと迷子になるからそのマップは失すなよ。あと首にさげているそのIDカードは見学者の証でもあるからそれも失くさないようにな。」

 

 友人という設定だからか、先程の敬語は無くなりフランクな口調で話しかけてくる。

 確かに構内は広く、マップは少し分厚く出来ている。気になるのは4カ所についている赤い×印だ。

 

「それは今起きている事件の発見場所で、現在立ち入りが禁止されている場所だ。警備のせいで近づくことも出来ない。」

「警備?警察ではないのか?」

「調べる事を調べたらすぐに周辺の調査だとか言って撤退してしまってね。現場保存は任されているから警備をそっちに割いているらしい。」

「そうか。」

「それでもそれなりに大きい大学だから、警備は厳重。下手な関係場所を当たれば目をつけられかねない。さて、何から調べる?」

「まずは、事件についてもう少し調べたい。詳しい情報はあるか?」

「わかった。じゃあ詳しく話せるところに行こうか。ここからならラウンジが近いね。」

 

 そうして廊下を歩いて行くと、ラウンジに着く。多くの生徒が談笑しているので少しうるさいくらいだった。

 

「おい、人が多いぞ。話を聞かれたら…」

「みんな自分のことに夢中で盗み聞きするような奴はそうはいないさ。とにかく座りなよ、独歩。」

「ど、独歩?」

 

 唐突な名前呼びに戸惑いを隠せない国木田。そんな彼に対して紗呂は苦笑する。

 

「何驚いている。“友人”だろ?昔から名前で読んでいたじゃないか。」

「あぁ、そうだったな。久々に名前で呼ばれたから。少し驚いた。」

 

 その言葉に国木田は友人設定であったことを思い出した。どうも調査のほうに気を取られてしまって忘れてしまう。席に着くと色々な話が聞こえてきた。

 

「ねぇ、あの事件進展あったの?」

「何でも犯人はこの大学の関係者なんですって!」

「へー、あんたじゃないでしょうねー?」

「ちょっと冗談でもやめてよね。」

「ごめんごめん。あ!ねぇ、そういえば似たような事件が昔にもあったの知ってる?」

「え!そんなのあったの?」

「殺されたのは此処の学生で死因は撲殺らしいんだけど、何でも死んだ場所が今回の最初の被害者の人と同じ場所で発見されたらしいよ!」

 

 単なる噂話にしては興味深いことが聞こえてきた。国木田はその話にもう少し耳を傾けようとした。しかし、

 

「こら、お前たち何を話しているんだ。」

「あ、村上先輩。」

「こんにちはー。」

「はい、こんにちは。いくら注目の話題だからって噂話にかまけてレポート提出が出来なくなっても手伝わないからな。」

「「はーい。」」

 

 女子生徒達は村上と呼ばれた男の言葉をきっかけに席を立ってしまう。村上も女子生徒たちを見送った後、その場を後にした。

 

「…と、いうわけでここに来たかった理由分かったかな?」

「この噂話を聞かせるためか。」

「あぁ、ついでに関係者も釣れてくれたしね。」

「関係者?」

「村上さ。そのことも含めて話そう。勿論昔に起こった事件のこともね。」

 

 昔、とは言うが実際は三年程前の事件だ。一人の大学生の死体が発見された。場所は中庭にある花壇の傍。死因は撲殺。しかし花壇の煉瓦と頭部の傷が一致しなかったこと、足を滑らせた痕跡が見つからない事を根拠に警察は殺人事件として捜査する。だが捜査は難航。被害者の生徒が何者かに呼び出されていたという証言の元、当時の学生などを捜査対象に絞るが事件はいまだに解決されていない。

 その被害者の関係者で分かっているのは三人。一人は先程、後輩に注意していた村上。被害者の友人でもあったので事件当時は犯人として疑われていたが、アリバイを証明されたため容疑者から外れた。

 そして二人目は…、

「今回の事件の最初の被害者だと!?」

「うん。しかも交際関係があったらしくてね。彼女も容疑者にされたけど体格差で頭部を殴ることが出来ない事と彼女が村上のアリバイの証人だったんだよ。」

「…共犯の可能性はなかったのか。」

「その線も調べたけど、三人で仲が良かったらしくてね。そもそも友人関係ではあったけど明確な殺害する動機はなかった。らしいよ。」

「らしい?お前はそうは思っていないのか。」

「だってその後すぐに村上と彼女は男女の関係を持ったそうだからね。当時の状況を知っていた人からはそういうもつれで起こったんじゃないかってさ。」

 ならば今回の事件も村上が関係しているのではないだろうか。そう思案した国木田は紗呂に尋ねるが、

「何やら興味深い話をしていますね、高槻君。」

 しゃがれた声が会話に割って入ってきた。背を曲げて杖を手にした老人がそこにはいた。紗呂はその老人に対して頭を軽く下げた。

 

「こんにちは、学長先生。いえ、対した話ではありません。先程、噂話を聞いたのでそれについて少し話をしていました。」

「そうですか。いやなに、好奇心が働いてしまうのは若者の特権のような物です。仕方がない事です。しかしですね、あまり死者を冒涜するような事をしてはなりませんよ。まぁ、君ならその心配も無いとは思いますが…」

「はい、不謹慎でした。すみません、以後気をつけます。」

「ところで、そちらの方は?見た所来客用のIDカードを首から下げているようですが…。」

 

 

 学長と呼ばれた老人の視線が国木田のIDカードに向けられる。それに紗呂は軽やかに返す。

 

「はい、私の長年の友人、国木田独歩です。浪人生なのですが、以前から私の大学に興味があったようでして。

独歩、この人はこのK大学の学長先生だよ。」

「国木田独歩です。よろしくお願いします。」

「それはそれは。嬉しいことですね。しかし何もこんな時期に態々足を運ぶ必要がありましたかな?」

「何分、独歩は遠くから来ているものでして。この機会を逃せば次いつ来られるか分からなかったのです。それに本人の強い要望もありまして…な、独歩?」

「あ、あぁ。そう何度も横浜に訪れる程金も時間も無くてですね。」

 

 突然話を振られるものの、何とか会話に合わせようと話す国木田。その彼の姿を見て納得したのか学長は、笑みを浮かべてそうですかと頷いた。

 

「いや、歳をとると疑ぐり深くていけない。思う存分、この大学を見ていってくださいね。君が入ってくるのを楽しみにしていますよ。」

「はい、ありがとうございます。」

 

 学長はそう言った後、国木田達から離れる。杖のカツカツとした音が喧騒の中響いているのを感じた。

 さて、と紗呂は先程までの話を続ける。曰く、あの人が最後の一人だと。

 

「何?」

「だから、あの人が最後の関係者さ。学長先生。あの人は花壇で起きた事件の被害者の父親なんだ。」

「それは…まさか、今回の事件は。」

「何かしらで関わっている可能性は否定できない。まぁ、さっきのやり取り通り食えない人でね。今回の事件に対してもずっとあの調子だからね。何を考えているのか全く分からないよ。」

 

 今持っている情報はこれだけだと、紗呂は両手のひらを見せつつ言った。これからどうするつもりなのかな、探偵さん、とも。

 

「現場が見たい。見られるか?」

「今は無理だよ。警備が四ヶ所とも厳重だ。特にここの大学生はほぼ全員が容疑者の可能性があるとして下手に近づけない。」

「無理か…。」

 

 国木田は苦々しくそう呟いたあと、紗呂の先程の発言に疑問を持つ。“今”と言ったのだこの女は。

 

「どういうことだ?」

 

 紗呂は食いついた国木田を見たあと、

 

「それじゃあ、肝試しと洒落込もうか。」

 

 そう笑ってみせたのだった。

 

 

 

 




※音楽芸術家は作者の造語です。理由は語る話があれば語る予定です。
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