…いやでも、まじめに頑張った。ほんとだよ??
時刻は深夜23時を過ぎたころ。国木田は校門の前にいた。昼間に時間と場所を指定してきた本人は此処にはいない。一体何処に行ったのだろうか。
そもそも提案してきた内容が肝試しというのも意味が分からなかった。国木田は探偵社で働いているがその傍ら数学の講師としても働いている。化学、物理学も修めている。つまり根っからの理系なのである。
夜に忍び込むことの隠語であったとしてももっとほかの言い方があるはずだ。
もしかして今回の犯人は3年前死んだ男の例が復讐のため…いやそれは一番ありえないことだ。幽霊の殺人なんてものを認めてしまえば現在解決出来ていない事件はすべて幽霊になってしまうし、そもそも「国木田さん?」…!?
「その大丈夫ですか?」
心配そうに声をかけてくる。急に背後から声をかけられたことで国木田は心臓が痛くて仕方がなかったが、平静を装う。
「あ、ああ。な、なにがだ?」
「いやだって今凄く飛び上がっていたから。今も声が裏がっているし。もしかして幽霊が怖い「声など裏返っていない!!」…そうですか。なら入ってください。」
そう言われて国木田は初めて紗呂の声のするほうに顔を向けた。紗呂はすでに構内にいた。どうやって侵入したのだろうか。
「侵入はしていませんよ。ずっと居ただけです。国木田さんが来るまで隠れていただけです。あぁ、IDカードはなくても大丈夫です。警備室に入って手動の物に切り替えてあるので。」
「あ、あぁ。」
手際よく国木田を招き入れた紗呂は演技をしていないからか敬語で話しかけてくる。その話し方に昼間とのギャップを感じ戸惑いながらも構内の中に入っていくのであった。
目指すは3年前と今回の事件の最初の場所。花壇だ。二人は喋ることなく目的地へ向かう。その途中、思いがけないものを発見した。
それは本来ならば巡回中であろう警備員だった。国木田は慌てて警備員に近づく。
「おい!大丈夫か!!」
「…。」
「大丈夫です。気を失っているだけです。国木田さん、」
「何だ。」
「急いで花壇に向かいましょう。」
そう言って、駆け出した紗呂に慌ててついて行く。女の足にしては想像以上に早く見失わないように必死について行く。
見失う。その言葉がでてくると、ある事が国木田の頭の中をよぎった。数日前の化け物と目の前を走っている女のことだ。
あの化け物は何だったのだろうか、それを倒して見せたこの女は何者なのだろうか。そもそもなぜこの女は此処まで協力的でかつこの事件にここまで詳しいのだ。
一つ一つ疑問が浮かび上がる度に国木田は自身の足が重くなっていくのを感じた。だがそれでも、置いて行かれないように必死に足を動かす。
五分ほど走っただろうか、紗呂が急に立ち止まる。そして花壇に近くにある吹き抜けになっている廊下の柱に隠れる。
聞くのは今しかない。国木田は尋ねた。
「数日前、夜。路地裏でおまえは何をしていた。」
「…何のことですか?」
「惚けるな。俺は怪物を倒すお前を見ている。双剣をもって斬り捨てたお前の姿を。」
「それを知っていて、何故今も尚私の後について来たんですか?」
「もし、お前が犯人ならばここでおまえを止めるべきなのだろう。しかしお前が犯人である証拠はない。あるのは俺だけが目撃したあの夜の出来事だけだ。
だからこそ、尋ねるべきだと思った。お前がここまで関わっているその理由を。」
「…頼まれたからです。あなたが探偵として正体不明の依頼人に頼まれたように、私もまた頼まれました。」
「!…誰だ。それは、」
さくり、と芝を踏む音が二人の声を遮る。二人はそっと息をひそめて花壇へ視線を向けた。そこにいたのは昼間、見かけた村上その人であった。
男の手にはスタンガンがあり、ぼそぼそと何かを呟いている。
国木田は手帳から音声録音機を作り出し、それを録音しようとする。
「助けろ、俺を助けろ。まただ。またあの事件が、あの男が俺の視界に耳に記憶に残っている。もう死んだのに、もういないのに、ばれなかったのに、また口を封じなくちゃいけない。」
一人、相手のいない男の声に反応するのは姿の見えない鈍色の声だ。
「またかまたか。よいだろう、よいだろう。今宵は誰を殺そうか、あの噂を聞いていた女子達か?楽しいのう、楽しいのう。」
「もう噂をしないよう噂をする奴は全員だ。今頃事件を気にするあの女も、女が殺される瞬間を見たあのガキも。俺を疑う奴も、事件を追いかける正義感を振りかざす偽善者も、全てだ!!」
村上は叫び、目を血走らせると廊下を睨み付けた。目が合った。その時黒い腕がこちらに向かってくるのが分かった。
「まずはお前たちからだ!!野鼠ぃぃっっ!!」
廊下の柱が一瞬にして崩れる。必然的に庭に出た二人は、村上とその後ろにいる白い仮面をつけた怪物を見る。それは形が違うものの国木田が見たあの夜の怪物と似たような姿をしていた。
白い骸骨の面と相対するような黒い両腕。足がない代わりにその長い腕が巨体を支えていた。
紗呂が服に付いた埃を払い落とす。その冷静な様に村上は腹立たしいのか声を荒げる。
「お前は誰だ!?何でここにいる!俺の邪魔をするのか?いや、違う。違う違う違う違う!!これは正しいことだ!俺は救われなくちゃならない!!俺は正しい存在でなくてはならない!だからこそ、俺はあいつを殺したんだ!俺の方があいつより上だ、上でなくちゃいけない!!成績も地位も女でさえ!!」
村上は正気ではない。口から泡を吐きながら叫び続けるとそのまま倒れた。気絶したようだ。御高説どうも。皮肉ったような声が紗呂の口から洩れたのが聞こえる。怪物がこちらを見て笑った。
「んん?見たことあるぞ?お前を見たことがあるぞ、あるぞ。そうだ最近聞いた話だ。“死神”でもないただの人間がわれらの同胞を狩っているとか。お前か?お前か?」
「二回も繰り返すな、うっとうしい。人間の言いなりになっている虚が偉そうにほざくな。」
「なに、エサに困らん為には効率のいい狩場が必要であろう。あの男の指示に従うのは少し癪ではあるがなに些末なこと。些末なこと。さてそれでは、良質な霊圧二匹いただこうかぁ!!」
「っ!来るぞ!!」
巨体が腕をこちらに伸ばす。それを後ろに下がることで、避ける。地響きが聞こえると怪物が手を伸ばした先は小さなクレーターとなっていた。規格外のその怪力にぞっとする国木田。しかしただ避けるだけではない。国木田は手帳に書き込む。
「独歩吟客『自動拳銃』」
千切られた手帳の紙片が自動銃に変化すると、そのまま銃弾を怪物に打ち込む。銃弾は当たり血液のようなものが吹き出るが怪物は物ともしていない。怪物は国木田の方へ向き腕を伸ばす。腕が国木田を捕まえる。
はずだった。
ゴトリ、長い片腕は地に落ちた。綺麗に切断されているそれは黒い霧となって消えていく。怪物は悲鳴こそ上げないものの苦しそうにうめき声をあげた。
「ぐぅっ!」
「『弐天伊邪那美』」
冷徹な声が響いた。血がまとわりついている双剣。
「虚、狙う相手が違うんじゃないか?」
そう言うと紗呂は怪物を虚と呼ぶと駆け出した。虚は片腕で己の体を支えている。動けない代わりに口から舌を伸ばす。真っ直ぐ繰り出されるそれに怯むことなく体を捻ることで躱すと、虚本体へ近づき一閃する。
双剣から繰り出される斬撃が虚の仮面を傷つけるが浅かったのかそれが割れることはない。
もう一度、振りかざす。ことは出来なかった。
息が詰まり、その後強制的に吐き出される。身体を圧迫するそれは虚の腕だ。二本の腕が紗呂の体をつかんでその体をつぶそうとしている。両手にあった双剣は衝撃で手放してしまった。
「ふはは、死ぬがいい!矮小な人間め!死ぬがいい!」
「…このっ!」
もがくが、力が緩むことはない。それどころかますます強くなるそれにどうにか対抗しようともがき続ける。その時、
「独歩吟客『閃光弾』!」
その声と共に、閃光が辺りを包む。虚はその眩しさに一瞬緩む。
今だ―、
その隙をついて両腕から抜け出した紗呂は足元にしゃがむ。
虚は逃げた獲物が再び剣を取ることを瞬時に悟ると二本の腕を伸ばす。今度こそ、逃がしはしないと。
一呼吸、それで十分だった。
「『獄焔火具土』」
ガチャリ。鉄の音だ。重厚なその音は先程国木田が虚に向けていた自動銃よりも大きい。それは虚の鼻先、否。仮面の先に突き付けられていた。
閉じられていた瞳が開眼される。闇より深いその黒が自身の終わりを悟らせる。あぁ、もっともっと、
銃声が響く。
仮面は砕け、その巨体を崩し倒れる。黒い霧が空に還る。終わった。まず国木田が理解したのはそれであった。
時代にそぐわない短剣が装着されている火縄銃を肩に担いでいる女。攻撃を受けたためか少し服が汚れ怪我も負っているが立ち姿はあの日見た夜と同じように凛としていた。
紗呂は国木田を見ようとする。
「ありがとう。助かった。」
閃光弾の名残か国木田がいない方向へ視線を向けてくる。
こっちだ。声をかける。
すると今度は声の聞こえる方へ視線をきっちり向けてくる。
「ありがとう。おかげで虚は退治できたし、村上は捕まえられた。もう事件が起きることはない。」
「いや、すべきことをしたまでだ。俺こそ足を引っ張った。すまなかった。」
「いや虚のことをまともに話さなかった私も悪い…ですよ?」
話しているうちに取って付けたような敬語で話し始める。気が抜ける。国木田は苦笑しながら、敬語はいらない。と答えた。
「今更だ。話安いのが一番だろう。」
「そっか。わかった。
…さてと、全く配慮して戦わなかったけど、村上はどこだ?」
視界がようやく戻ってきたのか、ゆっくり辺りを見回すと砂埃を被っているが怪我をせず気を失っている村上がいた。
悪運が強いな、この男は。はははと笑いながら言う紗呂。快活なその笑い方に彼女の父親を重ねる。げんなりしつつも、手伝えと言いながら手帳から縄を取り出し縛り上げる。
その後警備の人間の手当てや、軍系の連絡を入れ果てには大学へ侵入したことへの謝罪と事件の顛末の報告等々をこなし、気づいたら夜が明けておりその間に二人はまるで昔からの友人のように「紗呂」「独歩」と呼ぶようになっていた。
此処であっさりと名前の予備の関係になってますが、本人たちに他意はありません。作者にはバリバリあります。
虚について言いますと、腕が四本あったよ。ということでした。分かりにくかったらすみません。