課外活動のヴァイスリッター   作:阿修羅丸

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Double×Dears

【1】

 

 それは突然の事だった。

 昨年に女子校から共学校に切り替わった、私立駒王学園高等部。そこのまだ数も少ない男子生徒の一人、神代燿介が、女子に告白されたのだ。

 

「神代くん。好きです、付き合ってください!」

 

 しかも、二人同時に。

 前髪をヘアバンドでまとめて、額を出している片瀬。

 赤いリボンで髪をツインテールに結っている村山。

 二人は神代と同じ二年生でクラスも同じ。何をするにもいつも一緒。むろん部活でもだ。その仲睦まじさに、神代はいつも微笑ましい気持ちになっていた。

 しかし、まさかその二人から告白されるとは思ってもみなかった。

 放課後の屋上に人の気配はなく、自分たち三人以外には誰もいない。誰かがドッキリを仕掛けているという訳ではなさそうだ。

 だがそれでも、神代はこう答えた。

 

「ごめん、無理」

「そんな、どうして!?」

「神代くん、もう誰かと付き合ってるの!?」

「いや、そうじゃないけど……」

 

 と言ってから、後悔した。嘘でも既に彼女がいると答えておいた方が、話も早かっただろうに……。

 

「それじゃあ、どうして無理なの?」

「私たち、何かした?」

「そうじゃなくて……その、二人のどちらかを選んだら、選ばれなかった方はいい気分じゃないだろ。それで、そのせいでお前等の仲が悪くなって喧嘩にでもなったら、俺も気分悪いし……お前等が仲良くしてるとこ見るの、好きなんだ。だから、この話はなかった事に」

「出来る訳ないでしょ!」

「そんな簡単に諦めるくらいなら、最初から告白なんてしないわよ!」

 

 二人の言い分ももっともだ。しかし、

 

「だったら尚更だ。二人にそこまで好きになってもらえるのは嬉しいけど、それだけ好きなら尚の事、フラれた方はわだかまりが残るだろ……まぁ、二人いっぺんに付き合えるんならそれが一番いいけど、そんな事」

「待って神代くん。今、何て言ったの?」

 

 村山が言葉を遮って聞き返した。

 

「だから、お前等二人といっぺんに付き合えるならそれが一番いいって言ったんだよ。でもそんな事出来る訳ないだろ」

「それよ、それ!」

「うん、凄くいいと思う!」

 

 村山と片瀬は突然手を取り合ってはしゃぎ出した。神代は少しの間をおいて、ようやく理解した。

 二人に諦めさせるために口にした言葉を、彼女たちが受け入れてしまっているのだ。

 

「いやいやいやいや、待て待て待て待て! お前等わかってんのか! 俺に二股掛けろって言ってんだぞ!」

「わかってるわよ。でも私たちがそれでいいって言ってるんだから、問題ないでしょ?」

「神代くんだって、私たちに好きになってもらえて嬉しいって言ってたもんね~」

 

 片瀬が意地悪く笑った。

 

「私だって片瀬とはこれからもずっと友達でいたいし、でも神代くんの事も諦めきれないし……だったら、こうするしかないでしょ?」

「ね、お願い神代くん! 私たち二人と付き合って!」

「私も片瀬も、絶対に我が儘なんて言わないから! 神代くんの言う事は何でも聞くから!」

 

 二人の女子に詰め寄られて、神代は答えに詰まった。

 相手側が両方とも納得していたとしても、二股を掛けるのは気が引ける。

 だが、しかし……。

 村山も片瀬も、魅力的な女の子だ。この二人を侍らせる事が出来るというのは、男子高校生にとっては拒みがたい誘惑でもある。

 その誘惑に抗いきれず、神代は答えた。

 

「わかったよ。その代わり、本当に文句とか我が儘とか言うなよ? 本当に何でも言う事聞けよ? 俺が負担に思ったら、すぐに終わりにするからな。それでもいいなら、お前等二人とも、今から俺の彼女だ!」

 

 半ばやけっぱちの返答だったが、片瀬と村山はパァッと明るい表情になった。

 

「ありがとう神代くん!」

「神代くん、大好き!」

 

 まるで小さな子供のように、神代に抱きついてきた。

 村山の胸が密着し、片瀬の髪の香りが鼻孔をくすぐる。神代は二人の少女の腰に腕を回した。

 

【2】

 

 神代は夢を見ていた。

 それは遠い昔の夢。

 太古の恐竜に似た巨大な生き物が跋扈する大地。

 ドロドロした紫色の空。

 背中からコウモリの翼が生えた兵隊たち。

 それ等と戦う一匹のドラゴン。

 神代はそのドラゴンが自分だと認識していた。

 縄張りや食糧をめぐって様々な敵と戦った。

 翼を広げて紫色の空を縦横無尽に飛び回った。

 とても自由で、楽しく、そして――何故かとても懐かしい。そんな夢だ。

 二年前から見始めたこの夢が、神代の楽しみの一つだ。

 そして今は、夢から覚めた後も楽しみがあった。

 登校の支度をしていると、スマホのアラームが鳴った。メールが届いたのだ、それも二件。

 送り主は村山と片瀬。

 村山からのメールには、『今日の片瀬』というタイトルと共に、スカートをめくって水色の縞パンを見せる片瀬の写真が添付されていた。

 片瀬からのメールには、『今日の村山』というタイトルと共に、制服の前を開けて桃色のブラジャーに包まれた豊かな胸をさらけ出す村山の写真が添付されていた。

 どちらも、背景はどこかの公衆トイレのようだ。

 二人同時に告白され、二人同時に付き合うようになってから一ヶ月。少女たちは互いの恥ずかしい写真を毎朝送ってくれた。

 神代の言う事は()()()()()()()()()

 しばらくの間、送られたエロ画像に見入ってから、神代は家を出た。

 

 待ち合わせ場所の公園に行くと、村山と片瀬がいた。外灯の下のベンチに隣り合って座っていたが、神代の姿を見ると二人して駆け寄ってきた。

 

「おはよう、神代くん」

 

 そして二人同時に挨拶する。

 

「ああ、おはようさん」

 

 神代は二人の腰に腕を回して抱き寄せると、まずは村山と、次に片瀬と、唇を重ね合わせる。

 二人の唇と舌を味わうと、彼女たちに挟まれる形で、並んで歩き出した。

 学校に着くまでの間、何度か二人の尻を撫で回した。 早朝で人通りもないから出来る事だ。

 二人とも撫でられる度に尻をモジモジさせたが、嫌がってはいない。むしろ『もっとしてください』と言いたげな動きだった。

 

 学校に着くと、村山と片瀬は名残惜しそうに神代と別れる。これから剣道部の朝練なのだ。

 

「じゃあ行ってくるね、神代くん」

 

 片瀬が神代の右頬にキスをした。

 

「神代くん、また後でね」

 

 村山は左の頬に。

 

「怪我しない程度に頑張れよ」

 

 神代は冗談めかして言い、二人を見送った。

 

【3】

 

 放課後。

 神代は一人で一旦下校した。

 そして私服に着替えて、ゲームセンターで時間を潰してから学校へ向かう。到着する頃には夜の7時過ぎ。剣道部の練習も終わり、村山と片瀬が校門で待っているという訳だ。

 

「神代くん、いつも送ってくれてありがとう」

「でも神代くん、大変だったら無理しなくていいんだよ?」

 

 片瀬がお礼を言い、村山が気遣う。

 

「気にすんなよ。俺がお前等と一緒にいたいだけだ。それに、彼女を家まで送るのは彼氏の務めだからな」

 

 神代が朗らかに答えると、二人は頬を赤らめて眼を潤ませ、それぞれ神代の腕にギュッと強く抱きついた。

 

 そうやっていちゃつきながら、村山と片瀬の住む住宅街に続く川沿いの土手を歩いていると、突然濃霧が立ち込めて三人の視界を塞いだ。自然のものにしては、発生スピードも濃さも不自然だ。

 

 神代が身構えた時、まずは片瀬が、次に村山が、悲鳴を残して霧の中に引きずり込まれた。

 しかし神代は、慌てて後を追い霧の中に飛び込んだりはしなかった。

 少年の眼には、霧の向こうから近付く異形の影が見えていたのだ。

 

 身長三メートルはある大男だった。両腕は膝にまで届くほど長く、背中からは八本の触手が生えていた。

 その触手が村山と片瀬を捕らえて抱え上げていた。そして制服の下に潜り込んでモゾモゾと蠢いている。

 その度に二人の少女はビクンビクンと身を震わせ、唇からは何かをこらえるような声が断続的にこぼれた。

 

「よう、色男。可愛いネーチャン二人も連れ歩きやがって、独り占めはよくねぇぜー?」

 

 大男は下卑た笑いを浮かべながら、からかう。

 神代は震える声で言った。

 

「――そいつ等を離せ」

「ハイ、ワカリマシタ……とでも言ってほしかったか? 心配するなって。俺がお前の分まで可愛がってやるからよ。だから安心して――死ね」

 

 大男の背中の触手が一本、神代目掛けて真っ直ぐ伸びてきた。先端は矢じり状に尖っており、スピードもある。大男はその触手が神代の胸を貫く様を想像して、ニヤリと笑った。

 そして、その笑みはすぐに消えた。

 神代は心臓目掛けて伸びてきた触手を、たやすく掴み止めたのだ。

 

「遅いぜ」

 

 掴んだ触手を引きちぎり、土手の下の河原へ投げ捨てる。

 

「ちぃっ!」

 

 大男は村山と片瀬を拘束している二本を残した、残り五本の触手を神代目掛けて伸ばした。上下左右、多方向から同時に触手が迫る。

 矢じり状の先端が、服の上から神代の体に突き刺さった……が、

 

「な、に……!?」

 

 硬い。

 神代の肉体が硬くて、触手の先端が刺さらない。厚さ一メートルはありそうな分厚いゴムに突き刺したかのような感触が、触手越しに大男に伝わった。

 彼の驚いた理由がもう一つ。

 神代の全身から、炎のような光が立ち昇っているのだ。

 

「あと一回しか言わないから、よっく聞け……そいつ等を離せ。そして30秒以内に消えろ」

「くっ……調子に乗るなよ、クソ人間!」

 

 触手が神代の首と胴体、そして両腕に巻き付いた。そして凄まじい力で締め上げていく。

 

「ふへへ……このまま窒息死するか、それとも体がバラバラに引きちぎられるか……どっちにしろもう終わりだ!」

「お前がな」

 

 神代は、全くの余裕だった。

 彼の体を包む炎のような光が、突如鋭く硬質化して刃に変わり、触手の拘束を断ち切ったのだ。

 

「な、なにっ!?」

 

 大男が驚いた隙に、神代は地を蹴って駆け出し、その懐に飛び込んだ。

 

 ズドンッ!

 

 光を宿した右拳が、大男の腹筋に深々とめり込んだ。

 大男はガックリと膝をついてうずくまる。

 その隙に神代は、光をまとった手刀で残り二本の触手を切断して、村山と片瀬を助けた。二人を両脇に軽々と抱えて、少し離れた地面に優しく横たわらせる。

 

「おい」

 

 未だにうずくまってゲホゲホと咳き込む大男に、神代が声を掛けた。

 

「よくも人の彼女の体を気安くいじり回してくれたな……どっちも俺専用なのによ」

「ゆ、ゆる……」

「――す訳ねえだろ、このバカ!」

 

 恐怖に歪む大男の顔面に、神代の怒りの右ストレートが炸裂する。燃えるような光を宿した拳は、まさに火の玉のごとしだった。

 更に、ひっくり返った男の足首を掴む。

 

「二度と面見せんな、ブタ野郎!」

 

 そして野球ボールのように、三メートル近い巨体を片手で投げ飛ばす。情けない悲鳴を上げながら、男は夜空の彼方へと消えていった。

 

「お前等、大丈夫か?」

 

 神代は二人の彼女に駆け寄り、問い掛けた。だが二人とも気まずそうに眼をそらす。

 

「どうした?」

「だ、だって私たち……あの男に捕まって……」

「体をまさぐられて……感じちゃったの……」

「何だ、そんな事か」

 

 二人の告白を、神代はサラッと受け流した。

 

「あんなのノーカンだろ。それに、俺がお前等の体をそんな敏感にしちまったんだからしょーがねぇよ。気にすんな……まぁ、それでも悪いと思ってるんなら、今度の土日はうちに泊まれよ。な?」

 

 そう言って、歯を剥いて笑った。

 

「ごめんなさい、神代くん……!」

「助けてくれてありがとう、神代くん……!」

 

 村山と片瀬は同時に神代に抱きついた。

 神代は、二人の背中をポンポンと叩いてあやしてやった。

 

 ――そんな三人の様子を、複数の男女が空から見つめていた。駒王学園の制服を着て、背中からはコウモリの翼が生えている。神代が夢で見るのと同じ翼だった。

 

【4】

 

 翌日の放課後。

 部活に向かう彼女二人を見送った神代に、クラスメートの兵藤一誠が声を掛けてきた。

 

「なぁ、神代。ちょっと付き合ってくれねーか?」

「断る」

 

 一ミリ秒の間も置かず、神代は即答した。

 

「……いや、あのな、俺が言ってる付き合ってくれってのは変な意味じゃなくて、ちょっと一緒に来てほしいって意味で」

「わかってるよ。それでも断る。お前と友達だと思われて噂されたらどうすんだよ」

「そう言わずにお願いします、神代さん」

 

 会話に割り込んできたのは、転入してきたばかりのアーシア・アルジェントだった。

 

「うちの部長さんが、()()()()()大事なお話があるそうなんです」

 

 アーシアのその言葉に、神代の顔つきが険しくなった。

 

 案内されたのは、旧校舎だ。そこの理事長室のドアを開けると、そこには神代が一方的に知っている顔ぶれが並んでいた。

 学園の二大お姉様、リアス・グレモリーと姫島朱乃。

 イケメン王子の木場祐斗。

 一年生のマスコットガール塔城小猫。

 

「オカルト研究部へようこそ。さ、座ってちょうだい」

 

 ソファに座るリアスが、対面の席を手で指し示した。

 神代は無言で座る。

 リアスは人払いをさせた。

 二人きりになると、神代の方から質問した。

 

「昨日の事って何の事です?」

「あなたが触手の生えた大男を片手で投げ飛ばした事についてよ」

 

 言うや否や、リアスの背中からコウモリの翼が生えた。

 見覚えのあるその色、形に、神代は驚く。

 リアスは、自分たちオカルト研究部が悪魔である事、昨日の大男が悪魔の棲む世界『冥界』で罪を犯したはぐれ悪魔である事を話した。

 普通なら頭の具合を疑うところだが、これ以上ないくらい雄弁な証拠を見せられて、神代はその話を信じる事にした。

 

「私が聞きたいのは、あなたのあの力。あれは筋トレなんかで身に付くパワーではないわ。それに、触手を断ち切ったあの光は何?」

「……わかりません。二年くらい前から、自然と使えるようになりました。あの光が体から出てくると、力が強くなったり目や耳や鼻が鋭くなったりして……最近は、昨日みたいに光を硬くナイフみたいにしたり、逆にゴムみたいに伸び縮み出来るようにしたりとかも出来るようになりました」

「そう……二年前から、ね……」

「あの、何かご存じなんですか?」

「ええ……実は冥界の予言者が、ある未来を予言したの。千力龍王の魂を継ぐ者が人間界に現れるって」

「せんりきりゅーおー?」

「冥界で大暴れしていたドラゴンよ。ドラゴン千匹分の力があるからという意味で、そう名付けられたの。17年前、魔王である私の兄が討伐したのだけれど、今も言ったようにその魂を継ぐ者が人間界に現れるって予言されて、冥界は警戒していたのよ」

 

 そこまで言うと、リアスは身を乗り出した。

 

「実はうちのイッセーには、赤龍帝というとても強力なドラゴンの力が宿ってるの。そのあの子が言っていたのよ、昨日のあなたのあの光からは、ドラゴンの気配がしたって」

「……だから、俺がその千力龍王なんじゃないかって?」

「魂を継ぐ者というのがどういう意味かよくわからなかったのだけれど、生まれ変わりだと考えれば、辻褄は合うのよね」

「……あの、何か書く物ありますか?」

 

 言われてリアスは、奥のデスクから紙とボールペンを取り出して渡した。

 神代はボールペンを手にして、紙に何かの絵を描き出す……何度も夢で見るドラゴンの絵を。

 

「先輩の言う千力龍王ってひょっとして……」

「ひょっとしなくても、これが千力龍王よ」

 

 リアスが胸ポケットから出した写真には、絵と瓜二つのドラゴンが写っていた。

 

「――どうやら決まりみたいね。神代くんだったわね、あなたこそ千力龍王の生まれ変わり。あなたが操るのは、ドラゴンの(オーラ)なのだと思うわ」

 

 リアスは神代の手をギュッと握った。

 

「ねぇ神代くん。あなたのその力を、この町を守るために、私たちに貸してくれないかしら?」

「オカルト研究部に入れって事ですか?」

「あなたが仲間になってくれたら百人力、いいえ、文字通りの千人力だもの。はぐれ悪魔の討伐を手伝ってくれるだけでいいの。もちろんお礼はするわ?」

「ウ~ン……」

 

 神代は考えた。

 彼自身、自分の力をもっと使いこなせるようになりたいと思っていた。ドラゴンに関する情報や知識が得られれば、その助けになるだろう。

 それに、昨日のような奴等が自分のいない時に、可愛い二人の彼女を襲うかも知れない。それだけは絶対に防ぎたかった。

 

「――わかりました。お世話になります」

 

 決意のこもった声で答えると、リアスはパッと笑った。

 

「嬉しい! ありがとう神代くん。これからよろしくね!」

 

 そして神代にギュッと抱きつくのだった。


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