【Part.1:勧誘】
日曜日。
秋月連也は買い物ついでに立ち寄った、行きつけのラーメン屋で、昼食を取っていた。
「お待ち」
カウンターの向こうから、料理長兼店長が餃子が三つ入った小皿を置く。
味噌ラーメンをすすっていた連也の手が止まった。
「頼んでないよ?」
「あっちのお客さんからの奢りだよ」
と店長が指し示したカウンターの端っこに、曹操がいた。朗らかな笑みを浮かべ、当たり前のように連也の隣に座り直す。
「奇遇だな、秋月連也くん」
「嘘つけ」
連也は吐き出すように言った。どうせ自分の行動パターンを調べあげ、ここで待ち伏せしていたに違いないと思った。
「バレたか」
曹操は悪びれる様子もなく、肩をすくめる。
「君に大事な話があってね、ちょっと聞いてもらいたいんだ。まぁ、まずは食べてくれ」
「……いいけど、聞くだけだからな」
連也はそう言って、小皿に盛られた餃子を一つ頬張った。
わざと時間を掛けて食事を終えると、勘定を済ませて店を出る。
曹操は従者のように、黙々と付き従った。
連也は曹操などいないかのような足取りで、帰宅する。
「叔父さんたち夜まで帰ってこないから、ここならゆっくり話も出来る」
連也はそう言って、曹操を招き入れた。
二階の自室に案内し、コーヒーも出してやる。
そして二人は、そのコーヒーカップの乗ったお盆を挟むようにして向かい合い、床の座布団の上に座った。
「で、何だよ話って」
連也の態度は刺々しい。
彼はテロ対策チーム『D×D』のメンバーではなく、臨時の助っ人として何度か手を貸してやっただけに過ぎない。それも、あくまでも同じ駒王学園の生徒同士のよしみで、リアス・グレモリー率いるオカルト研究部に協力しただけなのだ。
そんな連也から見れば、たとえ何度か同じ陣営で戦った者同士とはいえ、曹操は胡散臭い男でしかなかった。この男が仲間と共に京都や冥界で引き起こしたテロ騒ぎは記憶に新しい。
「今、アザゼル杯という国際的なレーティングゲーム大会が行われているのは知っているかい?」
「いやだ、断る、絶対にNO、断固NG」
連也は曹操の問い掛けに、答えになってない答えを返した。
「最後まで聞いてくれないか」
「聞かなくたってわかるよ。どうせその大会に、アンタのチームとして出てほしいって言いたいんだろ」
「おや、ご明察」
「言っとくけどさっきの餃子は話を聞く代金だ。要求に答える・答えないは俺の自由だからな?」
「つれないな、もう少し考えてもらえないか?」
「考えたって同じだよ。平和になってようやくのんびり出来るようになったってのに、なんでそんな馬鹿騒ぎに付き合わなくちゃならないんだよ」
「優勝チームは、どんな願い事も叶えてもらえるという話だがね」
「そんなの信用出来るか。そもそも、誰かに叶えてもらいたい願いなんてないしね」
「そうかな? 君はヴァスコ・ストラーダに興味があるはずだが?」
「……あの人がどうしたんだよ」
連也がここで、初めて興味を示した。
「俺たちのチームの次の対戦相手であるリアス・グレモリーのチームに、彼が参入した。そこで、ヴァスコ・ストラーダ対策として、俺は君が欲しい」
「無茶言うなよ、俺なんかが勝てる訳ないだろ?」
「俺はそうは思わない。それどころか、彼と唯一対等に渡り合える人間がいるとしたら、それは君以外にないと思っている」
「おい、おだてても木には登らないぞ」
「おだててなんかいないさ。君の念道は単純なパワーやスピードを超越した技術だ。彼の規格外の強さに対抗出来るのは、君の念道だけだ。それにさっきも言ったが、君だって彼には興味があるだろう? 一度は稽古をつけてもらいたいと思っていただろう? このアザゼル杯なら、何の遠慮も後腐れもなしに、全力で戦える。逆にこのアザゼル杯以外の場で、君が彼と手合わせ出来る機会なんて、どこにもないぞ?」
「…………」
連也は黙り込んだ。
胡座を組んだ膝の上に手を置き、目を閉じて黙考する。
曹操もまた、それ以上何も言わず、泰然と彼の答えを待っていた。
【Part.2:顔合わせ】
ヴァチカンにある、教会が運営する戦士育成機関の宿舎。
秋月連也は曹操に伴われて、そこの食堂を訪れていた。曹操が所属する『天帝の槍』チームのミーティング場所だからだ。
時差ボケのせいか、連也は何度もあくびをして、まぶたも重そうだった。
曹操が、集結したチームメイトに連也を紹介する。と言っても、大半が曹操と同じ
「次の一戦限りだがうちのチームに参加してもらう事になった、秋月連也くんだ。対ヴァスコ・ストラーダの切り札としてね」
「待てやコラ」
と抗議したのは、ヘラクレスだった。
「俺じゃ不満だってのか?」
チーム一のパワーファイターを自負する彼は、ストラーダの相手は自分がやるものだと思っていた。はっきりそう言われた訳ではないが、他に相手を出来そうな者がいるとは思ってなかった。なのにこれだ。文句を言わねば収まらない。
「お前やジークは気に入ってたみたいだがな、こいつはしょせん
「心配なら、自分で試してみるといい」
「……いいぜ」
ヘラクレスが、歯を剥いて笑った。
曹操を押し退けて、連也と向かい合う。
「眠たそうだな、坊や」
「ごめん、実際眠い」
「じゃあ、目を覚まさせてやるよ!」
言うなり、ヘラクレスの岩を削って造ったような拳が、連也の顔面目掛けて繰り出され──寸前で止まった。パンチの風圧で、連也の前髪が一瞬フワッと浮いた。
曹操を除く全員が、息を呑み、言葉を失う。
ヘラクレスのパンチには充分な殺意がこもっていた。寸止めするつもりなど微塵もないパンチだった。
なのに、それが当たらなかった。
連也がパンチの射程距離の一歩外に下がったからだというのはわかったが、その一歩下がる動きが、彼等にもまったくわからなかったのだ。
「ぬぅっ!」
ヘラクレスが唸り、更にもう一発ストレートパンチを放つ。
連也、これを右手のひらで受け止めた。
パンチの衝撃を、右手を通して体内に誘導し、一周させて、再び右手から放出する。ヘラクレスの拳が薄皮一枚分も離れていない、刹那の早業である。
己れのパンチの衝撃をそのまま返されたヘラクレスは真後ろにある食堂の壁際にまで吹っ飛んだ。
「どうだいヘラクレス。彼では不満かな?」
曹操がそばに歩み寄り、尋ねる。
「……いや、文句はねえ。こいつでいい」
ヘラクレスは静かに答えた。
何が起きて自分が吹っ飛ばされたのかはわからないが、筋力の強弱では説明出来ない現象なのはわかった。
何より、連也の佇まいに、納得せざるを得なかった。
片手で自分を吹っ飛ばした日本人の少年は、依然眠たそうな顔のままだった。一切気負う事なく、自然体のまま今のような技(?)を振るったのだ。
(ひょっとしたら、ひょっとするのか……?)
あの力の権化たるヴァスコ・ストラーダも、同じようにあしらえるかも知れない……そんな期待めいた気持ちが、湧き始めていた。
【Part.3:チームメンバー】
◯『リアス・グレモリー』チーム・大会登録メンバー
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◯『天帝の槍』チーム・大会登録メンバー
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◯試合形式──ボード・コラップス(ゲームフィールドが時間経過と共に外周部分から徐々に崩れていき、最終的に中央部分のみとなる)
【Part.4:試合開始】
ゲームフィールドは、冥界のとある都市の一角を再現した疑似空間だった。
試合開始直後から、フィールドの崩壊はゆっくりとではあるが始まっている。三十分後には、フィールド面積は半分ほどになっているだろう。
フィールドが狭くなれば、その分隠れ場所や逃げ場所がなくなる。味方の流れ弾も当たりやすい。広さを保っているうちに、いかにして優勢に立つかが重要になってくる。
片側三車線ずつの幹線道路上に、木場祐斗とヴァスコ・ストラーダはいた。
斥候も兼ねた一番槍を任されたのだ。相手チームの誰が来ようと対応出来るであろうというリアスの判断だった。
二人は、同じ人物の事を考えていた。今回の試合に突如参戦した秋月連也の事である。
祐斗が連也と知り合ったのは二年前、高等部一年生になって間もない頃だ。
駒王町内に逃げ込んだはぐれ悪魔を追跡していた満月の夜の事であった。
深夜のジョギング中と思わしき、駒王学園高等部のジャージを着た少年が、逃走中のはぐれ悪魔と鉢合わせてしまったのである。
そして祐斗は──オカルト研究部は、信じられない光景を目にした。
さっきまで手ぶらだった少年が、どこからともなく木刀を取り出し、はぐれ悪魔の身体を幹竹割りに一刀両断したのである。斬割されたはぐれ悪魔は黒い塵となって消滅した。
その夜の出会いが切っ掛けで、リアスはその少年『秋月連也』を、オカルト研究部の助っ人として雇う事にしたのだ。
厄介事に巻き込まれたくなかった連也は入部も眷属入りも頑なに拒んだので、リアスは時に金品や食べ物で釣り、時に女の涙に物を言わせて彼の協力を得る必要があった。
それでも連也がオカルト研究部に手を貸したのは、数えるほどしかない。
そのわずかな共闘でも、連也の振るう念道の技が凄まじい力を秘めているのは、充分に理解出来た。
今までは練習相手としてしか手合わせした事がなかったが、今回は敵同士として存分に戦える。
そう思うと、柄にもなく胸の奥で熱いものが込み上げて来た。
ヴァスコ・ストラーダにとっても、秋月連也は興味深い存在である。
「なんで俺が天界の尻拭いしなくちゃいけないんだよ。お前らいっぺんボコボコにされて、世の中の厳しさ教えてもらえ」
今年の始めに起きたエクソシストのクーデター時、連也はチームD×Dにそう言ってボイコットしたので、ストラーダが彼と出会ったのはトライヘキサとの戦いの際に一度、共に肩を並べて邪龍の群れに挑んだ時だけだった。
しかし、少年の振るう木刀から放たれる白い光輝の清らかさに感心した。
邪龍の巨体に怯む事なく立ち向かい、木刀で斬り伏せ、消滅させていく姿には、敬虔な信仰心すら感じた。神仏ではなく、彼自身が振るう技に対する信仰を。
一度手合わせしてみたいと思っていたが、連也はアザゼル杯には全く興味がないらしく、叶わぬ夢かと思っていた矢先の電撃参戦である。年甲斐もなく、喜びで心が躍った。
二人の視界に、黒い影が見えた。
それは『天帝の槍』チームのペルセウスだ。翼の生えたサンダル『タラリア』を履き、文字通りに空を駆けて接近していた。
その背におぶさっているのは、連也だった。ジャージを着ている。念道には特に道着はないので、彼はたいていこの格好で戦いに臨む。動きやすいからとの事だ。
相変わらずだな、と祐斗は試合中でありながら、微笑ましい気持ちになった。
彼が初めて見るデザインなので、新しく買ったのだろう。
「むしろ、なんでお前ら制服なんだよ。動きにくくないのか? って言うか俺が場違い感半端なくて落ち着かないんだけど」
と、一度だけ祐斗に愚痴をこぼした事がある。
もっとも、愚痴はその一度きりであり、ゼノヴィアが加入してからは、彼女を気遣ってか何も言わなくなった。
その連也を運んでいたペルセウスが、高度を下げる。
地上二メートルほどの高さまで降りると、連也は彼の背から飛び下りた。
「んじゃ任せたぜ、助っ人さん」
ペルセウスはそう言って再び上昇し、飛び去っていく。
「イザイヤ・木場祐斗よ。この少年は私が受け持つ。君は彼を追いたまえ」
「わかりました。猊下、ご存分に」
自分が連也の相手をしたかったが、ペルセウスとの空中戦なら空を飛べる自分の方が適任だろう。
祐斗はそう考え、背中から悪魔の翼を広げて、ペルセウスを追った。
残ったのは、連也とストラーダの二人きりである。
「元気そうで何よりだ、木刀ボーイ」
「そちらこそ、お元気そうで」
「君はこの大会には興味がないと思っていたのだがね」
「はい、ないです」
連也はきっぱりと答える。
「ふむ。なのにこの試合に、敵チームとして参加した……私が目当てと、自惚れて良いのかな?」
「
「はっはっはっ、素直でよろしい。若い者はそうでなくてはな。では、始めようか」
ストラーダが前方に手をかざす。
足下の地面から光が湧き起こり、その中から青い刀身を備えた剣が現れた。
デュランダルⅡ。
教会所属の錬金術師が、ストラーダのために製作した新たな聖剣。
ストラーダはその自分のための聖剣を手にした。
「お手柔らかに」
連也は呑気な口調で答え、右手を開いた。
手のひらから白光が生まれ、その光の中から柄巻きを施した木刀が現れる。
亡き父を始め代々の念道家の念を宿した、魂の木刀『飛龍』。
連也は『飛龍』を、ゆっくりと正眼に構えた。
【Part.5:観戦者たち】
広い部屋には複数のテーブルとソファが設けられてあり、四面の壁にはモニターが設置されてある。
冥界のアガレス領にある空中都市アガレアスは、レーティングゲーム国際大会『アザゼル杯』の会場の一つだ。
都市内部のアグレアス・ドームにある、VIP専用の観戦室がここである。
今日は兵藤一誠眷属とソーナ・シトリー眷属、ヴァーリ・ルシファー率いる『明星の白龍皇』チームの面々(フェンリルとゴグマゴグは除く)が利用していた。
一同が今回の試合の組み合わせを見て驚いたのは、『天帝の槍』チームの
正確には関帝聖君──三国志の時代に活躍した関羽雲長その人であった。生まれ変わりでも子孫でもない。関羽雲長本人なのである。
かつて
次に驚いたのが、秋月連也の参戦だった。
リアス・グレモリーの勧誘にも全くなびかなかった少年が突如として、しかもかつての敵と同じチームで参加するのだから、無理もなかった。
「秋月連也は強いのか?」
コーヒーをすすっていたヴァーリが、一誠に尋ねた。
去年の夏に行われた駒王会談の席にも、その直前に起きた聖剣事件の関係者という事で参加していた連也だったが、当時のヴァーリは一誠の方に意識が行っていた。
その後も共闘した事はあるが、陣営が同じというだけで、その実力を目にする機会はなく、会えばいつものんびりした佇まいで、とても実力者とは思えなかった。この前公園で見掛けた時など、コンビニで買った唐揚げをカラスに取られて、大声でカラスの悪口を怒鳴り散らしていたくらいだ。
「ん、ああ……まぁ、結構強い……はずなんだけどな」
一誠の返答は今一煮え切らない。
「『はず』って何だ。仲間なんじゃないのか」
「強いわよ、秋月くん……でもねぇ~……」
「剣技に関しては間違いなく私たちよりも上だ……上なんだがなぁ……」
イリナとゼノヴィアがヴァーリの疑問に答えるが、やはりこれも煮え切らない。
「何だ、いったいどうした」
「あの子、全っっ然強そうに見えないのよね……」
「強者なら誰もが持つオーラというか、風格というか……秋月からはそういうものが全く感じられないんだ」
「なるほど」
ヴァーリは納得した。
チームメイトのアーサーは紳士然とした美丈夫だが、穏やかな表情の裏には抜き身の刃のような冷たさと鋭さを孕んでいる。
美猴は今、別の席で黒歌と茶菓子を取り合ってるが、ああ見えておどけた態度の裏に野獣のような獰猛さを感じさせる。
たぶん本人には自覚はないだろうが、兵藤一誠にしても、初めてあった時に比べてかなり落ち着いた貫禄のようなものが感じ取れた。
ゼノヴィアが言った通り、強者には何かしら強さの片鱗をうかがわせる何かがある。
しかし秋月連也には、それがないのだ。
「あらら、ストラーダ猊下と一対一よ! 大丈夫かしら、秋月くん」
「さすがの秋月も、猊下が相手では分が悪いだろうな……まぁ、猊下なら殺したりはしないだろう」
「あっ、木場さんが向こうの
アーシアの声に、イリナとゼノヴィア、一誠は別のモニターに視線を移した。
他の者も、祐斗とペルセウスの空中戦を中継するモニターを見る。
連也とストラーダを映すモニターに、ヴァーリだけが見入っていた。
【Part.6:激突】
連也とストラーダは、同じ正眼に構えていた。
しかしそれも束の間、ストラーダはゆっくりと八双にデュランダルⅡを掲げる。
対して連也は、木刀を下段に落とした。
かと思うと、前に出る。身体の軸、正中線を全くぶれさせる事なく、滑るように間合いを詰めてきた。木刀は下段のままで、まるで「どうぞ打ってください」と頭を差し出しているかのようだ。
誘いだとはわかるが、このまま接近を許せばどの道打たれる。
そうなる前に、そして連也のカウンターが届く前に打つ。
ストラーダはデュランダルⅡを連也の頭上に振り下ろした。
連也、横に体を開いて紙一重でかわしつつ、ストラーダの小手を狙って斬り上げる。
しかしそこにストラーダの腕は既にない。老戦士は凄まじい速さで再度デュランダルⅡを振り上げていた。
連也の斬り上げが空を切る。
「むんっ!」
ストラーダはデュランダルⅡで、がら空きになった連也の脇腹目掛けて斬りつけた。
連也、地を蹴って跳躍。宙に浮いた状態でデュランダルⅡの刃を、脇腹に受けた。
聖剣がジャージもろとも、少年の肉体に食い込んだ──かと思うや否や、そこを支点に連也の体がクルリと一回転して、斬撃をやり過ごした。
半ば空を切った形となったストラーダの体勢が崩れる。
連也はすかさず突きを繰り出すが、ストラーダは咄嗟にそれを片手で掴み止め、木刀もろとも連也を投げ飛ばす。
連也は猫のように空中で回転してバランスを取り、難なく着地した。
しかしその着地の瞬間に合わせて、ストラーダはデュランダルⅡを横一文字に振り抜く。
聖剣から放たれた光が長さ十メートルにも及ぶ長大な刃となって、連也を襲った。
連也はどうしたか──。
左右への回避は間に合わず、上に跳ぶにせよ下に伏せるにせよ、着地した直後ではすぐには身動きが取れない。
少年は、木刀で正面の虚空を斬り下ろした。
直後、ストラーダの放った光刃が真っ二つに裂け、連也の左右を通過して背後の建物を切断した。
念を宿した木刀で空間の裂け目を造り、その空間断層で以て光刃を切り裂いたのだ。
「
ストラーダの声がすぐ近くでした。
彼は既に間合いを詰めていた。
巨大な拳が、光を宿して放たれる。『聖剣』ならぬ『聖拳』。
ストラーダのもう一つの武器。
それを連也は、木刀で受けた。
凄まじい衝撃が、木刀を通して肉体に浸透する。それを、体内を一周させて木刀から放出した。
「ぬおっ!?」
ストラーダが、間の抜けた声を上げながら吹っ飛んだ。
己れの聖拳の威力が、そのまま返ってきたのだ。無理もなかった。
老戦士もまた、巨体を回転させて、豹のようにしなやかに着地した。
「
そして、満足げにつぶやいた。
「若い者はとかく、攻撃面のみを重視しがちだ。むろん攻撃も大事だが、防御をおろそかにしては、ほんのわずかなつまずきで破滅を招く事もある。その点、君は違うようだな、木刀ボーイ」
「ども、あざっす」
「君は、これを使うに足る相手のようだ。遠慮なく使わせてもらおう」
ストラーダは懐から、ガラスの小瓶を取り出した。中身は、ぼんやりと白い光を放つ液体である。
「これを以て、私は全盛期の
指先でコルク栓を弾き飛ばすように抜き、一気に中身を
それは、ヴァレリーの聖杯から湧き出す聖なる水に、ギャスパーが持つバロールの力と、小猫の仙術による闘気を注ぎ込み、三日間掛けて調合した秘薬だった。
リアス・グレモリーチームでなければ造る事も出来ない神秘の液体が、ヴァスコ・ストラーダの肉体に染み渡る。
連也の目の前で、老戦士は巨体のいたる所から煙を噴き上げ、ついには自ら噴き出した白煙に呑み込まれた。
やがて煙はすぐに止み、空に立ち上って消えた。
後には、ストラーダが悠然と仁王立ちしている。
しかし、八十歳を越えるはずのその顔からは、シワの数が目に見えて減っていた。五十代ほどの年齢にまで、若返っている。
「お待たせした。これが私の全盛期だ」
「全盛期って……」
「ふふ、君から見れば確かに、まだまだ年寄りなのだろうな」
ストラーダは朗らかに笑う。
「しかし、私の全盛期は十代や二十代などではない。精神というものは、肉体の状況にも影響を受ける。肉体年齢をそこまで戻してしまうと、今度はあの頃の若気や稚気までもが戻ってしまう。これまでの人生で積み重ねてきた心の鍛練に、
ストラーダが途中で問い掛けた。
連也がいきなりその場に座り込んだので、ちょっと心配になったのだ。
「アホくさ」
「うん?」
「正直引いた」
「は?」
「こんなにガッカリしたのって、マジで生まれて初めてだよ……」
「本当にどうしたのだね、木刀ボーイ」
「あんたほどの人でも、歳を取ると
はぁぁあああ……と、連也は大きな溜め息をついた。
そして、スッと立ち上がった。
「もういいや。さっさと終わらせちまおう」
「何だかよくわからぬが、それだけは同感だ木刀ボーイ。この力をぶつけたい相手は他にもいるので、な!」
最後の「な!」に合わせて、ストラーダはデュランダルⅡを振り下ろした。
連也が既に間合いを詰めていたのだ。
聖剣と木刀がぶつかり合い、轟音を響かせ、衝撃波を四方八方に撒き散らした。
そこからの太刀打ちは、もはや一つの嵐だった。
互いに相手の隙を狙って打ち込み、相手の攻撃を受け止め、打ち払い、受け流し、そしてまた髪一筋ほどの隙を狙って打ち込んでいく。
両者の得物は清らかな白光を放ちながら、互いに相手の喉笛を狙って噛み合う二匹の野獣のように、激しくぶつかり合った。
そしてぶつかり合う度に光輝が爆発し、衝撃波が発生した。
ストラーダは喜んでいた。
以前アーサー・ペンドラゴンと戦った時は体力が続かず、途中で終わってしまった。
だが今はどうだろう。疲れは微塵も感じられない。まだまだいける。まだまだ打ち続けられる。
そしてその太刀打ちに、この少年もまだまだ付き合ってくれそうで、それもまた嬉しかった。
「むんっ!」
渾身の打ち下ろし。
連也、体を開いてかわす。
空を切ったデュランダルⅡはそのまま地面に食い込み、斬撃の衝撃は道路に深々と亀裂を造り上げた。しかもその亀裂は、一瞬にしてフィールドの端にまで到達する。
「むおっ!」
ストラーダは地面に食い込んだままのデュランダルⅡをひねり、振り上げた。
連也の足下の地面がくりぬかれてデュランダルⅡもろとも持ち上げられる。
しかし少年はそこから跳躍し、ストラーダの真上を取っていた。
「エヤァッ!」
全体重と重力加速度も加えた、電光石火の一刀が、振り下ろされる。
ストラーダ、これをデュランダルⅡで横殴りに打ち払い、連也を吹き飛ばす。
吹き飛ばされた連也はミサイルのように一直線に宙を飛び、その先にあるマンションに激突する寸前に身体を回転させ、壁に着地した。
ストラーダはその時、既に彼の懐に飛び込んでおり、デュランダルⅡを真横に振り抜く。
壁を蹴ってかわす連也。
しかし空を切った斬撃は、マンションを真っ二つに切断してしまう──二十階建てのタワーマンションを!
タワーマンションが二人の上に倒れてくる。
ストラーダは咄嗟にジャンプして離脱した。
だが連也は動かない。
そのままタワーマンションが、彼を押し潰すように倒れ込んだ。
「……?」
ストラーダは眉根を寄せた。
地上二十階建てが倒れたにしては、音が小さすぎる。
──おお、何と!
少年は天に向けて掲げた木刀一本で、斬り倒されたタワーマンションを受け止め、支えているではないか!
そして、素振りか何かのように木刀を振り下ろすと、マンションが巨大なミサイルとなって、ストラーダ目掛けて飛んでいく。
「
ストラーダはつぶやき、デュランダルⅡを振り下ろした。
火柱めいてほとばしる聖なる光輝が刃を形成し、マンションを幹竹割りにした。
斬撃の衝撃でマンションは左右に弾けるように吹っ飛び、今度こそ地面と激突する。
轟音が轟き、巻き起こった土煙が辺り一帯を包み込んだ。
その土煙があちらこちらで膨らみ、弾けた。
連也とストラーダが視界の利かないこの状況下においても、剣士として鍛えてきた直感や本能で相手の気配を察知し、死角に回り合いながら斬り結んでいるのだ。そして二人の得物のぶつかり合いで巻き起こる剣風が、煙を散らしているのだった。
嵐のような剣戟が、更に二十合ほども続いた時、両剣士の巻き起こす太刀風で土煙はほとんど払い除けられていた。
同時に、爆発音にも似た異質な剣戟の音も止んだ。
戦いを見守る観衆が次に見たのは、互いに同じ形に剣を構えて向かい合う、二人の剣士の姿だった。
剣を肩に担ぐようにして、構えている。得物の重さで腕が疲れないようにするためだった。
あと一歩踏み出せば攻撃が相手に届く、一足一刀の間境に、二人は立っている。
親子以上の年齢差の二人の剣士が、相手の打ち込みを待ってカウンターを狙うという、全く同じ戦法に出たのである。
だが、この試合はボード・コラップス。時間経過と共にフィールドが端から崩壊していく。二人が斬り結んでいる間も、当たり前だが崩壊は進んでいるのだ。
そしてその崩壊が、二人のいる幹線道路にも及び始めていた。
既に道路の一方、都市の外へと向かう方角は、先が見えなくなっている。
そして潮が満ちるようにジワジワと、二人のいる地点へと崩壊は押し寄せていた。
だが両者共に、微動だにしなかった。
わずかでも隙を見せればやられてしまうのがわかっているからだ。生存や勝利への執着を捨て去り、無念無想とならねば、自ずとその致命的な隙が生まれてしまう。
二人の剣士は相手の動きに、全神経を集中させた。
歓声が消えた。
試合の状況を伝える実況の声も消えた。
フィールド内に響く、チームメイトたちの戦いが巻き起こす音も消えた。
互いに打ちへの動作に耐え、隙をうかがい合う内に、その凄まじい集中力が外部からの音を遮断したのだ。
連也の木刀の先が、ほんのわずかだが、ストラーダから見て左に開いた。
ストラーダ、咄嗟に渾身の打ち込み!
デュランダルⅡが閃光となって連也を襲う!
聖剣の刃が少年の身体を──
連也は残像が残るほどの最短・最速・最小限の動きでこれをかわしたのだ。
同時に、ストラーダの小手を木刀『飛龍』が稲妻のように打つ。
熱を孕んだ木製の刀身が自分の小手を透過するのを、ストラーダは感じた。
すかさずデュランダルⅡを横薙ぎに振り抜いた──
だが聖剣は手中から滑り落ちて地面に落ちており、己れの両手が
その手を掻い潜って更に一歩踏み込んだ連也の抜き胴が、ストラーダの分厚い胴体を透過した瞬間、老人は全身に熱い波動が広がるのを感じながら、地に崩れ落ちた。
「
そんなつぶやきを残して。
連也は、倒れ伏す老人を憐憫の眼差しで見下ろしていた。
《『リアス・グレモリー』チームの
そんなアナウンスと共に、老人の巨体が光に包まれて消えた。
崩壊が残った連也の足下まで押し寄せてくる。
連也は何を思ったか、その崩壊の外へと自ら足を踏み出した。
《『天帝の槍』チームの
後には、そんなアナウンスが響いた。
【Part.7:エピローグ】
試合は『天帝の槍』チームの敗北で終わった。
終盤戦になって、リアスがギャスパーと合体。彼の時間停止の能力で狭い残存フィールド内にいた曹操たちの動きを一斉に止めて一網打尽にしたのである。
だが観衆は、『天界の暴挙』とまで呼ばれ恐れられたヴァスコ・ストラーダを倒した、無名の少年に興味を持った。
しかし『天帝の槍』チームは少年を『この試合限りの助っ人』としか説明せず、インタビューにも一切応じなかった。
──『謎の超新星・秋月連也』
そう呼ばれて注目されたのも束の間、幸か不幸かその後も様々なチームが巻き起こす白熱のバトルが、世間の関心を引き付け、いつの間にか連也の事は忘れ去られた。
当の秋月連也は、そんな世の中の動きなど全く気にも留めなかった。
その日は日曜日で、連也は川の上流で一人、魚釣りに興じていた。
川面に浮かぶ浮きをじっと眺めていたが、不意に後ろを振り向く。
直後、茂みがガサガサと揺れて、巨大な影がヌッと現れた。
ヴァスコ・ストラーダだった。
「やあ、木刀ボーイ」
「何か用ですか」
連也は川の方に視線を戻し、素っ気なく尋ねる。
「なに、若き剣士と語らいがしたくてな」
「こっちは話す事なんてないです」
「そうつれない事を言わんでくれ」
ストラーダは苦笑いして、連也の横に立った。
「先日の試合でわからぬ事があってな、君に答えを聞きたいのだよ」
「何です?」
「あの時、私が若返りの法を使った直後の君の態度だ。あのあからさまに失望したような態度……何かの作戦だったのかね?」
「したような、じゃなくて、本当に失望したんですよ。若返りなんて最低な方法を取ったあんたに」
「若返りが、最低?」
「誰だって歳を取る。歳を取れば衰えて弱くなる。哀しいけど、誰にでも平等に起こる事で、仕方のない事で、そして当たり前の事なんです。俺は、あんたがその当たり前の事とどう向き合っているのか、その心の在り方を知りたかった。それはきっと俺の念道にも活かせると思ってた……なのにあんたは、若返るなんていう最低な答えを見せてくれた。自分の老いから目を背けて、逃げた。だから失望したんです」
「……そうか」
ストラーダはおもむろに、その場にしゃがみこんだ。
「全盛期の力を取り戻したつもりだったのだがな……」
「馬鹿言っちゃいけない。あんなの全盛期でも何でもない」
「どういう意味だね?」
「若返りを選んだって事は、あんた自身衰えを自覚してたって事でしょ?」
「……うむ」
「一度衰えを自覚した人間が、その体の衰えがなくなって、いったいどこまで冷静でいられるんです? あんた自身が言った事でしょ、精神は肉体の状況に影響を受けるって。何歳に若返ろうが関係ない。肉体を若返らせた時点で、あんたの心はその若返った肉体に影響されて、落ち着きをなくしてたんですよ。あの時のあんたは全盛期でも何でもない。若返った肉体に浮かれてはしゃいでただけの、ただの馬鹿だ」
ストラーダには、返す言葉もなかった。
実際、五十代の肉体が持つ体力に喜んでいたのだ。
「なるほど。だからあの流れに持っていったのだな」
最後の、相手の隙を探り合う我慢比べの事である。
「あれは、期せずして起きた状況ではない。君は、明確な勝算を持って挑んだのだ。そして、私なら必ず乗ると確信して、誘いを掛けた」
「ええ」
連也は突き放すように短く、肯定した。
「見透かされていたのだな」
ストラーダはそう漏らして、息をついた。
あの我慢比べの時、わずかながら焦りがあった。
あのままフィールドアウトで共倒れなどしたくなかったし、大会を勝ち進み、今度こそアーサー・ペンドラゴンと雌雄を決したかった。
その執着ゆえに、連也の見せた隙にまんまと引っ掛かったのだ。
「木刀ボーイよ」
「なんです」
「もしあの試合で、私が若返らずに戦っていたなら……」
「俺は負けていたと思います。でも俺は、そうなる事を望んでいました」
「すまなかったな」
ストラーダは、スッと立ち上がった。まるで熊が後ろ足で立ち上がったかのようだ。
「バチが当たったか」
ポツリとつぶやく。
幼少の頃から神に祈りを捧げ、鍛えてきた。日に何時間も。一日も欠かす事なく。
一切の曇りなく奇跡を信じる精神力と、揺るぎない向上心のもと鍛え続けてきた肉体。
それこそが自分の力であった。
その力を生み出したのは、絶対的な信仰心であった。
なのに、それ以外のものに頼った時点で、自分は負けていたのだ──自分自身に。
あの敗北は、そんな自分の愚かさに対する神の与えたもうた罰なのだ。
「……木刀ボーイ。私は、負けた相手が君で良かったと思っておるよ。おかげで、踏ん切りが付いた。やはり役目を終えた役者が、いつまでも舞台に残っていてはいかんな……ありがとう」
ストラーダが右手を差し出す。
連也はちょっとの間を置いてから、その手を握った。
翌日、ストラーダはイタリアに帰った。リアス・グレモリーに辞表を渡して。
──空いた