課外活動のヴァイスリッター   作:阿修羅丸

4 / 6
はぐれ剣士とはぐれ猫

【Part.1:森の中の戦い】

 

 冥界のとある森の中。

 黒歌はその中を一人駆けていた。

 木の根や倒木などで歩きにくい地面の上ではない。木の枝から枝へ、しなやかに、軽やかに、跳び移っていく。

 風のような速さでありながら、ちゃんと自分の体重を支えられる丈夫な枝を素早くセレクトしている。

 そんな黒歌を、複数の悪魔が追いかけていた。こちらは背中から翼を広げて、木々の間を縫うようにして飛んでいる。

 そして前方を行く黒歌目掛けて、手から魔力を放射した。魔力は細い熱線となって、黒歌へと伸びた。

 黒歌は横に跳んで太い木の幹を盾にしたが、熱線は口径を絞ってある分、熱の収束率が高く、木の幹を簡単に貫通した。

 しかし、貫通した先に黒歌はいない。既に地面に下りている。

 そして、一際大きな木の幹を背にして、足を止めた。

 そこへ次々と、追っ手の悪魔たちが追い付き、彼女を取り囲む。

 

「観念したのか?」

 

 悪魔たちのリーダーである、八の字髭を生やした男が言った。その口調に、余裕は全く感じられない。

 SS級はぐれ悪魔の黒歌が、かすり傷一つ負ってないのに逃走を諦めるとは思えないのだ。

 ここで足を止めたのは、自分たちを一網打尽にする策があるからではないか……そう思えてならない。

 

「ちょっと汗かいちゃったから、休憩」

 

 黒歌は答えながら、着物の帯を解いた。

 元々半裸に近い着崩し方をしていた着物が、帯がほどかれたことで、その場にバサッと落ちた。

 黒歌の真っ白な裸身が、あらわになった。

 

「色仕掛けなど通用せん」

「そんなこと言わずに見ていきなさいよ。この世の見納めが私のフルヌードなんて、この上ない幸せよ?」

 

 全裸の黒歌が冗談めかして投げキッスを送る──と、それで合図であるかのように、突然地面から無数の剣が生えてきて、追っ手の悪魔たちを足下から串刺しにした!

 体を貫かれた悪魔たちは、次々に黒い塵となって消滅していく。

 リーダーだけがかろうじて、森の上空に舞い上がり、難を逃れていた。

 しかし、無傷ではなかった。足の甲を下から伸びてきた剣で貫かれて、穴が空き、そこから煙が出ている。

 

「今のはまさか、《聖剣創造(ブレード・ブラックスミス)》……?」

「正解」

 

 と答える声が、背後からした。

 背中から翼を広げた、悪魔の少年がそこにいた。

 小柄な少年だ。歳は十三か、十四か。

 長く伸ばした栗色の髪を一本の三つ編みにして、肩に垂らしている。

 紺色のケープをまとい、下は七分丈のズボンとロングブーツ。

 しかしリーダーの目線を引き寄せるのは、少年が右手に持つ剣であった。

 片手で振るうことを想定した、全長60cmほどの、飾り気のない西洋剣。しかしその剣から、悪魔にとっては実におぞましい、聖なる波動が感じられる。

 聖剣だ。

 どんなに弱い物でも、悪魔にとっては天敵ともいえる武器。

 その聖剣を携える少年悪魔を、彼は知っていた。

 

「SS級はぐれ悪魔《聖剣使いのシモン》だな……黒歌と組んでいたのか」

「まぁね」

「ちょうどいい、二人まとめて始末してやる」

「無理しない方がいいよ。俺の造った聖剣で足をやられて、死ぬほど痛いでしょ」

「だからと言って、引き下がれるか!」

「だよね」

 

 少年が呟くなり、一筋の閃光がリーダーの脳天に、稲妻のごとく閃いた。

 細身の剣が、鍔元まで深々と突き刺さっていた。

 リーダーは何か言おうと口を開けたが、言葉を紡ぐ前に、その体は黒い塵となって消えた。

 あとには細身の剣が残ったが、それも光の粒子となって消える。

 少年の右手の剣も、同様に消える。

 森の中に舞い降りた少年を、黒歌が全裸のままで出迎えた。

 

「はーい、お疲れ様」

「……いいから服着ろよ」

「またまた~、ホントは私の裸が見れて嬉しいくせに~」

 

 黒歌は笑って少年を抱き寄せ、自分の豊かな胸の谷間に、あどけなさの消えない顔をうずめた。

 

「頑張ったシモンくんに、黒歌おねーさんがご褒美をあげる」

 

 そう言うなり、少年の唇に自分の唇を重ねた。

 口の中にニュルリと舌を差し込み、少年の舌と絡ませ合う。

 年下の男の子の唇と舌を貪りながら、たおやかな手が白蛇のように妖しく、少年のズボンの中に潜り込んだ。

 

【Part.2:追われる者たち】

 

 黒歌とシモン。

 二人の出会いは、何とも間の抜けたものだった。

 お互いに、相手を自分に差し向けられた追っ手だと勘違いしたのである。

 黒歌が当座の隠れ家としていた廃墟に侵入したのが、シモンだった。

 黒歌は彼を追っ手だと思い込んだ。

 シモンも、追っ手が先回りしていたのかと思い込んだ。

 お互い、逃亡生活のせいで疑心暗鬼に陥っていたのだ。

 勘違いだとわかったのは、本物の追っ手が現れたからだった。

 十人からなるその追っ手を廊下におびき寄せたシモンは、床と天井から発生させた聖剣で、彼等を一網打尽にした。

 その様を見た黒歌は、この少年こそが噂で耳にした《聖剣使いのシモン》であることを知ったのだ。

 思い描いた聖剣を創造する神器(セイクリッド・ギア)聖剣創造(ブレード・ブラックスミス)》。

 少年はそれを使うことが出来た──()()()()()()()()()()

 聖書の神が造り出した神器(セイクリッド・ギア)は人間にのみ与えられた物である。故に、それらを所有するのは人間と、その血を引く者と、悪魔の駒(イーヴィル・ピース)の力で悪魔に転生した元人間のどれかに限られる。

 純血の悪魔が神器(セイクリッド・ギア)を所有するなど、有り得ないことだった。

 故に、黒歌も最初はこの少年が純血悪魔だとは信じていなかった。しかし仙術で彼の体を調べ、埋め込まれているはずの悪魔の駒(イーヴィル・ピース)はおろか、人間だった名残すら無いことを知って、彼の言葉を信じることにした。

 

「でも、それならそれで、なんで純血悪魔の坊やに神器(セイクリッド・ギア)が宿った訳?」

「知らないよ、そんなの……でも、たぶん、俺が元は人間だったからだと思う」

「そんなことないわよ。坊やの体には悪魔の駒(イーヴィル・ピース)なんて欠片もないんだから」

「うん。だから、そっちじゃなくて普通の生まれ変わり……輪廻転生ってやつなんだと思う」

 

 シモンはそう言って、廃墟の窓から、空を見上げた。ドロドロした紫色の空を。

 

「あの空とは違う、抜けるような青い空を、夢で何度も見るんだ。そしてその度に、その見たこと無いはずの青い空を、懐かしいって感じるんだ。人間界の空は、青いんだろ? だからきっと、俺は元は人間で、死んだあと魂が、神器(セイクリッド・ギア)がくっついたまんま悪魔に生まれ変わったんだと思う」

 

 ポツポツと語る少年の背中は、年齢以上に小さく見えた。

 

「……私には関係ないことだけどさ」

 

 と前置きして、黒歌は尋ねる。

 

「あんた、いくつ?」

「歳なら16。ランクならSS」

「《聖剣創造(ブレード・ブラックスミス)》は確かに悪魔にとっては危険な代物だけど、だからってその歳で、何やらかしたらSS級はぐれ悪魔になる訳?」

「……親を、殺した」

 

 シモンは吐き出すように言った。

 

「物心ついた時に力に目覚めて、そのせいで親に地下牢に閉じ込められて……時間になったら食べ物が運ばれてくるだけの生活が何年か続いて……ある日、親が俺を殺そうとした。母さんが俺の手を押さえて、父さんが俺の首を締めて……俺は、怖くなって、力を使って二人を殺した」

「ふーん。でも、親を殺したくらいでSS級ってのはねぇ」

「俺の親、上級悪魔だったんだってさ。エクスプレスデーモンとか何とか」

番外の悪魔(エキストラ・デーモン)、ね」

 

 黒歌が訂正してやった。

 名門たる七十二柱に属さない上級悪魔を、番外の悪魔(エキストラ・デーモン)と呼んでいる。断絶しているか、冥界の奥地に隠棲しているかだが、領地を持つ上級悪魔であることには変わりはない。

 領主殺しの罪で指名手配されたシモンは、持って生まれた忌まわしい力で追っ手を撃退し続けたことだろう。その過程で《聖剣創造(ブレード・ブラックスミス)》を有することが知られた結果、SS級に認定されたのだろうと、黒歌は推測した。

 

「なるほど、大変だったね……」

 

 黒歌はシモンを、優しく抱き締めた。

 

「私もさ、上級悪魔殺しで追われてるの。同じ追われる者同士、力を合わせて生きていこうよ。もう一人じゃないよ、私がそばにいてあげるからね」

 

 髪を撫でてやりながら、語りかける。

 シモンの細い腕が、自分の背中に回った。

 豊かな胸の谷間に、少年の顔を埋めてやりながら、黒歌はほくそ笑んだ。

 

(ガキはちょろいわぁ~)

 

 余りのちょろさに、可愛く思えてしまうほどだ。

 黒歌は仙術で、シモンに軽い魅了をかけていたのだ。彼が問われるままに自分の過去を語ったのはそのせいである。そして同情的な態度を見せ、優しい言葉をかけてやれば、ご覧の有り様だ。

 年齢からして、もう性に目覚めている頃だろうから、あとはこの体と色香で定期的に快楽を与えてやれば、この少年は最早完全に思うがままだ。

 悪魔殺しの力を持つ悪魔……これほど心強いボディーガードはいないだろう。追っ手の処理が楽になるというものだ。

 

 ──こうして黒歌は、シモンと行動を共にするようになったのである。

 その判断が正しかったことを、黒歌は実感した。

 シモンは神器(セイクリッド・ギア)使いとして非常に優秀だった。

 自分の体から遠く離れた複数の場所に、同時に数十本の聖剣を創造することが出来た。

 様々な属性や複雑なギミックを有する聖剣を、一瞬にして創造出来た。

 上級悪魔の血筋ゆえか、魔力量も豊富で、その魔力で副腕を作り、擬似的に四本腕や六本腕となって、複数の聖剣を同時に運用することも出来た。

 要するに、予想以上に優秀なボディーガードだったのだ。

 加えて、少年自身が辛い過去を抱えているせいだろうか、黒歌のことを根掘り葉掘り聞き出そうとはしない。逃亡生活の道連れとしても気楽に付き合えるのは、ありがたかった。

 

【Part.3:鋼鉄の刺客】

 

 二人が一緒に行動するようになって、一年が過ぎた。

 森の中で、黒歌は軽い悪戯心で、シモンに後ろから抱きついてきた。

 

「な、何だよ……」

「べっつにぃ~? ちょ~っと悪戯したくなっただけよ」

 

 言いながら、黒歌は白い手をシモンのズボンの中に潜り込ませ、妖しく蠢かせる。

 もう一方の手を上着の中に入れて、薄い胸板を撫で回しながら、少年の耳たぶの凹凸に沿って舌を這わせた。

 こうやって、おやつの駄菓子をつまむような感覚で、気安く少年の発育不良の肉体を弄り回すのが、最近の黒歌の娯楽だった。

 だが行為の最中で、彼女の意思とは関係なく、頭の猫耳がピクピクと動いた。

 複数の悪魔が森の中を移動する音を聞き付けたのだ。

 

「もう、いいとこなのに……先にアイツ等潰して、それから続きといこうか?」

 

 黒歌はシモンのズボンから抜いた掌をベロリと舐めた。

 

「私はどっかテキトーなとこに隠れてるから、片付けといてね。終わったら()()使わせてあげる♪」

 

 黒歌ははだけた着物の胸元を更に大きく広げて、豊かな膨らみを惜し気もなくさらした。

 シモンはかすかに頬を赤らめつつ、敵の気配がする方へと歩き出した。

 木陰に隠れて気配を探る。

 前方に十名ほど。

 しかし木が邪魔で、正確な位置がわからない。

 離れた場所に聖剣を発生させる遠隔創造には、視界内に敵の姿を捉える必要があった。でなければ、誰もいない所に無意味に聖剣を創造してしまうことになる。

 シモンは、体から魔力を放出した。

 紫色の光となって放出された魔力が、シモンの背丈ほどもある巨大な二本の腕に変化する。

 シモンは次いで、刃渡りだけで十メートルを越す巨大な聖剣を創造した。

 そして魔力で造った副腕にそれを持たせて、横一文字に振り抜く!

 森の木々もろとも、前方にいた追っ手たちをまとめて撫で斬りにする。胴体を輪切りにされた悪魔たちは、全員が黒い塵となって消滅した。

 

「大したものだな」

 

 少しして木々の向こうから、金属的な響きのある声が、そんなことを言った。

 姿を現したのは、身長二メートルを越える、長髪の巨漢だった。

 身に付けているのは手足のプロテクターと、皮の腰巻きくらいだ。

 しかしあらわになった肌は、どこも(くろがね)色に鈍く輝いていた。

 右手に持っているのは、自身の背丈ほどもある金属製の棍棒。身幅は先端に向かうに連れて広くなっており、握りの部分には黒革が巻き付けられ、柄尻にはすっぽ抜け防止の鍔がある。断面こそ楕円形だが、巨大な金属バットのような印象を与えた。

 

 賞金稼ぎのコーサトラル・ケール。

 

 魔力で全身の皮膚を硬化する能力を有している。

 そして、巨体に見合ったパワーと、そのパワーが生み出すスピード、冥界でしか採掘出来ない希少金属(レアメタル)を加工して造った、魔力耐性を持つ棍棒を武器に、多くのはぐれ悪魔を狩ってきた男だ。

 その男の周囲に、二十本近い数の聖剣が創造され、ミサイルのように発射された。

 だが、コーサトラル・ケールの鋼鉄の皮膚を貫くには至らず、ガラス細工のように砕け散る。

 シモンはすかさず、貫通力を高めた針のような刀身を持つ聖剣を創造し、撃ち出した。

 コーサトラル・ケールは右手に提げた棍棒を無造作に振るった。

 その一振りで、発射された聖剣はまたもや砕け散った。

 シモンが新たな聖剣を創造したのと、コーサトラル・ケールが間合いを詰めたのは、ほぼ同時だった。

 

 ブォッ!

 

 凄まじい風切り音を上げて、金属製の棍棒が横殴りにシモンに迫る。

 シモンはしゃがんでかわしつつ、コーサトラル・ケールの足に斬りつけた。

 聖剣の刃は脛を保護するプロテクターを切り裂いて、その下の皮膚で止まった。防具の下も硬化させていたのだ。

 

「そう来ると思ってたよ、坊や」

 

 コーサトラル・ケールはニタリと笑い、棍棒を振り下ろした。

 シモン、これを横に転がってかわしながら、地面からたくさんの聖剣を発生させて足止めし、距離を取った。

 だがコーサトラル・ケールはこれ見よがしに、シモンが創造した聖剣を踏み砕いて、近付いて来る。

 シモンは背中から翼を広げて、森の上空高くに舞い上がった。

 同時に、自分の周囲に百本近い聖剣を創造し、地上から同様に翼を広げて飛び上がったコーサトラル・ケール目掛けて次々と発射する。

 鉄色の悪魔は襲い来る聖剣の雨霰を硬化した皮膚で受け止め、棍棒で薙ぎ払う。しかしその手数の多さに、距離を詰めることが出来ないでいた。

 そうして稼いだわずかな時間。

 シモンはその隙に目を閉じた。

 意識を、自分の中にある神器(セイクリッド・ギア)に集中させる。

 

禁手化(バランス・ブレイク)

 

 小さな、そして静かな声で唱える。

 次の瞬間、シモンを囲み、守るように、白光と共に現れた者たちがいた。

 黄金で縁取られた白い全身鎧をまとう騎士たちだ。全員が聖剣を携えていた。

 

 神器(セイクリッド・ギア)には禁手(バランス・ブレイカー)と呼ばれる現象が存在する。誰でも引き起こせる現象ではないが、禁手(バランス・ブレイカー)に至った神器(セイクリッド・ギア)はその能力を大幅に向上させる。

 シモンの《聖剣創造(ブレード・ブラックスミス)》の場合は、聖剣で武装した騎士団を創造し使役する《聖輝の騎士団(ブレード・ナイトマス)》がそうである。

 

 シモンは禁手によって創造した騎士団と共に、コーサトラル・ケールを取り囲み、四方八方から斬りつけた。

 だがこの同時攻撃すら、コーサトラル・ケールの皮膚を切り裂き、貫くには至らなかった。

 逆に棍棒で、騎士団の方が砕かれてしまう。

 

「無駄だよ、坊や」

 

 コーサトラル・ケールが、優しい口調で語りかける。

 

「俺のこの皮膚を切り裂くには、エクスカリバーやデュランダル並みの聖剣でないとダメだろうねぇ。神器で造り出せる数打ちのなまくらなんかじゃあ、千年かかっても斬れないよ」

「優しいんだね」

「何がだい?」

「わざわざ攻略法を教えてくれるなんてさ」

「教えたところで問題ないからねぇ。知ってるんだよ、坊や。君のその神器(セイクリッド・ギア)で造り出せる聖剣は、どんなに頑張っても本物には及ばない。結局のところ、手数の多さで質を補うだけのものでしかないんだってことは、ね!」

 

 最後の「ね!」に合わせて、コーサトラル・ケールは棍棒で打ち掛かって来た。

 大上段から振り下ろされた豪快な一撃を、シモンは新たに創造した二本の聖剣を十字に交差させて、受け止めた。

 瞬間、その二本の聖剣が爆発し、目映い白光を放って、コーサトラル・ケールの目を眩ませる。

 その隙にシモンは降下し、森の木陰に隠れた。

 そしてもう一度目を閉じて、精神を集中させる。

 前方に左手をかざして、「禁手化(バランス・ブレイク)」と唱えた。

 絹のような柔らかな白光が左の掌に生まれる。

 白光は掌の中で、短剣に変わる。

 奇妙な形の短剣だった。

 まるで地を這う蛇のように曲がりくねった刀身に、大きく口を開けた蛇の頭のように二股に分かれた切っ先を有している。

 シモンはその短剣で、正面の空間を刺した。

 曲がりくねった刀身が消えたかと思うと、シモンの目の前の空間が歪み、波紋が生じた。

 その波紋の中から、光と共に何かが出てくる……。

 

【Part.4:黒歌の選択】

 

 黒歌は一人、森から出ていた。

 シモンと共に戦おうなどという気は、微塵もなかった。ボディーガードとして頼りになるし、性欲の捌け口に弄ぶオモチャとしても気に入っていたが、やはりあの少年の能力は気味の良いものでないのだ。

 その代わり、あの少年が負けるかもという不安も、やはり微塵もなかった。

 何より、こちらもこちらで手が空きそうにない。

 

「いつまで隠れてるの? 出ておいで」

 

 森の外に広がる草原に向かって言うと、鉛色の陽炎が立ち上り、その中から複数の悪魔が現れた。

 

「我等の隠行の術を見破るとは、さすがだな」

「私からすればバレバレよ。本気で隠れてるつもりだったんなら舐められたものね。ムカつくから殺すわ」

「待て待て、そうはやるな……なぁ黒歌よ、おとなしく投降する気はないか?」

 

 追っ手のリーダーらしき悪魔が、そう言った。

 

「お前の妹はグレモリー家に拾われて、次期当主の眷属となったそうだ。グレモリー家は情愛の深い一族だ。お前もそこの眷属となり、冥界のため、悪魔のために誠心誠意仕えれば、罪も許されるだろう」

「真っ平ごめんよ」

「だが、お前が逃げれば逃げるほど、罪を重ねれば重ねるほど、妹が肩身の狭い思いをすることになるぞ」

「だから何? 情愛の深いグレモリー様が守ってくださるでしょ」

 

 黒歌はヒョイッと肩をすくめた。元々それが狙いで、妹をグレモリー領の近くに置き去りにしたのだ。

 

「妹は、お前に会いたがっているぞ」

「私は顔も見たくないわ。だから捨てたのに、またアイツのお守りさせられるのはうんざりよ」

「……では、このまま明日をも知れぬ逃亡生活を続けるというのか? 追っ手に怯えてコソコソ逃げ回り続けたいというのか? 今も強力な神器(セイクリッド・ギア)や異能の力を有する転生悪魔が増えつつある。いくら貴様でも、いつかはそいつ等に追われ、殺される。お前は優秀な転生悪魔だ、魔王様方も殺すのは惜しいと仰っておられる。投降して生き永らえる道を選ぶべきだ」

「お断りよ。私は長生きしたいなんて思ってないし、あの主人(バカ)を殺したことも妹を捨てたことも後悔してないわ。そして、明日雷に撃たれて死ぬことになっても、後悔なんてしない」

「意地を張るな、考え直せ。死ぬよりはマシだろう。斯く言う私も転生悪魔だが……せっかく半永久的に若さを保って生きていける悪魔に生まれ変わったのだぞ。何故そんなにも」

「それ、やめてくれる?」

 

 黒歌は言葉を遮るように、ピッとリーダーを指差した。

 

「それ?」

「その上から目線(ウエメセ)な喋り方よ。アンタ、何様のつもり? 地獄に堕ちる覚悟もない雑魚が、私に同等口(タメグチ)叩いてんじゃないわよ」

「…………」

 

 ギリッと歯軋りの音がした。

 

「そうか。そんなにも死に急ぐなら──望み通りにしてやる」

 

 リーダーの体が、ムクムクと膨れ上がった。

 全身が獣毛に覆われ、口が長く前方へと伸びていき、あっという間に身長三メートルにまで達する人狼と化した。

 他の悪魔たちも同様の変身を見せる。

 彼等は全員、元狼人間(ワーウルフ)の転生悪魔だったのだ。

 

「掛かっておいで、ワンちゃんたち。お姉さんが優しく撫でてあげるから」

 

 余裕の笑みを浮かべる黒歌の、金色の瞳が、妖しく輝き始めた。

 

【Part.5:決着】

 

 目眩ましをくらい、標的の姿を見失っていたコーサトラル・ケールだったが、森の中からほとばしる閃光を見てニタリと笑った。

 さっき彼自身が口にしたように、何をしようと、本物の聖剣なくして彼の硬化した皮膚を切り裂くことは出来ない。出来る者がいるとしたら、魔王サーゼクス・ルシファーの滅びの魔力くらいだ。

 悠然と、余裕を持って、コーサトラル・ケールはその光の元へと舞い降りた。

 瞬間、余裕に満ちた表情はあっという間に崩れ去った。

 両の眼は驚愕と恐怖で、大きく見開かれ、今にも飛び出そうだ。

 シモンは左手に蛇のような短剣を、そして右手には、青と金の刃を有する大剣を持っていた。

 コーサトラル・ケールは、その大剣を知っていた。

 直接見たことはないが、悪魔たちの間で『天界の暴挙』とまで呼ばれたとある戦士の名前と共に語り継がれているため、その姿形を伝え聞いている。

 そして何より、怒濤のごとく溢れ、嵐のごとく荒れ狂う聖なる光……もはや疑う余地はなかった。

 

「デュラン……ダ……ル……!」

 

 恐怖に震える声で、その不滅の刃の名を呟いた。

 

「な、なぜ、デュランダルがここに……」

「呼んだ」

 

 コーサトラル・ケールの当然の疑問に、シモンはあっさりと答えた。

 本物の聖剣を創造することは出来ないが、それを召喚する剣なら創造出来る。

 その『本物の聖剣を召喚する聖剣』こそが、少年の左手に握られている短剣。

 時空を越えて、ごく短時間だが聖剣を召喚し、使役出来る、まさに禁断の聖剣。

 第二の禁手(バランス・ブレイカー)

 

聖剣召喚(ブレード・ブリンガー)

 

 コーサトラル・ケールの右手から、棍棒が力なく滑り落ちた。

 本物の聖剣──その中でもトップクラスの破壊力を持つデュランダルを前に、完全に絶望していた。

 抗う気力も、逃げる気力も、湧いてこない。

 

(ああ、俺は死ぬんだな……)

 

 ただ、そんな諦めに似た気持ちだけが、胸中にあった。

 絶望のあまり、恐怖や後悔すら湧いてこない。ただ粛々と、逃れられない確定的な死を受け入れていた。

 シモンがデュランダルを振り上げ、そして振り下ろした。

 ほとばしる閃光が刃となってコーサトラル・ケールの肉体を、バターのように斬割し、消滅させた。

 

【Part.6:黒歌とシモン】

 

 戦いを終えたあと、デュランダルは自動的に元いた時空へと帰っていった。

 シモンは黒歌の気配をたどって、森の外に出る。

 そこには屍山血河が広がっていた。

 どれも狼人間(ワーウルフ)の死体だが、全身焼け焦げた者、鋭い爪で引き裂かれた者、何か大きな力で体中の関節をメチャクチャにねじられた者……どれ一つとして、同じ死に方をした者はいなかった。

 

「お疲れ~」

 

 その死体の山の只中で黒歌が状況に似つかわしくない呑気な声を上げた。

 

「本当に疲れた」

「みたいね。何かいつもより時間掛かってたし……とりあえず、ご褒美ね」

 

 黒歌はシモンの元へ歩み寄ると、指で顎を上向かせて、唇を重ね、舌を絡ませた。

 しばらくの間、クチュクチュと音がした。

 唾液の糸を引いて黒歌が唇を離すと、シモンはうつむく。 

 

「なぁに? 何回もしてるのにまだ恥ずかしいの? 可愛い~♪」

「ほっといてくれ」

「んふふ、もっといぢめてあげたいけど……何か今日は妙に気合い入ってるわね、アイツ等」

 

 黒歌が空を仰いで言った。

 視線の先には、悪魔の群れ。

 

「続きは、あれを片付けてからね……それが終わったら今度こそ、私のおっぱいを好きにしていいわよ?」

「……結局俺任せかよ」

 

 シモンは悪態をつきつつも、頬を赤らめる。

 そして迫り来る追っ手の第3陣に向けて、無数の聖剣を創造して発射した。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。