課外活動のヴァイスリッター   作:阿修羅丸

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課外活動のヴァイスリッター

【1】

 

 アザゼル杯も終了して、平穏な日々が戻ってきたある日、ゼノヴィア・クァルタと紫藤イリナに『依頼』が来た。

 

「あるはぐれエクソシストを討伐してほしいのです」

 

 伝えたのは、グリゼルダ・クァルタである。

 

「はぐれエクソシストと呼びはしましたが、堕天使陣営に従っていた訳ではありません。いつぞやのクーデターにも参加していません。それどころか、どこの勢力にも所属していない、文字通りのはぐれ者。正真正銘の一匹狼です」

「だが、たった一人が相手なら、わざわざ我々に頼まずとも良いのでは?」

 

 ゼノヴィアはそう問い返した。

 

「すでに教会から討伐隊を何度も送りましたが、ことごとく返り討ちにあいました。()()には少数精鋭で当たった方が良いのかも知れないとの判断です……が、()()の処理ごときに、イッセーくんの手を汚させる訳にはいきません」

「だから我々に、か」

「そうです。()()が振るう武器の性質を鑑みるに、あなたたちが適任であろうという、上の判断もあります」

「武器って、そのはぐれは何を使うんですか?」

 

 イリナが尋ねると、グリゼルダは一拍の間を置いてから、答えた。

 

「エクスカリバーです」

「えくすかりばあ?」

 

 ゼノヴィアとイリナが揃って、鸚鵡返しに間の抜けた声を上げた。エクスカリバーは現在、ゼノヴィアのデュランダルと統合してエクス・デュランダルとなっているのだから、無理もない。

 二人の疑問に答えるように、グリゼルダが続ける。

 

「異端の研究を行ったために教会から追放された、ヨハン・シュタインベルク博士の事は知っていますか?」

「名前だけなら」

「でもその異端の研究っていうのが、どういうものなのかまではわからないです」

「彼は、聖剣を人工的に造り出す研究をしていたのです──当時の教会には、まだ古い考え方にとらわれた頭の硬い者たちがいましたからね。彼等にしてみれば、神より賜りし聖剣を人工的に造り出すなど、冒涜的な行為だったのでしょう」

「あ、わかった! つまりそのはぐれエクソシストの武器って、その人が造った人工エクスカリバーって事ですね?」

「その通りです」

 

 イリナの言葉に、グリゼルダはうなずく。

 

「あなたたちへのお願いというのはつまり、はぐれエクソシスト及び()()が使う偽物のエクスカリバーの完全な破壊なのです。()()は未だに、悪魔や堕天使をその偽りの聖剣で殺して回っています。今の種族間の平穏を保つためにも、()()を早急に処分しなければなりません」

「で、そのはぐれの名前は?」

 

 ゼノヴィアの問いに、グリゼルダは一枚の写真を取り出した。

 白い髪と青い瞳の、まだ若い男だ。歳はゼノヴィアたちとあまり違わないように見える。

 

「呼び名は下に書いてあります」

 

 グリゼルダの言葉に、二人は写真の下の空白部分に書かれている文字に目線を下ろした。

 そこにはただ、こう書かれていた。

 

『F-12』

 

【2】

 

「暇だね、おたく等も」

 

 薄暗い廃工場でそんな軽口を叩いたのは、白い髪と青い瞳の少年である。

 かつては雪のように白かったのだろうが、今ではくたびれ果ててあちこちが破れ、汚れた、フード付きのケープをまとっている。

 傍らには、胸の高さほどの小さな棺桶が立てられていた。

 ──否。

 それは棺桶ではない。金属製で、たくさんの装甲板がくっついた、機械的な物々しさを漂わせた『鞘』だった。現に上部には、十字鍔を備えた剣の柄が生えている。この剣もまた、機械的な外観をしていた。

 少年が軽口を叩いた相手は、一人ではなく複数いた。数は十人ほど。全員が修道服をまとった神父然とした格好だったが、持ってる者はおよそ聖職者にはふさわしからぬ物である。

 銃だ。

 あるいは、天使の光を動力源とする光の剣。

 あるいは、古式ゆかしい、聖なる祈りによって祝福された鋼鉄の長剣。

 彼等はみな、教会より派遣された正規のエクソシストである。

 

「俺なんかよりも、もっと優先してやっつけなきゃならない相手がいると思うんだけど」

「聞く耳持たん」

 

 そう言ったのは、エクソシストのリーダーと思わしき、黒い髪をオールバックにした男である。

 歴戦のエクソシストであり、三大勢力和平後の天界の方針転換にも粛々と従ってきたラモント神父だ。彼だけは、剣でも銃でもなく、槍を手にしていた。

 

「貴様も、貴様の持つ剣も、どちらも教会の恥部なのだ。新たな時代には存在してはならない、染みのようなもの……いわば負の遺産だ。処分せねばならぬ」

「ひでえなぁ、俺はアンタ等がやれって言った事やってるだけじゃん。なんでそれを理由にアンタ等に殺されなきゃなんないのよ。コイツだって世のため人のために役に立ってるんだしさぁー、大目に見てくれてもいいじゃないの」

 

 少年はそう言って、傍らに立ててある剣の鞘をポンポン叩く。

 

「聞く耳持たんと言ったぞ、F-12(エフツヴェルフ)

「その呼び方やめてほしいんだけどなぁー……でもまぁ、ゲレゲレとかトンヌラとか変な名前勝手に付けられるよりはマシなのかなぁ……」

 

 F-12(エフツヴェルフ)と呼ばれた少年は、ブツブツ言いながら、素早く傍らの鞘から剣を引き抜き、顔の前に刃の腹を前にして立てた。

 瞬間、その表面に光が弾けた。

 神父の一人が発砲したのだ。彼等の持つ銃は火薬で鉛弾を飛ばすのではなく、天使の光を弾丸に変えて発射する物。故に銃声はしない。にも関わらず、少年は銃を撃つ気配をいち早く察知して防御してみせたのである。

 

「しゃーない。なるべく殺さないようにするから、安心してよね」

 

 軽い口調で言いながら、少年はケープをはためかせてエクソシストたち目掛けて走り出した。

 機械的な外観をした長剣が、ガラスの割れた窓から差し込む日光を反射してギラリと光った。刀身の表面には、電子回路を思わせる幾何学的な紋様が刻まれている。

 その奇妙な長剣が、風切り音を上げて閃いた。

 直後、四人の神父が腕を切られ、持っていた武器を落とした。

 

「ぬうっ!」

 

 鋼鉄の長剣を持った神父が、上段から打ち込んでくる。

 少年がその打ち込みに対して、長剣を振り上げて迎え撃つ。

 神父の剣は刀身の半ばから、スッパリと切断された。

 少年は神父の胸板に飛び蹴りを叩き込み、蹴り倒すと同時に、その反動で他のエクソシストの方へと跳躍する。

 二人のエクソシストが銃から光の弾丸を連射するが、少年はこれをことごとく長剣で弾いた。

 そして着地と同時に、銃を持った二人の神父の手足を切り裂き、光の剣で斬り掛かってきた二人の神父に対しては、攻撃をかわし様に一人の手首と、もう一人の太股を切り裂いた。

 と同時に、長剣を体の横に垂直に立てる。

 直後、ラモント神父の槍が飛んできて、長剣を掠めた。

 ラモント神父は、鋭い突きを四発、立て続けに繰り出す。

 少年は剣で打ち払いつつ後退する。

 ラモント神父は逃がさじと追撃する。突きと薙ぎ払いや打ち下ろしを巧みに織り混ぜた猛攻だった。

 少年が壁まで追い詰められる。最早逃げ場はない。

 ラモント神父は少年の心臓目掛けて、槍を繰り出した──瞬間、少年の姿が消えて、槍は空を切り、壁を貫通した。

 少年は跳躍していた。

 長剣が閃き、ラモント神父の左右の上腕部を切り裂いた。

 

「ぐあっ!」

 

 痛みで呻くラモント神父の脳天に、長剣の柄尻で一撃。

 ラモント神父はそのまま木偶人形めいて昏倒した。

 

「ちょいと深めにやっちゃったけど、動脈には届いてないはずだ。命の心配はないよ」

 

 ──たぶんね、と口の中で小さく付け加えながら、少年は地面に立てた鞘に、剣を納めた。

 

「いい気になるなよ……」

 

 呻くような声で、言う者がいた。

 少年に手首を切り裂かれた、エドガー神父だ。

 

「いずれ、我々などとは比べ物にもならん精鋭が送られてくるはずだ……貴様を処分するためにな……いいかF-12(エフツヴェルフ)……お前のような存在は、生きていてはいけないんだ……」

「勝手な事ばっかり」

 

 少年はエドガー神父に背を向けたまま、溜め息をつく。

 

「生きていちゃいけないとか、そんなの誰が決めるんだい? アンタたちにそんな事一方的に決める権利なんてあるのかな──誰も好き好んで、わざわざ誰かの邪魔してやろうとか思って生まれてくる訳じゃないんだぜ」

「だが、現に貴様は、天界の方針に逆らい、悪魔や堕天使を殺して回っている……お前は、それしか知らない狂犬だからな……だが、もう時代は変わった……これからは、種族の垣根を越えて誰もが手と手を取り合う時代なのだ……それもわからず殺戮の剣を振るう貴様も、天界にその存在を認められてないその偽りの聖剣も、存在してはならないのだ……」

「手と手を取り合うって、誰と誰が?」

 

 少年はエドガー神父の方を振り向いて、問い掛けた。眼差しが、かすかに険しくなっている。

 

「羽根付き同士が勝手に仲良くしてるだけだろ。それで、人間(俺たち)に何か得があるのかい?」

「ふふふ、やはり、しょせん貴様はその程度だな。そんな古臭い考え方にいつまでもとらわれているからダメなのだ……まぁいいさ。せいぜい、一時(ひととき)の勝利に浮かれているがいい。いずれ貴様に、審判が下されるだろうからな!」

 

 少年はエドガー神父のその言葉に、何の反論もせず、鞘に付いている革のベルトを肩に掛け、剣を腰に提げて立ち去っていった。

 

【3】

 

 教会が手配したビジネスホテルの二人部屋に、ゼノヴィアとイリナはいた。

 入浴を済ませたイリナはパジャマに着替えて、冷蔵庫の中からオレンジジュースの缶を一本取り出し、ごくごくとあおる。

 ゼノヴィアはタンクトップとショートパンツ姿で、ベッドの上に座り、黙々とノートパソコンを操作していた。

 

「何調べてるの?」

「シュタインベルク博士についてだ。彼の開発した人工エクスカリバーがどのような物か知っておきたくてね……だが、ダメだ。教会としては闇から闇へ葬り去りたい部類らしい。教会のデータベースにアクセスしても、該当情報なし。わかったのは、博士が半年ほど前に教会のエージェントによって暗殺された事だけだ」

「ターゲットの『F-12(えふ・じゅーに)』くんの方は?」

「そちらも同様に、該当情報なし。あの髪の色からしてシグルド機関の出身だとは思うのだが……出発前にリントに写真を見せて確認してもらったが、知らない顔だったらしい。しかし彼女いわく、恐らくはFランクだったのだろうとの事だった」

「Fランクって?」

「機関内で最も戦闘力の低いランクで、名前すら与えられず、番号だけで呼ばれていたらしい。推測だが、組織の再編成に伴い戦力としての価値なしと判断され、追放(リストラ)されたのではないだろうか」

「それをシュタインベルク博士が拾った?」

「あくまでも推測だけどね。それにこの仮説では、何故シュタインベルク博士が人工エクスカリバーの所有者に、組織から追放されるような戦闘力の低い者を選んだのかという疑問が解けない──まぁ、そこは本人から聞き出せばいいだろう」

 

 ゼノヴィアはそう言いながら、ノートパソコンの画面を閉じた。

 そこへ、部屋のドアがノックされる。

 

「どーぞぉ」

 

 イリナが応答した。

 ドアが開き、一人の中年男性が入ってきた。

 チェック模様の入ったグレーのスーツの上からインバネスコートをまとい、手にはステッキを持っている。

 歳は四十代だろうか、青ざめた顔色は、病気ではなく恐怖によるものだと、二人の少女は直感で思った。

 

「初めまして……私は上級悪魔のビクター・シュナイデルと申します。テロ対策チーム『D×D』のゼノヴィア・クァルタ殿と紫藤イリナ殿で、お間違いありませんな」

「はい、そうです」

 

 イリナの返答に、ビクター・シュナイデルなる悪魔は安堵の息を漏らした。

 そしてゼノヴィアとイリナの前に、恭しくひざまずいた。

 

「どうかあなた方のお力をお貸し願いたい……恐ろしい悪魔狩りに追われているのです」

「悪魔狩り?」

「はい。数日前、とある山村に未来を見通す力を持つ女性がいると聞き、私の眷属に迎え入れたく思い、スカウトに赴いたのですが……そこへ、白い髪をした男がフラりと現れ、見たこともない聖剣を振るい、襲い掛かって来たのです」

「──それは、この男のことではありませんか?」

 

 ゼノヴィアがグリゼルダからもらった写真を見せる。写真を見たビクター・シュナイデルの顔が、恐怖に引きつった。

 

「そ、そうです! この男だ! こいつが突然襲い掛かって来て、私の可愛い眷属たちの半数を殺したのです! 見たこともない聖剣を振るい、見るもおぞましい白い鎧をまとって!」

「鎧?」

 

 ゼノヴィアとイリナは声を揃えて聞き返した。

 人工聖剣のことは聞いているが、白い鎧とは初耳である。

 

「あのぉ~、その白い鎧について、詳しく教えてもらえませんか?」

 

 イリナが教師に質問する生徒よろしく、手を挙げて尋ねた。

 

【4】

 

 ホテルをチェックアウトしたゼノヴィアとイリナは、エクソシストの戦闘服とマントを身にまとい、ビクター・シュナイデルに案内されて『F-12』が現れた山村へと向かった。

 山の斜面に沿うようにして、古民家や畑が点在している。昔ながらの文化や風俗を守る、ひなびた所のようだ。

 シュナイデルは山村が見え始める辺りで足を止め、引き返した。『F-12』がよほど恐ろしかったのだろうか。

 やむを得ず、ゼノヴィアとイリナは二人だけで村に向かった。

 畑に挟まれた細い未舗装の道を進むと、村人が姿を見せた。でっぷりと太った赤ら顔の男性で、ちぢれた黒髪には白髪が混じっていた。

 その男性は、近付いて来る二人を見るなり血相を変え、近くの納屋に飛び込んだ。

 どうしたのだろうかと二人が顔を見合わせて小首を傾げていると、彼は薪割り用の斧を持って出てきた。

 

「テメェ等、今更何の用だ!」

 

 男性は斧を突きつけ、唾を飛ばして怒鳴りつける。

 

「ななな、何のことですか?」

「我々は今日、初めてここを訪れたのですが……」

「んなこたぁわかってるよ! だがそのトンチキな格好、教会の悪魔祓いだろう! 役立たずのトンマどもが今更何の用かと聞いてるんだ!」

「以前にも、エクソシストが訪れたことがあったのですか?」

 

 ゼノヴィアが尋ねた。

 

「ああ。村の近くに怪物が出たもんでな、遠くの教会にまで行って悪魔祓いを呼んだんだ。ところがどっこい、そいつ等、悪魔祓いのくせに悪魔とは戦えないとか抜かして、回れ右して帰って行きやがった!」

「なるほど」

 

 そういう事ならば、彼がこうも敵意を剥き出しにするのも無理はない。

 

「で、でも、見た感じ村に被害は出てなかったみたいですし、その怪物は悪魔だけど良い悪魔だったんだと思いますよ?」

「良い悪魔なんているかよ! 何も知らねえうちから適当ほざいてんじゃねーぞ、トンチキが! 白い騎士様が来てくださらなかったら、俺たちゃあの化け物に皆殺しにされてたんだぞ!」

「しろいきし?」

「もしや、この写真の男ではありませんか?」

 

 ゼノヴィアが『F-12』の写真を見せる。

 

「……ああ、そうだ。ピカピカ光る真っ白な鎧をお召しになられてなぁ、柱みてえに長い剣で悪魔をぶった斬ってくださったんだ」

「──間違いないわね」

「その男に、会わせてもらえないでしょうか」

「……いいだろう。ついてきな」

 

 男性は後ろ腰のベルトに斧を差し込み、歩き出した。二人もその背中を追っていく。

 途中で男性は、尻ポケットから携帯電話を取り出した。今では珍しくなった、折り畳み式だ。それで村のどこかに連絡しているらしい。

 

「ああ、騎士様の客人だ。白いマントを着た女の子が二人。よろしく頼む」

 

 そう言って電話を切ると、また尻ポケットに突っ込んだ。

 少しして、村の中央の広場に到着する。

 だが、そこに『F-12』はいない。村の男衆が、手に手に斧や鉈、(くわ)(すき)などを持って集まっている。全員が、険しい顔をしていた。

 

「へ? なに、なに?」

「……ふむ、嵌められたか」

 

 ゼノヴィアは先程の男性の言葉を思い出した。あれは符丁で、敵が来たら『客人』、本当に仲間が来た場合はそのまま『仲間』とか『友達』とでも伝えたのだろう。

 

「……何故あなた方は、その男のためにそうまでするのです」

 

 ゼノヴィアの声音は静かだった。男衆は殺気立っているが、聖剣を抜かずとも対処可能な戦闘力だ。しかも、いざとなれば空を飛んで逃げれば良いのだから、彼女たちにしてみれば何の危険もないのと同じだった。

 

「さっきも言ったろう。あの騎士様が、悪魔から村を救ってくださったんだ」

「そ、それは誤解ですよ、たぶん」

 

 イリナがなだめるように言う。

 そしてビクター・シュナイデルの事を話し、

 

「その悪魔はその女性をスカウトに来ただけで、別に村をどうにかしようとか考えていた訳じゃないんです」

 

 と締め括った。

 そのイリナの足下に斧が投げつけられ、地面に突き刺さった。

 

「テメェ等、悪魔祓いのくせに悪魔の嘘をホイホイ信じるのか、このトンチキどもめ!」

「もういいアベル。コイツ等は騎士様の敵だ。エイミーの予知でもわかってただろう」

 

 斧を投げつけた男性の後ろにいる、痩せた老人が話し掛ける。

 

「騎士様には指一本触れさせねえ。可哀想だが……いや、無能な上に悪魔の味方までするような悪魔祓いなんざ、たとえ女でも可哀想とは思わねえな。みんな、コイツ等をぶち殺せ!」

 

 老人が持っていた鋤を掲げて叫ぶと、男衆が手にした得物を振り上げて襲い掛かって来た。

 ゼノヴィアとイリナが翼を広げて空に逃げようとした瞬間、二人と男衆の間に、何かが投げ込まれた。

 二人は最初、それを棺桶だと思った。

 だが棺桶ではない。たくさんの装甲板が取り付けられた機械的な外観のそれは、鞘だった。現に、剣の柄が上部から伸びている。

 飛んできた方角を一同が見やると、民家の屋根の上に二つの人影があった。

 一人は、たっぷりとした金髪に緩いウェーブを掛けた女性だった。この土地の伝統的なレディースファッションに基づいた、胸元を大きく開けた服装で、深い谷間が覗いている。

 その傍らに立つのは、男性用のエクソシストスーツをまとった、白髪の男性──いや、少年だった。

 ゼノヴィアとイリナの討伐対象。

 シグルド機関から追放された名もなき男。

F-12(エフツヴェルフ)』が、そこにいた。

 

【5】

 

 物々しい鞘に収まった剣を担いだF-12(エフツヴェルフ)に案内されて、ゼノヴィアとイリナは村から離れた森の中へと入っていった。鬱蒼とした木々の間を抜けると、開けた場所に出る。

 決闘にはおあつらえ向きな広さだと、ゼノヴィアは思った。

 

 ドスン。

 

 重い音がした。F-12(エフツヴェルフ)が担いでいた剣を鞘ごと地面に置いたのだ。

 

「さ、やろうか」

 

 少年はまるで『ジャンケンしようぜ』と言わんばかりの気軽さで言いながら、抜刀する。

 あのアベルという村人が話した通り、柱のような長い剣だ。刃渡りは1メートル以上あるだろう。刀身には電子回路を思わせる幾何学的な模様が刻まれている。

 

「それがシュタインベルク博士の開発した、人工エクスカリバーか」

「まぁね」

 

 ゼノヴィアの問いに、F-12(エフツヴェルフ)は気楽に答えた。

 

「ねえ、一つ聞いていいかしら」

 

 今度はイリナが口を開いた。

 

「どうしてあなたは、悪魔を殺して回ってるの? 駒王協定の事は知ってるでしょう?」

「知ってるけど、知らないね」

 

 F-12(エフツヴェルフ)はそう答えた。

 

「確かにそういう和平だか何だかの話があった事くらいは知ってるけどさ、そんなの、俺たち人間には何の関係もないよ。人間の敵を人間が殺す。当たり前の事だろ」

「確かに、悪魔の中には悪い悪魔もいるわ。でも、良い悪魔だっているのよ? なのにどうして」

「どうして悪魔を殺すのかって? 今あんたの言った言葉が答えだよ」

「へ?」

「確かに、良い悪魔もいるんだろうな。でもさ、人間をいろんな意味で食い物にしてる悪い悪魔も、未だにこの地上をうろついてるんだよ。俺はそんな有害な悪魔を駆除して回ってるだけさ」

「駆除、か」

 

 つぶやくゼノヴィアの声色に、翳りが滲み出た。

 種族は違えど、人間と同等以上の知性を持つ者に対してそのような言葉を使えるこの少年は、根っこの部分ではあのフリード・セルゼンと同じだと感じたのだ。

 

「なるほど、よくわかった。これ以上の会話は不要だ。始めるとしよう」

 

 そう言ってゼノヴィアは右手を横にかざして、エクス・デュランダルを召喚する。

 イリナもオートクレールを召喚した。

 そしてその瞬間には、F-12(エフツヴェルフ)が既に一足一刀の間境を越えていた。

 白刃が木漏れ日を反射して煌めき、二人の少女の手首を狙って、毒蛇のように迫った。

 ゼノヴィアたちは背後に大きく跳んでかわしたが、スーツの手首の部分がか細く裂けていた。

 イリナが前に出て、オートクレールを振るう。

 人工物とは言え聖剣だ。転生悪魔のゼノヴィアは大きなダメージを受ける。だから自分が前に出て相手の注意を引き、その隙にゼノヴィアがデュランダルで消し飛ばす。事前の打ち合わせがなくとも、二人はそういう作戦を自然と頭に描いていた。

 だが、F-12(エフツヴェルフ)の剣技は二人の予想を越えた精密さだった。

 髪の毛一筋ほどのわずかな隙に、迷いなく長刃を打ち込んで来るのだ。

 タイミングも絶妙だ。丁々発止(ちょうちょうはっし)の打ち合いの最中に、不意に人工エクスカリバーの切っ先が、柄を握る指に飛んでくる。剣を握る両腕の隙間から、ニュッと伸びてくる。打ち込みを防ごうとかざした剣を飛燕のように避けて迫ってくる。

 二人の太刀打ちに、見ていられなくなったゼノヴィアが加わったが、F-12(エフツヴェルフ)は二人の聖剣使いを相手に、全く怯まず、一切の引けを取らず、戦った。

 ゼノヴィアが、イリナの背後に回った。

 エクス・デュランダルから、各パーツに分かれていたエクスカリバーを取り外して結合させる。そうして組み上げたエクスカリバーとデュランダルの二刀を、十字に重ねるように振り上げた。

 とっさにイリナが、大きく真横に飛んだ。

 瞬間、狂暴さすら感じさせる白光が、奔流となってF-12(エフツヴェルフ)を襲った。

 最強クラスの聖剣二本が放つ、圧倒的な破壊力を持つ十文字の閃光(クロス・クライシス)

 F-12(エフツヴェルフ)は、その斜め十字に重なる二つの光刃の中心、交差部分に、人工エクスカリバーの長刃を打ち込んだ。

 十文字の光刃が、刃で切り裂かれて左右二つに分かたれると、そのままF-12(エフツヴェルフ)の左右を通過して、雲散霧消した。

 

「バカな……」

 

 ゼノヴィアは戦いを忘れて、思わずうめいた。

 その場で、ガックリと膝をつく。必殺技を破られたショックで、ではない。左右の乳房の間を通って、戦闘服に裂け目が出来ていた。少し遅れて、その下から白い肌が覗き、そしてその肌に赤い線が浮かび上がって、トロリと血が流れ出た。血はすぐに止まったが、傷口からは煙が吹き上がった。聖剣の力が、転生悪魔の肉体を蝕んでいるのだ。

 クロス・クライシスを切り裂き、更にその向こうにいるゼノヴィアをもまとめて斬ったのである。

 

(これほどの使い手が、名前すら与えられないFランクだと……?)

 

 リントの奴、他の誰かと間違えて覚えてたんじゃないのか?

 そんな風にすら思えてくる。

 

「勝負あり、だね。さっさと悪魔の病院で診てもらうといいよ。浅く斬ったから死にはしないだろ」

「ふざけないで! まだ私が」

「あんたまで動けなくなったら、誰がそっちの娘を運ぶんだよ。この森はスマホの電波届かないから、救急車は呼べないぜ」

 

 F-12(エフツヴェルフ)の言葉に、イリナは反論が出来なかった。二人がかりでも勝てない相手に、一人で勝てるとは思えない──少なくとも、ゼノヴィアを運ぶだけの余力を残すという条件付きでは。

 

「心配はいらない。自分の足で歩いて帰るさ」

 

 と答えたのは、当のゼノヴィア本人だった。

 右手には、再び一本の剣に合体させたエクス・デュランダルを握っていた。

 左手には、そのエクス・デュランダルとは明らかにサイズ違いの空鞘が握られていた。その空鞘から、絹のような白光が溢れ、ゼノヴィアの胸に刻まれた刀傷を跡形もなく消し去っている。所有者の傷を癒す、治癒の加護を持つその空鞘は、かつてエクスカリバーを収めていた鞘であった。

 

「ふぅん、便利だね。それ、通販で買ったの?」

 

 F-12(エフツヴェルフ)は、しかし眼前での回復劇に眉一つ動かさず、茶化すようなコメントを返す。

 三人の剣士が、再びそれぞれの得物を構える。

 しかし、戦いは再開されなかった。

 異変に最初に気付いたのは、F-12(エフツヴェルフ)だった。対峙する少女たちの後方の草むらが、毒々しい黒に変色して枯れているのだ。

 

「……あ、あれ?」

 

 次に気付いたのは、イリナだ。突然体がだるくなり、呼吸がしづらくなってきた。顔中が熱くなって来たかと思うと、普通ではあり得ない勢いで目、耳、鼻から出血を始める。

 最後にゼノヴィアが、周囲の植物が急速に枯れ始めている事に気付いた。

 

「毒ガス……?」

 

 うめくようにつぶやくゼノヴィアは、オートクレールを手放して倒れかけたイリナを抱き止め、エクスカリバーの鞘をその体にあてがい、治療を試みる。

 無色透明、無味無臭の毒ガスが散布されたのだろうが、誰が、何のために?

 F-12(エフツヴェルフ)をかばう村人たちの仕業かと思ったが、それなら彼をも巻き込みかねない攻撃などするはずがない。

 そこへ、今度は森の外から爆発音が響いた。村の方角からだ。

 

「あいつらか……」

 

 F-12(エフツヴェルフ)には心当たりがあるらしく、吐き出すようにつぶやいた。

 そして何を思ったか、人工エクスカリバーを、地面に突き立てたままの鞘に収めた。

 

鎧化(セットアップ)

 

 柄を握ったまま小さく唱えると、鞘を構成する装甲板が外側へとスライド展開した。その隙間から白光がほとばしり、ゼノヴィアたちの視界を奪う。

 まばゆい閃光の中で、鞘その物が幾筋もの光となって、F-12(エフツヴェルフ)の全身に絡み付き、再び物質化する。

 光が収まった時、そこには金で縁取られた、パールホワイトに輝く全身鎧をまとった騎士が立っていた。

 顔も完全に覆われており、両目の部分には黒いバイザー。額から頭頂部に掛けて、宝玉を抱いた天使像の浮き彫り(レリーフ)が施されている。

 背中には、同様に金で縁取られた、パールホワイトの円形パーツが取り付けられており、日輪を思わせた。

 その騎士の右手に携えられた、機械的な外観の長剣で、彼があのF-12(エフツヴェルフ)である事がわかる。

 

鎧の聖剣(エクスカリバー・アーマメント)

 異端の研究者ヨハン・シュタインベルクが開発した、異端の武器。その真なる姿である。

 

 白く輝く鎧姿が、フワリと宙に浮いた──かと思えば、弾丸めいて一直線にゼノヴィアたちの脇を通り過ぎ、その背後の森の中に飛び込んだ。

 

「ひいっ!」

 

 恐怖に裏返った悲鳴が上がる。

 直後、森の暗がりからフラフラと、首のない女性と思わしき人物が現れて、ゼノヴィアとイリナの前で黒い塵となって消滅した。恐らく首は、彼女が出てきた森の中で、同様に消滅している事だろう。

 鎧姿のF-12(エフツヴェルフ)は、そのまま空高く上昇した。

 そして鎧の背面に搭載された四基の推進器官から、青白い噴炎を吐き出し、閃光となって村へと飛んで行く。

 ゼノヴィアとイリナも、それぞれ背中から翼を広げ、それを追った。

 

【6】

 

 村からは火の手が上がっていた。

 背中からコウモリの翼を広げた複数の悪魔が、両手から熱線に変換した魔力を放射して、地上の民家を焼き払っていた。

 その地上で、下半身が馬になっている別の悪魔が、両手に握った大鉈を振るい、村人たちを殺して回っていた。元ケンタウルス族の転生悪魔だ。

 もう一人、鼻の上に大きな目玉を一つだけ備えた大男がいた。頭頂部から短い一本の角を生やしたサイクロプス族の転生悪魔である。彼は鋼鉄の棍棒を振り回して、村人を叩き潰していた。

 そしてその惨劇を一望出来る高さの空中で、ビクター・シュナイデルはF-12(エフツヴェルフ)と一緒にいた女性を、両手に抱きかかえていた。

 

「どうだねエイミー。お前が一言、私の物になると言えば、奴等を助けてやっても良いのだぞ?」

「死んでもお断りよ!」

 

 彼女は即答した。

 シュナイデルはそんな彼女を嘲笑う。

 

「なら死ぬがいい。悪魔の駒(イーヴィル・ピース)は死体にも使えるのだからな。あの村のゴミどもを一掃した後、ゆっくりとお前を悪魔に転生させてやろう」

「無理ね。騎士様がすぐにアンタを殺してくださるもの」

「あの小僧なら、間抜けな聖剣使いどもと呑気にチャンバラに明け暮れておる頃よ。その隙に毒ガスをバラまいてやったから、今頃仲良くのたうち回ってもがき苦しみながら死んでいるだろうて」

「アンタ、私の力が欲しかったんじゃないの?」

「そうだ」

「なら、わかるわよね。もう一度言ってあげる。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 エイミーが言い終わると同時に、光が走った。

 光はシュナイデルの足下で村に熱線を照射する悪魔たちを、瞬く間に撫で斬りにした。

 F-12(エフツヴェルフ)だ。

 白い鎧をまとった少年は、そのまま疾風のごとく地上に舞い降りた。

 鋤や斧を手に果敢に立ち向かう村人たちに、サイクロプスが棍棒を振り上げるところだった。

 F-12(エフツヴェルフ)は身の丈4メートルを越す巨体を、人工エクスカリバーで頭頂部から股下まで、幹竹割りにした。

 村人たちから歓声が上がる。

 F-12(エフツヴェルフ)はその歓声を背に、こちらへ向かってくるケンタウルスと対峙した。

 仲間を殺されたケンタウルスは憤怒に顔を歪めて、両手の大鉈を振り下ろす。

 白刃が煌めいて、その両腕を切断し、勢いそのままに、胴体を真っ二つに斬り割った。

 更に沸き立つ村人たちに、消火や避難の指示を出したF-12(エフツヴェルフ)は、上空にいるエイミーとシュナイデルに目線をやった。

 顔面を覆い尽くした兜越しでも、シュナイデルは確かに、F-12(エフツヴェルフ)と目が合ったのを感じ取り、全身を恐怖に貫かれた。まるで自分の背骨が氷に変わってしまったかのような気分だった。

 

「我が君」

 

 おどろおどろしい響きのする声がした。

 同時に、シュナイデルの頭上に影が差す。

 見上げれば、赤黒い鱗に全身を包んだ一匹のドラゴンが、翼を広げて滞空していた。

 

「遅れて申し訳ございません」

「おお、来てくれたか!」

 

 シュナイデルの顔に喜びと安堵の色が広がる。このドラゴンの名はトラゴス。冥界に棲むドラゴンで、彼の眷属の中でも最強の戦闘力を誇る。どの龍族とも違い、彼は炎、冷気、電撃の三種類のブレスを吐く事が出来るのだ。

 

「トラゴス、あの男を殺せ!」

「仰せのままに」

 

 トラゴスは恭しく答えると、こちらに向かって上昇してくるF-12(エフツヴェルフ)目掛けて、炎のブレスを吐いた。

 だが、F-12(エフツヴェルフ)の鎧には焦げ目一つついていない。

 ならばと冷気のブレスを吐きつけるが、これも効果がない。

 続けて電撃のブレスを吐いた。

 数条の稲妻が、白い騎士の鎧に突き刺さる。

 が、鎧の表面に波紋のようなものが浮かび上がって、稲妻を弾いた。

 

「そういう事か……」

 

 トラゴスはそれを見て、合点した。

 あの鎧は装甲の頑丈さで耐えるのではなく、表面に施した防御術式で攻撃を弾くタイプの鎧のようだ。

 

「ならば力で砕くまでよ!」

 

 赤黒い鱗に覆われた拳を握り、戦車の砲撃を思わせる拳打を放つ。

 しかしF-12(エフツヴェルフ)はその拳の軌道から、既に身を外していた。

 狙いが外れて伸びきった龍の腕に、聖剣を叩きつける。

 

 ガイン!

 

 そんな鈍い音がして、聖剣が弾かれる。

 トラゴスはそんな様を思い描いたが、右腕は主の予想に反して、肘の辺りから切断され、黒い塵となって消滅した。

 

「バ、バカな!」

 

 トラゴスはうめいた。彼の鱗はエクソシストの光の剣や聖別された剣すらも弾き返すほど強靭だ。なのに何故?

 その疑問に答えもせず、F-12(エフツヴェルフ)は人工エクスカリバーをトラゴスの首筋に叩き込む。

 蛇のような長い首を切断された瞬間、トラゴスは自身の感覚で理解した。

 信じ難い事だが、この騎士は、鱗の隙間に刃を立てていたのだ。だからこうも容易く斬られたのである。

 それがわかった瞬間、トラゴスの巨体は消滅した。

 シュナイデルは、恐怖で震えていた。

 眷属を皆殺しにされた今、彼を守る者はどこにもいない。

 教会の聖剣使いどもをぶつけた隙に毒ガスで一網打尽にし、その隙にお目当ての娘を眷属にするつもりだったのに、何故こうなってしまったのか……。

 

「あの小娘どもが、さっさと奴を殺してくれていれば良かったのに……何がテロ対策チームD×Dだ、役立た、ぐああっ!」

 

 役立たずと罵ろうとした瞬間、両腕に激痛が走った。

 見れば両腕が肩先から消えて、傷口からは煙が上がっている。

 抱きかかえていたエイミーもいない。

 シュナイデルの真正面で、エイミーはF-12(エフツヴェルフ)に左腕一本で抱えられていた。

 

「ひぃいいいっ! ままま、待て、待ってくれ、頼む、何でも言う事を聞くから、命だけは」

 

 シュナイデルの命乞いの言葉は、途中で止まった。

 首と胴を斬り分けられたシュナイデルは、そのまま黒い塵となって消えた。

 F-12(エフツヴェルフ)はエイミーを抱えて地上に降りる。

 

鞘化(セットリターン)

 

 そしてそうつぶやくと、鎧が幾筋もの光となって剣にまとわりつき、再び元の物々しい鞘へと戻ったのだった。

 

【7】

 

 F-12(エフツヴェルフ)

 物心ついた時には、既にそう呼ばれていた。

 それから組織の大人たちにほとんど省みられる事はなかった。

 このままではいけないと思い、寝食を惜しんで体を鍛え、剣を振るい、技を磨いた。

 周囲の、自分たちより優秀だとされる者たちの行動を、しっかり目を見開いて観察した。

 そうする内に、自然と相手のわずかな隙や、動きの流れが見えるようになった。

 その頃には組織は再編成され、彼等は戦力にならない不要な存在として殺処分される事となる。

 F-12(エフツヴェルフ)は、同じ名前のない仲間たちと共に脱走を試みたが、無事に逃げ延びたのは彼一人だった。

 行くあてのない彼は、彷徨の果てにヨハン・シュタインベルクと出会った。

 科学者であり、魔法使いである彼はF-12(エフツヴェルフ)の剣技に目をつけ、完成したばかりの《鎧の聖剣(エクスカリバー・アーマメント)》を託した。異形異類の脅威から人類を守るという願いと共に。

 それから間もなくして、シュタインベルクは教会のエージェントによって暗殺され、その刺客を斬り捨てたのが切っ掛けで、F-12(エフツヴェルフ)はその生存を教会に知られる事となったのである。

 

 《鎧の聖剣(エクスカリバー・アーマメント)》を肩に担ぎ、山道を歩きながら、少年はそんな己の過去をゼノヴィアとイリナに語って聞かせた。

 

「だから俺は、これからも悪魔と戦う。それ以外ともね」

 

 そして、硬い決意を感じさせる声で、そう宣言した。

 

「ねぇ、考え直してもらえないかな?」

 

 イリナがおずおずと尋ねる。

 

「今はもう、種族の違いでいがみ合う時代じゃないの。私とゼノヴィアだってそうだし、他にも種族の違いとか関係なく仲良くやっている人たちはたくさんいるのよ?」

「悪魔に苦しめられてる人たちだっているよ? その仲良くやっている人たちの何倍もね──さっきも言ったけど、良い悪魔はいるかも知れないけど、悪い悪魔だって存在してる。そいつらは今もどこかで、人間をいろんな意味で食い物にしてるんだ。あのシュナイデルみたいに。でもアンタたちは、協定だか何だかのせいで戦えない。だから俺が戦ってる。それだけさ」

「ならば、我々と共に来ないか?」

 

 ゼノヴィアが言った。

 

「チームD×Dの一員になれば、教会も迂闊に手は出せまい。君と同じ、シグルド機関の出身者もいる。そう肩身の狭い思いをする事もないはずだ。はぐれ悪魔討伐は我々の任務でもあるから、決して利害の不一致はない」

「あるよ」

 

 F-12(エフツヴェルフ)は即答した。

 

「はぐれ悪魔だけじゃないんだぜ? シュナイデルみたいな上級悪魔が、眷属を増やすために人間をさらったり、そいつの家族を皆殺しにして居場所を奪ったりしてるんだ。駒王協定には、そういう事する悪魔に対して、何か罰則でも設けてるのか?」

 

 

 その問いに対する返答は、沈黙だった。

 F-12(エフツヴェルフ)は肩をすくめて苦笑する。

 

「そこでダンマリ決め込むようじゃ、話にならないな。とにかく、俺に悪魔退治を止めさせたいなら、二つに一つだ。俺を殺すか、今すぐ全ての悪魔に、人間に危害を加えないようにさせるか。そのどちらかが達成されるまで、俺は人間を守るために戦うよ」

 

 少年がそう言った時、道はちょうど二手に分かれた。

 少年は「じゃあ、元気でね」と、友達に言うかのような別れの言葉を述べて、右手の道を歩き出す。

 その背中を見送った後、ゼノヴィアはグリゼルダから預かっていたF-12(エフツヴェルフ)の写真を取り出し、破り捨てた。

 

「いいの?」

 

 イリナが問う。

 F-12(エフツヴェルフ)討伐の任務を放棄していいのか、という意味だ。

 

「考えてみれば、これは教会の尻拭いだ。D×Dの仕事じゃない。それに、ああいう奴の方が、いざという時頼れるのかも知れないしね」

「いざという時って?」

 

 小首を傾げるイリナに、ゼノヴィアはフッと微笑んだ。

 

「我々が進むべき道を誤った時さ」

 

 そう答えると、ゼノヴィアは街へと続く、分かれ道の左を選んで歩き出した。

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