永徳に続き、祐徳からの報告を受けて、これから取るべき行動をじっくりゆっくりと頭の中で吟味する。
白龍兄様にそれとなく協力すべきか、順位繰り上げのために国へと報告するべきか…。決めかねている方針はこの二つである。
あの時はテンション上がって協力しちゃおう!って思っちゃったりもしたけど、そもそもの問題として、白龍兄様が謀反起こして成功するの?って話だよね。
うちには武の紅炎兄様、知の紅明兄様、好戦的な紅覇兄様、武芸に秀でた紅玉姉様、東部の民族を配下に加えて力をつけてきた白英姉様がいる。というか、みーんな戦う術を持っていて経験と技術を積んだ猛者達ばかりだ。
そこに、稽古だけで実践経験の全くない白龍兄様が攻め入るのは並大抵のことではないはず。率いる武官も文官も、与えられている数しかいないし、戦地になんて行かないから増やしようもなかっただろうしね。仮に、実弟ということで白英姉様が白龍兄様側についたとしても、戦力差は明らか。あたしでもわかる。敗北の文字しか目に見えない。
謀反が失敗したりなんかしたらどうなる?そんなの決まってる。裏切り者には、死あるのみ、だ。
潔くあっさりと断頭台に登るだけならいいけど、拷問もありうるから、勝ち戦でない限り、起こす意味も必要性も感じられない。正直、死にたいの?って感じ。死に急ぎってこういうことを言うんだねー。
まあ、白龍兄様は勝つ勝てないとかじゃなくて、勝たなければならない、って考えなんだろーけどー?
だけど、いくら死に物狂いで行ったって、明らかに戦力不足じゃね?負け戦だとわかっていて協力する馬鹿な真似はできるはずがないじゃん。だって協力した時点であたしも仲間になっちゃうからね!負けた日にはお先真っ暗だよ。今以上に崖っぷちだ。ぶっちゃけ笑えない。
祐徳からの新しい情報では、シンドリア滞在中の間は、白龍兄様はこの国にいるマギの傍で過ごすことになったらしい。本来の目的はマギではなくて、バルバッドの第三王子との交流みたいだけど。彼から色々と学べって言われたんだってさー。
つーか、煌帝国が食い散らかした国の王子の傍に居させるなんて、シンドバッド様は一体何を考えているのやら。確実にこっちに敵意持ってるに決まってんじゃん。未遂に終わったけど、食べ残しただけのようなもんだし。思想犯に仕立て上げるつもりだろうか?
煌帝国に故郷を滅ぼされたという人間もこの国には数多くいるだろう。第三王子を筆頭に、その者たちと深く関わらせて反帝国的な思想を育てるとか?
白龍兄様の目的は煌帝国を滅ぼすこと。そのためなら、どんな苦行でも乗り越えてみせるだろう。だから、ちょっとやそっとの罵詈雑言は甘んじて受けるはず。
でもさ、なんかさぁ、定義が曖昧すぎるんだよねぇ。
何をしたら国を滅ぼすということになるんだろ。それを成したと証明するにはどうすんの?
バルバッドの時のように、外堀から埋めて国を立ちゆかなくさせる?民を先導してクーデターを起こす?皇帝を暗殺か?でもそうすれば次の皇帝が決められるだけで国は存続する。共和国として体制を変えるのも一つの手だ。だが、それと白龍兄様の力を手に入れる、という目的には繋がらない。手っ取り早く乗っ取りとかするなら全面戦争になるから力は必要だけど、それ以外であれば、頭脳戦だ。いかに情報を操作し、人心掌握するかにかかっている。力も必要だけど、それを成すにはもっと別の物が必要である。そう思う。想像だけど。
考えれば考えるほど、国を滅ぼすって行為にはいくつか種類があるから判断に困る。理由も明らかじゃないからなぁ。狙いが、本当に煌帝国の滅亡なのか、それを統べる誰かの死なのか。
まずは、白龍兄様の中で滅ぼす対象がどうなっているのかと、その理由を確かめないことには、手を出すのはやておいたほうがいいだろう。
下手にちょっかい出して大火傷なんて笑い事じゃないし。
………まあ、白龍兄様に着いていれば自ずとわかることなんじゃないかな、と簡単に考えてるわけだけど、今のあたしにとって重要なのは、そんな胃もたれしそうなシリアス展開じゃなくて、シンドリア国側の人間と交流するのを重点的に置いた方がいいんじゃないかなって思ってたりする。
いや、正しくは、シンドリアのマギと仲良くなる、かな。マギが、シンドバッド様をどのように思ってるのかを確かめておかなくては。シンドバッド様を唯一の王として支えるのか、成り行きでシンドリアに着くことになったのか、それとも、既に王を決めているのか。
もしかしたら、この国のマギが白龍兄様を選ぶかもしれないし。
え?あたし?無理無理。あたしにはそんな才覚ないし。王の器?そんなんあるわけないじゃん。あったらもっと違ってたっつーの。わかってる。勘違いなんてしない。
そんなことをつらつらと考えながらいたせいで、思った以上に身支度に時間がかかってしまった。
うへぇ、鏡越しに見える祐徳の視線が痛い。まあ、もうすぐで紅玉姉様が部屋にやってくるから仕方ないんだけど、ってあっ!何髪の毛アップにしてんの!今日は髪はおろしたい気分なのに!
「なりません。本日はシンドリア王国のマギ殿にご挨拶するのですから、だらしのない御髪では品位を損ないますよ」
「でも、今日は気分じゃないのよ」
「気分ではなくとも、御髪は結えます」
確かにそうだ。確かにそうだけどさぁ!
返す言葉もないため押し黙る。
というか、あたし言葉に出してないのにどうしてわかった。この間から思ってたけど、エスパーかよ怖いわ。主人の感情の機微を察するのも従者の勤めとか言いそう…。
仕方なく頭皮を引っ張られる感覚を甘んじて受け入れる。痛くはないが、今日は気分じゃないからイライラせずにはいられない。あとで永徳に八つ当たりしよ。
仕上げに華の簪を挿して、拷問のような苦痛な時間からようやく解放される。鏡に映る祐徳の表情は満足そうで、やりきった感溢れるものだった。はっっらたつなぁー。またこの間みたいに永徳をけしかけてやろうかしら。
そうこう思っているうちに、扉がノックされる音が響いた。来客を知らせる音に、祐徳の表情も自然とキリッとしたものになる。目元しかわかんないけど。
きっと紅玉姉様だろう。まあ、先ほどかこなんとかが前触れに来たから、誰だろうなんて疑問の答えは紅玉姉様択一なんだけど。それ以外にあたしの部屋に来るような人なんていないっていうのもある。
そう思って部屋の隅で正座させていた永徳に扉を開けさせる。第一声は、ご機嫌よう、がいいかな。それとも、ご機嫌麗しゅう?まあ、なんて言うかなんて紅玉姉様のご機嫌を伺ってからでもいいんだけど。ようは、挨拶をしたかどうかであって、その内容やタイミングなんて関係ないのだ。何事も結果が大事なんだから。
と、悠長に構えている中、扉の向こうから白い着物がチラリと見えたかと思うと、徐々に見えてきた
その姿にあたしも祐徳も唖然としてしまった。
が、それもつかの間、慌てて笑みを浮かべて、歓迎の体を取る。臨機応変って大事だよね。それさえもこなせるあたしってさすがじゃね?
「…まあ、白龍兄様が会いに来てくださるなんて…わたくし、とても嬉しゅうございます」
思ってることを露ほども感じさせない、当たり障りのない言葉を口にする。これなら、気分を害すこともないだろう。
それでも表情が歪みそうになるのは仕方のないことじゃない?だって、お呼びじゃないし。口元を力一杯引き締めて、あたしたちとは異なる白を基調とした着物を身につけた血の繋がらない兄へと目を向けつつ笑顔を保つ。
本音を言えば、ちょっとぉー、この人の来訪なんて受けてないんですけどー、なんだが、まあ?それでもおもてなししなきゃなんないのがぁ?底辺人間の性っていうかあ??
とっとと話を終わらせるべく、茶を出してしまおうと、腕を軽く振って祐徳に指示を出そうとしたところで、それを白龍兄様は片手で制して止めさせた。
「…いや、気を使わなくていい。……少し話があるんだが、いいか?」
いいか?と言ったところでチラリとあたしの従者二人に目配せをする。
なるほど、人払いをしろ、と。二人っきりで一体どんな話をしようというのか。ここでスッとぼけてもいいのだけれど、何か有用な情報を掴めるかもしれないので、ニコリと笑って頷いておくことにした。あたしの方が身分低いから拒否権もないしね!
そして、祐徳と永徳に部屋の外に出るように指示を出す。どう?白龍兄様。貴方の妹は物分かりのいい、理想の妹でしょ?
「………それで、お話とはなんでございましょう?」
全く心当たりがないと、小首を傾げてみせる。頬に手を添えるのも忘れないあたり、自分の演技力に脱帽だ。あたしすげー!
そんな自画自賛中のあたしに気づくこともなく、白龍兄様はマジ顔で重苦しく口を開いた。
あらやだ、真剣な話ですか?気分おっもいわー。
「……紅蘭、お前は…どうしてシンドリアに来たんだ?」
………………はあ?
思わず声に出しそうになったけど、耐えたあたしってほんと凄い。
え?いきなりなに?なんなの?そんな切り出し方って、はあ?
あれなん?あたしみたいな底辺な存在が何一丁前に留学なんて大層なことしてんのって言いたいの?
………というのはまあ、冗談だけど。
もしかしてあれかな?白龍兄様は、あたしとコーテイ様が繋がってて、もしかして、急にシンドリアに留学したいと言いだしたから自分は怪しまれてて、そんであたしが、変なことしでかさないよう監視するためについてきたーみたいな感じに思ってんのかな?ごっめーん白龍兄様ぁー。コーテイ様がぁ、いくら愚王でもぉ、白龍兄様みたいにぃ、力のない子を気にするほど暇じゃないんですよぉ?確かに昔は監視とか着けてたみたいだけどぉ、今はそおでもないっていうかぁ?ちょおジイシキカジョー。ちょおウケる。まあ、そんな風に思われてるわけないと思うけどねー。だとしても、その聞き方は不愉快だわー。
だけど、ここで不快だという感情を表に出しては、今まで猫を被ってきた意味がない。
あたしは、明からさまに傷ついたように顔を歪めた。ほんの一瞬のことだけど。次には何事もなかったかのように力無く笑って見せた。
「わたくしは、ただ、紅玉姉様が心配で同行させて頂いているだけでございます。たしかに、シンドリアに興味がなかったと言えば嘘になってしまいますが…」
他に他意はありません、と。言外に含ませる。
これで納得してくれたらいいんだけどね、きっと納得してはくれないだろう。
その証拠に、白龍兄様は訝しそうに目を眇めている。ホントかよ、って顔に書いてある。めっちゃ明からさまなんだけど、あれ?もしかしてあたしって、ホントのホントに信用ない感じ?信用ない系皇女様とかそんな感じ?マジないわー。
ああ、もしかして、本気でコーテーサマとあたしが繋がってるとか思ってる?そんなことあるわけないって、白龍兄様が一番わかってるはずなのにね。忘れちゃったとか、そんなはずないと思うんだけど……まあ、どっちでいいや。キョーミないし。
「ところで、白龍兄様。どうして、急にそのようなことをお聞きになられたのです?」
「…………」
あたしの質問に、白龍兄様は口を噤んだ。どうやら答えにくい質問だったようだ。もしくは、答えるつもりがないか。
おい。人には聞いておいて自分は答えないのかよ。いい度胸してんな。
まあ、答えたくないなら無理に聞くつもりも、無理やり聴いてやろうっていう興味もそこまでないしいいんだけど。でもさー、なんかさー、ねえ?あたしには知る権利ないって感じがもう、ねえ?気に食わないというか?イラつくというか?もうホント、こいつの謀反の計画本国にチクってやろうかな。まあ、本気でするつもりはないんだけどね。思うだけなら自由じゃね?
そんなことよりもこの沈黙である。
予期せぬこれをどうしたものかと考えていると、外がにわかに騒がしくなったのに気がついた。
ふむ、どうやら紅玉姉様がご到着なされたらしい。今は人払いしてあるから、永徳が入れようとはせず、祐徳はそんな永徳を説得しつつ、あたしにお伺いを立てようとしてる、と。さしずめ、そんな感じだろうか。
雰囲気的に、白龍兄様のご用事はこれだけみたいだし、もう中に人を入れてもいいよね?
そう思って視線を遣れば、白龍兄様とバッチリと目があった。おおう。何、急に。ビックリすんですけど。目が合ったのなんて何年ぶりだよっていう…。だって、船の上でも、この部屋でも、一度も目を合わせようともしなかったくせに、いきなりどうしたというのだろうか。
「……紅蘭」
「……………なんでしょう」
あんまりにも真面目な声音なもんだから、思わず姿勢を正す。にわかに緊張してきたのか、ギュッと握りこんでいた手のひらに手汗が滲んだ。
「お前は、煌帝国をどう思っている──―?」
………………まさかの確信付いてくるとか、こいつあたしを信用どころか仲間に引き入れようとしてるんですけど、待って。あたし協力したいとは思ったけど、あんたの仲間なんてまっぴらゴメンなんですけどー!
いや、でも待てよ?仲間にならないと決めるにはまだ早過ぎない?だって、まだ留学して一日しか経ってない。何も始まっていなければ、何もしていないのだ。ということは、つまり。
白龍兄様の力はこれから強くもなるし、部下も増える、かもしれないということ。経験も、知識も、見識も。伸びるのはこれからだ。
それを見越した上で、あたしが答えるべき言葉は────―、
「………そう、ですね。初代皇帝の時代に比べて、大きくなったと。そう、思いますわ」
どうぞ、お好きに解釈なさってださいね、オニーサマ。
そんな感じで、ニッコリと、裏も表も何もなく、ただ純粋にそう思っているのだと、そんな風に見えるように、あたしはわらった。