転生皇女様   作:さがる

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ハリボテ

 薄暗い部屋の中に立っていた。

 一人きりではない。けれど、ひとりぼっちのような錯覚を覚える。ありもしない閉塞感に息苦しさを覚える。そんな部屋の中だった。

 目の前には、年頃の近い子供たちが、あたしと向かい合うようにして立っている。

 向かい合っているはずなのに、お互いの視線は、交わることはない。

 だからと言って、頭をあげて相手を見つめる勇気は、あたしにはなかった。首が傾いて、あたしの視線は自然と足元を見下ろしていた。頭の上に鉛が乗っかったように、酷く重たい。まるで、視線に重力があるんじゃってくらいに、重苦しく、動こうとしない。

 

 俯く頭に、ナイフのように鋭い視線が突き刺さるのを感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 最近、寝つきが悪い。

 悪い、というよりも、最悪、と言った方が正しいくらいには、睡眠の質が最悪だった。あ、最悪二回も使っちゃった。

 ………まあ、もともと快眠な方ではないから、今更といえば今更だ。

 その今更をわざわざ取り上げてどーしたって?

 どーしたもこーしたもねえっつーの!

 寝不足のうえに、更にたちが悪いことに、寝つきが悪いのに加えて夢見も悪いときたものだから、この辛さは押して測るべし。

 国を出たから?慣れない土地だから?船旅の疲れ?

 全部当てはまるっちゃ当てはまる。

 だけど、きっと、一番の理由は、煌帝国とシンドリアが、あまりにも違いすぎるからだ。

 この国は、あまりにも、優しすぎる。綺麗すぎる。青い空だとか、窓の外から聞こえる楽しそうな声だとか、通りがけに見かける侍女やら学者やらなんやらの笑顔とか。

 それらを見かけるたびに思い出したくないことまで思い出す。突き付けられる。違うのだ、と。

 風も違うし、湿度と気温も違うし、水もなんだか違う、気がする。なにもかもが、違いすぎる。

 この国は、どこまでも楽園に過ぎた。

 まあ、なにが言いたいかといえば、だ。

 慣れない環境のせいで、ストレス感じすぎてお肌が絶不調、ということなのである。ただそれだけ。それだけなんだけど、真実はただ一つであるからして。うん、まじむり。それに尽きた。

 風邪も完全に治って気分爽快のハズだったのに、おでこに出来上がった真っ赤で大きなソレ。真っ白なあたしのおでこに、に、にき、ニキビ、が、できて…いたのだ。まごうことなき、地獄の産物。ルンルン気分で手鏡を見た瞬間、そんなものを見つけた時のあの絶望感。

 本気で悲鳴を上げた。病み上がりとは思えない声量だったと思う。殺人現場見た第一発見者ぐらいの悲鳴だったと思う。

 実際に、すわ何事かって、シンドリアの人間が駆けつけてきたっぽい。扉ノックされてそのまま突入されそうになったけど、祐徳がそれとなく追い払ってくれた。マジいい仕事するわ。ぐう有能。

 ニキビ面を誰にも見られることはなかったからよかったけど、でもほんとむり。つらい。むり。吐きそう。思わず手鏡を叩き割った。むり。こんな鏡いらない。むり。もとからなかった語彙力も底辺になったから更にむり。

 すぐさま、塗り薬を作ってもらうために、一仕事終えた祐徳に泣きついたのは、言うまでもない。

 

 まあ、そんなわけで。

 

「……このあいだのリベンジしよーかな、って思ってたけどぉ、今日はそんな気分じゃないって言うかぁ?なんかお日柄じゃないし?こんなお肌でお化粧しちゃったら良くないしー?かと言って、お化粧せずに外出なんてぇ、服着てないのと一緒じゃん??だからぁ、また今度にしたいかなぁ、って?っていうかするしかなくない??ね?ね?永徳もそー思うでしょ?あたし何か間違ったこと言ってる?」

 いつもよりワントーン高めの声を意識して、とびっきり可愛いと自負する上目遣いで永徳を見上げた。

 な?な?そう思うだろ?ん?そうだろ!?あたしのこの顔にニキビだぞ!この世の終わりだぞ!むり!ほんとむり!!つらい!!こんな時に勇気なんて振り絞れない!!!!

 そんな気持ちを込めて、久々に、目覚めた時から側に居たらしい永徳へと同意を求めた。

 永徳なら、祐徳よりもあたしに都合のいいことしか言わないし、否定しないし、嫌味も言わないからだ。あと小言も。

 気分的に弱っている時の、あたしの精神安定剤代わりなのだから、当たり前なんだけど。

 後ろの方で祐徳が呆れている雰囲気を醸し出してるけど、そんなの知らない。知らないったら知らない!

 あたしの思惑を知ってか知らずか、永徳はそれはもう嬉しそうに厳つい顔を綻ばせた。

「はい!はい姫様!!そうです!!そうですとも!!ええ!ええ!!その通りでございます!!!姫様の愛らしく、この世の至宝とも呼べるご尊顔をどこぞの馬の骨とも知れぬ輩の目に触れさせるなど」

「うっわ、きっっつい」

 思わず遮ってしまった。

 わかってはいたけど、恐ろしいくらいに全肯定だった。全肯定マシーンかよ。とっとこ駆けるハムスターもそこまで言わないんじゃってくらいに全力で肯定してきた。全くもってその通りなのだ!!!!ってか?こわ。

 ので、同意を求めておきながらなんだけど、それ以上永徳の言葉を聞くのは、精神衛生上よろしくないと判断したあたしは賢明だと思う。褒めていいよ。

 縋り付いていた腕を放り捨てるように離して、長椅子に腰掛けて溜息を一つ。

 永徳はと言えば、すかさず慣れたように、あたしが座る場所に素早くクッション敷いて、自分はその場で膝まづいて待機。あたしの足を、流れるように自分の太ももに乗せて足置きにするのも忘れないあたり、相変わらず出来た従者だと思う。うん、さすがあたし。日頃の教育の賜物だ。

「……ねぇ、ほんとに行かなきゃダメなの?」

 最後の一押しとばかりに祐徳をチラ見する。

 あたしが見つめているっていうのに、目元がピクリともしない。コイツってば、ほんと鉄面皮すぎ。

「姫様。こうして体調が快復した以上、お姿を姉姫様方にお見せしなければ、いらぬ詮索を受けることになるかと。……それに、いつまでも引きこもってばかりでは、良くありません」

「引きこもりとか今更でしょ」

「だとしても、でございます。ここは生国ではないのです。シンドリアにいる以上は…」

 更に追い討ちをかけるかのごとく飛び出してくる小言に、あたしは堪らず耳を塞いだ。

 聞いてらんない。聞く気もない。そんなん言われなくてもわかってるしぃ?だけど!!だーけーど!今は、ってかあと数日はむり。おでこのブツが消えるまではむりに決まってる。むり!絶対むり!!こんな顔でこの二人以外の人間と会うなんてありえないっつーの!!

「あーあーあーあー!!聞こえなーい!」

 我ながら、子供じみてるとは思う。

 けど、耳を塞いでいても聞こえてくる小言から逃げるにはこれしか方法がないと思ったのだ。

 だから、これでもかと聞く気がないことをアピールする。ついでに顔もそらした。

 

 イライラする。

 

 それは、許しがたいおでこのアレの存在のせいでもあるし、それだけじゃないからでもある。

 ダラダラと長い小言はまだ続いているようで、チラ見した祐徳の唇は忙しなく動いていて、手の下の耳にもくぐもった音を届けてくる。聞こえなくなるはずもないから当たり前なんだけど、ああ、でもでも。

 

 イライラ、する。

 

 イライラするのだ。

 どうしようもなく、腹が立って仕方がない。

 

 思わず、舌打ちをする。

 足の下にある、永徳の太ももを踵でグリグリしてみても、気分は晴れないし、晴れるはずもなかった。初めからわかってはいる。八つ当たりに意味なんてないってことぐらい。

「ですから、姫様!そのようにはしたなく舌打ちなど」

「祐徳」

 耐えかねて、その声を遮る。

「ねぇ、祐徳」

 呼びかけて、その神経質そうな目を睨みつけた。

「今日は、やけに、しつこいわね?」

 いつもと、違う。違う違う違う。ここがシンドリアだから?だから、あたしを外に出そうとするの?今まで、篭ることを否定しなかったくせに。永徳さえもどっかにやってるくせに。あんたも、どうせ供をするわけじゃないくせに。

 なのに、あたしを、ここから締め出そうって?

「ねえ、永徳。お前、あたしに何か言いたいことはなぁい?」

 一層低くなる声音のまま、問いただす。

 合わない視線。二人とも、こちらを見て、声を聞いているはずなのに、わざと、あたしと目を合わせようとしない。は?マジかよ。ありえない。ふざけてんのコイツら。

 数秒待つ。微妙な沈黙。

 待ってやったっていうのに、何も言い返してこない事実に頭に血が上って、思い切り永徳の顔を蹴り上げた。シャン、と足飾りが音を出す。耳障りすぎ、クソかよ。

 くぐもった声が聞こえたけれど、足が顎に当たったせいっていうだけで、本人はビクともしていない。逆にあたしの足が痛んだ。やば、足首捻ったかも…ただでさえ傷つきやすいのに…つーか、こいつどんだけ頑丈なの?そうなるように色々と協力したけど、優秀すぎて腹立つ…。そしてなんか嬉しそうなのもムカつくっていうか、ほんとキモい。あたしのせいなのは認めるけど、そういう性癖どうかと思う。

「………ふん!何も答えられないくせに、エラそーにあたしに指図?笑えるわね」

 笑える、とは言ってみたものの、全くもって笑えるはずがなかった。

 永徳と祐徳を交互に見つめる。依然として反応はなく、その姿は、ただあたしが頷くのを待っているようにも見える。

 は?嘘だろ。こいつらまじであたしを追い出すつもりかよ。供もしないくせに?

 ……せっかく。

 せっかく、ひさびさに三人揃ったのに??ふざけんな。あり得ない。何のための従者なわけ?

「……今日は!!今日は絶対に外に出ないわよ!この顔見てわかるでしょ?母様譲りのこの顔にニキビなのよ?外に出ていいはずないじゃない!」

 感情のままに怒鳴り散らす。怒鳴り散らして数秒、自分の失言に気づいた。その事実に思い至って、認識して、冷やりとしたものが背中を落ちていくような感覚を覚える。じわりと滲むのはきっと冷や汗だ。

 咄嗟に口を掌で覆って、祐徳を窺い見る。

 今まで、あたしから逸らされていたその瞳が、大きく見開かれて、こちらを見つめていた。

 今日初めてかち合った視線に、息を飲む。

「……っ」

 その瞳に過ぎった、いつもと違う色を、色濃い感情の発露を、あたしは見逃さなかった。ほんとに一瞬のことだったけれど、あまりにも見慣れたモノだっから、気づかないふりなんて出来るはずがなかった。

 永徳を見る。

 こっちはこっちで、微動だにしない。兜で隠れた目元がどうなっているかは、想像するしかない、が、きっと、同じ表情をしているはずだ。こいつら双子だし。

 またも、数秒の沈黙が流れる。

 今度は先程と違って、返答を待つ側じゃないせいで、居心地の悪さに、胃の裏側を引っかかれているような不快感と不安感に苛まれる。

 わざとらしい居心地の悪さを覚えるのは、きっと、いつまで経っても燻り続ける罪悪感のせいだろう。

 わかっている。わかっているのだ。本当は。

「……っ、わ、かったわよ。外出、するわよ…すれば、いいんでしょ。この国を知るのも、大事なこと、だもの」

 取り繕うように、なんとか絞り出した声は、頼りなくて情けない響きを持っていた。従者の機嫌を伺う皇女とか…ほんと…。けれど、間違えてしまったのはあたしだ。

 よくよく理解していたのに、口を滑らせてしまったのはあたしだ。二人の前で、母様の事を持ち出してしまったあたしが悪い。

「……祐徳、顔布を用意しなさい。少し怪しいけれど、無いよりはマシよ」

「畏まりました」

「永徳は、紅玉姉様と白龍兄様に先触れを。外出するなら、先日の非礼を詫びなきゃだし」

「御意」

 深呼吸を二度ほど繰り返し、何事もなかったように振る舞う。祐徳も永徳も、同じく何事もなかったかのように傅いて、キビキビと動き始めた。まるで、先ほどの発言なんて、初めから起こり得なかったかのように。

 その姿に、ひっそりと安堵する。安心、してしまう。図々しいことに。

 別に、何か起こるわけがないとはわかっているが、それでも身構えてしまうのは仕方ない事だと思う。二人の心の内を察してしまえるくらいには、付き合いが長いのだ。心情を慮ればなおのこと。

 綺麗な布を、祐徳は、まるでベールのように髪飾りと一緒にあたしの頭に被せて、顔の半分を覆い隠すように垂れさせた。髪型も、それに似合うように整える。

 甲斐甲斐しい世話の仕方は、いつも通りで、ごめんなさい、と思わず口を開きそうになるのを、ぐ、と堪えた。言ってはならない。謝罪など、以ての外だ。

 傷つけてごめん、なんて。どの口が言えるのか。

 

 

 

 そうやって、苦虫を噛み潰したような罪悪感を抱えながら、何食わぬ顔をする。

 一人で長い廊下を歩きながら、すれ違う者たちから顔布をしていることに訝しがられながら、ひしひしと感じる視線に耐えながら、目的地にたどり着いたあたしは、剥き出しの口元だけはなんとか笑みの形を取り繕った。

「姉様、兄様、長らく顔を出せずに居たこと、そして、礼を弁えず退席した事を謝罪させてくださいませ」

 どうやら共に居たらしい兄様と姉様へと、頭を垂れた。なんとも軽い頭だと、なんとなく思う。

 その後ろには、都合よくマギ様とアリババ王子、モ、モル、モルジアナ、さんがいる。

 が、前回のように、会えたことを喜べるわけがなかった。この顔で会いたくなかったのもあるし、先ほどのことをまだ引きずっているのもあるし、なにより、また失敗しやしないかと不安なのもある。

 複雑。それに尽きた。

 あたしの謝罪を、そんなことしなくていいのに、と言う姉様と兄様に曖昧に笑って首を振って、マギ様方三人へと同様に頭を垂れて。

 

 こうやって、赤の他人へは謝罪できるのに。

 どうして、大切にしてやりたい者には、謝ることもできないのか。

 

 そう、思ってしまって、それこそ今更だと、自分の思考を切り捨てた。




今更ですが、伏線の張り方が下手くそすぎて意味がわからない文章となっていますが、考えるな感じろ…!を合言葉に読んでやってください…。

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