あたしには、血が繋がっているいないに関わらず、練家という一族のくくりで言うならば、十三人ものオネーサマとオニーサマがいる。内二人の兄はあたしが物心つく前に、前皇帝と共に死去。五人の姉は、これまた物心つく前……というか謁見できるようになる前に、どっかの国に嫁いでいるので、実際に会ったことのある兄姉達は六人だけ。会った、と言っても顔をちらっと見ただけだったり、挨拶ぐらいしかしたことがなかったりと、家族間での交流はかなり薄い。
それもそのはず。後ろ盾がないばかりか、あたしの継承権は男女抜きにして数えたら第十四位。皇女のみの順位で考えても、余裕でぶっちぎり最下位であるあたしにわざわざ会いにくるなんて、そんな暇などオニーサマもオネーサマも持ち合わせていないからだ。
実際、外に出られるようになるまで、腹違いの兄姉様たちは、一人として会いには来てくれなかった。悲しくなんてないけど。
が、しかし。そんなタボーな兄姉達の中でも二人ほど、暇な暇なあたしにお付き合いしてくれるオネーサマがいる。
他のオニーサマオネーサマよりはマシな関係を築けている、というだけだが。…………察しろ。
…………悲しくなんてない。ないったらない。ただ、ちょっと……家族愛に恵まれなさすぎてなんか……なんか…………もう何も言うまい。
仲良くしてくださるオネーサマのことに話を戻そう。
オネーサマとは歳がわりと近いから、他の兄姉達よりは仲がいい方、だと思う。同性だしね。
思う、と曖昧な線引きをしているのは、その交流が純粋な好意によるものではないからである。
あたしの立場は、第九皇女。地位も名誉も政治的な権限もなーんにも与えられていない、立場の弱い少女だ。おまけに武術にも学問にも才能が開かなかった、ただの凡人。
……二度目の人生ハードモードすぎない?少しくらい凄いことできても良くない?子供の頃なんか他の人に見えないモノが見えるとか言っちゃって異常者扱いされた事ぐらいしか自慢できないよ?
さて、そんな少女が兄姉達と交流を深める理由とはなんだろう?え、わからないって?
ふふん。なら答えてあげる。
それはズバリ、気に入られて後ろ盾を得るためである。逆に聞くけど、それ以外になんの意味が?って感じ。
が、生憎と、あたしは頭が良いわけではない。馬鹿寄りというか、まぁ、間抜けではないけど、そこまでキレるわけじゃないから、おいそれと取りいることが出来ない。兄姉様は良くても、その周囲から変な勘ぐりされても困るし、誰を推すつもりもないし。
そんなわけで、十三人、否。六人もの兄姉がいて、たった二人としかまともな交流を持てなかった。
しかも、共通の趣味を持っていると知ってようやくの交流。家柄とかは恵まれてるのに境遇が恵まれない。なんて世知辛い世の中なのかしら。生きるのってむずかしいね!
思わずため息を吐くと、目の前でお茶を啜っていた姉様がこてん、と首を傾げた。
キラリ、簪が陽の光に照らされて眩く輝く。
「紅蘭ちゃん、どうかしたの?」
それはこっちのセリフだ馬鹿姉が!と怒鳴りたくなるのを飲み込んで、何でもないです、と返しておく。
そお、と納得いかない様子であっさりと引いて見せたその女の名前は、練 紅玉。二歳ほど歳の離れた、腹違いの姉である。
打算目的で近づくことが出来た兄姉達のうちの一人なのだが、紅玉姉様の肩書きは第八皇女だから、取り入ってもあんまり意味がなかった。出自とかも似たり寄ったりだしね!でも何の才能もないぶん、あたしの方がもっとやばいね!
その事実に気づいた頃には大分手遅れで、向こうからしたらあたしはすっかり仲のいい妹扱いされてたから離れるに離れられない状況に……、この話はもう終わりにしよう。自分の要領の悪さに悲しくなってきた。
まあ、紅玉姉様はメイクも服のセンスも良いからお話しするのは楽しいし、仲良くなった今では見下してくることはないから、あまり後悔はしてないんだけど。交流ってちょー大事。その典型的な例がこの姉との関係である。
と、そんなのはどーでもよくて、今大事なのは、彼女がどうしてあたしのところに来たのか、である。
政務にも関わらず皇族の義務も果たせないような無駄飯食いとか、宮中に勤める者たちに影で散々言われている引きこもりのあたしの所に来るなんて、よっぽどのことがあったとしか思えない。
だって、あたしの方が身分は下だから会うにしてもこちらから出向くのが礼儀だしね!それが例え相手からの誘いでもね!……クソが!
確か、紅玉姉様はバルバッドと呼ばれる貿易国を奴隷国家として契約を結びに行くとか、そんな事があるから準備とかで忙しいって聞いてた筈なんだけど、実際のところその本人様はあたしの目の前にいる。
事前の知らせもなく、いきなり部屋にやって来てお茶しましょう!と引きこもりのあたしを庭に連れ出したのだ。
皇族にあるまじき作法である。
でも、そんな所も可愛いと許される姉様だから出来る芸当。おかしいなー。あたしも元皇太弟とかご立派な地位のはずのぶた……クソ野ろ…………最高権力者に手を出されるくらい美人の母親から生まれたから、それなりに美少女のはずなのになー。あたしが同じことしても許されない気しかしないからちょーふしぎー。つら。
まあ、今日も今日とてやることなんてなくて気怠い体を持て余すしかなかったから暇つぶし出来ていいんだけど、でも、そろそろ本題を話して欲しいと思うあたしは我が儘なんだろうか?
いや、あたし我が儘なんだけどね?
だけど、なんか、こう、話したいことがある雰囲気醸し出してるのに、なかなか本題に移ろうとしないからイライラしてきて、あーもういいや。こっちから切り出しちゃえ。めんどくせー。
「紅玉姉様、バルバッドに向かう準備でお忙しいと聞き及んでおりましたけど、もうよろしいのですか?」
どうだ!遠回しに言うのとかダルいし元からそんな高等技術使えないからドストレートに切り出したけど、あたしの敬語マジ完璧!
祐徳があんまりにも口うるさいから敬語はマスター済みだ!
本当は侍女や宮女たちの仕事だけど、教えてくれる人材なんてもらえないからって理由で、祐徳が女言葉で敬語を喋り出したあの日のことは、今でも忘れない。その姿に耐えきれなくて、必死に頑張った。やってもできない事が多いけど、マナーは、まあ、及第点と言えるだろ。すごくない?
自画自賛とトラウマになりつつある過去を思い出しながら返事を待っていると、紅玉姉様はモジモジとしながら口を開いた。あ、今日の紅、新作のやつ使ってる。可愛いピンクだ。いいなぁ。
「あの、ね、そのぉ、紅蘭ちゃん、私ね、バルバッドに行くことになっちゃったの……」
知ってますぅ。つい出かかったツッコミをお茶と一緒に飲み込む。
ふむ、今日はザクロ茶か。紅玉姉様の従者のセンスもなかなかにいいようである。
内心でメガネみたいな刺青をしているかこなんたらという従者を褒めながら、どう返事をしたものかと、普段は気にしないようにして頭の隅に追いやっていた情報を必死で掻き集める。
「はい、存じてますよ。確か、バルバッドとの属国契約を結びに大使として向かうとか」
「えっ……あ、そ、そうね。ええ、大使として行くのよ。ええ」
せっかく頑張ったのに返ってきたのはなんとも歯切れの悪い言葉だった。何か間違っていただろうかと首を傾げたけど、祐徳が教えてくれた内容はしっかりと記憶している。祐徳が誤った情報を伝える筈がないので、恐らく意図的に何かを隠しているのかそれとも──ー、
「あのね、紅蘭ちゃん」
考えを巡らせていると、おずおずと紅玉姉様に呼ばれたので思考を中断させる。いつの間にか逸らしていた視線を向けると薄っすらと濡れている瞳があたしを伺っていた。
「なんでしょう、紅玉姉様?」
安心するかどうかはわからないがにこりと笑っておく。マジレスするならコッチミンナだが、今の紅玉姉様にそれを言うとギャン泣きされそうなので我慢した。泣かれるのは面倒だ。泣かせたいわけでもない。あたしって偉い。
待つこと数秒。漸く言う決心がついたのか、紅玉姉様が再び口を開いた。
「あのね、紅蘭ちゃん。……わた、私、バルバッドの国王の元へ嫁ぐことになっちゃったのぉ……!」
「」
絶句。
……おいおいマジかよ。
衝撃的な事実に、一瞬湯呑みを落としかけた。
え、嫁ぐ?ってことは結婚する、ってことだよね?バルバッドには息子が三人いるけど、国王ってことは、えーっと第一王子のアブなんとかって人と結婚するってこと?うわー、急展開。なにそれなにそれ。
がしかし、望まぬ結婚と言えども、相手は国王だ。貿易手段もウチが掌握してるって聞くし、有利すぎるほどの条件で属国契約を結ぶ予定でもある。なんという好条件。その気になれば一国の支配者になれるのだ。お膳立てされすぎだろ。
なるほど、祐徳はこの事をあたしに伝えるかどうか迷って先延ばしにしてたのか。納得した。よし把握。
…………まあ、普段のあたしなら?そんなウマい話聞かされちゃったら?羨ましすぎてキーキー言ってたかもだけど?でも、今日のあたしは空の下で優雅お茶を嗜んでるから、ジメジメした邸に引きこもってる時とは一味違うのだ!
今日のあたしはとびきり冴えている。このチャンス、逃す手はないだろう。
紅玉姉様は、好条件な嫁ぎ先に何やら不満があるから、こうやってあたしにその不安を打ち明けに来たってことは、今の話で理解できた。
慰めるか、一緒に理不尽を嘆いて欲しいか、そのどちらかをあたしに望んでいるだろう、ってことも。
でも、ごめん、紅玉姉様。あたしまともなこと言ってあげられないや。
いいじゃんいいじゃん。超優良物件じゃーん。
だって、第八皇女だよ?あたしよりはだいぶんマシかもしれないけど、それでも最底辺に近いってだけで、周りからみたら底辺の人間なのに国王の正妃になれるんだよ?大出世じゃんやったね!
ふふん!
あたし、練紅蘭は、敬愛する紅玉姉様の不安を拭い取って背中を押すことにしましょう!
自慢じゃないけど、あたしは紅玉姉様に懐かれ可愛がられている自信があるから、きっとこれからも仲良くしてくれることだろう。
聞くに、バルバッドはあの七海の覇王が治めるシンドリアとの国交も盛んらしいじゃない。ウチとの相性は最悪だけど、国と国の縁ってそうそう切れるものじゃないから、あたしが若いうちはきっと大丈夫。
大手貿易国家であるバルバッド国国王の正妃と仲良しな妹姫。
紅玉姉様の婚姻が上手く運べば、あたしも美味しい思いができるのは必至。
これをチャンスとは言わずして何と言うのか。
ささ、姉様。あたしの輝かしい未来のためにこの婚姻、必ず成功させてね。
紅玉姉様を安心させるために、必死に政略結婚でも幸せになった様々な国のお姫様たちの話を聞かせながら、あたしは内心でガッツポーズを決めた。
親切は人の為成らずってこの事か!と思ったのは内緒である。