転生皇女様   作:さがる

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末姫様はかく語りき

 紅玉姉様は大切なものを盗まれてしまいました。

 それは、ただでさえ低かった地位に付随する小さな信頼と、恋を知らなかった乙女のハートでした。

「なあんてねぇ」

 新しく新調し直した着物に袖を通して鏡での最終確認をしながら呟くと、足元で着物の崩れを直していた祐徳がため息まじりに呆れた視線を送ってきた。

「…姫様。一国の姫君ともあろうお方が、独り言など……慎みをお持ちください」

 これが主に対する態度でいいわけがない。が、しかし、ここはあたしと祐徳の長年の付き合いだから許してやろうじゃないの。って思うわけないだろバーカ!いいじゃないの独り言ぐらい!ここにはあんたと永徳しかいないんだから!

 腹いせに祐徳の足を踵のヒールで踏みつけてやった。痛そうに呻きながらうずくまる姿をふん!と鼻高々に見下ろしてやる。

「あんまりあたしの機嫌を損ねないことね。次そんなこと言ったら、その顎を蹴り上げてやるんだから!」

 最後のトドメとばかりに、一睨みすると祐徳は冷や汗を流しながら平伏してみせた。

 ……まあ、溜飲を下げてやってもいいかも。やり過ぎたとは思わないけど、苦しそうな姿見たってたいして面白くないし。

 祐徳に顔を上げるよう許しをだして、ため息を一つ。

 わかってない。祐徳は全くもってわかってない!!

「独り言の一つや二つ、言いたくなるわよ。なんたって、今日はお目出度い日なんだから」

 ふふん!と笑って鏡の前で一回転。椿の刺繍があしらわれたストールのような肩掛けがふわりと舞い上がって、薄紅の生地と薄緑の帯のシンプルな組み合わせの着物に良く映えた。従来通りの着物だが、まあそこは仕方ない。これから赴くのは公式の場でもあるし皇族に恥じない立ち居振る舞いをしなければ周りからの不興を買ってしまうだろうし。知ってる?貴族の不興かっちゃったらどんでもなく恐ろしい目にあうんだよ?キゾクサマ怖いね?あたし賢いからそんなことぜっっったいにしないけど。

 それになにより────

「祐徳、シンドリアの方々はもうお席にいらっしゃるのよね?」

 目だけを向ければ、祐徳は居住まいを治して静かに首肯した。

 今日は我が国に足を運んで下さった、かの有名な七海の覇王が治めるシンドリアの外交官と国王の滞在が最後になる今夜、その別れの酒宴が開かれるのだ。

 紅玉姉様は、バルバッドの支配権を手放しこそしたけれど、有力国であるシンドリアとの外交カードを手にして帰国なされたのである。とは言っても、シンドリアと戦争になるのは今はまずいから、お互い不干渉でいましょうって口約束を本物にする為に来ただけだけれど。

 まあ、戦争になったらまずいのは向こうも同じみたいだし、牽制しあうのは悪い話でもなかったり?政治よくわかんない。

 あたしからしたら、いくら親交のある国でもそう簡単には救ったりしないと思うんだけど~、恐らくっていうかぜえったいバルバッドを陥されちゃシンドリアとしては何かしらの問題があったから話に割り込んできたと思うのよねぇ。こーいうのなんて言うんだっけ?きな臭いってやつ?

 いくら国王が覇者であろうと人格者であろうと綺麗なままじゃ国は立ち行かないし、善人ってだけでは王にはなれないものなのだ。たぶん。

 あたしオーサマじゃないから想像だけど。何より小狡い手を使わないと、正攻法だけでは守れないものもある。たぶん。

 戦争とかそう言うのしたことないからこれも想像だけど。それこそ国とか国民とかって、誰かの善意やモラルに頼ってるだけの社会だとあっという間に滅んじゃうよね。ディストピアって言うんだっけ、確か。あれ、違う?まぁ、どうでもいいや。

 そんなわけだから、シンドリアがただの善意でバルバッドの政治問題に介入、果ての乗っ取り阻止に貢献したわけがない。そりゃあ多少の善意はあっただろうけど。

 シンドリアとバルバッド間の貿易もそうだけど、きっとこれは他にも理由がありそうっていうのがあたしの見解。

 普段なら馳走が並んだだけで、腹の探り合いをオカズにお酒飲むようなとくに美味しくもない宴なんて、それこそ外交を交えての酒宴なんて興味ないから参加どころか顔出しもしないけど、何か面白そうなことが聞けるかもしれないから、こうして今準備に勤しんでいるのである。聞けないかもしれないけど、顔を覚えてもらうのには持ってこいの場だよね酒宴って。興味ないし、いちいち許可貰うのめんどーだから、殆ど出ないけど。

 ついでに、紅玉姉様が惚れた男の見物もできるし、情報を仕入れてそれを姉様に流せば、あたしへの信頼もぐんぐんアップするし?

 自分にメリットがなきゃ何もしませんが何か?だぁってえーあたしの立場ちょお低いんだもん。マイナスからのスタートなんだもんそりゃあ少しくらいプラスを欲しがったっていいじゃん?こういった努力なんて普段はしないけど、相手があのシンドリアならやるっきゃないでしょー。

 だって、この国と親交を持つどころか友好的でさえない国のトップが来るなんて前代未聞じゃん!これってさ、ようやく見えたチャンスってやつでしょ?そんなの出るっきゃないじゃん。

「準備も整ったことだし、そろそろ行くわよ。祐徳、永徳、扉を開けなさい」

「「御意」」

 二人揃って返事をする姿はまさに双子って感じだけど、こーいうときにその主張はしなくてもよくない?もっと別のとこで双子の本領見せようよ。

 内心で呆れつつ開かれた扉を潜り抜けて本邸へと向かう。そのあたしの後ろに祐徳と永徳が付き従うのだけど、他の従者どころか女官も侍女もいないからやっぱり迫力に欠けるものがある。

 まあ、多すぎても裏切りとか面倒だし、今更誰か付けようたって他に信用できるような人間もいないから気にしないんだけどねえ。あ、あと、紅玉姉様よりも多い従者を従えるのは流石に不味いし。なんたって末姫で最下位の第九皇女様ですからー。つら。

「姫様、くれぐれもシンドリア国王に無礼のないようにお願いいたしますよ」

「わぁかってるてぇ。あたし猫かぶるの上手いのぐらい知ってるでしょお?あの紅炎兄様でさえ、あたしのことに気づいてないんだから、一度会っただけの女のことなんてわかるはずないわよ」

 耳打ちされた祐徳の言葉に小声で返すと、くくっ、と喉の奥で笑って前だけを見据える。

 部屋を出た時からあたしは戦場に立っているのである。味方なんてどこにもいやしない。隙なんてみせてやるもんか。

 賭け事なんて嫌いだし、足掻く事に意味なんてないって思い知らされてるけど、それでも。

 きっと、遠くない未来に、この国は瓦解するだろう。予想だと内部分裂による崩壊かしら。

 可能性はわりと低い。けど、まったくありえない話でもないのだ。きな臭いってのは、シンドリアだけじゃなくてウチも同じってこと。誰も彼も信用なんてできやしない。

 だから。

 だから、それまでに。

 降って湧いた、このチャンス。

「逃す手はないでしょ」

 クスリと笑ったあたしの言葉に、永徳が小さくさすが姫様です、と呟いたのを聞いて一層笑いがこみ上げてきた。

 打算に欲得に我欲。

 人脈を広げるのは、基本中の基本である。

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