広間に着いてみれば、予想以上に小規模な宴だった事に驚かされた。
おいおい。コーテー様の姿がないとかなあにそれ。給仕の人数も最低限だし、関係者なんて紅炎兄様や紅明兄様ぐらいなもんで他はそれぞれの従者とか警邏隊の人間やらじゃない。…………もしかしなくても、来るの遅すぎた感じだよねーこれー。久々の外出で準備に時間かけすぎちゃったやつだよねー。
和気藹々とした雰囲気なんてないし、殺伐としたものしか感じない。本当の外交ってかんじ。これって、完全にあたしアウェーじゃない?アウェー感バリバリじゃない?やだー!せっかくおめかしして来たのに知り合いどころか怖い大人ばっかしかいないなんて耐えられない!確かにシンドリアの人と仲良くなるためっていうかすこぉし顔を覚えてもらおうかなって来たけども、仲の良い姉様ときゃっきゃうふふしたついでに面識作っておけば、あとあとなにか良いことあるかもーってそんな軽い感じだったのにぃ!シンドバッド王いるなら紅玉姉様いると思ってたのになんでいないの?シャイ?会うの恥ずかしい感じ?そこは積極的にいっちゃっていいんじゃない?奥ゆかしすぎない?
まあいいわ!と、気を取り直して紅炎兄様方にご挨拶しようとしたところで、おお?と後ろから驚いた声がした。
「引きこもりの末姫サマが珍しいじゃねーか。こんな所でなにしてんだ?」
この、人を馬鹿にしくさった声と口調と言葉。お前こそこんな所で何してんだよと言いたくなるのを堪えて、笑顔を浮かべながら振り返った先には、やはりと言うかなんというか、想像通りの人物がそこにいた。人の神経を逆なでするにやけ面と共に、だ。
「あら、神官様ではありませんか。お久しゅうございます」
目の前の黒髪長髪厚顔不遜露出過多な男こそ、我が煌帝国を支えている(笑)神官様こと、マギのジュダル様である。呼び方に悪意を感じる?あるに決まってんじゃん。
おほほ、と扇で抑えきれなかった引き攣る口元を隠しながら挨拶すれば、更ににやけ面は深くなった。
なんだよキモいな。血みたいな赤い目が、あたしの姿を、次に後ろに控えている祐徳と永徳を見回し、最後にあたしに戻って、片手に持っていた桃をぶじゅりと齧った。ひえっ汚い!
おい、てめーその汚い手であたしに触ったらぶち殺すぞ。できるかできないかで言えば返り討ちだけど気持ち的にはぶち殺す!
本音が出ないように気をつけながらそそ、と感づかれないように少し距離を取る。やだ、汁が床に落ちてる!汚い!こっち来んなよ?絶対に来んなよ!?
バレるかとは思ったが、どうやら神官様はそんなのに気づいてもいないようだった。桃うめーって頭大丈夫かよこいつ。
「で?お前なんでこんな所にいるんだ?宴とか興味なかっただろ?」
めずらしーな、と言いながら食べる手を止めないのが気になったが、ここで気にしては馬鹿の思うツボである。ふふ、と軽く笑い流して逆にこっちから質問してやることにした。
「神官様こそ、あちらの殿方とお話しなくてもよろしくて?あれほど、シンドリア国王のことを気にしていたではありませんか」
意訳・てめーに教えるわきゃねーだろ露出狂が。
最後にこれでもかとニッコリと笑って言えば、そーだな、と気の無い返事が帰ってきた。
おや?反応が薄い。紅玉姉様の話では、シンドリア国王と一戦交えたと聞いていたし、興奮は未だに冷めやらぬ状態だろうと踏んでいたのだが、どうやら違っていたようである。
あれほどシンドバッドシンドバッド煩かったのにどうしたのだろうか?
「バカ殿なぁー。すっげーつえーから今でも好きだけどよぉ、なあんかなー」
お熱かよ。
思わず舌打ちしそうになって慌てて咳払いで隠す。後ろで祐徳がハラハラとしている気配がしたから安心しろと後手に握り拳を作ってみせた。更に気配が喧しくなった気がしたがきっと気のせいだ。手をあげてはなりません!ってなんだそれ。バカにしてんのかおい。
「あら、もしかして飽きてしまわれたのですか?」
そう尋ねると違うとの一言。じゃあなんなんだよ。はっきりしろよな男だろ。
正直言って、神官様の事情なんて興味ないからそろそろ会話を切り上げたいのだが、自分から振っておいてここで立ち去ることも出来ない。
しかも、目的はまだ未達成なのだ。久々にやる気を出して部屋から出てきたのに何も成し遂げられるずに帰るわけにはいかない。それって言わば無駄足じゃん?
そーいうのヤなんだよねー。例え思いつきだったとしてもぉ、自分の行動が無駄なんて思いもしたくないしぃ?
あたしの座右の銘は棚からぼた餅と一石二鳥なんですー。
「あんなに素敵な殿方なのに、何かありましたの?」
目だけで心配そうに表情を作り、伺うように下から見上げる。
こいつ無駄にでけーから見上げなきゃいけないんだよなぁ。
ホントさーこいつに見下ろされるのすっごい腹たつんだよねー。屈辱ってやつ?
なに?そんなに神官様ってお偉いの?第九皇女よりも偉いんですかー?
あ、こいつ玉艶様のお気に入りだったわ。そりゃ偉いわ。第九皇女とか目じゃないわ。クソが!格差社会まじクソ。
「飽きたわけじゃねーけど、仲間にすんのよりも面白いこと思いついたんだよ!それに、今は白龍の方だろ。あいついっつもツレねー返事するから今度こそ」
すべて話半分にしか聞いてなかったから、結局神官様が何が言いたかったのかサッパリだった。
でも、話したいことを話せてスッキリしたのか、神官様は会話が一区切りするとさっさと広間から出て行ってくれたので良しとしたいところだけど、あいつ桃の皮をその場に捨てて行きやがった!おい!ここはゴミ箱じゃねえぞ!お前何歳だよ汚してんじゃねえよクソが!あたしは桃と汚いのとはっきりしないのが嫌いなの!ゴミはゴミ箱へ!!
あー蕁麻疹出てきそう。興奮しすぎて貧血起こしそうホントマジでクソかよ。
「姫様、顔がわ」
「悪いっつったらだだじゃおかないわよ永徳」
そこは顔色が、だろうがふざけんなよ。あとあたし顔悪くないし!!絶対的美少女だし!
ボソリと呟くと永徳の姿勢が物凄く良くなった。
こいつ武人のクセして姿勢が悪いから弓とか下手なんだよね。その代わり槍や剣は強いから良いけど。
でもそろそろ弓もマトモに使えるようにさせたいなー、と考えた所で、こんなことを考えるために出てきたんじゃない、と当初の目的を思い出す。
いけないいけない。脱線するのはあたしの悪い癖だ。
パチンッと気分を一掃するために扇を勢いよく閉じて、広間の上座にいる集団の元へ歩み寄る。
なんかー、難しいオハナシしてない?
話しかけづらいなぁー。なんて思っていたら、近づいてくるあたしに気がついたらしい紫っぽい長髪の男があたしを見てニコリと笑いかけてきた。
こいつがシンドリア国王のシンドバッドか。なかなかの男前じゃん。趣味じゃないけど。
次に、紅明兄様と紅炎兄様があたしに気がついて驚いたように目を瞬く。
なぁに、その幽霊でも見たような顔ぉ。そんなにあたしがこうして宴とかの公の場に出るのが珍しいの?
確かにこういう催し物に最後に出たのって、父様の戴冠式ぶりだけどさー驚きすぎじゃね?
紅玉姉様のお見送りの時は紅明兄様と紅覇兄様しかいなかったし、紅炎兄様が驚くのはわかるよ?でも、紅明兄様はこの間あたし見かけたじゃん。紅玉姉様に抱きつかれてきゃっきゃうふふしてるとこ見てたっしょ?
もおー!兄様達の従者でさえ驚いてるんですけどー!なにこのはんのー気にくわなーい!
言いたいことは山ほどあったけれど、それら全ての言葉と感情を押し込んで満面の笑みを浮かべながら、あたしは右手を左手に重ねて胸のあたりに来るよう腕を上げながら跪いた。両腕に幾重にも着けていた腕輪と足飾りがそれぞれに擦れ合ってカチャン、と音を立てる。
ここで左手を握り込まないのはあたしが武人や武将ではなく、ただの姫だからである。あたし、才能って呼べるもの持ってないしね。
「お初にお目にかかります、親愛なるシンドリア国王よ。わたくし練 紅徳が娘、練 紅蘭と申します。此度は遠路遥々の来国恐悦至極でございます」
「これはご丁寧に。私はシンドリア王国国王のシンドバッドと申します。姫君、どうか顔をお上げください」
同じように礼で返され、少し面食らう。国王とかいうからもっとこう、なんていうの?良きに計らえ的な男かと思っていたのだが違ったようだ。
いや、これはあたしのただの偏見か。そりゃ大国に招かれて大仰に振る舞えるわけがないよな。
良いって言われたから、お言葉に甘えて顔を上げると、今度は紅炎兄様と紅明兄様に向かって礼をする。挨拶って大事だよね!
「お久しゅうございます、紅炎兄様、紅明兄様。ご歓談中にお邪魔して申し訳ありません」
お邪魔でしたか?とあざとく跪いたままの形で上目遣いに見上げる。
ここでポイントなのが、眉尻を下げて少し声を震わせる事である。これで内気とはいかずとも兄二人に嫌われたくない健気な妹という姿が成り立つのだ。
尋ねると、紅炎兄様は気するなと言って頭を撫でてくださった。
あっ!ちょっと兄様撫で方雑すぎ!髪型崩れちゃう!あと、普段ならまだしも、仮にも公式の場なんだからそんなださい服で出席するなんて!!紅明兄様に至っては服が着崩れてるじゃない。ちょっとちょっといくら生活力皆無だからって、自分の着物くらい直せないなんてそれはないんじゃないの?
笑顔は崩さず、心の中で兄様達に駄目出ししまくる。
ああ~言いたい。物凄く言いたい。でも、他国の王の前で恥をかかせるわけにはいかないしなぁ。ままならぬ。
「…紅蘭が宴に参加するとは珍しい。一体どうしたんだ?」
紅炎兄様の言葉に紅明兄様もうんうんと頷いている。
ねぇ、みんな揃って言うに事欠いてその言葉しかないの?ねぇ、あたしどんだけヒッキーだって思われてんの?ねぇ?確かに紅玉姉様に連れ出される時くらいしか外出ないけどさぁー!でもさぁ、なんかさぁもっとこうさぁ…ねぇ?
聞き返してやりたいのはやまやまだけど、でもその質問をあたしは待っていた!
ふふん!と心の中でだけどここぞとばかりに鼻を鳴らす。なんなら胸だって張ってやろうじゃないの。
後ろに控えていた祐徳に目配せをして、予め持たせておいた包みを広げさせる。
するすると、あたしが好きな赤色の包みから出てきたのは数冊の本だった。それを丁寧に手に取り両腕に抱えると、花も恥じらうような可憐な笑顔を心がけて笑ってみせた。こーいう時美少女って得だよね!
「その…実はわたくし、シンドバッド様のファンなのです!」
どん!と本の表紙を皆に見えるように掲げる。本の名前は、シンドバッドの冒険。著者・シンドバッド。出版・シンドリア王国シンドバッドの冒険企画部。
そう背表紙に小さく刻印されている本はなんと最近発売したばかりの、加筆修正など色々手を加えられ、表紙も新しくなった新装版で、初版のと合わせて読むとさらに背景描写がわかってくる優れものである。
背後で呆れたような祐徳の気配がしたが気にするもんか。
ここに本人がいるのである。ならば、本にサインくらいしてもらったっていいじゃないか。ミーハーで何が悪いの。いいじゃない、流行を追いかけるのは世俗を知るために大事なのよ!
「わたくし、特に四巻目のお話が大好きで、お邪魔でなければ是非ともこの限定版の表紙にシンドバッド様の直筆の署名を頂きたくて……あの、やはりお邪魔でしたか…?」
なんだか静まり返っている面々に段々と不安になってきた。
おい、なんで誰も反応してくれないんだ。
あれか?ファンタジーに心惹かれるのは子供くさいって?いいじゃん別に!この世界はファンタジーだけどノンフィクションなんだからさぁ!
それでも不安げに面々を見上げる。邪魔だから帰れとは、流石に言わないよね?いや、もう印象付けは終わったから帰ってもいいけど、せめて握手だけでも…。
と、思っていると、徐に本を持っている両手を大きな掌に包み込まれた。
いきなりの事に思わずぎょっ、とする。すぐ様手を振り払おうとする思考に慌ててストップをかけていると、ずずいっと顔を寄せられたので更にビックリした。なんなんだよこいつ。パーソナルスペースって言葉知らねえのかよ!
「…っ、シンドバッド様…?」
何事かと見上げると、にこりと微笑まれた。つられてにこりと笑ってしまう自分の愛想の良さにほとほと困る。
「このような愛らしい姫君に慕ってもらえるとは、私も冒険者冥利につきるというもの。姫君が許されるのであれば、署名だけではなく、数々の冒険譚を話すことも吝かではありません」
あれか?新手のナンパか?
悪いけど、あたしオッさんには興味ないわ。いくら男前だろうが、さすがに三十路超えてる男はオッさんでしょ。無理無理無理ー。ロリコンはんたーい。
ほら、後ろのシンドバッド様の従者もそれはちょっと犯罪じゃあ、って引いてんじゃーん。かく言うあたしの後ろも剣を抜こうとしてる永徳を祐徳が必死で抑えてるんだけどね。祐徳ちょー頑張って。じゃなきゃ外交問題に発展しちゃう。
と、そこで強い視線に気づいた。誰か見てる?
視線の正体が気になってその視線の元を辿ってみると、シンドバッド様の後ろにいた従者の一人が大げさに視線をずらした。
あ?てめー今見てただろ?何、自分見てませんよって面してんだよ。ほら!こんな美少女滅多に見れねぇんだぞ!見てたんなら心いくまで見てけよ!見物料取るけどな!と、普段のあたしなら思うところではあるが、なんと言うか、その、うん。なんだろ。横顔を見て、ストン、とね。何か落ちるものがあった。頭とか心の中で、だけど。
なんだこれ?不思議に思ってその従者をガン見してたら、シンドバッド様が彼のことを紹介してくれたんだけど、ごめんそんなこと聞いてないから余計だわ。って感じだった。
このあたしがめちゃくちゃ見つめてるっていうのに、視線をそらすどころか顔をそらして頑として目を合わせようとしないその従者の名前はスパルトス。シンドリア王国国王に仕える、八人将の一人なんだとか。どうして視線をそらすの?っていうあたしの疑問はあっさりと解決。なんでも、故郷の国の教えで婚約者や家族以外の女性と親しくなったり目を合わせるのは好ましくないんだってー。もう、国を出てるのに真面目~。美少女見ないとか人生損してね?
おいこっち見ろよ。お前さっきあたしのこと見てただろうが。
その後は結局サインだけもらってその場を退室することにした。ファンっていうのは本当だけど、サイン貰うほどじゃないし。というか、それただの口実だから、ぶっちゃけ本人には大してキョーミないってか、ロリコンお断りっすわ。ロリコンってだけでもう興味失せたわ。ロリコンはんたーい。
頭の中でのシンドバッド様の情報に赤い文字でロリコンと注意書きをしながら寝台に寝転がったあたしは、明日朝一に紅玉姉様の元へ伺おうと決意した。
姉様の好いているシンドバッド様は少女趣味なのでチャンスがありますよ!って教えてあげるのだ。