朝一で紅玉姉様の邸に行って会おうとしたけど会えなかった。
正しく言うならば、行く途中で見かけたけど、話しかけられなかった、だ。
あたしに与えられた邸と紅玉姉様が与えられた邸はわりと近い。位置的に言えば、あたしが敷地の隅っこの目立たないところで、紅玉姉様がその隣、みたいな感じ。実際にはそれなりに距離があるけどね。
隣り合っているので行き来が楽かと思えばそうではなく、邸と邸の間には池やら噴水やら庭園やらがあり、ぐねぐねと間を通り抜けることは困難。そんなことすれば、すわ侵入者かと警邏の人間が剣片手に飛んでくるだろう。
とまあ、それはさておき。
そんなんだから、隣り合っている邸でも移動はかなり遠回りになってしまうのだ。私の場合だと、客人を宿泊させるための邸の前を通らなければならなかったり。
なんで目的地が目の前にあるのに反対方向に行かなきゃなんないわけ?なんでぐるっと回って遠回りしなきゃなんないわけ?体力ないあたしに喧嘩売ってるよね?むしろあの邸を与えた奴が喧嘩売ってるよね?つまりコーテイサマあたしのこと嫌いだよね?知ってた!あのクソ豚野郎!!あ、間違えた、クソ野郎!城の造りに関してもだけど、これってどー考えても設計ミスだろ。責任者出てこいよ。などなどの文句を言ったのは数知れない。
そして、朝っぱらからプリプリしながら祐徳を従えて歩いていたあたしは見たのだ。
かなり取り乱した様子で、そそくさと来客用の邸とを後にする紅玉姉様を。しかも侍女に支えられるようにして、だ。
あんなのを見ることになるとは思わなくて、思わず唖然としたね。なんで来客用の邸に?そんな疑問はあの邸にシンドバッド様が寝泊まりしているから会いに行ったんじゃね?という理由で解決しちゃうけど、ホント一体なにごとだろうか。
最初は顔も赤いし泣いてるしで、暴漢と化したあのオッさんに襲われたと思った。妥当な線じゃね?
でもさ、よくよく考えてみ?
当然の疑問として、他国の土地で、他国民に乱暴を働く王様がいるの?って話。
平民ならいざ知らず、いくら立場が低いからって一国の姫に後先考えず手を出すような王様いる?
ほんのすこしの時間だけど、いくつか会話もしてあの王様は確かにロリコンだけどそこまで馬鹿じゃないと思ったあたしの勘は間違ってはいない、はずだ。ロリコンの上にオヒメサマをキズモノにしちゃえば、それこそ外交問題でしょ。ただでさえ膠着状態なのに、相手に美味しい餌を与えるような馬鹿な王様がいるわけがない。
よって、これは和姦だろう。きっとワンチャンがあったに違いない。
半年もの間、初恋を拗らせるに拗らせて、真夜中のテンションで致しちゃった姉様は、朝になって冷静になった頭で状況把握したとたん余りの恥ずかしさに耐えきれずに飛び出してしまったのだ。なんて名推理。蝶ネクタイ付けた眼鏡の男の子もいらないぐらい冴えてるんじゃないのあたし。
これは、アドバイスなんて必要なさそうじゃない?だって最後までヤっちゃってるんだもん。何も言うことないでしょ。どうぞお幸せに~って感じ?一回既成事実作っちゃえば結婚待った無しっしょ。ハッピーエンドじゃん~。すごいなぁ、姉様。まじおめでと。
早起きして損したかも。眠いし二度寝でもしようかな。それに、2日も続けての外出は疲れるし。
あたしはあのお部屋で一生を過ごすしかないだろーしー。どーせ、こんなあたしなんかには、おいそれと政略結婚の話さえ流れてこないだろうし?というか結婚で使うには不良品すぎるし無理だろ。
口外するとは思えないけど念のために、祐徳に今見たことは秘密だと口止めをして、あたしは自分の邸へと戻っていった。
それが、二ヶ月近く前の話。
あの時は、本気で合意の上、だと、思ってたんだけど、ねぇ…?
その後、特にこれと言って何事もなく、むしろなさ過ぎるあまりその出来事も記憶の彼方に飛び去って行き、紅玉姉様とお会いすることもなく時間だけが過ぎ去ったのだが、久々にあたしの邸へとやって来た紅玉姉様は思い詰めている、というかむしろ追い詰められている、と言うべきか。
とにかく、尋常じゃない精神状態であるのは確かだった。
いったい何がどうしてこうなったのか。
「ね、姉様?お気を確かに、ね?」
「ころ、す……じん゛どばっどごろ゛ず…」
「こっ、ここここ紅玉姉様!しっかりなさってくださいまし!」
紅玉姉様は、譫言のようにしきりにシンドリアへの留学を許された白龍兄様に着いて行くだの、シンドバッド殺すだのと呟いていて、その姿は正に幽鬼のようである。こえー。シンドバッド様いったい何したの?
常に武器化魔装までしてるんだけど、え、何?ホント何したの!?あのオッさんなにしてくれちゃったの!?
いきなり部屋に乗り込んで来た紅玉姉様に理由を尋ねることも出来ず、魔力が切れて気絶した姉様を看病しながらかこなんとかに理由を聞けば、恐ろしいことにシンドバッド様に処女を奪われあまつさえヤリ逃げされたのだと聞かされて血の気が引く思いがした。
合意じゃなかったの!?
ねえ、あれってハッピーエンドの朝チュンで初の朝帰りとかそんなんじゃなかったの!?わけわかんない!というか、馬鹿なの?他国のオヒメサマとヤることヤってトンズラこくとかアホなの?死にたいの?戦争ものじゃん馬鹿じゃないの?意味わかんないんだけどいったい何がしたいの?
と混乱した挙句の、どうしてあの時直ぐに追いかけなかったのかと謎の罪悪感に襲われて、何を血迷ったのかあたしは白龍兄様に着いて行く紅玉姉様に着いて行くと言ってしまったのだった。
わけがわからないだろうけど、ごめん、あたしもわけがわからない。
あたし無関係じゃね?こんなんただのデバガメじゃん?確かに他の打算もあったよ?チャンスと思ったよ?
でもさ、紅玉姉様は乱心してて怖いし、白龍兄様とは十年近くも会話してないから話しかけにくいし、なにより船酔いマジ辛い死ぬ。
知ってた?船酔いでは、吐きそうで吐けないのが一番苦しいんだよ。あたしも、自分の身をもって初めて知ったわ。
勢いで後先考えずについて来た事後悔しちゃうよね。
こちとらここ一ヶ月以上マトモなもん食えてないんだけど。ただでさえ引きこもりの箱入り娘で体力も精神力も無いのにめっちゃ痩せちゃったんですけど。もう吐くものないんですけど。すっからかんなんですけど。胃液で口の中ざらついててきっと肌荒れも酷いよ死ぬわ。ニキビできてないの奇跡すぎる。でもそれ以外が終わってるから今なら余裕で死ねるよ。引きこもり舐めんな。だからお願い吐き気よ消えて。船酔いつら。
頭の中も口の中も胃の中も何もかもグチャグチャ。耐えらんない。来るんじゃなかった。でも、きっと来た方が姉様に恩も売れるし、信頼も勝ちとれるし、色々と良いことありそうっていう考えもあって、でもでも、わけがわからなくてグルグルする。
祐徳はあたしの看病に着いてくれるけど、船での雑務とかあるから常にじゃないし、永徳は船の手伝いに駆り出されてて常に側にいないし、紅玉姉様は乱心中であたしに構ってくれないというかむしろ誰かに見張っててもらわないと今にも海に身投げしそうだし、絡みづらい白龍兄様は一日に一回だけ様子を見にくるから鬱陶しいというかお前は来ちゃだめだろ。
仮にも乙女の寝室だってーの!夜着の女の子のところに来んなよ恥を知れよ馬鹿!寧ろあたしが恥ずかしいよ馬鹿!
「………もうお嫁いけない…」
あれだよね。体調不良の時って精神が不安定になるもんなんだよね。うん、よく知ってる。
紅玉姉様は傷物にされたし妹のあたしは恥をかかされたしで姉妹揃ってついてないね。血なんて半分しか繋がってませんけど!
「ゆう、とく…しんどっ、りあまで、はっ、あとどのくらっ、い?」
「姫様、既にシンドリアの海域に入っております。あともう少しの辛抱でございますよ」
水差しで薬を飲ませてくれる祐徳の言葉にもう少しってどのくらいなのかと考える。ねえ、もう少しってどのくらい?何秒?何分?何時間?何日?ねえねえ!もう少しって具体的にどのくらいなの!?
「姫様、あとほんの数時間でございますからっ。ですからお気を確かにっ!」
祐徳の声が遠くに聞こえて、あたしの意識は、長期間の旅路に耐えきれずにとうとうブラックアウトした。
寧ろ今まで耐えれたことが奇跡。
そして、あたしなんで着いて行くって言ったんだろうって何度目かの後悔してみたけど、でももうどうでもいいよ。今度こそ本当に死にそう。おえっ。