転生皇女様   作:さがる

9 / 18
夢見た大地

 寝すぎた?って妙な焦りを覚えて、慌てて飛び起きると、そこはまだ船の中だった。

 室内に祐徳の姿はない。たぶん、あたしが寝たから他のことをしに出たのだと思うけど、そこは主が目覚めるまで待つものなんじゃないの?他にすることがあってもさあ!そこは待とうよ!それが従者の務めだろバカ!と、理不尽な八つ当たりを空想の中の従者へと向けてみる。そんなことしても、気分がスッキリするはずないんだけど。

 もー!と呟きながら胸に手を当ててみると、心臓がこれでもかとバクバク鳴ってて、まるで五十メートルを全力疾走したあとのようだった。

 別に寝坊などしても困るような身分でも走り回るようなアクティブさも持ち合わせてないのにどうしたことだろうか。ていうか、あたし寝てただけなんだけど。変な夢でも見たっけ?首を捻るけど、全く思い出せない。楽しいか悲しいのかさえも。なら必要ないことなのだろう。

 思い出そうとするのを早々と諦めてベッドの横の台の上にある小さなベルへと手を伸ばす。

 ベルならば必ずある、クラッパーと呼ばれる音を鳴らす部品の着いてないそれは魔導具の一種で、これを振れば対となるベルを持つ人間にだけ音が伝わる仕組みとなっている優れものなのだ。ああ、なんて便利な道具なのだろう。

 携帯があった方がもっと便利だろうけど、とは口が裂けても言えないので、思うだけに留めてベルを我武者羅に振り回す。

 祐徳でも永徳でもどっちでもいいからさっさと来い!

「姫様っ!」

 振り続けること暫く。

 なんの予告もなしに扉が開いたかと思えば、顔を真っ青にさせた祐徳が片耳を押さえながら部屋へと飛び込んできた。

 おい!主人が休んでる部屋に許可なくはいるとかお前バカか!ノックしろよノック!

 礼を欠いた祐徳の行動に取り敢えず手元にあった枕を投げつけることで抗議して、足元に跪かせる。

「祐徳、あたし言ったわよね?寝てる時は常に側にいることって!」

 なのに、起きたらお前がいないとはどういう了見だ。今は永徳があたしの側に付けないから故の命令なのにさあ!

「申し訳ありませんでした、姫様。ですが、シンドリア港に到着しまして、その手続きの為に…」

「言い訳はいいのよ!バカ!」

 ドン!と地団駄を踏みしめて、痛む頭に手を当てる。寝起きはいつも頭が痛くなる。おまけに起き上がるのは久々だからかなりふらついているし最悪だ。船酔いは大分治ったけど、まだ本調子じゃないし、ホントなんであたし付いてきたんだろ。後悔しまくりである。

 そこまで考えて、はた、動きを止めた。

 あれ?こいつ今なんか重大なこと言ったような。

「シンドリアに着いたの?」

 尋ねると、祐徳は跪いたままあたしを見上げて頷いた。

「入国の手続きは?」

「恙なく」

「………白龍兄様と紅玉姉様はどうしてる?」

「つい今しがた、船から降り……」

 そこまで答えて、祐徳は口を閉じた。顔色を更に悪くし、冷や汗がいくつも粒となって浮き出ている。

 かく言うあたしも冷や汗がダラダラである。知ってる?これ寝汗じゃないんだよ…?

「もっ、申し訳ございません姫様っ!すぐに降船の準備を致しますゆえ!」

「バカ!そんなことして手遅れになったらどうするの!羽織を出しなさい。もうこのまま降りるわよ」

 はい!と返事をして箪笥の元へと駆けていくのを見届けて、軽く髪の毛を整える。久々にいっぱい喋ったから何度か咳き込んじゃったけど、声が枯れてないことには感謝だ。ただでさえ窶れてるのに声がガラガラとか…美少女にあるまじき姿である。母様が見たら発狂もんだろう。おえぇっ。想像しただけで吐き気が…。

 祐徳があたしを起こさなかったのは、きっとシンドリア側でのあたしの療養準備を整えるのを優先したからだろう。常ならば、それは従者として正しい行動だ。主の体調を考慮することが、何よりの優先事項なのだから。

 しかし、だ。今回はそうも言っていられない。理由は言わずもがな、紅玉姉様のことである。

 紅玉姉様の精神状態は不安定で、長期間極限状態が続いている。いつ破裂してもおかしくない水風船なのだ。

 もし、シンドバッド様が紅玉姉様との事でシラを切り通すつもりだったなら……、やばい、想像しただけで目眩がしてきた。

 白龍兄様は、紅玉姉様の事情なんて、どうせご存知ないどころか興味ないだろうし、かこなんとかや姉様付きの侍女や侍従たちは姉様の絶対的な味方だから乱心を止めることなんて恐らくきっとない。むしろ満場一致で責任取れの方向のはずだ。

 もし、万が一に、姉様がシンドバッド様に刃を向けたりでもしたら………。事がことだけに、戦争、なんてことが起こりかねない。いや、この場合は完全にシンドバッド様が悪いんだけど、それでも今はマズイだろう。白龍兄様は紅玉姉様とは目的が別にあるみたいだし。じゃなきゃ、このタイミングでシンドリアへの留学を希望するはずがない。レームでもパルデビアでも、他にもあるだろう。だけど、白龍兄様はシンドリアを望んだ。これって勉強とはまた別に何か目的があるってことでしょ?むしろそれ以外に何があるの?

 それに、何よりの理由はといえば、もし戦争にでも発展したら帰国は確実。それもすぐにだ。もう船には乗りたくない。帰る時に乗るのは仕方ないけど、できれば暫く休みたい船怖い。だから、即帰国なんていうフラグは直ちに折らなければならないのだ。あと、ここまで苦労したんだから何かしらの繋ぎは欲しい。切実に。

 祐徳に羽織を着せてもらい、足早で部屋から出る。船が無駄にでかいので、甲板に出るのも一苦労だ。どんどん早足になり、最終的に走り出す形になった。それでも遅々とした動きではあるけども。祐徳も今回の事の重大さには気づいているのではしたないとか何も言わない。いくら遅くても足元とか開けちゃうしね。

 あーヤバイしんどい。二ヶ月も寝込んでたから、体力どころか筋肉まで落ちているようだ。筋肉なんて元からついてないけど。でも、動くのに必要な筋力というものは必ず存在するわけで………なにが言いたいかっていうと、体が鉛のように重たい。

 息切れをしながら甲板に出ると、船のすぐ下に人だかりが出来ているのが見えた。

 紅玉姉様も、白龍兄様も、永徳もいる。ってか永徳仕事終わったならすぐに戻ってこいよ駄犬が!!

 悪態を吐きながら階段を駆け下りようとした瞬間、剣を振り回した時によく聞く鋭い音が、大きく響いた。

 下を見ると、紅玉姉様がシンドバッド様へと剣を振り抜いたあとで、ギリギリ当たらなかったようだが、安心できるわけがない。姉様が剣先をシンドバッド様へと突きつけたのである。しかも殺意ビンビンで。

 ひぃぃー!やめてよ姉様ぁ!

「シンドバッドめ!!謝ったのなら国の為、涙を飲んで耐え忍ぼうと思ったのに…!」

 姉様の右手が、簪へと伸びる。

 ヤバイ。これあかんやつや。姉様金属器発動しようとしてる…!!

「ねっ、姉様!!」

 大声で呼んでみたけど、聞こえていないのか反応してくれない。代わりとばかりに、シンドリア側の人たちがあたしを見たけど、お前らはお呼びじゃないわ。今は紅玉姉様をなんとかしないと。けれど、普通に行ったのでは間に合わないだろう。

 数秒の逡巡の末に決意する。

 これは紅玉姉様に、っていうか他の人たちの前では使いたくなかったけど…!

 仕方ない、と割り切ることにして帯の中に忍ばせていた紙切れを数枚手に取った。

 色々と文字が書き連ねてあるそれは八卦札と呼ばれる、煌帝国に伝わる魔導具だ。

 えーっと、この文字は鏡になってるから、確か捕縛用だった、はず。あれ?失神させるんだっけ?

 違ったとしても、姉様は武人でもあるから、そこまで被害はないだろう。そう祈りながら、指先を噛み切って札に血を落としながら、魔力を流し込む。きちんとしたやり方があるみたいだけど、これくすねて来た奴だし使い方よくわからないから血なら紙に染み込むし魔力を流し込むのも簡単だと思ったんだけどめちゃくちゃ痛かった。噛み切るって難しいね……?

 紙が魔力によってトランプのように固く張り詰めたのを確認し、思い切り紅玉姉様へと投げつけた。が、腕力が足りなくて、目標に届く前に紅玉姉様の足元に数枚散らばるという無残な結果に終わった。

 あ、やべえわ。紅玉姉様の腕を狙ったのになんたる失態。そこはなんか補正かかって欲しかったなー。

 効力ないかもしれないなぁ、と思いながら、ようやく階段を降り切って紅玉姉様の元へと走り寄る。

 もう息切れ酷すぎて死にそう。心臓バクバクいってるどころか喉の奥から掠れた音がしてるんだけど…大丈夫これ?病み上がりなのになんであたしこんなことしてんの?

「なっ!足が……!」

 紅玉姉様が驚いたように足元の札を見下ろす。

 効力がないかもと思ってた札は、十分効果を発揮してくれたみたいだ。足を止めただけだけど。

 でも、動けないことに変わりはないし、うん。万事がOKってやつ?

「こっ、ゲホッ…こう、紅玉姉様、落ち着いてくださいまし。ね?」

「…紅蘭ちゃん…」

 不安そうに瞳を潤ませる姉様の手を取り、にこりと笑っておく。お願いだから、これで冷静になってくれ。もしくは安心してくれ。聖母の笑顔ではないけど、それ並みの想いはこめたからさ。

 思いながら笑ったあたしを見たシンドバッド様の従者?の一人があっ!と声を上げた。

 おい、空気読めよ。誰だよ煌帝国の末姫様だとか言う奴。指さすな!これでも一応姫だぞ!無礼すぎるだろ。

 さっ、と視線を動かすと、何時ぞやの宴のときに見かけた銀髪のチャラ男風の男がそばかすの従者にあたしのことを煌帝国の末姫だと説明している最中だった。

「末姫様ですか?どうしてまた、そのようなお方がシンドリアに…」

「…あー、もしかして、王様にナンパされてたからそれが理由かもしれないですね…。ファンだとも仰ってましたし…」

「な、ナンパぁっ!?あの幼い少女に!?」

 シンドリア側の人間がにわかにざわつき始めた。おい。おいやめろ。

「ナンパ、ですって…?」

 落ち着きかけていた紅玉姉様の声に、剣が混じる。わなわなと震える肩に、握り合う手に力がこもり出す。

 その様子を見て銀髪の男は慌てて口を手で押さえた。

 もうおせーよ!!

 もっと!声を!抑えろよ!お前今何したかわかってんのか?火に油注いだんだぞ!ヤベっ、じゃねえよ!余計なこと言ってんじゃねえよクソが!

「ね、姉様。別にナンパなんてされていませんから!あちらの殿方の誤解でございます!」

「…せ、な…わ」

 必死に言い募るが、聞こえていないのか何やらブツブツ呟いている。ちょっと待って、なんか金属器が光って…?え?もしかして発動しようとして?え、まじで?これ、一応だけど魔力の循環に影響を与える術式も組み込まれてるって話なのに?え?普通に無理でしょ。だって、魔力練れないようにしてんだから。え?え?

「わ、私だけでなく、可愛い妹にまで毒牙にかけようとしてたなんて…!やっぱり許せないわ…っ!!」

 違う!かけられてないから!!っていうか、なんか、下から変な音が。

 どうしたのかと足元を見やって、一気に血の気が失せた。

 なんと、札が燃えていたのである。

「……なっ!?」

 えっ!なにこれ!?っていうか紅玉姉様動いてるんですけど!なんでっ!?

 もしかして、あたしの術より姉様の力の方が強かったとかそんな感じ?力負けしたとかそんな感じなの?魔力阻害と捕縛の呪符なのに!?金属器使いマジヤベェ!!

 札が完全に燃え尽きて、術が破られたことによる反動が体にくる。思わず尻餅ついちゃったけど、凄い痛い!ちょ、これ捕縛用じゃん。なんで痛みなの?動けないとかそんなんでいいじゃんか!

 突然体を突き抜けた痛みに思わず姉様の手を離してしまうと、完全に武器化魔装した姉様が再びシンドバッド様に剣先を突きつけた。

 これ、激おこじゃない。それ以上のやつや…。あまりの怒りの形相に、思わず小さく悲鳴を上げてしまう。こえーよ姉様。腰抜けたんですけど。

「私と決闘なさいシンドバッド!可愛い妹の純情を弄び、乙女の身を辱めた蛮行、死に値する!!!」

 って、ビビってる暇なんてない!これじゃ血みどろの殺し合いじゃないか!

 慌てて縋りつこうとして、腰が抜けてることを思い出す。

 動けない。詰んだ。いやいや、諦めるなよ。このまま諦めたら帰国ルートじゃん。今の状態で船なんて乗ったら確実に死ねる。今度こそ死んじゃう。しかも何も得るものがないとか、それだけは嫌だ。

「紅玉姉様。お願い致しますから、落ち着いてくださいませ。ここは一度、冷静になって話し合いの場を設けるべきです。だからどうか、剣をお納めになって!」

 精一杯声を出して訴えかける。喉が痛んだけど、頑張って声を張り上げる。

 そうだよ!気にくわないことがあるなら話し合えばいいじゃん!争いいくない。平和が大事。

 こっちは、あたしだけだけど紅玉姉様を止めるのに必死だし、あっちはあっちでシンドバッド様を問い詰めるのに必死だ。

 そうだよ、まずはお互いの言い分を聞かなければ話し合いも何もないじゃん。いきなり剣を取るのは蛮族のとる行動だ。あたしら人間!肉体言語じゃなくて、本物の言語で論じ合おうよ!

 と、思ってると、そばかすの従者が紅玉姉様に詰め寄った。

 一体どういうことですか!?って。

 はぁぁぁ???おま、ちょ、おいっ!距離が近い!そんなんじゃ紅玉姉様が怯えちゃうだろ!

 案の定、紅玉姉様はその従者に驚いて武器を取り落とした。

 次にはこれでもかと顔を真っ赤っにさせて泣き出し、後ろに控えていた女官のもとへと逃げていく。そりゃ、何があったかなんて、本人の口から言えるわけがない。

 そして、代わりに前へと進み出たのが、紅玉姉様の側近でもあるかこなんとかだ。相変わらず眼鏡のような刺青が目立っている。

「失礼。これ以上は、本人の口から告げるのは酷というもの…。私に続けさせてください」

 そうして、始まるかこなんとかの説明。

 これは紅玉姉様の証言だけど、目撃者もいるからいくら信じられなくとも真実として受け取ってくださいね、と前置きを忘れないところが本当にしっかりしている。

 シンドバッド王の煌帝国ご滞在最後の夜、別れの酒宴が催された。これは、あたしもほんの少ししかいなかったが参加した宴だ。

 酒宴が滞りなく終わり、その夜が明け、そして朝。

 寝所にて目を覚まし、ふと、隣を見てみると……

「裸で眠るシンドバッド王が、そこに……。これで何もなかったと言うのなら、ぜひご説明頂きたく…………」

 皆が皆、沈黙するしかなかった。これ確実にアウトだろ、って空気が流れてる。あたしもそう思う。これヤっちゃってるやつでしょ、明らかに。誤解だ!って言っても裸の姿で言われても説得力ないやつでしょ、確実に。

 取り敢えず、それぞれの言い分を言い合う時間ができたことに安心してしまう。更には、紅玉姉様はこれ以上武器を手にする様子はなさそうでさらに安心。一安心ってやつ?まだ不安は残ってるけど。

 だけど、一気に体の力が抜けて、今度は凄まじい疲労感が襲ってきた。呪詛返しくらったようなもんだしね。紅玉姉様にはそのつもりないんだろうけど、あれ呪詛返しだからね。たぶんだけど。

 それにしても、体痛い。足を封じてたから足が主に痛い。腰抜けたとかの問題じゃなく痛い。

 それぞれの言い分を話し合ったあと、シンドリアの魔導士が水魔法を使って、何もなかったのだという真実を見せたところで限界がやってきた。病み上がりには重労働すぎたのだ、きっと。目眩に耐えきれなくなって後ろに倒れ込もうとした体を駆け寄ってきた永徳が抱きとめてくれた。

「姫様っ、」

「永徳…お前、あとで覚えてなさいよ」

 最後に小さく宣言して、あたしの意識はまたもやブラックアウトしたのだった。

 最近あたし気絶しすぎじゃね?もうやだ、ほんといい事ないよ。なんで付いてきたんだろ。淫行騒動も冤罪だったし。あーほんとつら。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。